司法試験 令和2年 憲法
問題文
[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
1.いわゆるバス事業は,主に乗合バス事業と貸切バス事業とに分けられる。ここでは,乗合バス事業とは,道路運送法上の一般旅客自動車運送事業の許可を受け,有償で,乗車定員11人以上の自動車を使用して乗合旅客を運送する事業をいい,貸切バス事業とは,同許可を受け,有償で,一個の契約により乗車定員11人以上の自動車を貸し切って旅客を運送する事業をいうものとする。
乗合バス事業者が路線を定めて定期に運行するバス(以下「路線バス」という。)のうち,高速道路を利用し,長距離の路線を定めて定期に運行するバスを,ここでは,高速路線バスと呼ぶこととする。また,高速路線バス以外の路線バスについては,地域住民の日常的な移動手段として利用されることが多く,ここでは,生活路線バスと呼ぶこととする。現在,高速路線バスを運行する乗合バス事業者には,生活路線バスとともに高速路線バスを運行する事業者と,高速路線バスのみを運行する事業者とがある。
高速路線バスの事業主体は乗合バス事業者に限定されているが,国土交通大臣の許可を受ければ,その運行を貸切バス事業者に委託することができる。
2.地方の深刻な人口減少が続く中,生活路線バス事業の大半が赤字であり,三大都市圏以外では,その傾向はより顕著となっている。その結果,全国の生活路線バスでは,近年,路線の廃止や減便が続いている。このことは,地域の生活路線バスに依存する高齢者や高校生等にとって,不可欠な移動手段を奪い,日常生活に極めて大きな支障をもたらすものである。さらに,公共交通の衰退の結果,高齢者にとって自家用車が唯一の移動手段となっていることが,高齢者の運転ミスによる人身事故の発生が続いている状況にもかかわらず,免許返納が進まない一因であるとの指摘もなされている。
3.そのような中,202X年,超党派の国会議員は,地域における住民の移動手段の確保を目的として,「持続可能な地域交通システム法(仮称)」の制定を目指す議員連盟(以下「議連」という。)を発足させた。議連では,この観点から,公共交通の維持・拡充の方策とともに,交通渋滞による通行障害の除去を目的とする規制についても検討している。これは,大都市の一部区域や一部の観光地における交通渋滞が,地域住民の自家用車やバスでの移動の妨げとなるほか,道幅の狭いところでは住民の歩行や緊急車両の通行を困難にするなど,住民生活に著しい支障を来す程度に達しており,住民の安全・安心な生活を脅かしていると考えられるためである。
4.議連で検討されているのは,次のような規制である。
規制① 高速路線バスの運行は,生活路線バスを運行する乗合バス事業者にのみ認めるものとする。生活路線バスへの新規参入は,既存の生活路線バスを運行する乗合バス事業者の経営の安定を害さない場合に限り,認めるものとする。
規制② 都道府県知事が定める特定の渋滞区域について,特定の時間帯における域外からの自家用車の乗り入れを原則として禁止するものとする。
5.【別添資料】は,規制①及び②の内容として議連で検討されている法律案の骨子である。議連の担当者Xは,同法律案について,法律家甲に相談した。その際の甲とXとのやり取りは,以下のとおりであった。
甲:規制①が検討された背景には,生活路線バスを運行する事業者の経営が悪化する中で,地方の高齢者や高校生等の移動手段をどう確保するかという問題があったということですね。
X:そうです。地方のバス事業者は,生活路線バスの慢性的赤字を,高速路線バスの収益と自治体からの補助金とで補填することにより,経営を維持している場合が少なくありません。過疎化が進み,地方のバス事業者の経営環境が著しく悪化している現在,新たな規制によるてこ入れが必要だと考えています。
そこで,地域の移動手段である生活路線バスを運行する事業者の収益を改善して,これ以上の路線廃止や減便が起こらないようにし,可能であれば,増便を促すなどして利便性が向上すればと思っております。
甲:つまり,生活路線バスを運行する乗合バス事業者の収益を改善するために,高速専業の乗合バス事業者を認めない,ということですね。
X:はい。また,規制①では,それまで高速専業だった乗合バス事業者も,生活路線バスに参入すれば,高速路線バスを運行できるようになります。これにより,生活路線バスへの新規参入を促す効果があると考えています。
甲:その点について確認ですが,多くの利用者が見込まれる高収益の路線,例えば県庁所在地の中心駅と繁華街を結ぶ生活路線バスに参入すれば,その事業者は,高速路線バスを運行することができるようになるということですか。
X:いいえ。法律案では,既存の事業者の経営の安定を害さないことを参入要件として定め,既存の生活路線バスが運行していない路線に限り新規参入を認めることにより,高収益の路線のみへの参入を排除したいと考えております。
甲:地域の移動手段に責任を持つ事業者に限る,ということですね。これも確認なのですが,生活路線バスに参入しなかった,あるいは,参入できなかった事業者は,どうなるのでしょうか。
X:高速路線バスを自ら運行することはできなくなりますが,貸切バス事業に転業すれば,生活路線バスを運行する乗合バス事業者から高速路線バスの運行を受託することはできます。
甲:ところで,法律案では,規制②として,都市部や観光地の交通規制も考えていますね。
X:はい。住民の日常生活に関わる地域交通の課題を洗い出してみたところ,渋滞によって住民の自家用車やバスによる移動が著しく困難になるという事例が各地から報告されました。歴史的な街並みが保存されている地区や住宅密集地では,道路の拡幅もできず,歩くのも危ないし緊急車両の通行もままならないということで,住民の不安も高まっています。曜日と時間帯を限ってということになりますが,規制②は,域外からの自家用車の乗り入れを禁止することによって,深刻な交通渋滞を解消するものです。
甲:どれくらいの広さ・時間の規制を考えているのですか。
X:広さは規制の対象となる区域によって様々でしょうが,最大でも混雑がひどい数平方キロメートルでしょうか。時間帯は,例えば観光地では週末や休日の午前9時から午後5時くらいを,住宅密集地では通勤・通学の時間帯を想定しています。
甲:例えば,規制の対象となる区域の住民が,域外に居住する人の運転する自家用車に乗せてもらって当該区域に入ろうとする場合にも,規制の対象となるのですか。
X:いいえ。当該区域の住民が乗車している場合には,規制の対象とはなりません。
甲:法律案の概要は分かりました。この法律案について,関係者の間で反対する意見はありませんでしたか。
X:ありました。まず,規制①ですが,これまで高速専業だった乗合バス事業者からは,生活路線バスに参入しないと高速路線バスの運行ができなくなることから,死活問題だという意見も寄せられています。また,生活路線バス用の車両の購入や,営業所の設置・維持,運転手の再教育に多くの費用が掛かることへの懸念に加え,そもそも既存の生活路線バスを運行する乗合バス事業者の経営を脅かさずに参入できる地域があるのか,という疑問も寄せられています。
規制②については,候補地の住民からはおおむね好意的な意見が寄せられています。他府県ナンバーの自家用車の運転手にも意見を聞いたのですが,やむを得ないという声がある一方,自家用車での移動が規制されることには批判の声もあります。また,ある観光地の住民からは,渋滞の原因は観光バス等にもあるから,自家用車のみを規制してもあまり意味がないといった声も聞かれます。
甲:そうですか。憲法上の問題点については検討しましたか。
X:いくつか憲法上の問題点があるとは認識していますが,具体的な検討はこれからです。そこで先生に,主要な論点を整理して検討をお願いしたいと考えております。
〔設問〕あなたが検討を依頼された法律家甲であるとして,規制①及び②の憲法適合性について論じなさい。なお,その際には,必要に応じて,参考とすべき判例や自己の見解と異なる立場に言及すること。
【別添資料】持続可能な地域交通システム法(仮称)の骨子第1 目的この法律は,公共交通の維持・拡充や交通渋滞の緩和を図ることにより,地域における住民の移動手段を確保することを目的とするものとする。
第2 定義1 「乗合バス事業」とは,道路運送法上の一般旅客自動車運送事業の許可を受け,有償で,乗車定員11人以上の自動車を使用して乗合旅客を運送する事業をいい,「乗合バス事業者」とは,乗合バス事業を経営する者をいうものとする。
2 「貸切バス事業」とは,道路運送法上の一般旅客自動車運送事業の許可を受け,有償で,一個の契約により乗車定員11人以上の自動車を貸し切って旅客を運送する事業をいい,「貸切バス事業者」とは,貸切バス事業を経営する者をいうものとする。
3 「高速路線バス」とは,乗合バス事業者が路線を定めて定期に運行するバスのうち,高速道路を利用し,50キロメートル以上の路線を定めて定期に運行するバスをいうものとする。
4 「生活路線バス」とは,乗合バス事業者が路線を定めて定期に運行するバスのうち,高速路線バス以外のものをいうものとする。
5 「特定区域」とは,域外からの自動車の乗り入れによって,地域住民の日常生活に著しい支障を来す程度の交通渋滞が生じている区域をいうものとする。
第3 高速路線バス1 高速路線バスは,生活路線バスを運行する乗合バス事業者のみが,国土交通大臣の許可を受けた上で運行することができるものとする。
2 生活路線バスを運行する乗合バス事業者は,国土交通大臣の許可を受けた上で,高速路線バスの運行を,貸切バス事業者に委託することができるものとする。
第4 生活路線バス国土交通大臣は,既に当該地域で生活路線バスを運行している乗合バス事業者の経営の安定を害することがないと認められる場合に限り,既存の生活路線バスが運行していない路線において,新たに生活路線バスの運行を許可することができるものとする。
第5 特定区域1 都道府県知事は,特定区域について,時間帯を定めて,当該区域の住民以外の者が乗車する自家用乗用自動車(当該区域の住民又は身体障害者が乗車する場合その他やむを得ない事由があると認められる場合を除く。)の通行を禁止することができるものとする。
2 前項の禁止に違反した者は,5000円以下の過料に処するものとする。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕
1.本年の問題は,職業の自由及び移動の自由に対する制約の可否を問うものである。
規制①は,生活路線バスを運行する乗合バス事業者にのみ高速路線バスの運行を認めるものであるため,専ら高速路線バスのみを運行してきた乗合バス事業者の職業の自由を制約することになる。同時に,規制①は,生活路線バスへの新規参入について,既存の生活路線バスを運行する乗合バス事業者の経営の安定を害さない場合に限り,認めるものとしている。
また,規制②は,特定の渋滞区域について,域外からの自家用車の乗り入れを原則として禁止するものであるため,当該区域の住民以外の者の移動の自由を制約することになる。
2.規制①については,規制の強度,規制の目的,生活路線バス事業の特徴等を踏まえて審査基準を定立し,規制の憲法適合性について検討することが求められる。この点については,薬事法事件判決(最大判昭和50年4月30日民集29巻4号572頁)が参考になる。同判決によれば,職業は,個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものであるが,その一方で,社会的相互関連性が大きいため,殊に精神的自由と比して公権力による規制の要請が強い。職業活動には,種々の目的から立法府の合理的な裁量判断による種々の規制が加えられるため,規制措置の憲法適合性については,これを一律に論ずることはできないが,立法裁量には事の性質上,自ずと広狭があるとされる。同判決は,一般に許可制は職業の自由に対する強力な制限であるから,それが合憲とされるためには重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するとしている。また,許可制による規制が消極目的から採られた場合には,許可制に比べて職業の自由に対するより緩やかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によっては目的を十分に達成することができないと認められることを要するとされる。
規制①は,バス事業を一つの職業として見た場合,形式的には職業遂行の自由に対する制約にとどまるとも解し得るが,専ら高速路線バスのみを運行してきた乗合バス事業者にとっては,狭義の職業選択の自由に対する制約に等しいとも言える。取り分け,本問においては,生活路線バスへの参入に対して申請者の能力や資質とは無関係の要件が設けられているため,新規参入が事実上,極めて困難であることにも注意しなければならない。
また,規制①の目的として,地域の公共交通の維持と,高齢者の運転ミスからの高齢者自身及び第三者の身体・生命の保護が挙げられている。そのため,規制の主目的と副次的目的の区別が可能であるかどうか,また,可能であるとした場合,どちらが主目的であるのかの検討も求められよう(前掲薬事法事件判決参照)。その上で,主たる目的が地域の公共交通の維持であると解する場合,積極目的であることを理由に,広い立法裁量を認めるべきであると論じることも可能である(小売市場事件判決〔最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号586頁〕参照)。一方,学説においては,積極目的であるからといって審査基準を極端に緩和すべきではなく,強力な制限については立法事実を踏まえた相応に厳しい審査が求められるとする見解があり,また,判例にも,審査の枠組みの検討に当たって,当該規制立法が,どこまで政策的裁量や専門技術的裁量を尊重すべき分野に属するのかを重視したと思われるものがある(酒類販売免許制事件判決〔最判平成4年12月15日民集46巻9号2829頁〕参照)。
さらに,規制①と公衆浴場の適正配置規制との類似性を見いだすこともできるであろう。
この観点からは,生活路線バスは自家用車を持たない住民にとって日常生活上必要不可欠な移動手段であり,利用者の範囲が地域的に限定されていて企業としての弾力性に乏しいこと,自家用車の普及に伴い経営が困難になっていること等を述べた上で,規制①は公衆浴場の距離制限と同じく強力な制限であるが,既存の生活路線バス事業者の経営の安定を図ることにより生活路線バス網を維持する上で,必要かつ合理的な範囲内の手段であると論じることもできる(公衆浴場法事件判決〔最判平成元年3月7日判例時報1308号111頁〕参照)。
いずれの立場を採るにせよ,判例を踏まえつつ,自説と異なる立場を考慮した論述が求められる。
3.規制②は,特定区域の住民以外の者の自家用車による移動を制限するものであるが,まず検討を要するのは,自家用車による自由な移動を,憲法上,どのように位置付けるかである。
この点,外国への一時旅行の事案であるが,国内における移動の自由が憲法第22条第1項の居住・移転の自由の保障に含まれるとしていると解し得る判例がある(帆足計事件判決〔最大判昭和33年9月10日民集12巻13号1969頁〕参照)。また,その意義として,もともと居住・移転の自由は経済的自由に属すると解されてきたが,人身の自由ともつながりを持ち,さらに他の人々との意見や情報の交流などを通じて人格の形成に役立つという精神的自由の側面をも持つと指摘する見解がある(旅券発給拒否処分に関する最判昭和60年1月22日民集39巻1号1頁における伊藤正己裁判官の補足意見参照)。
これに対し,移動の自由は,憲法第22条第1項の「移転」に含まれるものではないとの見解もあり得る(前掲帆足計事件判決における田中耕太郎,下飯坂潤夫両裁判官の補足意見参照)。このような立場からは,移動の自由に対する制約は,一般的自由又は幸福追求権(憲法第13条)の問題として検討されることになる。
規制②は,単なる通過や観光目的での乗り入れのほか,講演会や集会への参加を目的とした自家用車の乗り入れをも禁止する。移動の自由に精神的自由の側面があると解した場合,規制自体は緩やかであっても,その憲法適合性は,相応に慎重に審査されることになろう。
住民の安全で円滑な移動を確保するという目的に重要性は認められるとしても,区域という面ではなく,特定の道路への進入禁止によって立法目的が達成できないか,あるいは,混雑の主たる原因が観光バスであるとすれば,自家用車のみを規制しても混雑緩和や狭隘な道路における安全な通行にはつながらないのではないかなど,手段の必要性,合理性を検討することが求められよう。また,規制②は合憲であるとした上で,集会等への参加にこれを適用することを違憲とする立場もあり得る。
もとより,移動の自由は憲法第22条第1項により保障されるとしても,他の移動手段がある場合には,規制②による制約は軽微であり,その憲法適合性については緩やかな審査で足りると考えることもできる。移動の自由を憲法第13条の一般的自由の問題だと解した場合も同様である。これらの場合,自家用車による通行は,いつ,いかなる場所においても認められるべきものではないことを前提に,目的及び手段に合理性が認められるかどうか,当事者にとって過度の負担とならないかどうかを検討することになろう(未決拘禁者の喫煙禁止に関する最大判昭和45年9月16日民集24巻10号1410頁も参照)。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 規制①の憲法適合性
1 制約される権利
(1)職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的活動であるとともに、分業社会においては社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有する。22条1項は、職業選択の自由を保障するが、職業の選択が意味を持つのはこれを遂行できる場合に限られるから、選択した職業を遂行する自由(営業の自由)も同項により保障される(最大判昭50.4.30)。
(2)法律案骨子第3の1は、高速路線バスを生活路線バスを運行する乗合バス事業者のみが国土交通大臣の許可を受けて運行できるものとする。また、同第4は、既に当該地域で生活路線バスを運行している乗合バス事業者の経営の安定を害することがないと認められる場合に限り、既存の生活路線バスが運行していない路線において、新たに生活路線バスの運行を許可できるものとする。
これにより、高速路線バスのみを運行してきた乗合バス事業者(以下「高速専業事業者」という。)は、生活路線バスに参入しない限り高速路線バスを運行できなくなる。これは、同事業者の職業活動の自由に対する制約である。
2 制約の性質及び程度
(1)バス事業を一つの職業と見れば、規制①は、乗合バス事業のうち運行できる路線の種類を限定するものであって、形式的には職業遂行の自由に対する制約にとどまるとも解し得る。
(2)しかし、高速専業事業者にとっては、その職業活動の全てが高速路線バスの運行であるから、これを禁止されることは事業そのものの喪失を意味する。Xも、高速専業事業者から死活問題だという意見が寄せられていることを認めている。したがって、実質的には狭義の職業選択の自由に対する制約に等しい。
(3)しかも、規制①が用意する救済の途は、いずれも実効性に乏しい。
第一に、生活路線バスへの参入である。しかし、生活路線バスの運行には、生活路線バス用の車両の購入、営業所の設置・維持、運転手の再教育に多額の費用を要する。さらに決定的なことは、骨子第4が、既存事業者の経営の安定を害さないこと、及び既存の生活路線バスが運行していない路線であることという二つの要件を課している点である。これらは、申請者自身の能力や資質とは全く無関係の要件であり、申請者の努力によって充足することができない客観的要件である。Xは、県庁所在地の中心駅と繁華街を結ぶような高収益路線への参入は認めないと述べており、参入が許されるのは慢性的赤字の路線に限られる。そもそもそのような路線が存在するのかについても、関係者から疑問が寄せられている。すなわち、参入は事実上極めて困難である。
第二に、貸切バス事業に転業して、生活路線バスを運行する乗合バス事業者から高速路線バスの運行を受託することである。しかし、これは自らの名で事業を営むのではなく、他の事業者の下請として運行するにとどまる。受託できるか否かは委託者の意向に左右され、運賃や路線を自ら決定する自由も失われる。これは、従前の職業の継続とは評価できない。
(4)以上より、規制①は、高速専業事業者の職業選択の自由に対する強力な制限であり、しかも申請者の努力によって充足し得ない客観的要件によって新規参入を事実上閉ざすものである。
3 規制目的
(1)法律案骨子第1は、公共交通の維持・拡充や交通渋滞の緩和を図ることにより、地域における住民の移動手段を確保することを目的とする。
規制①については、Xの説明によれば、地方のバス事業者が生活路線バスの慢性的赤字を高速路線バスの収益と自治体からの補助金で補填して経営を維持している状況のもとで、生活路線バスを運行する事業者の収益を改善し、これ以上の路線廃止や減便を防ぎ、可能であれば増便を促して利便性を向上させることが狙いである。すなわち、地域の公共交通の維持という社会政策的な目的である。
(2)他方、問題文には、公共交通の衰退により高齢者にとって自家用車が唯一の移動手段となっていることが、高齢者の運転ミスによる人身事故が続いているにもかかわらず免許返納が進まない一因であるとの指摘があるとされている。この点を捉えれば、高齢者自身及び第三者の生命・身体の保護という消極的・警察的目的も読み取れる。
(3)もっとも、この生命・身体の保護という目的は、公共交通の維持を通じて間接的に実現されるものにすぎない。免許返納が進まない原因は多様であり、生活路線バスの維持が交通事故の減少にどの程度寄与するかは明らかでない。したがって、主たる目的は地域の公共交通の維持であり、生命・身体の保護は副次的な目的と解すべきである。
4 審査基準
(1)一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定するには、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する(前掲最大判昭50.4.30)。
(2)主たる目的が社会政策的なものであることを重視すれば、立法府の裁量的判断を尊重し、当該規制措置が著しく不合理であることが明白でない限り違憲とはならないとする立場もあり得る(最大判昭47.11.22参照)。
しかし、この立場には従えない。第一に、積極目的であることのみを理由に審査を極端に緩和すれば、既存事業者の保護を名目とする新規参入規制が無制約に許容されることになる。第二に、判例も、酒類販売業の免許制について、租税の適正かつ確実な賦課徴収という目的の下で、立法目的の重要性と制度の必要性・合理性を具体的に検討しており、目的の分類のみによって審査の密度を決していない(最判平4.12.15)。第三に、本件規制は、前述のとおり高速専業事業者にとって職業選択の自由の剥奪に等しい強力な制限であり、かつ新規参入の要件が申請者の能力・資質と無関係の客観的要件である。
(3)そこで、規制①の合憲性は、目的が重要な公共の利益であり、かつ手段が目的達成のために必要かつ合理的であることを要するという基準によって判断すべきである。そして、制限が職業選択の自由の剥奪に等しいことに照らし、より緩やかな規制手段によって目的を達成し得ないことについて、具体的な立法事実の裏付けが必要であると解する。
5 あてはめ
(1)目的の重要性
地方の深刻な人口減少が続く中で生活路線バス事業の大半が赤字であり、近年、路線の廃止や減便が続いている。これは、自家用車を持たない高齢者や高校生等にとって不可欠な移動手段を奪い、日常生活に極めて大きな支障をもたらす。生活路線バスは、利用者の範囲が地域的に限定され、代替手段に乏しく、住民の生存に関わる基礎的な社会基盤である。したがって、生活路線バス網を維持するという目的は重要な公共の利益である。
(2)手段の必要性・合理性
ア 高速路線バスの運行を生活路線バス運行事業者に限定する部分(骨子第3の1)
この手段は、高速路線バスの収益を生活路線バスの赤字補填に充てる事業者に限って高速路線バスの運行を認めることにより、内部補助の構造を制度的に確保しようとするものである。目的との間に一定の関連性は認められる。
しかし、次の点で必要性・合理性を欠く。
第一に、目的は生活路線バスを運行する事業者の収益改善であるが、高速専業事業者を排除することによって生活路線バス運行事業者の高速路線バス収益が増加するという関係は、必ずしも成り立たない。高速路線バスの需要は路線ごとに異なり、高速専業事業者の撤退が直ちに他の事業者の収益増加をもたらすとは限らない。むしろ、競争の排除により運賃が上昇し、利用者が他の交通手段に移ることも考えられる。立法事実としての裏付けが不十分である。
第二に、より緩やかな手段が存在する。生活路線バスの維持という目的は、X自身が述べるとおり現に行われている自治体からの補助金の拡充によって達成できる。また、高速路線バス事業者に対し、収益の一部を生活路線バスの維持のために拠出させる負担金制度を設ける、生活路線バスの運行を受託する義務を課す、生活路線バス運行事業者に対して高速路線バスの免許について優先的な取扱いをするなど、職業活動の内容・態様に対する規制によって同一の目的を達成する方法が考えられる。これらは、高速専業事業者の事業を奪うことなく内部補助に相当する効果を実現できる。
第三に、生命・身体の保護という副次的目的についても、高齢者の運転免許の更新制度の厳格化、デマンド交通や乗合タクシーの導入支援など、他の手段が存在する。
イ 生活路線バスへの新規参入規制(骨子第4)
この部分は、既存事業者の経営の安定を保護するものであり、既存事業者の収益を維持することによって路線の維持を図る点で、公衆浴場の適正配置規制と類似の構造を有する。判例は、公衆浴場が住民の日常生活において欠くことのできない公共的施設であり、利用者の範囲が地域的に限定されているため企業としての弾力性に乏しく、自家風呂の普及に伴い経営が困難になっていることなどを踏まえ、既存業者の経営の安定を図ることによって公衆浴場自体を保護するという適正配置規制を、必要かつ合理的な範囲内の手段として合憲としている(最判平1.3.7)。生活路線バスについても、これと同様の事情が認められる。
したがって、既存事業者の経営の安定を害さないことを参入要件とすること自体は、生活路線バス網の維持という目的との関係で合理的であり、合憲と解する余地が十分にある。
しかし、骨子第4は、これに加えて「既存の生活路線バスが運行していない路線において」という要件を重ねている。これにより、参入が可能な路線は、既存事業者が運行していない、すなわち採算が取れないために誰も運行していない路線に限られることになる。そのような路線への参入は経済的に成り立たず、参入要件は事実上充足不可能となる。Xが、高収益路線のみへの参入を排除したいと述べていることからも、この二重の要件が参入を封じる機能を持つことは明らかである。
ウ 両者の組合せによる効果
骨子第3の1と第4を組み合わせると、高速専業事業者は、高速路線バスを運行するには生活路線バスに参入しなければならないが、その参入は事実上不可能である、という構造になる。すなわち、規制①は、形式上は参入による救済の途を残しながら、実質的には高速専業事業者を市場から排除するものである。これは、既存の生活路線バス運行事業者の保護という目的を、新規参入者の職業そのものを奪うという最も重い手段によって実現するものであって、必要かつ合理的な範囲を超える。
(3)異なる立場への応答
生活路線バスが住民の生存に不可欠な社会基盤であり、その維持のためには収益構造の確保が不可欠であることを重視して、規制①全体を合憲とする立場もあり得る。確かに、生活路線バスの廃止が住民の生活に及ぼす打撃は深刻であり、立法府の政策判断を尊重すべき領域であることは否定できない。
しかし、立法府の裁量を認めるとしても、規制手段が制約される職業の自由の性質・程度に照らして均衡を失する場合には、違憲の判断を免れない。本件のように、ある事業者の職業活動を全面的に奪いながら、その代償として現実には充足不可能な参入の途しか用意しないことは、均衡を欠く。また、公衆浴場の適正配置規制は、既存業者と同種の営業を行おうとする新規参入者に対する距離制限であって、既に適法に営業している事業者の事業を奪うものではない。この点で本件とは事案を異にする。
6 結論
骨子第4のうち、既存事業者の経営の安定を害さないことを要件とする部分は合憲であるが、これに加えて既存の生活路線バスが運行していない路線に限るとする部分は、参入を事実上不可能にするものであり、22条1項に違反する。
骨子第3の1は、高速専業事業者の職業選択の自由に等しい利益を奪うものであるのに、より緩やかな手段(補助金の拡充、負担金制度、受託義務の設定等)によって目的を達成できるから、22条1項に違反する。
したがって、規制①は、現在の骨子のままでは違憲である。立法化するのであれば、①高速路線バスの運行主体の限定に代えて、高速路線バス事業者に生活路線バスの維持のための負担を課す制度とする、②生活路線バスへの参入要件を、既存事業者の経営の安定を害さないことに限り、路線の限定を外す、③高速専業事業者に対する経過措置(既存事業の継続を認める)を設ける、といった修正を加えるべきである。
第2 規制②の憲法適合性
1 移動の自由の憲法上の位置付け
(1)22条1項は居住・移転の自由を保障する。同項の「移転」は生活の本拠を移すことを意味し、一時的な移動は含まれないとして、移動の自由を13条の一般的自由の問題と解する見解もある。
しかし、居住・移転の自由が保障されるためには、その前提として場所を移動する自由が確保されていなければならない。判例も、憲法22条2項の外国に移住する自由には外国へ一時旅行する自由も含まれるとしており(最大判昭33.9.10)、同条が一時的な移動をも保障の対象としていることを示している。したがって、国内における移動の自由も22条1項により保障されると解する。
(2)居住・移転の自由は、職業活動の場所の選択を可能にするという経済的自由としての側面を有するとともに、身体の拘束からの解放という人身の自由とのつながりを持ち、さらに、他の人々との意見や情報の交流を通じて人格の形成に役立つという精神的自由の側面も有する(最判昭60.1.22の伊藤正己裁判官補足意見参照)。したがって、移動の自由の制約は、単なる経済的自由の制約として一律に緩やかに審査すべきものではない。
2 制約
骨子第5の1は、都道府県知事が、特定区域について時間帯を定めて、当該区域の住民以外の者が乗車する自家用乗用自動車の通行を禁止することができるものとし、同2はこれに違反した者を5000円以下の過料に処するものとする。
これにより、区域外の住民は、特定の時間帯において、自家用車で当該区域に立ち入ることができなくなる。Xの説明によれば、区域の広さは最大で数平方キロメートル、時間帯は観光地では週末や休日の午前9時から午後5時、住宅密集地では通勤・通学の時間帯が想定されている。
3 制約の程度
(1)制約は、移動の手段を自家用車に限り、場所を特定区域に限り、時間を特定の時間帯に限ったものである。徒歩、自転車、公共交通機関その他の手段による立入りは禁止されない。また、当該区域の住民又は身体障害者が乗車する場合その他やむを得ない事由があると認められる場合は除外される(骨子第5の1括弧書)。制裁も5000円以下の過料という軽微な秩序罰である。
したがって、制約の程度は比較的軽微である。
(2)もっとも、規制②は、単なる通過や観光目的での乗り入れのみならず、当該区域内で開催される講演会や集会に参加するための乗り入れをも禁止することになる。移動の自由の精神的自由としての側面を考慮すれば、この局面における制約は軽微とはいえない。また、公共交通機関が十分に整備されていない区域においては、自家用車以外の移動手段が実質的に存在せず、制約の程度は大きくなる。
4 審査基準
以上を踏まえると、移動手段・場所・時間を限定した制約であり、代替手段も残されていることから、厳格な審査は妥当しない。他方で、移動の自由が精神的自由の側面を有することに照らせば、単に著しく不合理であることが明白でなければよいという程度の審査では足りない。
そこで、規制②の合憲性は、目的が重要であり、手段が目的達成のために実質的な関連性を有するかによって判断すべきである。そして、集会への参加等、精神的自由の行使と結び付く移動については、別途の考慮を要する。
5 あてはめ
(1)目的の重要性
大都市の一部区域や一部の観光地における交通渋滞は、地域住民の自家用車やバスでの移動の妨げとなり、道幅の狭いところでは住民の歩行や緊急車両の通行を困難にするなど、住民生活に著しい支障を来す程度に達しているとされる。歴史的な街並みが保存されている地区や住宅密集地では道路の拡幅もできない。緊急車両の通行の確保は住民の生命・身体に直結し、歩行者の安全も同様である。
したがって、住民の安全で円滑な移動を確保し、緊急車両の通行を可能にするという目的は重要である。
(2)手段の実質的関連性
ア 区域単位の規制の必要性
まず、区域という面的な単位で規制することの必要性が問題となる。渋滞や通行障害が特定の道路に生じているのであれば、当該道路への進入を禁止することによって目的を達成できるのではないか、という疑問がある。
しかし、特定の道路のみを規制すれば、周辺の道路に交通が流入し、かえって狭い生活道路に自動車が入り込むことになる。幹線道路の通行が制限されれば、近接した住宅街の道路が迂回路として使われ、かえって新たな危険が生ずる。歴史的な街並みの保存地区や住宅密集地のように、区域全体の道路が狭隘である場合には、面的な規制によらなければ目的を達成できない。また、規制区域は最大でも数平方キロメートルであり、時間帯も限定されている。したがって、区域単位の規制それ自体は目的との実質的関連性を有する。
イ 自家用車のみを規制することの合理性
ある観光地の住民からは、渋滞の原因は観光バス等にもあるから、自家用車のみを規制してもあまり意味がないという声が寄せられている。確かに、観光バスは車体が大きく、狭い道路における通行障害への寄与は自家用車より大きい可能性がある。規制対象から観光バスを除外すれば、目的の達成が不十分となり、手段の実質的関連性が疑われる。
もっとも、観光バスは1台で多数の旅客を運送するため、同数の旅客を自家用車で運ぶ場合に比して台数は少ない。渋滞の主たる原因が台数の多い自家用車にあるという立法事実が示されれば、自家用車を規制対象とすることに合理性が認められる。したがって、立法に当たっては、規制対象区域ごとに交通量の実態調査を行い、自家用車の寄与度を具体的に明らかにする必要がある。これを欠くまま自家用車のみを一律に規制するのであれば、手段の実質的関連性は認められない。少なくとも、貸切バス等の大型車両についても、台数の制限、乗降場所の指定、事前予約制の導入等の措置を併せて講ずるべきである。
ウ 区域住民以外の者に限定することの合理性
規制②は、当該区域の住民が乗車している場合を除外する。区域内に居住する者は、日常生活上、自宅への自動車による出入りを必要とするから、これを除外することには合理性がある。区域外の住民であっても、区域内の住民を乗せている場合には規制の対象とならないのであるから、住民の生活上の必要は確保されている。身体障害者が乗車する場合その他やむを得ない事由があると認められる場合の除外も、移動に困難を伴う者への配慮として適切である。
ただし、「その他やむを得ない事由があると認められる場合」という文言は包括的であるから、通院、介護、業務上の必要、区域内の施設の利用等の具体的な除外事由を法令上明示し、許可申請の手続を整備すべきである。これを欠けば、知事の判断によって除外の範囲が恣意的に決まり、公平性を欠くおそれがある。
エ 集会等への参加を目的とする移動への適用
区域内で開催される講演会、集会、デモ行進等に参加するために自家用車で乗り入れようとする者に対して規制②を適用することは、集会の自由(21条1項)の行使そのものを妨げる。公共交通機関が整備されていない区域においては、参加が事実上不可能となる場合もある。
交通渋滞の除去という目的は重要であるが、集会への参加を妨げることを正当化するほどのものとはいえない。そこで、規制②のうち、集会その他の表現活動に参加する目的での乗り入れに適用される部分については、骨子第5の1の「やむを得ない事由があると認められる場合」に当たるものとして除外するよう、運用上の指針を定めるべきである。そのような限定が可能であれば、規制②自体を違憲とする必要はないが、限定をしないまま集会参加者に適用することは、当該適用の限りで違憲となる。
6 結論
規制②は、住民の安全で円滑な移動及び緊急車両の通行の確保という重要な目的のために、移動手段・場所・時間を限定して課される制約であり、代替手段も残され、制裁も軽微であるから、22条1項に違反しない。
ただし、立法に当たっては、①各区域における交通量の実態調査により自家用車が渋滞の主たる原因であることを明らかにし、貸切バス等の大型車両についても併せて必要な措置を講ずること、②除外事由を具体的に法令上明示し、許可の手続を整備すること、③集会その他の表現活動への参加を目的とする乗り入れを除外事由に含めることを明記すること、が必要である。これらを欠く場合には、手段の実質的関連性又は適用上の合憲性に問題が生ずる。
以上