司法試験 令和7年 刑事訴訟法
問題文
〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事 例】
1 H県I市内では、令和6年12月以降、複数人で民家に侵入して金品を窃取するという事件が連続して発生していたところ、令和7年1月5日、I市内のV方に男性3名が侵入して現金500万円を窃取するという住居侵入・窃盗事件(以下「本件住居侵入・窃盗事件」という。)が発生した。I警察署司法警察員P、Q及びRは、V方及びその周辺に設置された防犯カメラの映像や、V方に遺留された指紋などから、被疑者として、甲、乙及び丙の3名を特定し、本件住居侵入・窃盗事件について、甲ら3名に対する各逮捕状の発付を受けた。一方で、Pらは、甲ら3名の所在を特定できず、甲ら3名の現住居に対する捜索差押許可状を取得できずにいた。
なお、上記防犯カメラの映像には、甲及び乙が、本件住居侵入・窃盗事件の直前に、それぞれの携帯電話で、何者かと通話している様子が記録されていた。
2 甲は、知人の家を転々として寝泊まりしていたが、同月15日から、友人のXが住むI市内のアパート1階101号室(以下「X方」という。)に居候するようになった。X方内は、8畳のリビングに6畳洋室及び6畳和室が隣接しており、各部屋とリビングの間には扉が設置されていた。
Pは、甲がX方に潜伏しているらしいとの情報を得て、Q及びRと共に、同月20日午後2時頃からX方前の路上で張り込みをしていたところ、同日午後6時頃、甲とXが、X方から路上に出てきた。その際、Pは、甲が携帯電話を手に持っていることを確認した。
Pらは、甲を逮捕するため、同路上で甲に声を掛けたところ、甲は、いきなり走り出してX方に戻った。Pは、同路上にいたXに対して、「甲に逮捕状が出ている。甲を逮捕するために、あなたの自宅に入らせてほしい。」と伝えたところ、Xは、これを了承した。そして、Xは、PからX方の状況を尋ねられると、「甲は、5日前にスーツケースを持ってやって来て、その日から居候を始め、無償で和室に寝泊まりしている。甲には、食事や雑談をするときにはリビングを使用することを許可しているが、基本的に、甲は和室のみを使用している。」「今日の午前中から甲の交際相手であるYが甲に会うために来ているが、私の家にYが来たのは今日が初めてである。」などと説明した。
こうした説明を踏まえて、PらがX方に入ると、甲がYと共にリビングにいたため、Pは、同日午後6時5分頃、リビングにおいて、甲に逮捕状を呈示した上、甲に手錠を掛けることなく、甲を通常逮捕した。そして、Pは、リビングにおいて、甲の身体着衣について、逮捕に伴う捜索を実施したが、甲の携帯電話を発見できなかったため、甲に携帯電話の在りかを尋ねたところ、甲は何も答えなかった。
そこで、Pは、閉まっていたリビングと和室の間の扉を開け、甲及びYをリビングに残し、両名の動静を監視するようQに告げた上で、Rと共に和室に移動した。すると、家具や寝具のほか、甲のものと認められるスーツケースが存在したことから、Pは、和室内には、甲の携帯電話のほか本件住居侵入・窃盗事件に関係する証拠物が存在する可能性が高いと考え、同扉を開けたまま、①同日午後6時10分頃、和室内の捜索を実施し、机の上に置いてあった紙片
(Vを含めた合計30名の氏名、住所及び所有している財産が記載された一覧表)を差し押さえた。しかし、Pは、和室内において、甲の携帯電話を発見することができなかった。
Pは、Rと共にリビングに戻り、同日午後6時15分頃、リビング内の捜索を開始した。その捜索の実施中、Pは、甲のすぐ近くにいたYに対し、甲の携帯電話の在りかを知っているか尋ねた。すると、Yは、甲のことを一べつしてからうつむき、何も答えないまま、自身の上着のポケット内に手を入れ、中を探るような動きをした。Pは、Yの態度を見て、Yが同ポケット内に甲の携帯電話を隠していて、同携帯電話を操作してデータを消去する可能性があると考え、②同日午後6時20分頃、Yの上着のポケット内に手を入れ、中にあった携帯電話を取り出した。この携帯電話の所有者について尋ねられたYが「それは甲の携帯電話です。」と説明したことから、Pは、同携帯電話をその場で差し押さえた。その後、Pらは、捜索を終えて、甲に手錠を掛け、I警察署まで甲を引致した。
3 同月21日、Pらは、乙がI市内のL飲食店に出入りしているとの情報を得た。そこで、Pは、Q及びRと共に、同月22日午後6時頃から同店前の路上で張り込みをしていたところ、同日午後8時58分頃、乙が同店から出てきたため、現住居を特定するために乙の尾行を開始した。
乙は、同店を出た後、しばらくしてから振り返り、後方にいたPと目が合うと、いきなり前方に走り出した。Pらは、尾行を察知されたと考え、乙を逮捕することにし、走って乙を追跡して路上で乙に追い付き、同日午後9時頃、乙に逮捕状を呈示した上で、乙を通常逮捕した。
Pは、乙の着衣内に携帯電話が存在すると考え、これを差し押さえるため、同路上で、乙の身体着衣について、逮捕に伴う捜索を実施しようとした。すると、乙は、暴れて抵抗し、「俺は何もしていない。違法逮捕だ。」と叫んだ。同路上は、人通りが多い繁華街に位置し、周囲に複数の飲食店があったところ、合計5名の通行人が集まってきてPらを取り囲み、そのうち1名の通行人が携帯電話のカメラ機能を使ってPら及び乙の動向を録画し始めた。
Pは、同路上における捜索の実施は困難と判断し、最寄りの警察施設まで移動してから乙の身体着衣を捜索することにした。そこで、Pらは、暴れる乙の腕を押さえながら、警察車両を停めていた駐車場まで乙を連れて行った。上記通行人らがPらに付いてくることはなく、乙は、同日午後9時10分頃に同駐車場に着いたときには落ち着きを取り戻した。同駐車場には誰もおらず、同路上から同駐車場までの距離は約50メートルであった。
同駐車場から最も近い警察施設は、同駐車場から約1キロメートル離れたJ交番であったため、Pは、同交番まで乙を連れて行くことにし、同駐車場において、警察車両に乗るよう促すと、乙は、素直に同車両に乗り込んだ。Pは、同車両の後部座席に乙を乗せ、Q及びRと共に、同日午後9時11分頃、同駐車場を出発してJ交番に向かった。その車内において、乙は、無言のままうつむいており、抵抗する素振りを見せなかった。
その後、同車両がJ交番に到着し、Pは、③同日午後9時20分頃、J交番内で、乙の身体着衣について捜索を実施したところ、乙の上着のポケット内にあった携帯電話を発見し、これをその場で差し押さえた。
4 同月23日、Pは、丙を逮捕状に基づいて通常逮捕した。甲ら3名は、順次、本件住居侵入
・窃盗事件の被疑事実によりH地方検察庁検察官に送致され、勾留された。
取調べにおいて、甲は、一貫して黙秘し、乙は、一貫して「自分と丙の2人でV方に侵入して盗みをした。犯行を計画したのは丙であり、甲は事件に関係ない。」と供述した。丙は、逮捕直後は、「自分と乙の2人でV方に侵入して盗みをした。甲は事件に関係ない。」と供述して、甲の関与を否定していたが、その後の取調べにおいて、甲が使用するX方の前記和室から発見、押収された物として前記紙片を示されると「自分、甲、乙の3人でV方に侵入して盗みをした。犯行を計画したのは甲である。」と供述して甲の関与を認めるに至った。以上の過程で、【資料】記載の〔証拠1〕、〔証拠2〕及び〔証拠3〕が作成された。
H地方検察庁検察官Sは、甲ら3名について、共謀の上、V方に侵入して現金500万円を窃取したとの事実で、H地方裁判所に公判請求した。甲ら3名の弁論は、それぞれ分離されることになった。
5 甲に対する本件住居侵入・窃盗被告事件は、事件の争点及び証拠を整理する必要があるとして、公判前整理手続に付された。同手続において、検察官Sは、甲の弁護人Tに対し、〔証拠1〕、〔証拠2〕及び〔証拠3〕を含む甲ら3名の供述録取書などの証拠を開示し、このうち
〔証拠3〕について、立証趣旨を「本件犯行状況、共謀状況等」として、取調べを請求した。
これに対し、弁護人Tは、同手続において、「甲は、事件には一切関与しておらず、乙及び丙が住居侵入や窃盗をしたのかどうかも知らない。」旨の予定主張を明らかにして、共謀の事実等を否認し、〔証拠3〕について不同意との証拠意見を述べた。
そこで、検察官Sは、立証趣旨を「本件犯行状況、共謀状況等」として、丙の証人尋問を請求し、H地方裁判所は、これを実施する旨の決定をした。その後、H地方裁判所は、検察官S及び弁護人Tとの間で争点及び証拠の整理結果を確認した上で、公判前整理手続を終了した。
6 第1回公判期日において、甲は、「自分は事件には一切関係ない。」と述べて公訴事実を否認し、弁護人Tは、公判前整理手続でしたのと同様に共謀の事実等を争う旨の主張をした。
第2回公判期日において、丙の証人尋問が実施された。丙は、主尋問において、「甲が犯行を計画し、自分、甲、乙の3人で、V方に侵入して盗みを行った。」などと証言した。そして、丙は、反対尋問において、弁護人Tから、「甲は事件に関与していないのではないか。」との質問を受けると、これを否定し、主尋問でしたのと同様の証言をした。さらに、丙は、弁護人Tから、「捜査段階で、『自分と乙の2人でV方に侵入して盗みをした。甲は事件には関係ない。』と話したことがあったのではないか。」などと〔証拠2〕の内容やその作成過程に関する質問を繰り返し受けたが、「そのような供述をした記憶はない。覚えていない。」などとの証言に終始した(以下、第2回公判期日における丙の証言を「丙証言」という。)。
同期日における丙の証人尋問終了後、弁護人Tは、丙証言の証明力を争うため、〔証拠1〕
及び〔証拠2〕の各取調べを請求した。これに対し、④検察官Sは、同請求について、「取調べに異議あり。」との証拠意見を述べた。
〔設問1〕
下線部①、下線部②及び下線部③の各行為の適法性について、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕
下線部④の証拠意見について、検察官Sが、以下の1及び2の理由を付した。各理由の当否について、関連する条文の趣旨を踏まえて論じなさい。
1.〔証拠1〕は、証明力を争うための証拠として刑事訴訟法上許容される証拠には当たらない。
2.〔証拠2〕は、公判前整理手続において証拠調べ請求がされていない証拠であるから、公判期日において、証拠調べ請求をすることはできない証拠である。
【資料】
供述者 作成日付 証拠方法 作成者 供述要旨等
(令和7年)
証拠1 乙 1月24日 供述録取書 司法警察員P 自分と丙の2人でV方に侵入して盗みをした。犯行を計画したのは丙であり、甲は事件には関係ない。
(乙の署名・押印あり)
証拠2 丙 1月24日 供述録取書 司法警察員Q 自分と乙の2人でV方に侵入して盗みをした。甲は事件には関係ない。
(丙の署名・押印あり)
証拠3 丙 2月5日 供述録取書 検察官S 自分、甲、乙の3人でV方に侵入して盗みをした。犯行を計画したのは甲である。
(丙の署名・押印あり)
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、住居侵入・窃盗事件の捜査及び公判に関する具体的な事例を素材として、刑事手続上の問題点、その解決に必要な法解釈、法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並びに具体的結論に至る思考過程を論述させることにより、刑事訴訟法に関する基本的学識、法適用能力及び論理的思考力を試すものである。
〔設問1〕は、逮捕に伴う無令状捜索・差押えについて、基本的・応用的論点の検討を通じて、捜索・差押えに対する令状主義の規律とその例外についての正確な理解と具体的事実への適用能力を試すものである。すなわち、検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により捜索・差押えをすることができる (刑事訴訟法第218条第1項) ところ、 令状主義の例外として、 被疑者を 「逮捕する場合」
において必要があるときは、「逮捕の現場で」無令状で捜索・差押えをすることができる(同法第220条第1項柱書・同項第2号、第3項)とされている。この逮捕に伴う無令状捜索・差押えが認められる実質的根拠については、逮捕現場や被逮捕者の所持品・身体には、被疑事実に関連する証拠が存在する蓋然性が一般的・類型的に高いことそれ自体に着目し、実質的には「正当な理由」(憲法第35条)が存在するに等しく、裁判官による事前の司法審査を介在させるまでの必要性がないとする見解(相当説・合理性説)や、逮捕現場や被逮捕者の所持品
・身体には、被疑事実に関連する証拠が存在する蓋然性が一般的・類型的に高いと認められることを前提としつつ、それに加えて、そのような証拠が、逮捕の際に被逮捕者等によって隠滅や破壊されることを防止し、これを保全する緊急の必要性があるためとする見解(緊急処分説)
などが主張されているところ、どのような立場を採るかによって、逮捕に伴う無令状捜索・差押えが認められ得る時間的・場所的範囲が異なってくると思われる。そのため、本設問では、逮捕に伴う無令状捜索・差押えが認められる趣旨や実質的根拠について、自説を明らかにし、時間的・場所的範囲(限界)の解釈を示すことが求められる。
下線部①において、司法警察員Pは、甲の潜伏先であったX方内のリビングで甲を逮捕した後に、同方内の和室の捜索を実施しているため、その捜索の適法性を判断するに当たっては、捜索場所が被逮捕者の甲の自宅ではなく、第三者であるX方内であることなど、本設問の事情-2 3-を踏まえた検討をすることが求められる。具体的には、無令状捜索の場所的範囲に関しては、例えば、相当説・合理性説の立場からすると、逮捕地点を起点として同一の管理権が及ぶ範囲内の場所と説明することなどが考えられるが、そうした考え方に立った場合、甲の逮捕場所たるリビングと捜索実施場所たる和室の管理権が同一か否かについての検討が必要であろうし、緊急処分説の立場からすると、逮捕の際に被逮捕者が証拠を隠滅することが可能な範囲内の場所、すなわち、甲の直接支配下にある場所と説明することなどが考えられるが、そうした考え方に立った場合、甲を逮捕したリビングと捜索場所たる和室が別室であることや、捜索時に甲が和室には現在しないことなどの検討が必要になろう。また、本設問において無令状捜索をした場所は、前記のとおり、第三者であるX方内であるところ、逮捕に伴う無令状捜索においても、刑事訴訟法第222条第1項により、同法第102条が準用されるため、第三者に属する場所や物が捜索の対象である場合には、「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」 (同条
第2項)が必要であることについても、検討する必要があろう。いずれにせよ、本設問では、逮捕と捜索の時間的間隔に関する事情、逮捕の地点と捜索の場所に関する事情、捜索の必要性に関する事情など、様々な事情が存在するので、これらの事情を適切に抽出して評価し、自己の見解に当てはめ、その適法性を論じる必要がある。
下線部②において、司法警察員Pは、X方内のリビングで甲を逮捕した後、リビングの捜索を開始したが、その捜索の際、現場に居合わせた甲の交際相手であるYの上着のポケット内に手を入れて、同ポケット内の物を取り出しているため、その適法性の判断に当たっては、下線部②の行為の対象、すなわち無令状捜索の対象が、たまたま居合わせた第三者の身体であった点に着目した論述をすることが求められる。この点については、相当説・合理性説はもとより、緊急処分説であっても、逮捕に伴う無令状捜索・差押えが認められる実質的根拠を、逮捕現場や被逮捕者の所持品・身体には、被疑事実に関連する証拠が存在する蓋然性が一般的・類型的に高いことに求めている(あるいはそれを前提としている)ところ、逮捕の現場に居合わせた被逮捕者以外の第三者が、逮捕事実に関連する証拠を所持している可能性は一般的・類型的に高いとは言えないため、逮捕の現場に居合わせた第三者の身体は無令状捜索の対象にはならないとする考え方 (消極説)があり得よう。他方で、 刑事訴訟法第220条第1項第2号は、「逮捕の現場」で「逮捕する場合」においてする捜索を許容しつつ、その対象については文言上明示的に限定していないこと、同法第222条第1項は逮捕に伴う無令状捜索の場合にも同法第102条第1項に加え第2項についても (被疑者以外の者の「身体」 を特に除外することなく)
準用することを認めていることなどから、逮捕の現場に居合わせた第三者の身体の捜索も許され得るとする考え方(積極説)もあり得よう。ここでは、この点についての自身の立場を明らかにした上で、①消極説に立つのであれば、さらに、場所に対する無令状捜索に付随する措置
(必要な処分)の一環として、捜索場所に居合わせた第三者が捜索の実施中あるいはその開始直前に、隠匿・破壊しようとした捜索・差押えの目的物を取り戻すために、同人の身体に有形力を加えてその妨害を排除する、あるいは原状を回復する措置を講じることができないかを検討することが求められよう。また、②積極説に立つのであれば、同法第102条第2項が規定する「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」があるかどうかを検討することになろう。
いずれの見解に立つにせよ、逮捕に伴う捜索・差押えが認められる趣旨や実質的根拠を踏まえた上で、それと矛盾のない論理一貫した論述が求められる。そして、司法警察員Pの行為が適法になり得るという見解に立った場合には、本設問における様々な事情を抽出して評価し、Yが証拠物を身体に隠匿している高度の蓋然性が認められるか否かにつき、各見解が提示する枠組みの中に的確に位置付けた上で検討すべきことになろう。
下線部③の捜索は、乙の逮捕に伴う無令状捜索であるが、逮捕の地点から約1キロメートル離れたJ交番において実施されている点が、 「逮捕の現場」(刑事訴訟法第220条第1項第2号)との要件との関係で特に問題となる。この点に関しては、J交番自体は「逮捕の現場」
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には当たらないことを確認した上で、最高裁判例(最決平成8年1月29日刑集50巻1号1頁)の内容を念頭に置きつつ、同判例において示されている説明を法解釈に落とし込む形で自説を展開する必要があろう。同判例は、「逮捕の現場」で直ちに被逮捕者の身体を捜索し差押手続を実施することが適当でなかった場合に、できる限り速やかに被逮捕者を身体の捜索・差押えを実施するのに適当な最寄りの場所まで連行した上で行われた差押手続につき、 「刑訴法220条1項2号にいう『逮捕の現場』における差押えと同視することができる」としたものであるが、なぜそうした捜索・差押えと「同視することができる」のかや、 「同視することができる」ということの法解釈上の位置付けまでは説示しておらず、この点については各自が法解釈を展開することが求められる。また、設問の事例では、司法警察員Pは、乙を警察車両に乗せて最寄りの警察施設まで移動してから乙の身体着衣を捜索することにし、逮捕の地点から約50メートル離れた駐車場まで乙を連行し、その後、J交番で乙の身体着衣の捜索を実施しているところ、乙が同駐車場に着いたときには落ち着きを取り戻しており、同駐車場で乙の身体着衣の捜索を実施できたことがうかがえる事情が存在する。そのため、本設問における司法警察員Pの行為の適法性を判断するためには、同判例との事案の違いも意識しつつ、J交番が「身体の捜索・差押えを実施するのに適当な最寄りの場所」と評価できるかどうかに関し、様々な事情を抽出、評価して説得的な論述をすることが求められる。
〔設問2〕は、甲の弁護人が、丙証言の証明力を争うために、証拠1(司法警察員作成に係る乙の供述録取書)及び証拠2(司法警察員作成に係る丙の供述録取書)の取調べを請求したことに対し、検察官が、それぞれ理由を付して「取調べに異議あり。」とする証拠意見を述べているところ、それらの理由の当否を問うものである。
〔設問2-1〕 は、 刑事訴訟法第328条で許容される証拠の範囲を問うものである。 すなわち、証拠1は、乙の供述録取書であり、証明力を争う対象となる証言をした丙とは別人の供述を内容とする書面であることから、同条により許容される証拠は自己矛盾供述を内容とするものに限られるか否かを論述することが求められる。
この点については、「刑訴法328条は、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述が、別の機会にしたその者の供述と矛盾する場合に、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより、公判準備又は公判期日におけるその者の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨のものであり、別の機会に矛盾する供述をしたという事実の立証については、刑訴法が定める厳格な証明を要する趣旨であると解するのが相当である。そうすると、刑訴法328条により許容される証拠は、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る。)、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られるというべきである。」
と判示した判例(最判平成18年11月7日刑集60巻9号561頁)に留意しつつ論述することが求められる。同判例と同様の立場に立つのであれば、同条によって許容される証拠が自己矛盾供述を内容とする証拠に限定される理由につき、伝聞法則との関係を踏まえて説明する必要があろう。
そして、この事案においては、証拠1は乙の供述録取書であって丙の自己矛盾供述を内容とする証拠ではないため、同条によって許容される証拠には該当せず、「証明力を争うための証拠として刑事訴訟法上許容される証拠には当たらない。」とする検察官の証拠意見には理由があるということになる。一方、同判決の立場に依拠しない場合には、その結論がどのような道筋で導き出されるのかについて相応の説得力をもって説明することが求められよう。
〔設問2-2〕 は、 公判前整理手続後の証拠調べ請求の制限 (刑事訴訟法第316条の32)
について、具体的場面における適用の有無を検討させることを通じて、同条を含めた公判前整理手続の意義及び趣旨の理解や問題解決を導く思考力を試すものである。
公判前整理手続では、検察官と被告人・弁護人の双方が、争点及び証拠を整理して審理計画-2 5-を策定するために、証明予定事実やその他の主張を明示するとともに、それを証明するための証拠の取調べを請求することが義務付けられている。そうであるのに、公判で新たな主張や証拠調べの請求が無制限にできるということになれば、審理計画が崩れてしまい、公判前整理手続において争点と証拠を整理した意味が失われてしまう。そこで、同条第1項は、公判前整理手続等に付された事件について、「やむを得ない事由」によって公判前整理手続等において請求することができなかったものを除き、同手続終了後には証拠調べを請求することができないと定めており、本設問では、こうした同条の趣旨を十分踏まえた上で、 「やむを得ない事由」
が存在するか否かを論述することが求められる。
本設問では、公判前整理手続を経た公判における丙の証人尋問後に、刑事訴訟法第328条に基づき、証拠2の取調べ請求がなされているところ、検察官は、公判前整理手続において、立証趣旨を「本件犯行状況、共謀状況等」として証拠3(検察官作成に係る丙の供述録取書)
の取調べを請求し、同供述録取書が不同意となるや、同じ立証趣旨で丙の証人尋問を請求している。そうした経過に照らせば、公判前整理手続段階において、丙が公判廷において証拠3と同内容の証言をすることが想定されていたといえる。このような場合に「やむを得ない事由」
が認められるか否かについては、同条による弾劾証拠は条文上「公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うため」のものとされているから、証人尋問が終了しておらず、弾劾の対象となる公判供述が存在しない段階においては、同条の要件該当性を判断することはできないのであって、証人尋問終了以前の取調べ請求を当事者に要求することは相当でないため、同条による弾劾証拠の取調べ請求については、 「やむを得ない事由」があるものと解すべきとする考え方(下級審の裁判例として、名古屋高等裁判所金沢支部平成20年6月5日判決・判タ1275号342頁などがある)や、予想された内容の証言がなされた場合に同条の弾劾証拠としての取調べ請求を認めれば、公判前整理手続の趣旨を没却することになりかねず、同手続における主張及び証拠の整理の実効性を担保するため、 「やむを得ない事由」の有無に関しては、できるだけ厳格に考えるべきだとする考え方などがある。いかなる見解に立ったとしても、公判前整理手続の趣旨を十分に踏まえた上で、検察官が付した理由の当否について、結論を導くことが求められる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 逮捕に伴う無令状捜索・差押えの趣旨と範囲
(1) 捜索・差押えは、裁判官の発する令状によらなければならないのが原則である(憲法35条、刑訴法218条1項)。その例外として、刑訴法220条1項2号・3項は、被疑者を「逮捕する場合」において必要があるときは、「逮捕の現場」で令状なくして捜索・差押えをすることを認めている。
(2) その実質的根拠について、私は、逮捕の現場及び被逮捕者の身体・所持品には、被疑事実に関連する証拠が存在する蓋然性が一般的・類型的に高く、実質的には憲法35条の「正当な理由」が存在するに等しいため、裁判官による事前の司法審査を介在させるまでの必要がないという点に求める(相当説)。もっとも、無令状であることに鑑み、同項柱書の「必要があるとき」の要件は、当該捜索を令状なくして直ちに行う必要性があるか否かという観点から、実質的に判断すべきである。
(3) この立場からは、「逮捕する場合」とは、逮捕と時間的に接着した同一の機会をいい、「逮捕の現場」とは、逮捕した地点を起点として、同一の管理権が及ぶ範囲内の場所をいうと解する。同一管理権の及ぶ範囲内であれば、証拠存在の蓋然性が類型的に高いと認められるからである。また、刑訴法222条1項は逮捕に伴う捜索にも同法102条を準用しているから、被疑者以外の第三者の住居その他の場所又は身体・物を捜索するには、「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」(同条2項)が必要である。
2 下線部①の適法性
(1) 前提として、Xが承諾したのは「甲を逮捕するために、あなたの自宅に入らせてほしい」という逮捕目的の立入りであって、X方の捜索についての承諾ではない。したがって、和室の捜索は、Xの承諾によってではなく、刑訴法220条1項2号の要件を満たす場合に限り適法となる。
(2) 「逮捕する場合」
Pは、同日午後6時5分頃、X方リビングで甲を通常逮捕し、その約5分後の午後6時10分頃に和室の捜索を開始している。逮捕後、引き続き同一の機会に行われたものであるから、「逮捕する場合」に当たる。
(3) 「逮捕の現場」
甲を逮捕した地点はX方リビングであり、捜索場所は同方内の和室である。X方は、Xが賃借し居住する住居であり、8畳のリビングとこれに隣接する6畳洋室・6畳和室の全体にXの管理権が及んでいる。甲は5日前から無償で和室に寝泊まりしているが、これはXの許諾に基づく居候にすぎず、Xの管理権を排除するものではない。リビングと和室とは扉で仕切られているにすぎず、同一の住居内の一室であるから、両者は同一の管理権が及ぶ範囲内にある。よって、和室は「逮捕の現場」に当たる。
(4) 第三者の住居における捜索(刑訴法222条1項・102条2項)
X方は被疑者甲ではなく第三者Xの住居であるから、和室内に押収すべき物の存在を認めるに足りる状況が必要である。この点、Xの説明によれば、甲は5日前にスーツケースを持ってやって来て、その日から和室に寝泊まりし、基本的に和室のみを使用しており、現に和室には家具や寝具のほか甲のものと認められるスーツケースが存在した。すなわち、和室は甲が潜伏生活の拠点として専ら使用していた場所であり、甲の身の回りの品はそこに集中していると考えられる。また、甲は路上で声を掛けられるや、X方に走って戻っており、逮捕直前に証拠を和室に隠匿した可能性も否定できない。さらに、Pは甲が路上で携帯電話を手に持っていることを確認していたにもかかわらず、逮捕後の身体着衣の捜索では発見されず、甲は在りかを尋ねられても答えなかったのであるから、同電話が同方内、とりわけ甲の使用する和室に置かれている蓋然性は高い。したがって、和室に押収すべき物の存在を認めるに足りる状況があった。
(5) 必要性
本件住居侵入・窃盗事件は、複数人が共謀して行った犯行であるところ、防犯カメラ映像には犯行直前に甲が携帯電話で何者かと通話する様子が記録されており、同電話は共謀の存在及び共犯者の特定を立証する上で重要な証拠である。Pらは甲の所在を特定できず、現住居に対する捜索差押許可状を取得できずにいたのであるから、X方について事前に令状を得る機会はなかった。しかも、甲は手錠を掛けられることなくリビングにおり、扉1枚で隔てられた和室に容易に近づき得る状態にあったうえ、甲の交際相手Yも同席し、Xも在宅していたのであるから、甲が黙秘し、乙・丙が未逮捕であった状況の下で、令状を取得するまでの間に証拠が隠滅・持ち去られるおそれが具体的に存在した。よって、直ちに捜索を行う必要があった。
(6) 捜索の態様及び差押え
Pは、甲とYをリビングに残し、Qに両名の動静を監視させた上で、扉を開けたまま和室を捜索しており、捜索の態様は穏当である。差し押さえた紙片は、被害者Vを含む合計30名の氏名、住所及び所有財産が記載された一覧表であり、令和6年12月以降連続していた複数人による民家侵入窃盗の侵入先の選定に用いられた資料として、本件被疑事実との関連性(刑訴法222条1項・99条1項)を有する。
(7) 以上より、下線部①の捜索・差押えは適法である。
3 下線部②の適法性
(1) 問題の所在
Pが午後6時15分頃から捜索を開始したリビングは、甲の逮捕地点そのものであり、甲も食事や雑談の際に使用を許されていた場所であるから、「逮捕の現場」に当たり、上記(5)と同様の必要性も認められる。問題は、Pがその捜索中に、逮捕の現場に居合わせた第三者Yの上着のポケット内に手を入れて携帯電話を取り出した点であり、第三者の身体が逮捕に伴う無令状捜索の対象となるかが問題となる。
(2) 第三者の身体の捜索の可否
逮捕に伴う捜索の根拠が証拠存在の類型的蓋然性にあることからすると、たまたま逮捕現場に居合わせた第三者が被疑事実に関連する証拠を所持している蓋然性は一般的・類型的に高いとはいえないから、第三者の身体は当然には捜索の対象とならないとの考え方もあり得る。しかし、刑訴法220条1項2号は「逮捕の現場」における捜索を許容しつつ、その対象を文言上限定していない。また、同法222条1項は、同法102条2項を被疑者以外の者の「身体」を除外することなく準用している。同項は、第三者については個別具体的に「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」を要求することで、類型的な蓋然性の低さを補う構造となっているのであるから、この要件を満たす限り、逮捕現場に居合わせた第三者の身体の捜索も許されると解する。そして、第三者の身体の捜索は当該第三者のプライバシーに対する重大な侵害であることに鑑み、当該第三者が証拠を身体に隠匿していることについて高度の蓋然性があり、かつ、令状を待っていては証拠の隠滅・散逸を防げない場合に、必要最小限度の態様で行われることを要する。
(3) あてはめ
ア Yが携帯電話を身体に隠匿している蓋然性についてみると、Pは、甲が路上に出てきた際に携帯電話を手に持っていたことを現認している。その後甲はX方に逃げ戻ってYと共にリビングにいたところ、逮捕後の甲の身体着衣の捜索及び和室の捜索でも携帯電話は発見されず、甲は在りかについて黙していた。Yは甲の交際相手であり、甲のすぐ近くにいたのであるから、甲が逮捕を察知して逃げ戻った後、携帯電話をYに託した可能性は高い。そして、Pから在りかを尋ねられたYは、甲を一べつしてからうつむき、何も答えないまま自身の上着のポケット内に手を入れて中を探るような動きをしており、この態度は、甲の意向を気にしつつ、ポケット内の携帯電話をどうするか逡巡していることを強くうかがわせる。これらの事情を総合すれば、Yの上着ポケット内に甲の携帯電話が存在することを認めるに足りる状況があり、その蓋然性は高度であった。
イ 必要性・緊急性についてみると、携帯電話は操作により短時間でデータを消去できるものであり、Yがポケット内で手を動かしていた以上、放置すれば通話履歴等の証拠が直ちに失われる危険があった。Yの身体に対する令状を取得する時間的余裕はなかった。
ウ 態様についてみると、Pは、Yの上着のポケット内に手を入れて携帯電話を取り出したにとどまり、Yの着衣を脱がせたり、身体全体を捜索したりしたものではなく、必要最小限度の態様である。差押えについても、Y自身が甲の携帯電話であると説明しており、被疑事実との関連性は明らかである。
(4) よって、下線部②の捜索・差押えは適法である。
4 下線部③の適法性
(1) 問題の所在
Pは、午後9時頃に路上で乙を逮捕したが、その身体着衣の捜索は、逮捕地点から約1キロメートル離れたJ交番において午後9時20分頃に実施している。J交番は、逮捕地点と同一の管理権が及ぶ場所ではなく、それ自体は「逮捕の現場」に当たらない。そこで、このような捜索が刑訴法220条1項2号により許容されるかが問題となる。
(2) 判断枠組み
最決平8.1.29は、逮捕した被疑者の身体又は所持品の捜索・差押えについて、逮捕現場付近の状況に照らし、被疑者の名誉等を害し、被疑者らの抵抗による混乱を生じ、又は現場付近の交通を妨げるおそれといった事情のため、その場で直ちに実施することが適当でないときには、速やかに被疑者を捜索・差押えの実施に適する最寄りの場所まで連行した上、これらの処分を実施することも、「逮捕の現場」における捜索・差押えと同視することができるとしている。
これを前記の相当説の立場から説明すると、被逮捕者の身体・所持品は、それ自体に被疑事実に関連する証拠が存在する蓋然性が類型的に高い対象であり、その蓋然性は、被逮捕者の身体が逮捕地点から移動しても変化しない。他方、公衆の面前で身体の捜索を行うことは被逮捕者の名誉・プライバシーを害し、抵抗による混乱は被逮捕者及び捜査官の安全を害するから、適当な場所へ移動した上で実施することは被処分者の利益にも資する。したがって、被逮捕者の身体・所持品の捜索について、「逮捕の現場」とは、逮捕地点のみならず、逮捕地点で直ちに実施することが適当でない場合に、できる限り速やかに連行した、実施に適する最寄りの場所を含むと解すべきである。もっとも、これは令状主義の例外の範囲を解釈により拡張するものであるから、①逮捕地点で直ちに実施することが適当でない事情があること、②連行先が捜索の実施に適する「最寄り」の場所であること、③連行及び実施が「速やか」に行われたことを厳格に要求すべきである。
(3) あてはめ
ア まず、捜索の必要性についてみると、防犯カメラ映像には乙も犯行直前に携帯電話で何者かと通話する様子が記録されており、乙の携帯電話は甲らとの共謀を立証する重要な証拠である。Pらは乙の現住居を特定するために尾行していたところ、尾行を察知されたため急きょ逮捕に及んだもので、捜索差押許可状は取得できておらず、着衣内の携帯電話は乙が操作・投棄することが容易であるから、令状なくして直ちに捜索する必要性は高い。
イ 逮捕地点における実施の適否についてみると、逮捕地点の路上は人通りの多い繁華街に位置し、周囲に複数の飲食店があった。乙は暴れて抵抗し「俺は何もしていない。違法逮捕だ」と叫び、合計5名の通行人がPらを取り囲み、うち1名が携帯電話で動向を録画し始めていた。このような状況で乙の身体着衣を捜索すれば、乙の名誉を害し、乙の抵抗による混乱が拡大し、録画映像が拡散するおそれもあったのであるから、その場で直ちに実施することが適当でなかったといえる。したがって、乙を他の場所へ連行すること自体は許される。
ウ 次に、J交番が「最寄りの適当な場所」といえるかを検討する。Pらは、逮捕地点から約50メートル離れた駐車場に乙を連行し、午後9時10分頃に同所に到着している。同駐車場には誰もおらず、通行人らは付いて来ず、乙は到着時には落ち着きを取り戻し、その後も素直に警察車両に乗り込み、車内では無言のままうつむいて抵抗する素振りを見せなかった。すなわち、逮捕地点で直ちに実施することを不適当とした事情、すなわち名誉侵害のおそれ、抵抗による混乱のおそれ及び衆人環視の状況は、同駐車場においてはいずれも解消していたのであって、同駐車場は身体の捜索を実施するのに適する場所であった。しかも、上記のとおり乙の着衣内の携帯電話は乙が取り出して操作し、あるいは投棄することが容易な証拠であり、現にJ交番までの約9分間の車内でも乙の着衣内にあり続けたのであるから、できる限り速やかに捜索を実施すべき要請が強かった。
これに対し、Pは警察施設での実施に固執し、約1キロメートル離れたJ交番まで更に移動している。確かに、駐車場は屋外であり第三者が立ち入る可能性もあったこと、乙は一度暴れており再び抵抗するおそれが皆無とはいえないこと、移動に要した時間は約9分にすぎず、乙が自ら乗車したことから乙に与えた不利益は大きくないことを考慮すれば、J交番での実施にも一定の合理性があるとの評価もあり得る。しかし、警察施設であることは、それ自体として捜索の実施に不可欠な要素ではなく、乙は既に落ち着きを取り戻しており、警察官3名で対応可能であった。「逮捕の現場」の拡張を認める根拠は、逮捕地点で直ちに実施することが適当でないというやむを得ない事情にあり、その事情が解消した地点を越えて、捜査機関の都合で更に遠方に移動した上で実施された捜索は、もはや逮捕の現場における捜索と同視することはできない。最決平8.1.29の事案は、逮捕場所であるホテル客室前の廊下から最寄りの警察署に直行したものであって、途中に実施に適する場所が存在した本件とは事案を異にする。
エ したがって、J交番は捜索の実施に適する「最寄りの」場所とはいえず、同交番における捜索は「逮捕の現場」における捜索と同視することができない。
(4) よって、下線部③の捜索及びこれに基づく差押えは、刑訴法220条1項2号の要件を満たさず、令状なくしてなされた点で違法である。
第2 設問2
1 理由1の当否(証拠1について)
(1) 刑訴法328条の趣旨と許容される証拠の範囲
伝聞証拠は、知覚・記憶・表現・叙述の各過程に誤りが入り込みやすいにもかかわらず反対尋問等によってその信用性を吟味できないため、原則として証拠能力が否定される(刑訴法320条1項)。同法328条は、「公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うため」の証拠については、同法321条から324条までの規定にかかわらず証拠とすることができる旨定める。
同条の趣旨は、公判準備又は公判期日における供述が、別の機会にしたその者の供述と矛盾する場合に、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより、公判供述の信用性の減殺を図ることを許容する点にある。すなわち、自己矛盾供述は、その内容が真実であることを前提とせず、矛盾する供述が存在したという事実自体から公判供述の信用性に疑いを生じさせるものであり、その限りで内容の真実性が問題とならず、伝聞法則に抵触しない。これに対し、公判供述をした者以外の第三者の供述を用いて公判供述の証明力を争う場合には、当該第三者の供述内容が真実であることを前提として初めて公判供述の信用性が減殺されるのであるから、その供述は内容の真実性が問題となる伝聞証拠であり、同法321条以下の要件を満たさない限り証拠とすることはできない。これを同法328条によって許容すれば、伝聞法則が潜脱される。また、別の機会に矛盾供述をしたという事実の立証は厳格な証明によるべきであるから、同条により許容される証拠は、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る)、同人の供述を聞いたとする者の公判供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られる(最判平18.11.7)。
(2) あてはめ
証拠1は、乙の供述を司法警察員Pが録取した供述録取書であり、「自分と丙の2人でV方に侵入して盗みをした。犯行を計画したのは丙であり、甲は事件には関係ない。」という内容である。これは、丙証言と矛盾する内容ではあるが、丙自身の供述ではなく、丙と別人である乙の供述を内容とするものである。弁護人Tがこれにより丙証言の証明力を争おうとするのは、乙の供述内容、すなわち甲が関与していないという事実が真実であることを前提として、これと矛盾する丙証言の信用性を減殺しようとするものにほかならず、乙の供述の内容の真実性が問題となる。したがって、証拠1は伝聞証拠であり、同法328条によって許容される自己矛盾供述には当たらない。乙は被告人甲とは別人であるから、証拠1の証拠能力は同法321条1項3号の要件によって判断されるべきところ、弁護人はその要件の立証をしておらず、検察官も同意していない。
(3) よって、証拠1は証明力を争うための証拠として刑訴法上許容される証拠に当たらないとする理由1は正当である。
2 理由2の当否(証拠2について)
(1) 証拠2の刑訴法328条該当性
証拠2は、丙自身が捜査段階で「自分と乙の2人でV方に侵入して盗みをした。甲は事件には関係ない。」と供述したことを録取した司法警察員Q作成の供述録取書であり、丙の署名押印がある。これは、甲が犯行を計画し3人で侵入したとする丙証言と明らかに矛盾する丙自身の供述であり、刑訴法が定める要件(署名押印、同法321条1項柱書)を満たす供述録取書であるから、同法328条により許容される自己矛盾供述に当たる。そこで、同条に基づく証拠調べ請求が、公判前整理手続終了後になされた点で、同法316条の32第1項により制限されるかが問題となる。
(2) 刑訴法316条の32の趣旨と「やむを得ない事由」
公判前整理手続は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため、当事者双方に主張の明示と証拠調べ請求を義務付け、争点及び証拠を整理して審理計画を策定する手続である。公判において新たな証拠調べ請求が無制限に許されるとすれば、整理の結果が覆され審理計画が崩れるため、同法316条の32第1項は、「やむを得ない事由」によって公判前整理手続において請求することができなかったものを除き、同手続終了後の証拠調べ請求を制限している。「やむを得ない事由」の有無は、当該証拠が公判前整理手続の段階で既に存在し提出可能であったか、提出しなかったことに相当な理由があるかを、同手続の趣旨及び被告人の防御権(憲法37条)との調整の観点から判断すべきである。
(3) 刑訴法328条の弾劾証拠と「やむを得ない事由」
同法328条の証拠は、「公判準備又は公判期日における…供述の証明力を争うため」のものである。弾劾の対象となる公判供述は、証人尋問が実施されて初めて存在するのであり、証人が捜査段階の供述と矛盾する供述をするのか、自己矛盾供述の存在を認めるのかは、尋問が終了するまで確定しない。現に本件でも、丙は反対尋問で証拠2の内容を問われて「そのような供述をした記憶はない。覚えていない」と証言しており、丙が自己矛盾供述の存在を認めていれば証拠2を取り調べる必要はなかった。したがって、証人尋問終了前の段階で同条による弾劾証拠の取調べ請求を当事者に要求することは相当でなく、証人尋問終了後に自己矛盾供述の存在が争われ、これを立証する必要が生じた場合には、原則として「やむを得ない事由」があると解すべきである。
確かに、本件では、検察官Sは公判前整理手続において証拠3の取調べを請求し、これが不同意となるや、同一の立証趣旨「本件犯行状況、共謀状況等」で丙の証人尋問を請求しており、丙が公判で証拠3と同内容の証言をすることは想定されていた。また、証拠2は検察官から開示されており、弁護人Tは整理手続の段階で証拠2の内容を知り、これを弾劾に用いる可能性を予見できたのであるから、予想された証言がなされた場合にまで事後の請求を認めることは整理手続の実効性を損なうとの考え方もあり得る。しかし、弁護人は、整理手続において「甲は事件には一切関与しておらず」との予定主張を明示し、共謀を否認して丙の供述の信用性を争う方針を明らかにしていたのであるから、整理手続の争点整理機能は害されていない。また、証拠2は検察官自身が開示した証拠であり、その取調べ請求が検察官にとって不意打ちとなることはなく、供述録取書1通の取調べは短時間で済むから審理計画への影響も軽微である。さらに、弁護人Tは、反対尋問において証拠2の内容やその作成過程について繰り返し質問し、丙がこれを否定ないし記憶がないとしたため、初めて証拠2を取り調べる必要が現実化したのであって、弁護人の対応は弾劾の手順として合理的である。これに対し、整理手続の段階で弾劾証拠の請求を強いることは、証人の証言内容を予断し、弁護側の反対尋問の戦略を事前に開示させることになり、被告人の防御権を不当に制約する。
(4) よって、証拠2の取調べ請求については「やむを得ない事由」が認められ、刑訴法316条の32第1項による制限を受けない。公判前整理手続において証拠調べ請求がされていないことのみを理由に公判期日における請求ができないとする理由2は、失当である。なお、仮に「やむを得ない事由」が否定されるとしても、裁判所は同条2項により職権で証拠2を取り調べることができ、丙証言の信用性が本件の核心的争点であることに照らせば、職権による取調べが相当である。
以上