司法試験 平成26年 憲法
問題文
[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
A県B市には,日本で有数の緑濃い原生林と透明度の高さを誇る美しい湖を含む自然保護地域がある。 このB市の自然保護地域には, 自家用車や観光バスで直接, あるいは, 自然保護地域への拠点となっているB駅からタクシーか,定員20名のマイクロバスで運行される市営の路線バスを利用して入ることになる。B市は,1年を通じて温暖な気候であることも幸いして,全国各地から年間500万人を超える観光客が訪れるA県で最大の観光都市となっている。
しかしながら,湖周辺では観光客が増えて交通量が増加したために,車の排気ガスによる原生林の損傷や,心ない観光客の行為で湖が汚れ,透明度が低下するといった問題が深刻になりつつあった。
それに加えて,自然保護地域内の道路のほとんどは道幅が狭く,片方が崖で曲がりくねっており,人身事故や車同士の接触事故など交通事故が多く発生した。そのほとんどは,この道路に不慣れな自家用車と観光バスによるものであった。
そこで, A県公安委員会は, A県, B市等と協議し, 自然保護地域内の道路について, 道路交通法に基づき, 路線バス及びタクシーを除く車両の通行を禁止した。 その結果, 自然保護地域には, 観光客は, 徒歩, あるいは, 市営の路線バスかタクシーを利用しなければ入れないこととなり, B市のタクシー事業者にとっては,B駅と自然保護地域との間の運行が大きな収入源となった。
タクシー事業については,当初,需給バランスに基づいて政府が事業者の参入を規制する免許制が採られていたが,その後,規制緩和の流れを受けて安全性等の一定条件を満たせば参入を認める許可制に移行した。 しかし, 再び, 特定の地域に関してではあるが, 参入規制等を強化する法律が制定されている。 これに加えて, 202*年には道路運送法が改正され, 地方分権推進策の一環として, タクシー事業に関する各種規制が都道府県条例により行えることとされ,その許可権限が,国土交通大臣から各都道府県知事に移譲された。
Cタクシー会社(以下「C社」という。)は,A県から遠く離れた都市で低運賃を売り物に成功を収めたが, その後, タクシーの利用客自体が大幅に減少し, 業績が悪化した。 そこで, C社は, 新たな事業地として,一大観光地であるB市の自然保護地域に注目した。というのも,B駅に首都圏に直結する特急列車の乗り入れが新たに決まり,観光客の増加が見込め,B駅から低運賃で運行することで,より多くの観光客の獲得を期待できるからである。
C社の新規参入の動きに対し,B市のタクシー事業者の団体は,C社の新規参入により,B市内のタクシー事業者の収入が減少して過酷な運転業務を強いられることに加え,自然保護地域内の道路の運転に不慣れなタクシー運転者による交通事故の発生によって輸送の安全が脅かされるとともに,公共交通機関たるタクシー事業の健全な発達が阻害されるとして,C社の参入阻止を訴えて反対集会を開くなどの反対運動を行うとともに,A県やB市に対し適切な対応を採るよう求めた。
一方, C社は, マス・メディアを通じて, 自社が進出すれば, 従来よりも低運賃のタクシーで自然保護地域を往復することができ,首都圏からの日帰り旅行も容易になり,観光振興に寄与すると訴えた。
このような状況において, A県は, B市と協議した上で,「A県B市の自然保護地域におけるタクシーの運行の許可に関する条例」(以下「本条例」という。)を制定し,本条例に定める目的のもとに,自然保護地域におけるタクシーの運行については,本条例に定める①車種,②営業所及び運転者に関する要件を満たし,A県知事の許可を得たタクシー事業者のタクシーのみ認めることにした(【資料】参照)。
B市は,本条例の制定に伴い,新たに,B駅の傍らのタクシー乗り場と自然保護地域にあるタクシー乗り場に, 電気自動車のための充電施設を設けた。 なお, 本条例の制定に当たっては, A県に本社のあるD自動車会社だけが車種に関する要件を満たす電気自動車を製造・販売していることも考慮された。ちなみに,B市に営業所を構えるタクシー会社の多くは,本条例の要求する車種要件を満たす電気自動車を,既にD自動車会社から購入している。
C社は,営業所に関する年数要件及び運転者に関する要件のいずれも満たすことができなかった。
そして,車種に関する要件についても,高額の電気自動車を購入することは,自社の最大の目玉である低運賃を困難にすることから,あえて電気自動車を購入せず,より安価なハイブリッド車(従来のガソリン車より燃費がよく排気ガスの排出量は少ない。)で対応しようとした。
C社は,A県知事に対し,A県を営業区域とするタクシー事業の許可申請を行うとともに,自然保護地域における運行許可申請を行ったが,後者については本条例に規定する要件を満たさないとして不許可となった。 これにより, C社は, A県内でタクシー事業を行うことは可能になったが, 新規参入の動機でもあったA県内で最大の利益が見込める自然保護地域への運行はできない。C社は,本条例自体が不当な競争制限であり違憲であると主張して,不許可処分取消訴訟を提起した。
〔設問1〕
あなたがC社の訴訟代理人となった場合,あなたは,どのような憲法上の主張を行うか。
なお,法人の人権及び道路運送法と本条例との関係については,論じなくてよい。
〔設問2〕
被告側の反論についてポイントのみを簡潔に述べた上で,あなた自身の見解を述べなさい。
【資料】A県B市の自然保護地域におけるタクシーの運行の許可に関する条例(抜粋)
(目的)
第1条 この条例は,A県B市の自然保護地域(以下「自然保護地域」という。)におけるタクシーによる輸送の安全を確保すること,及び自然保護地域の豊かな自然を保護するとともに観光客のより一層の安全・安心に配慮して観光振興を図ることを目的とする。
(タクシーの運行許可)
第2条 自然保護地域においてタクシーを運行しようとするタクシー事業者は,A県知事の許可を受けなければならない。
(許可申請)
第3条 (略)
(運行許可基準)
第4条 A県知事は,第2条の許可をしようとするときは,次の基準に適合するかどうかを審査して,これをしなければならない。
一 自然保護地域において運行するタクシーの車種は,次に掲げる要件の全てを満たす電気自動車であること。
イ 運転席,助手席及び後部座席にエアバッグを装備していること。
ロ 自動体外式除細動器(AED)を搭載していること。
二 5年以上継続してB市内に営業所を有していること。
三 自然保護地域においてタクシーを運転する者は,次に掲げる要件の全てを満たす者であること。
イ 自然保護地域の道路の状況及び自然環境について熟知し,B市が実施する試験に合格していること。
ロ B市に営業所を置く同一のタクシー事業者において10年以上継続して運転者として雇用され,又はB市内に営業所を置いて10年以上継続して個人タクシー事業を経営した経歴があること。
ハ 過去10年以内に,交通事故を起こしたことがなく,かつ,道路の交通に関する法令に違反したことがないこと。
第5条以下 略附則第1条 この条例は,平成XX年XX月XX日から施行する。
2 第2条の許可は,この条例の施行日前においてもすることができる。
第2条 A県知事は,この条例の施行後おおむね5年ごとに第4条第1号に規定する車種について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕
本年の問題は,職業の自由に対する制約の合憲性に関する出題である。このテーマに関連する判例に関しては,法科大学院の授業においても,十分に学んでいると思われる。関連する判例それぞれを外在的にではなく,内在的に理解し,判例の動向を的確に捉えた上で,それらを主体的に検討して判断枠組みを構築し,事案の内容に即して個別的・具体的に検討することが求められている。本年の問題でも,定型的・パターン的・観念的な答案は求められていない。
問題となっている条例の規制目的は複合的である。したがって,その違憲性(合憲性)判断の根幹は,規制目的をいわゆる消極目的と見るのか,それとも積極目的と見るのかという点にあるのではない。規制目的が複合的である場合に,その違憲性(合憲性)をどのように判断するのかという点にある。したがって,単純に,原告側主張で消極目的の条例とし,被告側主張で積極目的の条例として論じることは,問題の核心を見誤っている。その意味において,本年の問題では,単純に規制目的二分論を用いて答えを導き出すことはできない。近時,登記手続代理業務を司法書士以外の者に禁止している司法書士法の合憲性をめぐる判決(最三判平成12年2月8日刑集54巻2号1頁)や,農業災害補償法が定める農業共済組合への「当然加入制」の合憲性をめぐる判決(最三判平成17年4月26日判例時報1898号54頁)のように,判例も規制目的二分論に言及することなく判断している。また,酒類販売業免許制をめぐる判決(最三判平成4年12月15日民集46巻9号2829頁)では,租税の適正かつ確実な賦課徴収という第三の目的の存在が示されてもいる。これらの判例も踏まえつつ,複合的な規制目的をめぐり,条例の違憲性(合憲性)を,どのような判断枠組みの下で,どのように判断するのかが問われている。
そして,仮に職業の自由に対する制約の合憲性を判断する際に,薬事法違憲判決(最大判昭和50年4月30日民集29巻4号572頁)の判断枠組みを参考にして検討するとしても,その判断枠組みが「中間審査の基準」(厳格な合理性の基準)を採用した判決と解するのか,それとも事実に基づいて個別的・具体的に審査した結果,違憲という結論も導かれる「合理性の基準」を採った判決と捉えるのか検討する必要がある。また,積極目的規制の場合に「明白の原則」と結び付いた「単なる合理性の基準」を用いる見解を採ったとしても,その「明白の原則」が法令の合憲性審査を全く排除するものであってよいのかが問われる。さらに,本年の問題では,タクシー会社や運転手の「人格的価値」の実現のための新規参入が問題となっているものではないし,許可要件には主観的要件と客観的要件が混在している。したがって,ドイツ流の段階理論を用いれば自動的に答えが導き出せるというものでもないし,利益衡量論であるドイツ流の比例原則で答えを導き出そうとするならば,どのような利益の衝突をどのように衡量するのかを個別的・具体的に示す必要がある。
本年の問題では,職業の自由を規制し得る政策的目的が何を意味するのかも問題となる。生存権の保障と関連する「経済的弱者の保護」のための政策遂行目的に限定されるのか,それとも,「経済的弱者の保護」を超えて,より広く「国民経済の円満な発展や社会公共の便宜の促進」等のための政策遂行目的も含むのかである。本年の問題では,地域の企業や業者の保護あるいは優遇・優先策,そして観光の振興であるが,それぞれがどのように位置付けられるかである。さらに,それぞれの目的を達成するための規制手段の合憲性についても検討する必要がある。政策的目的を達成するために,どこまで競争制限的手段が認められるのかである。本年の問題では,地域のタクシー会社を保護するために同じく経済的「弱者」といえるタクシー会社の新規参入を規制することの合憲性が問題となる。その際には,参入規制による消費者利益の侵害も考慮して,その合憲性を検討する必要がある。
また, 本年の問題では, 条例の目的として, 乗客の安全の確保が挙げられている。 この点は,交通死傷事故の発生をできるだけ防止することによって達成される。そこで問題となるのは,一般的にいえば,自由と安全のバランスである。交通死傷事故の防止という目的のために,リスクを排除する全ての手段を採ることができるのか;条例が定めるそれぞれの主観的要件及び客観的要件は,その目的にとって必要不可欠な規制といえるのか,それとも過剰な規制なのか,具体的に検討する必要がある。
上記に加えて,条例の目的として,乗客の安心の確保という主観的要素に関わるものも挙げられている。当該目的の憲法論としての位置付けを検討し,その達成手段の合憲性を個別的・具体的に検討する必要もある。乗客を安心させるために全てのタクシーにAEDを搭載することまで必要なのか;市営の路線バスの場合にはAEDの搭載が義務付けられていないようなのに,なぜタクシーには搭載を義務付けてもよいのか;乗客の安心の確保という目的は市や県の政策なのに,タクシー会社の経費負担で目的を達成しようとすることは認められるのかなどについて,検討することが求められている。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 制約される権利
(1)職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的な活動であるとともに、分業社会においては社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有する。憲法22条1項は、職業選択の自由を保障するが、職業の選択が意味を持つのはこれを遂行できる場合に限られるから、同項は選択した職業を遂行する自由(営業の自由)も保障している(最大判昭50.4.30)。
(2)本条例2条は、自然保護地域においてタクシーを運行しようとする事業者にA県知事の許可を受けることを義務付け、4条がその許可基準を定める。これは、一般的禁止を個別に解除する許可制であり、要件を満たさない者は当該地域での営業を一切行えない。
C社は、A県を営業区域とするタクシー事業の許可は得たが、新規参入の動機そのものであった自然保護地域への運行はできない。自然保護地域内の道路では路線バス及びタクシーを除く車両の通行が禁止されているため、B駅と自然保護地域との間の運行はB市のタクシー事業者にとって大きな収入源となっており、県内で最大の利益が見込める部分である。したがって、本条例による不許可は、形式上は営業区域の一部に関する職業遂行の制限であるが、実質的にはB市におけるタクシー事業への参入そのものを不可能にするものであり、職業選択の自由に対する制約に等しい強度の制約である。
2 審査基準
(1)職業の自由に対する規制は多種多様であるから、その合憲性は、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質・内容及び制限の程度を検討し、これらを比較衡量して慎重に決定されなければならない(最大判昭50.4.30)。
(2)本条例1条は、①自然保護地域におけるタクシーによる輸送の安全を確保すること、②自然保護地域の豊かな自然を保護すること、③観光客のより一層の安全・安心に配慮して観光振興を図ることを目的として掲げる。このうち①及び③の安全の部分は国民の生命・身体の安全という消極的・警察的目的であり、②及び③の観光振興は政策的目的である。このように目的が複合的である場合、規制目的二分論を機械的に適用して審査基準を決することはできない。
そこで、各許可要件ごとに、いかなる目的との関係で設けられたものかを特定し、当該目的が正当であるか、当該要件が目的達成のために必要かつ合理的であるか、より緩やかな規制手段によって目的を達成できないかを、具体的に審査すべきである。
(3)そして、本件のように許可制という最も強度の規制手段が用いられ、しかもその要件のうちに、申請者の努力によっては充足できない客観的要件が含まれている場合には、審査は厳格になされるべきである。すなわち、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であること、及び消極的目的による規制部分についてはより緩やかな制限によっては目的を達成できないことを、被告が具体的に示さなければ違憲と解すべきである。
3 各許可要件の検討
(1)車種に関する要件(4条1号)
同号は、自然保護地域で運行するタクシーの車種を、エアバッグを運転席・助手席・後部座席に装備し、AEDを搭載した電気自動車に限る。
電気自動車に限る点は、排気ガスによる原生林の損傷を防ぐという自然保護目的に向けられたものである。目的自体は正当である。しかし、C社が用いようとするハイブリッド車は、従来のガソリン車より燃費がよく排気ガスの排出量は少ない。自然保護地域内では自家用車・観光バスの通行が既に禁止され、通行する車両は路線バスとタクシーに限られているから、タクシーがハイブリッド車であっても原生林への影響は著しく小さい。排出量に応じた基準を設けることで足りるのであり、電気自動車への限定は過剰である。
しかも、本条例の制定に当たっては、A県に本社のあるD自動車会社だけが同号の車種要件を満たす電気自動車を製造・販売していることが考慮されており、B市に営業所を構えるタクシー会社の多くは既にこれを購入済みである。すなわち、同号は特定企業の製品の購入を事実上強制し、かつ既存業者にのみ適合する基準を後から法定したものであって、自然保護を名目とした地元企業及び既存業者の保護にほかならない。これは職業の自由を規制する正当な目的とはいえない。
AEDの搭載は、観光客の「安心」に配慮するという目的に基づく。しかし、自然保護地域に入る観光客を運ぶ市営の路線バスにはAEDの搭載が義務付けられていない。定員20名の路線バスよりも乗客の少ないタクシーに搭載を義務付けながら路線バスを対象外とすることは、目的との関係で一貫性を欠く。また、観光客の安全・安心の確保は本来A県及びB市の政策課題であり、その費用を一方的に事業者に負担させることは、規制と目的との均衡を欠く。乗車前の乗り場や自然保護地域内の拠点にAEDを設置するという、より緩やかな手段も存在する。
後部座席を含むエアバッグの装備も、道路運送車両法上の保安基準を超える上乗せ要件であり、交通事故の防止自体には寄与しない。
(2)営業所に関する要件(4条2号)
同号は「5年以上継続してB市内に営業所を有していること」を要求する。これは、申請者の能力や資質と無関係な、時の経過のみによって充足される客観的要件であり、新規参入者にとっては本条例施行後5年間は絶対に充足不可能である。
営業所をB市内に置くこと自体は、自然保護地域の道路事情に通じた体制を整えるという点で一応の関連性を認める余地があるが、5年という年数が輸送の安全や自然保護にいかなる寄与をするのかは説明できない。むしろ、既にB市で5年以上営業している既存業者のみに営業を許す結果をもたらすものであり、C社の参入阻止を訴える地元業者団体の要求に応えた参入規制そのものである。
本条例の附則1条2項は、施行日前においても2条の許可をすることができると定めており、既存業者が施行前に許可を得られる一方、新規参入者は締め出されることになる。同号は、既存業者の収入の維持という目的のための競争制限であり、消費者である観光客が低運賃のタクシーを利用する利益を害する点でも正当化できない。
(3)運転者に関する要件(4条3号)
イの、自然保護地域の道路の状況及び自然環境について熟知しB市の実施する試験に合格していることという要件は、道幅が狭く片方が崖で曲がりくねった道路の事情に照らし、輸送の安全確保のために合理的である。
しかし、ロの、B市に営業所を置く同一のタクシー事業者において10年以上継続して運転者として雇用され、又はB市内に営業所を置いて10年以上継続して個人タクシー事業を経営した経歴があることという要件は、新規参入事業者にとって充足が構造的に不可能である。新規参入者が雇用できる運転者は、既存業者を退職した者であるが、同一事業者における10年以上の継続雇用が要求されるため、転職すれば要件を失う。これは、運転者の職業選択の自由(22条1項)をも制約し、運転者を既存業者に事実上拘束する。道路事情への精通はイの試験によって確認できるのであるから、ロは目的達成に不要である。
ハの、過去10年以内に交通事故を起こしたことがなく、かつ道路の交通に関する法令に違反したことがないことという要件も、軽微な違反を含め一切の例外を認めない点で過度に厳格であり、必要最小限度を超える。
4 平等原則違反(14条1項)
本条例は、形式上は一般的な許可基準を定めるものであるが、4条2号及び3号ロにより、実質的にB市の既存業者とその運転者のみが要件を満たし、新規参入者は一律に排除される。また、4条1号はD自動車会社の製品のみが適合する基準である。
経済活動に関する区別であっても、特定の事業者を名指しに等しい形で優遇し、他の事業者を排除する区別は、合理的な根拠を欠く差別として14条1項に違反する。本件では、区別の理由は既存業者の収入維持と地元企業の保護にあり、これは正当な立法目的とはいえない。
5 結論
以上より、本条例4条1号ないし3号(同号イを除く)は22条1項及び14条1項に違反して無効であり、これに基づく本件不許可処分は違法である。
第2 設問2
1 被告側の反論の要点
被告A県は、次のように反論すると考えられる。①本条例は営業区域の一部における運行方法の規制にすぎず、C社はA県内でタクシー事業を行うこと自体は許可されているから、職業選択の自由に対する制約ではなく、職業遂行の自由に対する制約として緩やかに審査されるべきである。②本条例の目的には自然保護及び観光振興という政策的目的が含まれており、地方公共団体が地域の実情に応じて講ずる経済政策的措置については、その裁量的判断が尊重され、著しく不合理であることが明白でない限り違憲とはならない。③自然保護地域の道路は道幅が狭く片方が崖で曲がりくねっており、現に不慣れな車両による人身事故・接触事故が多発していたのであるから、道路事情に精通した運転者と安全性の高い車両に限定することは、輸送の安全確保のために必要かつ合理的である。④電気自動車への限定は排気ガスによる原生林の損傷と湖の環境悪化を防ぐために必要であり、B市が充電施設を新設して条件を整えている。⑤附則2条は5年ごとに車種を検討する旨を定めており、技術の進展に応じた見直しが制度上担保されている。⑥年数要件は、地域の公共交通としてのタクシー事業の健全な発達と安定的な輸送の確保という公共的要請に基づくものである。
2 私見
(1)制約の性質
C社はA県内でのタクシー事業の許可を得ているから、職業選択それ自体が禁止されているわけではない。しかし、自然保護地域内の道路では路線バス及びタクシー以外の通行が禁止されているため、同地域への運行はB市のタクシー事業者の主要な収入源となっており、C社がB市へ進出する動機もここにあった。一部地域の運行の禁止であっても、それが当該事業の採算の中核を奪い、事業として成立し得なくするものであれば、職業選択の自由に対する制約に準じて評価すべきである。したがって、被告の反論①は採用できない。もっとも、営業区域の一部に限られることは、制約の程度を考慮する一事情として衡量に反映させるべきである。
(2)判断枠組み
本条例の目的は、輸送の安全確保という消極的・警察的目的と、自然保護及び観光振興という政策的目的とが併存する複合的なものである。このような場合に、いずれが主たる目的かを決して一方の審査基準を機械的に当てはめることは、かえって審査を粗くする。判例も、職業の自由に対する規制の合憲性について、必ずしも規制目的二分論に依拠せず、規制の目的、必要性、内容、制限される職業の自由の性質・内容及び制限の程度を比較衡量して判断している(司法書士の業務独占について最判平12.2.8、農業共済組合への当然加入制について最判平17.4.26。なお酒類販売業免許制については、租税の適正かつ確実な賦課徴収という目的が示されている。最判平4.12.15)。
そこで、本件でも、許可要件ごとに、それがいかなる目的に資するものかを特定した上で、目的の正当性・重要性、目的と手段との関連性、より制限的でない手段の有無及び規制によって失われる利益との均衡を個別的・具体的に検討すべきである。その際、立法裁量の広狭は、当該要件が消極目的と政策目的のいずれにより強く結び付くか、及び当該要件が申請者の努力によって充足可能な主観的要件か、充足不可能な客観的要件かによって異なると解する。自己の努力によって充足し得ない客観的要件は、職業選択の自由に対する実質的な剥奪に近いから、立法裁量は狭く、厳格な審査を要する。
また、政策的目的による規制であっても、立法裁量が無限定になるわけではない。経済政策目的を理由に審査を事実上放棄することは、22条1項が職業の自由を人格的価値と結び付けて保障した趣旨に反する。少なくとも、当該措置が政策目的の達成に資することについて合理的な根拠が示されなければならない。
さらに、職業の自由を規制し得る政策的目的には、経済的弱者の保護にとどまらず、国民経済の健全な発展や社会公共の便宜の促進も含まれると解する。しかし、既存業者の収入の維持それ自体は、公共の利益ではなく私的利益であるから、これを目的とする競争制限は正当化されない。消費者である観光客が低運賃の交通手段を利用する利益も、衡量において正当に評価すべきである。
(3)車種要件(4条1号)
電気自動車への限定については、原生林の損傷と湖の透明度低下という具体的な環境被害が現に進行しており、自然保護の必要性は高い。B市が両方のタクシー乗り場に充電施設を新設しており、事業者が電気自動車を運行する基盤も整備されている。附則2条が5年ごとの車種の検討を義務付けている点も、技術の進展に応じた見直しを担保するものとして評価できる。
もっとも、自然保護地域内では既に自家用車と観光バスの通行が禁止されており、環境負荷の主要な原因は除去されている。ハイブリッド車の排気ガスは従来のガソリン車より少なく、排出量の上限を定める規制によって同等の環境保護を実現できる。自然保護のみを理由に電気自動車に限定することは、より緩やかな手段があるのに最も強い手段を選んだものであり、必要性を欠く。加えて、条例制定時に、要件を満たす電気自動車の製造・販売者がA県に本社のあるD自動車会社だけであることが考慮され、既存業者の多くが既にこれを購入済みであったという事情は、同号が自然保護という装いの下で地元企業及び既存業者を保護する目的を併有していたことを強く推認させる。したがって、電気自動車への限定は22条1項に違反する。
AEDの搭載義務については、乗客の「安心」という主観的な要素も、乗客の生命・身体の保護という客観的利益に結び付く限りで考慮できる。しかし、同一の観光客を運ぶ市営の路線バスにAEDの搭載が義務付けられていないことは、目的と手段の関連性に対する重大な疑いを生ぜしめる。安全・安心の確保という行政目的を、タクシー事業者の費用負担によってのみ実現しようとする点でも均衡を欠く。乗り場や地域内の拠点施設への設置という代替手段で足りるから、この要件も合理性を欠く。後部座席エアバッグについても同様である。
(4)営業所要件(4条2号)
B市内に営業所を有することは、自然保護地域の道路事情に即した配車・運転者教育・車両整備の体制を確保するという点で、輸送の安全確保と合理的な関連性を有し、新規参入者も営業所を設置すれば充足できる主観的要件であるから、合憲である。
しかし、「5年以上継続して」という部分は異なる。これは申請者の努力によって短縮できない客観的要件であり、本条例の施行により、新規参入者は少なくとも5年間、自然保護地域での営業から完全に排除される。しかも、附則1条2項により既存業者は施行日前に許可を得ることができる。5年という期間が安全確保や自然保護にどのように寄与するかについて合理的な説明はなく、地元業者団体がC社の参入阻止を求めて反対運動を行い、A県及びB市に適切な対応を求めていたという経緯に照らせば、同要件の実質的な機能は既存業者の収入維持にある。これは正当な目的とはいえず、しかも観光客が低運賃のタクシーを利用する利益を害する。したがって、「5年以上継続して」との部分は22条1項に違反する。
(5)運転者要件(4条3号)
イについては、道幅が狭く片方が崖で曲がりくねった道路という具体的な危険が存在し、交通事故のほとんどが道路に不慣れな車両によるものであったのであるから、道路の状況及び自然環境に関する試験の合格を要求することは、輸送の安全という重要な公共の利益のために必要かつ合理的である。新規参入者の運転者も受験によって充足できる。合憲である。
ロについては、同一事業者における10年以上の継続雇用という点に問題がある。道路事情への精通はイによって確保されるのであり、同一事業者での雇用継続年数が運転技能や安全性を直接に示すものではない。この要件は、新規参入者が運転者を確保する途を事実上閉ざすとともに、運転者自身の転職の自由をも制約する。目的達成のために必要な範囲を超えており、22条1項に違反する。なお、B市内での運転経験を一定期間要求することは安全確保と関連し得るが、それは「同一事業者において」という限定を外した上で、必要な年数に限るべきである。
ハについては、過去の事故歴・違反歴を考慮することは安全確保の観点から合理的である。しかし、10年という長期にわたり軽微な違反も含めて一切認めないとすることは、運転を業とする者の現実に照らして過度に厳格であり、違反の種類・程度を問わない点でも必要最小限度を超える。重大な事故・違反に限る、又は期間を短縮するという、より緩やかな手段で足りる。したがって、ハも22条1項に違反する。
(6)平等原則
以上の各要件が違憲とされる理由は、実質的に既存業者及びD自動車会社を優遇し新規参入者を排除する点に帰着する。したがって、14条1項違反を別途論ずる必要は乏しいが、本条例が地元業者団体の参入阻止要求を受けて制定され、既存業者のみが適合する基準を設けている点は、区別に合理的根拠がないことを示すものとして、22条1項違反の判断を補強する。
(7)結論
本条例4条1号、2号のうち「5年以上継続して」の部分、及び3号ロ・ハは22条1項に違反して無効である。C社は、残る合憲な要件、すなわちB市内に営業所を有すること及び運転者が4条3号イの試験に合格していることを充足すれば許可を受けられるべきであった。本件不許可処分は、違憲・無効な要件を根拠とするものであるから違法であり、取り消されるべきである。
以上