司法試験 平成29年 憲法
問題文
[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
20**年,少子高齢化の影響で日本では労働力の不足が深刻化し,経済成長にとって大きな足かせとなっていた。日本では,それまで外国人のいわゆる非熟練労働者の受入れは認められていなかったが,政府は,労働力不足の深刻化を受け,労働力確保の必要性が特に高い農業と製造業を対象として,外国人非熟練労働者を受け入れる方針を決めた。受入れに際しては,十分な数の労働者を迅速かつ円滑に確保するとともに,適性のある労働者についてはある程度長期間にわたり雇用を継続できるようにすることが望まれた。他方,政府の上記方針決定に対し,野党からだけではなく与党からも,欧米諸国で移民を大規模に受け入れた結果として社会的・政治的な軋轢が生じた経験を参照した慎重論が強く主張された。そのため,特に労働力確保が必要な区域として受入れの対象区域を指定し,受け入れた外国人はその指定区域内でのみ就労できることとした上,いずれ必ず帰国し,日本への長期にわたる定住を認めないこと,さらに,受け入れた外国人に問題がある場合には迅速に出国させることが求められた。このように,外国人非熟練労働者の受入れについては,現行の出入国管理制度とは大幅に異なる枠組みが必要とされたことから,政府は,「農業及び製造業に従事する特定労務外国人の受入れに関する法律」(以下「特労法」又は「法」という。)を制定して外国人非熟練労働者のみに適用される本邦滞在制度(以下「新制度」という。)を創設し,新制度の下で受け入れる外国人については,出入国及び在留に関して,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)を適用しないこととした。
新制度の概要は以下のとおりである(特労法の関連条文は【参考資料】のとおり。)。
・ 本邦において,熟練した技能や専門的知識を要しない特定の農業及び製造業の業務(以下「特定労務」という。)への就労を希望する,一定の条件を満たした外国人は,申請により,特定労務に従事する者として認証を受けることができる。
・ 特定労務外国人は,入管法上の在留資格を得ることなく本邦に入国し,法務大臣が指定する地域(基本的に市区町村を単位とする。)内で特定労務に就労することができる。
・ 滞在期間は3年とし,更新可能とする。ただし,滞在が長期間にわたったとしても,永住や帰化は認めない。
・ 特定労務外国人については,新制度の趣旨・目的を達成するため,滞在中の妊娠・出産を禁止するなど,本邦に滞在するに当たっての特別な禁止行為を定める(法第15条)。
・ 新制度の運用のため,滞在の認証に係る審査や強制出国についての審査及び強制出国命令書の発付等を行う行政官として,特定労務外国人審査官(以下「審査官」という。)を置き,新制度により滞在する外国人の違反事件の調査や,強制出国の執行等を行う行政官として,特定労務外国人警備官(以下「警備官」という。)を置く。審査官は,外国人の出入国ないし在留管理等の業務に10年以上従事した経歴があり,一定の試験に合格した者から任用する。審査官となった者は,警備官の行う業務には携わらない。
・ 警備官は,上記の禁止行為を行ったことが疑われる者(以下「嫌疑者」という。)を覚知したときには調査を開始し,その結果,禁止行為を行ったと疑うに足りる相当な理由があるときは,裁判官の発する令状や,行政官の事前審査に基づく収容令書など,身柄を拘束する者とは別の立場の者が強制処分のために発する書面を要しないで,嫌疑者を収容することができる。
・ 警備官は,嫌疑者を収容するときは,違反が疑われる事実を告知し,収容後速やかに弁解を聴取する。警備官は,収容のために身柄を拘束したときから48時間以内に,審査官に,調書及び証拠物を送付するとともに,当該嫌疑者の収容を報告しなければならない。
・ 審査官は,警備官から報告を受けた場合,速やかに当該嫌疑者による禁止行為の存否について審査を開始し,その存在を確認した場合には,同人を強制出国とする。
立法過程では,滞在中の妊娠・出産を認めないのは女性の自己決定権に対する制約として厳し過ぎるのではないかなど,禁止行為が厳格に過ぎるのではないかとの意見のほか,裁判官の令状等を得ることもなく,警備官限りの判断で,直ちに外国人の身柄を拘束することは手続的保障の観点から問題ではないかとの疑問が呈された。しかし,日本への長期にわたる定住を認めないという趣旨を徹底する必要性や,外国人被扶養者の増加が我が国の社会保障制度や保育,教育,医療サービス等に及ぼす影響への懸念から,この程度の制約はやむを得ないとの意見が大勢を占めるに至った。
また,収容の要件が限定され,収容後に一定の手続保障が与えられていることのほか,労働力確保の要請から入管法に比して緩やかな要件で入国を認める以上,受け入れた外国人に問題がある場合には迅速に出国させることにより我が国の秩序を守り国民の安心を得る必要があること,更には外国人の入国・滞在の可否は国家の主権的判断に属するという原則等が強調され,結局,特労法が制定された。
A国籍の女性Bは新制度に基づいて来日し,機械部品を製造する工場で特定労務に従事していた。
Bは,同じく新制度に基づいて入国し,同じ工場に勤務していたA国籍男性Cと親しくなり,しばらくして妊娠した。Bは懐妊後も引き続き工場で働いていたが,Bの体型の変化に気付いた雇用主がBの妊娠について通報した。これを受けて,警備官が早速調査を開始したところ,Bが産婦人科で受診した事実も確認された。このため,警備官は,Bが妊娠しているとの疑いを強め,法第18条第1項に基づきBを拘束して出国準備センターに収容した。警備官は,収容に際し,法第18条第2項に基づき,Bに対し,滞在中に妊娠し,法第15条第8号の禁止行為に該当するため収容する旨口頭で告げた。また,警備官が,法第18条第2項に基づき,収容後速やかにBから弁解を聴取したところ,Bは,「Cとの間の子を妊娠しているのは間違いない。ただ,滞在中に妊娠することを禁じられていると知っていたので,望んで妊娠したわけではない。この先日本に定住するつもりはなく,日本である程度お金を稼いだらA国に戻りたいとの気持ちは変わらないが,Cを愛しているので今は出産したい。」旨申し立てた。さらに,警備官から報告を受けた審査官は,審査を行った結果,Bの妊娠事実を認定し,強制出国命令書を発付した。
Bは,間もなくA国に送り返された。Bは,妊娠したことを理由にいきなり収容されて帰国させられたことが納得できず,日本政府を訴えたいと考え,引き続き日本にいるCに相談した。Bから相談を受けたCが弁護士甲に相談したところ,甲は,Bの委任を受けて,Bの収容及び強制出国の根拠となった特労法の規定が憲法違反であるとして,国家賠償請求訴訟を提起しようと考えた。
〔設問1〕
あなたが弁護士甲であるとして,上記の国家賠償請求訴訟においてどのような憲法上の主張を行うかを述べなさい。なお,憲法第14条違反については論じなくてもよい。
〔設問2〕
〔設問1〕で述べられた甲の主張に対する国の反論を想定しつつ,憲法上の問題点について,あなた自身の見解を述べなさい。
【参考資料】農業及び製造業に従事する特定労務外国人の受入れに関する法律(抄)
(目的)
第1条 この法律は,我が国の農業及び製造業に必要な労働力の確保に支障が生じつつあることに鑑み,我が国において就労しようとする特定労務外国人の受入れに関して必要な措置を定めることにより,我が国の文化や秩序との調和を図りつつ,特定労務における労働力の円滑な供給を実現し,もって国民生活の安定及び社会経済の発展に資することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律で,「特定労務」とは,農業又は製造業の業務のうち,その習得に相当の期間を要する熟練した技能や専門的知識を要しないものとして,法務大臣が指定したものをいう。
(認証の付与及び認証の効果)
第4条 法務大臣は,以下の各号を満たす外国人の申請により,当該外国人に本邦において特定労務に従事する者として認証を付与することができる。
一 申請時点で年齢が満20歳以上45歳未満であること二 心身ともに健全であること三 本邦において特定労務への就労を希望していること四 本邦への帰化又は永住を希望しないこと五 過去に第15条各号のいずれかに該当して本邦からの出国を強制されたことがないこと六~八 (略)
2 前項の認証を受けた外国人(以下「特定労務外国人」という。)は,出入国管理及び難民認定法(昭和26年10月4日政令第319号。以下「入管法」という。)の規定にかかわらず,本邦に入国し,滞在することができる。
3 特定労務外国人は,法務大臣が告示により指定する特別区域内において,特定労務に従事することができる。
4 特定労務外国人の認証は,認証を受けた日から3年を経過した時又は本邦を出国した時のいずれか早い時に,その効力を失う。ただし,特定労務外国人は,申請により認証期間の更新を受けることができる。
5 特定労務外国人については,別段の定めがない限り,入管法の規定は適用しない。
(認証の申請に必要な書類)
第5条 外国人は,特定労務外国人の認証の申請に際し,次に掲げる書類を提出しなければならない。
一~四 (略)
五 第15条各号に掲げる事項を理解した上で同事由に該当する行為をしない旨を誓約する書面(禁止行為)
第15条 特定労務外国人は,次に掲げる行為をしてはならない。
一~五 (略)
六 正当な理由なく,特定労務を継続して1月以上行わないで滞在すること七 本邦内において配偶者又は子(日本国民及び入管法上の在留資格を有する者を除く。)を扶養すること八 本邦滞在中に妊娠し又は出産すること(収容)
第18条 特定労務外国人警備官(以下「警備官」という。)は,特定労務外国人について第15条各号に該当する事実があると疑うに足りる相当な理由がある場合には,当該特定労務外国人(以下「嫌疑者」という。)を収容することができる。
2 前項の規定によって収容するときは,警備官は,嫌疑者に対し,収容の理由を口頭で告知し,収容後速やかにその弁解を聴取しなければならない。
3 第1項の規定によって収容する場所は,出国準備センターとする。
4 警備官は,第1項の規定により嫌疑者を収容したときは,嫌疑者の身体を拘束した時から48時間以内に,特定労務外国人審査官(以下「審査官」という。)に,調書及び証拠物を送付し,当該嫌疑者の収容を報告しなければならない。
5 第1項の規定による収容は,14日を超えてはならない。
(収容後の審査官による審査)
第19条 審査官は,前条第4項の規定により嫌疑者の収容に関する報告を受けたときは,速やかに審査を開始し,第15条各号に該当する事実の有無を確認しなければならない。
2 審査官が,審査の結果,嫌疑者に第15条各号に該当する事実がない又は当該事実の存否が明らかでないと認定したときは,警備官は,直ちにその者を放免しなければならない。
3 審査官は,審査の結果,嫌疑者に第15条各号に該当する事実が存在すると認定したときは,速やかに強制出国命令書を発付しなければならない。
4 前条第5項の規定にかかわらず,前項の強制出国命令書が発付されたときは,出国の時まで前条第1項に基づく収容を継続することができる。
(強制出国命令書の執行)
第23条 強制出国命令書は,警備官が執行する。
2 警備官は,強制出国命令書を執行するときは,強制出国命令を受ける者に強制出国命令書又はその写しを示して,速やかにその者の国籍又は市民権の属する国に出国させなければならない。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕
今年度は,いわゆる外国人非熟練労働者の入国・在留を認める架空立法を素材に,外国人の人権保障に関するいくつかの問題を問うこととした。基本判例や学説に関する適切な理解や初見の条文の正確な読解を前提に,具体的な事案に即して的確な憲法論を展開することができるかどうかが問われる。
本問での主な論点は,問題文にもヒントがあるように,①妊娠・出産(以下「妊娠等」という。)を滞在の際の禁止事項とし,違反があった場合には強制出国させることが,自己決定権(憲法第13条)の侵害ではないか,②令状等なくして収容を認めることが人身の自由や適正な手続的処遇を受ける権利(根拠条文は立場によるが,憲法第13条,第31条,第33条等。)
を侵害するのではないか,ということである。
①の自己決定権の侵害については,まず,自己決定権が憲法上保障されるか,そして,その自己決定権に妊娠等の自由が含まれるかということが問題となる。さらに,妊娠等の自由が自己決定権に含まれるとしても,本問のBが外国人であることから,別途の考慮が必要となる。
この点については,マクリーン事件判決(最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁)及びそこで示された権利性質説が直ちに想起されることだろう。そして,権利性質説からすれば,妊娠等に関わる自己決定権は外国人にも保障されるということになろう。しかし,注意すべきは,同判決が,外国人に対する人権保障は「外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎない」として,人権として保障を受ける行為を在留期間の更新の際に消極的な事情として考慮されることはあり得るとしていることである。外国人の出入国及び在留に関わる問題に関しては,単純な権利性質説に基づく議論では不十分である。
B代理人甲としては,マクリーン事件判決のこのような判断を踏まえつつ,本件のような場合には立法裁量が限定されるべきという主張を組み立てる必要がある。様々な立論があり得るだろうが,飽くまで一例ということで示すとすれば,まず,妊娠等が本人の人生にとって極めて重要な選択であり,また,人生においても妊娠等ができる期間には限りがあり(なお,新制度はそのような年代の者を専ら対象としている(特労法第4条第1項第1号)。),自己決定権の中でも特に尊重されなければならないこと,また,本件が,再入国と同視される在留期間の更新拒否ではなく,強制出国の事例であってマクリーン事件とは事案が異なることなどを指摘して,立法裁量には限界があるとして中間審査基準(目的の重要性,手段の実質的関連性)によるべきだという主張をすることなどが考えられる。その上で,例えば,規制目的は定住を促す生活状況を生じさせることを防止することによって定住を認めないという新制度の趣旨を徹底することであり,これは,滞在期間を限定し,永住や帰化を認めないという直接的な措置と比べて周辺的であり,重要な立法目的とまでは言えないこと,仮に目的が重要だとしても,妊娠等が全て定住につながるとは限らず,合理性に欠けることなどを指摘することが考えられる。
本問では,違憲の主張をする場合,その瑕疵は特労法そのものに求められるべきであり,問題文にも,「Bの収容及び強制出国の根拠となった特労法の規定が憲法違反であるとして,国家賠償請求訴訟を提起しようと考えた。」とされているのであるから,法令違憲を検討すべきである。仮に適用違憲に言及するとしても簡潔なものにとどめるべきであろう。
これに対して国の主張としては,妊娠等の自由が憲法上保障されるとしても,出入国や国内での滞在は国家主権に属する事項であって,妊娠等を理由に強制出国処分とすることについては極めて広範な裁量が認められること,子供が日本で生まれ育つことにより,日本の社会保障制度や保育・教育及び医療サービス等の負担となる可能性があり,また,親である外国人も含め,定住の希望を持つようになる蓋然性があること,新制度は労働力確保のためであり,妊娠等によって相当期間に渡って就労が不可能になるから禁止事項として合理性があること(特労法第15条第6号が1月以上就労しないことを禁止事項としていることも参照。),妊娠等禁止の条件は事前に周知され,誓約(同意)もあることから基本権への制約がなく合憲であるといった点を指摘することが考えられよう。
②の収容に関しては,人身の自由という実体的な権利の問題と,収容が令状等なくして行われることなどに関わる手続的な権利の問題とがある。前者については,特労法第18条第1項によれば違反行為に該当すると疑うに足りる相当な理由があることが収容の要件となっているところ,例えば刑事訴訟法の逮捕に関する要件(刑事訴訟法第199条)についての議論を参照し,収容の必要性も要件とすべきであるという主張が考えられる。これに対して,収容は違反行為該当性の調査のためだけではなく,その後の迅速な強制出国処分に備えて身柄を確保する必要性にも基づいているのであるから,嫌疑さえあれば常に必要性はあるといえるといった反論が想定できる。
手続的な権利については,憲法第33条の逮捕令状主義との関係が問題となるが,本問の収容手続は行政手続であるから,これらの規定の直接適用はできず,準用・類推適用あるいは他の規定(憲法第13条,第31条)の適用によって憲法的な保障が及ぶかどうかの検討が求められる。行政手続としての身体の拘束の際の手続的保障について判断した判例は見当たらないため,憲法第35条と行政手続との関係が問題となった川崎民商事件判決(最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁)や,憲法第31条と行政手続との関係について判断した成田新法事件判決(最大判平成4年7月1日民集46巻5号437頁)を参考に,判断枠組みを設定することが必要となる。このほか,憲法第34条の抑留拘禁要件との関係で,特労法第18条ないし第19条所定の手続の性質を検討する視点もあり得よう。
甲の主張としては,例えば,人身の自由に対する重大な制約である身柄の拘束については原則として,裁判官による令状,あるいは少なくとも,行政官であっても第三者的な立場の者による事前審査が必要であるが審査官はそうした立場の者ではないとした上で,例外を認める特段の事由のないことを指摘することとなる。甲の立場からは,例えば,令状等を要することが原則だとしても緊急逮捕(刑事訴訟法第210条)のように事後に直ちに令状等を求める制度もあり得るから迅速性の要請は充足できること,禁止事項該当性が明らかであることと手続的保障の必要性とは別問題であること,事後的に収容理由が告知されたり弁解が聴取されても,それと事前手続の必要性とは別問題であること,さらに,同じく事後的に裁判所の審査が受けられるといっても,短期間に出国させられてしまう以上実効性に欠けること,などを指摘することが考えられる。
これに対して,国は,出入国や滞在については国家主権に属する事項であって外国人の権利保障の程度が下がること,刑事責任追及に結び付くものではないこと,手続の迅速性(緩やかな要件で入国を認める以上,受け入れた外国人に問題がある場合には迅速に出国させることにより我が国の秩序を守り国民の安心を得る必要があること)の要請があること,退去強制事由該当性が明らかであること,収容後直ちに収容理由の告知・弁解の聴取がなされ,警備官とは別の立場である審査官による審査もあること,更に裁判所への出訴も可能であること,などを主張することができるだろう。
出入国管理及び難民認定法による現実の外国人出入国管理制度においては,主任審査官が発付する収容令書によって退去強制事由に該当する容疑のある者を収容することができるとされている(同法第39条)。これと本問の新制度とは別個のものであり,解答に当たって現実の制度への言及やそれとの比較を行うことは求められていないが,必要な範囲でそれに言及することがあったとしてももちろん構わない。
なお,本問では国家賠償請求訴訟が提起されているが,憲法上の主張の検討が求められているのであるから,国家賠償法上の違法性の判断枠組みやそれを前提にした具体的検討を中心に据えるのは適当ではないだろう。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1 甲の憲法上の主張
1 妊娠・出産についての自己決定権(13条)の侵害
(1)権利の保障
13条は個人の尊重と幸福追求権を定め、個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利を包括的に保障している。その一内容として、個人が自己の身体及び生き方に関する重要な事柄を公権力の介入を受けずに自ら決定する自由、すなわち自己決定権が保障される。
妊娠し出産するか否かの決定は、自己の身体に関する最も根源的な事柄であるとともに、家族を形成し子を育てるという人生の在り方そのものを決する選択であり、個人の人格的生存の核心に属する。しかも、人が妊娠・出産をなし得る期間は生物学的に限られており、一度失われた機会は回復できない。本法4条1項1号が認証の対象を満20歳以上45歳未満の者に限っていることからすれば、新制度は専ら妊娠・出産が可能な年代の者を対象としている。したがって、妊娠・出産についての自己決定権は、自己決定権の中でも特に強く保護されなければならない。
(2)外国人への保障
憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ(最大判昭53.10.4)。妊娠・出産についての自己決定権は、人の自然的・生物的な本性と人格的生存に直結する権利であって、日本国民であることを前提とする権利ではない。よって、Bにも保障される。
(3)在留制度の枠内論の限界
もっとも、判例は、外国人に対する憲法の基本的人権の保障は外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎず、在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの保障が与えられているものではないから、憲法上の権利の行使と評価される行為を在留期間の更新の際に消極的な事情として考慮されないことまでの保障が与えられているものではないとする(前掲最大判昭53.10.4)。
しかし、この判断は本件には及ばない。第一に、同判決は在留期間の更新の不許可に関するものである。期間満了後の在留の継続は新たな在留の許否と同視されるから、国の広範な裁量が働く。これに対し本件は、適法に認証を受けて滞在している者について、滞在期間(本法4条4項の3年)の途中で、その法的地位を強制的に剥奪して国外に排除するものであり、既に取得した地位の剥奪である。
第二に、同判決が問題としたのは、権利行使を消極的な事情として裁量判断の中で考慮することであった。これに対し本法15条8号は、妊娠・出産そのものを法律で正面から禁止行為とし、これに該当すれば収容及び強制出国という最も重い不利益を必然的に課す(本法19条3項は、審査官は強制出国命令書を発付しなければならないとする)。これは、権利の行使を直接禁止し制裁を課すものであって、裁量判断における一事情としての考慮とは次元を異にする。
第三に、本法5条5号は、認証の申請に際し、15条各号に該当する行為をしない旨を誓約する書面の提出を要求する。これは、憲法上の権利の行使を包括的に、かつ将来にわたって放棄させるものである。しかし、人格的生存の核心に属する権利について、あらかじめ包括的に放棄することは認められない。しかも、誓約は認証を受けるための必須の条件であって、就労を希望する外国人には拒否する余地がなく、真意に基づく自由な同意とはいえない。
(4)審査基準
以上より、妊娠・出産についての自己決定権に対する制約については、国の広範な立法裁量は認められない。制約が許されるのは、立法目的が重要であり、かつ手段が目的達成のために実質的な関連性を有する場合に限られると解すべきである。
(5)あてはめ
目的について、本法1条は我が国の文化や秩序との調和を図りつつ特定労務における労働力の円滑な供給を実現することを掲げる。立法過程で示された15条8号の趣旨は、日本への長期にわたる定住を認めないという新制度の趣旨の徹底、及び外国人被扶養者の増加が我が国の社会保障制度や保育、教育、医療サービス等に及ぼす影響への懸念である。
しかし、定住を認めないという目的については、本法が既に、滞在期間を3年とし(4条4項)、永住又は帰化を希望しないことを認証の要件とし(4条1項4号)、法務大臣の指定する特別区域内でのみ就労できるとしている(4条3項)。これらが定住防止のための直接的な措置であり、妊娠・出産の禁止はこれに比べて周辺的な措置にとどまる。定住を促す生活状況が生じることを防止するという抽象的な目的は、重要な立法目的とまではいえない。
社会保障等への影響についても、本法15条7号が本邦内において配偶者又は子を扶養することを禁止しており、被扶養者の増加による負担はこの規定によって対処されている。また、父母がいずれも外国人である場合、本邦で出生した子は日本国籍を取得しない。したがって、妊娠・出産そのものを禁止する必要はない。
手段についても実質的関連性を欠く。妊娠・出産が必ず定住につながるとは限らない。現にBは、弁解聴取において、この先日本に定住するつもりはなく、日本である程度お金を稼いだらA国に戻りたいとの気持ちは変わらないと述べている。それにもかかわらず、本法15条8号は、妊娠した事実のみをもって一律に禁止行為に当たるとし、定住の意思の有無を一切考慮しない。妊娠により相当期間就労が困難になるという点も、本法15条6号が正当な理由なく特定労務を継続して1月以上行わないで滞在することを禁止行為としているのであるから、同号によって対処できる。
さらに、妊娠の禁止は出産の禁止を含み、妊娠した者は人工妊娠中絶をするか強制出国に甘んじるかの選択を強いられる。これは、自己の身体に対する侵襲を迫るに等しく、制約の程度は著しく重い。
よって、本法15条8号及びこれを前提とする18条1項、19条3項は、13条に違反して無効である。
2 収容に関する人身の自由及び適正手続(13条、31条、33条、34条)の侵害
(1)身体の自由の重要性
身体の自由は、あらゆる権利行使の前提となる最も基本的な自由であり、その制約は最も重大な人権侵害である。本法18条は、警備官が、15条各号に該当する事実があると疑うに足りる相当な理由がある場合に、嫌疑者を出国準備センターに収容することを認め、収容は14日を超えてはならないとするが(同条5項)、強制出国命令書が発付されたときは出国の時まで収容を継続できる(19条4項)。すなわち、身体の拘束に実質的な期間の上限がない。
(2)令状主義及び適正手続の要請
33条は、現行犯の場合を除き、権限を有する司法官憲が発し、かつ理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ逮捕されない旨を定める。本件の収容は行政手続上の身体拘束であるから、同条が直接適用されるものではない。
しかし、判例は、35条の保障が主として刑事責任追及の手続における強制について及ぶものであるとしつつ、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に同条の保障の枠外にあるとは判断できないとしている(最大判昭47.11.22)。また、31条の定める法定手続の保障は行政手続には当然には及ばないとしながら、行政手続についても、その相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきであるとしている(最大判平4.7.1)。
これらに照らせば、行政手続による身体の拘束についても、33条及び31条の趣旨に由来する手続的保障が及ぶと解すべきである。すなわち、身体の拘束に当たっては、原則として、裁判官の発する令状、少なくとも身柄を拘束する者とは別の立場にある第三者的な行政官による事前の審査が必要であり、これを欠く拘束が許されるのは特段の事由がある場合に限られる。
(3)本件のあてはめ
本件で制限される利益は身体の自由であって、最も重大な利益である。拘束期間も、強制出国命令書が発付されれば出国の時まで継続する。これに対し、国が達成しようとする公益は、禁止行為の有無の調査と強制出国の実施であって、犯罪の捜査のような緊急性を伴うものではない。
しかるに本法は、警備官が、裁判官の発する令状や、行政官の事前審査に基づく収容令書など、身柄を拘束する者とは別の立場の者が強制処分のために発する書面を要しないで、自らの判断のみで嫌疑者を収容することを認める。審査官は、外国人の出入国ないし在留管理等の業務に10年以上従事した経歴を有し、警備官の行う業務には携わらないという点で第三者性を有するが、本法は審査官による事前審査を全く要求していない。審査官が関与するのは収容後であり(18条4項、19条1項)、しかもその審査の対象は禁止行為該当事実の存否であって、収容の適否ではない。
迅速性の要請は、事前審査を免れる理由にならない。刑事手続においても、緊急逮捕(刑事訴訟法210条)のように、まず身柄を拘束し直ちに事後的に令状を求める制度が存在する。本法に同様の制度を設けることは可能であったのに、何らの司法的統制も設けていない。
また、収容後速やかに収容の理由が口頭で告知され、弁解が聴取されるとしても(18条2項)、これらは事後的な手続であって、不当な拘束を未然に防ぐ事前審査の機能を代替しない。禁止行為該当性が明白であることも、手続的保障の必要性とは別の問題である。裁判所への出訴が可能であるとしても、強制出国命令書の発付後は速やかに出国させられるのであるから(23条2項)、実効的な救済とならない。現にBは、収容後間もなくA国に送り返されている。
(4)収容の必要性の要件の欠如
本法18条1項は、15条各号に該当する事実があると疑うに足りる相当な理由があることのみを収容の要件とし、収容の必要性を要件としていない。身体の拘束は、逃亡のおそれ又は調査の妨害のおそれがある場合にはじめて必要となるものであり、刑事手続における逮捕についても必要性が要件とされている。本件のBは、工場で稼働を続け、産婦人科にも受診しており、逃亡のおそれは全くなかった。それにもかかわらず、嫌疑があるだけで直ちに収容が許されるとする同項は、身体の自由に対する過剰な制約である。
(5)34条との関係
34条は、抑留・拘禁に際し理由の直ちの告知と弁護人に依頼する権利を保障し、正当な理由がなければ拘禁されず、拘禁の理由の開示を要求できる旨を定める。同条も刑事手続に関する規定であるが、行政手続による身体拘束にもその趣旨が及ぶべきである。本法は、弁護人(代理人)に依頼する権利を保障する規定を欠き、拘禁の理由の開示を求める手続も設けていない。Bは、収容されてから強制出国されるまで、弁護士の援助を受ける機会を与えられていない。この点でも本法は手続的保障を欠く。
(6)以上より、本法18条及び19条は、13条並びに31条、33条及び34条の趣旨に反して無効である。
3 結論
Bの収容及び強制出国の根拠となった本法15条8号、18条、19条はいずれも違憲無効であり、これに基づく公務員の行為は国家賠償法1条1項の違法な公権力の行使に当たる。
第2 設問2 国の反論と私見
1 国の反論
国は、次のように反論すると考えられる。①外国人の入国・滞在の可否は国家の主権的判断に属する事項であり、外国人を自国内に受け入れるかどうか、受け入れる場合にいかなる条件を付するかは、当該国家が自由に決定できる。したがって、滞在の条件として妊娠・出産を禁止し、違反した場合に出国させることについては、極めて広範な立法裁量が認められる。②本法15条8号の禁止は事前に周知され、Bは本法5条5号の誓約書を提出して同意しているのであるから、そもそも権利の制約がない。B自身、禁止されていることを知っていたと述べている。③子が日本で生まれ育つことにより、日本の社会保障制度や保育、教育及び医療サービスの負担となる可能性があり、また、親である外国人も含め定住の希望を持つようになる蓋然性が高い。④新制度は労働力確保を目的とするものであり、妊娠・出産によって相当期間にわたり就労が不可能となるから、これを禁止行為とすることには合理性がある(本法15条6号参照)。⑤収容は刑事責任追及に結び付くものではなく、純然たる行政手続であるから、33条以下の規定の適用はない。⑥収容の要件は疑うに足りる相当な理由がある場合に限定され、収容場所は出国準備センターに限られ、期間も原則14日を超えない(18条5項)。⑦収容に際しては理由の告知と弁解の聴取がなされ(18条2項)、48時間以内に、警備官とは別の立場にあり、在留管理業務に10年以上従事した経歴を有する審査官に報告され、その審査を受ける(18条4項、19条1項)。事実がない又は存否が明らかでないときは直ちに放免される(19条2項)。⑧緩やかな要件で入国を認める以上、問題がある場合には迅速に出国させることにより我が国の秩序を守り国民の安心を得る必要がある。
2 私見
(1)妊娠・出産についての自己決定権
ア 保障及び外国人への適用
妊娠し出産するか否かの決定が個人の人格的生存の核心に属し、13条により保障されることは、原告の主張のとおりである。これは人の生物的本性と人生設計に関わる権利であって、権利の性質上日本国民のみを対象とするものではないから、外国人であるBにも保障される(最大判昭53.10.4)。
イ 国家主権論の限界
国の反論①は、外国人の入国・滞在に関する国の裁量を強調する。確かに、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負わず、受入れの条件を定めることができる。しかし、そのことは、いったん適法に受け入れた外国人に対し、我が国の領域内において、いかなる条件を課しても憲法上の統制を受けないということを意味しない。憲法第三章の保障が在留制度のわく内で与えられるという判例の趣旨は、在留の許否という国の処分の適否を憲法上の権利から直接導くことはできないという限度のものであり、適法に滞在する外国人の人格的生存の核心に対する直接的な禁止と制裁を無制約に許容するものではない。
また、原告の主張するとおり、本件は在留期間の更新の不許可ではなく、滞在期間中の強制出国である。既に取得した法的地位の剥奪であり、新たな在留の許否とは性質が異なる。さらに、本法15条8号は、妊娠・出産を裁量判断における一事情として考慮するのではなく、法律上の禁止行為とし、該当すれば必然的に強制出国に至る仕組みとしている(19条3項)。したがって、国の裁量は無限定ではない。
ウ 同意論
国の反論②については、採用できない。人格的生存の核心に属する自由を、将来にわたり包括的に放棄する合意は、憲法上の権利の性質に照らして効力を認め得ない。しかも、本法5条5号の誓約書の提出は認証申請の必須の要件であり、就労を希望する外国人に拒否の自由はない。知っていたという事情は、制約の有無ではなく、せいぜい制約の予測可能性の問題にとどまる。Bも、禁止を知っていたので望んで妊娠したわけではないと述べており、同意によって自由を放棄したと評価できる状況にはない。
エ 審査基準
もっとも、外国人の滞在条件に関する事柄であることは、審査の在り方に反映させるべきである。他方、本件で制約されるのは妊娠・出産という代替不可能で期間の限られた人格的利益であり、しかも違反には身体の拘束と国外排除という最も重い効果が結び付けられている。
そこで、立法目的が重要であり、手段が目的達成のために実質的な関連性を有することを要すると解する。純然たる合理性審査では、人格的生存の核心に対する直接的な禁止を容易に正当化してしまい、13条の保障が実質を失う。
オ 目的の検討
国の掲げる目的は、定住の防止及び社会保障等の負担の回避である。長期にわたる定住を認めないという政策判断自体は、本法1条の目的及び立法過程で示された慎重論に照らし、正当である。社会保障、保育、教育、医療サービスへの影響の回避も、財政的裏付けを要する公的サービスの配分に関わるものとして正当な目的である。
しかし、これらが本法15条8号を基礎付ける重要な目的といえるかは疑わしい。定住の防止については、本法が滞在期間を3年とし(4条4項)、帰化又は永住を希望しないことを認証要件とし(4条1項4号)、就労区域を限定している(4条3項)ことにより、直接的かつ実効的に担保されている。妊娠・出産の禁止は、定住につながる生活状況の発生を予防するという間接的・周辺的な措置にすぎない。社会保障等の負担についても、15条7号が本邦内での配偶者及び子の扶養を禁止しているから、同号によって対処可能である。
カ 手段の検討
仮に目的を重要と認めても、手段としての実質的関連性を欠く。
第一に、妊娠・出産が定住につながるとは限らない。本法の下では、日本で出生した子に日本国籍は認められず、15条7号により扶養もできないのであるから、出産が直ちに定住を帰結するわけではない。それにもかかわらず、同条8号は定住の意思や具体的事情を一切考慮せず、妊娠の事実のみで一律に禁止行為とする。Bが定住の意思がないことを明らかにしていたことは、この一律性の不合理さを示す。
第二に、就労不能の点については、15条6号が1月以上の不就労を禁止行為としているから、就労が長期にわたり不可能となった場合には同号により対応できる。妊娠した時点で直ちに禁止行為とする必要はない。
第三に、制約の重大性に比して手段が過酷である。妊娠した女性は、人工妊娠中絶を選択するか、収容の上強制出国されるかのいずれかを事実上強いられる。これは自己の身体に対する侵襲の選択を迫るものであり、人格的生存に対する極めて重い干渉である。母体の保護という観点からも看過できない。
第四に、より制限的でない手段が存在する。出産後に認証の更新を認めないこととする、出産前後の一定期間の滞在を認めた上で出国を求める、妊娠の届出を義務付けて定住の意思の有無を個別に審査するなど、妊娠自体を禁止せずに定住防止の目的を達成する方法が考えられる。
よって、本法15条8号は、13条に違反して無効である。これに違反したことを理由とする収容及び強制出国も、根拠を欠く。
(2)収容の手続的保障
ア 33条等の適用関係
国の反論⑤のとおり、本件収容は刑事責任追及を目的とする手続ではないから、33条が直接適用されるものではない。しかし、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、一切の強制が憲法の保障の枠外にあると解することはできない(最大判昭47.11.22の趣旨)。また、行政手続についても、相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるべきか否かは、制限を受ける権利利益の内容・性質・制限の程度と、達成しようとする公益の内容・程度・緊急性等を総合較量して決すべきである(最大判平4.7.1)。
身体の拘束は、権利利益の制限として最も重大なものである。したがって、行政手続による身体拘束についても、31条及び33条の趣旨に照らし、原則として、身柄を拘束する者とは別の立場にある者による事前の審査が必要であり、これを欠くことが許されるのは、拘束の緊急性が高く、かつ事後の手続によって不当な拘束を速やかに是正できる場合に限られると解する。
イ 本件のあてはめ
本件において制限されるのは身体の自由であり、しかも収容期間は、強制出国命令書が発付されれば出国の時まで継続する(19条4項)から、実質的な上限がない。他方、国が達成しようとする公益は、禁止行為該当性の調査と強制出国の確保である。確かに、緩やかな要件で入国を認める制度のもとでは、問題のある者を迅速に出国させる必要があり、その限度で手続の簡略化には合理性がある。
しかし、本法は、身柄拘束に関する事前の統制を一切置いていない。警備官は自らの判断のみで収容することができ、裁判官の令状も、第三者的な行政官の発する収容令書も要しない。審査官は警備官の業務に携わらず、在留管理業務に10年以上従事した経歴を有する点で一定の第三者性を備えるが、本法はその審査を収容後にのみ関与させており、しかも審査の対象は禁止行為該当事実の存否であって収容の適否ではない。
迅速性の要請は、事前審査を全面的に不要とする理由にならない。刑事手続における緊急逮捕(刑事訴訟法210条)のように、まず拘束した上で直ちに事後的な令状審査に付す制度を設けることは可能であった。本法18条4項の48時間以内の報告を、収容の適否に関する審査官又は裁判官の審査と結び付ける仕組みにすれば、迅速性と手続的保障は両立する。
国の反論⑦が挙げる収容後の手続も、十分な代替とはいえない。収容の理由の告知と弁解の聴取(18条2項)は、収容後に行われる以上、不当な拘束を未然に防止する機能を持たない。審査官が事実の存否が明らかでないと認定したときは放免されるが(19条2項)、それは収容が既に行われた後の救済である。裁判所への出訴も、強制出国命令書の発付後は速やかに出国させられるため(23条2項)、実効性を欠く。本件でもBは間もなくA国に送り返されている。
さらに、本法18条1項は収容の必要性を要件としていない。身体の拘束が許されるのは、逃亡又は調査妨害のおそれがあるなど、拘束によらなければ目的を達し得ない場合であるべきである。Bは工場で稼働を続け、産婦人科で受診もしており、逃亡のおそれを示す事情は何もなかった。嫌疑のみで一律に収容を認める同項は、身体の自由に対する過剰な制約である。
加えて、本法は、収容された者が弁護士等の援助を受ける権利について何らの規定も置いていない。身体を拘束された外国人は言語や制度に不慣れであり、援助なしに防御を行うことは期待できない。34条が抑留・拘禁に際して弁護人依頼権を保障した趣旨は、行政手続による身体拘束にも及ぶべきである。Bが弁護士に相談できたのは、既にA国に送り返された後であり、Cを介してのことであった。
ウ したがって、本法18条1項及び19条4項は、収容の必要性を要件とせず、身柄拘束について事前の第三者的審査も事後の速やかな司法審査も、弁護人依頼権の保障も設けていない点において、13条並びに31条、33条及び34条の趣旨に反し、違憲無効である。
(3)結論
本法15条8号、18条1項及び19条4項は違憲無効であり、これらに基づくBの収容及び強制出国は、憲法上許されない公権力の行使である。立法過程において既に自己決定権及び手続的保障の観点から疑問が呈されていたことも考慮すれば、国の責任は否定できない。よって、Bの国家賠償請求(国家賠償法1条1項)は認められるべきである。
以上