司法試験 令和7年 刑法
問題文
〔第1問〕(配点:100)
【事例1】及び【事例2】を読んで、〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事例1】
1 甲(男性、当時20歳)は、私立A大学(以下「A大」という。)への入学を志望していたが、その入学試験(以下「入試」という。)直前の模擬試験では、A大への合格可能性は著しく低い旨判定された。甲は、いわゆる替え玉受験をしてでもA大に合格したいと考え、別の難関大学に進学していた友人乙(男性、当時20歳)の顔立ちが甲と似ていたため、令和3年2月1日、乙に対し、「後でアルバイトをして50万円を払うから、俺の替え玉でA大の入試を受けてくれ。」と言い、報酬として50万円を提示した上で甲に成り済ましてA大の入試を受けてほしい旨依頼し、乙の了承を得た。
A大の入試では、受験番号が氏名に代わる受験生識別の手段として用いられており、入試の解答用紙に氏名の記載欄はなかった。乙は、同月20日、A大の入試会場において、甲に成り済まして小論文試験の解答用紙(以下「本件用紙」という。)に甲の受験番号である「A123」を記載した上で解答を記入し(以下「本件作成行為」という。)、本件用紙をA大に提出した。本件用紙の採点結果に基づき、甲について合格の判定がなされてA大への入学が許可され、甲は、同年4月10日、A大に入学した。
2 乙は、上記報酬の一部を早く手にしたいと考え、同月20日、甲に対し、「5万円くらいのものを買うから、お前のクレジットカードを貸してほしい。俺が使った分は、報酬の50万円から差し引くから。」と言い、上記報酬の一部として乙が甲名義のクレジットカードを利用して5万円相当の物品を購入し、後日、その利用分について甲に決済してもらいたい旨要求した。甲は、5万円程度であればクレジットカード(以下「カード」という。)の利用代金支払日までにアルバイトをして工面できると考え、乙に対し、上記要求に応じる旨を伝え、甲名義のカード(裏面に「甲」と署名があるもの。以下「本件カード」という。)を手渡すとともに、その暗証番号を教示した。
乙は、同月21日、本件カードの加盟店であるB店において、店員Cに対し、販売価格5万円の腕時計の購入を申し込んだ。その際、乙は、甲に成り済まして本件カードをCに提示し、B店に設置されたカード決済端末機に本件カードを差し込み、その暗証番号を入力した。Cは、乙が入力した暗証番号が正しいものとして認証されたため、乙が甲本人であり、本件カードの正当な利用権限を有していると信じ、乙に対し、上記腕時計を交付した。なお、本件カードの会員規約において、会員は、他人にカードを利用させてはならず、貸与等によりカードの占有を他人に移転することを禁じる旨が定められていた。また、本件カードの加盟店規約において、加盟店は、善良な管理者の注意義務をもって、カードを提示した者とカードの名義人の同一性を確認することなどが定められており、B店では名義人以外の者によるカードの利用には応じないことにしていた。
甲は、アルバイトにより5万円を工面して甲名義の預金口座に入金し、同年6月10日、同口座から上記腕時計についての本件カード利用分5万円が引き落とされた。甲は、これ以降もアルバイトをして、乙に対し、上記報酬の残金45万円を支払った。
〔設問1〕【事例1】における甲及び乙の罪責に関し、以下の⑴から⑶に答えなさい。
⑴ 乙に有印私文書偽造・同行使罪が成立するとの立場から、その結論を導くために、どのような説明が考えられるか。特に本件作成行為が「偽造」に当たるかについて、文書の名義人及び作成者の意義をそれぞれ明らかにした上で、株式会社Xの取締役Yがその秘書Zに命じて取締役Y名義の文書を作成させた場合と比較しつつ論じ、その他の成立要件についても言及しなさい。
⑵ 乙に詐欺罪が成立するとの立場から、その結論を導くために、どのような説明が考えられるか。
特に「人を欺く行為」の意義を明らかにした上で、乙の行為は「人を欺く行為」に当たらないとの立場に反論しつつ論じ、その他の成立要件についても言及しなさい。
⑶ 甲に乙との間で有印私文書偽造・同行使罪及び詐欺罪の共同正犯が成立するとの立場から、その結論を導くために、それぞれどのような説明が考えられるか。本件用紙に甲の受験番号である「A123」が記載され、本件カードが甲名義であるにもかかわらず、甲に共同正犯が成立する理由に触れつつ論じなさい。
【事例2】(【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)
3 甲は、令和3年6月20日、かねてから交際していた丙(女性、当時20歳)と婚姻した。甲は、令和4年6月30日、丙との間に長男Dをもうけ、その頃から、マンションの一室(6畳居間及び6畳寝室の2部屋。以下「本件居室」という。)において、丙及びDと同居するようになった。丙は、令和6年(以降の月日はいずれも令和6年)2月1日、産婦人科を受診したところ、妊娠3か月であることが判明し、これを甲に伝えた。
甲は、4月1日、本件居室の居間において、Dの行儀が悪いことに苛立ち、丙の眼前で、Dの顔面を拳で殴った。丙は、身を挺して甲を制止したところ、甲は、更に激高し、「ここから出て行け。」と怒鳴りながら丙の顔面を拳で殴ったが、Dに対して更に暴行を加えることはなかった。
また、甲は、胎児への影響を考え、丙の腹部に暴行を加えることはなかった。なお、D及び丙は、甲による上記各暴行により、それぞれ全治約2週間を要する顔面打撲の傷害を負った。
丙は、同日、Dを連れて実家に戻ったが、5月1日、丙の実家を訪れた甲からよりを戻したい旨懇願され、甲に愛情を抱いていたため、これに応じた。甲は、同日以降、本件居室において、丙及びDとの同居を再開し、これ以降、7月1日までの間、丙及びDに暴行を加えることはなかった。
4 甲は、7月1日午後7時頃、本件居室内のトイレに丙(妊娠8か月)が入っていた際、居間にいたD(当時2歳)の行儀が悪いことに苛立ち、Dに対し、「まだ分からないのか、殴るぞ。」
と繰り返し怒鳴ったところ、Dが泣きわめいて食器を床に投げ付けた。そのため、甲は、激高して、約5分間にわたり、怒鳴りながら、Dの頭部を拳で強く十数回殴り(以下「本件暴行」という。)、これによりDに硬膜下血腫を生じさせ、Dの意識を喪失させた。
5 丙は、トイレから出ようとした際、上記の「まだ分からないのか、殴るぞ。」という甲の怒鳴り声が聞こえたため、甲がDに4月1日と同様の暴行を加えるかもしれないと思った。
このとき、丙が居間に戻って甲がDに本件暴行を加えないように監視したり言葉で制止したりする行為(以下「①行為」という。)に及んでいれば、本件暴行を阻止できる可能性は相当程度あったが、本件暴行を確実に阻止できる状況にはなかった。また、丙が①行為に及んだとしても、甲が丙に暴行を加える蓋然性は高くなかった。一方、4月1日と同様に丙が身を挺して甲を制止する行為(以下「②行為」という。)に及んでいれば、本件暴行を確実に阻止できる状況にあった。また、丙が②行為に及んだとしても、甲が丙の腹部に暴行を加える蓋然性は高くなかったが、甲が丙に4月1日と同様の暴行を加える蓋然性は高かった。丙は、これらについて認識した上で、
①行為や②行為に及ぶことで甲から暴行を加えられたり甲から嫌われたりしたくないと思い、トイレから出ずに様子をうかがっていたところ、その後も甲の怒鳴り声が聞こえたため、甲がDに暴行を加えているのだろうと思ったが、そのままトイレ内にとどまった。
6 丙は、甲の怒鳴り声が聞こえなくなったため、トイレから出て居間に戻ったところ、意識を喪失しているDを発見した。丙は、本件居室から徒歩10分の距離にあるE大学附属病院(以下「E病院」という。)でDの治療をしてもらうため、呆然として立ち尽くしていた甲を残し、Dを抱えて本件居室を出た。
丙は、Dを抱えて徒歩でE病院に向かっていたところ、7月1日午後7時15分頃、後方から走行してきた自動車の運転手が居眠りをして同車を道路左側に進出させたことにより、Dもろとも同車に衝突された。間もなくして救急車が到着し、丙及びDはE病院に搬送され、丙は治療を受けて一命を取り留めたが、DはE病院到着時には既に死亡していた。Dの死因は、上記衝突によって生じた肝臓破裂による失血死であった。Dは、適切な治療を受けなければ、上記硬膜下血腫に起因する脳機能障害により本件暴行から約6時間後に死亡していたが、上記衝突がなければ、同日午後7時20分頃にはDを抱えた丙がE病院に到着し、適切な治療を受けることにより救命は確実であった。
〔設問2〕【事例2】における甲及び丙の罪責を論じなさい(特別法違反の点は除く。)。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、設問1において
⑴ 乙が、私立A大学(以下「A大」という。 )の入試会場において、甲に成り済まして小論文試験の解答用紙(以下「本件用紙」という。)に甲の受験番号である「A123」を記載した上で解答を記入し(以下「本件作成行為」という。 )、本件用紙をA大に提出した行為
(以下「設問1⑴の行為」という。)について、設問1⑴として、乙に有印私文書偽造・同-1 7-行使罪が成立するとの立場から、その結論を導くために、どのような説明が考えられるかについて論じることを求め、その際、特に本件作成行為が「偽造」に当たるかについて、文書の名義人及び作成者の意義をそれぞれ明らかにした上で、株式会社Xの取締役Yがその秘書Zに命じて取締役Y名義の文書を作成させた場合と比較しつつ論じ、その他の成立要件についても言及することを求め、
⑵ 乙が、B店において、店員Cに対して腕時計の購入を申し込み、その際、甲に成り済まして甲名義のクレジットカード(以下「本件カード」という。)をCに提示し、B店に設置されたカード決済端末機に本件カードを差し込み、その暗証番号を入力し、Cをして、乙が甲本人であり、本件カードの正当な利用権限を有していると信じさせ、乙に対して上記腕時計を交付させた行為(以下「設問1⑵の行為」という。)について、設問1⑵として、乙に詐欺罪が成立するとの立場から、その結論を導くために、どのような説明が考えられるかについて論じることを求め、その際、特に「人を欺く行為」の意義を明らかにした上で、設問1
⑵の行為は「人を欺く行為」に当たらないとの立場に反論しつつ論じ、その他の成立要件についても言及することを求め、
⑶ 設問1⑴の行為及び設問1⑵の行為について、設問1⑶として、甲に乙との間で有印私文書偽造・同行使罪及び詐欺罪の共同正犯が成立するとの立場から、その結論を導くために、それぞれどのような説明が考えられるかについて論じることを求め、その論述に当たっては、本件用紙に甲の受験番号である「A123」が記載され、本件カードが甲名義であるにもかかわらず、甲に共同正犯が成立する理由に触れつつ論じることを求めている。
また、本問は、設問2において
⑴ 甲が、令和6年4月1日に、Dの顔面を拳で殴ってDに全治約2週間を要する顔面打撲の傷害を負わせた行為、及び、丙の顔面を拳で殴って丙に全治約2週間を要する顔面打撲の傷害を負わせた行為(以下「甲の4月1日の犯行」という。)
⑵ 甲が、同年7月1日に、Dの頭部を拳で十数回殴り(以下「本件暴行」という。 )、これによりDに硬膜下血腫を生じさせて意識を喪失させ、その後、丙がDを抱えてE病院に向かっていた際に丙及びDが自動車に衝突され、Dが同衝突によって生じた肝臓破裂による失血により死亡したこと(以下「甲の7月1日の犯行」という。)
⑶ 甲がDに4月1日と同様の暴行を加えるかもしれないと思ったにもかかわらず、甲の7月1日の犯行を阻止しなかった丙の態度について、甲及び丙の罪責の検討を求めている。
これらにより、刑事実体法の知識と理解を問うとともに、具体的な事実関係を分析し、その事実に法規範を適用する能力及び論理的思考力を問うものである。
設問1について
⑴ 設問1⑴について
設問1⑴では、本件作成行為が「偽造」に当たるかについて検討する上で、まずは、私文書偽造罪における「偽造」の意義を踏まえておく必要がある。偽造の意義については、 「作成権限なく他人の名義を冒用して文書を作成すること」と定義するものと「文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ること」と定義するものとがあり、両者は同義だと解されているが(最判昭和59年2月17日刑集38巻3号336頁) 、近時は後者を用いることが多くなっている。
偽造の意義について「文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ること」と解する場合には、文書の名義人及び作成者の意義をそれぞれ明らかにする必要があるが、特に作成者の意義に関しては、文書を事実として物理的に作成した者とする考え方(以下「事実説」
という。なお、事実説は、行為説、物体化説などとも称されている。 )や、文書に表示された意思又は観念が由来する者とする考え方(以下「観念説」という。なお、観念説は、意思-1 8-説、精神性説などとも称されている。)などがあり得るところ、自己の依拠する立場から偽造の意義を明らかにする必要がある。
以上を踏まえて、本件作成行為が「偽造」に当たるかについて、株式会社Xの取締役Yがその秘書Zに命じて取締役Y名義の文書を作成させた場合(以下「秘書事例」という。 )と比較しつつ、論述する必要がある。
事実説に立つ場合、秘書事例及び本件作成行為のいずれについても偽造に当たり得るが、秘書事例においては、公共の信用が損なわれないので違法性が否定されるのに対し、本件作成行為については、名義人が他人に作成を授権できない文書であることから違法性は否定されないなどと論じることとなろう。 その上で、 その他の成立要件 (「事実証明に関する文書」
や「署名(有印性)」など)についても充足することを示し、乙に有印私文書偽造・同行使罪が成立するとの結論を導くこととなろう。
観念説に立つ場合、秘書事例においては、文書の名義人は取締役Yであり、文書に表示された意思又は観念が由来する者も取締役Yであって、名義人と作成者との間で人格の同一性の齟齬は生じていないのであるから、偽造には当たらない。これと同様に考えれば、本件作成行為についても偽造に当たらないとの結論もあり得るが、本件用紙は受験した志願者本人の学力の程度をA大において判断するためのものであり、文書の性質上、その名義人でありA大の志願者である甲自身による作成だけが予定され、他人が代わって作成することのできない文書であると考えれば、作成者は乙ということになり、名義人である甲との間で人格の同一性の齟齬が生じているとして、本件作成行為が偽造に当たることを論じることとなろう。
また、文書の性質上、一定の場所的状況において作成されることが予定されている文書については、名義人はそうした属性を備えた者に限定されるので、本件用紙の名義人は単なる甲ではなく、「実際に試験場で受験した甲」という虚無人であると考えれば、観念説の意味では甲が作成者であるとしても、なお名義人と作成者との間で人格の同一性の齟齬が生じているとして、本件作成行為が偽造に当たることを論じることとなろう。その上で、上記と同様に、その他の成立要件(「事実証明に関する文書」や「署名(有印性) 」など)についても充足することを示し、乙に有印私文書偽造・同行使罪が成立するとの結論を導くこととなろう。
他の理論構成もあり得るが、いずれの考え方に立って論じるとしても、作成者及び名義人の意義に関する自説を、秘書事例と本件作成行為に適切に当てはめながら、両事例の相違点を明らかにしつつ論じ、結論を導く必要がある。
⑵ 設問1⑵について
設問1⑵では、まずは詐欺罪における「人を欺く行為」の意義について、判例(最決平成22年7月29日刑集64巻5号829頁等)を踏まえて論述する必要がある。なお、近時の判例は、本件のように財産的損害の存否が問題となり得る事案では「交付の判断の基礎となる重要な事項」(重要事項性) を偽る行為があったかどうかの判断を重視しているところ、「人を欺く行為」の意義を論述する上でも、この点を意識した論述が必要となろう。
その上で、設問1⑵の行為は「人を欺く行為」に当たらないとの立場に反論しつつ、乙に詐欺罪が成立するとの結論を導く必要がある。
この点につき、名義人の承諾があることによって取引の最終的な決済が現実に見込まれる場合には、クレジットカード会社に財産的損害が発生する具体的な危険がなく、ひいては加盟店にも財産的損害が発生する具体的な危険がないとして、支払意思・能力を偽っていなければ重要事項性についての偽りはなく、人を欺く行為には当たらないとの考え方があり得る。
また、名義人の個別的な承諾に基づいて、クレジットカード(以下「カード」という。 )を使用する第三者に対するコントロールが及んでおり、その使用に対する決済が名義人の口座によって確実になされる見込みがある場合には、第三者による使用が実質的には名義人によ-1 9-る使用と同一視することができるとして、名義人本人と同視し得る者が許諾を得て使用するような場合には人を欺く行為には当たらないとの考え方があり得る。このほかにも様々な考え方があり得るが、これらの考え方に立った場合、乙は支払意思・能力を偽っていない、あるいは、乙による本件カードの使用は実質的には甲による使用と同一視することができるなどとして、設問1⑵の行為は「人を欺く行為」には当たらないとすることになろう。
これらの考え方に対しては、本件カードの会員規約において、会員は、他人にカードを利用させてはならず、貸与等によりカードの占有を他人に移転することを禁じる旨が定められており、また、本件カードの加盟店規約において、加盟店は、善良な管理者の注意義務をもって、カードを提示した者とカードの名義人の同一性を確認することなどが定められており、B店では名義人以外の者によるカードの利用には応じないことにしていたことや、通常、過失によって同一性確認を怠った場合には、加盟店には規約違反としてカード会社から立替払いを受けられない危険性があることなどを指摘し、カード利用者とカード会員の同一性は、この確認を怠った場合に立替払いを受けられないおそれがあるという意味において、加盟店固有の経済的損害に直結する事情であり、カード利用者が会員か否かは、B店の経営にとって重要な事項に該当するなどといった反論をしつつ、本件カードの名義人である甲に成り済まし、本件カードの正当な利用権限がないのにこれがあるように装った設問1⑵の行為は、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ったものとして、「人を欺く行為」に当たることなどを論じることとなろう。その上で、その他の成立要件についても充足することを示し、乙に詐欺罪が成立するとの結論を導くこととなろう。
⑶ 設問1⑶について
ア 甲に、乙との間で有印私文書偽造・同行使罪の共同正犯が成立するとの結論を導くための説明名義人が自己名義の文書を作成する行為は、偽造とは言えず、その場合に名義人は私文書偽造罪の実行行為を自ら行うことができず、 単独正犯になり得ない。 したがって、 甲が、本件用紙に甲の受験番号である「A123」を記載した上で解答を記入する行為は、偽造とは言えず、その場合に甲は私文書偽造罪の実行行為を自ら行うことができないので単独正犯になり得ないが、それにもかかわらず、本件の場合に共同正犯にはなり得るかが問題となる。
この点につき、単独では私文書偽造罪の主体となり得ない名義人も、私文書偽造をなし得る者との共同実行により法益侵害を惹起することは可能であるとして、共同正犯が成立し得るとの考え方や、文書の性質上、一定の場所的状況において作成されることが予定されている文書については、名義人はそうした属性を備えた者に限定されるので、そうした属性を備えておらず単に名前の使用を承諾しただけの者は、文書作成の名義人ではないから、現実の作成者と共に文書に対する公共の信用を侵害した者として、私文書偽造罪の共同正犯たり得るとの考え方などがあり得る。
このほかにも様々な考え方があり得るが、いずれの考え方に立って論じるとしても、上記のような問題の所在を踏まえ、自説の論拠を明らかにした上で、甲に乙との間で有印私文書偽造・同行使罪の共同正犯が成立するとの結論を導くこととなろう。
イ 甲に、乙との間で詐欺罪の共同正犯が成立するとの結論を導くための説明代金支払の意思・能力のある名義人が自己名義のカードを使用する行為は、詐欺とは言えず、その場合に名義人は詐欺罪の実行行為を自ら行うことができず、単独正犯になり得ない。本件において、甲は、5万円程度であればカードの利用代金支払日までにアルバイトをして工面できると考え、乙の要求に応じており、その後、実際にアルバイトにより5万円を工面しているのであるから、乙が甲名義のカードを利用して5万円相当の物品を購入することに関して、甲にはその代金支払の意思及び能力があったと言える。したがって、-2 0-甲が自己名義のカードを使用したとしても、詐欺とは言えず、その場合に甲は詐欺罪の実行行為を自ら行うことができないので単独正犯になり得ないが、それにもかかわらず、本件の場合に共同正犯にはなり得るかが問題となる。
この点につき、上記私文書偽造罪の場合と同様に、単独では正犯たり得ない者も当該犯罪の不法を実現できる者と共同してであれば正犯たり得るとの考え方に立った場合には、単独では詐欺罪の主体となり得ない甲も、詐欺をなし得る乙との共同実行により法益侵害を惹起することは可能であると考え、甲は、乙と共謀の上、その共謀に基づいた乙が、Cを錯誤に陥れて上記のような立替払いを受けられないリスクを負わせた状態で上記腕時計を交付させたなどとして、甲に乙との間で詐欺罪の共同正犯が成立するとの結論を導くことなどが考えられる。
このほかにも様々な考え方があり得るが、いずれの考え方に立って論じるとしても、上記のような問題の所在を踏まえ、自説の論拠を明らかにした上で、甲に乙との間で詐欺罪の共同正犯が成立するとの結論を導くこととなろう。
設問2について
⑴ 甲の4月1日の犯行について
甲は、故意にDの顔面を拳で殴り、これによりDに全治約2週間を要する顔面打撲の傷害を負わせているのであるから、甲にはDに対する傷害罪が成立する。また、甲は、故意に丙の顔面を拳で殴り、これにより丙に全治約2週間を要する顔面打撲の傷害を負わせているのであるから、甲には丙に対する傷害罪が成立する。これらの点については、傷害罪の各構成要件要素を充足することを簡潔に示せば足りる。
⑵ 甲の7月1日の犯行について
甲は、Dに対して本件暴行を加え、これによりDに硬膜下血腫を生じさせて意識を喪失させ、その後、丙がDを抱えてE病院に向かっていた際に丙及びDが自動車に衝突され、Dは同衝突によって生じた肝臓破裂による失血により死亡した。このように、本件では、本件暴行とDの死亡との間に、自動車の衝突という事情が介在しているため、傷害罪にとどまるか致死結果まで帰責されるかが問題となるところ、本件暴行とDの死亡との間に因果関係を肯定することができるかを検討する必要がある。
この点につき、刑法上の因果関係を肯定するためには実行行為の危険性が結果に現実化したことが必要であるとする考え方に立った場合、介在事情が行為者の行為による危険を上回る新たな結果発生の危険を生じさせていない場合には因果関係が肯定され、介在事情が行為者の行為による危険を上回る新たな結果発生の危険を生じさせている場合には、介在事情につき行為者の行為による誘発・影響があれば因果関係が肯定されるが、介在事情が行為者の行為と独立のものであれば因果関係は否定されることになろう。
また、条件関係の存在を前提として、行為の時点に立ち、社会生活上の経験に照らしてその行為からその結果が発生するということが相当だと認められる場合に因果関係を肯定する考え方もあり得る。
このほかにも様々な考え方があり得るが、いずれの考え方に立って論じるとしても、事案を具体的に分析して問題の所在を的確に示した上で、自説の論拠を明らかにして規範を定立し、その規範を具体的な事実関係に当てはめて結論を導く必要がある。
⑶ 甲によるDに対する暴行を阻止しなかった丙の態度について
ア 問題の所在
本件において、甲と丙との間には本件暴行を加えることについての意思連絡が認められないため、丙を共謀共同正犯として処罰することはできない。また、丙は、甲が本件暴行に及んだ際、本件居室内のトイレ内にいただけであって、言葉を発するなど何らかの積極的な行動に出てはいないため、丙を作為による幇助犯として処罰することもできない。そ-2 1-こで、甲がDに対して暴行を加えようとしていることを認識しつつ、何もしなかった丙の態度について、不作為犯として処罰することができないかが問題となる。
イ 作為義務の発生根拠について
不作為犯が成立するためには、その関与類型いかんにかかわらず、関与者に作為義務が必要であるところ、本件のような子どもに対する暴行を親が放置する事案では、作為正犯の犯行によって侵害されようとしている法益を保護すべき関係があることが作為義務の発生根拠となる。このような法益を保護すべき関係を根拠付けるものとしては、親権者という法的地位や同居の実態、被害者の生命・身体の安全確保が行為者のみに依存している状態、子に虐待を加える者と同居や交際を継続したことによる法益への危険創出などといった事情が挙げられる。そのため、本件においても、丙がDの母親であり、同居の実態があることや、丙以外に甲による暴行からDを守れる者がいないことなどを指摘して、丙に作為義務があることを論じることとなろう。
ウ 作為義務の内容(作為容易性) 、一定程度の結果回避可能性(因果関係)について本件において、本件暴行を阻止するために丙に期待される行為としては、丙が居間に戻って甲がDに本件暴行を加えないように監視したり言葉で制止したりする行為(以下「①行為」という。)と、丙が身を挺して甲を制止する行為(以下「②行為」という。 )の2つが想定される。この点につき、作為義務のある者に義務付け得る作為は、当該作為を行った場合に予想される不作為者に生じる法益侵害の程度といった当該作為の容易性や、当該作為によって結果を回避し得る可能性の程度を考慮して、そのような作為を行うことを当該不作為者に要求し得るかどうかを、個別具体的事例ごとに判断していく必要があろう。
本件では、丙が①行為に及んだとしても、甲が丙に暴行を加える蓋然性は高くなかったのであるから、①行為を行うことは丙にとって相当程度容易であったと考えられ、また、丙が①行為に及んだとしても、本件暴行を確実に阻止できる状況にはなかったものの、丙が①行為に及んでいれば、本件暴行を阻止できる可能性は相当程度あったのであるから、丙に対して①行為を行うことを要求すること(①行為を義務付けること)は許されると考えられる。
他方、丙が②行為に及んでいれば、本件暴行を確実に阻止できる状況にあり、また、丙が②行為に及んだとしても、甲が丙の腹部に暴行を加える蓋然性は高くなかったが、甲が丙に4月1日と同様の暴行を加える蓋然性は高かった。その上で、②行為に及んだ場合に甲が丙に4月1日と同様の暴行を加える蓋然性が高いことや、4月1日に丙が身を挺して甲を制止したところ、甲から顔面を拳で殴られて全治約2週間を要する顔面打撲の傷害を負っていることなどを理由に、②行為により本件暴行を阻止することは著しく困難である
(作為容易性がない)と判断した場合には、丙に対して②行為を行うことを要求すること
(②行為を義務付けること)は許されないこととなろう。このように考えた場合には、丙に義務付けられるのは①行為のみとなろう。これに対し、②行為に及んだ場合に、甲が丙に4月1日と同様の暴行を加える蓋然性が高かったとしても、甲が丙の腹部に暴行を加える蓋然性は高くなかったことや、4月1日に丙が身を挺して甲を制止したところ、甲から顔面を拳で殴られて傷害を負った事実はあったものの、甲は胎児への影響を考えて丙の腹部に暴行を加えることまではしなかったことなどに鑑みて、②行為により本件暴行を阻止することが著しく困難であるとまではいえない(作為容易性はある)と判断した場合には、丙に対して②行為を行うことを要求すること(②行為を義務付けること)も許されることとなろう。
その上で、不作為による単独正犯の場合は、作為に出れば確実に結果を回避し得た(結果回避の確実性)という意味での結果回避可能性が成立要件とされているのに対し、不作為による幇助の場合は、結果回避の確実性までは必要とせず、確実性よりは低い程度の結-2 2-果回避可能性で足りるとする考え方が有力である。裁判例においても、札幌高判平成12年3月16日判時1711号170頁は、作為義務者が、一定の作為によって正犯者の犯罪を防止することが可能であるのに、そのことを認識しながらその一定の作為をせず、これによって正犯者の犯罪の実行を容易にしたことを、不作為による幇助犯の成立要件として挙げ、犯罪の実行をほぼ確実に阻止し得たという要件は不必要である旨判示しており、不作為による幇助の因果性を検討する上で参考となろう。
エ 関与類型の区別について
不作為による関与は、これをどの関与類型(正犯・共犯)に振り分けるかが問題となるところ、この点につき、作為義務違反がある場合には原則として正犯が成立すると解する考え方や、作為正犯の犯行を阻止しないという態様で犯行に関与した者は原則として幇助犯にとどまるとする考え方、当該不作為が犯罪実現過程において持つ支配力等により個別的に判断し、不作為者が作為に出ていれば確実に結果を回避できたであろう場合には不作為の同時正犯となり、結果発生を困難にした可能性がある場合には不作為による幇助犯になるとする考え方などがあり得る。
このほかにも様々な考え方があり得るが、いずれの考え方に立って論じるとしても、自説とは反対の考え方を意識しつつ、自説によれば、これまでの検討を踏まえて認定した丙に義務付けられる作為の内容に応じて、それらの義務を履行しなかったことがどの関与類型に該当するのかについて検討し、結論を導く必要がある。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 小問(1) 乙に有印私文書偽造・同行使罪が成立するとの説明
(1) 「偽造」の意義並びに名義人及び作成者の意義
ア 私文書偽造罪(刑法(以下法名略)159条1項)にいう「偽造」とは、作成権限なく他人名義の文書を作成すること、すなわち文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることをいう(最判昭和59年2月17日)。文書偽造罪の保護法益は文書に対する公共の信用であり、文書はその内容について名義人が責任を負うものと信頼されて通用するから、この信頼を害する人格の同一性の偽りが処罰の対象となる。
イ 名義人とは、文書の記載内容から、その文書に表示された意思又は観念の主体として認識される者をいう。作成者については、文書を物理的に記載した者とする見解(事実説)もあるが、文書に対する公共の信用は、誰が物理的に記載したかではなく、誰の意思又は観念が表示され誰が内容に責任を負うかに向けられているから、作成者とは、文書に表示された意思又は観念が由来する者をいうと解すべきである(観念説)。
(2) 秘書事例との比較
株式会社Xの取締役Yが秘書Zに命じてY名義の文書を作成させた場合、物理的に記載したのはZであるが、文書に表示された意思はYに由来し、Yが内容について責任を負う文書として作成されている。したがって作成者はYであり、名義人Yとの間に人格の同一性の齟齬はなく、偽造に当たらない。名義人が他人に文書の作成を委ねること(作成の授権)が許される文書については、代筆者が記載しても作成者は名義人である。
(3) 本件作成行為について
ア これに対し、本件用紙は、A大の入試における小論文試験の解答用紙であり、志願者本人が試験場において自ら解答を記入し、その学力の程度をA大が判定するために用いられる文書である。このような文書は、その性質上、名義人である志願者本人が自ら作成することのみが予定されており、他人が代わって作成することは許されない。したがって、甲が乙に本件用紙の作成を承諾しても作成の授権として有効なものとは認められず、本件用紙に表示された解答という観念は、甲ではなく、実際に自己の学力をもって解答を記入した乙に由来する。すなわち作成者は乙である。
イ 他方、本件用紙の名義人は、受験番号「A123」により特定される、A大の入試を受験した志願者甲である。したがって、名義人甲と作成者乙との間に人格の同一性の齟齬が生じ、本件作成行為は偽造に当たる。秘書事例との相違は、文書の性質上、名義人が作成を他人に委ねることが許され、表示された観念が名義人に帰属するといえるか否かにある。なお、試験場で受験した者のみが作成し得る文書であることから、本件用紙の名義人は「実際に試験場で受験した甲」という属性を備えた、現実には存在しない人格であると構成しても、名義人と作成者の齟齬は同様に認められる。
(4) その他の成立要件
ア 「事実証明に関する文書」とは、社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書をいい、本件用紙は、志願者の学力の程度を証明し合否判定の資料となる文書であって、現に本件用紙の採点結果に基づき甲の合格判定及び入学許可がされているから、これに当たる(最決平成6年11月29日参照)。
イ 「他人の署名」について、A大の入試では受験番号が氏名に代わる受験生識別の手段とされ、解答用紙に氏名欄はなかったから、本件用紙に記載された「A123」は名義人を特定し表示する機能を有し、署名に当たる。
ウ 乙は、甲と顔立ちが似ていることを利用して甲に成り済まし、本件用紙をA大に真正な文書として提出する目的で作成しており、「行使の目的」がある。乙は本件用紙をA大に提出し、甲の答案として採点させており、偽造文書を真正な文書として他人に認識し得る状態に置いたから「行使」(161条1項)に当たる。乙はこれらの事実を認識しており故意もある。
(5) よって、乙には有印私文書偽造罪(159条1項)及び同行使罪(161条1項)が成立し、両罪は牽連犯(54条1項後段)となる。
2 小問(2) 乙に詐欺罪が成立するとの説明
(1) 「人を欺く行為」の意義
詐欺罪(246条1項)における「人を欺く行為」とは、財物の交付に向けて、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽る行為をいう(最決平成22年7月29日参照)。詐欺罪は個別財産に対する罪であり財物の交付自体が損害であるが、取引の相手方がその事項を知っていれば交付しなかったといえる重要事項を偽った場合に限り、欺く行為に当たる。
(2) 「人を欺く行為」に当たらないとの立場とその反論
ア 本件では、名義人甲が乙による本件カードの使用を承諾し、甲には5万円の支払意思・能力があって現に甲の口座から利用代金が決済されているから、カード会社にもB店にも財産的損害発生の具体的危険がなく、乙は支払意思・能力を偽っていない以上重要事項を偽ったとはいえないとの立場がある。また、名義人の個別的承諾に基づき決済が名義人の口座から確実に行われる見込みがある場合には、乙の使用は実質的に甲本人の使用と同視できるとする立場もある。
イ しかし、クレジットカード取引は、カード会社が会員本人の信用に基づいて立替払いを行うシステムであり、本件カードの会員規約は、会員が他人にカードを利用させることや貸与によりカードの占有を他人に移転することを禁じている。したがって甲の承諾は会員規約に反し、乙に正当な利用権限を生じさせるものではない。そして、加盟店規約は、加盟店に善良な管理者の注意をもってカード提示者と名義人の同一性を確認する義務を課しており、この確認を怠った場合、加盟店は規約違反としてカード会社から立替払いを受けられない危険を負う。B店も名義人以外の者によるカードの利用には応じないこととしていた。そうすると、カードの利用者が名義人本人であるか否かは、B店にとって立替払いを受けられないおそれという加盟店固有の経済的損害に直結する事情であり、B店の経営上、腕時計の交付の判断の基礎となる重要な事項に当たる。名義人の承諾により決済が事実上見込まれるとしても、それはB店が負わされたリスクが事後的に現実化しなかったにすぎず、交付時点の重要事項性を否定しない。また、甲は乙が何をどこで購入するかを現実に管理し得る立場になく、乙の使用を甲本人の使用と同視することもできない。
ウ 乙は、B店において店員Cに腕時計の購入を申し込み、裏面に「甲」の署名のある本件カードを甲に成り済ましてCに提示し、決済端末機に差し込んで暗証番号を入力することにより、自らが名義人甲本人であり正当な利用権限を有するものと装った。暗証番号の認証は機械的処理であるが、乙はこれを通じて店員Cという人に対し同一性を偽ったのであるから、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ったものとして「人を欺く行為」に当たる(最決平成16年2月9日参照)。
(3) その他の成立要件
Cは、入力された暗証番号が認証されたことから、乙が甲本人であり正当な利用権限を有すると信じて錯誤に陥り、この錯誤に基づき販売価格5万円の腕時計を乙に交付しており、処分行為及び財物の移転が認められ、B店は腕時計の占有を失うという財産的損害を被った。欺く行為、錯誤、交付、損害の間には因果関係がある。乙は、甲に成り済まして本件カードを使用することを認識しつつ腕時計を取得しており、故意及び不法領得の意思も認められる。
(4) よって、乙には詐欺罪(246条1項)が成立する。
3 小問(3) 甲に共同正犯が成立するとの説明
(1) 有印私文書偽造・同行使罪の共同正犯
ア 本件用紙の名義人は甲であるから、甲が自ら本件用紙に受験番号「A123」を記載して解答を記入しても、名義人と作成者は一致し偽造とはならない。すなわち、甲は私文書偽造罪の実行行為を自ら行うことができず単独正犯にはなり得ない。そこで、甲が乙との共同正犯になり得るかが問題となる。
イ 共同正犯が成立するために、各関与者が単独で当該犯罪の構成要件を実現し得る者であることは必要でない。60条が「すべて正犯とする」のは、共謀に基づき共同して法益侵害を惹起した者に正犯としての責任を負わせる趣旨であり、単独では正犯となり得ない者であっても、正犯となり得る者と共同して法益侵害を惹起することは可能だからである。本件では、文書に対する公共の信用は乙が本件用紙を作成することによって侵害されるのであり、甲は、乙と共謀し乙に作成させることにより、名義人と作成者の人格の同一性を偽った文書を共同して作出したといえる。また、前記1(3)イのとおり本件用紙の名義人を「実際に試験場で受験した甲」という属性を備えた者と解すれば、受験していない甲は単に受験番号の使用を承諾したにすぎない者であって名義人ではないから、甲が共同正犯となることに理論上の障害はない。
ウ 甲は、令和3年2月1日、乙に対し報酬50万円を提示して替え玉受験を依頼し乙の了承を得ており、両者の間に有印私文書偽造・同行使の共謀があり、乙はこれに基づき本件作成行為及び提出に及んだ。甲は、替え玉受験を発案し、報酬を約束して乙を動かし、合格・入学という利益を自ら享受した者であるから、正犯意思も認められる。
エ よって、甲には乙との間で有印私文書偽造・同行使罪の共同正犯(60条、159条1項、161条1項)が成立する。
(2) 詐欺罪の共同正犯
ア 甲は、5万円程度であれば支払日までにアルバイトをして工面できると考え、現実に5万円を工面して決済させているから、代金支払の意思及び能力があった。したがって、名義人甲が自ら本件カードを使用して腕時計を購入してもB店に対し重要事項を偽るものではなく、甲は詐欺罪の実行行為を自ら行うことができず単独正犯にはなり得ない。そこで、甲が乙との共同正犯になり得るかが問題となる。
イ この点も、前記(1)イと同様に、単独では正犯となり得ない者も、当該犯罪の不法を実現し得る者と共同してであれば正犯となり得ると解すべきである。本件における詐欺の不法は、乙が甲に成り済ましてCを錯誤に陥れ、B店に立替払いを受けられない危険を負わせた状態で腕時計を交付させた点にあり、この法益侵害は甲が自ら本件カードを使用した場合には生じ得ない。甲は、乙と共謀し、乙に本件カード及び暗証番号を提供することにより、乙の欺く行為を通じてこの法益侵害を共同して惹起したのであるから、詐欺罪の共同正犯となり得る。
ウ 甲は、乙から甲名義のカードを利用して5万円相当の物品を購入したいとの要求を受け、乙が甲に成り済まして本件カードを使用することを認識した上でこれに応じ、本件カードを手渡し暗証番号を教示した。ここに、乙が甲に成り済まして加盟店から物品の交付を受けることについての共謀があり、乙はこれに基づきB店で腕時計の交付を受けた。甲は、替え玉受験の報酬の一部の支払という自己の債務の履行のために本件カードの使用を許し、乙の欺く行為に不可欠なカードと暗証番号を提供したのであるから、自己の利益のために犯罪を実現したものとして正犯意思も認められる。
エ よって、甲には乙との間で詐欺罪の共同正犯(60条、246条1項)が成立する。
第2 設問2
1 甲の罪責
(1) 4月1日の各行為
甲は、Dの行儀が悪いことに苛立ち、Dの顔面を拳で殴って全治約2週間を要する顔面打撲の傷害を負わせており、Dに対する傷害罪(204条)が成立する。また、甲は、これを制止した丙に対し「ここから出て行け。」と怒鳴りながら顔面を拳で殴り、全治約2週間を要する顔面打撲の傷害を負わせており、丙に対する傷害罪が成立する。いずれも暴行の故意があり、両罪は併合罪(45条前段)となる。
(2) 7月1日の本件暴行
ア 甲は、Dの頭部を拳で強く十数回殴る本件暴行を加え、硬膜下血腫の傷害を負わせ意識を喪失させた。暴行の故意があり、少なくとも傷害罪の構成要件に該当する。問題は、その後Dが自動車との衝突による肝臓破裂で死亡したことにつき、本件暴行とDの死亡との間に因果関係が認められ、傷害致死罪(205条)が成立するかである。
イ 刑法上の因果関係は、条件関係を前提に、実行行為の有する危険性が結果へと現実化したと評価できる場合に認められる。第三者の行為等が介在した場合には、介在事情が実行行為によって誘発されたものか、介在事情の異常性の程度、及び介在事情の結果への寄与の大きさを考慮して判断する。
ウ 本件では、本件暴行による硬膜下血腫は、適切な治療を受けなければ約6時間後に死亡する致命的なものであり、本件暴行自体にDを死亡させる高度の危険性があった。また、丙がDを抱えて徒歩でE病院に向かったのは本件暴行による負傷の治療のためであり、搬送行為自体は本件暴行により誘発されたものである。しかし、Dの現実の死因は衝突による肝臓破裂に基づく失血死であって、硬膜下血腫は死亡に寄与していない。衝突は、運転手の居眠りという第三者の重大な過失により自動車が道路左側に進出したことによって生じたものであり、徒歩10分の距離を病院に向かう行為に通常伴う危険ではなく、本件暴行の危険性とは無関係に発生した偶然的かつ異常な事情である。しかも、衝突がなければ丙は午後7時20分頃にはE病院に到着し、適切な治療によりDの救命は確実であったのであるから、本件暴行の危険性は衝突の時点で結果に至る経過から切断され、Dの死亡は専ら介在事情の危険が現実化したものと評価すべきである。被害者を搬送する途中の事故は暴行に誘発されたものとして因果関係を肯定する見解もあるが、介在事情の異常性及び寄与度の大きさに照らし採用できない。
エ よって、本件暴行とDの死亡との間に因果関係は認められず、甲にはDに対する傷害罪が成立するにとどまる。
(3) 罪数
以上の三つの傷害罪は併合罪となる。
2 丙の罪責
(1) 問題の所在
丙は、甲がDに暴行を加えるかもしれないと思いながらトイレ内にとどまり何もしなかった。甲と丙との間に本件暴行についての意思連絡はなく共謀共同正犯は成立せず、丙は何らの積極的行為もしていないから作為による幇助も成立しない。そこで、丙の不作為について不作為犯としての罪責を問い得るかが問題となる。
(2) 作為義務
不作為犯が成立するには、不作為者に結果発生を防止すべき法的な作為義務があることを要する。親が子に対する第三者の暴行を放置する事案では、侵害されようとしている法益を保護すべき関係にあることが作為義務の根拠となる。丙は、Dの母親であり親権者としてDを監護する義務を負い(民法820条)、本件居室においてDと同居していた。Dは当時2歳であり、自ら身を守ることも助けを求めることもできず、2部屋の本件居室内で甲の暴行からDを守り得る者は丙以外に存在しなかった。さらに、丙は4月1日に甲がDに暴行を加えた事実を知りながら、甲に愛情を抱いていたため懇願に応じてよりを戻し同居を再開しており、Dを甲の暴行の危険にさらす状況を自ら継続させていた。これらの事情から、丙には甲によるDへの暴行を阻止すべき作為義務が認められる。
(3) 義務付けられる作為の内容
ア 作為義務者に義務付け得る作為は、当該作為を行った場合に不作為者自身に生じる法益侵害の危険の程度(作為の容易性)と、当該作為による結果回避可能性の程度を考慮して、その作為を要求することが相当といえるものに限られる。
イ ①行為(居間に戻って監視し言葉で制止する行為)は、丙がこれに及んでも甲が丙に暴行を加える蓋然性は高くなかったから、丙にとって相当程度容易であった。また、①行為により本件暴行を阻止できる可能性は相当程度あった。したがって、①行為を丙に義務付けることは相当である。
ウ ②行為(身を挺して制止する行為)は、これに及べば本件暴行を確実に阻止できたが、甲が丙に4月1日と同様の暴行を加える蓋然性は高く、現に丙は4月1日に身を挺して制止した際に顔面を殴られ全治約2週間の傷害を負っている。当時丙は妊娠8か月であり、甲が胎児への影響を考えて腹部への暴行は避けていたため腹部への暴行の蓋然性は高くなかったとはいえ、顔面を殴られ転倒するなどすれば胎児への危険も否定できない。自己の身体への重大な危険を甘受して制止することまで要求するのは酷であり、②行為は作為の容易性を欠くから、丙に義務付けることはできない。
エ よって、丙に義務付けられる作為は①行為である。
(4) 関与類型及び結果回避可能性
ア 不作為による関与を正犯とするか幇助とするかについて、作為義務違反があれば原則として正犯とする見解もある。しかし、作為正犯の犯行を阻止しないという態様で関与する不作為者は、犯罪事象を支配しているわけではなく、作為正犯の犯行を容易にしたにすぎないから、原則として幇助犯にとどまると解すべきである。もっとも、作為に出ていれば確実に結果を回避できた場合には、不作為者が結果発生を左右する地位にあったといえ、不作為の正犯となる余地がある。
イ 不作為の正犯には、作為に出れば確実に結果を回避し得たという意味での結果回避可能性を要するが、丙に義務付けられる①行為に及んでも本件暴行を確実に阻止できる状況にはなかったから、丙に不作為の正犯は成立しない。これに対し、不作為による幇助は、作為義務者が一定の作為によって正犯の犯罪を防止することが可能であるのに、そのことを認識しながら作為をせず、これによって正犯の犯罪の実行を容易にしたことで足り、犯罪をほぼ確実に阻止し得たことは不要である(札幌高判平成12年3月16日参照)。①行為により本件暴行を阻止できる可能性は相当程度あり、しかも本件暴行は約5分間にわたり継続していたのであるから、丙が怒鳴り声を聞いた時点はもとより、暴行が始まった後に居間に戻って制止することによっても暴行の継続を困難にし得た。丙が①行為をしなかったことは甲の本件暴行を容易にしたといえ、幇助の因果性が認められる。
(5) 故意及び期待可能性
丙は、「まだ分からないのか、殴るぞ。」という甲の怒鳴り声を聞いて、甲がDに4月1日と同様の暴行を加えるかもしれないと思い、①行為及び②行為に及んだ場合の各可能性を認識した上で、その後も怒鳴り声が続いたことから甲がDに暴行を加えているのだろうと思いながらトイレ内にとどまった。したがって、丙には、甲がDに暴行を加えて傷害を負わせることについての未必的な認識・認容があり、自己の不作為がこれを容易にすることの認識もあるから、幇助の故意が認められる。丙は甲から暴行を加えられたり嫌われたりしたくないと思ってとどまったが、①行為に伴う危険は高くなく、甲に嫌われたくないという心情は作為を不可能にするものではないから、適法行為の期待可能性も認められる。
(6) 結論
よって、丙には傷害罪の幇助犯(62条1項、204条)が成立する。なお、前記1(2)のとおり本件暴行とDの死亡との間に因果関係が認められないため、丙について傷害致死罪の幇助犯は成立しない。
以上