司法試験 平成27年 憲法
問題文
[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
20XX年,A市において,我が国がほぼ全面的に輸入に頼っている石油や石炭の代替となり得る新たな天然ガス資源Yが大量に埋蔵されていることが判明し,民間企業による採掘事業計画が持ち上がった。その採掘には極めて高い経済効果が見込まれ,A市の税収や市民の雇用の増加も期待できるものであった。
ただし,Y採掘事業には危険性が指摘されている。それは,採掘直後のYには人体に悪影響を及ぼす有害成分が含まれており,採掘の際にその有害成分が流出・拡散した場合,採掘に当たる作業員のみならず,周辺住民に重大な健康被害を与える危険性である。この有害成分を完全に無害化する技術は,いまだ開発されていなかった。また,実際,外国の採掘現場において,健康被害までは生じなかったが,小規模の有害成分の流出事故が起きたこともあった。そのため,A市においては,Y採掘事業に関して市民の間でも賛否が大きく分かれ,各々の立場から活発な議論や激しい住民運動が行われることとなった。
BとCは,A市に居住し,天然資源開発に関する研究を行っている大学院生であった。Bは,Yが有力な代替エネルギーであると考えているが,その採掘には上記のような危険性があることから,この点に関する安全確保の徹底が必要不可欠であると考えている。これに対して,Cは,上記のような危険性を完全に回避する技術の開発は困難であり,安全性確保の技術が向上したとしてもリスクが大きいと確信しており,Y採掘事業は絶対に許されないと考えている。
ところで,この頃,Bの実家がある甲市でもYの埋蔵が判明しており,Y採掘事業への賛否をめぐり,甲市が主催するYに関するシンポジウム(以下 「甲市シンポジウム」という。)が開催されていた。
甲市シンポジウムは,地方公共団体が主催するものとしては,日本で初めてのシンポジウムであった。
Bは,実家に帰省した際,甲市シンポジウムに参加し,一般論として上記のような自らの考えを述べた。その上で,Bは,A市におけるY採掘事業計画を引き合いに出して,作業員や周辺住民への健康被害の観点から安全性が十分に確保されているとはいえず,そのような現状においては当該計画に反対せざるを得ない旨の意見を述べた。
他方で,Cは,甲市シンポジウムの開催を知り,その開催がA市を含む全国各地におけるY採掘事業に途を開くことになると考えた。そこで,Cは,甲市シンポジウムの開催自体を中止させようと思い,Yの採掘への絶対的な全面反対及び甲市シンポジウムの即刻中止を拡声器で連呼しながらその会場に入場しようとした。そして,Cは,これを制止しようとした甲市の職員ともみ合いになり,その職員を殴って怪我を負わせ,傷害罪で罰金刑に処せられた。ただし,この事件は,全国的に大きく報道されることはなかった。
その後,Yの採掘の際に上記の有害成分を無害化する技術の改善が進んだ。A市は,そのような技術の改善を踏まえ,Y採掘事業を認めることとした。他方で,それでもなお不安を訴える市民の意見を受け,A市は,その実施に向けて新しい専門部署として「Y対策課」を設置することとした。Y対策課の設置目的は,将来実施されることとなるY採掘事業の安全性及びこれに対する市民の信頼を確保することであり,その業務内容は,Y採掘事業に関し,情報収集等による安全性監視,事業者に対する安全性に関する指導・助言,市民への対応や広報活動,異常発生時の市民への情報提供,市民を含めた関係者による意見交換会の運営等をすることであった。
そして,A市は,Y対策課のための専門職員を募集することとした。その募集要項において,採用に当たっては,Y対策課の設置目的や業務内容に照らし,当該人物がY対策課の職員としてふさわしい能力・資質等を有しているか否かを確認するために6か月の判定期間を設け,その能力・資質等を有していると認められた者が正式採用されると定められていた。
上記職員募集を知ったBは,Yの採掘技術が改善されたことを踏まえてもなお,いまだ安全性には問題が残っているので,現段階でもY採掘事業には反対であるが,少しでもその安全性を高めるために,新設されるY対策課で自分の専門知識をいかし,市民の安全な生活や安心を確保するために働きたいと考え,Y対策課の職員募集への応募書類を提出した。
他方,Cは,以前同様にY採掘事業は絶対に許されないと考えていた。Cは,Y対策課の職員になれば,Y採掘事業の現状をより詳細に知ることができるので,それをY採掘事業反対運動に役立てようと思い,Y対策課の職員募集への応募書類を提出した。
A市による選考の結果,BとCは,Yについてこれまで公に意見を述べたことがなかったDら7名(以下「Dら」という。)とともに,Y対策課の職員として採用されることとなった。しかし,その判定期間中に,外部の複数の者からA市の職員採用担当者に対して,Bについては甲市シンポジウムにおいて上記のような発言をしていたことから,また,Cについては甲市シンポジウムにおいて上記のような言動をして事件を起こし,前科にもなっていることから,いずれもY対策課の職員としては不適格である旨の申入れがなされた。そこで,A市の職員採用担当者がBとCに当該事実の有無を確認したところ,両名とも,その担当者に対し,それぞれ事実を認めた。その際,Bは,Y採掘事業には安全確保の徹底が必要不可欠であるところ,A市におけるY採掘事業には安全性にいまだ問題が残っているので,現段階では反対せざるを得ないが,少しでもその安全性を高めるために働きたいとの考えを述べた。また,Cは,Y採掘事業の危険性を完全に回避する技術の開発は困難であり,安全性確保の技術が向上したとしてもリスクが大きく,Y採掘事業は絶対に許されないとの考えを述べた。その後,BとCの両名は,判定期間の6か月経過後に正式採用されず,Dらのみが正式採用された。
BとCは正式採用されなかったことを不満に思い,それぞれA市に対し,正式採用されなかった理由の開示を求めた。これに対して,A市は,BとCそれぞれに,BとCの勤務実績はDらと比較してほぼ同程度ないし上回るものであったが,いずれも甲市シンポジウムでのY採掘事業に反対する内容の発言等があることや,Y採掘事業に関するそれぞれの考えを踏まえると,Y対策課の設置目的や業務内容に照らしてふさわしい能力・資質等を有しているとは認められなかったと回答した。
Bは,Cと自分とでは,A市におけるY採掘事業に関して公の場で反対意見を表明したことがある点では同じであるが,その具体的な内容やその意見表明に当たってとった手法・行動に大きな違いがあるにもかかわらず,Cと自分を同一に扱ったことについて差別であると考えている。また,Bは,自分と同程度あるいは下回る勤務実績の者も含まれているDらが正式採用されたにもかかわらず,A市におけるY採掘事業に反対意見を持っていることを理由として正式採用されなかったことについても差別であると考えている。さらに,差別以外にも,Bは,Y採掘事業を安全に行う上での基本的条件に関する自分の意見・評価を甲市シンポジウムで述べたことが正式採用されなかった理由の一つとされていることには,憲法上問題があると考えている。
そこで,Bは,A市を被告として国家賠償請求訴訟を提起しようと考えた。
〔設問1〕(配点:50)
⑴ あなたがBの訴訟代理人となった場合,Bの主張にできる限り沿った訴訟活動を行うという観点から,どのような憲法上の主張を行うか。(配点:40)
なお,市職員の採用に係る関連法規との関係については論じないこととする。また,職業選択の自由についても論じないこととする。
⑵ ⑴における憲法上の主張に対し て想定されるA市の反論のポイントを簡潔に述べなさい。(配点:10)
〔設問2〕(配点:50)
設問1⑴における憲法上の主張と設問1⑵におけるA市の反論を踏まえつつ,あなた自身の憲法上の見解を論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕
本年は,平等の問題と表現の自由の問題を問うこととした。本年の問題も,憲法上の基本的な問題の理解や,その上での応用力を見ようとするものである。しかし,問題の構成については,次の点で従来のものを変更した。
まず,従来は,「被告の反論」を「あなた自身の見解」を中心とする設問2に置いていたが,それを「原告の主張」と対比する形で設問1に置き,さらに,各設問の配点も明記することにした。
これまで出題側としては,「被告の反論」の要点を簡潔に記述した上で,「あなた自身の見解」を手厚く論じることを期待して,その旨を採点実感等に関する意見においても指摘してきたが,依然として「被告の反論」を必要以上に長く論述する答案が多く,そのことが本来であれば手厚く論じてもらいたい「あなた自身の見解」の論述が不十分なものとなる一つの原因になっているのではないかと考えたからである。そこで,本年は,「原告の主張」と「被告の反論」の両者を設問1の小問として論じさせることとし,かつ,配点を明記することによって,「被告の反論」について簡にして要を得た記述を促し,ひいては「あなた自身の見解」の論述が充実したものとなることを期待した。
また,論文式試験においては,設問の具体的事案のどこに,どのような憲法上の問題があるのかを的確に読み取って発見する能力自体も重視される。しかし,本年は,論述の出発点である原告となるBが憲法との関係で主張したい点を問題文中に記載することとした。これは,後述するように,本問には平等に関してこれまで論じられてきた典型的な問題とは異なる問題も含まれており,この点も含めてひとまず平等に着目した論述を期待する見地からである。また,平等の問題と表現の自由の問題は,いずれも多くの論点を含む憲法上の基本的な問題であるため,着眼点を具体的に示すことで,その分,論述内容の充実を求めたいとの考えもあった。そこで,本年は,原告となるBが主張したい点につき問題文中で明記するとともに,設問1において,「Bの主張にできる限り沿った訴訟活動を行うという観点から」との条件を付した。
本年の問題の一つは平等である。憲法第14条第1項の「法の下の平等」について,判例・多数説は,絶対的平等ではなく,相対的平等を意味するとしている。この平等に関し,原告となるBは,Dらとの比較において,これまで論じられてきた問題を提起しているほか,Cとの比較において,「違う」のに「同じ」に扱われたという観点からの問題も提起している。平等が問題となる具体的事例においては,何が「同じ」で,何が「違う」のかを見分けることが議論の出発点となることから,本問でも,まずは,Bの主張を踏まえ,「同じ」点と「違う」点についての具体的な指摘とその憲法上の評価が求められることとなる。その上で,憲法が要請する平等の本質等にも立ち返りつつ,自由権侵害とは異なる場面としての平等違反に関する判断枠組みをどのように構成するかが問われることになる。
そして,典型的な問題であるDらとの比較については,判定期間中のBの勤務実績は,正式採用された「Dらと比較してほぼ同程度ないし上回るものであった」にもかかわらず,A市は,Dらを正式採用する一方で,「Y採掘事業に関する・・・考えを踏まえると,Y対策課の設置目的や業務内容に照らしてふさわしい能力・資質等を有しているとは認められなかった」として,Bを正式採用しなかったことについての検討が必要となる。すなわち,Bは,「Yが有力な代替エネルギーであると考えているが,その採掘には・・・危険性があることから,この点に関する安全確保の徹底が必要不可欠であると考えて」おり,Y採掘事業の必要性や有益性を認めているが,その採掘においては種々の危険があるので,安全性が最重要と考えている者である。この場合,天然資源開発に伴う危険性を踏まえ,その安全性の確保を最重要視する考え自体が不当な考えであるとは言えないはずである。それにもかかわらず,A市が上述のような考えを持つBを正式採用せず,ほぼ同程度ないし下回る勤務実績のDらを正式採用したことは,天然資源開発における安全性の確保という言わば当然とも言うべき基本的な考え自体を否定的に評価するもので,憲法第14条第1項で例示されている「信条」に基づく不合理な差別となるのではないかという検討が必要である。
また,本年の問題で,原告となるBは,Cと「違う」にもかかわらずCと「同じ」に扱われて正式採用されなかったという点からも問題提起をしている。ここで問題となるのは,BとCはいずれも正式採用されなかったところ,Y採掘事業に関する両者の意見は,結論としては反対意見の表明という共通性があるとしても,その具体的な内容が違うことに加え,BとCがそれぞれの意見表明に当たってとった手法・行動等も違うことである。したがって,ここでは,こうしたBとCとの具体的な「違い」を憲法上どのように評価するかを踏まえた論述が求められる。
本年のもう一つの問題は,表現の自由である。すなわち,Bは,自分の意見・評価を甲市シンポジウムで「述べたこと」が正式採用されなかった理由の一つとされたことを問題視しているので,そこでは,内面的精神活動の自由である思想の自由の問題よりも,外面的精神活動の自由である表現の自由の問題として論じることが期待される。その際には,意見・評価を述べること自体が直接制約されているものではないことを踏まえつつ,「意見・評価を甲市シンポジウムで述べたこと」が正式採用されなかった理由の一つであることについて,どのような意味で表現の自由の問題となるのかを論じる必要がある。そのような観点からは,上述のような理由により正式採用されないことは,Bのみならず,一般に当該問題について意見等を述べることを萎縮させかねないこと(表現の自由に対する萎縮効果)をも踏まえた検討が必要となる。
その上で,この点に関しては,正式採用の直前においてもBが反対意見を述べていることなどから惹起される「業務に支障を来すおそれ」の有無についての検討も必要となる。その検討に当たっては,外面的精神活動の自由である表現の自由の制約に関する判断枠組みをどのように構成するかが問われることとなるところ,例えば,内容規制と評価し,表現の自由が問題となった様々な判例を踏まえた判断枠組みも考えられるであろう。どのように判断枠組みを構成するかは人それぞれであるが,いずれにしても,一定の判断枠組みを用いる場合には,学説・判例上で議論されている当該判断枠組みがどのような内容であるかを正確に理解していることが必要である。その上で,本問においてなぜその判断枠組みを用いるのかについての説得的な理由付けも必要であるし,判例を踏まえた論述をする際には,単に判例を引用するのではなく,当該判例の事案と本問との違いも意識した論述が必要となる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1⑴ Bの憲法上の主張
1 Dらとの比較における平等原則違反(14条1項)
(1)14条1項は法の下の平等を保障する。これは、各人の事実上の差異を無視した絶対的平等ではなく、同一の事情のもとでは同一に取り扱い、事情が異なる場合には合理的な理由に基づいて異なる取扱いをすることを許す相対的平等を意味する。したがって、区別が合理的な根拠に基づくものであれば同項に違反しないが、合理的な根拠を欠く区別は許されない。
区別の合憲性は、区別の事由の性質、区別の目的、及び区別と目的との間の関連性を考慮して判断すべきである。そして、14条1項後段が列挙する事由は、歴史的に不合理な差別を受けてきた事由を例示したものであり、これらを理由とする区別については、区別の目的がやむを得ない利益のためのものであり、かつ当該区別が目的達成のために必要不可欠であることを要すると解すべきである。
(2)本件では、Bは、判定期間中の勤務実績がDらと比較してほぼ同程度ないし上回るものであったにもかかわらず正式採用されず、Bと同程度あるいは下回る勤務実績の者を含むDら7名のみが正式採用された。A市がBに示した理由は、甲市シンポジウムでのY採掘事業に反対する内容の発言等があること、及びY採掘事業に関するBの考えを踏まえるとY対策課の設置目的や業務内容に照らしてふさわしい能力・資質等を有しているとは認められないことである。
Dらは、Yについてこれまで公に意見を述べたことがなかった者である。すなわち、Bと正式採用されたDらとを分けた唯一の事情は、Y採掘事業に関してBが有する考えとその表明であり、勤務実績という職務能力の点ではBが劣っていない。
(3)Bの考えは、Yが有力な代替エネルギーであると認めながら、その採掘には作業員及び周辺住民に重大な健康被害を与える危険性があるから、安全確保の徹底が必要不可欠であるというものである。これは、Y採掘事業そのものの有用性を承認した上で、天然資源開発に伴う危険性に鑑み安全性の確保を最重要視する考えであって、それ自体が不当なものではない。むしろ、採掘直後のYに含まれる有害成分を完全に無害化する技術がいまだ開発されておらず、外国の採掘現場で現に小規模の流出事故が起きていたという事実に照らせば、合理的な見解である。
このような事業の在り方についての価値判断は、個人の世界観・人生観に由来する内面的な確信であり、14条1項にいう「信条」に当たる。したがって、本件区別は信条に基づく区別であり、厳格な審査が妥当する。
(4)A市が掲げる目的は、Y対策課の設置目的である、将来実施されるY採掘事業の安全性及びこれに対する市民の信頼の確保である。この目的自体は正当であるが、Y採掘事業に反対する考えを有する者を排除することがこの目的の達成に必要不可欠であるとはいえない。Y対策課の業務内容は、情報収集等による安全性監視、事業者に対する安全性に関する指導・助言、市民への対応や広報活動、異常発生時の市民への情報提供、市民を含めた関係者による意見交換会の運営である。安全性を最重要視するBの考えは、これらの業務の目的に適合するものであり、むしろ安全性監視を実効的にするものである。B自身、少しでも安全性を高めるために自分の専門知識をいかし、市民の安全な生活や安心を確保するために働きたいと述べており、職務への忠実性にも欠けるところがない。
よって、本件区別は合理的根拠を欠き、14条1項に違反する。
2 Cとの比較における平等原則違反(14条1項)
相対的平等は、同一の事情にある者を同一に扱うことを求めるにとどまらず、事情が異なる者を合理的な理由なく同一に取り扱うことも禁ずる。異なるものを同一に扱うことは、それ自体が不合理な取扱いとなり得るからである。
BとCは、A市におけるY採掘事業に関して公の場で反対意見を表明したことがある点では共通するが、次の点で本質的に異なる。
第一に、意見の内容が異なる。Bは、Y採掘事業の有用性を認め、安全確保が徹底されることを前提にこれを容認する立場から、現段階では安全性に問題が残るため反対せざるを得ないとしたにすぎない。これに対してCは、危険性を完全に回避する技術の開発は困難であり、安全性確保の技術が向上してもリスクが大きいとして、Y採掘事業は絶対に許されないという全面的・絶対的な反対の立場である。前者は安全性の確保を通じて事業の適正な実施に協力し得る立場であり、後者は事業の存在自体を否定する立場であって、Y対策課の業務適合性において決定的な差異がある。
第二に、意見表明の手法・行動が異なる。Bは、甲市が主催し、地方公共団体によるものとしては日本で初めて開催されたシンポジウムという公的な討論の場において、一般論としての自らの考えを述べた上で、具体的な計画に対する評価を述べたにすぎない。これに対しCは、シンポジウムの開催自体を中止させようとして、拡声器で絶対的全面反対と即刻中止を連呼しながら会場に入場しようとし、制止しようとした甲市の職員を殴って怪我を負わせ、傷害罪で罰金刑に処せられた。Cの行為は、他者の討論の機会そのものを暴力によって封じようとしたものであり、表現の自由の保障が及ぶ範囲を超える違法行為である。
このように、意見の内容及び手法・行動において明確に異なるBとCを、単に公の場で反対意見を表明したという一点において同一に扱い、いずれも正式採用しないとしたことは、区別すべき事情を無視するものであって、合理的根拠を欠く。よって14条1項に違反する。
3 表現の自由の侵害(21条1項)
(1)21条1項は表現の自由を保障する。表現の自由は、個人が言論活動を通じて自己の人格を発展させるという自己実現の価値と、言論活動によって国民が政治的意思決定に関与するという自己統治の価値を有し、民主政の過程を支える不可欠の権利として優越的地位を占める。
Bが甲市シンポジウムで述べたのは、Y採掘事業の安全性という、市民の生命・健康に直結し、地方公共団体の政策決定の対象となっている公共的関心事項に関する意見・評価である。これは政治的表現に準ずる高い価値を有する表現であり、その保護の必要性は大きい。
(2)本件では、Bの発言そのものが禁止され、又は処罰されたわけではない。しかし、A市は、Bが甲市シンポジウムで反対する内容の発言をしたことを正式採用しない理由の一つとして明示的に挙げている。公権力が、過去の表現行為の内容を理由として、採用という利益を与えないという不利益を課すことは、表現内容に着目した制約である。
利益の付与を拒むという形式をとるとしても、それが表現活動を理由とするものであれば、表現の自由に対する制約として憲法上の統制を受ける。そうでなければ、公権力は不利益処分という形式を避けて給付や採用の場面で表現者を選別することにより、容易に表現の自由の保障を潜脱できることになる。
しかも、本件のような取扱いが許されるとすれば、将来A市の職員となることを望む者は、Y採掘事業のような公共的争点について公の場で意見を述べることを控えるようになる。A市においてはY採掘事業に関して市民の間で賛否が大きく分かれ、各々の立場から活発な議論が行われていたのであるから、Bに対する本件取扱いは、こうした公共的討論に参加しようとする市民一般に対して重大な萎縮効果を及ぼす。
(3)表現内容に着目した制約であるから、その合憲性は厳格に審査すべきであり、やむを得ない利益のために必要不可欠な手段でなければ許されない。仮に、公務員の採用の場面において職務遂行への支障を考慮することが許されるとしても、少なくとも、当該表現により職務の遂行に具体的かつ現実的な支障が生ずるおそれが認められなければならない。抽象的なおそれで足りるとすれば、表現を理由とする選別が無制約となるからである。
(4)本件では、Bの勤務実績はDらと比較してほぼ同程度ないし上回るものであり、判定期間中に職務上の問題を生じた事実はない。Bの考えは、Y対策課の設置目的である安全性の確保と方向を同じくするものであって、事業者に対する安全性に関する指導・助言や異常発生時の市民への情報提供といった業務において、むしろ適性を示すものである。市民を含めた関係者による意見交換会の運営という業務についても、賛否が分かれる状況において一方の立場のみを是とする者のみで構成することは、かえって市民の信頼を損なう。具体的な支障のおそれは認められない。
したがって、本件取扱いは21条1項に違反する。
4 以上より、Bの正式採用を拒否したA市の措置は14条1項及び21条1項に違反し、職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったものとして、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求が認められる。
第2 設問1⑵ 想定されるA市の反論のポイント
1 公務員の任用は、任命権者が公務の能率的運営の観点から人的構成を定めるものであり、採用するか否かの判断には広範な裁量が認められる。既存の職員に対する免職とは異なり、採用されないことによって失われるのは期待にとどまる。
2 A市は、募集要項において6か月の判定期間を設け、Y対策課の設置目的や業務内容に照らして職員としてふさわしい能力・資質等を有していると認められた者を正式採用する旨をあらかじめ明示していた。Bは、この条件を了解して応募したのであり、能力・資質等の判断は勤務実績のみによるものではない。
3 本件の区別は、Bの信条そのものを理由とするものではなく、Y対策課という特定の部署の業務への適合性という能力・資質に基づくものである。Y対策課の設置目的は、Y採掘事業の安全性及びこれに対する市民の信頼の確保であって、事業の実施を前提とする部署である。その事業に現に反対する者を職員とすれば、事業者に対する指導・助言や市民への広報において業務に支障を来すおそれがあり、市民の信頼も損なわれる。
4 Bは、正式採用の直前においてもなお、現段階ではY採掘事業に反対せざるを得ないとの考えを述べている。すなわち、過去の発言のみならず現在の立場を理由とする判断であって、過去の表現行為に対する制裁ではない。
5 BとCは、いずれもA市のY採掘事業に公の場で反対の意見を表明し、かつ採用担当者に対して現在も反対の立場を述べた点で共通する。Y対策課の業務適合性という判断の観点からは、両者を同様に取り扱うことに合理性がある。
6 Bの発言そのものは何ら禁止・処罰されておらず、将来も自由に意見を述べることができるから、表現の自由の制約には当たらない。
第3 設問2 私見
1 判断の枠組み
(1)まず、本件が公務員の採用の場面であることを理由に、憲法上の統制が及ばないとすることはできない。A市は地方公共団体という公権力の主体であり、私人間における採用の自由(最大判昭48.12.12参照)がそのまま妥当する場面ではない。むしろ、公権力が公職への就任を認めるか否かを決する際に、応募者の思想・信条や表現行為を基準とすることは、公務員の政治的中立性の要請と表現の自由との調整を要する固有の憲法問題を生じさせる。
(2)もっとも、任命権者が、当該職の職務の性質に照らして職員の適性を判断することは当然に許され、その判断には一定の裁量が認められる。したがって、問題は裁量の有無ではなく、その限界である。公務員の政治的行為の規制に関して、判例が、公務員の職務上の地位やその職務の内容・権限、行為の性質・態様・目的・内容等の諸般の事情を総合して、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるかを問題としていること(最判平24.12.7)に照らせば、本件でも、当該信条及び表現行為によって当該職の職務の遂行に実質的な支障が生ずるおそれが認められるかどうかを、具体的に検討すべきである。
(3)そして、本件では平等原則違反と表現の自由の侵害の双方が問題となるが、両者は区別の基準が信条及び表現内容であるという点で重なり合う。そこで、まず区別の事由と目的を明らかにした上で、目的と手段の関連性を具体的事実に即して検討し、その中で表現の自由に対する萎縮効果を考慮するという順序で判断する。
2 Dらとの比較における平等(14条1項)
(1)A市は、区別は信条自体ではなく業務適合性という能力・資質に基づくと反論する。しかし、A市自身がBに対し、Y採掘事業に反対する内容の発言等があることと、Y採掘事業に関するBの考えを理由として挙げている。能力・資質という評価は、Bの考えの内容を否定的に評価した結果として導かれたものであり、区別の実質的な基準は信条である。勤務実績という客観的な職務遂行能力ではBがDらに劣らない以上、業務適合性という評価を信条から切り離すことはできない。したがって、本件区別は14条1項後段に列挙された「信条」に基づく区別である。
(2)信条は、個人の人格の核心に属するものであり、これを理由とする不利益取扱いは、個人の尊重(13条)及び思想・良心の自由(19条)の保障と相容れない。したがって、信条に基づく区別については、区別の目的が重要であり、かつ区別が目的達成のために必要不可欠であることを要すると解する。
(3)区別の目的は、Y対策課の業務の円滑な遂行及びこれに対する市民の信頼の確保である。この目的は、採掘直後のYに含まれる有害成分による健康被害の危険が現に存在し、市民の間に不安が残る状況のもとでは、重要な公共の利益である。
(4)しかし、手段としての必要不可欠性を欠く。第一に、Bの考えは、Yの有用性を認めつつ安全確保の徹底を求めるものであり、Y対策課の設置目的である安全性の確保と同一方向を向いている。安全性監視や事業者への指導・助言という業務においては、安全性に厳格な姿勢を持つ職員の存在はむしろ有益である。第二に、Y対策課の業務には市民を含めた関係者による意見交換会の運営が含まれており、A市が不安を訴える市民の意見を受けて同課を設置したという経緯に照らせば、慎重な立場を理解する職員を配置することは市民の信頼の確保に資する。第三に、仮に特定の業務について支障が懸念されるとしても、担当業務の割振りや上司の指揮監督によって対応可能であり、正式採用の全面的な拒否という最も重い措置を選ぶ必要はない。
(5)A市は、Bが正式採用の直前においてもなお反対の考えを述べていた点を強調する。しかし、Bの述べた内容は、安全確保の徹底が必要不可欠であり現段階では反対せざるを得ないが、少しでも安全性を高めるために働きたいというものである。これは、事業の実施を妨害する意思の表明ではなく、職務を通じて安全性を高めるという積極的な意欲の表明である。Cとは異なり、職務に反する行動をとるおそれを示す具体的事情はない。
(6)よって、Dらとの比較において、本件区別は14条1項に違反する。
3 Cとの比較における平等(14条1項)
(1)平等原則は、相対的平等を意味するから、異なる事情にある者を合理的な理由なく同一に取り扱うことも禁ずる。ただし、いかなる事情の差異を考慮すべきかは、当該取扱いの目的との関係で決まる。したがって、Bが主張する差異が、Y対策課の職員としての適性判断という目的との関係で意味のある差異かどうかを検討すべきである。
(2)第一の差異である意見内容の違いは、この目的との関係で決定的に重要である。Cは、Y採掘事業は絶対に許されないと確信しており、しかもY対策課の職員になれば事業の現状をより詳細に知ることができるので、それを反対運動に役立てようとして応募した。これは、職務上知り得た情報を職務目的外に利用する意図であり、職員としての適性を欠くことが明白である。これに対しBは、職務を通じて安全性を高めることを目的としており、職務の目的と自らの目的が一致している。
(3)第二の差異である手法・行動の違いも重要である。Cは、公的な討論の場であるシンポジウムの開催自体を中止させようとして拡声器で連呼しながら会場に入場しようとし、職員に傷害を負わせて罰金刑に処せられている。他者の討論の機会を暴力で封じる行為は、表現の自由の保護範囲外の違法行為であり、公務員としての適性を判断する上で当然に考慮できる事情である。Bには、このような違法行為や職務の遂行を妨げるおそれを示す事情が一切ない。
(4)それにもかかわらず、A市は、両者を「甲市シンポジウムでのY採掘事業に反対する内容の発言等があること」及び「Y採掘事業に関するそれぞれの考え」という括り方で同一に扱った。これは、適性判断において最も重要な差異を看過し、反対意見の表明という外形のみに着目したものであって、合理的根拠を欠く。したがって、この点でも14条1項に違反する。
4 表現の自由(21条1項)
(1)A市は、Bの発言が禁止も処罰もされていないから制約がないと反論する。しかし、公権力が過去の表現行為の内容を理由に採用を拒否することは、表現活動に対する事後的な不利益であり、表現の自由に対する制約に当たる。給付や採用という利益の付与の場面であっても、その選別基準が表現内容である場合には、表現の自由の保障が及ぶと解すべきである。そうでなければ、公権力は形式を選ぶことによって容易に表現者を選別できることになり、21条1項の保障が実質を失う。
(2)本件の制約は、Y採掘事業に反対するという表現の内容に着目したものであり、内容規制である。また、Y採掘事業の安全性という公共的関心事項に関する意見表明は、自己統治の価値が高く、強く保護されるべきである。甲市シンポジウムは地方公共団体が主催するものとしては日本で初めてのものであり、市民が政策形成に参加する場として重要な意義を有していた。その場での意見表明を理由に不利益を課せば、公職を志望する者は公共的争点について沈黙するようになり、A市において現に行われていた活発な議論の基盤が損なわれる。
(3)他方で、公務員の採用に当たり、職務遂行への支障のおそれを考慮することが全く許されないわけではない。そこで、表現内容を理由とする採用拒否が許されるのは、当該表現の内容・態様及び当該職の職務の性質に照らし、職務の遂行又はその中立性に実質的な支障が生ずるおそれが具体的に認められる場合に限られると解する。
(4)本件では、3で述べたとおり、Bには職務の遂行を妨げるおそれを示す具体的事情がなく、勤務実績も良好であった。Bの意見は特定の政党・政治勢力に加担するものではなく、専門的知見に基づく安全性の評価である。A市が挙げる業務への支障は、反対意見を持つ職員がいれば市民の信頼が損なわれるという抽象的な懸念にとどまる。A市がむしろ不安を訴える市民の意見を受けてY対策課を設置したという経緯からすれば、この懸念自体の説得力も乏しい。
(5)よって、本件取扱いは21条1項に違反する。
5 結論
A市がBを正式採用しなかったことは、14条1項及び21条1項に違反する。A市は、正式採用しない理由としてBの発言及び考えを明示していたのであるから、憲法上の評価を誤ったことについて職務上尽くすべき注意義務を怠ったものといえる。したがって、BのA市に対する国家賠償請求(国家賠償法1条1項)は認められる。
以上