司法試験 平成25年 刑事訴訟法
問題文
[刑事系科目]〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事 例】1 平成25年2月1日午後10時,Wは,帰宅途中にH市内にあるH公園の南東側入口から同公園内に入った際,2名の男(以下,「男1」及び「男2」とする。)が同入口から約8メートル離れた地点にある街灯の下でVと対峙しているのを目撃した。Wは,何か良くないことが起こるのではないかと心配になり,男1,男2及びVを注視していたところ,男2が「やれ。」と言った直後に,男1が右手に所持していた包丁でVの胸を2回突き刺し,Vが胸に包丁が刺さったまま仰向けに倒れるのを目撃した。その後,Wは,男2が「逃げるぞ。」と叫ぶのを聞くとともに,男1及び男2が,Vを放置したまま,北西に逃げていくのを目撃した。
そこで,Wは,同日午後10時2分に持っていた携帯電話を使って110番通報し,前記目撃状況を説明したほか,「男1は身長約190センチメートル,痩せ型,20歳くらい,上下とも青色の着衣,長髪」,「男2は身長約170センチメートル,小太り,30歳くらい,上が白色の着衣,下が黒色の着衣,短髪」という男1及び男2の特徴も説明した。
この通報を受けて,H県警察本部所属の司法警察員が,同日午後10時8分,Vが倒れている現場に臨場し,Vの死亡を確認した。
また,H県警察本部所属の別の司法 警察員は,H公園付近を管轄するH警察署の司法警察員に対し,H公園で殺人事件が発生したこと,Wから通報された前記目撃状況,男1及び男2の特徴を伝達するとともに,男1及び男2を発見するように指令を発した。
2 前記指令を受けた司法警察員P及びQの2名は, 一緒に,男1及び男2を探索していたところ,同日午後10時20分,H公園から北西方向に約800メートル離れた路上において, 「身長約190センチメートル,痩せ型,20歳くらい,上下とも青色の着衣,長髪の男」,「身長約170センチメートル,小太り,30歳くらい,上が白色の着衣,下が黒色の着衣,短髪の男」の2名が一緒に歩いているのを発見し,そのうち,身長約190センチメートルの男の上下の着衣及び靴に一見して血と分かる赤い液体が付着していることに気付いた。そのため,司法警察員Pらは,これら男2名を呼び止めて氏名等の人定事項を確認したところ,身長約190センチメートルの男が甲,身長約170センチメートルの男が乙であることが判明した。その後,司法警察員Pは,甲及び乙に対し,「なぜ甲の着衣と靴に血が付いているのか。」と質問した。
これに対し,甲は,何も答えなかった。
一方,乙は,司法警察員P及びQに対し,「甲の着衣と靴に血が付いているのは,20分前にH公園でVを殺したからだ。二日前に俺が,甲に対し,報酬を約束してVの殺害を頼んだ。そして,今日の午後10時に俺がVをH公園に誘い出した。その後,俺が『やれ。』と言ってVを殺すように指示すると,甲が包丁でVの胸を2回突き刺してVを殺した。その場から早く逃げようと思い,俺が甲に『逃げるぞ。』と呼び掛けて一緒に逃げた。俺は,甲がVを殺すのを見ていただけだが,俺にも責任があるのは間違いない。」などと述べた。
その後,同日午後10時30分,前 記路上において,甲は,司法警察員Pにより,刑事訴訟法第212条第2項に基づき,乙と共謀の上,Vを殺害した事実で逮捕された【逮捕①】。また,その頃,同所において,乙は,司法警察員Qにより,同項に基づき,甲と共謀の上,Vを殺害した事実で逮捕された【逮捕②】。
その直後,乙は,司法警察員P及びQに対し,「今朝,甲に対し,メールでVを殺害することに対する報酬の金額を伝えた。」旨述べ,所持していた携帯電話を取り出し,同日午前9時に甲宛てに送信された「報酬だけど,100万円でどうだ。」と記載されたメールを示した。これを受けて,司法警察員Qは,乙に対し,この携帯電話を任意提出するように求めたところ,乙がこれに応じたため,この携帯電話を領置した。
3 他方,司法警察員Pは,甲の身体着衣について,前記路上において,逮捕に伴う捜索を実施しようとしたが,甲は暴れ始めた。ちょうどその頃,酒に酔った学生の集団が同所を通り掛かり,司法警察員P及び甲を取り囲んだ。そのため,1台の車が同所を通行できず,停車を余儀なくされた。
そこで,司法警察員Pは,同所における捜索を断念し,まず,甲を300メートル離れたI交番に連れて行き,同交番内において,逮捕に伴う捜索を実施することとした。司法警察員Pは,甲に対し,I交番に向かう旨告げたところ,甲は,おとなしくなり,これに応じた。
その後, 司法警察員Pと甲は, I交番に向かって歩いていたところ, 同日午後10時40分頃,前記路上から約200メートル離れた地点において,甲がつまずいて転倒した。その拍子に,甲のズボンのポケットから携帯電話が落ちたことから,甲は直ちに立ち上がり,その携帯電話を取ろうとして携帯電話に手を伸ばした。
一方,司法警察員Pも,甲のズボンのポケットから携帯電話が落ちたことに気付き,この携帯電話に乙から送信された前記報酬に関するメールが残っていると思い,この携帯電話を差し押さえる必要があると判断した。そこで,司法警察員Pは,携帯電話を差し押さえるため,携帯電話に手を伸ばしたところ,甲より先に携帯電話をつかむことができ,これを差し押さえた【差押え】。
なお,この差押えの際,司法警察員Pが携帯電話の記録内容を確認することはなかった。
その後,司法警察員Pは,甲をI交番まで連れて行き,同所において,差し押さえた携帯電話の記録内容を確認したが,送信及び受信ともメールは存在しなかった。
4 甲及び乙は,同月2日にH地方検察庁検察官に送致され,同日中に勾留された。
その後,同月4日までの間,司法警察員Pが,差し押さえた甲の携帯電話の解析及び甲の自宅における捜索差押えを実施したところ,乙からの前記報酬に関するメールについては,差し押さえた甲の携帯電話ではなく,甲の自宅において差し押さえたパソコンに送信されていたことが判明した。
また,司法警察員Pは,同月5日午 後10時,H公園において,Wを立会人とする実況見分を実施した。この実況見分は,Wが目撃した犯行状況及びWが犯行を目撃することが可能であったことを明らかにすることを目的とするものであり,司法警察員Pは,必要に応じてWに説明を求めるとともに,その状況を写真撮影した。
この実況見分において,Wは,目撃した犯行状況につき,「このように,犯人の一人が,被害者に対し,右手に持った包丁を胸に突き刺した。」と説明した。司法警察員Pは,この説明に基づいて司法警察員2名(犯人役1名,被害者役1名)をWが指示した甲とVが立っていた位置に立たせて犯行を再現させ, その状況を約1メートル離れた場所から写真撮影した。 そして, 後日,司法警察員Pは,この写真を貼付して説明内容を記載した別紙1を作成した【別紙1】。
また,Wは,同じく実況見分において,犯行を 目撃することが可能で あったことにつき,「私が犯行を目撃した時に立っていた場所はここです。」と説明してその位置を指示した上で,その位置において「このように,犯行状況については,私が目撃した時に立っていた位置から十分に見ることができます。」と説明した。この説明を受けて司法警察員Pは,Wが指示した目撃当時Wが立っていた位置に立ち,Wが指示した甲とVが立っていた位置において司法警察員2名が犯行を再現している状況を目撃することができるかどうか確認した。その結果,司法警察員Pが立っている位置から司法警察員2名が立っている位置までの間に視界を遮る障害物がなく,かつ,再現している司法警察員2名が街灯に照らされていたため,司法警察員Pは,司法警察員2名による再現状況を十分に確認することができた。そこで,司法警察員Pは,Wが指示した目撃当時Wが立っていた位置,すなわち,司法警察員2名が立っている位置から約8メートル離れた位置から,司法警察員2名による再現状況を写真撮影した。そして,後日,司法警察員Pは,この写真を貼付して説明内容を記載した別紙2を作成した【別紙2】。
司法警察員Pは,同月10日付けで【別紙1】及び【別紙2】を添付した実況見分調書を作成した【実況見分調書】。
5 甲及び乙は,勾留期間の延長を経て同月21日に殺人罪(甲及び乙の共同正犯)によりH地方裁判所に起訴された。なお,本件殺人につき,甲は一貫して黙秘し,乙は一貫して自白していたことなどを踏まえ,検察官Aは,甲を乙と分離して起訴した。
甲に対する殺人被告事件については,裁判員裁判の対象事件であったことから,H地方裁判所の決定により,公判前整理手続に付されたところ,同手続の中で,検察官Aは,【実況見分調書】につき,立証趣旨を「犯行状況及びWが犯行を目撃することが可能であったこと」として証拠調べの請求をした。これに対し,甲の弁護人Bは,これを不同意とした。
〔設問1〕 【逮捕①】及び【逮捕②】並びに【差押え】の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕 【別紙1】及び【別紙2】が添付された【実況見分調書】の証拠能力について論じなさい。
実況見分調書平成25年2月10日H警察署司法警察員 P ,被疑者甲ほか1名に対する殺人被疑事件につき,本職は,下記のとおり実況見分をした。
記1 実況見分の日時平成25年2月5日午後10時から同日午後11時まで2 実況見分の場所,身体又は物H公園3 実況見分の目的
⑴ Wが目撃した犯行状況を明らかにするため
⑵ Wが犯行を目撃することが可能であったことを明らかにする ため4 実況見分の立会人W5 実況見分の結果別紙1及び別紙2のとおり以上
【別紙1】司法警察員2名が犯行状況を再現した写真(約1メートル離れた場所から撮影したもの)
立会人(W)は,「このように,犯人の一人が,被害者に対し,右手に持った包丁を胸に突き刺した。」と説明した。
【別紙2】司法警察員2名が犯行状況を再現した写真(約8メートル離れた場所[Wが指示した位置]から撮影したもの)
立会人(W)は,「私が犯行を目撃した時に立っていた場所はここです。」と指示し,その位置において「このように,犯行状況については,私が目撃した時に立っていた位置から十分に見ることができます。」と説明した。
本職も,Wが指示した位置から司法警察員2名が犯行を再現している状況を目撃することができるか確認したところ,本職が立っている位置から司法警察員2名が立っている位置までの間に視界を遮る障害物がなく,かつ,再現している司法警察員2名が街灯に照らされていたため,司法警察員2名による再現状況を十分に確認することができた。
そこで,本職は,これらの状況を明らかにするため,Wが指示した位置から司法警察員2名による再現状況を写真撮影した。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第2問〕本問は,殺人事件の捜査・公判において生じる刑事手続法上の問題点,その解決に必要な法解釈,法適用に当たって重要な具体的事実の分析・評価及び具体的帰結に至る思考過程を論述させることにより,刑事訴訟法に関する学識,法適用能力及び論理的思考力を試すものである。
設問1は,司法警察員P及びQが,男2人組による殺人事件発生の約30分後,その現場から約800メートル離れた路上において,甲及び乙を発見し,両名を同事件の犯人としてそれぞれ準現行犯逮捕した手続(甲につき,【逮捕①】,乙につき【逮捕②】),その後,司法警察員Pが,逮捕されている甲の身体着衣を捜索するため,甲を逮捕の現場から約300メートル離れた交番に連行する途中,転倒した甲のズボンポケットから落ちた携帯電話を差し押さえた手続(【差押え】)に関し,その適法性を論じさせることにより,刑事訴訟法第212条第2項が定める準現行犯逮捕及び同法第220条が定める令状によらない差押えについての正確な理解と具体的事実への適用能力を試すものである。
現行犯人(同法第212条第1項)及び現行犯とみなされる者(同条第2項)が,裁判官の令状審査を経るまでもなく何人も逮捕状なくして逮捕することができるとされている理由は,逮捕を行う者が,いずれも逮捕時の状況から被逮捕者が特定の犯罪の犯人であることが明白であると判断できるからであり,犯人であることの判断の客観性が保障されているからである。
準現行犯の場合には,現行犯のように「現に罪を行い,又は現に罪を行い終わった」状況にはないから,「罪を行い終わってから間がない」という犯行との時間的接着に加えて,刑事訴訟法第212条第2項各号の要件により, 犯罪と犯人の明白性の保障が図られている。【逮捕①】及び【逮捕②】の適法性を論じるに当たっては,このような準現行犯の構造を踏まえ,設問の事例においていかに犯罪と犯人の明白性が客観的に保障されるのかを意識しながら,準現行犯の要件該当性を論じる必要がある。
【逮捕①】については,当然の前提として,特定の犯罪(本件では,平成25年2月1日午後10時にH公園で発生したVに対する殺人事件)との関係で,甲の準現行犯の要件該当性を論じる必要がある。例えば,甲の着衣及び靴に血が付着していたことについて,これが同項第3号の「被服に犯罪の顕著な証跡があるとき」に該当すると言うためには,なぜ,Vに対する殺人事件の証跡と言えるのかを論じる必要がある。また,「罪を行い終わってから間がない」
ことについては,単に,犯行時と逮捕時との客観的な時間間隔及び距離関係を指摘するだけでは足りず,本件事案のような時間的・場所的近接性が,いかに犯罪と犯人の明白性に結び付くのかを論じる必要がある。さらに,準現行犯逮捕も,現行犯逮捕と同様に,逮捕時の状況から犯罪と犯人の明白性につき逮捕者の判断の客観性が保障されていることが必要であるとの視点からは,乙の自白を,犯罪と犯人の明白性の判断資料として良いかも問題となる。また,Wの通報内容も,逮捕者であるPが直接認識したものではないから,その通報内容を前提として犯罪と犯人の明白性を判断してよいかも問題となり得る。もっとも,準現行犯の場合,現行犯人の現認とは異なり,犯行時と逮捕時とがある程度時間的に隔離していることが想定されているから,逮捕者が直接現認した状況のみから犯罪と犯人の明白性を判断できることまで要求されているとは考え難く,通報内容等を犯罪と犯人の明白性の判断資料とすることは当然の前提とされていると言えよう。
【逮捕①】は,典型的な準現行犯逮捕の事案を素材として,前記のとおりの準現行犯の趣旨及び構造を正確に理解し,これを踏まえた適切な事実関係の抽出と評価が求められる。これに対し,【逮捕②】は,このような準現行犯逮捕の趣旨及び構造を前提として,応用事例に対して自ら法理論を展開する能力が試されている。乙は,甲に対してVの殺害を指示したものの,自らは実行行為に及んでいない上,逮捕時においては,乙自身の身体又は被服には犯罪の顕著な証跡が存在しない。しかし,乙は,逮捕時に,被服に血を付着させた甲と同行していたのであり,この状況を,乙との関係でも同法第212条第2項第3号の該当事由であると考えることができないか問題となる。また,乙が実行行為に及んでいない以上,乙と甲との間の共犯関係自体が,逮捕時の状況から明白であると判断できるのかについても検討しなければならない。
確かに,乙は,逮捕時に共犯関係も含めて犯行を自白しているが,前述のとおり逮捕時の状況から犯人性の判断の客観性が保障されている必要があるから,「自白している以上,甲の共犯であることは明白である。」などという短絡的な論理が通用しないことは言うまでもなく,乙の供述内容を認定資料に加えるとしても,あくまで逮捕時の状況に加味して犯人性を判断する一資料と位置付けるべきであろう。逮捕②を適法と考えるか違法と考えるかはともかくとして,前述の準現行犯逮捕の趣旨及び構造を踏まえ,適法・違法を論じる必要がある。
設問1の【差押え】は,逮捕に伴う無令状差押えであるが,逮捕の地点から約200メートル離れた地点において実施されている点が,同法第220条第1項第2号の「逮捕の現場」という要件との関係で問題となる。この点に関しては,最高裁判例(最決平成8年1月29日刑集50巻1号1頁)があるから,同判例の内容を踏まえた上で自説を展開すべきであろう。同判例は,「逮捕の現場」で直ちに被逮捕者の身体を捜索し差押手続を実施することが適当でなかった場合に,できる限り速やかに被逮捕者を身体の捜索・差押えを実施するのに適当な最寄りの場所まで連行した上で行われた差押手続につき,「刑訴法220条1項2号にいう『逮捕の現場』における差押えと同視することができる」としたものであるが,なぜに「同視することができる」のかについての法理論までは説示しておらず,この点については各自が法理論を展開することが求められる。 また, 設問の事例では, 司法警察員Pは, 甲を連行するに当たり,逮捕の地点から約300メートル離れたI交番をもって,差押えを実施するのに適当な最寄りの場所であると判断したはずであるが,実際には,同交番に向かう途中において差押えを実施しており,この点についても,各自が展開すべき法理論との整合性に配慮する必要がある。
また,甲の携帯電話を差し押さえる前提として,同携帯電話が逮捕被疑事実であるVに対する殺人事件と関連性を有するものであることが必要であり,具体的事実関係を抽出した上で関連性の有無を論じる必要がある。さらに,その後の捜査において携帯電話と殺人事件との関連性が無いことが判明した場合に,遡って差押えの適法性が問題となり得るのかについても触れることが望ましい。
設問2は,実況見分調書の証拠能力を問うものであるが,【別紙1】においては,目撃者Wの説明に基づき,Wが目撃した犯行状況を司法警察員2名が再現した写真が貼付され,かつ,犯行状況に関するWの説明内容が記載されており,【別紙2】においては,Wが目撃時に立っていた位置から前記再現状況を撮影した写真が貼付され,見通し状況についてのW及び司法警察員Pの説明内容が記載されている。検察官は,実況見分調書の立証趣旨を「犯行状況及びWが犯行を目撃することが可能であったこと」としていることから,【別紙1】が「犯行状況」
という立証趣旨に,【別紙2】が「Wが犯行を目撃することが可能であったこと」という立証趣旨にそれぞれ対応することはすぐに理解されよう。このように,設問2は,性質の異なる内容を含む実況見分調書につき,その証拠能力を論じさせることにより,伝聞法則の基礎的理解を問うものである。
【別紙1】は,司法警察員Pが作成した実況見分調書としての性質に加え,Wの供述を録取した書面としての性質をも有しているが,論述に当たっては,【別紙1】で立証しようとする事項が犯行状況そのものであることから,Wの供述内容の真実性が問題となっていることを踏まえ,前述のとおりの書面の性質を論じ,伝聞法則の例外規定が適用されるためには,いかなる要件が求められるのか,本件事案ではその要件が満たされているかを論じていく必要がある。
また,【別紙1】は,Wの供述内容を記載した部分と,Wの供述に基づき司法警察員2名が犯行状況を再現した場面を撮影した写真部分とから構成される。写真については,記録過程が機械的操作によってなされることから,Wの供述を録取する過程の正確性は問題とならないようにも見えるが,他面,写真に写っている人物がW自身ではなくその供述に基づいて実演をした司法警察員2名であることから,Wの供述に基づいて司法警察員2名が犯行状況を再現する過程自体において,供述どおりの再現になっていることが担保されていないと見る余地もあり得よう。いずれにせよ,このような問題点をも踏まえつつ,供述記載部分と写真部分とを分けて論じることが求められている。なお,このように犯行状況の再現内容を記載した実況見分調書の証拠能力についても,最高裁判例(最決平成17年9月27日刑集59巻7号753頁)があり,同決定を踏まえつつ論じる必要があろう。
【別紙2】については,「Wが犯行を目撃することが可能であったこと」という立証趣旨に対応するものであるが,このことから,【別紙2】によって具体的にいかなる事実が要証事実となるのかを論じる必要があり,その中で,Wの供述部分はその真実性を立証することになるのか否か,真実性が問題とならないと考えるのであればその理由を論じる必要がある。このような検討を踏まえた上で,伝聞法則の適用される場合か否かを論じることが求められている。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 準現行犯逮捕の構造
現行犯人及び現行犯人とみなされる者について、裁判官の令状審査を経ることなく何人も逮捕状なくして逮捕することが許されるのは(刑訴法212条、213条、憲法33条)、逮捕時の状況から被逮捕者が特定の犯罪の犯人であることが明白であり、犯人性の判断の客観性が担保されているからである。
準現行犯の場合は「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った」状況にはないから、「罪を行い終ってから間がない」という犯行との時間的接着と、212条2項各号の事由が備わることによって犯罪と犯人の明白性の保障が図られている。そこで、準現行犯逮捕の適法性は、同項各号の事由の存在及び時間的接着性を基礎とし、これに逮捕時に逮捕者が認識した諸事情を併せて、犯罪及び犯人の明白性が客観的に認められるか否かによって判断すべきである。
なお、準現行犯は犯行時と逮捕時とが時間的に隔離していることを前提とする制度であるから、逮捕者自身が現認した事実のみによって明白性を判断しなければならないものではなく、通報内容等の間接的な資料をも判断資料とすることができると解する。
2 【逮捕①】
(1)本件の犯罪は、平成25年2月1日午後10時にH公園で発生したVに対する殺人である。司法警察員Pらは、同日午後10時20分、H公園から逃走方向である北西に約800メートル離れた路上で甲及び乙を発見している。犯行から20分、徒歩で移動可能な距離にとどまり、「罪を行い終ってから間がない」といえる。この時間的・場所的近接性は、その間に他の者が同所に現れる可能性を乏しくし、発見された者が犯人である蓋然性を高めるものであるから、明白性の基礎となる。
(2)甲の上下の着衣及び靴には一見して血と分かる赤い液体が付着していた。VはH公園内で胸を包丁で2回突き刺され死亡しており、血液が飛散する犯行態様である。そして、甲は犯行の20分後に犯行現場から逃走方向約800メートルの地点で発見されており、血液付着の原因として本件殺人以外のものを想定し難い。したがって、「被服に犯罪の顕著な証跡があるとき」(212条2項3号)に当たる。
(3)加えて、Wの110番通報により、男1は身長約190センチメートル、痩せ型、20歳くらい、上下とも青色の着衣、長髪という特徴が伝達されており、甲はこれに完全に合致する。また、Pの「なぜ甲の着衣と靴に血が付いているのか。」との質問に対し甲は何も答えず、血液付着について合理的な説明をしなかった。さらに乙が共謀及び甲の実行行為を具体的に供述している。乙の供述は逮捕者が直接認識した事実ではないが、逮捕時の状況に加味して犯人性を判断する一資料として考慮することは許される。
(4)以上を総合すれば、甲がVに対する殺人の犯人であることは逮捕時の状況から客観的に明白であり、甲は重大事件の犯人であって逃亡のおそれも明らかである。よって【逮捕①】は適法である。
3 【逮捕②】
(1)乙は、犯行の20分後に甲とともに発見されているから、時間的接着性は甲と同様に認められる。
(2)もっとも、乙は自ら実行行為に及んでおらず、その身体又は被服に血液等の証跡は存在しない。そこで212条2項各号の事由があるかが問題となる。
この点、乙は、被服に多量の血液を付着させた甲と2人で一緒に歩いていた。被服に犯罪の顕著な証跡を有する実行犯と犯行直後に同行していることは、その者自身が犯行に関与したことを強く推認させる客観的状況である。そして同項3号は、犯罪の証跡が被逮捕者の身体・被服に存在することを通じて犯人性を客観的に担保する趣旨の規定であるから、共犯者の身体・被服上の証跡を同行者との関係でも同号の事由と評価することは、文言上やや困難であるとしても、少なくとも同項4号の「誰であるかを問われて逃走しようとするとき」等に準ずる客観的事情として明白性の判断資料となる。
(3)そして、Wの通報内容によれば、男2は身長約170センチメートル、小太り、30歳くらい、上が白色の着衣、下が黒色の着衣、短髪であり、乙はこれに完全に合致する。Wは、男2が「やれ。」と言った直後に男1がVを突き刺し、男2が「逃げるぞ。」と叫んで2名が逃走したと通報しており、指示者としての関与態様自体が通報により明らかにされている。これに、乙自身が二日前に報酬を約束してVの殺害を依頼し、Vを公園に誘い出し、「やれ。」と指示したと具体的に供述し、「俺にも責任があるのは間違いない。」と述べた事実を併せ考えれば、乙が甲と共謀の上Vを殺害した犯人であることは逮捕時の状況から客観的に明白である。
(4)乙の自白のみによって明白性を認めることは許されないが、本件では通報内容及び甲の着衣の状況という客観的資料が乙の供述を裏付けているから、犯人性の判断の客観性は担保されている。よって【逮捕②】も適法である。
4 【差押え】
(1)「逮捕の現場」の意義
逮捕する場合において必要があるときは、令状なくして「逮捕の現場」で差押えをすることができる(220条1項2号)。その趣旨は、逮捕の現場には被疑事実に関する証拠が存在する蓋然性が高く、かつ証拠の散逸を防ぐ必要性・緊急性があることに求められる。
もっとも、逮捕の場所において直ちに捜索・差押えを実施することが被逮捕者の名誉、現場の混乱、交通の妨害等の点から適当でない場合もある。このような場合に、できる限り速やかに被逮捕者をこれらの処分を実施するのに適当な最寄りの場所まで連行した上でこれを行うことは、被逮捕者の身体に対する支配が逮捕時から継続し、証拠の存在の蓋然性及び散逸防止の必要性が逮捕の現場と同様に認められるから、「逮捕の現場」における差押えと同視することができると解する(最決平成8年1月29日)。
(2)あてはめ
本件では、Pは午後10時30分に甲を逮捕した前記路上において身体着衣の捜索を実施しようとしたが、甲が暴れ始め、さらに酒に酔った学生の集団がPと甲を取り囲み、1台の車が通行できず停車を余儀なくされた。このような状況で捜索を実施すれば、現場の混乱を拡大し、交通の妨害を生じ、甲の名誉も害するおそれがあったから、同所での実施は適当でなかった。そこでPは、300メートル離れたI交番を最寄りの適当な場所として選び、甲も納得してこれに応じている。連行の距離及び選定は合理的である。
本件差押えは、連行の途中、逮捕地点から約200メートル離れた地点において、逮捕から約10分後に行われている。前記の理は、被逮捕者の身体に対する支配の継続と証拠の散逸防止の必要性に基づくものであるから、連行先に到達する前であっても、連行中に被逮捕者の身体から証拠物が離脱し、直ちに押収しなければ散逸するおそれが生じた場合には、なお「逮捕の現場」における差押えと同視することができる。本件では、甲が転倒した拍子にズボンのポケットから携帯電話が落下し、甲が直ちに立ち上がってこれを取ろうとして手を伸ばしており、甲による隠匿・破壊のおそれが現実化していた。したがって、その場で差し押さえたことは適法である。
(3)関連性
無令状差押えの対象も逮捕被疑事実に関連する物に限られる。本件被疑事実はVに対する殺人であり、乙は逮捕直後に、同日午前9時に甲宛てに送信した「報酬だけど、100万円でどうだ。」とのメールを現に示している。甲の携帯電話にこれに対応する受信履歴が残存している蓋然性は高く、これは甲乙間の共謀を立証する証拠となるから、関連性が認められる。
(4)事後的に関連性がないと判明した場合
本件では、その後の解析により、報酬に関するメールは甲の携帯電話ではなく甲の自宅のパソコンに送信されていたことが判明した。しかし、差押えの適否は処分時における資料に基づき判断すべきであり、差押えの時点で関連性を肯定するに足りる合理的根拠があれば適法である。事後的に関連性のないことが判明したとしても、遡って差押えが違法となるものではない。もっとも、その時点以降は留置の必要がなくなるから、速やかに還付しなければならない(123条1項、222条1項)。
(5)以上より、【差押え】は適法である。
第2 設問2
1 実況見分調書の基本的性質
実況見分調書は、捜査機関が五官の作用により物又は場所の存在・状態を認識した結果を記載した書面であり、検証の結果を記載した書面に準ずるものとして321条3項が適用される。したがって、作成者Pが公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときに証拠能力が認められる。
もっとも、調書中に立会人の指示説明が記載されている場合、その供述内容の真実性が要証事実との関係で問題となるときは、立会人の供述を内容とする伝聞証拠として、別途伝聞例外の要件を検討しなければならない。本件では弁護人Bが不同意としているから(326条1項)、以下、別紙ごとに検討する。
2 【別紙1】の証拠能力
(1)別紙1は、Wの説明に基づいて司法警察員2名が犯行を再現した状況の写真と、Wの「このように、犯人の一人が、被害者に対し、右手に持った包丁を胸に突き刺した。」という説明の記載から成る。対応する立証趣旨は「犯行状況」であり、要証事実は甲がVの胸を包丁で突き刺したという犯行状況そのものである。
(2)そうすると、Wの説明内容が真実であることを前提として犯行状況を認定するものであるから、Wの供述の真実性が問題となり、別紙1はPの実況見分調書としての性質に加え、Wの供述を録取した書面としての性質を併せ有する。
写真部分についても、撮影された動作はW自身の実演ではなくWの説明に基づく司法警察員2名の再現であり、実質はWの供述を再現者の動作という形式で記録したものにすぎない。したがって、写真部分もWの供述録取書と同様に扱うべきである。
(3)よって、別紙1を証拠とするためには、321条3項の要件を満たすほか、Wの供述録取部分について321条1項3号の要件、すなわち供述不能、不可欠性及び絶対的特信情況を満たすことが必要である(最決平成17年9月27日参照)。また、供述記載部分についてはWの署名押印を要する(321条1項柱書)。写真については記録の過程が機械的操作によるから署名押印は不要である。
(4)本件では、Wは生存しており公判期日において証人として供述することが可能であって、供述不能の要件を満たさない。また、Wの署名押印もない。さらに、Wの説明に基づいて司法警察員2名が再現する過程において、Wの供述どおりの再現がなされていることの担保もなく、特信情況も認め難い。
したがって、別紙1は証拠能力を有しない。犯行状況は、Wを証人として尋問することにより立証すべきである。
3 【別紙2】の証拠能力
(1)別紙2に対応する立証趣旨は「Wが犯行を目撃することが可能であったこと」である。その要証事実は、Wが目撃当時立っていたと指示した位置から、甲及びVが立っていたと指示された位置を見通すことが可能であったという客観的な見通し状況である。
(2)この見通し状況は、P自身が、Wの指示した位置に立ち、視界を遮る障害物がなく、再現している司法警察員2名が街灯に照らされていたため再現状況を十分に確認することができたとして、自ら五官の作用により認識した結果である。したがって、この部分は純粋な実況見分の結果の記載であり、321条3項により、Pの真正作成供述があれば証拠能力が認められる。
(3)Wの「私が犯行を目撃した時に立っていた場所はここです。」との指示は、実況見分の対象となる地点を特定し、見分の経過を明らかにするための指示説明にすぎない。Wが実際にその位置にいたという事実は、Wに対する証人尋問によって立証されるべき事柄であり、別紙2はその位置を前提としたときの見通しの可否を示すものにとどまる。そうすると、この部分については供述内容の真実性が問題とならないから、伝聞証拠には当たらない。
(4)他方、Wの「このように、犯行状況については、私が目撃した時に立っていた位置から十分に見ることができます。」という説明部分は、見通しが可能であったというWの判断を内容とするものであり、要証事実との関係でその真実性が問題となるから伝聞証拠に当たる。Wは供述不能ではなく署名押印もないから、321条1項3号の要件を満たさず、この部分の証拠能力は認められない。もっとも、見通し状況についてはPの認識結果の記載によって立証されるのであるから、この部分を除いて別紙2の証拠能力を肯定することができる。
(5)また、写真に写っているのは司法警察員2名の再現であるが、別紙2においてはその動作の内容が要証事実ではなく、その位置にある人物が視認できるか否かが要証事実であるから、再現の正確性は問題とならない。
4 結論
【実況見分調書】のうち、別紙1は証拠能力を有しない。別紙2は、Wの前記判断を述べた説明部分を除き、321条3項の要件を満たす限り証拠能力が認められる。
以上