司法試験 令和8年 刑法
問題文
〔第1問〕(配点:100)
【事例1】及び【事例2】を読んで、〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事例1】
1 甲(50歳)、乙(50歳)及びA(49歳)は、B社の同僚であったところ、某年12月20日午後4時頃、忘年会をするため、甲方に集まった。その際、Aは、自らが所有する自動車(以下「A車」という。)を運転して甲方のあるアパートまで行き、同アパートの来客用駐車場にA車を駐車した。
甲方の間取りは洋室と台所の1Kであったところ、甲、乙及びAは、同日午後4時20分頃から、甲方の洋室で一緒に焼酎を飲み始めた。
甲は、普段から酒癖が悪く、焼酎を3合以上飲むと他人を死亡させかねない程度の暴力を振るうことが度々あり、甲自身、そのことを認識していた。しかし、甲は、この日は体調が優れなかったため、それほど大量の酒を飲むつもりはなく、暴れるほど酩酊することはないだろうと思いながら焼酎を飲み続けた。
甲及び乙は、かねてよりB社の顧客を引き抜いて一緒に独立しようと主張していたAを腹立たしく思っていたところ、酒に酔ったAが、またもやB社からの独立の話をし始めたため、Aと口論になった。B社の社長に対して深い恩義を感じていた甲及び乙は、Aに激しい怒りを覚えながら、更に飲酒を続けた。
2 甲及び乙は、Aが執拗にB社からの独立を主張したため、長年の恩を仇で返すようなことを主張するAに殺意を覚え、場合によってはAが死んでしまっても構わないと考え、お互いに暗黙のうちに意思を通じ、共謀の上、同日午後7時頃、洋室において、それぞれ手拳でAの頭部を殴打したが、なおもB社からの独立を主張するAに対し、同日午後10時頃までの間、それぞれ焼酎を飲んで酩酊の度を強めながら、断続的に、それぞれ腹立ち紛れに手拳でAの頭部を殴打し、背部を足蹴りする暴行を加えた(以下、同日午後7時頃から同日午後10時頃までの間の甲及び乙のAに対する暴行を、「①行為」という。)。なお、甲の飲酒量は、①行為の開始時点で3合に達しており、甲自身もそのことを認識していた。Aは、①行為により、頭部及び背部打撲による皮下出血の傷害を負ったが、これらの傷害は致命傷になり得ないものであった。
3 Aは、甲及び乙の暴行から逃れようと考え、同日午後10時頃、洋室と玄関の間にある台所直結のトイレ内に逃げ込み、内側から鍵を掛けた。甲及び乙は、それぞれトイレのドアを叩きながら、Aに対し、「出て来い、裏切り者。ぶっ殺してやる。」などと怒鳴り付けたが、Aがトイレ内から出て来なかったため、一旦洋室に戻った。
怒りが収まらない甲は、乙に対し、「Aがトイレから出て来たら、Aを取り押さえてくれ。
俺がボコボコに殴り付けて、二度となめた口がきけないようにしてやる。場合によっては死んでも構わねえ。」と言い、それを聞いた乙は、甲と同様、Aに対して激しい怒りを感じていたため、甲に対し、「分かった。任せておけ。あんなやつ、死んでしまっても構わない。」と言
ってこれに応じた。
その後、甲及び乙は、更に焼酎を飲みながら、Aがトイレから出て来るのを待っていたが、しばらく経ってもAが出て来なかったため、同日午後10時30分頃から、いずれも洋室で居眠りを始めた。
4 Aは、怒鳴り声が止み、室内が静かになったことから、隙を見て甲方から逃げ出そうと考え、同日午後11時頃、トイレから出て玄関に向かおうとしたが、その途中の台所で足がもつれ、うつ伏せに倒れた。
甲は、その物音で目を覚ますと、Aを捕えようと思い、立ち上がって台所に向かったが、台所に立ち入ろうとした際、洋室と台所の間にある敷居につまずき、台所に設置された冷蔵庫の扉に頭を強打した。甲は、頭を強打したことで一層激怒・興奮して、同日午後11時頃から同日午後11時10分頃までの間、台所において、Aに対し、確定的な殺意をもって、Aの頭部や背部を思い切り足で踏み付け、台所にあった重さ約1キログラムの鉄製フライパンでAの頭部を10数回にわたり激しく殴打する暴行を加えた(以下、同日午後11時頃から同日午後11時10分頃までの間の甲のAに対する暴行を、「②行為」という。)。甲がAに対して②行為に及ぼうとした際、乙も物音で目を覚まし、立ち上がって台所に行くと、事前の打合せどおり、その場に倒れているAの両足を両手で押さえ付け、甲が②行為に及んでいる間、Aが逃げられないようにしていた。甲は、②行為に及んでいる最中に、事前の打合せどおり、乙がAの両足を両手で押さえ付けていることに気付き、そのまま②行為を継続した。Aは、②行為により、頭部及び背部打撲による皮下出血並びに肋骨骨折による胸腔内出血の傷害を負ったほか、脳挫傷の傷害を負い、意識を失ったものの、この時点ではまだ生きていた。また、Aが②行為により負った脳挫傷は、そのまま放置すれば死に至る程度のものであった。
なお、甲は、①行為に及んでいる時期には完全責任能力を有していたが、その後、②行為を開始した時点で飲酒の影響により心神耗弱状態に至った。他方、乙は、終始、完全責任能力を有していた。
5 乙は、Aが意識を失って動かなくなった様子を見て、Aが死んだものと思い、A車ごとAの死体を燃やして証拠を隠滅しようと考え、甲に対し、「A、死んじまったな。A車でAの死体を港まで運んで、そこでAが焼身自殺したことに見せかけて、A車ごとAの死体を燃やしてしまおう。」と持ち掛けたところ、甲は「分かった。そうしよう。」と言ってこれに応じた。その時点においても、甲は心神耗弱状態であったが、乙は完全責任能力を有していた。
その後、甲及び乙は、Aを港に運ぶまでの間にその様子を誰かに見られないようにするため、Aを甲所有のスーツケース内に押し込んだ上、同スーツケースごと甲方から運び出し、A車の後部座席に積み込んだ。また、乙は、A車ごとAを燃やす際に使用するため、甲方にあった灯油の入ったポリタンクを持ち出し、A車のトランクに積み込んだ。
乙は、甲がかなり酔っている様子だったため、自分がA車を運転することとし、甲をA車の助手席に乗せ、同日午後11時20分頃、A車を運転し、甲方から約50キロメートル離れた港まで向かった(以下、Aを前記スーツケース内に押し込み、それをA車に積み込んだ上、A車を運転して走行した行為を「③行為」という。)。前記港までの道中、甲は、酩酊のためA車内で寝ていた。
Aは、前記スーツケースごとA車に積み込まれた時点では生きていたが、同スーツケースの密閉性が高かったため、前記港に向かう途中の同日午後11時30分頃、同スーツケース内で窒息死した。③行為の際、甲及び乙は、いずれもAが生きていることに気が付くことはなかった。
〔設問1〕 【事例1】における甲及び乙の罪責について論じなさい(刑法第104条の罪、同法第190条の罪及び特別法違反の点は除く。)。なお、論述に際しては、以下の点についても言及すること。
・ ①行為と②行為の関係をどのように把握するか
・ 「行為と責任の同時存在の原則」の意義とその根拠
【事例2】(【事例1】の事実に続いて、以下の事実があったものとする。)
6 乙は、同月21日午前1時頃、前記港の人がいない駐車場に到着したため、A車を駐車した上、寝ている甲を起こし、A車運転席から降りた。甲は、乙に起こされた後、A車助手席から降りたが、その時点では酔いが覚めていたため、完全責任能力を有する状態になっていた。
甲及び乙は、A車の後部座席に回り、前記スーツケースの中からAの死体を出した上、A車の後部座席にAの死体を横たえた。
7 乙は、A車のトランク内から前記ポリタンクを取り出し、同ポリタンク内の灯油約2リットルをA車の運転席及び助手席に撒いた。その後、甲は、持っていたハンカチにライターで点火し、火の点いた同ハンカチを、灯油が撒かれたA車運転席に向けて放り投げて放火した。
前記ハンカチの火は、A車運転席シートに燃え移った後、更に助手席シートや後部座席シートにも燃え移り、A車の運転席や助手席、後部座席、Aの死体を焼損するとともに、火炎は車外にも及び、A車の屋根上から高さ約2メートル、幅約50センチメートルに達した(以下「本件火災」という。)。
8 燃えているA車の近くには、A車から西側へ約3メートルの位置にC所有の無人の自動車
(以下「C車」という。)が駐車されていたほか、A車から東側へ約2メートルの位置にはゴミ集積場が設けられており、その当時、同ゴミ集積場には可燃性のゴミ約300キログラムが、高さ約1メートル、幅約4メートル、奥行約2メートルにわたって置かれていた。
A車から最寄りの建造物までは、約25メートルの距離があり、また、A車及びC車以外には、前記港の駐車場に車両は駐車されていなかったが、同駐車場は同港の漁業関係者が深夜帯でも出入りする可能性があった。
本件火災により、A車は全焼し、さらに、C車と前記ゴミ集積場に延焼の危険が及んだが、周囲の建造物に延焼する危険は生じなかった。
なお、甲が前記放火行為に及んだ当時、甲は、場合によっては本件火災による火がC車や前記ゴミ集積場にあるゴミに燃え移るかもしれないと思っていたが、乙は、その火がそれらに燃え移るとは思っていなかった。また、甲及び乙には、いずれも前記港の駐車場に漁業関係者が出入りする可能性があることの認識はなかった。
〔設問2〕 【事例2】における甲及び乙の罪責について論じなさい(刑法第104条の罪、同法第190条の罪及び特別法違反の点は除く。)。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 検討の順序
甲及び乙は、①行為及び②行為によりAに暴行を加え、③行為の過程でAが窒息死している。そこで、まず①行為と②行為の関係及び殺人罪(刑法(以下法名略)199条)の実行行為該当性を検討し、次にAの死亡との因果関係及び故意を検討した上、甲については②行為時に心神耗弱状態にあったことから責任能力の問題を、乙については共同正犯の成否を検討する。
2 ①行為と②行為の関係
(1) ①行為は、甲及び乙が、Aが死んでしまっても構わないという未必の殺意をもって暗黙のうちに意思を通じ、午後7時頃から午後10時頃までの約3時間にわたり断続的に手拳でAの頭部を殴打し背部を足蹴りした行為である。②行為は、午後11時頃から10分間、甲が確定的殺意をもってAの頭部や背部を思い切り踏み付け、重さ約1キログラムの鉄製フライパンでAの頭部を10数回激しく殴打した行為であり、乙が事前の打合せどおりAの両足を押さえ付けている。両行為の間には約1時間の間隔があるため、別個の行為と捉えるか一連一体の行為と捉えるかが問題となる。
(2) 複数の暴行が、同一の被害者に対し、同一の機会に、同一の犯意の下で継続的に行われた場合には、社会通念上これらを一連一体の実行行為として評価すべきである。本件では、①行為と②行為は、いずれも甲方という同一の場所で、同一の被害者Aに対し、B社からの独立を主張するAへの怒りという同一の動機から行われている。Aがトイレに逃げ込んだ後も、甲及び乙はドアを叩きながら「出て来い、裏切り者。ぶっ殺してやる。」と怒鳴り、Aが出てきたら乙が取り押さえ甲が殴り付ける、場合によっては死んでも構わないとの共謀を遂げた上でAが出てくるのを待ち構えていたのであり、午後10時30分頃からの居眠りを含む約1時間の中断はAがトイレに立てこもったために生じた待機時間にすぎず、殺意及び共謀は中断することなく継続していた。そして、②行為は、Aがトイレから出て倒れたところを乙が両足を押さえ甲が殴打するという、まさにこの共謀どおりに行われたものであり、甲も②行為の最中に乙が打合せどおり押さえ付けていることに気付いてそのまま継続している。したがって、①行為と②行為は、同一の殺意の下で行われた一連一体の殺人の実行行為と把握すべきである。これに対し、約1時間の中断と冷蔵庫への頭部強打による新たな激高を重視して両者を別個の行為と捉え、①行為を殺人未遂、②行為を殺人と評価する見方もあり得るが、上記のとおり殺意と共謀が継続し②行為が共謀の実現である以上、採用できない。
(3) なお、①行為によるAの傷害は致命傷になり得ないものであったが、頭部という身体の枢要部に対する手拳での反復殴打及び背部への足蹴りを約3時間にわたり加える行為は生命侵害の現実的危険を有し、未必の殺意の下で行われている以上、①行為の開始時点で殺人罪の実行の着手が認められる。②行為は、そのまま放置すれば死に至る脳挫傷を生じさせた行為であり、殺人の実行行為に当たることは明らかである。
3 Aの死亡との因果関係及び故意
(1) Aは、②行為による脳挫傷ではなく、③行為の過程でスーツケース内で窒息したことにより死亡している。そこで、一連の実行行為とAの死亡との間に因果関係が認められるかが問題となる。刑法上の因果関係は、条件関係を前提に、実行行為の危険性が結果へと現実化したといえる場合に認められ、行為者自身の行為が介在した場合には、その介在行為が実行行為によって誘発されたものか、及び介在行為の異常性の程度を考慮して判断する。
(2) 本件では、②行為によりAは脳挫傷を負って意識を失い、抵抗も救助の求めもできない状態に陥った。甲及び乙がAを死亡したものと誤信し、証拠隠滅のため甲所有のスーツケースに押し込んでA車に積み込み運搬した③行為は、殺害行為の後に死体を処理しようとする行為であって殺人に随伴し得る行為であり、②行為によりAが意識を失い生死の判別が困難な状態になったことによって誘発されたものである。そして、意識を失った被害者を密閉性の高いスーツケースに押し込めば窒息死することは異常な経過ではなく、現にAは積込み後出発から約10分後の午後11時30分頃に窒息死している。したがって、一連の実行行為の危険性がAの死亡という結果に現実化したといえ、因果関係が認められる。
(3) 次に、甲及び乙は②行為により既にAが死亡したと誤信して③行為に及んでおり、認識した因果経過(②行為による死亡)と現実の因果経過(③行為による窒息死)との間に食い違いがある。しかし、故意の成立には構成要件該当事実の認識があれば足り、因果経過は構成要件の範囲内で符合していれば足りる。行為者が殺意をもって殺害行為に及び、その後の事後処理行為により被害者が死亡したという経過は、前記のとおり因果関係の認められる範囲内の食い違いにすぎず、殺人罪の故意は阻却されない。
4 甲の罪責
(1) 構成要件該当性
甲は、乙と共謀の上、一連の実行行為によりAを死亡させており、殺人罪の構成要件に該当する。殺意は①行為の時点では未必的であったが②行為の時点では確定的であり、殺人の故意に欠けるところはない。
(2) 責任能力
ア 甲は、①行為の時期には完全責任能力を有していたが、②行為を開始した時点で飲酒の影響により心神耗弱状態に至り、③行為の時点も同様であった。そこで、39条2項により刑を減軽すべきかが問題となる。
イ 行為と責任の同時存在の原則とは、責任能力は実行行為の時点に存在しなければならないという原則をいう。その根拠は責任主義にある。刑罰は、行為者が規範に直面し違法行為を思いとどまることができたにもかかわらず行為に出たことに対する非難であるから、非難の対象となる実行行為の時点において、行為者が是非を弁別しそれに従って行動を制御する能力を有していたことが必要である。この原則を形式的に適用すれば、②行為の時点で心神耗弱にあった甲には39条2項が適用されることになる。
ウ しかし、同原則が要求するのは、非難の対象となる実行行為が責任能力ある状態での意思決定に基づいて行われたことである。実行行為が一連一体のものとして評価される場合、その開始時点で完全責任能力を有する行為者が自由な意思決定により犯行を決意して着手し、その後も同一の意思決定が貫徹されて犯行が継続されたのであれば、途中で責任能力が低下しても、一連の実行行為全体が完全責任能力下の意思決定に基づくものといえ、非難可能性は減少しない。したがって、このような場合には39条2項は適用されないと解する(長崎地判平成4年1月14日参照)。
エ 本件では、前記2のとおり①行為と②行為は一連一体の実行行為であり、甲は、完全責任能力を有していた①行為の開始時点で未必の殺意をもってこれに着手し、午後10時頃には完全責任能力の下で乙との間で「場合によっては死んでも構わねえ」との共謀を遂げ、Aが出てきたら殴り付けることを決意していた。②行為は、冷蔵庫に頭を強打して一層激高したという事情はあるものの、乙がAを押さえ甲が殴るというこの共謀どおりに実行されたものであり、同一の意思決定が貫徹されている。したがって、甲の心神耗弱は一連の実行行為の途中で生じたものにすぎず、39条2項は適用されない。
オ また、仮に②行為を独立に評価するとしても、原因において自由な行為の法理により完全な責任を問うことができる。すなわち、責任能力ある状態における原因行為の時点で犯罪の故意を有し、その故意が心神耗弱状態における実行行為まで連続している場合には、実行行為は原因行為時の自由な意思決定の実現にほかならず、39条2項は適用されない(最決昭和43年2月27日参照)。本件で、甲は、飲酒開始時には体調が優れず暴れるほど酩酊することはないと思っていたから、この時点の飲酒を原因行為とすることはできない。しかし、甲は、焼酎を3合以上飲むと他人を死亡させかねない暴力を振るうことが度々あり自らそれを認識していたところ、①行為の開始時点で飲酒量が3合に達していることを認識し、かつ未必の殺意を有しながらなお飲酒を続けて酩酊の度を強め、午後10時頃の共謀後もAが出てくるのを待ちながら飲酒を継続した。この殺意発生後の飲酒の継続が原因行為であり、その時点の殺意は②行為まで連続しているから、この観点からも39条2項は適用されない。
カ なお、③行為の時点でも甲は心神耗弱状態にあり、乙の提案に「分かった。そうしよう。」と応じてスーツケースへの押し込みと積込みに関与し、道中は酩酊のため寝ていたが、③行為は殺意なく行われた事後処理行為であって殺人の実行行為ではなく因果経過の一部にすぎないから、その時点の責任能力は殺人罪の責任を左右しない。
(3) 結論
よって、甲には殺人罪の共同正犯(60条、199条)が成立し、39条2項は適用されない。
5 乙の罪責
(1) 共同正犯の成立には、共謀、共謀に基づく実行行為及び正犯意思が必要である。乙は、①行為について、甲との間でAが死んでしまっても構わないと考えつつ暗黙のうちに意思を通じており、未必の殺意を伴う共謀があり、乙自身も手拳でAの頭部を殴打し背部を足蹴りする実行行為を分担している。②行為についても、乙は、午後10時頃、甲の「Aを取り押さえてくれ。俺がボコボコに殴り付けて、二度となめた口がきけないようにしてやる。場合によっては死んでも構わねえ。」との申出に対し「分かった。任せておけ。あんなやつ、死んでしまっても構わない。」と応じて明示的に共謀し、事前の打合せどおりAの両足を両手で押さえ付けて甲の殴打を可能にし、甲が鉄製フライパンで殴打していることを認識しながら押さえ続けている。乙は甲と同様にAに激しい怒りを抱き、自己の犯罪として実行したものであり、正犯意思も認められる。
(2) 甲が冷蔵庫に頭を強打して激高し、フライパンという凶器を用いて確定的殺意で殴打した点は、乙の当初の認識を超える面があるが、乙はAが死んでも構わないとの未必の殺意をもって甲がAを「ボコボコに」殴り付けることを共謀しており、Aの死亡という結果は共謀の内容に含まれ、乙は現場で甲の殴打態様を認識しながら押さえ付けを継続しているから、②行為は共謀の射程内にある。
(3) ③行為は乙が提案し、乙がAをスーツケースに押し込んでA車に積み込み、甲の酩酊を見て自ら運転したものであり、前記3のとおりAの死亡との因果関係及び故意が認められる。乙は終始完全責任能力を有していた。甲の心神耗弱は責任の問題であって共犯者ごとに個別に判断されるから、乙の罪責には影響しない。
(4) よって、乙には殺人罪の共同正犯(60条、199条)が成立する。
第2 設問2
1 建造物等以外放火罪の構成要件該当性
(1) 甲は、乙が灯油約2リットルを撒いたA車の運転席に向けて火の点いたハンカチを放り投げて放火し、A車を全焼させた。A車はAが所有していた自動車であり、Aの死亡によりその相続人に帰属するから、「他人の所有に係る」物(110条1項)である。「焼損」とは火が媒介物を離れて目的物が独立に燃焼を継続する状態に至ることをいうところ、火は運転席シートから助手席シート及び後部座席シートに燃え移りA車は全焼しているから、焼損に至っている。
(2) 110条1項は具体的危険犯であり「公共の危険」の発生を要する。公共の危険とは、108条及び109条1項所定の建造物等への延焼の危険に限られず、不特定又は多数の人の生命、身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれると解すべきである(最決平成15年4月14日)。110条1項が独立して公共危険罪としての性格を有する以上、建造物以外の財産や人に対する危険を除外する理由はないからである。もっとも、処罰範囲の明確性の観点から、その危険は一般人が延焼の危険を感じる程度に具体的なものであることを要する。
(3) 本件では、A車から西側約3メートルの位置にC所有のC車が駐車され、東側約2メートルの位置にはゴミ集積場があり、可燃性のゴミ約300キログラムが高さ約1メートル、幅約4メートル、奥行約2メートルにわたって置かれていた。火炎はA車の屋根上から高さ約2メートル、幅約50センチメートルに達し、現にC車及びゴミ集積場に延焼の危険が及んでいる。C車は他人の財産であり、300キログラムの可燃性ゴミに延焼すれば火災の規模は飛躍的に拡大する。さらに、同駐車場は深夜帯でも漁業関係者が出入りする可能性があり、不特定の人の生命・身体に対する危険も存在した。最寄りの建造物まで約25メートルあり建造物に延焼する危険は生じていないが、以上の事情からすれば、一般人が延焼の危険を感じる程度の具体的危険が発生したといえ、公共の危険が認められる。
2 故意
(1) 110条1項の故意として公共の危険の発生についての認識が必要かが問題となる。責任主義の観点から、公共の危険も構成要件要素である以上その認識が必要であるとする見解(必要説)がある。しかし、判例(最判昭和60年3月25日)は、110条1項の罪が成立するには火を放って同条所定の物を焼損する認識があれば足り、公共の危険を発生させることの認識は不要とする。110条1項の公共の危険は、他人所有物への放火という行為の危険性が客観的に顕在化したことを要求して処罰範囲を限定する客観的要件であり、他人の物に火を放って焼損する認識があれば火力の持つ一般的危険性を認識しているといえ、公共の危険の発生について非難を加える基礎があるから、判例の立場が妥当である。公共の危険の認識を要求すれば、建造物等への延焼の認識と108条、109条1項の故意との区別が困難になるという問題も生じる。
(2) 甲は、火がC車やゴミに燃え移るかもしれないと思っており、公共の危険の発生について未必的な認識を有していたから、いずれの見解によっても故意が認められる。乙は、火がC車やゴミに燃え移るとは思っておらず、両名とも漁業関係者の出入りの可能性を認識していなかったが、乙は自らA車に灯油を撒き、甲が放火してA車を焼損することを認識していたのであるから、判例の立場によれば乙にも110条1項の故意が認められる。なお、必要説によれば、乙には延焼の認識がなく公共の危険の認識を欠くから、乙については器物損壊罪(261条)の限度で共同正犯が成立するにとどまることになる。
3 共同正犯
乙は、A車ごとAの死体を燃やすことを提案して甲の同意を得、港においてA車のトランクから灯油入りポリタンクを取り出して運転席及び助手席に灯油を撒き、甲がこれに点火した。甲と乙の間にはA車に放火することについての共謀があり、両名は実行行為を分担している。放火はAが焼身自殺したことに見せかけるという両名共通の証拠隠滅目的で行われており、正犯意思も認められる。甲は港に到着した午前1時頃には酔いが覚めて完全責任能力を有する状態になっており、乙も完全責任能力を有していた。
4 結論
よって、甲及び乙には建造物等以外放火罪の共同正犯(60条、110条1項)が成立する。甲及び乙について、第1で検討した殺人罪とは併合罪(45条前段)となる。
以上