司法試験 平成23年 刑事訴訟法
問題文
[刑事系科目]〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事 例】1 平成22年5月1日,A女は,H県警察本部刑事部捜査第一課を訪れ,同課所属の司法警察員Pに,「2か月前のことですが, 午後8時ころ, 結婚を前提に交際していたBと電話で話していると,Bから『甲が来たから,また,後で連絡する。』と言われて電話を切られたことがありました。甲は,Bの友人です。その3時間後,Bが私の携帯電話にメールを送信してきました。そのメールには, Bが甲及び乙と一緒に, 甲の奥さんであるV女の死体を,『一本杉』 のすぐ横に埋めたという内容が書かれていました。 ちなみに,『一本杉』 は, H県I市内にあるJ山の頂上付近にそびえ立っている有名な杉です。また,乙も,Bの友人です。私は,このメールを見て,怖くなったので,思わず,メールを消去しました。その後,私は,このことを警察に伝えるべきかどうか迷いましたが,Bとは結婚するつもりでしたので,結局,警察に伝えることができませんでした。しかし,昨日,Bとも完全に別れましたので,警察に伝えることに踏ん切りがつきました。
Bが私にうそをつく理由は全くありません。ですから,Bが私にメールで伝えてきたことは間違いないはずです。よく調べてみてください。」などと言った。その後,司法警察員Pらは,直ちに,前記「一本杉」付近に赴き,その周辺の土を掘り返して死体の有無を確認したところ,女性の死体を発見した。そして,女性の死体と共に埋められていたバッグにV女の運転免許証が在中していたことなどから,女性の死体がV女の死体であることが判明した。
そこで,同月3日,司法警察員Pらは,Bから事情を聞くため,Bが独り暮らしをしているKマンション403号室に赴き,BにH県警察本部への任意同行を求めたところ,Bは,突然,司法警察員Pらを振り切ってKマンションの屋上に駆け上がり逃走を試みたが, 同所から転落して死亡した。
2 同日,司法警察員Pは,死体遺棄の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,部下と共に,前記Kマンション403号室を捜索し,Bのパソコンを差し押さえた。
そして,同日,司法警察員Pは,H県警察本部において,差し押さえたBのパソコンに保存されていたメールの内容を確認したところ, A女とBとの間におけるメールの交信記録しか残っていなかったが, Bが甲及び乙からV女を殺害したことを聞いた状況や甲及び乙と一緒にV女の死体を遺棄した状況等を記載したA女宛てのメールが残っていた。そこで,司法警察員Pは,このメール[メール①]を印刷し,これを添付した捜査報告書【資料1】を作成した。また,司法警察員Pは, 直ちに,[メール①] をA女に示したところ, A女は,「[メール①] には見覚えがあります。[メール①] は, Bが作成して私に送信したものに間違いありません。 Bのパソコンは, B以外に使用することはありません。私がパソコンに触れようとしただけで,『触るな。』と激しく怒ったことがありますので,Bのパソコンを他人が使用することは,絶対にないと断言できます。」などと供述した。
3 V女に対する殺人,死体遺棄の犯人として甲及び乙が浮上したことから,司法警察員Pらは,直ちに,甲及び乙の前歴及び前科を照会したところ,甲には,前歴及び前科がなかったものの,乙には,平成21年6月,窃盗(万引き)により,起訴猶予となった前歴1件があることが判明した。
また,司法警察員Pは,差し押さえたBのパソコンにつき,Bと甲との間におけるメールの交信記録,Bと乙との間におけるメールの交信記録が消去されているのではないかと考え,直ちに科学捜査研究所に,消去されたメールの復元・分析を嘱託した。
さらに,司法警察員Pらは,前記メールの復元・分析を進めている間に,甲及び乙が所在不明となることを避けるため,甲及び乙に対する尾行や張り込みを開始した。
4 その一方,司法警察員Pは,V女に対する殺人,死体遺棄事件を解明するため,甲及び乙を逮捕したいと考えたものの, まだ,[メール①]だけでは, 証拠が不十分であると判断し, V女に対する殺人,死体遺棄事件以外の犯罪事実により甲及び乙を逮捕するため,部下に対し,甲及び乙がV女に対する殺人,死体遺棄事件以外に犯罪を犯していないかを調べさせた。その結果,乙については,V女に対する殺人,死体遺棄事件以外の犯罪の嫌疑が見当たらなかったが,甲については,平成22年1月10日にI市内で発生したコンビニエンスストアLにおける強盗事件の2人組の犯人のうちの1名に酷似していることが判明した。そこで,同年5月10日,司法警察員Pは,コンビニエンスストアLに赴き,被害者である店員Wに対し,甲の写真を含む複数の写真を示して犯人が写った写真の有無を確認したところ,Wが甲の写真を選択して犯人の1人に間違いない旨を供述したことから,その旨の供述録取書を作成した。
その後,司法警察員Pは,この供述録取書等を疎明資料として,前記強盗の被疑事実で甲に係る逮捕状の発付を受け,同月11日,同逮捕状に基づき,甲を通常逮捕した【逮捕①】。そして,その際,司法警察員Pは,逮捕に伴う捜索を実施し,甲の携帯電話を発見したところ,前記強盗事件の共犯者を解明するには,甲の交遊関係を把握する必要があると考え,この携帯電話を差し押さえた。なお,この際,甲は,「差し押さえられた携帯電話については,私のものであり,私以外の他人が使用したことは一切ない。」などと供述した。
司法警察員Pは,直ちに,この携帯電話に保存されたメールの内容を確認したところ,Bと甲との間におけるメールの交信記録が残っており,その中には,BがV女の死体を遺棄したことに対する報酬に関するものがあった。そこで,司法警察員Pは,同月12日,殺人,死体遺棄の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,この携帯電話を差し押さえた。引き続き,司法警察員Pは,パソコンを利用して前記Bと甲との間におけるメール[メール②-1]及び[メール②-2]を印刷し,これらを添付した捜査報告書【資料2】を作成した。
甲は,同日,H地方検察庁検察官に送致された上,同日中に前記強盗の被疑事実で勾留された。なお,甲は,前記強盗については,全く身に覚えがないなどと供述し,自己が犯人であることを否認した。
5 同月13日,司法警察員Pの指示を受けた部下である司法警察員Qが,乙を尾行してその行動を確認していたところ,乙がH県I市内のスーパーMにおいて,500円相当の刺身パック1個を万引きしたのを現認し,乙が同店を出たところで,乙を呼び止めた。すると,乙が突然逃げ出したので,司法警察員Pは,直ちに,乙を追い掛けて現行犯逮捕した【逮捕②】。その後,乙は,司法警察員Qの取調べに対し,犯罪事実について黙秘した。そこで,司法警察員Pは,乙の万引きに関する動機や背景事情を解明するには,乙の家計簿やパソコンなど乙の生活状況が判明する証拠を収集するよりほかないと考え,同日,窃盗の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,部下と共に,乙が単身で居住する自宅を捜索し,乙のパソコン等を差し押さえた。
その後,司法警察員Pは,同日中に,H県警察本部内において,差し押さえた乙のパソコンに保存されたデータの内容を確認したところ, Bと乙との間におけるメールの交信記録が残っているのを発見した。 そして, その中には,[メール②-1] 及び [メール②-2] と同様のBがV女の死体を遺棄したことに対する報酬に関するメールの交信記録が存在した。
乙は,同月14日,H地方検察庁検察官に送致された上,同日中に前記窃盗の被疑事実で勾留された。
6 甲に対する取調べは,司法警察員Pが担当し,乙に対する取調べは,司法警察員Qが担当していたところ, 司法警察員P及びQは, いずれも, 同月15日, 甲及び乙に対し,「他に何かやっていないか。」などと余罪の有無について確認した。
すると,甲は,同日,「V女の死体を 『一本杉』付近に埋めた」旨を供述したため,司法警察員Pは,同日及び翌16日の2日間,V女が死亡した経緯やV女の死体を遺棄した経緯等を聴取した。 これに対し, 甲は,[メール①] の内容に沿う供述をしたものの, 上申書及び供述録取書の作成を拒否した。そのため,司法警察員Pは,同月17日から,連日,前記強盗事件に関連する事項を中心に聴取しながら,1日約30分間ずつ,V女に対する殺人,死体遺棄事件に関する上申書及び供述録取書の作成に応じるように説得を続けた。しかし,結局,甲は,この説得に応じなかった。なお,司法警察員Pは,甲の前記供述を内容とする捜査報告書を作成しなかった。
一方,乙は,同月15日に余罪がない旨を供述したので,司法警察員Qは,以後,V女に対する殺人,死体遺棄事件に関連する事項を一切聴取することがなかった。
7 甲は,司法警察員Pによる取調べにおいて,前記強盗の犯人であることを一貫して否認した。
同月21日,検察官は,甲を前記強盗の事実により公判請求するには証拠が足りないと判断し,甲を釈放した。
乙は,同月18日,司法警察員Qによる取調べにおいて,前記万引きの事実を認めた上,同月20日,弁護人を通じて被害を弁償した。そのため,同日,スーパーMの店長は,乙の処罰を望まない旨の上申書を検察官に提出した。そこで,検察官は,乙を勾留されている窃盗の事実により公判請求する必要はないと判断し,同月21日,乙を釈放した。
その一方で,同日中に,甲及び乙は,V女に対する殺人,死体遺棄の被疑事実で通常逮捕された【甲につき,逮捕③。乙につき,逮捕④。】。甲及び乙は,同月23日,H地方検察庁検察官に送致された上, 同日中に前記殺人, 死体遺棄の被疑事実で勾留された。 なお, 甲及び乙は, 殺人,死体遺棄の被疑事実による逮捕後, 一切の質問に対して黙秘した。 また, 司法警察員Pは, 殺人,死体遺棄の被疑事実で捜索差押許可状の発付を受け,部下と共に,甲及び乙の自宅を捜索したものの,殺人,死体遺棄事件に関連する差し押さえるべき物を発見できなかった。その後,検察官は,Bのパソコンにおけるメールの復元・分析の結果,Bのパソコンにも,甲の携帯電話及び乙のパソコンに残っていた前記各メールと同じメールが保存されていたことが判明したことなどを踏まえ,勾留延長後の同年6月11日,甲及び乙を,殺人,死体遺棄の事実により,H地方裁判所に公判請求した。
検察官は, 公判前整理手続において, 捜査報告書 【資料1】 につき,「殺人及び死体遺棄に関する犯罪事実の存在」,捜査報告書【資料2】につき,「死体遺棄の報酬に関するメールの交信記録の存在と内容」を立証趣旨として,各捜査報告書を証拠調べ請求したところ,被告人甲及び被告人乙の弁護人は,いずれも,不同意の意見を述べた。
〔設問1〕 【逮捕①】ないし【逮捕④】及びこれらの各逮捕に引き続く身体拘束の適法性について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕 捜査報告書(【資料1】及び【資料2】)の証拠能力について,具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
【資料1】捜査報告書平成22年5月3日H県警察本部刑事部長司法警察員 警視正 S 殿H県警察本部刑事部捜査第一課司法警察員 警部 P 印死体遺棄 被疑者 B(本籍,住居,職業,生年月日省略)
被疑者Bに対する頭書被疑事件につき,平成22年5月3日,被疑者Bの自宅において差し押さえたパソコンに保存されたデータを精査したところ,A女あてのメールを発見したので,同メールを印刷した用紙1枚を添付して報告する。
[メール①]送信者: B宛先: A女送信日時: 2010年3月1日 23:03件名: さっきはゴメンさっきは,電話を途中で切ってゴメンな。今日の午後8時に甲が家に来たやろ。ここから,すごいことが起こったんや。いずれ結婚するお前やから,打ち明けるが,甲は,俺の家で, いきなり,「30分前に, 俺の家で, 乙と一緒にV女の首を絞めて殺した。 俺がV女の体を押さえて,乙が両手でV女の首を絞めて殺した。V女を運んだり,V女を埋める道具を積み込むには,俺や乙の車では小さい。お前の大きい車を貸してほしい。V女の死体を捨てるのを手伝ってくれ。 お礼として, 100万円をお前にやるから。」 と言ってきたんや。甲とV女のことは知っているやろ。甲は俺の友人で,V女は甲の奥さんや。乙のことは知らんやろうけど,俺の友人に乙というのがいるんや。その乙と甲がV女を殺したんや。俺も金がないし,お前にも指輪の一つくらい買ってやろうと思い,引き受けた。人殺しならともかく,死体を捨てるだけだから,大したことないと思うたんや。その後,すぐに,甲の家に行くと,V女の死体があったわ。また,そこには,乙もいて,「俺と甲の2人で殺した。甲がV女の体を押さえて,俺が両手でV女の首を絞めて殺したんや。死体を捨てるのを手伝ってくれ。」 と言ってきた。その後, 俺は, 甲と乙と一緒に,V女の死体を俺の車で一本杉まで運び,そのすぐ横の土を3人で掘ってV女の死体をバッグと一緒に投げ入れ,土を上からかぶせて完全に埋めたんや。V女の死体を埋めるのに,午後9時から1時間くらいかかったわ。疲れた。分かっていると思うが,このことは誰にも言うなよ。これがばれたら,俺も捕まることになるから。そうなったら,結婚もできんわ。100万円もらったら,何でも好きなもの買ってやるから,言ってな。
【資料2】捜査報告書平成22年5月12日H県警察本部刑事部長司法警察員 警視正 S 殿H県警察本部刑事部捜査第一課司法警察員 警部 P 印殺人,死体遺棄 被疑者 甲被疑者 乙(いずれも,本籍,住居,職業,生年月日省略)
被疑者甲及び同乙に対する頭書被疑事件につき,平成22年5月12日,H県警察本部において差し押さえた甲の携帯電話に保存されていた甲とBとの間におけるメールの交信記録を用紙1枚に印刷したので,これを添付して報告する。
[メール②-1]送信者: B宛先: 甲受信日時: 2010年4月28日 22:00件名: 早うせえV女の死体を埋めたお礼の100万円払え,早うせえや。
お前らがやったことをばらすぞ。
[メール②-2]送信者: 甲宛先: B送信日時: 2010年4月28日 22:30件名: Re:早うせえもう少し待ってくれ。
必ず,お礼の100万円を払うから。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 【逮捕①】及びこれに引き続く身体拘束
(1)逮捕の理由及び必要性
逮捕が適法であるためには、逮捕の理由(「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」。刑訴法199条1項)、逮捕の必要性(規則143条の3)及び令状の呈示(201条1項)等の手続的要件を充足しなければならない。
本件では、平成22年1月10日に発生したコンビニエンスストアLの強盗事件について、被害者である店員Wが、甲の写真を含む複数の写真を示されて甲の写真を選択し、犯人の1人に間違いない旨供述している。単独面割りではなく複数写真による選別であり、被害者自身が犯人を直接目撃していることからその識別供述には一定の信用性があり、強盗の嫌疑を肯定する相当な理由がある。また、強盗は重大事件であり、甲は犯行を否認しており共犯者も判明していないから、逃亡及び罪証隠滅のおそれがあり必要性も認められる。したがって、【逮捕①】はそれ自体としては199条1項の要件を満たす。
(2)別件逮捕・勾留
もっとも、司法警察員Pは、V女に対する殺人、死体遺棄事件(本件)の証拠が不十分であると判断し、本件以外の犯罪事実により甲を逮捕するため部下に余罪を調べさせた結果として強盗(別件)の嫌疑を把握し、これにより逮捕したのであるから、本件のための身体拘束を意図した違法な別件逮捕ではないかが問題となる。
逮捕・勾留は個々の被疑事実を単位として要件を判断すべきものであり(事件単位の原則)、捜査機関の主観的意図によって客観的に充足された要件が左右されるべきではない。そこで、別件について逮捕の理由及び必要性が認められる限り、専ら本件の取調べを目的とするものであっても、逮捕自体は適法と解する(別件基準説)。
本件では、前記のとおり強盗につき逮捕の理由及び必要性が認められるから、【逮捕①】は適法である。同月12日の勾留も、強盗につき勾留の理由及び必要性(60条1項)を満たす限り適法である。
(3)身体拘束に引き続く取調べ
ただし、別件による身体拘束を利用して本件の取調べを行うことには限界がある。身体拘束の基礎となった事実と無関係な事項の取調べは、身体拘束の処分の効力が及ばない事項について実質的に身体拘束を利用するものであるから、本件についての取調べが別件の捜査に付随する限度を超え、実質的に本件のための身体拘束と同視される程度に至った場合には、その時点以降の身体拘束は違法となると解する。
本件では、Pは同月15日に「他に何かやっていないか。」と余罪を確認したにとどまり、甲が自ら本件を供述したことを受けて同日及び翌16日に経緯を聴取し、同月17日からは前記強盗事件に関連する事項を中心に聴取しながら1日約30分間ずつ上申書等の作成を説得したにすぎない。取調べの中心は常に別件たる強盗にあり、本件に割かれた時間はごく短時間であって、本件の取調べが別件捜査に付随する限度を超えたとはいえない。したがって、【逮捕①】に引き続く身体拘束も違法とはならない。
2 【逮捕②】及びこれに引き続く身体拘束
(1)現行犯逮捕の要件
現行犯逮捕は、犯罪と犯人の明白性が認められる場合に令状なくして逮捕を認めるものである。「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者」(212条1項)とは、犯罪の実行行為の最中又はその直後の者をいい、犯罪と犯人の明白性は、逮捕者自身が直接現認した事実に基づいて判断されなければならない。
本件では、司法警察員Qが、乙がスーパーMにおいて500円相当の刺身パック1個を万引きしたのを現認し、乙が同店を出たところで呼び止めている。窃盗の実行行為の直後であり、時間的・場所的接着性があるから「現に罪を行い終った者」に当たる。また、犯行を現認した者が直ちに呼び止めているから犯罪と犯人の明白性も認められる。現実に逮捕したのはPであるが、PはQの指示する乙を直ちに追い掛けて逮捕したのであり、現認者Qと一体として逮捕行為を行ったものと評価できるから、明白性の判断に欠けるところはない。
もっとも、窃盗は30万円以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪ではないから217条の制限は及ばないが、被害額500円という極めて軽微な事案であり、逮捕の必要性を慎重に検討すべきである。本件では乙は呼び止められて突然逃げ出しており、逃亡のおそれが現実化しているから、必要性は認められる。よって【逮捕②】は適法である。
(2)引き続く身体拘束
Pは、乙の万引きの動機や背景事情を解明するためとして窃盗の被疑事実で捜索差押許可状を得て乙のパソコンを差し押さえ、そのデータからBと乙との間の報酬に関するメールを発見している。500円の万引きの動機解明のためにパソコンを差し押さえる必要性は乏しく、実質は本件の証拠を探索する目的であったと疑われ、差押えの違法が問題となる。もっとも、取調べについてみれば、Qは同月15日に乙が余罪はない旨供述した後、本件に関連する事項を一切聴取していない。別件たる窃盗の身体拘束が本件のために利用されたとはいえず、同月14日の勾留も窃盗につき理由及び必要性を満たすから、引き続く身体拘束は適法である。
3 【逮捕③】及び【逮捕④】並びにこれらに引き続く身体拘束
同一の犯罪事実については逮捕・勾留を反復することは原則として許されない(一罪一逮捕一勾留の原則)。本件の殺人、死体遺棄は【逮捕①】の強盗及び【逮捕②】の窃盗とは別個の犯罪事実であるから、形式的には再逮捕には当たらない。
もっとも、先行する別件の身体拘束が実質的に本件のためのものであったと評価される場合には、本件についての逮捕・勾留は実質的な再逮捕・再勾留として、先行する身体拘束期間を考慮しなければ違法となる。しかし前述のとおり、甲についても乙についても、別件の身体拘束が本件の取調べに実質的に利用されたとはいえない。
そして、本件については、Aの供述、一本杉横から実際にV女の死体が発見された事実、メール①、甲の携帯電話及び乙のパソコンに残された報酬に関するメール、さらにBのパソコンの復元結果が一致していることから、殺人及び死体遺棄につき相当な理由が認められる。甲及び乙は一切の質問に黙秘しており、共犯事件であって通謀による罪証隠滅のおそれが高いから必要性も認められる。自宅捜索で差し押さえるべき物が発見されなかったことは罪証隠滅のおそれを減殺する事情ではあるが、共犯者間の供述の通謀のおそれは残る。
したがって、【逮捕③】及び【逮捕④】並びにこれらに引き続く勾留及びその延長はいずれも適法である。
第2 設問2
1 捜査報告書【資料1】の証拠能力
(1)書面の構造
【資料1】は、Pが作成した捜査報告書本体と、これに添付されたメール①の印刷物から成る。報告書本体は、差し押さえたパソコンのデータを精査してメールを発見したという捜査の経過を記載したものであり、パソコン内のデータという物の存在・状態を五官の作用により認識した結果の記載として、検証の結果を記載した書面に準じるものと解される。そこで321条3項により、作成者Pが公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたことを供述することが必要である。
印刷物は、パソコン内の電子データを機械的に出力したものであって、原本と同一の内容を正確に再現する限り原本に代わる写しとして用いることができる。本件ではAが「メール①には見覚えがあります。」と述べて同一性を確認しているから、同一性の立証に問題はない。
(2)伝聞性
立証趣旨は「殺人及び死体遺棄に関する犯罪事実の存在」であり、メール①に記載されたBの体験の内容が真実であることを前提として犯罪事実を認定するものであるから、メール①は伝聞証拠であり、原則として証拠とすることができない(320条1項)。
メール①はB自身が作成した供述書であり、被告人以外の者の供述書で1号及び2号書面以外のものであるから、321条1項3号の要件を検討する。
第1に、Bは平成22年5月3日にKマンション屋上から転落して死亡しており、供述不能の要件を満たす。
第2に、不可欠性が必要である。甲及び乙は一切黙秘しており、V女の殺害状況及び死体遺棄の経緯を直接明らかにする証拠はメール①のほかにない。報酬に関するメールは死体遺棄への関与を推認させるにとどまる。したがって、メール①はこれらの犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものである。
第3に、絶対的特信情況が必要である。メール①は、Bが結婚を前提に交際していたAに対し、犯行の約3時間後という間近い時期に、自己も死体遺棄に関与したという自己に不利益な事実を含めて具体的に述べたものである。捜査機関の関与のない私的な通信であり、口止めまで依頼していることからして、Aを欺く動機は認められない。しかも、死体を一本杉のすぐ横に埋めたという記載は、P らがその周辺の土を掘り返してV女の死体を発見したという客観的事実と一致し、埋めた時間帯や死体と共に埋められたバッグの存在といった細部も裏付けられている。よって、特に信用すべき情況の下にされた供述といえる。
なお、供述書については署名押印は不要であるが、作成者がBであることの立証を要する。Aは、Bのパソコンは「B以外に使用することはありません。」と述べ、自己が触れようとしただけでBが激しく怒ったと具体的に述べているから、Bの作成に係るものと認められる。
(3)再伝聞部分
メール①には、甲及び乙がBに対して述べた「俺がV女の体を押さえて、乙が両手でV女の首を絞めて殺した」等の供述が含まれており、二重の伝聞となる。
被告人以外の者の供述で被告人の供述を内容とするものについては322条が準用される(324条1項)。甲の供述部分は、甲にとって殺人及び死体遺棄という不利益な事実の承認であり、友人Bに対し自発的に援助を求める中で述べられたもので任意性に疑いはないから、甲については証拠能力が認められる。乙の供述部分も、乙に対する関係で同様に解される。
もっとも、甲の供述部分を乙に対する証拠として用いる場合、甲は乙との関係では被告人以外の者であるから、324条2項により321条1項3号が準用され、供述不能、不可欠性及び絶対的特信情況が必要となる。甲は公判でも黙秘することが予想されるが、黙秘は供述不能に準ずるとしても、相被告人の責任転嫁のおそれを考慮すると絶対的特信情況を認めるのは困難である。したがって、甲の供述部分を乙の犯罪事実の認定に用いることはできず、乙の供述部分を甲の認定に用いることもできない。この限度で証拠能力は制限される。
2 捜査報告書【資料2】の証拠能力
(1)伝聞性
立証趣旨は「死体遺棄の報酬に関するメールの交信記録の存在と内容」である。メール②-1は、BがV女の死体を埋めた礼として100万円の支払を要求する意思の表明であり、メール②-2は、甲がこれに応じて支払を約する意思の表明である。これらは、記載された事実の真実性を立証するためではなく、甲とBとの間で死体遺棄の報酬に関するやり取りが存在したこと自体を間接事実として、甲が死体遺棄に関与したことを推認するために用いられる。したがって、要証事実との関係で供述内容の真実性が問題とならないから、非伝聞として証拠能力が認められる。
仮にメール②-2について、甲が死体遺棄の報酬債務を負う旨の内容の真実性が問題となると解する場合でも、これは被告人甲自身が作成した供述書であり、不利益な事実の承認に当たる。捜査機関の関与なくB に対して送信したものであって任意にされたものであることが明らかであるから、322条1項前段により証拠能力が認められる。もっとも、これを乙の犯罪事実の認定に用いることはできない。
(2)違法収集証拠排除法則
甲の携帯電話は、【逮捕①】に際し逮捕に伴う捜索により発見され、令状なくして差し押さえられている。逮捕する場合において必要があるときは「逮捕の現場」で令状なくして捜索・差押えができる(220条1項2号)。その趣旨は、逮捕の現場には被疑事実に関する証拠の存在する蓋然性が高く、証拠の散逸を防ぐ必要性・緊急性があることに求められるから、差押えの対象も被疑事実に関連する物に限られる。
本件の被疑事実は強盗であり、2人組による犯行であったから共犯者の特定が不可欠であり、甲の交遊関係を把握するために携帯電話を差し押さえることは、強盗の被疑事実との関連性を肯定でき、適法である。
もっとも、Pは直ちにこの携帯電話に保存されたメールの内容を確認し、Bとのやり取りを発見しており、これは強盗の捜査に必要な範囲を超えて本件の証拠を探索したものと評価する余地がある。しかし、Pは同月12日に殺人、死体遺棄の被疑事実で改めて捜索差押許可状の発付を受けてこの携帯電話を差し押さえ、その上で印刷して【資料2】を作成しているのであるから、本件の証拠としての収集手続は令状に基づいて行われている。
違法に収集された証拠は、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地から相当でないと認められる場合に限り、証拠能力が否定されると解する。本件では、当初の差押えは適法な令状による逮捕に伴うものであって令状主義を潜脱する意図は認められず、内容確認の点に問題があるとしても、その後令状を得て適法に差押えがなされているから、重大な違法があるとはいえない。
したがって、【資料2】の証拠能力は否定されない。
以上