司法試験 令和2年 刑事訴訟法
問題文
[刑事系科目]〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
【事 例】1 令和元年10月から11月にかけて,H市内で,何者かが一戸建ての民家に侵入して室内から金品を窃取するという住居侵入窃盗事件が,連続して5件発生した。5件いずれの事件においても,現場民家の1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスが半円形に割られた上で施錠が外され,室内が物色されて金品が窃取されており,同市を管轄するH警察署には,不安を感じた住民から早期の犯人検挙を求める要望が多数寄せられていた。
H警察署司法警察員Pは,同市内に居住する甲が,同年12月1日夜,同市内の一戸建てのX方において,庭に面した1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスにガラスカッターを当てているのを,顔見知りの住民Wに目撃されたために逃走した旨の情報を,Wからの通報により覚知した。
同事件については,窃盗被害が発生しておらず被害届が提出されなかったために立件されないこととなったが,甲がガラスカッターを当てていたクレセント錠近くの窓ガラスに,半円形の傷跡が残されており,その傷跡は一連の住居侵入窃盗事件の窓ガラスの割れ跡と形状において類似していたことから,Pは,甲が一連の住居侵入窃盗事件の犯人ではないかと目星を付け,同月2日,Wの事情聴取をし,甲がX方窓ガラスにガラスカッターを当てていたのを目撃した状況に関するWの供述調書を作成した。
そうした中,同月3日午後8時頃から同日午後9時頃までの間に,同市内の一戸建てのV方において,家人が不在の隙に,V方の庭に面した1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスが半円形に割られた上で施錠が外され,V方1階の居間にあったタンスの1段目引出しに保管されていた,封がされていない茶封筒入り1万円札10枚が窃取されるという事件が発生した(以下「本件住居侵入窃盗」という。)。Vは,同日午後9時頃帰宅して本件住居侵入窃盗の被害に気付き,110番通報した。
2 その通報を受けてV方付近を検索したH警察署司法警察員P及びQは,犯人の発見には至らなかったが,本件住居侵入窃盗における窓ガラスの割れ跡が,X方窓ガラスに残された半円形の傷跡の形状に類似していたことから,甲が本件住居侵入窃盗に及んだのではないか,ひいては本件住居侵入窃盗と前記5件の住居侵入窃盗事件は甲による連続窃盗事件ではないかと考えた。そこで,P及びQは,甲にH警察署への任意同行を求めて甲の取調べを実施することとし,同月4日午後6時頃に甲方に赴いたが不在のため同方付近で待機していたところ,同日午後9時頃,甲が帰宅したのを確認したので,甲方のインターホンを鳴らし,玄関先に出てきた甲に対し,「昨日発生したV方における住居侵入窃盗の件で話を聞かせてもらいたいので,H警察署に来てもらえないか。」と申し向けた。それに対し甲は,「疑われるのは本意ではないし,早く犯人が捕まってほしいので協力します。」と言ってこれに同意した。そこで,P及びQは,甲を徒歩で同行し,同日午後9時10分過ぎ頃,H警察署に到着した。
①Pは,同日午後9時20分頃から,H警察署取調室において,甲に黙秘権及び取調室からいつでも退去できる旨を告げた上で,本件住居侵入窃盗について甲の取調べを開始した。同取調べは,当初Pが担当し,後にQが引き継いで,翌5日午後9時30分頃まで約24時間行われたが,その間,甲は,取調べを拒否して帰宅しようとしたことはなく,仮眠したい旨の申出をしたこともなかった。また,P及びQは,甲からのトイレの申出にはいずれも応じたほか,朝食,昼食及び夕食を摂らせて休憩させた。そして,同取調べ中,同取調室及びその周辺には,現に取調べを行っている1名の取調官のほかに警察官が待機することはなかった。甲は,取調べが開始された同月4日は,「やっていません。証拠があるなら見せてください。」などと言って自らが本件住居侵入窃盗を行ったことにつき否認していたが,時間の経過とともに疲労し,翌5日午後3時頃には,言葉数が少なくなった。その頃,Qは,Pから取調べを引き継いだが,甲の供述態度は変わらず,Qは,同日午後5時頃に甲に夕食を摂らせた。そして,取調べ再開後も,言葉数が少ないながらも甲が否認している状況が続いたため,Qは,「このままではらちが明かない,これまでの取調べにより甲が疲労している今の状況であれば,軽微なうそをつくだけで自白を得られるのではないか。」と考え,同日午後7時10分頃,本件住居侵入窃盗が行われた同月3日の夜に甲が目撃されたという情報は得ていなかったにもかかわらず,甲に対し,「12月3日の夜,君が自宅から外出するのを見た人がいるんだ。」と申し向けた。それを聞いた甲は,それまでの取調べの結果疲労していたこととあいまって自白するしかないと思い込み,同月5日午後7時30分頃,本件住居侵入窃盗を行ったことを認めるに至った。そして,甲は,Qから問われたことにポツリポツリと答えながら,同日午後8時20分頃までにかけて,本件住居侵入窃盗を行った状況を自白した。そこで,Qは,同日午後9時20分頃までの間,甲の前記自白を内容とする供述調書1通を作成し,同日午後9時30分頃,取調べを終了した。
その後,甲は,本件住居侵入窃盗の被疑事実により逮捕勾留されたが,甲は,徹夜で取調べを受けていなければ否認を続けることができたと考えて後悔し,黙秘に転じたため,前記供述調書1通のほかには甲の供述調書が作成されることはなかった。
3 甲が勾留された後,甲方の捜索が行われ,封がされていない,被害品と同種の茶封筒入り1万円札10枚と,ガラスを半円形に切ることができるガラスカッター1点が発見押収された。また,実況見分を行った結果,本件住居侵入窃盗における窓ガラスの半円形の割れ跡は,甲方から発見押収されたガラスカッターにより形成可能であることが判明した。その後,甲は,黙秘のまま本件住居侵入窃盗の事実で公判請求された。なお,甲方から発見押収された茶封筒入り現金10万円及びガラスカッターからは,Vの指紋やV方ガラスからの付着物等Vに直接結び付く痕跡は検出されなかった。また,同ガラスカッターは,一般に流通し,容易に入手可能なものであった。ほかに,本件住居侵入窃盗につき,その犯行状況を撮影した防犯カメラ映像その他の甲の犯行であることを直接裏付ける証拠は得られなかった。
公判において,甲は,本件住居侵入窃盗の事実を否認し,検察官は,甲方から押収された前記茶封筒入り現金10万円や前記ガラスカッターのほか,甲の自白を内容とする前記供述調書等の取調べを請求した。また,検察官は,X方における甲の犯行と,本件住居侵入窃盗の犯行とは手口が類似しており,このことは,甲が本件住居侵入窃盗の犯人であることを推認させる事実であるとして,X方における甲の犯行を目撃した状況に関するWの前記供述調書のほか,X方の実況見分調書(X方掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスに半円形の傷跡が残っている状況を撮影した写真等添付のもの)や,窓ガラスの割れ跡等に関する実況見分調書(本件住居侵入窃盗における窓ガラスの半円形の割れ跡が,X方窓ガラスに残された半円形の傷跡と形状において類似しており,甲方から発見押収されたガラスカッターによりいずれも形成可能であることを明らかにしたもの)を証拠調べ請求した。
甲の弁護人は,Wの前記供述調書については,不同意との証拠意見を述べた。これを受けて検察官は,Wの前記供述調書と同じ立証趣旨で,②Wの証人尋問を請求したところ,弁護人は,Wの証人尋問につき,「異議あり。関連性なし。」との証拠意見を述べた。
〔設問1〕 下線部①の取調べの適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕1.自白に対する,自白法則及び違法収集証拠排除法則の適用の在り方について論じなさい。
2.1で論じた自己の見解に基づき,下線部①の取調べで得られた甲の自白の証拠能力について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問3〕 下線部②の請求につき,裁判所はこれを認めるべきか。弁護人の証拠意見を踏まえて,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第2問〕本問は,住居侵入窃盗事件の捜査及び公判に関する具体的な事例を素材として,刑事手続法上の問題点,その解決に必要な法解釈,法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並びに結論に至る思考過程を論述させることにより,刑事訴訟法に関する基本的学識,法適用能力及び論理的思考力を試すものである。
〔設問1〕は,H市内で夜間に発生したV方における住居侵入窃盗事件(以下「本件住居侵入窃盗事件」という。)に関し,司法警察員P及びQが,その2日前の夜間に同市内で発生した,手口が類似するX方における住居侵入未遂事件(以下「X方における事件」という。)で目撃された甲をH警察署まで任意同行した上,約24時間という長時間にわたり,一睡もさせずに徹夜で,更に偽計も用いて実施した取調べ(以下「下線部①の取調べ」という。)の適法性を論じさせることにより,刑事訴訟法第198条に基づく任意捜査の一環としての被疑者の取調べがいかなる限度で許されるのか,すなわち,被疑者に対する任意取調べの適法性に関する判断枠組みの理解及び具体的事実への法適用能力を試すものである。
任意同行後の被疑者に対する任意取調べの適法性について扱った最高裁判所の判例としては,宿泊を伴う取調べが実施された事案に関する最決昭和59年2月29日刑集38巻3号479頁(いわゆる高輪グリーン・マンション殺人事件)がある。同決定は,任意捜査の一環としての被疑者取調べは,第一に,強制手段によることはできず,第二に,強制手段を用いない場合でも,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等諸般の事情を勘案して,社会通念上相当と認められる方法・態様及び限度において許容されるという二段階の適法性の判断枠組みを示している。そして,深夜に任意同行した後,徹夜で,翌日の夜まで約22時間という長時間にわたって被疑者に対する取調べが実施された事案に関する最決平成元年7月4日刑集43巻7号581頁(いわゆる平塚強盗致死事件)も,この判断枠組みに従い,取調べの適否について判断している。本問の検討に当たっては,これらの最高裁判例の考え方を踏まえた上で,まず,上記判断枠組みの第一段階にいう「強制手段」については,刑事訴訟法第197条第1項但書にいう強制処分該当性の問題として位置付け,その意義を明らかにするなど,実定法上の規定との関係をも意識しつつ論じることが求められる。また,上記判断枠組みの第二段階にいう「相当」性については,いわゆる比例原則を任意取調べに適用したものとして捜査の必要性と被侵害利益とを比較衡量して判断するとの立場(比較衡量説),捜査機関に対する行為規範としての観点から判断するとの立場(行為規範説)など,その理論的根拠や考慮要素に関する理解は分かれ得るが,いずれの立場に立つにせよ,前記最高裁判例に対する理解を前提として,いかなる立場に立脚しているのかを明確にしながら論じることが求められる。
上記のような理解を前提とした上,下線部①の取調べについて,事例に現れた具体的事実が前記判断枠組みにおいてどのような意味を持つのかを意識しながら,その適法性を検討する必要がある。
すなわち,第一段階の判断として,下線部①の取調べが強制処分に当たるのか否かにつき,H警察署への任意同行に甲が明示的に同意していたことや,H警察署における具体的な取調べ状況等を踏まえ,甲の意思を制圧していないか,甲の身体・行動の自由等に制約を加えていないか等の観点から評価することが求められる。
そして,第一段階の検討において,強制処分に当たらないとの結論に至った場合には,第二段階の判断として,約24時間という長時間にわたり,一睡もさせずに徹夜で,その間に疲労して口数が少なくなっていた甲に対し,本件住居侵入窃盗事件当日の夜,甲が自宅から外出するのを見た人がいる旨の偽計をも用いて行われた取調べが,任意取調べとして社会通念上相当性を欠くか否かについて検討することとなる。ここでは,前記最高裁判例が考慮要素として挙げる,事案の性質,被疑者に対する容疑の程度,被疑者の態度等につき具体的事実を適切に抽出し評価することが求められる。この相当性の判断に当たっては,事例に現れた具体的事実をただ漫然と羅列して結論を述べればよいわけではなく,例えば,比較衡量説に立つ場合には,捜査の必要性と比較衡量すべき反対利益としての被侵害利益をどう捉えるのかについて,どのような事実が甲のいかなる利益の侵害を基礎付けるのかを明らかにしながら論じることが必要である。また,約24時間にわたり,徹夜で行われた取調べが,それのみでも社会通念上相当性を欠き違法であると判断した場合は格別,そうでない場合には,それまでの取調べにより疲労している甲に対して偽計を用いて行われた取調べについて,その偽計の内容・程度も勘案しつつ,その適法性を判断すべきである。
〔設問2〕は,甲の自白が,前記のとおり,長時間にわたり,徹夜で行われた取調べにおいて,偽計を用いて獲得されているところ,まず,〔設問2-1〕において,自白法則及び違法収集証拠排除法則の自白への適用の在り方を一般的に問うた上,次いで,〔設問2-2〕において,〔設問2-1〕で論じた自己の見解に基づいて甲の前記自白の証拠能力を論じさせることにより,自白法則及び違法収集証拠排除法則という証拠法における基本原則が,自白という供述証拠にどのように適用されるのか(後者については適用の有無自体も含む。)についての基本的な理解と,それを踏まえた,具体的事例を解決するための法的思考力を試すものである。
刑事訴訟法第319条第1項は,任意にされたものでない疑いのある自白の証拠能力を否定しているが,この自白法則の根拠についての考え方は,伝統的な理解とされる,供述人の心理状態に注目するいわゆる任意性説(虚偽排除説,人権擁護説ないしこれらを併用する説を含む。)
と,いわゆる違法排除説とに大別することができる。同法則に関する最高裁判例としては,例えば,最大判昭和45年11月25日刑集24巻12号1670頁があり,同判決は,「虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合」には,そこで得られた自白の「任意性に疑いがある」
ものとしている。また,違法収集証拠排除法則については,違法に収集された証拠物の証拠能力についての判断として,最判昭和53年9月7日刑集32巻6号1672頁があり,同判決は,明文の規定はないものの,刑事訴訟法の解釈により,証拠物の押収等の手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり,これを証拠として許容することが,将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合には,当該証拠の証拠能力が否定されると判示している。
そして,供述証拠である自白にも違法収集証拠排除法則が適用されるのか,その前提として,自白法則と違法収集証拠排除法則の関係をどのように考えるのかについては,両者は共通する原理に基づくものであって,違法収集証拠排除法則が一般的な法則であり,自白法則は言わば違法収集証拠排除法則の特別規定だとする見解(違法排除一元説),自白の証拠能力は専ら任意性の観点から判断され,自白には違法収集証拠排除法則は適用されないとする見解(任意性一元説),供述の任意性の観点とは別に違法収集証拠排除法則を自白にも適用することができるとする見解(二元説)など見解が分かれているが,〔設問2-1〕では,これらのいずれの見解に立つにせよ,自白法則及び違法収集証拠排除法則の根拠及び判断基準をそれぞれ明らかにした上で,両法則の自白への適用の在り方について,自説の立場を論じることが求められる(なお,違法収集証拠排除法則の自白への適用を認めた下級審裁判例として,東京高判平成14年9月4日判時1808号144頁(いわゆるロザール事件控訴審判決)等がある。)。
その上で,〔設問2-2〕では,〔設問1〕で検討した下線部①の取調べの適法性に関する論述内容を踏まえつつ,立場によってはそこでは触れなかった具体的事実をも適切に拾い上げながら,自説の立場から,甲の自白の証拠能力の有無及びその理由を説得的に論述することが求められる。いわゆる任意性説の立場から自白法則を適用するに当たっては,下線部①の取調べのうち,いかなる事実がどのような理由から,甲に対する心理的圧迫や心理的強制,ないし甲の黙秘権等の侵害を基礎付けると評価されるのか(あるいはされないのか)など,当該取調べが甲の心理状態に与えた影響や権利行使に与えた影響いかんについて十分言及しながら論じることが求められる。また,違法収集証拠排除法則を自白に適用するに当たっては,一般に取調べは令状主義とは関係がないとされることから,証拠物に関する前記昭和53年最高裁判例のいう,令状主義の精神を没却するような重大な違法の有無という基準を用いて甲の自白の証拠能力を判断してよいのかという点や,下線部①の取調べのうち,いかなる事実がどのような理由から重大な違法と評価されるのか(あるいはされないのか),将来の違法捜査抑制の見地から甲の自白を証拠として許容するのが相当でないと評価されるのか(あるいはされないのか)
などについて論述することが求められる。本問では,Qが用いた偽計は,本件住居侵入窃盗事件の犯行目撃自体に関するものではなく,本件住居侵入窃盗事件当日の夜に甲が自宅から外出したのを目撃されたという内容にとどまっている一方で,それまでに行われていた長時間にわたる徹夜の取調べにより疲労していたこととそうした偽計とがあいまって,甲が自白するしかないと思い込み,本件住居侵入窃盗事件を行った旨自白するに至っており,このような事情を自説の立場からどのように評価するのかを説得的に論じる必要がある。
〔設問3〕は,検察官が,本件住居侵入窃盗事件と手口の類似する,起訴されていないX方における事件を目撃したWの証人尋問により,本件住居侵入窃盗事件の甲の犯人性を証明しようとしている場合において,Wの証人尋問の請求を認めるべきか否かを問うことにより,いわゆる類似事実による犯人性の証明の可否についての基本的な理解及び具体的事実への法適用能力を試すものである。
この点について,最高裁判所は,前科証拠を犯人性の証明に用いることの適否に関する最判平成24年9月7日刑集66巻9号907頁,併合審理されている類似の犯罪事実を犯人性の間接事実とすることの適否に関する最決平成25年2月20日刑集67巻2号1頁において,このような類似の犯罪事実による犯人性の証明が許されるためには,当該犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することが必要であるとしている。
本問の検討に当たっては,これらの最高裁判例を踏まえ,弁護人の証拠意見の趣旨を把握した上で,本問のように,起訴されていない類似の犯罪事実を犯人性の証明に用いることができるのか否かを論じる必要がある。その際には,これらの類似の犯罪事実を犯人性の証明に用いることが許されないとすれば,その理論的根拠はどこにあるかを明らかにするとともに,許される場合があるとすれば,その判断基準及び根拠を十分に説明することが求められる。
その上で,一戸建ての民家の庭に面した1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスを,ガラスカッターを用いて半円形に割って解錠するという手口の特殊性・類似性の有無・程度,X方における事件と本件住居侵入窃盗事件の時間的・場所的近接性の有無・程度,ガラスカッターの入手の容易性等について,具体的事実を適切に拾い上げながら評価し,Wの証人尋問の請求を認めるべきか否かを論じることが求められている。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 下線部①の取調べは、逮捕・勾留されていない甲に対する任意捜査としての取調べ(刑訴法198条1項)である。そこで、任意取調べがいかなる限度で許容されるかが問題となる。
任意捜査としての被疑者の取調べは、第一に、強制手段によることはできず、第二に、強制手段を用いない場合であっても、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法・態様及び限度においてのみ許容されると解する(最決昭和59年2月29日、最決平成元年7月4日)。
ここにいう強制手段とは、「強制の処分」(197条1項ただし書)と同義であり、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する。また、第二段階の相当性は、捜査比例の原則(197条1項本文)の要請であり、捜査の必要性と被疑者の被侵害利益とを比較衡量して判断する。
2 強制処分該当性
本件では、P及びQは甲方玄関先で任意同行を求めたところ、甲は「疑われるのは本意ではないし、早く犯人が捕まってほしいので協力します。」と述べて明示的に同意しており、同行も徒歩で行われている。H警察署においても、Pは取調べ開始に際し黙秘権及び取調室からいつでも退去できる旨を告げている。取調室及びその周辺には現に取調べを行う1名の取調官のほかに警察官が待機することはなく、甲の退去を物理的に妨げる状況はなかった。甲からトイレの申出にはいずれも応じ、朝食・昼食・夕食を摂らせて休憩もさせている。甲は取調べを拒否して帰宅しようとしたことも仮眠の申出をしたこともない。
そうすると、本件取調べは甲の意思を制圧して身体の自由に制約を加えたものとはいえず、強制処分には当たらない。
3 相当性
(1)もっとも、本件取調べは、12月4日午後9時20分頃から翌5日午後9時30分頃までの約24時間にわたり、一睡もさせずに徹夜で継続されたものである。被疑者を終夜にわたり取調室に留め置いて取調べを続けることは、睡眠欲という人間の基本的な生理的欲求を奪い、著しい肉体的・精神的疲労を生じさせるものであって、被疑者の供述の自由を実質的に損なう危険が大きい。現に甲は時間の経過とともに疲労し、5日午後3時頃には言葉数が少なくなっている。
他方、捜査の必要性をみると、本件は連続5件に及ぶ住居侵入窃盗に続く事件であり、住民から早期の犯人検挙を求める要望が多数寄せられていたという事情があり、事案は軽視できない。甲については、X方窓ガラスにガラスカッターを当てていたのを顔見知りのWに目撃され、その半円形の傷跡が本件の割れ跡と形状において類似していたことから、相当程度の容疑が認められる。
しかし、本件住居侵入窃盗は前日に発生したものであり、甲方の捜索や関係者の取調べなど他の捜査手段を尽くす余地があった。また、一夜を徹して取調べを続けなければ証拠が散逸するといった緊急の事情も認められない。甲はいったんは否認して「証拠があるなら見せてください。」と述べていたのであるから、取調べを打ち切って客観的証拠の収集に向かうべきであった。
そうすると、約24時間にわたり徹夜で継続された本件取調べは、被疑者の被る不利益が著しく、これを正当化する必要性・緊急性を欠くものであって、社会通念上相当と認められる限度を超えている。
(2)加えて、Qは、5日午後7時10分頃、甲が12月3日の夜に外出するのを目撃したという情報を得ていなかったにもかかわらず、「12月3日の夜、君が自宅から外出するのを見た人がいるんだ。」と申し向け、偽計を用いている。虚偽の証拠関係を告げて被疑者を錯誤に陥れる取調べは、供述するか否かの判断の前提を偽るものであり、黙秘権(憲法38条1項、刑訴法198条2項)の実質的保障を損なう。既に長時間の取調べにより疲労していた甲に対してこれを用いた点で、その違法性は一層高い。
(3)以上より、下線部①の取調べは任意取調べとして許容される限度を超え、違法である。
第2 設問2
1 小問1
(1)刑訴法319条1項は、強制、拷問、脅迫による自白、不当に長く抑留・拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑いのある自白の証拠能力を否定する(自白法則)。その根拠は、不任意な状況下での自白は虚偽である危険が高いこと(虚偽排除)、及び黙秘権をはじめとする被疑者の人権の保障(人権擁護)にあると解する。したがって、同項の任意性は、取調べの状況が被疑者の心理状態に与えた影響に照らし、虚偽の自白が誘発されるおそれがあるか、黙秘権等の権利行使が妨げられたかという観点から判断される。
(2)他方、違法収集証拠排除法則は、明文の規定はないが、司法の廉潔性の保持及び将来における違法捜査の抑止を根拠として認められる。判例は、証拠物について、押収等の手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合には証拠能力が否定されるとしている(最判昭和53年9月7日)。
(3)両法則の関係については、自白法則は被疑者の心理状態に着目して証拠能力を否定するものであり、手続の違法に着目して証拠を排除する排除法則とは根拠を異にする。そして、取調べに重大な違法があっても被疑者の心理状態に影響がない場合がある一方、違法といえない取調べによって得られた自白にも任意性に疑いが生じる場合があるから、両法則は適用場面を異にする。また、自白は供述証拠であるとはいえ、違法な手続により獲得された証拠を排除すべき要請は証拠物と異ならない。
そこで、自白の証拠能力は、319条1項の任意性の観点から判断されるほか、これとは独立に違法収集証拠排除法則によっても判断されると解する(二元説)。
もっとも、取調べは令状主義と直接の関係を有しないから、前記判例の基準をそのまま用いることはできない。自白に排除法則を適用する場合には、取調べの手続に適正手続(憲法31条)及び黙秘権の保障の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるときに、証拠能力が否定されると解すべきである。
2 小問2
(1)自白法則の適用
甲の自白は、約24時間にわたり一睡もさせずに行われた取調べによって、甲が「それまでの取調べの結果疲労していたこととあいまって自白するしかないと思い込み」獲得されたものである。徹夜の取調べによって甲の肉体的・精神的疲労は著しく、判断能力は減退していた。現に甲は5日午後3時頃から言葉数が少なくなり、自白後もQから問われたことにポツリポツリと答えるという受動的な供述態度であった。
さらに、Qは存在しない目撃情報を告知する偽計を用いている。虚偽の証拠を示されて自己の弁解が通らないと誤信した被疑者は、否認を続ける意味がないと考えて虚偽の自白に及ぶおそれがある。判例も、偽計を用いて被疑者を錯誤に陥れ、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、その自白の任意性に疑いがあるとしている。
確かに、Qの用いた偽計は、本件住居侵入窃盗の犯行そのものを目撃されたという内容ではなく、当日夜に自宅から外出するのを目撃されたという内容にとどまり、それ自体が甲の犯人性を直接示すものではない。しかし、甲は「12月3日の夜に何をしていたか」について客観的な裏付けをもって弁解できる状況になく、既に長時間の取調べで疲労していた甲にとって、その告知は自己のアリバイが崩れたと思わせるに足りるものであった。実際に甲はこれを契機として自白するしかないと思い込んでいる。徹夜の取調べによる疲労と偽計とがあいまって、虚偽の自白が誘発されるおそれは現実のものであったといえる。
よって、甲の自白は任意にされたものでない疑いがあり、319条1項により証拠能力が否定される。
(2)排除法則の適用
仮に任意性の疑いが否定されるとしても、設問1で述べたとおり、本件取調べは約24時間にわたり徹夜で行われ、かつ捜査機関が意図的に偽計を用いたものである。Qは「軽微なうそをつくだけで自白を得られるのではないか」と考えて偽計に及んでおり、違法の認識があったといえる。これは被疑者の供述の自由及び黙秘権の保障の精神を没却する重大な違法であり、これにより得られた自白を証拠として許容することは、同種の取調べを将来にわたり助長することとなって相当でない。
よって、排除法則によっても甲の自白の証拠能力は否定される。
(3)なお、甲の自白を内容とする供述調書は本件唯一の自白証拠であり、ほかに犯行を直接裏付ける証拠はないが、証拠能力の判断がこれにより左右されるものではない。
第3 設問3
1 弁護人の「関連性なし」との証拠意見は、起訴されていないX方における甲の犯行という類似事実によって本件住居侵入窃盗の犯人性を立証することが許されないという趣旨である。そこで、類似事実による犯人性の証明の可否が問題となる。
2 犯人性の証明に類似の犯罪事実を用いる場合、事実認定者は、被告人が同種の犯行を行う性向を有することを介して本件も被告人の犯行であると推認しがちである。しかし、このような人格的評価による推認は実証的根拠に乏しく、誤った事実認定に至る危険が大きいうえ、被告人に対する不当な予断を生じさせ、争点が拡散して審理が遅延するおそれもある。したがって、類似事実による犯人性の立証は、原則として法律的関連性を欠き許されない。
もっとも、類似の犯罪事実が顕著な特徴を有し、かつ、それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似する場合には、人格的評価を介することなく、同一人の犯行であることを合理的に推認することができる。この場合には例外的に関連性が認められると解する(最判平成24年9月7日、最決平成25年2月20日参照)。
3(1)本件において、X方における甲の行為は、一戸建ての民家の庭に面した1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスに、ガラスカッターを当てて半円形に切り、施錠を外して侵入するという手口である。本件住居侵入窃盗も、同様に一戸建て民家の庭に面した1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスが半円形に割られて施錠が外されたものであり、手口は一致する。ガラスを切る形状を半円形とし、その位置をクレセント錠近くに限定するという点は、侵入手段として相当に特徴的であり、連続した5件の事件も同一の手口であったことに照らせば、同一人の犯行であることを示す顕著な特徴といえる。
また、X方における事件は12月1日夜、本件は同月3日午後8時頃から9時頃までの間であり、いずれもH市内の一戸建て民家を対象とするもので、時間的・場所的にも極めて近接している。
(2)他方、甲方から押収されたガラスカッターは一般に流通し容易に入手可能なものであり、ガラスカッターの使用自体は特徴とはいえない。しかし、前記のとおり関連性を基礎づけるのは器具の希少性ではなく、切断の位置・形状という手口の態様であるから、この点は結論を左右しない。
(3)X方における事件は、窃盗被害が発生せず被害届も提出されなかったため立件されていない。しかし、類似事実が起訴されているか否かは関連性の有無を決するものではなく、当該事実が証拠により認定できるかが問題となるにすぎない。本件では、甲と顔見知りの住民Wが甲の行為を直接目撃しており、X方窓ガラスに半円形の傷跡が残っている状況を撮影した写真等を添付したX方の実況見分調書及び窓ガラスの割れ跡等に関する実況見分調書も請求されているから、X方における甲の行為は十分に立証可能である。また、Wの証人尋問はX方における目撃状況に限られ、審理が不当に拡散するおそれも小さい。
4 以上より、X方における甲の行為は顕著な特徴を有し、本件住居侵入窃盗と相当程度類似するから、これを甲の犯人性を推認させる間接事実として用いることは許される。よって、Wの証人尋問には関連性が認められ、裁判所は下線部②の請求を認めるべきである。
以上