司法試験 令和8年 刑事訴訟法
問題文
〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事 例】
1 H県警察I警察署司法警察員Pらは、H県I市内において、覚醒剤の密売が行われているとの情報に接し、捜査を進めていた。Pは、令和8年2月3日、覚醒剤取締法違反(所持)
で逮捕したXから、「私が持っていたこの覚醒剤は、令和8年1月20日夕方、I市内の路上で、甲から0.3グラムを3万円で購入したものの残りだ。」との供述を得た。Pは、必要な捜査を行い、同年2月18日、同供述に係る覚醒剤密売(以下「本件譲渡し」という。)
について、覚醒剤取締法違反(譲渡し)の事実で甲に対する逮捕状の発付を受けた。Pが甲の前科を照会したところ、甲には、覚醒剤取締法違反(所持)の前科1犯(令和6年10月1日確定、懲役1年6月、3年間全部執行猶予)があった。
2 Pらは、令和8年2月20日午前7時頃、I市内の甲方に赴き、甲を前記逮捕状に基づき逮捕した。その際、Pは、甲の左肘内側に真新しい注射痕様のものがあったこと、頬がこけ、目を見開き、手足が小刻みに震えているなど、甲に覚醒剤常用者特有の様子が見られたことなどから、甲が覚醒剤を使用しているとの嫌疑を抱いた。
Pは、同日午前7時30分頃、甲をI警察署へ引致し、甲から、本件譲渡しについての弁解を録取したところ、甲は、「やっていない。何も知らない。覚醒剤とは縁を切っている。」
と供述した。Pは、同日午前8時頃、甲に対し、尿の任意提出を求めたところ、甲は、「今は出ない。待ってくれ。」と答えた。Pは、その後も、同日午後0時頃までに、5回にわたり、甲に尿の任意提出を求めたが、甲は、「まだ出ない。」などと答え、尿の任意提出に応じなかった。また、この間、Pは、甲に水を飲むよう勧めたが、甲はこれに応じず、提供された昼食を食べた際も水を飲まなかった。
Pは、同日午後2時頃、甲に対し、再度尿の任意提出を求めたところ、甲は、「しつこいな。出ないんだから仕方がないだろう。」と答えた。また、Pは、この時も、甲に水を飲むよう勧めたが、甲はこれに応じなかった。そこで、Pは、令状を取得し、強制力を用いて甲から尿を採取すること(以下「強制採尿」という。)もやむを得ないと考え、その準備を進め、同日午後4時頃、①強制採尿を実施するための令状の発付を受けた。
Pは、同日午後4時30分頃、I警察署において、甲に対し、前記令状を示し、採尿のためにI病院への同行を求めたところ、甲は、「分かった。」と言ってこれに応じ、警察車両に乗ってI病院まで移動した。Pは、同日午後5時以降、I病院において、約30分間にわたり、繰り返し、甲に対し、「令状は出ているが、自分で尿を出す気はないか。」などと言って尿を自ら提出するよう求めたが、甲は、「出したくても出ない。」などと答えた。同日午後5時30分頃、Pが「では強制採尿するしかないな。」と言うと、甲は、「出ないと言っているだけで、出さないとは一度も言っていない。待ってくれよ。ひどいじゃないか。」
と答えたが、尿を自ら提出することはなかった。
そこで、Pは、前記令状に基づき、甲に対する強制採尿を実施しようと考え、同病院のY
医師に採尿を開始するよう言った。Y医師は、10年間の泌尿器科勤務経験を有する泌尿器科専門医であり、令和2年以降、I警察署からの依頼により、毎年5件程度の強制採尿の実施経験を有していた。甲はY医師の指示に従ってベッドに横たわり、抵抗することはなかったが、Pら警察官8名は、Y医師から、甲が痛みで暴れ、甲の尿道が傷つくこともあり得るため、甲の手足を押さえるよう言われ、甲の両手両足を押さえた。そして、②Pは、前記令状に基づき、Y医師により甲の尿道にカテーテル(導尿管)を挿入させ、膀胱からカテーテルを経由して甲の尿を体外に排出させるなど、合理的かつ安全な方法で甲の尿を採取し、これを押収した。
3 甲は、令和8年2月21日、本件譲渡しの事実でH地方検察庁検察官に送致され、同日、勾留された。甲は、勾留延長後の同年3月4日、「令和8年1月20日に、I市内の路上で、覚醒剤0.3グラムをXに3万円で譲り渡した。」と述べ、本件譲渡しの事実を認めるとともに、同事実は、知人の乙と一緒に行ったことである旨供述した。しかし、乙との共謀の事実については、甲供述のほかに証拠が発見されなかったことから、甲は、同年3月12日、処分保留で一旦釈放された。他方、前記のとおり採取した甲の尿から覚醒剤の成分が検出されていたため、甲は、同日、覚醒剤取締法違反(使用)(以下「本件使用」という。)の事実で逮捕された。甲は、同月13日、本件使用の事実でH地方検察庁検察官に送致され、同日、勾留された。
4 Pらは、甲に対する捜査と並行して、甲の供述を踏まえ、本件譲渡しへの乙の関与についても捜査を進めた。甲は、取調べにおいて、「令和7年11月頃から乙と一緒に覚醒剤の密売をしていた。私は、客から注文を受けて客に覚醒剤を渡す役割、乙は、客に売る覚醒剤と客にサービスで渡す注射器を用意する役割だった。私は、客から覚醒剤の注文が入ると乙に伝え、客に渡す日の昼頃に乙とI市内のJ公園で会い、乙から覚醒剤等を受け取り、その後、客と会って覚醒剤等を渡していた。代金は私がその場で客から受け取り、後日乙と分けていた。常連と常連から直接紹介された人だけを客にすると決めていたので、乙が顧客リストのデータを自宅のノートパソコンで作成し、記録媒体のマイクロSDカードに保存しているはずである。令和8年1月20日にXに覚醒剤を売った際も、昼頃にJ公園で乙と会って覚醒剤と注射器を受け取り、夕方に私がXと会って覚醒剤と注射器を譲り渡した。」と供述した。
5 その後、Pらは、甲と共謀して本件譲渡しに及んだとの覚醒剤取締法違反(譲渡し)の事実で、捜索すべき場所を乙が一人暮らしをしている自宅アパート居室、差し押さえるべき物を覚醒剤、注射器、スマートフォン、ノートパソコン及びマイクロSDカード等とする捜索差押許可状の発付を受け、同年3月7日午前7時頃、乙の自宅に赴いた。Pがその場にいた乙に対して同許可状を呈示し、捜索を開始すると、乙は、Pらの面前で、居室内に置かれたノートパソコンの側面に右手で触れて何かを指でつまむような動作をした後、その右手を口元に持って行き、口を開けて何かを飲み込むような動作をした。Pは、乙に何を飲み込んだのか尋ねたが、乙は何も答えなかった。
Pらは、引き続き、前記許可状に基づく乙の自宅の捜索を実施し、居室内にあった前記ノートパソコン1台及びスマートフォン1台を差し押さえた。また、Pらは、居室内に置かれていた乙の財布の中から、白色粉末が入ったビニール袋1袋を発見し、乙の承諾を得て同白
色粉末が覚醒剤であるか否かを試薬を用いて調べたところ、覚醒剤の陽性反応が出たため、同日午前8時頃、乙を覚醒剤取締法違反(所持)(以下「本件所持」という。)の現行犯人として逮捕した。
Pは、乙をI警察署に引致後、乙に弁解の機会を与えたところ、乙は「黙秘します。」と述べ、一切質問には答えなかった。乙は、同月8日、本件所持の事実でH地方検察庁検察官に送致されたが、検察官に対しても黙秘し、同日に勾留されて以降も、黙秘を続けた。
Pらは、前記ノートパソコンに保存されていたデータを確認したが、顧客リスト等の覚醒剤密売に関するデータは何ら発見されなかった。Pは、甲の前記供述、捜索時の乙の行動及び乙の居室からマイクロSDカードが発見されなかったことを踏まえると、顧客リストのデータが保存されているマイクロSDカードを乙が飲み込んだ可能性が高く、これを押収したいと考えた。そこで、Pは、まずマイクロSDカードが乙の体内にあるか否か及び同マイクロSDカードが自然に排出されるか否かを確認する必要があると考え、I病院の消化器病専門医であるT医師に相談したところ、これらを確認するためには、体内をX線を用いて断層撮影するCT検査により、その位置を確認する必要があるとの意見を得た。Pは、T医師の意見を踏まえ、CT検査を実施することとし、同月10日、③CT検査を実施するための令状の発付を受けた。Pは、同令状に基づき、I病院において、T医師により、乙に対するCT検査を実施させたところ、乙の大腸内にマイクロSDカード様の異物が認められたため、その状況を撮影した。T医師は、CT検査により撮影した画像を確認し、同異物は遅くとも数日内には体外に自然排出されるとの意見を述べた。
その後の同月11日、乙の体内からマイクロSDカードが排出されたため、Pがこれを押収した。
6 Pは、同月12日、前記マイクロSDカードの解析を行ったところ、同マイクロSDカード内には、「顧客リスト2026」と題するファイルが存在した。しかし、同ファイルを開くためにはパスワードの入力が必要であり、Pが乙にパスワードを尋ねても乙は何も答えず、データの解析を試みるも、その内容を確認することはできなかった。
また、Pらは、差し押さえたスマートフォンの解析等を進めたところ、同スマートフォンは、契約名義が乙であることや通信状況等から乙が日常的に使用しているものと認められた。
そして、同月13日、同スマートフォン内の動画データを見分したところ、3点の動画データが存在した。これらの動画データは、いずれも、乙方居室内において、同一と認められる人物が乙の誕生日である1月22日に乙を祝っている場面のもので、撮影日は、それぞれ、令和6年1月22日、令和7年1月22日、令和8年1月22日であった。このうち、令和8年1月22日に撮影された動画データの内容は、【資料1】のとおりであった。Pは、これらの動画データを捜査用パソコンを用いて複製した上で、同複製動画データを記録媒体であるDVD(以下「本件DVD」という。)に保存した。
さらに、Pは、前記スマートフォン内の動画データのうち、令和8年1月22日に撮影されたものに、注射器が映り込んでいる場面があったことから、その場面を捜査用パソコンを用いて静止画として保存し、同静止画を出力した写真を添付した捜査報告書【資料2】を作成した。同報告書の内容は、Pが、個別に包装された未開封の注射器12本が乙方内の床上
に置かれている状況が写った写真を添付し、同写真の下に「この写真の注射器は、覚醒剤の密売人が客に交付することが多い未使用の注射器である。」との説明文を記載したものであった。
Pらは、前記スマートフォン内の動画データの撮影者についての捜査を進めたところ、撮影者は、Wという女性で、Wは、令和5年7月頃にI市内の飲食店に勤務していた際に客として訪れた乙と知り合い、同月頃から乙と交際していた人物と特定したが、Wは、令和8年2月に交通事故により死亡していた。Pは、甲に対し、Wについて知っていることを尋ねたところ、甲は、「乙に交際相手がいることは知っているが、それ以上のことは何も知らない。」と供述し、甲とWは知人関係にはないと認められた。
検察官は、同年3月17日、乙について、本件所持の事実で公判請求した。
Pは、同日、一連の捜査を踏まえ、甲と共謀して本件譲渡しに及んだという覚醒剤取締法違反(譲渡し)の事実で乙を逮捕した。乙は、その後、H地方検察庁検察官に送致され、同事実で勾留された。乙は、本件譲渡しについても一貫して黙秘した。
7 検察官は、その後、甲について、本件使用の事実で公判請求し、さらに、乙との共謀による本件譲渡しの事実で追起訴した。
また、検察官は、乙について、甲との共謀による本件譲渡しの事実で追起訴した。
甲及び乙の審理は、併合されず、別々に行われることとなった。
8 乙は、第1回公判期日における罪状認否において、「覚醒剤を持っていたことは間違いない。譲渡しの事実については黙秘する。」旨述べた。乙の弁護人は、本件所持の事実については争わないとした一方で、本件譲渡しの事実については争う旨述べた。
検察官は、同公判期日において、各公訴事実を立証するため、本件DVD及び捜査報告書
【資料2】等を証拠として請求した。検察官は、本件DVDの立証趣旨を「乙が令和8年1月20日昼頃にJ公園で甲と会ったこと」、捜査報告書【資料2】の立証趣旨を「覚醒剤の密売人が客に交付することの多い未使用の注射器12本を乙が所持していたこと」としていた。
乙の弁護人は、本件DVD及び捜査報告書【資料2】のいずれについても不同意との証拠意見を述べた。
〔設問1〕
1.下線部①の強制採尿を実施するための令状の種類について論じなさい。その上で、下線部
①の令状の発付の要件が満たされていたか否か及び下線部②の行為が適法であったか否かについて、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
2.下線部③のCT検査を実施するための令状の種類について論じなさい。
〔設問2〕
1.本件DVD内の動画データのうち、【資料1】の下線部④の発言が記録されている部分の証拠能力について、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。ただし、同動画データの内容が乙方において差し押さえたスマートフォン内の動画データの内容と同一であることは証拠上認定できるものとする。
2.捜査報告書【資料2】の証拠能力について、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
(参照条文) 覚醒剤取締法
第19条 次に掲げる場合のほかは、何人も、覚醒剤を使用してはならない。
(以下略)
第41条の2 覚醒剤を、みだりに、所持し、譲り渡し、又は譲り受けた者(略)は 、10年以下の拘禁刑に処する。
(以下略)
第41条の3 次の各号のいずれかに該当する者は、10年以下の拘禁刑に処する。
一 第19条(使用の禁止)の規定に違反した者
(以下略)
【資料1】
[本件DVD内の動画データのうち、令和8年1月22日に撮影されたものの内容]
(なお、以下の表は、本件DVD内に保存されている動画データの内容を本設問用に記載したものであり、以下の表がデータとして保存されているものではない。)
日時
(令和8年1月22日)
音声 映像
午後7時15分30秒か
ら午後7時15分45秒
まで
W「乙、誕生日おめでとう。恒例の
お祝い動画を撮ってます。」
乙「ありがとう。恥ずかしいから短
めにな。」
W「誰に見せるものでもないからい
いでしょう。」
乙方居室内で、乙がテーブル
の前に座り、テーブルの上に
はケーキが置かれている。同
ケーキには「誕生日おめでと
う」と記載されたプレートが
載せられている。
午後7時15分45秒か
ら午後7時16分15秒
まで
W「一昨日の20日、ランチを一緒
にしようと思ったけど、連絡つかな
かったの、残念だったな。」
乙「まだ根に持ってるのか。」
W「仕方ないのは分かってる。④私
が昨日あなたになぜ20日に連絡つ
かなかったか聞いたとき、あなたは
『20日の昼頃は大事な仕事があっ
て、J 公園に行って甲と会って
た。』って言ってたものね。 甲さん
はあなたと一緒にいるところを一度
見かけたくらいで話したこともない
けど、感じのいい人ではないと思
う。」
同上
午後7時16分15秒か
ら午後7時16分40秒
まで
乙「うまいな、これ。」
W「ケーキも毎年同じだけどね。」
乙がテーブルの上のケーキを
食べている。
午後7時16分40秒か
ら午後7時16分50秒
まで(同時刻で撮影終
了)
乙「まだ撮ってるのか、もうやめろ
よ。」
W「分かった。撮影終わります。」
乙方居室の床が約1秒映り、
個別に包装された未開封の注
射器12本が床上に置かれて
いる。
【資料2】
捜 査 報 告 書
令和8年3月13日
H県警察I警察署
司法警察員 警視 Q 殿
H県警察I警察署
司法警察員 警部補 P ㊞
覚醒剤取締法違反 被疑者 乙
(本籍、住居、職業、生年月日省略)
被疑者乙に対する頭書被疑事件につき、本日、当職が令和8年3月7日に乙方において差し押さえたスマートフォンを見分したところ、同スマートフォン本体のデータ保存領域内に存在する動画データのうち、令和8年1月22日に撮影されたものの中に、本件に関連すると思料する場面が存在したことから、同場面を捜査用パソコンを用いて静止画として保存し、同静止画を出力した写真1枚を添付して報告する。
この写真の注射器は、覚醒剤の密売人が客に交付することが多い未使用の注射器である。
個別に包装された未開封の注射器12本が乙方内の床上に置かれている状況の写真
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 小問1
(1) 下線部①の令状の種類
ア 強制採尿は、被疑者の意思に反して、カテーテルを尿道に挿入して体内の尿を体外に排出させ、これを取得する処分である。身体に対する直接的な侵襲を伴い、屈辱感等の精神的打撃を与えるものであるから、「強制の処分」(刑訴法197条1項ただし書)に当たり、法律上の根拠と令状を要する。そこで、いかなる種類の令状によるべきかが問題となる。
イ この点、強制採尿は医学的知識・技術を要する処分であることから鑑定処分許可状(刑訴法225条・168条)によるべきとの見解もあるが、鑑定処分には直接強制を認める規定(同法172条・139条参照)が準用されておらず、被疑者の抵抗を排除して実施することができない。また、身体の検査としての性質に着目して身体検査令状(同法218条1項)によるべきとの見解もあるが、身体検査は身体の状態を五官の作用により認識する処分であり、体内の尿を取得してその占有を移す処分を含まない。
ウ 思うに、尿は体外に排出されればいずれ廃棄されるものであり、体内にある尿を強制的に取得する処分は、被疑者の身体の中に存在する証拠物の占有を取得する点で、捜索・差押えの性質を有する。したがって、強制採尿は、捜索差押許可状(同法218条1項)によって行うべきである。もっとも、身体に対する侵襲を伴うことから、被疑者の身体の安全と人格の保護のため、同条6項の身体検査令状に関する条件付記の趣旨を及ぼし、「医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない」旨の条件を記載した捜索差押許可状によらなければならない(最決昭55.10.23)。
エ よって、下線部①の令状は、上記条件を付した捜索差押許可状である。なお、甲は本件譲渡しの事実による逮捕・引致中であるが、本件使用は別個の被疑事実であり、強制採尿はその身柄拘束の効力によってではなく、本件使用の事実について発付された上記令状の効力によって行われるものである。そして、この令状には、強制採尿を実施するのに適する場所まで被疑者を連行する効力も含まれる(最決平6.9.16)。本件では甲が「分かった」と述べてI病院への同行に応じているが、仮に応じなくとも同令状により連行することができた。
(2) 下線部①の令状発付の要件充足性
ア 判断基準
強制採尿は、身体に対する侵襲と精神的屈辱を伴う処分であるから、捜索差押許可状の一般的要件(犯罪の嫌疑及び捜索・差押えの必要性)に加えて、被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められる場合に、最終的手段として許されるにとどまる(最決昭55.10.23)。
イ 嫌疑の存在
甲は本件譲渡しの事実で逮捕されたものであり、強制採尿は覚醒剤使用という別の被疑事実に関するものであるから、使用の事実についての嫌疑が必要である。この点、Pは、逮捕時に甲の左肘内側に真新しい注射痕様のものを認め、頬がこけ、目を見開き、手足が小刻みに震えるという覚醒剤常用者特有の様子を現認している。また、甲には覚醒剤所持の前科があり、令和6年10月に確定した執行猶予の期間中であるうえ、Xに対し覚醒剤を譲り渡したという嫌疑も存在し、覚醒剤を入手し得る環境にあったことがうかがわれる。甲は「覚醒剤とは縁を切っている」と述べたが、上記の客観的な身体状況と矛盾する。これらの事情から、甲が覚醒剤を使用したとの嫌疑は十分に認められる。
ウ 事件の重大性・証拠の重要性
覚醒剤使用罪は10年以下の拘禁刑に当たる罪であり、甲は執行猶予中の再犯であることから、事案は軽微とはいえない。また、覚醒剤使用の事実は、尿中の覚醒剤成分の検出によって初めて客観的に立証できるものであり、尿は使用罪の立証に不可欠の証拠である。覚醒剤成分は時間の経過により体内から排出されて検出が不可能となるため、取得の緊急性も高い。
エ 代替手段の不存在
Pは、午前8時頃に尿の任意提出を求めて以降、午後0時頃までに5回、午後2時頃に更に1回、合計7回にわたり任意提出を求めたが、甲は、最初から「今は出ない。待ってくれ。」と述べ、その後も「まだ出ない」と答えるのみで、午後2時頃には「しつこいな。出ないんだから仕方がないだろう。」と述べるに至った。他方で甲は、Pが繰り返し水を飲むよう勧めてもこれに応じず、昼食を食べた際も水を飲まなかった。排尿を促す最も容易な手段である飲水をことさらに避けていることからすれば、甲は意図的に排尿を回避して任意提出を拒んでいたものと評価でき、更に説得を続けても任意提出が得られる見込みはなかった。逮捕から約9時間、最初の要求から約8時間にわたり任意提出の努力が尽くされており、強制採尿以外に適当な代替手段はなかった。
オ 以上より、犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められる場合に当たり、下線部①の令状発付の要件は満たされていた。
(3) 下線部②の行為の適法性
ア 強制採尿の執行は、令状の条件に従い、医師により医学的に相当と認められる方法によって行われなければならない。また、令状の執行に際しては、「必要な処分」(刑訴法222条1項・111条1項)として、被処分者の抵抗を排除し、処分の安全を確保するために必要かつ相当な範囲で有形力を行使することができる。
イ まず、執行の時期についてみると、Pは、令状を取得した後も、I病院において約30分間にわたり繰り返し「令状は出ているが、自分で尿を出す気はないか」と自発的な提出を促しており、強制採尿を最終的手段として位置付ける姿勢を貫いている。甲は「出ないと言っているだけで、出さないとは一度も言っていない。待ってくれよ。ひどいじゃないか」と述べたが、午前8時の最初の要求時にも「待ってくれ」と述べて以来約9時間半にわたり「出ない」と述べ続け、飲水を拒否して排尿を回避していた経過に照らせば、この発言は執行を引き延ばすためのものにすぎず、自発的提出の現実的な見込みを示すものではない。令状の発付後に更に待機すべき義務はなく、執行の時期は相当である。
ウ 次に、実施方法についてみると、採尿はY医師が行っている。Y医師は10年間の泌尿器科勤務経験を有する泌尿器科専門医で、令和2年以降毎年5件程度の強制採尿の実施経験を有しており、医師としての適格性に欠けるところはない。採尿は尿道にカテーテルを挿入して膀胱から尿を排出させるという、合理的かつ安全な方法で行われており、令状の条件に適合する。
エ さらに、警察官8名が甲の両手両足を押さえた点についてみると、甲はY医師の指示に従ってベッドに横たわり、抵抗していなかったのであるから、抵抗排除の必要はなかったとも思われる。しかし、この措置は、Y医師から、カテーテル挿入時の痛みで甲が暴れ、尿道が傷つくこともあり得るため手足を押さえるよう指示されて行われたものである。カテーテルの挿入中に身体が動けば被処分者自身が負傷する危険があるのであって、専門医の医学的判断に基づき、不意の体動を防止して採尿を安全に遂行するために手足を押さえることは、被処分者の身体の安全を確保するための措置として必要性があり、かつ、殴打等を伴わず手足を押さえるにとどまる態様は相当である。警察官の人数も、両手両足を確実に保持する目的を超えて甲に威圧や苦痛を加えたものとはいえない。
オ よって、下線部②の行為は、令状の条件に従い、必要な処分の範囲内で行われたものであり、適法である。
2 小問2(下線部③の令状の種類)
(1) 乙は、捜索開始直後、Pらの面前でノートパソコンの側面から何かを指でつまんで飲み込むような動作をし、居室からマイクロSDカードは発見されず、ノートパソコンにも顧客リストのデータはなかった。そこでPは、顧客リストを保存したマイクロSDカードを乙が飲み込んだ可能性が高いと考え、消化器病専門医T医師の意見に従い、X線による断層撮影であるCT検査により、同カードが乙の体内にあるか否か及び自然排出されるか否かを確認しようとした。CT検査は、X線の照射という身体への作用を伴い、体内の情報を取得するものであって、乙は黙秘して承諾する態度を示していないから、重要な権利・利益を実質的に制約する強制処分として令状を要する。
(2) CT検査の目的は、マイクロSDカードが乙の体内に存在するか否か及びその位置を確認し、自然排出の可能性を判断することにあり、体内の異物を体外に取り出してその占有を取得することではない。したがって、強制採尿のように捜索・差押えの性質を有するものではなく、乙の身体の内部の状態を認識するという点で、人の身体を対象とする検証、すなわち「身体の検査」(刑訴法218条1項)の性質を有する。よって、第一次的には身体検査令状によるべきである。身体検査令状には被処分者の抵抗を排除する直接強制が認められ(同法222条1項・139条)、同法218条6項により、被処分者の健康状態その他の事情を考慮した条件を付すことができる。
(3) もっとも、CT検査は放射線被曝を伴う処分であり、その適否、照射部位・線量の決定及び画像の読影には医学的な専門知識・技術が不可欠である。五官の作用による認識にとどまる検証の枠を超える専門的判断を伴う部分は、専門家による鑑定としての性質を併せ持つ。そこで、T医師にX線の照射及び画像による判断をさせる部分については、鑑定処分許可状(同法225条・168条1項の「身体の検査」)を併せて取得すべきである。鑑定処分許可状には直接強制の定めがないため、乙の抵抗を排除して検査を受けさせることは身体検査令状の効力により、医師による専門的処分は鑑定処分許可状により行うという両令状の併用が相当である。
(4) なお、CT検査により撮影した画像を証拠として保全する行為は、検証の結果の記録であり、身体検査令状の効力に含まれる。また、その後に自然排出されたマイクロSDカードは、乙の体外に出た物として領置(同法221条)等により押収すれば足りる。
第2 設問2
1 小問1(本件DVD中の下線部④の発言部分の証拠能力)
(1) 前提
本件DVDは乙のスマートフォン内の動画データを複製したものであるが、その内容が原データと同一であることは証拠上認定できるとされているから、複製物であること自体は証拠能力を妨げない。また、映像の機械的記録部分は、知覚・記憶・表現・叙述の過程に誤りが入る危険が少なく、非供述証拠として伝聞法則の適用を受けない。問題は、動画に録音されたWの発言、とりわけ下線部④の部分である。
(2) 伝聞証拠該当性
伝聞証拠とは、公判廷外の供述を内容とする証拠であって、その供述内容の真実性を立証するために用いられるものをいい、反対尋問等によってその信用性を吟味できないため、原則として証拠能力が否定される(刑訴法320条1項)。伝聞証拠に当たるか否かは、立証趣旨との関係で、供述内容の真実性が問題となるか否かにより判断する。
本件DVDの立証趣旨は「乙が令和8年1月20日昼頃にJ公園で甲と会ったこと」である。下線部④は、Wが「あなたは『20日の昼頃は大事な仕事があって、J公園に行って甲と会ってた。』って言ってたものね」と述べたものであり、この発言から立証趣旨の事実を認定するには、①Wが前日に乙から確かにそのような発言を聞いたこと(Wの供述内容の真実性)及び②乙の発言内容すなわち乙が20日昼頃にJ公園で甲と会ったことが真実であること(乙の供述内容の真実性)がいずれも前提となる。したがって、下線部④は、Wの公判廷外供述の中に乙の公判廷外供述が含まれる再伝聞であり、公判供述中の伝聞に関する同法324条の趣旨を類推し、各段階についてそれぞれ伝聞例外の要件を満たす必要がある。
(3) Wの供述部分について
ア Wは被告人以外の者であり、その供述を録画した動画には供述者の署名押印がない。しかし、録音・録画は供述者自身の供述をそのまま機械的に記録するものであり、録取者の知覚・記憶・表現の誤りが介在しないから、署名押印により録取の正確性を担保する必要はなく、供述者が自ら作成した供述書に準じて同法321条1項3号の適用を認めることができる。
イ 同号の要件を検討すると、まず、Wは令和8年2月に交通事故により死亡しており、「供述者が死亡」した場合に当たり、供述不能の要件を満たす。
ウ 次に、不可欠性についてみると、乙は本件譲渡しについて一貫して黙秘しており、乙と甲の共謀を示す証拠としては共犯者である甲の供述しか存在せず、甲が処分保留で一旦釈放されたほどである。共犯者の供述は自己の責任を軽くするため他人を巻き込む危険があり、これを裏付ける独立の証拠が求められるところ、乙が犯行当日の昼頃にJ公園で甲と会ったという事実は、甲の供述する覚醒剤の受渡し状況と合致する共謀の中核的事実であって、Wの供述は「犯罪事実の存否の証明に欠くことができない」ものといえる。
エ さらに、特信情況についてみると、同号の特信情況は、供述がなされた外部的付随事情から、供述に虚偽が入る余地が乏しく、反対尋問に代わる信用性の情況的保障があることを要する(絶対的特信情況)。本件発言は、交際相手の誕生日を祝う恒例の私的な動画の中で、「誰に見せるものでもない」という前提で、捜査機関とは全く無関係になされたものであり、捜査への協力や乙を陥れる動機は考えられない。また、発言は、20日にランチの連絡がつかなかったことを残念がるという自然な会話の流れの中で、乙本人の面前でなされており、事実と異なれば乙が直ちに訂正し得る状況にあったにもかかわらず、乙はこれを否定せず、「まだ根に持ってるのか」と述べて会話を続け、その後もケーキを食べて「うまいな」と述べるなど、発言内容を当然の前提として受け入れている。Wは甲と知人関係になく、かえって「感じのいい人ではないと思う」と述べて甲に好意を持っておらず、甲を利するために虚偽を述べる動機もない。他方で、Wは甲が乙と一緒にいるところを一度見かけており、乙の言う「甲」を特定の人物として認識し得た。発言は、前日に乙から直接聞いた内容を翌日に述べたもので記憶の減退も考えにくい。以上から、Wの供述には高度の特信情況が認められる。
(4) 乙の供述部分について
Wの供述に含まれる乙の発言は、被告人乙の公判廷外供述であるから、同法324条1項の類推により同法322条1項が適用される。乙の発言は、「20日の昼頃は大事な仕事があって、J公園に行って甲と会ってた」というものであり、これは甲の供述する覚醒剤の受渡しの日時・場所・相手方と一致し、本件譲渡しの共謀を推認させる事実であるから、「その者に不利益な事実の承認」に当たる。そして、この発言は、交際相手との私的な会話の中で、連絡がつかなかった理由を説明するという自然な経緯で、捜査機関の関与なく自発的になされたものであり、任意性に疑いはない。よって、同法322条1項前段の要件を満たす。
(5) 結論
以上より、下線部④の発言が記録された部分は、Wの供述部分について同法321条1項3号、乙の供述部分について同法324条1項類推・322条1項の要件をそれぞれ満たすから、証拠能力が認められる。
2 小問2(捜査報告書【資料2】の証拠能力)
(1) 捜査報告書の構造
捜査報告書【資料2】は、①Pが乙方で差し押さえたスマートフォン内の動画データを見分し、その一場面を静止画として出力した経緯の記載、②出力した写真(個別包装された未開封の注射器12本が乙方の床上に置かれている状況)、③「この写真の注射器は、覚醒剤の密売人が客に交付することが多い未使用の注射器である」との説明文から構成される。立証趣旨は「覚醒剤の密売人が客に交付することの多い未使用の注射器12本を乙が所持していたこと」である。弁護人は不同意であるから(同法326条1項)、各部分を分けて検討する。
(2) 写真部分(②)について
ア 写真は、機械的に記録された映像であり、撮影者の知覚・記憶・表現・叙述の誤りが入る余地が乏しいから、非供述証拠であって伝聞法則の適用を受けない。本件の写真は、Wが撮影した動画データの一場面を静止画として出力したものであるが、動画の撮影過程及び静止画への変換過程はいずれも機械的なものであり、撮影者Wが死亡していることは証拠能力を妨げない。その証拠能力は、関連性の問題として、写真が動画データの一場面を正確に出力したものであること(同一性・無改変性)が立証されれば足りる。
イ 本件では、この出力過程はP自身が捜査用パソコンを用いて行ったものであり、報告書にその経緯が記載されている。Pが動画データを見分してその内容を記録した部分は、Pが五官の作用により認識した結果の報告であり、「検証の結果を記載した書面」(同法321条3項)に準じるから、Pが公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述すれば、写真部分を含めて証拠能力が認められる。
ウ そして、動画の撮影日は令和8年1月22日とされ、同スマートフォンは契約名義や通信状況から乙が日常的に使用していたものと認められ、映像は乙方居室内のものであるから、写真は本件譲渡しの2日後の時点で乙方に未開封の注射器12本が存在した状況を示す。甲の供述する「乙は客にサービスで渡す注射器を用意する役割だった」ことと併せ、本件譲渡しにおける乙の役割を推認させるから、自然的関連性も認められる。
(3) 説明文部分(③)について
ア 「この写真の注射器は、覚醒剤の密売人が客に交付することが多い未使用の注射器である」との記載は、写真に写った注射器について、Pが自己の捜査経験等に基づき、覚醒剤密売人が客に交付する類型の注射器であるとの評価・意見を述べたものである。立証趣旨が「覚醒剤の密売人が客に交付することの多い未使用の注射器」であることを含んでいる以上、この記載はその内容の真実性を立証するために用いられるものであり、Pの公判廷外供述を内容とする伝聞証拠に当たる。
イ そこで、伝聞例外に当たるかを検討すると、まず、同法321条3項の検証調書は、検証者が五官の作用により認識した事実の記載について、その作成過程の正確性ゆえに証拠能力を認めるものである。注射器が「個別に包装された未開封」のものであることは写真から視覚的に認識できる事実であるが、「覚醒剤の密売人が客に交付することが多い」ものであるとの点は、五官の作用による認識ではなく、Pの経験則に基づく推論・意見であって、検証の結果には当たらない。したがって、同項によって証拠能力を認めることはできない。
ウ 次に、同法321条1項3号によるとしても、Pは司法警察員として証人尋問が可能であり、供述不能の要件を満たさない。また、同法321条4項の鑑定書に当たるかについても、Pは鑑定の嘱託を受けた者ではなく、同項の準用を認めるべき専門的知識に基づく鑑定ともいえないから、同項は適用されない。
エ よって、説明文部分は伝聞例外のいずれの要件も満たさず、証拠能力が認められない。密売人が客に注射器を交付する実態を立証したいのであれば、Pを証人として尋問し、あるいは甲の供述によって立証すべきである。
(4) 結論
以上より、捜査報告書【資料2】は、Pが真正に作成されたものであることを証言することを条件に、動画見分の経緯及び写真部分について証拠能力が認められるが、説明文部分は伝聞証拠であって証拠能力が認められない。裁判所は、説明文部分を除外した上で、写真部分についてのみ証拠として採用すべきである。
以上