司法試験 平成28年 刑事訴訟法
問題文
[刑事系科目]〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕から〔設問4〕に答えなさい。
【事 例】1 司法警察員P及びQは,平成27年7月1日午前10時45分, 「G県H市内の路上に停車中の自動車内に,大声で叫ぶ不審な男がいる。」との住民からの通報を受け,同日午前10時55分, 通報のあった路上にパトカーで臨場したところ, 停車中の自動車の運転席に甲を認め (以下,同自動車を「甲車」という。),その後方にパトカーを停車させた。甲は,エンジンの空吹かしを繰り返して発進せず,全開の運転席窓から大声で意味不明な言葉を発していた。Pが甲に対し,「どうしましたか。」と声を掛けると,甲は,「何でもねえよ。」と答えた。Pは,甲から運転免許証の提示を受け,Qに対し,甲の犯歴を照会するよう指示した。
2 甲には,目の焦点が合わず異常な量の汗を流すなど,覚せい剤使用者特有の様子が見られた。
また,同日午前11時,甲には,覚せい剤取締法違反の有罪判決を受けた前科がある旨の無線連絡があった。そこで,Pは,甲につき,覚せい剤の使用及び所持の疑いを抱いた。
Pは,甲から尿の提出を受ける必要があると考え,Qを甲車助手席側路上に立たせ,自らは甲車運転席側路上に立ち,甲に対し,「違法薬物を使っていないかを確認するので,H警察署で尿を出してください。」と言った。甲は,「行きたくねえ。」と言い,甲車を降りてH警察署とは反対方向に歩き出し,2,3メートル進んだが,Pは,「どこに行くのですか。」と言って甲の前に立ち,進路を塞いだ。すると,甲は,「仕方ねえ。」と言い,甲車運転席に戻った。その直後,Pは,甲の左肘内側に赤色の真新しい注射痕を認めて,覚せい剤使用等の疑いを強め, 「その注射痕は何ですか。H警察署で尿を出してください。」と言ったが,甲は,「行きたくねえ。献血の注射痕だ。」と言った。
Pは,H警察署に連絡を取り,応援警察官4名を臨場させるよう求め,同4名は,同日午前11時15分に2台のパトカーで到着した。Pは,これらのパトカーをPらが乗って来たパトカーの後方に停車させた上,同4名をそのままパトカー内で待機させた。甲は,同日午前11時20分及び午前11時25分の2度にわたり甲車を降りて歩き出し,2,3メートル進んだが,その都度Pは,「どこに行くのですか。H警察署で尿を出してください。」と言って甲の前に立ち,進路を塞いだ。その都度甲は,「警察に行くくらいなら,ここにいる。」と言い,甲車運転席に戻った。その後,甲は,甲車助手席上のバッグからたばこを取り出したが,その際,Pは,同バッグ内に注射器を認めた。そこで,Pが甲に対し,「その注射器は何ですか。見せてください。」と言うと,甲は,「献血に使った注射器だ。見せられない。」と言った。Pは,同注射器の存在や甲の不自然な言動から,覚せい剤使用等の疑いを一層強め,甲車の捜索差押許可状及び甲の尿を差し押さえるべき物とする捜索差押許可状を請求することとした。
3 Pは,同日午前11時30分,Qに対し,前記各許可状を請求するよう指示し,Pらが乗って来たパトカーでH警察署に向かわせ,甲に対し,「今から,採尿と車内を捜索する令状を請求する。令状が出るまで,ここで待っていてくれ。」と言ったが,甲は,「嫌だ。」と言った。
Pは,応援警察官が乗って来た2台のパトカーを,甲車の前後各1メートルの位置に,甲車を挟むようにして停車させ,甲車が容易に移動できないようにした上,前記応援警察官4名を甲車周囲に立たせ,自らは甲車運転席側路上に立った。その後,甲は,甲車を降りて歩き出し,2,3メートル進んだが,Pは,甲の前に立ち,「待ちなさい。」と言って両手を広げて進路を塞ぎ,甲がPの体に接触すると,足を踏ん張り,それ以上甲が前に進めないように制止した。すると,甲は,「仕方ねえな。」と言いながら甲車運転席に戻った。
甲は,同日午後零時30分,甲車運転席で,携帯電話を用いて弁護士Rと連絡を取り, 「警察に囲まれている。どうしたらいいんだ。」などと,30分間通話した。甲は,同日午後1時,「弁護士から帰っていいと言われたので,帰るぞ。」と言い,甲車を降りて歩き出し,2,3メートル進んだ。Pは,甲の前に立ち,「待ちなさい。」と言って両手を広げて進路を塞ぎ,甲がPの体に接触すると,足を踏ん張り,それ以上甲が前に進めないように制止し,更に胸部及び腹部を前方に突き出しながら,甲の体を甲車運転席前まで押し戻し,「座っていなさい。」と言った。すると,甲は,「車から降りられねえのか。」と言いながら,甲車運転席に座った。その後,甲は,甲車運転席で電話をかけたりしていたが, 同日午後4時, 再度, 甲車を降りて歩き出し, 2, 3メートル進んだ。Pは,両手を広げて甲の進路を塞ぎ,甲がPの体に接触すると,胸部及び腹部を前方に突き出しながら, 甲の体を甲車運転席前まで押し戻し,「座っていなさい。」 と言った。 甲は,「帰れねえのか。」と言いながら甲車運転席に座った。
一方,Qは,H警察署で,前記各許可状を請求する準備を行った後,I簡易裁判所裁判官に対し前記各許可状を請求し,その発付を受け,同日午後4時30分,甲車が止まっていた前記場所に到着した。なお,この間,交通渋滞のため,通常より1時間多くの時間を要した。Pは,Qからすぐに前記各許可状を受け取り,甲立会の下,甲車の捜索を開始した。
4 Pは,前記注射器1本を押収するとともに,甲車助手席上のバッグ内からビニール袋に入った約0.2グラムの覚せい剤1袋を発見して押収し,甲を覚せい剤所持の被疑事実で現行犯逮捕した。甲は,H警察署において,任意に尿を提出し,後日,覚せい剤の成分が検出された。また,改めて行った前科照会の結果,甲には,平成25年4月,覚せい剤取締法違反(使用及び所持)
により,懲役1年6月(3年間執行猶予)の有罪判決を受けた前科があることが分かった。
5 甲は, 逮捕後の弁解録取手続において,「バッグ内の覚せい剤は, 誰かが勝手に入れたものだ。」
と弁解して被疑事実を否認した。甲は,平成27年7月3日午前9時30分,I地方検察庁検察官に送致され,検察官Sは,同日午前9時45分から弁解録取手続を開始した。甲はまだ弁護士とは接見しておらず,甲の弁護人選任届も提出されていなかった。弁護士Tは,同日午前9時50分,Sに電話し,甲を取調室に残して別室で応対したSに対し,「私は,甲の妻から依頼を受け,甲の弁護人になろうと考えている。今日の午前10時30分から,H警察署で,甲と接見したい。」と言った。Sは,弁解録取手続終了まで更に約30分を要し,I地方検察庁からH警察署まで自動車で約30分を要することから,Tに,「今,弁解録取の手続中です。接見は,午前11時からにしていただきたい。」と伝えた(①)。Tは,「仕方ないですね。しかし,午前11時には,必ず接見させてください。」と言った。
Sによる弁解録取手続において,甲は,前記同様の弁解をして否認し,同手続は,同日午前10時20分に終了したが,その直後,甲は,「実は,お話ししたいことがあります。ただ,今度有罪判決を受けたら刑務所行きですよね。」と言った。Sは,甲が自白しようか迷っていると察し,この機会に自白を得たいと考えた。そこで,同日午前10時25分,Sは,甲を取調室に残し,別室で,Tに電話をかけ,Tに,「これから取調べを行うことにしました。午後零時には取調べを終えますので,接見は,午後零時30分以降に変更していただきたい。」と伝えた(②)。
Tは,「予定どおり接見したい。」 と主張して譲らなかったが, Sは, 電話を切って取調室に戻り,取調べを開始した。その取調べにおいて,甲は,「平成27年6月28日,知り合いの乙方で,乙から覚せい剤2袋を2万円で買い,1袋分を注射器で使用し,残りを持っていた。」旨,覚せい剤所持の事実のほか,その入手状況及び覚せい剤使用の事実についても自白し,甲の自白調書が作成された。取調中,Tは,当初の予定どおり接見できるよう求めてSに電話をかけたが,Sは,電話に出なかった。甲は,同年7月3日午後零時30分,H警察署に戻り,Tは,すぐに甲と接見した。
Sは,その後,必要な捜査を遂げ,甲を覚せい剤取締法違反(使用及び所持)によりI地方裁判所に公判請求した。
6 Pは,前記甲供述等に基づき,甲に対する覚せい剤譲渡の被疑事実で,乙を通常逮捕した。乙は,「甲に風邪薬をあげたことはあるが,覚せい剤など見たこともない。甲に覚せい剤を売ったとされる平成27年6月28日,私は,終日,外出していて自宅にはいなかった。」旨弁解して被疑事実を否認した。 乙は, I地方検察庁検察官に送致され, Sは, 必要な捜査を遂げ, 乙を 「平成27年6月28日,G県H市○町○番の乙方で,甲に覚せい剤約0.4グラムを代金2万円で譲り渡した。」との公訴事実により,I地方裁判所に公判請求した。
7 乙に対する覚せい剤取締法違反被告事件は, 事件の争点及び証拠を整理する必要があるとして,公判前整理手続に付された。乙及びその弁護人Uは,同手続において,当初,前記弁解と同様の主張をしたが,裁判所から,「アリバイ主張について可能な限り具体的に明らかにされたい。」との求釈明を受け,「平成27年6月28日は,終日,丙方にいた。その場所は,J県内であるが,それ以外覚えていない。『丙』が本名かは分からない。丙方で何をしていたかは覚えていない。」
旨釈明した。その結果,本件争点については,「⑴ 平成27年6月28日に,乙方において,乙が甲に覚せい剤を譲り渡したか。⑵ その際,乙に,覚せい剤であるとの認識があったか。」
と整理され,甲の証人尋問及び被告人質問等が実施されることが決まった。
8 第1回公判期日において,乙及びUは,公訴事実を否認し,公判前整理手続でしたのと同様の主張をした。
また,同期日に実施された甲の証人尋問において,甲は,【資料】のとおり証言した。
9 第2回公判期日に実施された被告人質問において,乙は,Uの質問に対し, 「平成27年6月28日は,J県M市△町△番の戊方にいました。」と供述した。Uからの「丙方ではなく,戊方にいたのですか。」との質問に対し,乙は,「前回の公判期日後,戊から手紙が届き,丙方ではなく, 戊方でテレビを見ていたことを思い出しました。」 と供述した。 そこで, Uは, 乙に対し,「あなたが当日戊方にいたことに関し,これから詳しく聞いていきます。まず,戊方で見ていたテレビ番組は何ですか。」と質問した(④)。これに対し,Sは,「弁護人の質問は,公判前整理手続において主張されていない事実に関するものであり,制限されるべきである。」と述べて異議を申し立てた。
〔設問1〕 【事例】中の2及び3に記載されている司法警察員Pらが甲を留め置いた措置の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕 検察官Sによる下線部①及び②の各措置の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問3〕 【資料】に記載されている下線部③の証言の証拠能力について,想定される要証事実を検討して論じなさい。
〔設問4〕 被告人乙が戊方にいたことを前提とする弁護人Uの下線部④の質問及びこれに対する乙の供述を,刑事訴訟法第295条第1項により制限することができるか。公判前整理手続の経過及び結果並びに乙が公判期日で供述しようとした内容を考慮しつつ論じなさい。
(参照条文) 覚せい剤取締法第19条 左の各号に掲げる場合の外は,何人も,覚せい剤を使用してはならない。
(以下略)
第41条の2 覚せい剤を,みだりに,所持し,譲り渡し,又は譲り受けた者(略)は,10年以下の懲役に処する。
(以下略)
第41条の3 次の各号の一に該当する者は,10年以下の懲役に処する。
一 第19条(使用の禁止)の規定に違反した者(以下略)
【資料】検察官:あなたが平成27年7月1日に所持していた覚せい剤は,どのように入手したものですか。
甲 :平成27年6月28日に,知り合いの乙から,乙の自宅で,2万円で買いました。
検察官:どのようないきさつで,乙から覚せい剤を買うことになったのですか。
甲 :乙から,電話で, 「いい薬があるけど,買わないか。」と言われたからです。「いい薬」と言われ,覚せい剤だとピンときました。それで乙の自宅に行ったのです。
検察官:あなたが覚せい剤を買ったとき,乙は,何と言っていましたか。
甲 :乙は,覚せい剤だとは言っていませんでした。しかし,乙は,私にビニール袋に入った覚せい剤を2袋渡して,「帰るときは,K通りから帰るなよ。あそこは警察がよく検問をしているから,遠回りでもL通りから帰れよ。お前が捕まったら,俺も刑務所行きだから気を付けろよ。」(③)と言いました。
弁護人:異議があります。ただ今の甲の証言は,伝聞証拠です。
(以下略)
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第2問〕本問は,覚せい剤取締法違反事件の捜査及び公判に関する事例を素材に,刑事手続法上の問題点,その解決に必要な法解釈,法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並びに結論に至る思考過程を論述させることにより,刑事訴訟法に関する基本的学識,法適用能力及び論理的思考力を試すものである。
〔設問1〕は,甲による覚せい剤使用及び所持の疑いを抱いた司法警察員Pらが,H警察署で甲から尿の提出を受ける必要があると考え,同署への任意同行を拒む甲に対し,説得を続けながら,30分にわたり,その進路を塞ぐなどして甲を留め置き,その後,甲の覚せい剤使用等の嫌疑が一層強まった下,甲車の捜索差押許可状及び甲の尿を差し押さえるべき物とする捜索差押許可状の請求準備から甲車の捜索を開始するまで,甲に対し,その進路を塞いだり,胸部及び腹部を突き出しながら甲の体を甲車運転席前まで押し戻すなどし,5時間にわたり,甲を留め置いた措置に関し,その適法性を検討させる問題であり,いわゆる強制処分と任意処分の区別,任意処分の限界について,その法的判断枠組みの理解と,具体的事実への適用能力を試すことを狙いとする。
強制処分と任意処分の区別に関し,最高裁判所は,「強制手段とは,有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく,個人の意思を制圧し,身体,住居,財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など,特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する」と判示しており(最三決昭和51年3月16日刑集30巻2号187頁) ,同決定に留意しつつ,強制処分と任意処分の区別に関する判断枠組みを明確化する必要がある。
そして,Pらの措置(その全部又は一部)が強制処分に至っておらず,任意処分にとどまる場合においては,任意処分として許容され得る限界についての検討が必要であるが,同決定は,強制処分に当たらない有形力の行使の適否が問題となった事案において, 「強制手段にあたらない有形力の行使であっても,何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから,状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく,必要性,緊急性などをも考慮したうえ,具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。」と判示しているから,ここでも同決定に留意しつつ,任意処分の限界(任意処分の相当性)の判断枠組みを明らかにしておく必要がある。
その上で,本設問の事例に現れた具体的事実が,その判断枠組みにおいてどのような意味を持つのかを意識しながら,Pらの措置の適法性を検討する必要がある。
強制処分と任意処分の区別に関しては,Pが甲の前に立ち,進路を塞いだ事実,パトカーで甲車を挟んだ事実,Pが両手を広げて甲の進路を塞ぎ,甲がPの体に接触すると,足を踏ん張り,前に進めないよう制止した事実,更には胸部及び腹部を前方に突き出しながら,甲の体を甲車運転席まで押し戻した事実等を具体的に指摘し,甲の態度にも着目しつつ,それらが甲の意思を制圧するに至っていないか,甲の行動の自由を侵害していないかといった観点から評価することが求められる。
そして,前記の点につき,強制処分に至っていないとの結論に至った場合には,任意処分としての相当性について検討することとなるし,また,いずれかの段階から強制処分に至っているとの結論に至った場合であっても,それまでのPらの措置について,任意処分としての相当性を検討することとなる。任意処分の相当性として,特定の捜査手段により対象者に生じる法益侵害の内容・程度と,特定の捜査目的を達成するため当該捜査手段を用いる必要との間の合理的権衡(いわゆる「比例原則」)が求められるとすると,甲に対する覚せい剤使用等の嫌疑が次第に高まり,また,【事例】3に至ると,Pらが甲の尿を差し押さえるべき物とする捜索差押許可状等の請求準備を行っているところ,このような嫌疑の高まり等に応じ,当該捜査手段を用いる必要の程度が変化すれば,相当と認められ得る留め置きの態様も変化することとなるから,そのような判断構造を踏まえ,具体的事実を摘示しつつ,相当性を適切に評価することが求められる。
なお,留め置き措置の適法性に関し,「留め置きの任意捜査としての適法性を判断するに当たっては,本件留め置きが,純粋に任意捜査として行われている段階と,強制採尿令状の執行に向けて行われた段階とからなっていることに留意する必要があり,両者を一括して判断するのは相当でないと解される。」とする裁判例があり(東京高裁平成21年7月1日判決判タ1314号302頁等),このような考え方に従って論述することも可能であろうが,もとより同裁判例の考え方に従うことを求めるものではない。
〔設問2〕は,接見指定の可否・限界を問うものであり,接見指定に関する刑事訴訟法第39条第3項本文の解釈及び初回接見であることを踏まえた同項ただし書の解釈並びに具体的事実に対する適用能力を試すものである。
本設問では,まず,「捜査のため必要があるとき」という文言の解釈について, 「接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ,右要件が具備され,接見等の日時等の指定をする場合には,捜査機関は,弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し,被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである。そして,弁護人等から接見等の申出を受けた時に,捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分,検証等に立ち会わせている場合,また,間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって,弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは,右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは,原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである。」と判示した最高裁判所平成11年3月24日大法廷判決(民集53巻3号514頁)を踏まえつつ,自説を論ずる必要がある。
その上で,各接見指定において,接見指定を行ったのが,刑事訴訟法上要求されている弁解録取手続中であること(下線部①),甲の自白を得たいとして取調べを実施しようとする段階であること(下線部②)を踏まえ,具体的な当てはめを行う必要がある。
次に,刑事訴訟法第39条第3項ただし書では,接見指定の要件が認められる場合であっても,「その指定は,被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない。」とされている。本設問において,甲は,いまだ弁護人となろうとする者との接見の機会がなく,弁護士Tによる接見は,初回接見となる予定であった。この点に関し,最高裁判所は,「弁護人となろうとする者と被疑者との逮捕直後の初回の接見は,身体を拘束された被疑者にとっては,弁護人の選任を目的とし,かつ,今後捜査機関の取調べを受けるに当たっての助言を得るための最初の機会であって,直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されないとする憲法上の保障の出発点を成すものであるから,これを速やかに行うことが被疑者の防御の準備のために特に重要である。」とし,初回接見の申出を受けた捜査機関としては,「接見指定の要件が具備された場合でも,その指定に当たっては,弁護人となろうとする者と協議して,即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能かどうかを検討し,これが可能なときは,(中略)即時又は近接した時点での接見を認めるようにすべきであり,このような場合に,被疑者の取調べを理由として右時点での接見を拒否するような指定をし,被疑者と弁護人となろうとする者との初回の接見の機会を遅らせることは,被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものといわなければならない。」(最三判平成12年6月13日民集54巻5号1635頁)と判示している。同判決とそこに示唆された「被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限する」かどうかの判断構造に留意しつつ,各下線部における接見指定の適法性について,具体的な当てはめを行う必要がある。
〔設問3〕は,乙の供述を内容とする証言について,伝聞法則の適用の有無を問うものである。
ある供述が伝聞法則の適用を受けるか否かについては,要証事実をどのように捉えるかによって異なるものであり,【事例】7に記載された本件の争点及び証人尋問の内容を参考に,具体的な要証事実を正確に検討する必要がある。公判前整理手続の結果,本件の争点については,①平成27年6月28日に,乙方において,乙が甲に覚せい剤を譲り渡したか,②その際,乙に,覚せい剤であるとの認識があったかの2点であると整理されているところ,証人尋問の内容に照らせば,本設問において問題となっているのは②に関することがうかがわれる。そこで,このことを前提に,具体的な要証事実を検討した上,乙の発言内容の真実性が問題となっているかどうかを論じ,伝聞供述に該当するかの結論を導くこととなる。
〔設問4〕は,公判前整理手続で明示された主張に関し,その内容を一部異にする被告人質問を制限することの可否について問うことによって,公判前整理手続の意義及び趣旨の理解並びにそれを具体的場面において適用し問題解決を導く思考力を試すものである。
本設問に関連し,公判前整理手続で明示されたアリバイ主張に関し,その内容を更に具体化する被告人質問等を刑事訴訟法第295条第1項により制限することの可否について判示した最高裁判所決定がある(最二決平成27年5月25日刑集69巻4号636頁) 。本設問の解答に当たっては,同決定を踏まえた論述まで求めるものではないが,被告人及び弁護人には,公判前整理手続終了後における主張制限の規定が置かれておらず,新たな主張に沿った被告人の供述を当然に制限することはできないことに留意しつつ,公判前整理手続の趣旨に遡り,被告人質問を制限できる場合に関する自説を論じた上,本設問における公判前整理手続の経過及び結果並びに乙が公判期日で供述しようとした内容を抽出・指摘しながら,当てはめを行う必要がある。
[選択科目][
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 判断枠組み
捜査については必要な取調べをすることができるが、強制の処分は法律に特別の定めのある場合でなければこれをすることができない(刑訴法197条1項)。強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する(最決昭和51年3月16日)。
強制手段に当たらない有形力の行使であっても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものではなく、必要性、緊急性なども考慮したうえ、具体的状況の下で相当と認められる限度において許容される(同決定)。
本件の留め置きは、純粋に任意捜査として行われた段階と、強制採尿令状等の請求・執行に向けて行われた段階とに分かれ、嫌疑の程度及び捜査の必要性が変化しているから、両者を一括せず段階を分けて検討すべきである。
2 第1段階(午前11時頃から午前11時30分まで)
(1)この段階でPが行ったのは、Qを甲車助手席側路上に立たせ、自らは運転席側路上に立ち、甲が降車して2、3メートル歩き出すたびに「どこに行くのですか。」と言って甲の前に立ち進路を塞ぐという行為である。また応援警察官4名を到着させたが、パトカー内で待機させるにとどめている。
有形力の行使は進路に立ちはだかる程度にとどまり、甲の身体に直接接触しておらず、甲はその都度「仕方ねえ。」などと言って自ら甲車運転席に戻っている。甲が真に退去しようとすれば物理的に阻止されたとはいえず、甲の意思を制圧して身体の自由に制約を加えたものとはいえない。したがって強制処分には当たらない。
(2)相当性については、甲は停車中の車内で大声で意味不明な言葉を発し、エンジンの空吹かしを繰り返し、目の焦点が合わず異常な量の汗を流すという覚せい剤使用者特有の様子を示しており、覚せい剤取締法違反の前科もあった。さらに左肘内側に赤色の真新しい注射痕が認められ、助手席上のバッグ内に注射器も確認されている。覚せい剤使用・所持の嫌疑は具体的かつ高度である。
そして、尿中の覚せい剤成分は時間の経過により消失するため、採尿のための措置を速やかに講ずる必要性・緊急性が高い。他方、留め置きの時間は約30分にとどまり、態様も前記の程度である。甲が覚せい剤使用の影響下で自動車を運転して走り去る危険を防止する必要もあった。
したがって、第1段階の措置は任意処分として相当な限度にとどまり、適法である。
3 第2段階(午前11時30分から午後4時30分まで)
(1)この段階では、Pは甲に「今から、採尿と車内を捜索する令状を請求する。令状が出るまで、ここで待っていてくれ。」と告げた上、2台のパトカーを甲車の前後各1メートルの位置に甲車を挟むようにして停車させて移動を困難にし、応援警察官4名を甲車周囲に立たせている。そして甲が降車して歩き出すと、両手を広げて進路を塞ぎ、甲が体に接触すると足を踏ん張ってそれ以上進めないように制止し、午後1時及び午後4時には、胸部及び腹部を前方に突き出しながら甲の体を甲車運転席前まで押し戻し、「座っていなさい。」と言っている。
(2)令状請求に着手した後は、令状の執行を確保するために対象者をその場に留め置く必要性が高まるから、相当と認められる留め置きの態様もこれに応じて変化する。もっとも、令状請求中であることは、いまだ令状の効力が生じていないことを意味するから、これを根拠として実質的な身体の拘束を行うことは許されない。
(3)甲は、午後1時、弁護士Rと30分間通話した上で「弁護士から帰っていいと言われたので、帰るぞ。」と述べ、帰宅の意思を明確かつ確定的に表明している。それにもかかわらずPは、両手を広げて進路を塞ぐにとどまらず、胸部及び腹部を突き出して甲の身体を物理的に押し戻し、着席を命じている。甲車の前後1メートルにパトカーを配置し、4名の警察官が周囲を囲んでいた状況も併せ考えれば、甲が現場から離脱することは事実上不可能であった。これは、甲の意思を制圧して身体の自由に制約を加えたものであり、実質的な逮捕に等しい強制処分に当たる。甲は逮捕状によらず逮捕されていないから、令状主義(憲法33条、刑訴法199条1項)に反し違法である。
(4)仮に強制処分に当たらないとしても、午後1時以降の措置は、留め置きの開始から既に2時間を経過し、甲が明確に帰宅の意思を示した後に、身体を押し戻すという直接的な有形力を行使したものであって、採尿令状の執行確保という目的に照らしても過剰である。甲車を移動できないようにしてその場での待機を促すにとどめるなど、より制約の小さい手段があり得た。したがって任意処分としての相当性を欠き違法である。
(5)なお、令状の発付までに通常より1時間多くの時間を要したのは交通渋滞によるものであり、捜査機関の懈怠によるものではない。この点は捜査機関に不利に評価すべきではないが、それによって留め置きの態様が正当化されるものでもない。
(6)結論として、午前11時30分から午後1時頃までの留め置きは任意処分として適法であるが、午後1時以降、甲の身体を押し戻すに至った留め置きは違法である。
第2 設問2
1 接見指定の判断枠組み
弁護人又は弁護人となろうとする者との接見交通権(39条1項)は、憲法34条前段の保障に由来する被疑者の防御の準備のために最も重要な権利である。もっとも、捜査機関は「捜査のため必要があるとき」に限り接見の日時、場所及び時間を指定することができる(39条3項本文)。
「捜査のため必要があるとき」とは、接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られる。そして、この要件が備わり日時等を指定する場合には、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならない。弁護人等から申出を受けた時に現に被疑者を取調べ中である場合や、間近い時に取調べ等をする確実な予定があって申出に沿った接見を認めたのでは取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則として顕著な支障が生ずる場合に当たる(最大判平成11年3月24日)。
また、接見指定は被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものであってはならない(39条3項但書)。とりわけ逮捕直後の初回の接見は、弁護人の選任を目的とし、かつ今後の取調べを受けるに当たっての助言を得るための最初の機会であり、防御の準備のために特に重要である。そこで、指定の要件が備わる場合であっても、弁護人となろうとする者と協議して、即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生ずるのを避けることが可能かどうかを検討し、これが可能なときは即時又は近接した時点での接見を認めるべきであり、被疑者の取調べを理由にこれを拒否して初回接見の機会を遅らせることは、防御の準備をする権利を不当に制限するものである(最判平成12年6月13日)。
2 下線部①の措置
Tは7月3日午前9時50分に申出をし、同日午前10時30分からの接見を求めた。この時点でSは午前9時45分から弁解録取手続を開始しており、現に甲を手続に立ち会わせている最中であった。弁解録取は勾留請求の前提として法律上必要な手続(205条1項、61条)であり、これを中断することは捜査に顕著な支障を生ずる。
そしてSは、弁解録取手続終了まで更に約30分を要し、I地方検察庁からH警察署まで自動車で約30分を要することを踏まえ、午前11時からの接見を指定している。これは、申出時点から最も近接した実現可能な時点であり、Tの希望より30分遅いにすぎない。初回接見の重要性を考慮しても、午前10時30分の接見はそもそも物理的に実現不可能であった。Tも「仕方ないですね。」と述べてこれを了解している。
したがって、①の措置は、できる限り速やかな日時を指定したものであり、防御の準備をする権利を不当に制限するものでもないから適法である。
3 下線部②の措置
(1)②は、弁解録取手続が午前10時20分に終了した後、甲が「実はお話ししたいことがあります。」と述べたことを受け、自白を得るために取調べを行うこととし、接見を午後零時30分以降に変更することを求めたものである。
取調べを開始する確実な予定があり、午前11時の接見を認めればこれが予定どおり開始できなくなるおそれがあるから、形式的には「捜査のため必要があるとき」に当たる余地がある。
(2)しかし、本件接見は、甲がいまだ弁護士と接見しておらず弁護人選任届も提出されていない状況における初回接見である。そして甲は「今度有罪判決を受けたら刑務所行きですよね。」と述べて自白するか迷っていたのであり、まさに弁護人の助言を最も必要とする局面であった。この段階で接見を2時間近く遅らせ、その間に自白を得ることは、被疑者が弁護人の援助を受ける権利の核心を害するものである。
(3)また、取調べは弁解録取のように法律上一定の時期に行うことが要求される手続ではなく、Sは、Tと協議して接見の時間を例えば30分程度に限定して認め、その後に取調べを開始することも十分可能であった。それにもかかわらずSは、Tが「予定どおり接見したい。」と主張して譲らなかったにもかかわらず一方的に電話を切って取調べを開始し、取調べ中のTからの電話にも出ていない。これは、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見の日時を指定すべき義務に反するものである。
(4)よって、②の措置は39条3項本文の要件を欠き、少なくとも同項但書に反して甲が防御の準備をする権利を不当に制限するものであり、違法である。なお、これにより得られた甲の自白調書については、違法の重大性及び排除の相当性を踏まえ、証拠能力が別途問題となる。
第3 設問3
1 要証事実
公判前整理手続の結果、本件の争点は、平成27年6月28日に乙方で乙が甲に覚せい剤を譲り渡したか、及びその際に乙に覚せい剤であるとの認識があったかの2点に整理されている。③の証言は、乙が覚せい剤だとは言っていなかったという文脈に続くものであるから、後者の争点、すなわち乙の覚せい剤であるとの認識の有無に向けられたものである。
そうすると、③の要証事実は、乙が甲に対しそのような発言をしたという事実から推認される、乙が交付した物が違法な薬物であると認識していたという事実である。
2 伝聞性
伝聞証拠とは、公判期日外の供述を内容とする証拠であって、要証事実との関係でその供述内容の真実性が問題となるものをいい、反対尋問による信用性の吟味ができないため原則として証拠能力が否定される(320条1項)。
③において乙が述べた内容は、「K通りから帰るな」「あそこは警察がよく検問をしている」「L通りから帰れ」「お前が捕まったら、俺も刑務所行きだ」というものである。これらは、乙自身が交付した物が覚せい剤であると述べたものではないし、K通りで現に検問が行われているという事実を立証するために用いられるものでもない。
本件で証拠としての価値を有するのは、乙が覚せい剤を2袋渡す際に、警察の検問を避ける経路を指示し、甲の検挙が自己の処罰に直結すると述べたという発言の存在自体である。交付した物が風邪薬のような適法な物であれば、検問を避けさせる必要も、甲が捕まれば自分も刑務所に行くと述べる理由もない。このような発言をしたという事実から、乙が交付物を違法薬物と認識していたことが経験則上推認されるのである。
したがって、要証事実との関係で乙の供述内容の真実性は問題とならず、③は伝聞供述に当たらない。乙の心理状態に関する供述として反対尋問による吟味を要しないと解する余地もあるが、いずれにせよ伝聞法則の適用はない。
3 よって、③の証言は証拠能力を有し、弁護人の異議は理由がない。
第4 設問4
1 判断枠組み
裁判長は、訴訟関係人のする尋問又は陳述が重複するとき、又は事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないときは、これを制限することができる(295条1項)。
検察官については公判前整理手続後の証拠調べ請求が制限される(316条の32第1項)のに対し、被告人及び弁護人の主張については、公判前整理手続終了後の主張を制限する規定は置かれていない。被告人には黙秘権があり(憲法38条1項、刑訴法311条1項)、公判前整理手続において主張を明示する義務(316条の17第1項)に違反したとしても制裁の規定はない。したがって、公判前整理手続で主張しなかった事実に関する被告人の供述を当然に制限することはできない。
もっとも、公判前整理手続は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うための準備手続であり(316条の2第1項)、争点及び証拠の整理の結果に基づいて審理計画が立てられる。そこで、公判前整理手続において被告人側が主張を明示しなかったことについて合理的な理由がなく、かつ、その供述を許すことによって公判前整理手続を行った意味が失われるような特段の事情がある場合には、295条1項により被告人質問及び供述を制限することができると解する(最決平成27年5月25日参照)。
2 あてはめ
(1)乙は、当初「平成27年6月28日、私は、終日、外出していて自宅にはいなかった。」と弁解し、公判前整理手続では、求釈明を受けて「終日、丙方にいた。その場所は、J県内であるが、それ以外覚えていない。『丙』が本名かは分からない。丙方で何をしていたかは覚えていない。」と釈明した。これに対し、第2回公判期日の被告人質問では「J県M市△町△番の戊方にいました。」「戊方でテレビを見ていた」と供述しようとしている。
(2)確かに、所在した場所の人物が丙から戊に変わり、場所も具体的に特定されているから、公判前整理手続で明示された主張と内容を一部異にする。しかし、本件におけるアリバイ主張の核心は、当日乙が終日自宅にいなかったという点にあり、これは公判前整理手続において明示されていた。争点も、当日乙方で譲渡があったか否かとして整理されている。乙が供述しようとする内容は、この主張を具体化するものであって、審判対象や争点の構造を変更するものではない。
(3)また、乙は、公判前整理手続の段階では所在場所の詳細を思い出せないと釈明しており、第1回公判期日後に戊から手紙が届いたことによって記憶を喚起したと説明している。これは記憶の喚起の経緯として一応の合理性を有するものであり、主張を明示しなかったことに合理的な理由がないとはいえない。
(4)さらに、本件では証拠調べが開始されたばかりであり、検察官は戊方の状況等について反証の機会を得ることができる。乙の供述を許しても、公判前整理手続において整理された争点に即した審理が困難になるわけではなく、公判前整理手続を行った意味が失われるとはいえない。
3 結論
よって、下線部④の質問及びこれに対する乙の供述を295条1項により制限することはできない。検察官の異議は理由がなく、裁判所は必要に応じて審理計画を調整し、検察官に反証の機会を与えるべきである。
以上