司法試験 令和元年 刑事訴訟法
問題文
[刑事系科目]〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事 例】1 平成31年2月1日,G市内の路上において,徒歩で通行中のV(70歳,女性)が,原動機付自転車に乗った犯人からバッグを引っ張られて路上に転倒し,バッグを奪われた上,同月2日,被害時に頭部を路上に強打した際に生じた脳挫傷により死亡する強盗致死事件が発生した(以下「本件強盗致死事件」という。)。Vは,被害直後,臨場した警察官に対し,「バッグに50万円を入れていた。犯人は,ナンバーが『G市(ひらがなは不明)1234』で黒色の原動機付自転車に乗っていた。」旨供述した。
2 司法警察員P及びQが本件強盗致死事件について捜査した結果,上記ナンバーに合致する黒色の原動機付自転車は,甲(23歳,男性)名義のもののほか2台あることが判明した。そこで,Pらが甲について捜査したところ,甲は,アパートで単身生活していること,平成30年12月末にX社を退職した後は無職であったこと,平成31年2月1日における甲名義の銀行口座の残高は1万円であったものの,同月2日に甲が同口座に現金30万円を入金したことが判明したが,甲方アパート駐輪場には甲名義の原動機付自転車は見当たらなかった。
Pは,本件強盗致死事件で甲を逮捕するには証拠が不十分であるため,何か別の犯罪の嫌疑がないかと考え,X社社長から聴取したところ,同社長から,「甲は,売掛金の集金及び経理業務を担当していたが,平成30年11月20日に顧客Aから集金した3万円を着服したことが発覚して同年末に退職した。」旨の供述が得られた。そこで,Pは,同社長に対し,甲による現金3万円の業務上横領の被害届を出すよう求めたが,同社長は,被害額が少額であることや世間体を気にして,被害届の提出を渋ったため,Pは,繰り返し説得を続け,同社長から被害届の提出を受けた(以下「本件業務上横領事件」という。)。
3 その後,Pらは,本件業務上横領事件の捜査を行い,上記内容のX社社長の供述調書のほか,「平成30年11月20日,自宅に集金に来た甲に3万円を渡した。領収書は捨ててしまった。」
旨のAの供述調書や,Aから集金した3万円がX社に入金されたことを裏付ける帳簿類は見当たらなかった旨の捜査報告書等を疎明資料として,甲に対する逮捕状の発付を受け,①平成31年2月28日,甲を本件業務上横領の被疑事実で通常逮捕した。同年3月1日,検察官Rは,同事実で甲の勾留を請求し,同日,甲は,同事実で勾留された。甲は,PやRによる弁解録取手続や裁判官による勾留質問において,「平成30年11月20日にAから集金したかどうかは覚えていない。」旨供述した。なお,甲の送致に先立ち,Rは,Pから,甲に本件強盗致死事件の嫌疑がある旨を聞き,同事件での逮捕も視野に入れて,両事件の捜査を並行して行うこととした。
平成31年3月2日以降の捜査経過は,以下のとおりである(なお,その概要は,資料1記載のとおり。)。
4 Pは,同月2日,3日及び5日,本件業務上横領事件について甲を取り調べたが,甲は,前同様の供述を繰り返した。また,同月4日から6日にかけて,Pは,甲に対し,任意の取調べとして行う旨を説明した上で本件強盗致死事件について取り調べたが,甲は,「やっていない。平成31年2月1日に何をしていたか覚えていない。」旨の供述に終始した。
また,Qは,同年3月2日から6日にかけて,本件業務上横領事件及び本件強盗致死事件に関する捜査として,甲の周辺者から聞き込みを行うとともに,逮捕時に押収した甲のスマートフォンに保存されたメール等を精査した結果,甲は,平成30年秋頃,Yから借金の返済を迫られていたこと,同年11月23日にYと待ち合わせる約束をしていたことが判明した。そこで,Qは,本件業務上横領事件の犯行日の特定や被害金額の裏付けとしてYの取調べが必要と考え,Yに連絡したが,Yの出張等の都合により,平成31年3月16日にYを取り調べることとなった。
同月7日,Rが本件業務上横領事件について甲を取り調べたところ,甲は,「事件当日は,終日,パチンコ店のH店かI店にいたような気もする。」旨供述したことから,Rは,Pらに対し,同店での裏付け捜査を指示した。
そこで,Qは,同月8日から10日にかけて,H店及びI店において裏付け捜査したところ,H店では,防犯カメラ画像で犯行日に甲が来店していないことが確認できたが,I店では,防犯カメラが同月14日まで修理中だったため,修理後にその画像を確認することとなった。
他方,Pは,同月8日から10日にかけて,連日,本件強盗致死事件について甲を取り調べたが,甲は前同様の供述を繰り返して否認し続けた。
Rは,更に本件業務上横領事件の捜査が必要と判断し,同月10日,甲の勾留期間の延長を請求し,勾留期間は,同月20日まで延長された。
5 同月11日及び12日,Qが,Aの供述を客観的に裏付けるため,甲がX社の業務で使用していた甲所有のパソコンのデータを精査したところ,金額の記載はないものの,A宛ての平成30年11月20日付け領収書のデータが発見された。そこで,Pは,平成31年3月13日,取調べにおいて同データについて追及したが,甲は,「日付はとりあえず記入しただけで,その日にA方に行ったかは分からない。」旨供述した。
また,同月14日,Qが,I店の防犯カメラ画像を確認したところ,犯行日に甲が来店していないことが判明した。そこで,Pは,同月15日,取調べにおいてH店等での裏付け捜査を踏まえて追及したところ,甲は,「平成30年11月20日にAから集金したが,金額はよく覚えていない。」旨供述した。
平成31年3月16日,QがYを取り調べたところ,Yが,「甲に10万円を貸していたが,平成30年11月23日に3万円の返済を受けた。その後,甲は,金がないと言っていたのに,平成31年2月初め頃だったと思うが,『臨時収入があったから金を返す。』と電話をかけてきて,甲から7万円の返済を受けた。」旨供述したため,Qは,その旨の供述調書を作成した。
その後,RがYに確認したところ,返済日及び金額を記載した手帳があることが判明した。そこで,Rは,同年3月19日,Yの持参した手帳を確認しながらYを取り調べ,Yが,甲から平成30年11月23日に3万円,平成31年2月6日に7万円の返済を受けた旨の供述調書を作成した。
Yの上記取調べに引き続き,Rが本件業務上横領事件について甲を取り調べたところ,甲が,「平成30年11月20日にAから3万円を集金し,これを自分のものとした。その3万円はYへの借金返済に充てた。」旨供述したため,Rは,その旨の供述調書を作成した。
6 一方,Qは,平成31年3月15日,甲の家賃の支払状況等についてアパートの大家を取り調べ,平成30年12月以降家賃を滞納していた甲が,平成31年2月2日に2か月分の家賃として10万円を支払った旨の供述調書を作成した。
また,同年3月17日,Qが,甲の周辺者から,甲名義の原動機付自転車の所在について聞き込みをした結果,甲が,同年2月初旬に同原動機付自転車を知人に1万円で売却したことが判明した。
Pは,同年3月11日,12日,14日及び16日から18日まで,本件強盗致死事件について甲を取り調べた。Pは,X社を退職した後の生活費等の入手先や,同年2月1日の行動について追及したが,甲は,「どの店かは忘れたが,パチンコで勝った金で生活していた。」「2月1日は何をしていたか覚えていない。」旨の供述を繰り返し,同年3月17日まで否認し続けた。しかし,同月18日,甲は,Pから,家賃の支払状況や銀行口座への30万円の入金について追及されたのを契機に,本件強盗致死事件に及んだ旨自白したため,Pは,その旨の供述調書を作成した。
7 Rは,同月20日,甲を本件業務上横領の事実でG地方裁判所に公判請求した(公訴事実は資料2記載の公訴事実1のとおり。)。
8 その後,甲は,本件強盗致死の被疑事実で逮捕,勾留され,Rは,同年4月16日,甲を本件強盗致死の事実でG地方裁判所に公判請求した。同裁判所は,本件強盗致死事件と本件業務上横領事件を併合して審理することとし,公判前整理手続に付した。公判前整理手続の結果,各公訴事実に争いはなく,量刑のみが争点とされたほか,本件業務上横領事件も裁判員裁判で審理されることを考慮し,X社社長及びAの証人尋問を実施することが決定された。なお,公判前整理手続において,弁護人から,甲の集金権限に関する主張はなかった。
しかし,公判期日において,同社長は,「これまで警察官及び検察官に話していなかったが,よく思い出してみると,甲が無断欠勤するようになったので集金等の業務を任せられないと考え,別の部署に異動させたので,平成30年11月20日当時,甲には集金権限がなかった。急な異動のため,甲が担当していたAなどのお客様への連絡が遅くなってしまった。」旨証言した。また,Aは,「平成30年11月20日に集金に来たのは甲である。当時,甲に集金権限がないことは知らなかった。甲は,いつものように,『集金に来ました。合計で3万円です。』と言ったので,甲がX社の集金担当者だと思い,X社への支払として3万円を甲に渡した。」旨証言した。さらに,甲は,被告人質問において,「確かに,平成30年11月20日当時集金権限はなく,それは分かっていたが,とにかく金が欲しかった。」旨供述した。
その後,検察官は,②資料2記載の公訴事実2のとおり訴因変更する旨請求した。なお,検察官及び弁護人から追加の証拠調べ請求はなかった。
〔設問1〕 下線部①の逮捕,勾留及びこれに引き続く平成31年3月20日までの身体拘束の適法性について,1 具体的事実を摘示しつつ,論じなさい。
2 1とは異なる結論を導く理論構成を想定し,具体的事実を摘示しつつ,論じなさい。なお,その際,これを採用しない理由についても言及すること。
〔設問2〕 下線部②の訴因変更の請求について,裁判所はこれを許可すべきか。公判前整理手続を経ていることを踏まえつつ,論じなさい。
資料1本件業務上横領事件 本件強盗致死事件 本件業務上横領事件 本件強盗致死事件2日 3時間3日 3時間4日 5時間5日 2時間 2時間6日 3時間7日 3時間8日 3時間9日 2時間10日 3時間11日 5時間12日 5時間13日 3時間14日 3時間 I店への裏付け捜査15日 3時間 大家の取調べ16日 3時間17日 3時間 原動機付自転車に関する捜査18日 3時間19日 3時間20日合計時間 20時間 40時間年月日(平成31年3月)
Yの取調べ本件業務上横領事件で公判請求甲の取調べ時間 その他の捜査スマートフォンのデータ精査周辺者への聞き込みH店及びI店への裏付け捜査パソコンデータ精査Yの取調べ資料2公訴事実1被告人は,X社に勤務し,同社の売掛金の集金業務等に従事していたものであるが,平成30年11月20日,同社の顧客であるAから売掛金の集金として受け取った現金3万円を同社のため業務上預かり保管中,同日,G市J町1番地所在のA方付近において,自己の用途に使う目的で,着服して横領したものである。
公訴事実2被告人は,平成30年11月20日,G市J町1番地所在のA方において,X社の顧客であるAに対し,真実は被告人に同社の売掛金を集金する権限がないのに,これがあるように装い,「集金に来ました。合計で3万円です。」などとうそを言い,Aをその旨誤信させ,よって,同日,同所において,同人から現金3万円の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させたものである。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第2問〕本問は,強盗致死,業務上横領事件を素材として,捜査公判に関連する具体的事例を示し,各局面で生じる刑事手続上の問題点,その解決に必要な法解釈,法を適用するに当たって重要な具体的事実の分析・評価及び具体的帰結に至る思考過程を論述させることにより,刑事訴訟法に関する基本的学識,法適用能力及び論理的思考力を試すものである。
〔設問1〕は,路上で発生した強盗致死事件(本件)について,警察官及び検察官は,甲が犯人ではないかとの嫌疑を抱き,同事件の捜査を視野に入れて,甲を業務上横領事件(別件)
の被疑事実で逮捕・勾留し,同勾留期間中には,甲に対し,強盗致死事件の取調べを行っていることから,甲の逮捕・勾留が,いわゆる別件逮捕・勾留に当たり違法と評価されないかが問題となる。〔設問1-1〕では,いわゆる別件逮捕・勾留に関する捜査手法の適法性の判断基準について,まず,自己の拠って立つ理論構成を示した上,【事例】の具体的事実に当てはめて,甲の逮捕・勾留の適法性を論ずることが求められる。次に,〔設問1-2〕では,自己の結論とは異なる結論を導く理論構成を示し,【事例】の具体的事実に当てはめて,甲の逮捕・勾留の適法性を論じた上,その理論構成を自己が採用しない理由についても言及することが求められる。
いわゆる別件逮捕・勾留に関する捜査手法の適法性の判断基準については,大別すると,逮捕・勾留の基礎となっている被疑事実(別件)を基準に判断する見解(別件基準説)と,実質的に当該被疑事実とは別の犯罪事実(本件)についての身体拘束と評価し得るかという観点から判断する見解(本件基準説)とに分かれており,さらに,どのような場合に逮捕・勾留が違法となるかという点をめぐり,別件についての逮捕・勾留の要件(犯罪の嫌疑,身体拘束の必要性)を充足しているかを重視する考え方,別件の起訴・不起訴の判断に必要な捜査がいつ完了したかを重視する考え方,逮捕・勾留に当たっての捜査官の意図・目的を重視する考え方,逮捕・勾留の期間がいずれの事件の捜査のために利用されている(いた)かを重視する考え方などが主張されている。〔設問1-1〕では,まず,いわゆる別件逮捕・勾留の適法性について,いかなる基準ないし観点から判断するのか,そして,どのような場合に逮捕・勾留が違法となるのかについて,その根拠も含め,自己の理論構成を明示し,【事例】の具体的事実の中から重要な事実に自己の理論構成を当てはめて,甲の逮捕・勾留の適法性について論じることが求められる。
本問の検討に当たり,考慮されるべき要素として,以下のものを挙げることが可能であろう。
① 逮捕・勾留の理由とされた被疑事実である業務上横領事件について,逮捕(刑事訴訟法第199条第1項,同条第2項但書,刑事訴訟規則第143条の3),勾留(刑事訴訟法第207条第1項により準用される同法第60条第1項)及び勾留延長(刑事訴訟法第208条第2項)の要件の充足
② (強盗致死事件を捨象した場合における)業務上横領事件それ自体の重要性(立件ないし起訴の見込み)
③ 逮捕・勾留請求時の捜査状況
・ 強盗致死事件については,甲が犯人との嫌疑はあったが,逮捕できるだけの証拠はなかった
・ 業務上横領事件は,強盗致死事件の捜査の過程で発覚したものであり,警察官は,被害届の提出を渋る被害者を繰り返し説得して,業務上横領事件の被害届を提出させた
④ 業務上横領事件で逮捕・勾留した捜査官の意図
・ 警察官は,強盗致死事件で甲を逮捕するには証拠が不十分であったため,甲を逮捕できる他の犯罪事実はないかと考えていた
・ 検察官も,甲を強盗致死事件で逮捕することを視野に入れて,捜査することを考えていた
⑤ 別件と本件の重大性,別件と本件との関連性
・ 「本件」は人が死亡している強盗致死事件であり,「別件」は被害金額が3万円の集金横領事件である
・ 強盗致死事件(路上のひったくり強盗)と業務上横領事件(集金横領)との間に関連性はない
⑥ 逮捕・勾留後の取調べの状況
・ 勾留期間中の取調べ日数は,業務上横領事件の取調べが,3月19日まで断続的に行われ,合計7日である一方,強盗致死事件の取調べは,3月18日までほぼ連日,合計12日にわたっており,取調べ時間の合計も,業務上横領事件の取調べは合計20時間である一方,強盗致死事件の取調べは合計40時間にわたっている
・ 甲は当初,強盗致死事件について否認しており,警察官による追及の結果,3月18日に自白した(自ら積極的に本件を自白したものではない)
⑦ 逮捕・勾留後の業務上横領事件の捜査状況
・ 甲は,弁解録取時,犯行を否認し,3月7日には,パチンコ店にいた旨のアリバイ主張をし,同月15日には,Aからの集金事実は認めたが,具体的な金額については否認し,同月19日に横領金額も含め自白した
・ 勾留期間中,甲の弁解に対応した裏付け捜査(パチンコ店の防犯カメラの捜査,甲のパソコンの精査,Yの取調べなど)が継続的に行われており,捜査官の懈怠による捜査の遅延もない以上の考慮要素の中から,自己の拠って立つ理論構成において着目・重視すべきものを取り出し,具体的事実を摘示しながら,甲の逮捕・勾留の適法性について論じることになろう。
次に,〔設問1-2〕では,自己の結論と異なる結論を導く理論構成を示した上(ここでは,結論と理論構成の双方が異なるものを示さなければならないことに留意する必要がある),その理論構成において着目・重視すべき考慮要素に関わる具体的事実を摘示しながら,甲の逮捕・勾留の適法性について論じることになろう。また,当該理論構成を採用しない理由については,いわゆる別件逮捕・勾留の適法性の判断基準に関する各見解に対し,それぞれ指摘や批判もあるところであり,そのような指摘や批判を踏まえつつ,具体的に論述することが求められる。
〔設問2〕は,訴因変更の可否及び許否を問う問題である。【事例】において,検察官は,甲がAから集金し,X社のために保管していた3万円を横領したという業務上横領罪の訴因(公訴事実1)で起訴したが,審理の途中で,甲がAから集金名下で3万円をだまし取ったという詐欺罪(公訴事実2)へ訴因変更を請求している。訴因の変更は,「公訴事実の同一性を害しない限度において」認められる(刑事訴訟法第312条第1項)ことから,本問の解答に当たっては,公訴事実の同一性の意義・判断基準についての理論構成を示した上,具体的事実に当てはめることが求められる。加えて,本問の訴因変更請求は,公判前整理手続を経た裁判員裁判の審理の中で行われているため,公判前整理手続後の訴因変更が許されるかについて,公判前整理手続の制度趣旨に照らした論述が求められる。
公訴事実の同一性の意義については,従来から,「単一性」と「狭義の同一性」に分けられているが,本件で問題になるのは「狭義の同一性」である。「狭義の同一性」の判断基準について,判例は,変更前後の両訴因の間の「基本的事実関係が同一か」という観点から判断しており,その判断に当たっては,犯罪の日時,場所の同一性や近接性,行為,客体,被害者等の事実の共通性に着目している。また,事実の共通性に加えて,両訴因が両立しない関係にあること(非両立性)に言及するものもある。そこで,関連する判例の立場や学説を踏まえつつ,「公訴事実の同一性」の判断基準について,その根拠も含め,自己の理論構成を示した上で,
【事例】の両訴因(公訴事実1と公訴事実2)の間に,公訴事実の同一性が認められるか的確に論じることが求められる。
次に,訴因変更の請求が許される手続段階について,刑事訴訟法は特に制限を付しておらず,公判前整理手続が導入された平成16年の同法改正においても,公判前整理手続後の証拠調べ請求が制限された(刑事訴訟法第316条の32)のとは異なり,訴因変更の請求に関する制限は設けられていない。
しかし,公判前整理手続は,充実した公判の審理を継続的,計画的かつ迅速に行うため,事件の争点及び証拠を整理する手続であり,公判前整理手続を経た事件については,同手続で策定された審理計画に従い,集中的かつ迅速な審理が進められることとなるが,公判前整理手続後に訴因変更がなされると,変更後の訴因について,当事者双方の追加立証が必要となる場合も考えられ,公判前整理手続で策定された計画どおりに審理ができなくなるおそれがある。
もとより,公判前整理手続に付された事件においても,証拠調べの結果,公判前の当事者の主張と異なる事実が明らかとなることは,制度上織り込み済みであるとはいえ,公判前整理手続に付しながら,その意味を失わせるような訴因変更の請求を許すことは不合理であるから,訴因変更の請求に対する制限を基礎付ける根拠として,公判前整理手続の制度趣旨を援用することが説得的だということができるであろう(「公判前整理手続を経た後の公判においては,充実した公判審理のための争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような訴因変更は許されない」とした下級審裁判例として,東京高判平成20年11月18日・高刑集61巻4号6頁がある。)。本問においても,公判前整理手続の制度趣旨を論じた上で,これを踏まえた訴因変更の許否について判断基準を示し,【事例】の具体的事実に当てはめて,検察官の訴因変更請求が許されるかを丁寧に論じることが求められる。そして,検討に当たっては,公判前整理手続の中で訴因変更を請求することが可能であったか(検察官が訴因変更の必要性を意識する契機があったか),また仮に訴因変更を許した場合,公判前整理手続で策定された審理計画の大幅な変更が必要となるかといった点が重要な考慮要素となるであろう。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 小問1
(1)本件では、Pは本件強盗致死事件(以下「本件」という。)で甲を逮捕するだけの証拠がなかったため、別途発覚した本件業務上横領事件(以下「別件」という。)の被疑事実で甲を逮捕・勾留し、その身体拘束中に本件の取調べを行っている。そこで、本件について取り調べる目的で別件により逮捕・勾留することが許されるか、いわゆる別件逮捕・勾留の適法性が問題となる。
(2)逮捕・勾留は、令状裁判官が逮捕状請求書及び勾留請求書に記載された被疑事実について理由と必要性を審査して発付・許可するものであり、その効力の及ぶ範囲も当該被疑事実によって画される(刑訴法199条1項、207条1項により準用される60条1項)。そうすると、逮捕・勾留の適法性は、当該逮捕・勾留の基礎とされた被疑事実、すなわち別件を基準として判断すべきであり、別件について逮捕・勾留の理由と必要性が認められる限り、捜査機関が本件の捜査を併せて意図していたとしても、直ちに違法とはならないと解する。もっとも、別件による逮捕・勾留に名を借りて、専ら本件の取調べに利用する目的であった場合には、裁判官の審査を受けていない事実のために身体拘束を用いるものであるから、令状主義の潜脱として違法となる。
(3)ア まず、別件について逮捕の理由(199条1項)が認められる。X社社長の供述調書、Aから集金した旨のAの供述調書、Aからの3万円がX社に入金された裏付けが見当たらない旨の捜査報告書が疎明資料とされており、甲が平成30年11月20日にAから集金した3万円を着服したという業務上横領の嫌疑は十分である。甲は無職で単身生活しており、罪証隠滅・逃亡のおそれも認められるから、逮捕・勾留の必要性(60条1項各号)も否定されない。甲は弁解録取及び勾留質問において集金したか覚えていない旨述べて事実を明らかにしておらず、関係者への働き掛けのおそれは現実的である。
イ 別件それ自体の重要性も否定できない。被害額3万円は少額であるが、経理担当者が顧客からの集金を着服したという業務上横領は、それ自体立件・起訴を要する犯罪であり、現に検察官Rは3月20日に別件で公判請求している。
ウ 次に、勾留期間が専ら本件の取調べに利用されたとはいえない。勾留期間中、Qは、3月2日から6日にかけて別件の犯行日の特定及び被害金額の裏付けのために周辺者からの聞き込み及びスマートフォンのデータ精査を行い、甲のアリバイ主張を受けて8日から10日にかけてH店・I店の防犯カメラの裏付け捜査を行い、11日及び12日には甲のパソコンからA宛て平成30年11月20日付け領収書のデータを発見し、14日にはI店の防犯カメラ画像を確認し、16日及び19日にはYを取り調べて横領金の使途を裏付けている。これらはいずれも甲の弁解に対応した別件の裏付け捜査であり、捜査の懈怠による遅延も認められない。別件の取調べも3月2日から19日まで断続的に合計7日、20時間行われ、その結果19日に甲の自白が得られている。勾留延長(208条2項)についても、10日の請求時点でYの取調べがその都合により16日に予定され、I店の防犯カメラも14日まで修理中であったから、やむを得ない事由が認められる。
エ 確かに、Pは本件の証拠が不十分であったため別件の嫌疑を探し、被害届の提出を渋るX社社長を繰り返し説得して被害届を提出させており、Rも本件での逮捕を視野に入れていた。また、本件の取調べは3月18日までほぼ連日合計12日、40時間に及び、別件の取調べ時間を上回る。しかし、被害届の取得は被害者の意思に反して虚偽の事実を作出したものではなく、別件の嫌疑は客観的に存在する。また、本件の取調べが長時間に及んだことは、余罪である本件についての取調べが許容される限度を超えたかという別個の問題であり、別件について要件を満たす身体拘束それ自体を違法とするものではない。
オ 以上より、本件の逮捕、勾留及び3月20日までの身体拘束は適法である。
2 小問2
(1)異なる結論を導く理論構成として、逮捕・勾留が実質的には別件とは異なる本件についての身体拘束と評価し得るかという観点から適法性を判断する見解(本件基準説)が考えられる。この見解によれば、捜査機関の意図・目的、別件と本件の軽重及び関連性、身体拘束期間がいずれの事件の捜査に利用されたかなどを総合して、実質的に本件についての身体拘束と認められる場合には、本件について裁判官の令状審査を経ていないのであるから、令状主義に反し違法となる。
(2)本件では、Pは本件で甲を逮捕するには証拠が不十分であったため、「何か別の犯罪の嫌疑がないか」と考えてX社社長から聴取し、被害額が少額であることや世間体を気にして被害届の提出を渋る同社長を繰り返し説得して被害届を提出させている。すなわち別件は本件の捜査のために意図的に掘り起こされたものである。Rも、送致前からPより本件の嫌疑を聞き、本件での逮捕を視野に入れて両事件の捜査を並行して行うこととしていた。そして、本件は被害者が死亡した強盗致死という極めて重大な事件である一方、別件は被害額3万円の集金横領にとどまり、両事件の間に関連性はない。さらに、取調べは、別件が合計7日・20時間であるのに対し、本件は3月18日までほぼ連日・合計12日・40時間に及び、時間的にも日数的にも本件の取調べが中心であった。甲は本件について当初否認しており、Pの追及の結果18日に至って自白したもので、甲が自発的に供述したものでもない。
そうすると、別件による身体拘束は実質的には本件の取調べのために利用されたものであり、本件についての身体拘束と評価すべきであるから、令状主義を潜脱するものとして違法となる。
(3)もっとも、この理論構成は採用しない。第一に、本件については逮捕状の請求も勾留の請求もされておらず、裁判官の審査の対象となっていない事実を基準として身体拘束の適否を判断することは、審査対象と判断対象を食い違わせるものであって、逮捕・勾留が被疑事実を単位として行われる現行法の構造に適合しない。第二に、捜査機関の内心の意図・目的という外部から判定の困難な事情によって身体拘束の適否が左右されることになり、判断基準として不明確であるうえ、適法に開始された身体拘束がその後の取調べ状況によって事後的に違法となるという不安定な結果を招く。第三に、別件について逮捕・勾留の理由と必要性が客観的に存在する場合にこれを違法とすることは、別件についての捜査・訴追の利益を不当に害する。本件の取調べが過度に行われたことは、余罪取調べの限界の問題として、当該取調べの違法性及びそれにより得られた自白の証拠能力の判断において考慮すれば足りる。
第2 設問2
1 訴因変更の可否
(1)訴因の変更は「公訴事実の同一性を害しない限度」で許される(312条1項)。本件では、業務上横領の訴因(公訴事実1)から詐欺の訴因(公訴事実2)への変更が請求されており、両訴因は併合罪関係にないから、狭義の同一性が問題となる。
公訴事実の同一性は、審判対象の設定及び一回的処理の範囲を画するものであるから、基本的事実関係の同一性を基準として判断すべきであり、具体的には、両訴因の事実が両立し得ない関係にあるか(非両立性)、両訴因の間に共通する部分があるか(共通性)を総合考慮して判断すると解する。
(2)本件では、両訴因はいずれも平成30年11月20日という同一の日時、G市J町1番地所在のA方(付近)という同一の場所における、Aが甲に対し売掛金として現金3万円を交付したという同一の機会の出来事を対象としており、客体も現金3万円で同一である。被害者がX社からAに変わるが、これは同一の集金行為について法的評価が変わった結果にすぎない。
そして、公訴事実1は甲に集金権限があり3万円をX社のため業務上預かり保管していたことを前提とするのに対し、公訴事実2は甲に集金権限がないことを前提とするから、両訴因は論理的に両立しない。
したがって、両訴因の間に基本的事実関係の同一性が認められ、公訴事実の同一性を害しない。
2 公判前整理手続を経たことによる制限
(1)もっとも、本件の訴因変更請求は、公判前整理手続を経た裁判員裁判の審理の中でされている。刑訴法は、公判前整理手続後の証拠調べ請求を制限する一方(316条の32第1項)、訴因変更の請求については制限を設けていない。しかし、公判前整理手続は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため、事件の争点及び証拠を整理する手続である(316条の2第1項)。同手続を経た事件は策定された審理計画に従って集中的に審理されるのであるから、その意味を失わせるような訴因変更の請求を許すことは不合理である。
そこで、公判前整理手続を経た後の訴因変更は、公訴事実の同一性が認められる場合であっても、争点整理及び審理計画策定の趣旨を没却するときは許されないと解する。その判断においては、①訴因変更を請求するに至った事由を公判前整理手続の段階で予見することが可能であったか、②訴因変更を許した場合に審理計画の大幅な変更を要することとなるかが重要な考慮要素となる。
(2)ア 本件では、公判前整理手続の段階において、X社社長もAも甲の集金権限がなかった旨を捜査機関に述べておらず、弁護人からも甲の集金権限に関する主張はなかった。集金権限がなかったことは、X社社長が公判期日において「これまで警察官及び検察官に話していなかったが、よく思い出してみると」として初めて証言したものである。そうすると、検察官が公判前整理手続の段階で訴因変更の必要性を意識する契機はなかったといえ、同手続において訴因変更を請求することは期待できなかった。
イ また、変更後の詐欺の訴因を基礎づける事実、すなわち甲に集金権限がなかったこと、甲がAに対し「集金に来ました。合計で3万円です。」と述べたこと、Aがこれを誤信して3万円を交付したこと、甲が権限のないことを認識していたことは、いずれも審理計画に従って既に実施されたX社社長及びAの証人尋問並びに被告人質問において現れており、検察官及び弁護人から追加の証拠調べ請求もない。甲自身、集金権限がなく、それが分かっていた旨供述しており、変更後の訴因についても実質的な争いはない。したがって、訴因変更を許しても審理計画の大幅な変更を要せず、裁判員の負担が不当に増すこともない。
ウ なお、訴因変更は被告人の防御に不利益を生じさせないことが必要であるが、前記のとおり甲は変更後の訴因に沿う供述をしており、防御の対象も同一の集金の機会に限られるから、不当な不利益はない。防御のために必要があれば、公判手続を停止するなどの措置(312条4項参照)によって対応することが可能である。
(3)以上より、本件訴因変更の請求は公判前整理手続の趣旨を没却するものではなく、裁判所はこれを許可すべきである。
以上