司法試験 令和5年 刑事訴訟法
問題文
(配点:100)
次の【事例】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事 例】1 Vは、令和4年10月25日午前2時頃、H県I市内のV方2階寝室で就寝中、物音に気付いたため、1階リビングルームに行き、照明をつけた。すると、黒のニット帽、黒のマスク、黒のジャンパー、黒の手袋、緑の作業ズボン、黒のスニーカー姿の身長165センチメートルくらいで、小太りの男性(以下「犯人」という。)がタンスを物色していた。犯人がVにつかみかかってきたため、Vが無我夢中で腕を振ったところ、その拳が犯人の鼻の辺りに強く当たった。これに対し、犯人は、その場にあったゴルフクラブを手に取り、Vの左側頭部を1回殴打して、逃走した。Vは、犯人から殴打された左側頭部から出血して、その場に倒れて失神した。その後、覚醒したVは、同日午前2時12分頃、110番通報し、強盗の被害に遭って犯人にゴルフクラブで頭を殴られたこと、犯人はゴルフクラブを持って逃走したと思われること、犯人の着衣や背格好などを伝えた。
H県警察I警察署の司法警察員Pは、同日午前2時18分頃、現場であるV方に臨場し、玄関から1階リビングルームにつながる廊下に足跡があるのを発見した。このとき、Pは、Vがすぐに病院に救急搬送されたため、Vから詳細な被害状況を聞くことができなかった。Pらは、住居侵入・強盗殺人未遂事件(以下「本件事件」という。)として、捜査を開始したが、同現場からは、足跡以外に、犯人の特定につながる証拠を発見することができなかった。
2 その後、Pは、V方付近にあるコンビニエンスストアに設置された防犯カメラの映像に、同日午前2時7分頃、Vが110番通報した際に告げた犯人の着衣や背格好などに酷似した男性が、長い棒状の物を手に持ち北西方向に走っている様子が記録されているのを発見した。また、Pは、同コンビニエンスストアから北西に約1キロメートル離れた場所にあるガソリンスタンドに設置された防犯カメラの映像に、同日午前2時22分頃、マスクは着けておらず、長い棒状の物も持っていなかったものの、前記コンビニエンスストアの防犯カメラの映像に記録されていた男性と酷似した男性が、同ガソリンスタンドの向かいにあるアパートの建物の中に入っていく様子が記録されているのを発見した。Pは、この男性(以下「甲」という。)が本件事件の犯人である可能性が高いと考え、甲の動向を確認するため、同日午前4時頃から同アパート周辺の公道上での張り込みを開始した。
すると、同日午前6時頃、甲が同アパートの建物から出てきて、同アパートの敷地内にあるごみ置場にごみ袋1袋を投棄した。そこで、Pは、同ごみ袋の外観の特徴を公道上から目視して確認した上で、同アパートの敷地と隣接する大家方に赴いた。このとき、Pは、同アパートの所有者である大家から、同アパートでは、居住者に対して、ごみを同ごみ置場に捨てるように指示しており、大家が同ごみ置場のごみの分別を確認し、公道上にある地域のごみ集積所に、ごみ回収日の午前8時頃に搬出することにつき、あらかじめ居住者から了解を得ていることを聞いた。Pは、この日が同ごみ集積所のごみ回収日であったことから、大家と一緒にアパートの敷地内の同ごみ置場に向かい、そこに投棄されていた複数のごみ袋の中から、先ほど特徴を確認しておいたごみ袋1袋だけを選び、大家から任意提出を受けて領置した【捜査①】。
Pは、同ごみ袋をI警察署に持ち帰り、同ごみ袋を開けて内容を確認したところ、黒のスニーカー1足が入っているのを発見した。捜査の結果、同スニーカーの靴底の紋様が、V方廊下に付着していた足跡と矛盾しないものであることが判明した。しかし、同スニーカーは大手ディスカウントショップで大量に販売されていたものであった上、同スニーカーから、犯人の特定につながる証拠を得ることもできなかった。そのため、Pは、この段階では甲の逮捕状を請求することは難しいと考えた。
3 一方で、I警察署の司法警察員らは、犯人の逃走経路と考えられる場所の捜索をしていたところ、同月26日、植え込みの中からゴルフクラブと黒のマスクを発見した。同ゴルフクラブには血液が付着しており、DNA型鑑定により、その血液のDNA型とVのDNA型が一致することが判明した。また、同マスクの内側及び外側にも血液が付着しており、DNA型鑑定により、外側に付着した血液のDNA型とVのDNA型が一致することが判明した。一方、内側に付着した血液については、同マスクが本件事件の凶器であると考えられる同ゴルフクラブと同じ場所に投棄されていたこと、犯人が犯行当日に黒のマスクを着けており、Vの拳が犯人の鼻付近に強く当たったことなどから、犯人の血液である可能性が極めて高いと認められた。もっとも、DNA型鑑定により、そのDNA型は判明したものの、同DNA型は、警察が把握していたDNA型のデータベースには登録されていなかった。
I警察署の司法警察員らは、甲と犯人との同一性を判断するために、甲のDNA型を特定するための証拠を入手したいと考えた。しかし、行動確認の結果、甲方に複数人が出入りしていることが判明していたことから、ごみの中から甲のDNA型を特定するための証拠を入手することが難しい状況であった。そうしたところ、Pは、ボランティアがI市内の公園で開催し、多数の人に食事の提供をしている炊き出しで、甲が食事の提供を受けていることを把握した。
Pは、公園内のごみ箱に甲が投棄した炊き出し用の使い捨て容器を回収することを考えたが、炊き出しの参加者が多く、甲が使用した容器だけを選別することは困難であると思われた。そこで、Pは、同月30日、ボランティアの一員として炊き出しに参加し、容器の裏側にマークを付けて、同容器に豚汁を入れて甲に手渡した。すると、甲は、数人と連れ立って公園を出て公道上に座り込み、当該容器の豚汁を食べ終えると、空の容器を公道上に投棄して、その場を去った。Pは、ボランティアが炊き出しを終えて公園から去った後、公道上に投棄されていた複数の容器の中から前記マークの付いた容器を回収して、これを領置した【捜査②】。
その後、DNA型鑑定により、同容器に付着した唾液から判明した甲のDNA型が、犯人のものである可能性が極めて高い前記DNA型と一致することが判明した。そこで、Pは、甲の逮捕状及び甲方の捜索差押許可状を取得し、同年11月1日、甲を逮捕するとともに、甲方の捜索を実施し、鍵を開けるための特殊な道具(以下「ピッキング用具」という。)を差し押さえた。甲は、逮捕後、本件事件について自白し、同月2日にH地方検察庁の検察官に送致され、同日中に勾留された。
4 I警察署の司法警察員Qは、同月4日、同署において、Vから被害状況を聴取した。Vは、Qに対し、「犯人が、右手でゴルフクラブのグリップを握り、すごい速さでゴルフクラブを斜め上から振り下ろして、私の左側頭部を殴った。」旨供述し、その旨の警察官面前調書が作成された。
5 Qは、同月5日、I警察署において、甲の取調べを行った。甲は、Qに対し、窃盗目的で、施錠されていたV方玄関ドアの特殊な錠をピッキング用具で解錠して室内に侵入し、タンスを物色するなどしたが、Vに発見されたため、逮捕を免れる目的でVの頭部をゴルフクラブで殴打した旨供述し、その旨の警察官面前調書が作成された。そこで、Qは、甲方から押収されたピッキング用具と同種のもの及び本件犯行時にV方に設置されていた錠と同種の特殊な錠を準備し、同日、同署において、甲に対し、「この道具を使って、この錠を開けられますか。」と尋ねた。甲は、随時説明しながらピッキング用具を使って解錠した。後日、Qは、その解錠の状況につき、【実況見分調書①】を作成した。同調書には、甲が解錠している前記状況を連続して撮影した写真が複数枚添付されており、これらの写真の下に、それぞれ「被疑者は、『このように、ピッキング用具を鍵穴に入れてこうして動かしていくと解錠できます。』と説明した。」との記載があった。また、甲が解錠された後の錠を指さしている場面の写真1枚が添付されており、その下に「被疑者は、『このように解錠できました。』と説明した。」との記載があった。ところが、その後、甲は、取調べにおいて、黙秘に転じた。
6 H地方検察庁の検察官Rは、同月8日、同検察庁において、Vから被害状況を聴取したところ、Qに対して供述した内容と同様の説明をしたため、その旨の検察官面前調書を作成するとともに、同日、同検察庁において、Vを立会人とした実況見分を実施した。その際、Rは、前記ゴルフクラブと同種のものを準備し、検察事務官Sを犯人に見立て、Vに対し、被害状況について説明を求めつつ再現させた上、その再現状況を写真撮影した。後日、Rは、この結果につき、【実況見分調書②】を作成した。同調書には、Sが右手でゴルフクラブのグリップを握り、Vの左側頭部を目掛けて振り下ろしている場面の写真1枚が添付されており、その下に「このようにして、犯人は、右手に持っていたゴルフクラブで私の左側頭部を殴りました。」との記載があった。
7 同月20日、甲は、住居侵入・強盗殺人未遂罪によりH地方裁判所に起訴された。
同被告事件は、裁判所の決定により、公判前整理手続に付された。同手続の中で、公判立会検察官Tは、前記【実況見分調書①】につき、立証趣旨を「甲がV方の施錠された玄関ドアの錠を開けることが可能であったこと」として、証拠調べの請求をした。また、Tは、前記Vの検察官面前調書につき、立証趣旨を「被害状況」とし、前記【実況見分調書②】につき、立証趣旨を「被害再現状況」として、それぞれ証拠調べの請求をした。
これに対し、甲の弁護人は、「犯人性を争う。」と主張し、いずれの証拠についても不同意とした。
その後、Vは、公判前整理手続が終了する前に交通事故により死亡した。
〔設問1〕下線部の【捜査①】及び【捜査②】の領置の適法性について、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕【実況見分調書①】及び【実況見分調書②】の証拠能力について、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。ただし、【捜査①】及び【捜査②】の適否が与える影響については論じなくてよい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、強盗殺人未遂事件を素材として、捜査及び公判に関する具体的事例を示し、各局面で生じる刑事手続上の問題点、その解決に必要な法解釈、法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並びに具体的結論に至る思考過程を論述させることにより、刑事訴訟法に関す る基本的学識、法適用能力及び論理的思考力を試すものである。
〔設問1〕は、いずれも領置の適法性を問うものである。すなわち、【捜査①】は、司法警察員が、強盗殺人未遂事件の犯人の可能性がある甲がその居住するアパートのごみ置場に投棄したごみ袋を回収した行為、【捜査②】は、司法警察員が、上記甲が公道上に投棄した使用済みの容器を回収した行為であり、それぞれの適法性を論じさせることにより、刑事訴訟法第2 21条の定める「領置」の正確な理解と具体的事実への適用能力を試すものである。
同条は、「被疑者その他の者が遺留した物」(遺留物)あるいは「所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物」(任意提出物)を領置することを認めているが、【捜査①】では、本問のごみ袋が任意提出物といえるか、【捜査②】では、本問の容器が遺留物といえるかが問題となり、いえるとして捜査機関は何ら制限なくこれらを領置することができるかが問題となるため、これらの問題に関する各自の基本的な立場を刑事訴訟法の解釈として論じる必要がある。 まず、同条における「領置」が、占有取得の過程に強制の要素が認められないからこそ令状を要しないとされている趣旨に立ち返り、「遺留物」とは、遺失物より広い概念であり、自己の意思によらずに占有を喪失した場合に限られず、自己の意思によって占有を放棄し、離脱させた物も含むと定義する必要がある。その上で、【捜査①】では、甲が自己の意思でごみ袋を投棄しており「遺留物」に該当しそうなところ、投棄場所がアパートのごみ置場であることから、なお当該アパートの大家にその占有が残っているとして、当該ごみ袋が「所有者、所持者若しくは保管者」たる大家からの「任意提出物」に該当するか否か、【捜査②】では、甲が自己の意思で容器を公道に投棄しているとして、当該容器が「遺留物」に該当するか否かを検討する必要がある。そして、いずれの設問についても、「領置」の要件を満たすとして、排出者がごみを排出する場合における「通常、そのまま収集されて他人にその内容を見られることはないという期待」や「DNA型を知られることはないという期待」がプライバシーの利益として法的に保護されるものか否かを検討し、さらに、それらが法的に保護される利益であるとしても、本件事例においてなお要保護性が認められるか否かを論じるべきである。
こうした法解釈の枠組みの下で、本件事例の具体的状況下におけるごみ袋や容器の領置の必要性及び相当性を検討することになろうが、いずれについても事例中に現れた具体的事実を的確に抽出し、分析しながら論じる必要がある。その論じ方については、個々の適法又は違法の結論はともかく、具体的事実を事例中からただ書き写して羅列すればよいというものではなく、それぞれの事実が持つ意味を的確に分析して論じなければならない。例えば、【捜査①】では、本件ごみ袋が約2時間後に回収されるという状況の下で、強盗殺人未遂事件という重大犯罪の犯人特定のために、犯行現場に遺留された足跡や防犯カメラに記録された映像と対照させるといった捜査の必要性に加えて、甲が投棄したごみ袋の特徴を確認した上で、そのごみ袋1袋のみを領置したといったことを踏まえ、相当性を検討するべきである。また、【捜査②】では、甲が強盗殺人未遂事件の犯人である可能性がより高まったという状況の下で、犯人のものである可能性が高いDNA型が判明したことや、甲がアパートのごみ置場に投棄するごみの中から甲のDNAだけを採取することが困難であったという捜査の必要性に加え、捜査機関が領置の過程に関与している点をどのように評価するか、その際、捜査機関が捜査目的を秘してボランティアの一員になり、自ら甲に接触している一方で、甲が自ら投棄した容器を回収しているにとどまり、領置行為自体における捜査機関の関与の程度は高いものとは言えないことなどの事情をどのように評価するかについて、【捜査①】との違い(投棄された場所や保護されるべき プライバシーの利益の内容)を踏まえて、相当性を検討する必要があろう。
〔設問2〕は、いずれも実況見分調書の証拠能力を問うものである。すなわち、【実況見分調書①】には、被疑者甲が被害者V方と同種の錠前を解錠する状況が撮影された写真が貼付され、かつ、解錠状況に関する甲の説明内容が記載され、また【実況見分調書②】には、Vが被害状況を再現した写真が貼付され、かつ、被害状況に関するVの説明内容が記載されており、検察官は、各実況見分調書の立証趣旨について、それぞれ「甲がV方の施錠された玄関ドアの鍵を開けることが可能であったこと」、「被害再現状況」としているところ、こうした性質の異なる内容を含む実況見分調書について、それらの証拠能力を問うことにより、伝聞法則の正確 な理解と具体的な事実への適用能力を試すものである。
【実況見分調書①】は、司法警察員Qが行った実況見分の結果を記載したものであるから、論述に当たっては、まず捜査官が五官の作用によって事物の存在及び状態を観察して認識する作用をもつ検証の結果を記載した書面に類似した書面として、刑事訴訟法第321条第3項により、作成者Qが公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを証言すれば証拠能力が付与されるという本調書全体の性質を論ずる必要があろう。その上で、本調書には、公判期日外でなされた甲の供述が記載されていることから、これらの部分の証拠能力について、更に伝聞法則の適用があるか否かを要証事実との関係で検討した上で、その有無を論じる必要がある。
【実況見分調書②】についても、検察官Rが作成した実況見分調書の中に、公判期日外でなされたVの供述が記載されていることから、まず刑事訴訟法第321条第3項の適用を論じた上で、Vの供述を記載した部分の証拠能力について、最高裁判例(最決平成17年9月27日刑集59巻7号753頁)を踏まえつつ、伝聞法則の適用があるか否かを要証事実との関係で 検討した上で、その有無を論じる必要がある。
いずれの実況見分調書についても、正確な法的知識を当然の前提としながら、法解釈論や要件について抽象的に論じるだけでなく、事例中に現れた具体的事実関係を前提に、法的に意味 のある事実の適切な把握と要件のあてはめを行うことが求められる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 領置の意義
領置は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物について、令状を要せずに占有を取得する処分である(刑訴法221条)。令状が不要とされるのは、占有取得の過程に強制の要素がなく、占有者の意思に反して財産権を侵害するものではないからである。
ここに「遺留物」とは、民法上の遺失物より広い概念であり、自己の意思によらずに占有を喪失した物に限られず、自己の意思によって占有を放棄し、離脱させた物も含むと解する。
もっとも、領置が占有取得の点で強制にわたらないとしても、領置する物の性質によっては対象者のプライバシーが侵害され得る。そこで、領置の対象物に法的保護に値するプライバシーの利益が認められる場合には、任意捜査の限界として、捜査比例の原則(197条1項本文)により、必要性、緊急性等をも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ許容されると解する。
2 【捜査①】の適法性
(1)甲は、自ら本件ごみ袋をアパート敷地内のごみ置場に投棄しており、その占有を放棄している。もっとも、同アパートでは、大家が居住者に対しごみを同ごみ置場に捨てるよう指示し、大家がごみの分別を確認して公道上の地域のごみ集積所に回収日の午前8時頃に搬出することについて、あらかじめ居住者から了解を得ていた。そうすると、ごみ置場に投棄されたごみは、搬出までの間、大家の管理下にあり、その占有は大家に移っていたといえる。
したがって、本件ごみ袋は、「保管者」である大家が任意に提出した物に当たり、Pはこれを領置することができる。Pは大家の承諾を得て敷地内のごみ置場に立ち入り、大家から任意提出を受けているから、占有取得の過程に強制の要素はない。
(2)もっとも、ごみの排出者には、排出したごみがそのまま収集されて他人に内容を見られることはないという期待があり、ごみの内容からは生活状況や交際関係等の私生活上の情報が読み取れる。この期待はプライバシーの利益として法的保護に値する。そこで、必要性及び相当性を検討する。
ア 必要性は高い。本件事件は、深夜に住居に侵入し、被害者の頭部をゴルフクラブで殴打して失神させた住居侵入・強盗殺人未遂という極めて重大な事件である。現場からは足跡以外に犯人の特定につながる証拠が得られておらず、Pは防犯カメラ2台の映像から甲が犯人である可能性が高いと判断していたが、逮捕状を請求できるだけの証拠はなかった。そこで、現場廊下の足跡と対照するため甲の履物を入手する必要があり、ごみ袋は同日午前8時頃に地域のごみ集積所へ搬出される予定であったから、緊急性も認められる。
イ 相当性も認められる。Pは、甲がごみ袋を投棄する様子を公道上から目視し、その外観の特徴を確認した上で、ごみ置場にあった複数のごみ袋の中から当該1袋のみを選別して領置しており、無関係の居住者のごみには及んでいない。甲の居室内に立ち入ったものでもなく、プライバシーの制約は甲が自ら排出したごみの内容に限られる。警察署で開披して内容を確認した点も、領置した物を証拠として用いるために当然に必要な行為であり、領置の目的に内在する。
ウ よって、【捜査①】は適法である。
3 【捜査②】の適法性
(1)甲は、豚汁を食べ終えた後、空の容器を公道上に投棄してその場を去っている。公道上に投棄された物は、他人の管理下に移ることなく何人も取得し得る状態に置かれるから、甲は自己の意思により占有を放棄したものであり、本件容器は「遺留物」に当たる。Pは、甲が投棄し、ボランティアも公園を去った後にこれを回収しており、占有取得の過程に強制の要素はない。
(2)もっとも、本件では、Pが捜査目的を秘してボランティアの一員として炊き出しに参加し、裏側にマークを付けた容器に豚汁を入れて甲に手渡すという関与をしている。また、Pの目的は容器に付着した唾液から甲のDNA型を特定することであった。DNA型は究極的な個人識別情報であり、本人の意思に反してこれを採取・保存されない利益は、プライバシーの利益として法的保護に値する。そこで、必要性及び相当性を検討する。
(3)ア 必要性は【捜査①】の段階よりも一層高い。逃走経路から発見されたゴルフクラブにはVのDNA型と一致する血液が付着し、同じ場所にあった黒のマスクの内側の血液は、犯人が犯行時に黒のマスクを着けており、Vの拳が犯人の鼻付近に強く当たったことからして、犯人の血液である可能性が極めて高いと認められた。しかし、そのDNA型は警察が把握するデータベースに登録されておらず、甲と犯人との同一性を判断するには甲のDNA型を特定することが不可欠であった。他方、甲方には複数人が出入りしており、ごみの中から甲のDNA型を特定する証拠を入手することは困難であった。また、炊き出しの参加者は多数であり、甲が使用した容器だけを選別することも困難であった。甲の身体から直接資料を採取するには令状又は本人の承諾を要するが、その段階では逮捕状を請求するに足る証拠がなく、承諾を得ようとすれば罪証隠滅や逃亡を招くおそれがあった。そうすると、本件のような方法によるほかに代替手段はなかったといえる。
イ 相当性も認められる。確かに、Pは身分及び捜査目的を秘してボランティアを装っており、領置の対象物を自ら甲に手渡している点で、純然たる遺留物の収集とは異なる。しかし、Pが行ったのは、甲が使用した容器を事後に識別するためのマークを付し、他の参加者と同様に食事を提供したにとどまる。甲に対し虚偽を述べて唾液の提出を求めたり、容器を投棄するよう働き掛けたりしたものではなく、甲は多数の参加者の一人として自由な意思で食事を受け、自らの判断で公道上に容器を投棄したにすぎない。したがって、領置行為自体における捜査機関の関与の程度は高いものとはいえない。
また、甲の身体に直接作用する強制的な資料採取とは異なり、甲の身体の不可侵は何ら損なわれていない。甲が公道上に投棄した容器については、他人に取得されないという期待は【捜査①】のごみ袋に比して一層低い。採取された情報はDNA型の照合、すなわち本件事件の犯人との同一性の判断に用いられており、利用目的も本件事件の捜査に限定されている。
ウ よって、【捜査②】も相当と認められる限度内にあり、適法である。
第2 設問2
1 【実況見分調書①】の証拠能力
(1)実況見分調書は、捜査機関が五官の作用により事物の存在及び状態を観察して認識した結果を記載した書面であり、検証の結果を記載した書面と性質を同じくする。観察及び記録の過程は客観的・機械的であって、反対尋問による吟味よりも作成の真正を担保することが重要である。そこで、実況見分調書についても321条3項が適用され、作成者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときに証拠能力が認められる。
本件では、Qが公判期日において【実況見分調書①】を真正に作成したことを証言すれば、同調書の記載及び添付写真は証拠能力を有する。甲が解錠している状況を連続して撮影した写真は、機械的に事象を記録したものであって供述証拠ではないから、伝聞法則の適用はない。
(2)もっとも、同調書には、各写真の下に「被疑者は、『このように、ピッキング用具を鍵穴に入れてこうして動かしていくと解錠できます。』と説明した。」、「被疑者は、『このように解錠できました。』と説明した。」との甲の公判期日外の供述が記載されている。そこで、この部分について別途伝聞法則(320条1項)の適用があるかを検討する。
伝聞・非伝聞の区別は要証事実との関係で判断され、供述の内容が真実であることを前提として初めて要証事実の証明に役立つ場合には伝聞証拠に当たるが、供述の存在自体が要証事実の証明に役立つ場合には非伝聞である。
本件の立証趣旨は「甲がV方の施錠された玄関ドアの錠を開けることが可能であったこと」であり、要証事実は甲の解錠能力の存在である。この要証事実との関係で意味を持つのは、甲が現にピッキング用具を用いて同種の特殊な錠を解錠したという動作そのものであり、それは写真によって客観的に記録されている。甲の前記説明は、写真に撮影された動作がいかなる作業であるかを特定し、見分の経過を明らかにするための指示説明にすぎず、その内容が真実であることを前提とする必要はない。
また、この実況見分は、Qが甲に対し「この道具を使って、この錠を開けられますか。」と尋ね、甲が現実に解錠するかを確認したものであって、過去の犯行の再現ではない。甲の動作は過去の事実の報告ではなく、現在の技術的能力の発現であるから、動作による供述とみる必要もない。
よって、甲の説明部分は非伝聞であり、伝聞法則の適用はない。
(3)なお、仮に同調書を、甲が現にV方の錠をピッキング用具で解錠して侵入したという事実の立証に用いるのであれば、甲の供述内容の真実性が問題となり、被告人の供述を録取した書面として322条1項の要件を検討する必要がある。しかし、本件の立証趣旨はあくまで解錠可能性であり、そのような用法は想定されていない。
(4)以上より、Qが公判期日において真正作成を証言することを前提として、【実況見分調書①】には証拠能力が認められる。
2 【実況見分調書②】の証拠能力
(1)【実況見分調書②】も検察官Rが実施した実況見分の結果を記載した書面であるから、前記1(1)と同様に321条3項が適用され、Rが公判期日において真正作成を証言することがまず必要である。
(2)もっとも、同調書に添付された写真は、Rが検察事務官Sを犯人に見立て、Vに被害状況の説明を求めつつ再現させたその状況を撮影したものであり、その下には「このようにして、犯人は、右手に持っていたゴルフクラブで私の左側頭部を殴りました。」とのVの供述が記載されている。
ここで、立証趣旨は「被害再現状況」とされているが、再現されたとおりの被害状況が存在したことを立証するためでなければ、この証拠を用いる意味はない。したがって要証事実は被害状況そのもの、すなわち犯人が右手に持ったゴルフクラブでVの左側頭部を殴打したという事実である。
そうすると、Vの前記供述記載は、Vが過去に知覚・記憶した被害状況を言葉により報告したものであり、その内容の真実性が問題となるから伝聞証拠に当たる。また、添付された再現写真も、Vが被害状況を動作によって再現したものであって、実質においてはVの供述と同じ性質を有する。知覚・記憶・表現の各過程に誤りが介入するおそれは言葉による供述と変わらないから、再現写真についても伝聞法則の適用がある。判例も、被害再現状況を撮影した写真を含む書面について、再現者の供述が伝聞例外の要件を満たす必要があるとしている(最決平成17年9月27日)。
(3)そこで、Vの供述部分について伝聞例外の要件を検討する。Vは被告人以外の者であり、同調書は検察官Rの面前におけるVの供述を録取した書面と実質的に同視できるから、321条1項2号前段の要件を満たせば証拠とすることができる。
なお、321条1項は供述録取書について供述者の署名又は押印を要求しているが、本件調書にはVの署名押印がない。もっとも、再現状況の写真については、撮影・記録の過程が機械的であって供述の趣旨を取り違えるおそれが乏しいから、再現者の署名押印は要しないと解される。
(4)321条1項2号前段は、供述者が死亡等のため公判準備又は公判期日において供述することができないことを要件とする。本件では、Vは公判前整理手続が終了する前に交通事故により死亡しており、公判期日において供述することができない。よって供述不能の要件を満たす。
同号前段については、2号後段と異なり特信情況は要件とされていないと解されるが、本件のVの供述は、被害から約2週間後に、被害当日の110番通報の内容及び同月4日の警察官面前調書の内容と一致する形でされたものであり、信用性を疑わせる事情もない。
(5)以上より、Rが公判期日において真正作成を証言することを前提として、【実況見分調書②】は、Vの供述部分及び被害再現写真を含めて証拠能力が認められる。
以上