司法試験 平成28年 憲法
問題文
[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
20**年5月,連続して発生した次の2つの事件により,性犯罪者に対する再犯防止に社会の関心が集まることとなった。
① 30歳の男性Mが,幼稚園から帰宅途中の女児を誘拐し,自宅でわいせつな行為をした後で殺害し,死体を山林に遺棄した事件(Mは,6年前にも幼稚園から帰宅途中の女児を誘拐して自宅でわいせつな行為をしたわいせつ目的誘拐及び強制わいせつ事件により,懲役5年の実刑判決を受けて服役し,半年前に刑期満了により釈放されていた。)。
② 35歳の男性Pが,学校から自転車で帰宅途中の女子高校生を道路脇の森に連れ込み,強姦した後で殺害した事件(Pは,10年前に深夜の公園での成人女性に対する強姦未遂事件により懲役2年の実刑判決を受けて服役したほか,7年前には学校から帰宅途中の女子中学生に対する強姦事件により懲役6年の実刑判決を受けて服役し,1年前に刑期満了により釈放されていた。)。
これら2つの事件に関する報道では, 心理学の専門家等が,「一定の類型の性犯罪者は, 心理的,生理的,病理的要因等により同種の性犯罪を繰り返すおそれが大きく,処罰による特別予防効果に期待することは現実的でない。このような性犯罪者の再犯を防止するためには,出所後の行動監視が必要である。」旨の所見を述べた。
こうした経緯を受けて,超党派の「性犯罪被害の予防を促進するための議員連盟」が結成され,性犯罪者の再犯防止に関する具体的方策を講じるために必要な法整備についての検討が進められ,翌年,議員提出法案として「性犯罪により懲役の確定裁判を受けた者に対する継続監視に関する法律」(性犯罪者継続監視法)案が国会に提出された。
同法律案では,刑法第176条から第179条まで(強制わいせつ,強姦,準強制わいせつ及び準強姦,集団強姦等,未遂罪)又は第181条(強制わいせつ等致死傷)の罪により懲役の確定裁判(その刑の執行猶予の言渡しをするものを除く。)を受けた者が,その心理的,生理的,病理的要因等により再び性犯罪を行うおそれが大きいと認められる場合は,検察官の申立てに基づく裁判所の決定により,20年以内の期間を定めて,当該確定裁判を受けた者が刑期満了,仮釈放等により刑事施設(刑務所)から釈放された日から,その者の継続監視を行うこととされた。
この継続監視とは,監視対象者の体内に埋設された位置情報発信装置(GPS)から送信される位置情報を警察において継続的に取得して監視対象者の現在地を把握することをいい,これを実施するため,警察署には,管轄地域の地図を表示する大型モニターが導入され,同モニターには,監視対象者の現在地が表示されるとともに,同人の前科等の参考情報が表示され,同人が性犯罪やその準備行為を行っている疑いがある場合には警察官が現場に急行できる態勢が整えられることが想定されていた。
さらに,同法律案では,継続監視のみならず,監視対象者が性犯罪を行う危険性があると認めるときは,特定の区域に一定期間立ち入ってはならない旨の警告を行うことができ,警告を受けたにもかかわらず監視対象者が特定の区域に立ち入り,当該区域内において性犯罪を行う危険性が高いと認められるときは,当該区域に立ち入ってはならない旨の禁止命令の措置を採ることもできることとされ,禁止命令違反に対する罰則も規定された。
なお,同法律案の作成過程では,継続監視の方式として,監視対象者に対し,取り外すことができない小型のブレスレット型位置情報発信装置(GPS)の装着を義務付ける案も検討されたが,「外部から認識可能な装置を装着させると監視対象者に対する社会的差別を引き起こしかねない」
との懸念が強く示されたため,最終的に,同法律案は,監視対象者に対し,超小型の位置情報発信装置(GPS)を外科手術によって体内に埋設することを義務付ける内容のものとされ,国会に提出された。この点については,かかる外科的手術を受けたとしても,いかなる健康上・生活上の不利益も生じず,手術痕も外部から認識できない程度に治癒し,継続監視の期間が終了した後に当該装置を取り外す際も同様であるとの医学的知見が得られている。
国会審議における中心的な論点は,同法律案の憲法適合性であった。参考人として意見を求められた弁護士Tは,同法律案に反対する立場から,「本法律案における継続監視及び警告・禁止命令の仕組みが人権を侵害することは明らかである。また,政府の統計によれば,強姦や強制わいせつの再犯率は他の犯罪類型に比べて特に高いものではなく,これらの犯罪に限って本法律案にあるような継続監視を行うことは正当化されない。」旨の意見を述べた。これに対し,参考人として意見を求められた犯罪心理学の専門家Uは,同法律案に賛成する立場から,「確かに,強姦や強制わいせつの再犯率は,他の犯罪類型に比べて特に高いものではないが,本法律案は,性犯罪を行った者全てを対象とするものではない。心理的,生理的,病理的要因等により特定の性的衝動に対する抑制が適正に機能しにくい者が存在し,そのような者が再び同様の性犯罪に及ぶリスクの高さは,専門家によって判定することができるから,リスクが特に高いと判定された者を継続監視の対象として再犯を防止することには,極めて高い必要性と合理性が認められる。」旨の意見を述べた。そして,同法律案は,審議の結果,衆議院及び参議院で可決されて成立した【参考資料】。
性犯罪者継続監視法が施行された後,25歳の男性Aは,公園で遊んでいた女児Bに声を掛けて自宅に誘い入れ,服を脱がせてわいせつな行為をし,後日,これが発覚して警察に逮捕された。なお,Aは,3年前にも公園のトイレ内で女児に対して行った強制わいせつ事件により懲役2年の実刑判決を受けて服役し,1年前に刑期満了により釈放されていた。
Aに対する起訴を受けて審理が行われた結果,第一審の地方裁判所は,わいせつ目的誘拐罪及び強制わいせつ罪により,Aに懲役6年の判決を言い渡し,これが確定した。その後,検察官は,心理的,生理的,病理的要因等によりAが再び性犯罪を行うおそれが大きいと認め,性犯罪者継続監視法に基づき,地方裁判所に対し,Aに対して継続監視を行う旨の決定をすることを申し立てた。
〔設問1〕
あなたが弁護士としてAの付添人に選任されたとして,性犯罪者継続監視法が違憲であることを訴えるためにどのような主張を行うかを述べなさい。その際,参考人Uの意見(心理的,生理的,病理的要因等により特定の性的衝動に対する抑制が適正に機能しにくい者が存在し,そのような者が再び同様の性犯罪に及ぶリスクの高さは,専門家によって判定することができるとするもの)には,科学的見地から根拠があると仮定して論じなさい。
なお,同法が憲法第31条及び第39条に違反するとの主張については,他の付添人が起案を担当しているため,論じる必要はない。
〔設問2〕
〔設問1〕で述べられたAの付添人の主張に対する検察官の反論を想定しつつ,憲法上の問題点について,あなた自身の見解を述べなさい。
【参考資料】 性犯罪により懲役の確定裁判を受けた者に対する継続監視に関する法律(抜粋)
第1章 総則(目的)
第1条 この法律は,刑法(明治40年法律第45号)第176条から第179条まで又は第181条の罪(以下「性犯罪」という。)により懲役の確定裁判(その刑の執行猶予の言渡しをするものを除く。以下同じ。)を受けた者であって,再び性犯罪を行うおそれが大きいと認められるものに対し,継続監視を行うことにより,性犯罪の再発の防止を図り,もってその社会復帰を促進するとともに,地域社会の安全の確保を推進することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律において「継続監視」とは,監視対象者の体内に埋設した位置情報発信装置から送信される位置情報を電子計算機を使用して継続的に取得し,これを電子地図(電磁的方式により記録された地図をいう。)の上に表示させて監視対象者の現在地を把握することをいう。
2 この法律において「監視対象者」とは,第14条の決定を受けた者をいう。
(一般的危険区域の指定)
第3条 都道府県知事は,当該都道府県内の次に掲げる区域のうち,性犯罪が発生する危険性が一般的に高いと認める区域を一般的危険区域として指定しなければならない。
一 幼児を保育する施設又は学校及びそれらの周辺道路二 公園又は山林及びそれらの周辺道路第2章 審判(検察官による申立て)
第10条 検察官は,性犯罪により懲役の確定裁判を受けた者(刑事施設に収容されているものに限る。)について,その心理的,生理的,病理的要因等により再び性犯罪を行うおそれが大きいと認めるときは,地方裁判所に対し,第14条の決定をすることを申し立てなければならない。
2 検察官は,前項の申立てをした場合は,必要な資料を提出しなければならない。
(調査)
第11条 前条第1項の申立てを受けた裁判所は,必要な調査をすることができる。
2 前項の調査のため必要があると認めるときは,犯罪学,心理学,精神保健学,精神医学等について学識経験のある者に被申立人の鑑定を命じ,証人尋問,検証,押収,捜索,通訳及び翻訳を行い,並びに官公署その他の公私の団体に対し資料の提出その他の協力を求めることができる。
(必要的付添人)
第12条 被申立人は,弁護士を付添人に選任することができる。
2 被申立人が付添人を選任しないときは,裁判所は,職権で,弁護士である付添人を付さなければならない。
(審判期日)
第13条 裁判所は,審判期日を開き,被申立人及び付添人から意見を聴かなければならない。
(継続監視の決定)
第14条 裁判所は,第10条第1項の申立てがあった場合において,第11条第1項の調査を基礎とし,被申立人がその心理的,生理的,病理的要因等により再び性犯罪を行うおそれが大きいと認めるときは,20年以内の期間を定めて,被申立人が刑事施設から釈放される日から被申立人に対する継続監視を行う旨の決定をしなければならない。
(抗告)
第15条 被申立人及び付添人は,前条の決定に対し,1週間以内に抗告をすることができる。
第3章 継続監視の措置(埋設)
第21条 監視対象者は,継続監視が開始される日の10日前までに,医師による位置情報発信装置を体内に埋設する手術を受けなければならない。
2 監視対象者は,継続監視の期間が終了するまでの間,体内に埋設された位置情報発信装置を除去し,又は破壊してはならない。
(継続監視)
第22条 継続監視は,監視対象者が釈放された後,国家公安委員会規則に基づき,警視総監若しくは道府県警察本部長又は警察署長(以下「警察本部長等」という。)がこれを行う。
(警告)
第23条 警察本部長等は,監視対象者が一般的危険区域に立ち入った際の行動その他の事情により,当該監視対象者が性犯罪を行う危険性があると認めるときは,一般的危険区域のうち特定の区域を特定危険区域として指定し,当該監視対象者に対し,1年以下の期間を定めて,当該特定危険区域に立ち入ってはならない旨を警告することができる。
2 警察本部長等は,前項の規定による警告をしたときは,速やかに,警告の内容及び日時その他国家公安委員会規則で定める事項を都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。 )に報告しなければならない。
(禁止命令)
第24条 公安委員会は,監視対象者が,前条第1項の規定による警告を受けたにもかかわらず,なお当該特定危険区域に立ち入った場合において,当該特定危険区域内において性犯罪を行う危険性が高いと認めるときは,監視対象者に対し,1年以下の期間を定めて,当該特定危険区域に立ち入ってはならないことを命ずることができる。
2 公安委員会は,前項の規定による命令(以下「禁止命令」という。 )を発するときは,行政手続法(平成5年法律第88号)第13条第1項の規定による意見陳述のための手続の区分にかかわらず,聴聞を行わなければならない。
第4章 罰則(罰則)
第31条 次の各号のいずれかに該当する者は,1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
一 第21条第1項の規定に違反して,位置情報発信装置を体内に埋設する手術を受けなかった者二 第21条第2項の規定に違反して,位置情報発信装置を除去し,又は破壊した者三 禁止命令に違反して,特定危険区域に立ち入った者
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕
本年は,犯罪予防目的の行動監視を想定した架空立法を素材に,基本的人権に関わる基本的な法理が予防的権力行使を前にした場合にどのような形で妥当するかを問うこととした。被侵害利益を憲法上の基本権として正確に構成し,その侵害を正当化し得べきものとして問題文中に示される規制目的の性質を読み解いた上で,適切な違憲審査枠組みを自ら設定し,具体的な規制態様に関わる関係事実の中から法的評価にとって重要な要素をより出し,具体的な審査過程を通じて適切な権利侵害性の評価に関する結論を得る,という過程を経た論述が必要になる。
この点は近時の司法試験の出題と共通しており,本年の問題も基本的な狙いはこれまでの出題意図を踏襲している。ただ,近未来における予防的権力行使の事例が想定されていることとの関係で,判例や学説に関する知識だけでなく,基礎的な法理の内容や規範構造に関する理解と,そうした法理を応用する能力が試されることになる。
監視に関わる問題であることから,まず,公権力によって自らが所在する位置情報を強制的に収集されない権利をどのように構成するかが問われる。この権利は,判例に多く現れた「私生活をみだりに公開されない権利」としてのプライバシー権とは異質な構造を持つ。本問で侵害された権利を特定するためには,公権力による情報収集に対抗する意味におけるプライバシー権を組み立て,監視という権力的状況を意識化することによって監視対象者において生じる行動制限が実体的な自由の権利を害するという点をしっかり把握することが必要となる。
なお,被侵害利益という観点からは,警告・ 禁止命令(以下「禁止 命令等」という。)という後の段階における直接の行動制限が生じ 得る点も考察の対象となり得るが,ここでは具体的な禁止命令等の効力を争う段階ではない ため,禁止命令等の可能性は単に先取り的な仮想論点であるに留まることに注意すべきであ る。また,本問の架空立法における身体的侵襲という設定はかなりショッキングなものであ り,一読したところで違憲の印象をかき立てるかも知れない。しかし,問題文における限定 を通じて「監視措置及びそのための身体的侵襲は刑罰か?」という問いから独立して正当化 可能性それ自体を問う文脈に乗せた場合,身体的侵襲による被侵害利益を憲法のどの条項に 位置付け,どの程度の保障を与えるかはかなり難しい点となるだろう。
次に,プライバシーや実体的な自由の権 利という形で被侵害利益が特定されたとして,そうした権利侵害の正当化可能性を問うため にどのような違憲審査基準を設定するのかに関しても,判例・学説上の手掛かりは少ない。 一般的には,本問における被侵害利益との関係で厳格な審査が当てはまると主張するのは容 易ではなく,適切な違憲審査の土俵設定自体をどのように説明するのかについても,違憲審 査基準一般に関する受験生の深い理解が問われることになる。具体的には,アメリカ型の議 論にいう厳格審査なのか,厳格な合理性なのか,合理性審査なのか,何らかのモデルに基づ く利益衡量的審査なのか,他方,ヨーロッパ型の議論にいう比例性審査なのかなど,様々な 審査枠組みが提唱可能である。したがって,答案の評価は,どのような枠組みを採用したか という点よりも,どのような理由で審査基準の採用が説得的に説明されているかを軸に行われることになる。
この違憲審査基準を適用する際には,ま ず,本件規制にあっては,法による「既遂の行為に対する制裁」の威嚇を通じた伝統的な基 本権制限が問題となっているのではなく,将来における害悪発生を予防するために現時点に おいて個人の行為に制限を課す,いわゆる「規制の前段階化」と呼ばれる傾向の権力行使の憲法上の正当性が問われていることが問題となる。
「被害が発生してからでは遅すぎる」とい う発想で,被害発生を不可能にすることを狙った公権力行使が行われるわけだが,それは, 基本権保障との関係でどのように評価されるべきか。害悪の発生につながり得る行為を包括 的に制限し得ると考える「予防原則」を,犯罪予防との関係でも採用し得るのか。伝統的な 基本権保障の枠組みでは,もともと,権利行使の結果として害悪が発生する(ことが立証可 能な)場合に限って権利制限が正当化されると考え,その限りにおいて権利保障が原則,権 利制限が例外であると位置付けられるが,予防原則を全面的に採用した場合には,この原則 ・例外関係が逆転し,害悪発生の可能性だけで権利制限が広範に正当化されることになる。
なお,以上に述べた「予防原則」や「規 制の前段階化」等の用語を表記することは解答上必須ではないが,本問規制の目的や,その 目的がどの範囲における手段を正当化するかを考慮する際には,予防目的を掲げることによ って国家の在り方に根本的な変容が生じることを見越した予防目的の位置付けが必要になる 。ここまでの論証水準に到達することは容易ではないとしても,少なくとも,違憲論を唱え るならば「再犯は国家として予測可能であり,それを放置したことによって生じた被害に対 して国はどのような責任の取り方ができるのか」
という被害者側の視点を,他方,合憲論を 採るならば「現行の犯罪防止システムでは一定範囲の再犯被害については妥協するという社 会的決断が前提になっているのであり,潜在的な確率論的リスクによる概括的な正当化によ っては過酷な監視措置の憲法上の許容性は基礎付けられない」という監視対象者側の視点を ,それぞれ織り込むところまで掘り下げが行われているかどうかが,採点上の重要な分かれ目となる。
違憲審査基準の適用に当たって評価の対 象となるのは,まず,自らの設定した違憲審査枠組みが正確かつ一貫した形で記述されてい るか否かである。さらに,被侵害利益ごとに,権利侵害の度合いを決定する事実や,当該権 利制限が規制目的の達成に貢献する度合いを評価する上での重要な事実など,本問の事実関 係の中で法的評価を行う際に比重の判定を行うべき事実要素が適切に取り上げられているか どうかも重要な採点基準となる。具体的には,問題文中で示され,かつ侵害度が高いものと されたブレスレット型という他の代替的規制手段の評価や,最長監視期間が20年と長期に わたることに対する評価などにおいて,多面的な侵害状況に対する信頼できる議論の展開が求められる。
配点については,〔設問1〕において原告の主張を,〔設問2〕において被告の主張を,それぞれ想定した上での私見の展開を求める 形を採った。私見を重視したいという意図は昨年の問題を踏襲しているが, 論点提示を 〔設問1〕 でまとめる形を採ることによって,〔設問2〕では自説の説明に集中することを期待したものである。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1 付添人の主張
1 位置情報を継続的に取得されない自由(13条)の侵害
(1)保障
13条は、個人の私生活上の自由の一つとして、みだりに自己に関する情報を公権力によって収集・利用されない自由を保障している。判例も、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するとし(最判平20.3.6)、また、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有するとしている(最判平7.12.15)。
本法の継続監視は、監視対象者の体内に埋設した位置情報発信装置から送信される位置情報を電子計算機により継続的に取得し、電子地図上に表示させて現在地を把握するものである(法2条1項)。個人の所在情報は、それ自体は単に地理的位置を示すにすぎないが、これを継続的・網羅的に取得すれば、対象者が日々どこへ行き、誰と会い、どの施設を利用し、どのような生活を送っているかという私生活の全体像が把握されることになる。すなわち、個々の情報の秘匿性ではなく、情報の集積によって私的領域が丸裸にされることに問題の本質がある。判例も、GPS端末を取り付けて個人の位置情報を検索・把握する捜査について、個人の行動を継続的・網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人の私的領域に侵入する捜査手法であり、憲法の保障する重要な法的利益を侵害するとしている(最大判平29.3.15)。
したがって、公権力によって自己の位置情報を継続的・網羅的に取得されない自由は、13条により保障される。
(2)制約
本法は、裁判所の決定により、20年以内の期間を定めて、刑事施設から釈放される日から継続監視を行うこととしている(法14条)。これは、1日のうち特定の時間帯や特定の区域に限られるものではなく、24時間、あらゆる場所における所在を把握するものである。しかも警察署には管轄地域の地図を表示する大型モニターが導入され、監視対象者の現在地とともに前科等の参考情報が表示されることが想定されている。取得された位置情報の利用目的・保存期間・消去について、本法は何らの制限も設けていない。
さらに、最長20年という期間は、Aが言い渡された懲役6年という刑期をはるかに超える。期間中に再犯のおそれが消滅した場合に監視を解除するための手続も設けられていない。
以上より、本法による制約は極めて強度である。
2 身体を侵襲されない自由(13条)の侵害
(1)身体は人格の最も基礎的な基盤であり、自己の身体に対する他者の侵襲を拒む自由は、個人の尊重(13条)の核心に属する。この自由は、医学的に健康被害が生じないことが確認されているか否かにかかわらず、本人の意思に反する侵襲そのものによって侵害される。
(2)本法21条1項は、監視対象者に対し、継続監視が開始される日の10日前までに、医師による位置情報発信装置を体内に埋設する手術を受けることを義務付け、同条2項はこれを除去・破壊することを禁止し、法31条1号・2号はこれらに違反した場合の罰則を定める。これは、罰則の威嚇をもって外科手術を強制し、監視期間中は自己の身体の中に公権力の装置を保持し続けることを義務付けるものであって、身体に対する侵襲の中でも強度のものである。
(3)しかも、本法の立案過程では、取り外すことができない小型のブレスレット型装置の装着を義務付ける案も検討され、位置情報の取得という目的はこれによっても達成できた。それにもかかわらず、外部から認識可能な装置を装着させると監視対象者に対する社会的差別を引き起こしかねないという懸念から、体内埋設が選択された。社会的差別の回避は本人の利益のための配慮であるが、本人の身体への侵襲を代償とするものであり、本人に選択の機会を与えることなく一方的に押し付けることは、かえって本人の自己決定を無視するものである。目的達成のためにより制限的でない手段が存在するのに、身体侵襲という最も重い手段を選んだ点で、手段の必要性を欠く。
3 一般的行動の自由(13条)・移動の自由(22条1項)の侵害
継続的に自己の所在が公権力に把握されているという状況のもとでは、個人は、法的に禁止されていない行動であっても、警察の注意を引くことを避けるために自ら控えるようになる。とりわけ、法3条により、幼児を保育する施設又は学校及びそれらの周辺道路、公園又は山林及びそれらの周辺道路が一般的危険区域として指定されるが、これらは日常生活において通行を避けることが事実上不可能な区域である。監視対象者は、通勤・通学・買物といった日常の移動においても、常に警告(法23条)や禁止命令(法24条)を受けるおそれを意識せざるを得ない。
このように、監視という権力的状況が置かれること自体によって、監視対象者の一般的行動の自由及び移動の自由が実質的に制約される。なお、警告・禁止命令は本件ではまだ発せられていないが、法が20年という長期にわたりこれらの措置を予定していること自体が、継続監視による行動制限の強度を基礎付ける事情として考慮すべきである。
4 審査基準
本法による制約は、①身体への侵襲を含み、②最長20年という長期にわたり、③生活のあらゆる場面における所在を網羅的に把握し、④それによって行動の自由をも実質的に制限するものである。このように重大かつ複合的な人格的利益の制約であるから、その合憲性は厳格に審査されるべきである。すなわち、制約の目的がやむを得ない利益のためのものであり、かつ手段が目的達成のために必要不可欠であることを要すると解する。
とりわけ重要なのは、本法が、既に行われた犯罪に対する制裁ではなく、将来行われるかもしれない犯罪の予防を目的とすることである。伝統的な基本権保障の枠組みでは、権利行使の結果として害悪が発生することが立証可能な場合に限って権利制限が正当化され、権利保障が原則、制限が例外とされる。これに対し、害悪発生の可能性のみによって権利制限を広く正当化する考え方を採れば、この原則と例外の関係が逆転し、将来の危険を理由とする権利制限が無限定に拡大することになる。したがって、予防を目的とする権利制限については、害悪発生の確実性が高度に立証され、かつ事後的な制裁その他の手段では目的を達成できない場合に限って許されると解すべきである。
5 あてはめ
(1)目的
法1条は、性犯罪の再発の防止を図り、もってその社会復帰を促進するとともに、地域社会の安全の確保を推進することを目的とする。性犯罪の被害者が受ける生命・身体・性的自由の侵害は重大であり、M及びPの事件のように生命が奪われる場合もある。目的自体は正当である。
しかし、再犯の防止という目的は、現行の刑事司法制度における保護観察、更生保護、医療的処遇等によっても追求されている。本法の目的が、これらを超えてやむを得ない利益といえるかは、再犯の危険性の程度によって左右される。
(2)対象犯罪の限定の不合理性(14条1項)
政府の統計によれば、強姦や強制わいせつの再犯率は、他の犯罪類型に比べて特に高いものではない。参考人Uも、この点は認めている。Uは、本法が性犯罪を行った者全てを対象とするものではなく、専門家による個別のリスク判定を経ることを強調するが、法10条1項及び14条は、刑法176条から179条まで又は181条の罪により懲役の確定裁判を受けた者のみを対象としており、同様に心理的・生理的・病理的要因により同種行為を反復するおそれが大きいと判定される他の犯罪類型(放火、薬物事犯等)の受刑者を対象としていない。
すなわち、本法は、特定の犯罪類型の前科という社会的身分に類する事由に着目して、他の犯罪類型の受刑者と区別し、著しく重い負担を課すものである。統計上の再犯率に差がないのであれば、この区別には合理的根拠がなく、14条1項に違反する。この区別は、M及びPの事件をめぐる報道によって社会の関心が集まったという経緯に由来するものであり、専ら特定の犯罪類型に対する社会の嫌悪感に基づくものと評価せざるを得ない。
(3)将来予測の不確実性
Uの意見に科学的根拠があると仮定しても、専門家によるリスク判定は、集団としての統計的傾向に基づく確率的判断にとどまる。特定の個人が将来犯罪を行うか否かを確実に予測することはできず、必ず相当数の誤判定が生じる。本法は、再犯を行うことのない者に対しても、20年間にわたる身体侵襲と継続監視を課すことを許容するものである。
法14条の「再び性犯罪を行うおそれが大きいと認めるとき」という要件は、おそれの程度について「大きい」と定めるのみで、具体的な判断基準を法律上明示していない。害悪発生の確実性が高度に立証されることを要求する前記の基準を満たさない。
(4)手段の過剰性
第一に、身体侵襲について、ブレスレット型という代替手段が存在することは前述のとおりである。
第二に、期間について、最長20年という定めは、Aの刑期6年の3倍以上であり、監視期間中に再犯のおそれが消滅しても監視を解除する手続がない。法15条の抗告は決定時の1週間以内に限られ、その後の事情変更に対応できない。
第三に、取得される情報の範囲について、継続監視は全ての時間・全ての場所における所在を対象とする。しかし、法3条が一般的危険区域を限定的に列挙していることからすれば、規制目的の達成に必要なのは当該区域への立入りの把握であり、監視対象者の私生活上の全ての所在を把握する必要はない。また、前科等の参考情報が警察署の大型モニターに常時表示されることは、多数の警察職員に対する前科情報の開示を伴い、必要性を超える。
第四に、取得された位置情報の保存期間・利用目的・第三者提供について、本法は何らの制限も設けておらず、目的外利用を防止する制度的担保を欠く。
6 結論
以上より、性犯罪者継続監視法は、13条及び14条1項に違反して無効である。したがって、Aに対する継続監視の決定の申立ては却下されるべきである。
第2 設問2 検察官の反論と私見
1 検察官の反論
検察官は、次のように反論すると考えられる。①取得されるのは位置情報のみであり、通信の内容や会話は対象とならないから、プライバシーの制約の程度は小さい。②体内埋設の手術については、いかなる健康上・生活上の不利益も生じず、手術痕も外部から認識できない程度に治癒し、装置の取り外しの際も同様であるとの医学的知見が得られているから、身体への侵襲は軽微である。むしろ、ブレスレット型による社会的差別を回避し、監視対象者の社会復帰を容易にするものであって、本人の利益にも配慮した手段である。③本法が保護しようとするのは、女児や女性の生命・身体・性的自由という極めて重大な法益であり、M及びPの事件のように、再犯によって被害者の生命が奪われるという不可逆的な結果が現に生じている。④対象者は、専門家の鑑定を経て裁判所が再犯のおそれが大きいと認めた者に限られ(法11条、14条)、必要的付添人(法12条)、審判期日における意見聴取(法13条)、抗告(法15条)という手続的保障が設けられている。⑤期間は20年以内で、裁判所が個別に定めるのであり、一律に20年とされるわけではない。⑥警告及び禁止命令は、本件ではまだ発せられていないから、その違憲性は本件の判断に必要でない。
2 私見
(1)被侵害利益の特定
まず、本件で問題となる利益は、従来の判例が扱ってきた「私生活をみだりに公開されない権利」とは構造を異にする。公開が問題なのではなく、公権力が個人の所在を継続的に把握し、その情報を蓄積・利用することが問題である。個人の位置情報は、一時点のものであれば公道上の所在にすぎず秘匿性は低いが、これを継続的・網羅的に取得すれば、個人の行動全体、交際関係、信条や生活様式までが推知可能となる。判例がGPS捜査について、個人の行動を継続的・網羅的に把握することを必然的に伴うから個人の私的領域に侵入する手法であるとしたのは(最大判平29.3.15)、まさにこの点を捉えたものである。したがって、検察官の反論①は、情報の集積という本件の問題構造を見落としており、採用できない。
次に、監視という状況が置かれること自体が、個人の行動の自由を事実上制約する。自己の所在が常に公権力に把握されていると知る者は、適法な行動であっても自ら抑制するようになる。本法3条が指定を義務付ける一般的危険区域は、学校・保育施設・公園・山林及びそれらの周辺道路という日常生活に不可避の場所を含むから、この抑制効果は大きい。なお、具体的な警告・禁止命令の効力が争われる段階ではないから、これらの措置自体の合憲性を独立に判断する必要はないが、継続監視が将来の行動制限と接続する制度として設計されていることは、継続監視による制約の強度を評価する事情として考慮すべきである。
さらに、体内埋設については、健康上・生活上の不利益がないとの医学的知見があるとしても、罰則の威嚇をもって外科手術を強制し、監視期間中は自己の身体の中に公権力の装置を保持させることは、身体の不可侵という人格的利益の侵害である。侵襲の結果が残らないことは侵襲がないことを意味しない。したがって検察官の反論②も採用できない。もっとも、健康被害が生じないという事情は、侵害の程度を評価する際に考慮すべきである。
以上の各利益は、いずれも13条により保障される。
(2)審査の枠組み
本件の制約が重大であることは明らかであるが、直ちに厳格審査を当てはめることには慎重でなければならない。本法が保護しようとするのは、女児や女性の生命・身体・性的自由という最も重要な法益であり、国家にはこれを保護すべき要請がある。再犯が予測可能であるのにこれを放置して被害が発生した場合、国家は被害者に対して責任を負うべき立場にある。他方、現行の犯罪防止の仕組みは、一定範囲の再犯被害を事後的な処罰によって対処するほかないという前提に立っており、潜在的・確率的なリスクを根拠とする概括的な正当化によって過酷な監視措置を基礎付けることは許されない。
そこで、私見としては、次の枠組みによるべきであると考える。すなわち、将来の害悪の予防を目的として現在の権利を制約する措置については、①制約によって保護される法益が重大であること、②当該措置が目的達成に実効的であること、③対象者の選定が個別的・具体的な根拠に基づき、手続的保障が与えられていること、④制約の態様・程度が目的達成に必要な限度を超えないこと、⑤より制限的でない手段が存在しないこと、⑥制約の継続について定期的な見直しが制度上担保されていること、を要求する。これは、重要な公共の利益を達成するために必要かつ均衡のとれた手段であることを求めるものであり、厳格な合理性の基準あるいは比例原則的審査と呼ばれるものに当たる。純然たる合理性審査では、将来のリスクという名目によって権利制限が無限定に拡大し、権利保障が原則であるという関係が逆転してしまうから、これを採ることはできない。
(3)目的及び対象の限定について
保護される法益が重大であることは否定できない。Mは6年前の同種事件で服役して半年前に釈放された直後に女児を誘拐・殺害し、Pも2度の性犯罪で服役して1年前に釈放された後に女子高校生を強姦・殺害している。これらは、事後的処罰による特別予防が機能しなかった事例である。
対象の限定については、本法が性犯罪の前科のみに着目する点に問題が残る。統計上、強姦や強制わいせつの再犯率が他の犯罪類型に比べて特に高くないことは、検察官も争わない。もっとも、本法は、性犯罪の前科があることのみで対象とするのではなく、「心理的、生理的、病理的要因等により再び性犯罪を行うおそれが大きい」ことを要件とし、専門家による鑑定(法11条2項)を経て裁判所が決定する仕組みを採っている。Uの意見に科学的根拠があると仮定する以上、特定の性的衝動に対する抑制が適正に機能しにくいという類型的要因が存在し、その判定が可能であることは前提となる。したがって、再犯率という集団統計のみを理由に対象の限定を不合理とするのは適当でない。本法の対象限定は、類型的要因による再犯リスクの判定可能性に基づくものと理解でき、14条1項に違反するとまではいえない。
ただし、本法が法14条において「おそれが大きいと認めるとき」という以上の基準を示していない点は問題である。この要件は、専門的鑑定に基づき、個別的・具体的事情に照らして再犯の可能性が高度に認められる場合に限ると限定的に解すべきである。
(4)手続的保障について
検察官の反論④は正当である。本法は、検察官の申立て(法10条)、裁判所による調査と専門家の鑑定(法11条)、必要的付添人(法12条)、審判期日における被申立人及び付添人からの意見聴取(法13条)、裁判所の決定(法14条)、抗告(法15条)という手続を定めており、行政機関の一方的判断によるものではない。これは、対象者の選定における恣意を防ぐ制度的担保として評価できる。
(5)手段の態様・程度について
決定的な問題はこの点にある。
第一に、体内埋設という手段である。本法の立案過程でブレスレット型装置の装着という代替手段が検討され、位置情報の取得という目的はこれによっても達成可能であった。体内埋設が選択された理由は、社会的差別の防止という監視対象者本人の利益であるが、身体への侵襲と社会的評価の低下のいずれを避けるかは、本人の自己決定に委ねられるべき事柄である。本人に選択の機会を与えず、一律に身体侵襲を強制することは、より制限的でない手段が存在するのに最も重い手段を選んだものであって、必要性及び均衡を欠く。少なくとも、対象者が装着型を選択することを認める仕組みを設けるべきであった。
第二に、期間である。本法は20年以内の期間を裁判所が定めるとするが、この上限は著しく長期である。Aの場合、刑期6年の受刑を終えた後に最長20年の監視が続き得るのであり、合計すれば人生の相当部分が公権力の監視下に置かれる。しかも、再犯のおそれは治療や加齢、生活環境の変化によって減少し得るにもかかわらず、本法は、監視期間中に要件の存否を再審査し、期間を短縮し又は監視を終了させる手続を全く設けていない。法15条の抗告は決定から1週間以内に限られる。将来予測に基づく権利制約は、その予測の基礎が失われれば継続の根拠を失うのであるから、定期的な見直しの制度は不可欠である。これを欠く本法は、制約の継続について必要性の担保を欠く。
第三に、監視の範囲及び情報の管理である。法3条が一般的危険区域を限定列挙していることからすれば、規制目的との関係で必要なのは、対象者が当該区域に接近・立入りしたことの把握である。にもかかわらず、本法は、全ての時間・場所における所在を継続的に取得することとし、取得した位置情報の保存期間、利用目的、消去、目的外利用の禁止について何らの規定も置いていない。また、警察署の大型モニターに現在地とともに前科等の参考情報が常時表示されることが想定されているが、これは多数の警察職員に対する前科情報の開示を伴う。前科は人の名誉・信用に直接関わる事実であって、その取扱いには格別の慎重さが求められる。情報の管理に関する制度的担保を欠く点も、制約が必要な限度を超える事情である。
(6)結論
以上より、継続監視という制度自体は、裁判所による個別判定と手続的保障のもとで、性犯罪被害の防止という重大な法益保護のために一定の限度で正当化される余地がある。しかし、本法は、①位置情報発信装置の体内埋設を一律に強制する点(法21条、31条1号・2号)、②最長20年という長期の監視を定める一方で期間中の見直し・解除の手続を欠く点(法14条、15条)、③取得される位置情報の範囲を限定せず、その保存・利用・開示について何らの制限も設けていない点において、目的達成のために必要な限度を超える制約を課すものである。
よって、性犯罪者継続監視法は13条に違反して無効であり、Aに対する継続監視の決定の申立ては却下されるべきである。
以上