司法試験 令和3年 刑事訴訟法
問題文
[刑事系科目]〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事 例】1 令和2年8月4日午前9時30分,H県I市内の一戸建て家屋に住む女性V(当時77歳)の自宅に電話が掛かってきた。電話を掛けてきた男は,S銀行の職員を装い,Vに対し,「Vさんの預金口座が犯罪組織に利用されており,このままでは預金が全て引き出されてしまいます。本人確認が必要ですので,これから私が質問する内容に正確にお答えください。」と言った。Vは,S銀行I支店に多額の預金をしていたこともあって,電話の相手をS銀行の職員であると信じ,尋ねられるままに,住所がH県I市K町3丁目45番地,生年月日が昭和18年4月10日,夫と死別し,一人暮らしで,一人息子は他県に住んでいること,S銀行I支店に約2000万円の預金があり,台所の食器棚にいわゆるタンス預金として現金500万円があることを話した。電話の相手は,Vに対し,「午前中に私どもの職員がお宅に伺います。」と伝え,電話を切った。
その2時間後,S銀行の職員を装った1名の男がV方を訪れ,Vによって玄関ドアの鍵が開けられると同時にV方内に押し入り,いきなりVの顔面に催涙スプレーを吹き付けた。そして,同男は,持っていたロープでVの身体を後ろ手に緊縛し,さらに,持っていたガムテープで,Vの鼻を塞がないようにしてその口を塞いだ上,台所の食器棚から現金500万円を取り出してこれを強奪した。
その後,同男は,ロープでVの両足を縛り,逃走した(以上の事件を,以下「本件住居侵入強盗」
という。)。
2 その30分後,たまたまV方を訪れたVの息子が,ロープで緊縛されて倒れているVを発見し,直ちにVを助けるとともに,110番通報をした。
その後,H県警察は,事件当時V方周辺に駐車されていた不審車両に関する情報を基に,犯行の際に使用されたレンタカーを割り出し,同車を借りたのが甲であることを突き止めた。
H県警察司法警察員Pらは,甲方の捜索差押許可状の発付を受けた上で,同許可状に基づき,令和2年8月5日午前9時から,H県M市内にある一人暮らしの甲方の捜索を実施し,引き続き,甲をH県M警察署に任意同行した。そして,Pらが本件住居侵入強盗について甲から事情を聴くと,甲は,「Vさん方に押し入り,Vさんを縛り上げて500万円を奪ったのは私です。」と述べた。
そこで,Pは,その旨を録取した供述調書1通を作成した。
また,甲は,「私は,乙の指示で今回の強盗を行い,500万円は乙に全額手渡しました。私たちは,H県I市内のAビル21号室をアジトとしており,そこには私と乙だけが出入りし,そこから乙が強盗のターゲットになる相手に携帯電話で電話を掛けていました。昨日は,午前10時30分,乙に呼び出されてそのアジトに行きました。そして,乙から,Vさんに関する情報や犯行に使う道具などについて印字された紙を見せられ,その説明を受けました。その後,私はVさんの家に向かったのです。」「アジトには,パソコンとプリンターのほか,強盗のターゲットになる人の氏名と電話番号の入った名簿データが保存されているUSBメモリがあります。その名簿には,Vさんの氏名と電話番号もあるのではないかと思います。このUSBメモリは,パスワードが掛けられていて,一度でも間違えると初期化されてしまいます。パスワードは8桁の数字で,乙しか知りません。また,乙の背後には,警察と敵対し,捜査に一切協力しない指定暴力団である丙組がいて,乙は,その幹部に,犯行で得た金の一部を貢いでいます。」と供述したものの,「私が乙や丙組のことを警察に話したと分かると,私の身が危ないので,調書の作成には応じられません。」と述べたことから,以上の供述についての供述調書は作成されなかった。
3 同月5日午後1時,Pらは,甲を,乙及び氏名不詳者と共謀の上,本件住居侵入強盗に及んだ旨の被疑事実で通常逮捕するとともに,裁判官に対し,同被疑事実で,乙名義で借りていることが判明した前記Aビル21号室の捜索差押許可状の発付を請求した。裁判官は,「捜索すべき場所」を「H県I市N町2丁目3番4号Aビル21号室」とし,「差し押さえるべき物」を「被害品と認められる現金,本件に関係ありと思料される名簿,マニュアル,メモ,名刺,パーソナルコンピュータ及びその付属機器類,電磁的記録媒体,携帯電話機及び付属の充電器」とする捜索差押許可状を発付した。
Pらは,同許可状に基づき,同日午後4時,同室に居合わせた乙立会の下,同室の捜索を開始し,まず,パーソナルコンピュータ及びプリンターを差し押さえるとともに,①丙組の幹部丁の名刺1枚(「丙組若頭丁」と印刷されたもの)を差し押さえた。続いて,Pらは,【資料1】のとおり印字されたメモ(以下「本件メモ1」という。)を発見したことから,これを差し押さえた。さらに,Pらは,白色USBメモリ1本及び黒色USBメモリ1本を発見した。これを見た乙は,Pらに対し,「USBメモリの中身を調べずに全部持って行くのですか。パスワードは全部『2222』にしていますから,この場で確認してください。」と申し出たが,Pらは,②前記USBメモリ合計2本について,いずれもその内容をその場で確認することなく差し押さえた。
なお,同室から,携帯電話機は1台も発見されなかった。
4 Pらは,前記捜索を終えると,乙にH県M警察署への任意同行を求め,これに応じた乙は,同日午後7時30分,同署において,甲及び氏名不詳者と共謀の上,本件住居侵入強盗に及んだ旨の被疑事実で通常逮捕された。
5 翌6日,Pらは,差し押さえた前記USBメモリ2本につき,H県警察本部の専門職員の協力を得てその内容の確認作業をした。
すると,前記黒色USBメモリには8桁のパスワードによるロックが掛かっており,一致しないパスワードが入力されると直ちに初期化されてしまう設定がされていることが判明した。そして,同USBメモリのロックを解除すると,Vの氏名と電話番号を含む,多数の者の氏名と電話番号が記載された名簿データや,本件メモ1の記載内容と同一内容のデータが保存されていることが明らかになった。また,同データに対する捜査の結果,本件メモ1が作成されたのが同月4日午前10時20分であったことも明らかになった。
一方,前記白色USBメモリについては未使用であることが判明し,また,差し押さえた前記パーソナルコンピュータ及びプリンターにも本件住居侵入強盗に関するデータが残存していないことが判明したため,Pらは,同月6日中にこれらを乙に還付した。
6 甲は,逮捕後一貫して自己が本件住居侵入強盗を実行したことは認めたが,乙及び丙組の関与をうかがわせる事項は一切供述せず,本件メモ1についても供述を拒んだ。
他方,乙は,逮捕後一貫して黙秘した。
その後,H地方検察庁検察官Qは,甲及び乙について,両名共謀の上,本件住居侵入強盗に及んだ旨の公訴事実で公訴を提起したが,裁判所は,公訴事実に対する認否の見込みを踏まえ,併合審理することなく,それぞれ個別に審理することとした。
7 甲は,自己の公判で,自己が本件住居侵入強盗を実行したことは認めたが,乙及び丙組の関与をうかがわせる事項は一切供述せず,本件メモ1についても全く供述しなかった。
8 他方,乙は,自己の公判において,「全く身に覚えがない。甲と住居侵入や強盗の共謀をしたことも一切ない。」旨述べて公訴事実を否認した。
その後の証拠調べ手続において,③Qが,甲乙間において本件住居侵入強盗に関する共謀が存在することを立証するため,本件メモ1の証拠調べ請求をしたところ,乙の弁護人は,「不同意ないし取調べに異議あり。」との証拠意見を述べた。
その後,甲の証人尋問が実施され,甲は,自己が本件住居侵入強盗を実行したことについては証言したが,本件メモ1の記載事項を含め,乙との共謀に関する事項については,一切の証言を拒絶した。
〔設問1〕 下線部①及び②の各差押えの適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕1.下線部③で証拠調べ請求された本件メモ1の証拠能力について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。ただし,本件メモ1が乙作成のものであることは証拠上認定できるものとする。
2.仮に,本件メモ1及びその記載と同一内容のデータのいずれもが発見されず,他方で,甲方の前記捜索時に,【資料2】記載のとおりの手書きのメモ(以下「本件メモ2」という。)が,机の施錠された引き出し内にあった甲使用の手帳の令和2年8月4日のページの部分に挟んである状態で発見され,差し押さえられたものとする。また,甲は,捜査段階及び自己の公判を通じて,本件メモ2について全く供述しなかったものとする。
乙の公判の証拠調べ手続において,④Qが,甲乙間において本件住居侵入強盗に関する共謀が存在することを立証するため,本件メモ2の証拠調べ請求をしたところ,乙の弁護人は,「不同意ないし取調べに異議あり。」との証拠意見を述べた。その後,甲の証人尋問が,甲と乙との間及び甲と傍聴人との間の双方に遮へい措置を講じて実施された。甲は,自己が本件住居侵入強盗を実行したことについては証言したが,本件メモ2の記載事項及びその作成経緯を含め,乙との共謀に関する事項については,「私は,誰から何と言われようと証言しませんし,今後も絶対に証言することはありません。」と述べ,一切の証言を拒絶した。
下線部④で証拠調べ請求された本件メモ2の証拠能力について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。ただし,本件メモ2が甲作成のものであることは証拠上認定できるものとする。
【資料1】V K町3-45S18.4.10夫と死別 一人暮らし 息子は県外S銀行 2000万タンス預金500万 台所の食器棚催涙スプレー ロープ ガムテープ後ろ手
【資料2】乙から指示されたことV K町3-45家に一人よきん2000万タンス500万 台所しょっきだなさいるいスプレー ロープ ガムテープ後ろ手口だけ ハナ×両あし
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第2問〕本問は,住居侵入強盗事件を素材として,捜査及び公判に関する具体的事例を示し,各局面で生じる刑事手続上の問題点,その解決に必要な法解釈,法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並びに具体的結論に至る思考過程を論述させることにより,刑事訴訟法に関する基本的学識,法適用能力及び論理的思考力を試すものである。
〔設問1〕は,警察官が行った名刺1枚の差押え(以下「下線部①の差押え」という。)及びUSBメモリ2本の差押え(以下「下線部②の差押え」という。)の適法性を検討させることにより刑事訴訟法の規定する差押えの要件に関する法的問題の理解と具体的事案への適用能力を試すものである。
司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,裁判官の発する令状により,証拠物又は没収すべき物と思料するものを差し押さえることができるところ(刑事訴訟法第218条第1項),捜索差押許可状により差押えできる物は,令状に明示された「差し押さえるべき物」に該当するものに限られる。これは,差押えが対象者の財産権への制約となることから,これを可能な限り限定する趣旨であり,「差し押さえるべき物」は,①令状に明記された物件に当てはまり(憲法第35条,刑事訴訟法第219条第1項),かつ,②被疑事実との関連性を有すること(憲法第35条,刑事訴訟法第222条第1項,第99条第1項)が求められる。本問では,この要件を踏まえた上で,下線部①の差押え及び下線部②の差押えの適法性について検討する必要がある。
下線部①の差押えについては,本問の捜索差押許可状の「差し押さえるべき物」に「名刺」
が含まれていることから,差し押さえられた名刺が令状に明記された物件に当てはまることは明らかである一方,同名刺は本件住居侵入強盗の現場で被害者に示されたりしたものではなく,犯行自体に使用されたものではないことから,被疑事実との関連性の有無が問題となる。
被疑事実との関連性が認められる証拠の範囲については,被疑事実それ自体を立証する価値を有する物のほかに,情状事実や背景事情に関する物も被疑事実との関連性が認められる証拠に含めるべきか否かについて様々な考え方があり,この点に関する最高裁判例(最判昭和51年11月18日判時837号104頁)の内容も踏まえながら,自己の見解をその根拠も含めて論じることが求められる。その上で,捜索差押許可状の被疑事実を意識しながら,本件住居侵入強盗の事案の性質,差し押さえられた名刺の記載内容,捜索・差押えの現場がどのような場所であるかなど,事例に現れた具体的事実を適切に抽出,分析し,それらの事実が持つ意味を適切に評価して,自己の見解に当てはめ,差し押さえられた名刺と被疑事実との関連性を論じることが求められる。
下線部②の差押えについては,可視性・可読性がなく,その外観からは被疑事実との関連性を判断し難い電磁的記録媒体について,その記録内容を確認せずに差押えを行うことの適否が問題となる。
この点に関して,最高裁判例(最決平成10年5月1日刑集52巻4号275頁)が存在するが,学説上は,①可能な限り捜索・差押えの現場で内容を確認すべきことを前提に,やむを得ない事情のある場合には,内容を確認せずとも,罪の内容や現場の状況等に照らして当該電磁的記録媒体に関連する情報が記録されていると疑うに足りる合理的な理由があれば,被疑事実との関連性が認められ,差押えが許されるとする考え方,②捜索・差押えの現場で,差し押さえるべき物とそうでない物の選別が容易でなく,かつ罪証隠滅の高度の蓋然性がある場合には,被疑事実との関連性の確認のために,刑事訴訟法第222条第1項,第111条第1項の「必要な処分」として,占有を取得した上,事後に選別を行うことも許容されるとする考え方(この考え方は,当該占有取得の法的性質を「差押え」ではなく,あくまでも,捜索に「必要な処分」(刑事訴訟法第222条第1項,第111条第1項)であると理解する点に注意が必要である。)などが主張されている。
いずれの考え方を採るにしても,上記判例の内容を踏まえた上で,各自の考え方を展開することが求められ,その上で,差し押さえられたUSBメモリに関して警察官が事前に得ていた情報,捜索・差押えの現場におけるUSBメモリの発見状況,同現場における立会人乙の言動,本件住居侵入強盗の事案の性質,捜索・差押え実施後の状況など,事例に現れた具体的事実を適切に抽出,分析し,それらの事実が持つ意味を適切に評価して,自己の考え方に当てはめ,下線部②の差押えの適法性を論じることが求められる。
〔設問2〕は,乙の公判において証拠調べ請求された乙作成の本件メモ1(〔設問2-1〕),甲作成の本件メモ2(〔設問2-2〕)について,それぞれの証拠能力の有無を問うことにより,刑事訴訟法第320条第1項の伝聞法則についての正確な理解と具体的事実への適用能力を試すものである。
まず,前提として,伝聞法則の適用を受ける証拠であるか否か,すなわち伝聞証拠と非伝聞証拠を区別する基準を示す必要があるところ,一般に,伝聞法則の主要な根拠は,公判期日外の供述については,公判期日での供述に比べ,類型的に信用性の担保に欠けるという点に求められ,この根拠に照らすと,公判期日外の供述(原供述)を含む供述ないし書面に伝聞法則の適用があるか否かを判断するに当たっては,原供述を証拠とすることにより何を立証しようとするか,すなわち要証事実が何であるかが重要であり,原供述の内容に示される事実が存在すること(原供述の内容の真実性)を立証するために用いられる場合は,信用性の担保に欠ける証拠を立証に用いることで事実認定の正確性を損なうおそれが生じるため,伝聞証拠に当たり,一定の要件を満たさない限り証拠能力を認めるべきでないこととなる。他方で,一定の内容の原供述の存在が示されれば,その内容の真偽にかかわらず立証の目的を達し得る場合や,原供述についてその生成過程に照らして信用性を担保する必要が低いと評価される場合は,伝聞法則の趣旨が妥当せず,その適用がないと考えることが可能となる。
〔設問2-1〕について,本件メモ1は,「書面」であって,本件住居侵入強盗の被害者Vの名前,住所等や,本件住居侵入強盗の犯行態様と一致する記載があるものの,甲乙間における本件住居侵入強盗に関するやり取りがうかがわれる記載はなく,その記載の内容(被害者の名前,住所,500万円の在りか等)の真実性を立証したとしても,甲乙間における本件住居侵入強盗に関する共謀という要証事実の認定上直接の意味を持たない。
他方で,犯行計画を記載したメモの証拠能力に関しては,①そのメモの内容が客観的な犯罪事実と一致している場合,偶然の一致は考えにくいような事項の一致が認められ,かつ,それが犯罪発生前に作成されたことが判明していれば,そこから直ちに犯罪がそのメモに記載された犯行計画にのっとって遂行されたことを推認でき,かかる一致の認められるメモの作成者が判明していれば,そのこと自体から,メモの作成者と犯行の実行者の間で当該メモに記載された内容の共謀が推認し得るとする考え方,②犯行計画を記載したメモは,その作成者が作成当時に有していた犯行計画ないし犯罪意思を述べたものとして,心理状態の供述に当たり,原供述者の原供述時における心理状態を立証する上では,内心の状態について知覚と記憶の過程は問題にならないため,供述者の外界の事実の存在を示す典型的な供述証拠に比べて誤りの危険は小さく,また,真摯性,叙述の点について誤りの有無・程度を吟味する必要はあるものの,それは原供述者の尋問によらなくても,その記載内容や作成状況等から誤りの有無・程度の吟味が可能であることなどから,非伝聞証拠として,刑事訴訟法第320条第1項の適用はなく,かつ,その記載内容が客観的な犯罪事実と一致し,当該犯罪をメモの作成者以外の者が実行した場合には,作成者と実行者の間で当該メモに記載された内容の共謀が形成されたことを推認し得るとする考え方などが主張されている。
いずれの考え方を採るにせよ,本件メモ1により甲乙間における本件住居侵入強盗に関する共謀を推認し得る推論過程について,自己の理論構成を明示し,その上で,本件住居侵入強盗の犯行状況,本件メモ1の記載内容,その作成時期・作成者など,事例に現れた具体的事実を適切に抽出,分析し,それらの事実が持つ意味を適切に評価して,自己の理論構成に当てはめ,本件メモ1の証拠能力の有無を論じることが求められる。
〔設問2-2〕では,「書面」である本件メモ2に,「乙から指示されたこと」の記載のほか,本件住居侵入強盗の被害者の名前,住所等と一致する記載及び本件住居侵入強盗の犯行態様と一致する記載があることから,本件メモ2は,乙から本件住居侵入強盗を指示された旨を甲が供述した内容を記載した書面であるといえ,甲乙間における本件住居侵入強盗に関する共謀という要証事実との関係で,その内容の真実性を立証するために用いられる場合に当たることから,刑事訴訟法第320条第1項の適用を受ける伝聞証拠として証拠能力を検討することが求められる。
本件メモ2は,甲が自己の供述を記載した書面であり,乙との関係では,「被告人以外の者が作成した供述書」に該当することから,伝聞例外となる規定として刑事訴訟法第321条第1項第3号を選択した上で,同号が規定する①供述不能,②不可欠性,③絶対的特信性の各要件を指摘し,それらの要件の意義・解釈について的確に論じることが求められる。なお,甲は乙との共謀に関する事項について証言を一切拒絶しているところ,このような証言拒絶の場合が「供述不能」に含まれるか否かについては,この点に関する最高裁判例(最大判昭和27年4月9日刑集6巻4号584頁,最判昭和44年12月4日刑集23巻12号1546頁)の内容を踏まえた上で,自己の見解を展開することが求められる。
その上で,甲の証人尋問実施状況,甲による証言拒絶の具体的状況,本件メモ2以外の証拠の収集状況,本件メモ2の保管・発見状況,同メモの記載内容など,事例に現れた具体的事実を適切に抽出,分析し,それらの事実が持つ意味を適切に評価して,刑事訴訟法第321条第1項第3号が規定する上記の各要件に当てはめ,本件メモ2の証拠能力の有無を論じることが求められる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 差押えの要件
捜索差押許可状に基づく差押えが許されるのは、①当該物件が令状に記載された「差し押さえるべき物」に当てはまり(憲法35条、刑訴法219条1項)、かつ②被疑事実との関連性を有する場合(憲法35条、222条1項・99条1項)である。差押えは対象者の財産権を制約するものであるから、その対象は令状裁判官の審査を経た範囲に限定されなければならない。
被疑事実との関連性について、捜査は犯罪事実の解明のみならず適正な訴追及び量刑判断のためにも行われるのであるから、被疑事実それ自体を立証する価値を有する物(直接証拠)に限らず、犯行の動機・背景事情や情状に関する物も、被疑事実の解明・立証に資する限りで関連性が認められると解する(最判昭和51年11月18日参照)。もっとも、無限定に認めれば令状主義の趣旨が損なわれるから、被疑事実との結び付きが具体的に認められる物に限られる。
2 下線部①の差押え
(1)本件許可状の「差し押さえるべき物」には「名刺」が挙げられているから、丁の名刺1枚は令状に記載された物件に当てはまる。
(2)次に関連性を検討する。確かに、丁の名刺は本件住居侵入強盗の現場でVに示されたものではなく、犯行自体に使用された物でもないから、犯行事実の直接証拠ではない。
しかし、本件許可状の被疑事実は、甲が乙及び氏名不詳者と共謀の上本件住居侵入強盗に及んだというものであり、電話で高齢者から情報を聞き出し、その2時間後に実行犯が押し入るという、役割分担のある組織的犯行である。氏名不詳の共犯者の存在及び犯行の組織的背景の解明は、被疑事実そのものの立証に直結する。そして、甲は、乙の背後に警察と敵対し捜査に一切協力しない指定暴力団丙組がおり、乙がその幹部に犯行で得た金の一部を貢いでいると供述している。差し押さえられた名刺には「丙組若頭丁」と印刷されており、乙と丙組幹部との結び付きを示すものである。捜索場所は甲と乙だけが出入りし、乙がターゲットに電話を掛けていたアジトであり、そこに丙組幹部の名刺が存在したことは、乙と丙組の関係及び本件強奪金の行方、ひいては共謀の範囲や犯行の動機を解明するうえで意味を持つ。
したがって、本件名刺は被疑事実との関連性を有し、下線部①の差押えは適法である。
(3)なお、関連性を犯罪事実の直接証拠に限る見解によれば本件名刺の差押えは違法となるが、同見解は、共犯者の範囲や犯行の背景の解明を捜査の目的から排除するものであって、組織的犯罪の捜査の実際に適合せず、採用できない。
3 下線部②の差押え
(1)USBメモリは「電磁的記録媒体」として令状に記載された物件に当てはまる。
(2)もっとも、電磁的記録媒体はそれ自体に可視性・可読性がなく、外観から被疑事実との関連性を判断することができない。そこで、記録内容を確認しないまま差押えを行うことが許されるかが問題となる。
関連性の判断は本来差押えの時点で行われるべきであるから、捜査機関は可能な限り捜索・差押えの現場で記録内容を確認すべきである。しかし、現場での確認を常に要求すれば、確認の過程で記録が消去・改変されるおそれがあり、また確認に長時間を要して処分の相手方の負担も増す。そこで、現場での確認が困難なやむを得ない事情がある場合には、罪の内容や現場の状況等に照らして当該記録媒体に被疑事実に関連する情報が記録されていると疑うに足りる合理的な理由があるときに限り、内容を確認せずに差し押さえることが許されると解する(最決平成10年5月1日参照)。
(3)ア まず、合理的な理由が認められる。Pらは、甲から、アジトには強盗のターゲットの氏名と電話番号が入った名簿データの保存されたUSBメモリがあり、その名簿にはVの氏名と電話番号もあると思うという具体的な供述を得ていた。現にアジトからはパーソナルコンピュータ及びプリンターが発見されており、甲が乙から印字された紙を見せられたという供述とも符合する。そのような場所で発見されたUSBメモリ2本には、被疑事実に関連する情報が記録されていると疑うに足りる十分な理由がある。
イ 次に、現場での確認が困難なやむを得ない事情も認められる。甲は、USBメモリには8桁の数字のパスワードが掛けられ、一度でも間違えると初期化されてしまい、パスワードは乙しか知らないと供述していた。これに対し、乙は現場で「パスワードは全部『2222』にしていますから、この場で確認してください」と申し出ているが、これは4桁であって甲の供述と矛盾する。乙は本件の指示役として最も重い責任を負う立場にあり、被疑事実を否認して罪証隠滅を図る動機が強い。その申出に従ってパスワードを入力すれば、記録が初期化されて証拠が永久に失われる危険が高かった。また、乙の背後には捜査に一切協力しない丙組が存在し、乙から真実のパスワードの開示を得ることも期待できなかった。そうすると、現場での内容確認を強いることは相当でなく、やむを得ない事情があったといえる。
ウ もっとも、白色USBメモリは未使用であり、結果的に被疑事実と無関係であった。しかし、差押えの時点では2本のうちいずれに名簿データが保存されているかを判別することはできなかったのであるから、2本ともに前記合理的な理由が認められる。しかも、Pらは翌6日に専門職員の協力を得て速やかに内容を確認し、無関係と判明した白色USBメモリ及びパーソナルコンピュータ等を同日中に乙に還付しており、処分の相手方の権利制約を必要最小限度にとどめている。
(4)以上より、下線部②の差押えはいずれも適法である。
なお、現場での選別が容易でなく罪証隠滅の高度の蓋然性がある場合には、捜索に「必要な処分」(222条1項・111条1項)として占有を取得し、事後に選別することも許されるとの考え方もあるが、本件ではPらは差押えとして占有を取得しており、前記の枠組みによって適法性を判断するのが相当である。
第2 設問2
1 小問1(本件メモ1の証拠能力)
(1)本件メモ1は乙が公判期日外に作成した書面であるから、伝聞証拠(320条1項)に当たれば証拠能力が否定される。伝聞法則の趣旨は、供述証拠には知覚・記憶・表現・叙述の各過程に誤りが介入するおそれがあり、反対尋問等による吟味を経ていない供述には正確性の担保がない点にある。したがって、伝聞・非伝聞の区別は要証事実との関係で判断され、供述の内容が真実であることを前提として初めて要証事実の証明に役立つ場合には伝聞証拠に当たるが、供述の存在自体が要証事実の証明に役立つ場合には非伝聞である。
(2)本件メモ1の要証事実は、甲乙間において本件住居侵入強盗に関する共謀が存在することである。
本件メモ1には、Vの氏名、住所、生年月日、一人暮らしであること、S銀行の預金額、台所の食器棚にある現金500万円、催涙スプレー・ロープ・ガムテープ、後ろ手といった記載があるが、甲乙間のやり取りをうかがわせる記載はない。そして、これらの記載内容が真実であること、すなわちVの住所が実際にそのとおりであることなどを立証しても、共謀の存在の認定に直接の意味を持たない。
他方、本件メモ1は、犯行の対象者の情報と犯行に使用する道具及び方法を列挙したものであって、作成者である乙が作成当時に有していた犯行計画を記載したものと認められる。これは原供述者の作成当時の心理状態の供述に当たる。心理状態の供述については、外界の事実に関する供述と異なり知覚及び記憶の過程を欠くため誤りが介入する危険が小さく、真摯性及び叙述の正確性についても、その記載内容や作成状況から吟味することが可能である。したがって、伝聞法則の趣旨は妥当せず、非伝聞として320条1項の適用を受けないと解する。
(3)そのうえで、本件メモ1から共謀を推認できるかを検討する。本件メモ1の記載は、Vの顔面に催涙スプレーを吹き付け、ロープで後ろ手に緊縛し、ガムテープで口を塞ぎ、台所の食器棚から現金500万円を強奪したという現実の犯行の態様と細部において一致している。被害者の氏名・住所・生年月日・家族関係・預金額、使用する道具の種類及び緊縛の方法までが一致することは、偶然の一致とは考え難い。そして、本件メモ1は令和2年8月4日午前10時20分に作成されたものであり、犯行はその後の同日午前11時30分頃であるから、犯行前に作成されたことが明らかである。
そうすると、本件住居侵入強盗は本件メモ1に記載された計画に従って遂行されたものと認められ、その計画を立てた作成者が乙であり、これを実行したのが甲である以上、両者の間に本件メモ1記載の内容の共謀が形成されていたことを推認することができる。
(4)よって、本件メモ1には証拠能力が認められる。
2 小問2(本件メモ2の証拠能力)
(1)本件メモ2は、冒頭に「乙から指示されたこと」と記載された上で、Vの氏名・住所、預金額、台所の食器棚の500万円、催涙スプレー・ロープ・ガムテープ、後ろ手、口だけ・ハナ×、両あしといった記載がされたものである。すなわち本件メモ2は、甲が乙から本件住居侵入強盗の指示を受けたという過去の事実を甲自身が記載した書面である。
要証事実が甲乙間の共謀の存在である場合、本件メモ2からこれを認定するには、甲が実際に乙から記載のとおりの指示を受けたこと、すなわち記載内容が真実であることを前提とせざるを得ない。よって本件メモ2は伝聞証拠に当たる。本件メモ1と異なり、作成者である甲自身の犯行計画ではなく、他人である乙から指示を受けたという外界の事実の報告を含む点で、心理状態の供述として扱うことはできない。
(2)本件メモ2は、乙の公判においては「被告人以外の者」である甲が作成した供述書であるから、321条1項3号の要件を満たせば証拠とすることができる。
ア 供述不能について、甲は死亡・精神/身体の故障・所在不明・国外にいるのではなく、証言を拒絶しているにすぎない。しかし、同号が掲げる事由は、公判期日において原供述者から供述を得ることができない場合を例示したものであり、判例も証言拒絶が供述不能に含まれるとしている。もっとも、一時的な拒絶では足りず、証言を得られる見込みがないことを要する。
本件では、甲と乙との間及び甲と傍聴人との間の双方に遮へい措置を講じて証人尋問が実施されたにもかかわらず、甲は「私は、誰から何と言われようと証言しませんし、今後も絶対に証言することはありません。」と述べて一切の証言を拒絶している。甲は捜査段階から乙及び丙組の関与をうかがわせる事項を一切供述せず、自己の公判においても本件メモ2について全く供述していない。甲が乙や丙組のことを話せば身が危ないと述べていたことに照らせば、これは報復を恐れた確定的な拒絶であり、今後証言が得られる見込みはない。よって供述不能である。
イ 不可欠性も認められる。乙は逮捕後一貫して黙秘し、公判でも共謀を否認している。甲も共謀に関する証言を拒絶しており、本件メモ1及びこれと同一内容のデータも発見されていない。そうすると、甲乙間の共謀を立証する証拠は本件メモ2のほかになく、犯罪事実の存否の証明に欠くことができない。
ウ 絶対的特信情況も認められる。本件メモ2は、甲方の机の施錠された引き出し内にあった甲使用の手帳の令和2年8月4日のページに挟まれていたものであり、他人に見せることを想定せず、自己の備忘のために手書きで作成し、厳重に保管していたものと認められる。捜査機関の関与はなく、犯行当日のページに挟まれていたことから犯行直前に作成されたと認められる。記載内容は、口だけを塞ぎ鼻は塞がない、両足を縛るという点まで現実の犯行態様と細部において一致しており、虚偽を記載する動機も、乙に責任を転嫁する必要も当時は存在しなかった。したがって、その記載が特に信用すべき情況の下にされたものと認められる。
(3)以上より、本件メモ2は321条1項3号の要件を満たし、証拠能力が認められる。
以上