司法試験 令和6年 刑法
問題文
〔第1問〕(配点:100)
以下の【事例1】及び【事例2】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕について、答えなさい。
【事例1】
1 特殊詐欺グループを率いる甲(28歳、男性)は、同じグループの配下のA(25歳、男性)
が資産家名簿を別の特殊詐欺グループに無断で渡したと考え、某月1日午後8時頃、人のいないB公園にAを呼び出し、Aに「名簿を他のグループに流しただろう。相手は誰だ。」と言って追及したが、Aはこれを否定した。甲は、Aがうそを言っていると思い腹を立て、Aの頭部を拳で殴り、その場に転倒したAに「殺されたいのか。」と言いながらAの腹部を繰り返し蹴って、Aに肋骨骨折等の傷害を負わせた。
甲は、Aの所持品の中に資産家名簿の流出先に関する手掛かりがあるだろうと考え、Aの所持品を奪うつもりはなかったが、甲から1メートル離れた場所で倒れたままのAに「持っているものを見せろ。」と言った。Aは、既に抵抗する気力を失っていたので、A所有の財布1個(以下「本件財布」という。)を上着ポケットから取り出してAの手元に置いた。甲は、本件財布を拾って中身を見たところ、本件財布内に資産家名簿の流出先を示すものはなかったが、現金6万円が入っているのが分かり、その現金がにわかに欲しくなった。甲は、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言った。Aは、本件財布を甲に渡したくなかったが、抵抗する気力を失っていたので何も答えられずにいた。そこで、甲は、本件財布を自分のズボンのポケットに入れた。
2 甲は、Aの追及には時間が掛かると考え、同じグループの配下の乙(25歳、男性)に見張りを頼むこととし、電話で乙を呼び出した。同日午後8時30分頃、乙がB公園に到着すると、甲は、一旦、食事に出掛けることにして、乙に「小遣いをやるから、Aを見張っておけ。」と言った。乙は、おびえているAの様子から、甲がAに暴力を振るったことを理解し、「分かりました。」と答えた。甲は、本件財布から現金3万円を抜き取った後、「お前が自由に使っていい。」と言って、本件財布を乙に手渡した。
甲がその場を立ち去ると、乙は、本件財布内の運転免許証を見て、本件財布がAのものだと理解するとともに、A名義のキャッシュカード(以下「本件カード」という。)が入っていることに気付き、Aの預金を引き出して奪おうと考えた。乙は、本件カードを本件財布から取り出して、倒れたままのAに見せつつ、持っていたバタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら、「死にたくなければ、このカードの暗証番号を言え。」と言った。Aは、預金を奪われたくなかったものの、拒否すれば殺されると思い、仕方なく4桁の数字から成る暗証番号を答えようとしたが、暗がりで本件カードを自宅に保管中の別のキャッシュカードと見誤っていたため、本件カードの暗証番号と異なる4桁の数字を答えた。
3 乙は、Aが逃げ出す様子もなかったので、本件カードを使ってAの預金を引き出そうと思い、Aをその場に残して、付近のコンビニエンスストアに向かった。
乙は、同日午後8時45分頃、上記コンビニエンスストアに設置された現金自動預払機(以下「ATM」という。)に本件カードを挿入し、Aが答えた4桁の数字を入力して預金を引き出そうとしたが、暗証番号が間違っている旨の表示が出たため、ボタンを押し間違えたと思い、続けて同じ4桁の数字を2回入力したところ、ATMに不正な操作と認識されて取引が停止された。
〔設問1〕 【事例1】における甲及び乙の罪責を論じなさい(盗品等に関する罪(刑法第256条)、建造物侵入罪(刑法第130条)及び特別法違反の点は除く。)。なお、乙の罪責を論じるに際しては、乙がAから暗証番号を聞き出す行為が財産犯における「財産上不法の利益」を得ようとする行為に当たるかという点にも触れること。
【事例2】(【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)
4 甲は、資産家名簿の流出先が以前仲間割れしたC(30歳、男性)であるとのうわさを聞き付け、同月10日午後5時頃、Cに電話をして「お前がうちの名簿を受け取っているだろう。」と言ったところ、Cから「お前が無能で管理できていないだけだ。」と罵倒されたことに激高し、C方に出向き、直接文句を言おうと決めた。その際、甲は、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと考え、そうなった場合には、むしろその機会を利用してCに暴力を振るい、痛め付けようと考えた。そこで、甲は、粗暴な性格の丙(26歳、男性)を連れて行けば、Cから暴力を振るわれた際に、丙がCにやり返してCを痛め付けるだろうと考えて、丙を呼び出し、丙に「この後、Cとの話合いに行くから、一緒に付いて来てほしい。」と言って頼んだ。丙は、Cと面識はなく、甲がCに文句を言うつもりであることやCから暴力を振るわれる可能性があることを何も聞かされていなかったため、甲に付いて行くだけだと思い、甲の頼みを了承した。
5 甲及び丙は、同日午後9時頃、C方前に行くと、甲がCに電話で「今、家の前まで来ているから出て来い。」と言って呼び出した。Cは、C方の窓から甲が丙と一緒にいるのを確認し、甲が手下を連れて来たものと思い腹を立て、「ふざけるな。」と怒鳴りながら、玄関から出た。
その様子を見た甲は、事前に予想していたとおりCが殴ってくると思い、後方に下がったが、丙は、暴力を振るわれると考えていなかったため、その場にとどまったところ、Cから顔面を拳で1回殴られた。丙は、Cに「やめろよ。」と言い、甲に「こいつ何だよ。どうにかしろよ。」
と言ったが、興奮したCから一方的に顔面を拳で数回殴られて、その場に転倒した。
6 甲は、丙らから2メートル離れてその様子を見ていたが、丙にCを痛め付けさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言った。それを聞いて丙は、身を守るためには、甲の言うとおり、Cを殴るのもやむを得ないと思った。ちょうどその時、Cが丙に対して続けて殴りかかってきたことから、丙は、甲が来る前に立ち上がり、Cの胸倉をつかんで、Cの顔面を拳で1回殴った(以下「1回目殴打」という。)。すると、Cは、一層興奮し「ふざけるな。」
と大声を上げた。
7 その頃、丙の友人丁(28歳、男性)は、偶然、普通自動二輪車(以下「本件バイク」という。)を運転してC方前を通り掛かり、丙がCの胸倉をつかんでいる様子を見て、Cが先に丙を殴った事実を知らないまま、一方的に丙がCを殴ろうとしていると思った。けんか好きの丁は、面白がり、丙がCを殴り倒した後、丙がその場から逃走するのを手助けしようと思い、丙に「頑張れ。ここで待っているから終わったらこっちに来い。」と声を掛けた。反撃しようとしていた丙は、それを聞いて発奮し、なおもCが丙に殴りかかってきたことから、身を守るために、Cの顔面を拳で1回殴った(以下「2回目殴打」という。)。丙は、Cがひるんだ隙に、本件バイクの後部座席に座り、丁が本件バイクを発進させて走り去った。
8 丙による暴行(1回目殴打及び2回目殴打)によりCに傷害は生じなかった。
〔設問2〕 【事例2】における甲、丙及び丁の罪責に関し、以下の⑴及び⑵について、答えなさい。
⑴ 丙による暴行(1回目殴打及び2回目殴打)について、丙に正当防衛が成立することを論じなさい。
⑵ 丙に正当防衛が成立することを前提に、甲及び丁の罪責を論じなさい。その際
① 丙による2回目殴打について丁に暴行罪(刑法第208条)の幇助犯が成立するか
② 甲に暴行罪の共同正犯が成立するか
について言及しなさい。なお、これらの論述に当たっては
ア 誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するか
イ 違法性の判断が共犯者間で異なることがあるか
についても、その結論及び論拠に言及し、①及び②における説明相互の整合性にも触れること。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、設問1において
⑴ 甲がAに暴行を加えて傷害を負わせた後、A所有の財布(以下「本件財布」という。)に入っていた現金6万円が欲しくなり、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言って本件財布を自己のポケットに入れた行為(以下「設問1⑴の行為」という。)
⑵ 乙が本件財布内に入っていたA名義のキャッシュカード(以下「本件カード」という。)
を使用してAの預金を引き出して奪おうと考え、Aに脅迫を加えてAから本件カードの暗証番号を聞き出そうとした行為(以下「設問1⑵の行為」という。)
⑶ 乙が現金自動預払機(以下「ATM」という。)に本件カードを挿入し、Aから聞き出した本件カードの暗証番号とは異なる4桁の数字を入力してAの預金を引き出そうとした行為
(以下「設問1⑶の行為」という。)
について、甲及び乙の罪責の検討を求め、設問2において
⑴ 丙が甲からCを殴るように言われてCの顔面を拳で1回殴った行為(以下「1回目殴打」
という。)及び丁からの言葉を聞いて発奮してCの顔面を拳で1回殴った行為(以下「2回目殴打」という。)について、丙に正当防衛が成立することを論じることを求め、
⑵ 丙に正当防衛が成立することを前提に
① 丙による2回目殴打について丁に暴行罪の幇助犯が成立するか
② 甲に暴行罪の共同正犯が成立するか
について言及し、これらの論述に当たって
ア 誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するか
イ 違法性の判断が共犯者間で異なることがあるか
についても、その結論及び論拠に言及し、①及び②における説明相互の整合性についても触れることを求めている。
これらにより、刑事実体法の知識と理解を問うとともに、具体的な事実関係を分析し、その事実に法規範を適用する能力及び論理的思考力を問うものである。
設問1について
⑴ 設問1⑴の行為について
ア 甲は、Aの頭部を拳で殴り、その場に転倒したAの腹部を蹴る暴行を加え、Aに肋骨骨折等の傷害を負わせており、甲に傷害罪が成立する。この点については、傷害罪の各構成要件要素を充足することを簡潔に示せば足りる。
イ 甲は、上記暴行に及んだ後、既に抵抗する気力を失っていたAに対し、所持品を提示するよう求め、Aが手元に置いた本件財布の中身を見たところ、その中に入っていた現金6万円が欲しくなり、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言って、本件財布を自己のズボンのポケットに入れている。ここで甲は、財物奪取の意思なく暴行を加えて相手方の反抗を抑圧した後、財物奪取の意思が生じ、財物を奪取している。強盗罪が成立するためには、財物奪取に向けられた相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行・脅迫が必要であるところ、甲が上記暴行に及んだ時点では甲に財物奪取の意思はなく、他方で甲がAに上記文言を申し向ける行為は、それのみを単体で評価すると、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の脅迫であるとは認められないが、このような場合でも強盗罪が成立するかが問題となる。
この点につき、自ら作出した反抗抑圧状態を利用して財物を奪取した場合にも、強盗の手段としての新たな暴行・脅迫を必要とする考え方(東京高判昭和48年3月26日高刑集26巻1号85頁等、以下「新たな暴行・脅迫必要説」という。)があり得る。新たな暴行・脅迫必要説に立つ場合には、さらに、新たな暴行・脅迫の内容・程度につき、反抗抑圧状態を維持・継続させるものであれば足りるとする考え方(大阪高判平成元年3月3日判タ712号248頁等、以下「維持継続説」という。)、行為者が現場に存在すること自体を脅迫とする考え方(以下「現場存在説」という。)などがあり得る。これに対し、自ら作出した反抗抑圧状態を利用して財物を奪取した場合には、強盗の手段としての新たな暴行・脅迫を必要としないとする考え方(以下「新たな暴行・脅迫不要説」という。)
もあり得る。
維持継続説に立つ場合、甲は、Aの反抗を抑圧した後、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、Aに「この財布はもらっておくよ。」と言って本件財布の占有を取得しており、かかる行為は既に存在する反抗抑圧状態を維持する程度の脅迫であると認めることも可能であろう。現場存在説に立つ場合には、甲が現場に存在したこと自体を強盗の手段としての新たな脅迫と捉えることになる。このように新たな脅迫があったと認めた場合又は新たな暴行・脅迫不要説に立つ場合には、強盗罪のその他の各構成要件要素を充足することを簡潔に示した上で、強盗罪の成立を肯定する結論に至ることになろう。これに対し、維持継続説に立つ場合であっても、甲がAに上記文言を申し向けた行為は、反抗抑圧状態を維持・継続するに足りる程度の脅迫であるとは認められないとして強盗罪の成立を否定し、窃盗罪又は恐喝罪が成立するにとどまるとの結論に至る余地もあろう。
いずれの考え方に立って論じるとしても、事案を具体的に分析して問題の所在を的確に示した上で、自説とは反対の考え方を意識しつつ自説の論拠を明らかにして規範を定立し、その規範を具体的な事実関係に当てはめて結論を導く必要がある。
⑵ 設問1⑵の行為について
乙は、甲から手渡された本件財布内に入っていた本件カードを使用してAの預金を引き出して奪おうと考え、本件カードを本件財布から取り出して、倒れたままのAに見せつつ、持っていたバタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら「死にたくなければ、このカードの暗証番号を言え。」と言って本件カードの暗証番号を聞き出そうとしているところ、かかる行為が「財産上不法の利益」を得たとして強盗罪に当たるのか問題となる。
この点につき、キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことにより、事実上、ATMを通して預金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位という財物の取得と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益を得たとみて強盗罪の成立を肯定する考え方(東京高判平成21年11月16日判時2103号158頁)があり得る。この考え方に立つ場合、乙は、バタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら要求に応じなければAの生命に危害を加える旨を告知しており、Aの反抗を抑圧するに足りる程度の脅迫を加えたと認められるが、Aが誤って本件カードの暗証番号とは異なる4桁の数字を答えており、乙が財産上不法の利益を得たとはいえないことから、乙に強盗未遂罪が成立するにとどまることを指摘する必要がある。
これに対し、暗証番号を聞き出したとしても財物の取得と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益を得たとは認められない、暗証番号は移転性のある利益ではない等として強盗罪の成立を否定する考え方(前掲東京高判平成21年11月16日の原判決はこのような考え方を採った。)もあり得る。この考え方に立つ場合、この行為について、強盗罪は成立し得ないが、乙は、上記のとおりAを脅迫し、Aに暗証番号を答えさせて義務のないことを行わせたといえることから、強要罪の各構成要件要素を充足することを簡潔に示して同罪が成立することを指摘する必要がある。いずれの考え方に立って論じるとしても、事案を具体的に分析して問題の所在を的確に示した上で、自説とは反対の考え方を意識しつつ自説の論拠を明らかにして、結論を導く必要がある。
⑶ 設問1⑶の行為について
乙は、ATMに本件カードを挿入して預金を引き出そうとしたものの、乙がAから聞き出して入力した数字が本件カードの暗証番号とは異なるものであったため、不正な操作と認識されて取引が停止され、預金を引き出すことはできなかった。このように事後的・客観的には乙が預金を引き出すことができない状況にあった場合であっても、預金を引き出して窃取する危険性があったとして未遂犯が成立するか、それとも不能犯として不可罰となるかが問題となる。
この点につき、行為時に一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を判断の基礎とし、一般人の立場から危険性があると判断する場合に未遂犯が成立するとする考え方があり得る。この考え方に立った場合、乙がAから聞き出した4桁の数字が本件カードの暗証番号とは異なるものであったとの事情につき、一般人が認識し得たとは認められず、乙も認識していなかったため、同事情は判断の基礎から除外されることになる。そうすると、乙が他人であるAのキャッシュカードを使用してATMから預金を引き出そうとしている以上、一般人の立場からは、ATMの現金の占有者の意思に反して同現金の占有が乙に移転する危険性があると判断するとの結論に至ると考えられる。その場合、窃盗罪の各構成要件要素を充足することを簡潔に示した上で、窃盗未遂罪の成立を肯定することになろう。
これに対し、結果が発生しなかった原因を解明し、事実がいかなるものであったなら結果の発生があり得たかを科学的に明らかにした上で、こうした結果惹起をもたらす仮定的事実が存在し得たかを一般人の立場から事後的に判断し、仮定的事実が存在し得たと一般人が判断する場合には危険性が認められて未遂犯が成立するとする考え方もあり得る。この考え方に立った場合、結果が発生しなかった原因は、乙がAから聞き出した数字が本件カードの暗証番号と異なるものであったからであり、これが本件カードの正しい暗証番号であったなら結果の発生があり得たところ、Aは暗がりで本件カードを別のキャッシュカードと見間違えて意図せず別の暗証番号を答えたにすぎず、一般人の立場からは、乙がAから本件カードの正しい暗証番号を聞き出すことは十分にあり得たといえ、窃盗の危険性が認められるとの結論に至ると考えられる。その場合、上記と同様に窃盗未遂罪の成立を肯定することになろう。
このほかにも様々な考え方があり得るが、いずれの考え方に立って論じるとしても、事案を具体的に分析して問題の所在を的確に示した上で、自説とは反対の考え方を意識しつつ自説の論拠を明らかにして規範を定立し、その規範を具体的な事実関係に当てはめて結論を導く必要がある。
設問2について
⑴ 丙に正当防衛が成立することについて
丙による1回目殴打及び2回目殴打について、本問における具体的な事実関係を指摘して、暴行罪の各構成要件要素及び正当防衛の成立要件をそれぞれ充足することについて簡潔に示せば足りる。
⑵ 丙による2回目殴打について丁に暴行罪の幇助犯が成立するか丁は、丙がCの胸倉をつかんでいる様子を見て、Cが先に丙を殴った事実を知らないまま、一方的に丙がCを殴ろうとしているものと誤信し、面白がって、丙がCを殴り倒した後、丙がその場から逃走するのを手助けしようと思い、丙に「頑張れ。ここで待っているから終わったらこっちに来い。」と声を掛け、反撃しようとしていた丙は、丁の言葉を聞いて発奮し、2回目殴打に及んでいる。丁の行為は、Cに反撃しようとしていた丙に対して心理的な働き掛けを行って丙を発奮させ、丙による2回目殴打を容易にしており、これが幇助行為に該当することを簡潔に指摘する必要がある。
もっとも、丙による2回目殴打について正当防衛が成立するところ、このように正犯に正当防衛が成立して違法性が阻却される場合であっても幇助犯が成立するかが問題となる。
この点につき、幇助犯による対抗行為を観念することは困難であるとして、正犯を基準として正当防衛の成立要件を判断した上で、共犯が成立するためには正犯の行為が構成要件該当性及び違法性を備える必要があるとする考え方があり得る。この考え方に立った場合、正犯の行為に正当防衛が成立して違法性が阻却されるのであれば、その違法評価は連帯的に作用し、あるいは、正犯の違法性に基づく共犯不法が欠け、幇助犯は成立しないことになる。
これに対し、同じく正犯を基準として正当防衛の成立要件を判断し、正犯の行為に正当防衛が成立して違法性が阻却される場合であっても、背後者が不必要に緊急状況を作出したなど一定の場合には、違法性阻却の効果を援用できないとして共犯の成立を認める考え方もあり得る。この考え方によれば、違法性の判断が正犯と共犯との間で異なることがあることになるが、この考え方は、共犯が成立するためには正犯に構成要件該当性が認められれば足りるとする立場を前提としている。本問では、正犯である丙に正当防衛が成立して違法性が阻却されるところ、丁が不必要に緊急状況を作出したとまでは認められず、違法性阻却の効果を援用できない事情は存しないとして丁の行為にも違法性阻却の効果が及び、丁に暴行罪の幇助犯は成立しないとの結論に至ると考えられる。
このほかにも様々な考え方があり得るが、いずれの考え方に立って論じるとしても、事案を具体的に分析して問題の所在を的確に示した上で、自説とは反対の考え方を意識しつつ、誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するか及び違法性の判断が共犯者間で異なることがあるかについて、それぞれの論拠に言及した上で結論を導く必要がある。
⑶ 甲に暴行罪の共同正犯が成立するか
甲は、丙にCを痛めつけさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言い、それを聞いた丙がCに対する1回目殴打に及んでおり、甲が丙との間で暴行の共謀を遂げた上で、丙が暴行の実行行為に及んだことを簡潔に指摘する必要がある。
もっとも、丙による1回目殴打について正当防衛が成立するところ、このように実行行為者に正当防衛が成立する場合、背後者である共謀共同正犯の正当防衛の成否について、どのように判断すべきかが問題となる。
この点につき、共謀共同正犯における実行行為者の暴行は、実行行為者及び背後者にとって共同した暴行と評価されるとみて、背後者である共謀共同正犯者についても正当防衛の成否を検討し得ると考えた上、行為の違法性は、法益侵害に加えて各行為者に固有の人的違法要素も加味して判断されるものであり、人的違法要素を有する者とこれを欠く者とで違法性の評価に違いが生じるとみれば、共同正犯者間で、正当防衛の成否につき結論が異なることが生じ得る。また、共同正犯は、一方が他方に従属する関係にないとして、共同正犯者それぞれを基準として正当防衛の成立要件を個別に判断するとの考え方からも、個別に判断した結果、共同正犯者間で、正当防衛の成否につき結論が異なることが生じ得る。これらの考え方に立った場合、本問では、丙及び甲それぞれを基準として正当防衛の成立要件を判断することになる。本問において、甲は、粗暴な性格のCからの侵害を予期した上で、その機会を利用してCを痛めつけようと考え、丙と共にC方に出向いており、単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだといえ、侵害の急迫性の要件を充たさず(最決昭和52年7月21日刑集31巻4号747頁、最決平成29年4月26日刑集71巻4号275頁参照)、甲に正当防衛は成立しないとの結論に至ると考えられる。その場合、甲に暴行罪の共同正犯が成立することになる。
これに対し、共謀者による対抗行為を観念することは困難であるとして、現実に対抗行為を行った実行行為者を基準として正当防衛の成立要件を判断するとの考え方に立った上で、実行行為者に成立する正当防衛による違法性阻却の効果が背後者にも連帯的に及ぶことを原則としつつ、背後者が自ら不必要に緊急状況を作出した場合には、違法性阻却の効果を背後者が援用することはできないとする考え方があり得る。この考え方に立った場合、本問では、甲が喧嘩闘争目的で丙をCのもとに赴かせて、丙とCとの間の利益衝突状況を不必要に作出したと認められるため、甲が正当防衛による違法性阻却の効果を援用することはできないとの結論に至ると考えられる。その場合、甲に暴行罪の共同正犯が成立することになる。
このほかにも様々な考え方があり得るが、いずれの考え方に立って論じるとしても、事案を具体的に分析して問題の所在を的確に示した上で、自説とは反対の考え方を意識しつつ、誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するか及び違法性の判断が共犯者間で異なることがあるかについて、それぞれの論拠に言及するとともに、丁についての説明と甲についての説明の整合性にも触れた上で、結論を導く必要がある。
なお、判例(最決平成4年6月5日刑集46巻4号245頁)は、実行行為者に過剰防衛が成立するとした事案において、「共同正犯が成立する場合における過剰防衛の成否は、共同正犯者の各人につきそれぞれその要件を満たすかどうかを検討して決するべきであって、共同正犯者の一人について過剰防衛が成立したとしても、その結果当然に他の共同正犯者についても過剰防衛が成立することになるものではない。」と判示しているところ、同判例は過剰防衛の成否に限って判断を示したものではあるが、共同正犯者それぞれで違法性の評価が相対化し、適法行為と違法行為との間の共同正犯も認める余地を残していることも参考となろう。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 甲の罪責
(1) Aに暴行を加え傷害を負わせた行為
甲は、Aの頭部を拳で殴り、転倒したAの腹部を繰り返し蹴るという人の身体に対する不法な有形力の行使を行い、これによりAに肋骨骨折等の生理的機能の障害を生じさせた。甲はAがうそを言っていると思い腹を立てて暴行に及んでおり暴行の故意があり、傷害結果はこの暴行から生じている。よって、甲には傷害罪(刑法(以下法名略)204条)が成立する。
(2) 本件財布を自己のズボンのポケットに入れた行為
ア 甲は、「持っているものを見せろ。」と言ってAが手元に置いた本件財布を拾い、中身を見ているが、この時点では資産家名簿の流出先の手掛かりを探す目的で一時的に手に取ったにすぎず、本件財布はなおAの事実上の支配下にあり、占有侵害はない。その後、甲は現金6万円を見て欲しくなり、「この財布はもらっておくよ。」と言って本件財布を自己のポケットに入れ、Aの意思に反して占有を取得した。この財物取得の手段として先行する暴行による反抗抑圧状態が利用されていることから、強盗罪(236条1項)の成否が問題となる。
イ 強盗罪の「暴行又は脅迫」は、財物奪取の手段として、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度のものであることを要する。本件で、甲が暴行を加えた時点では、甲はAの所持品を奪うつもりはなく流出先を追及する目的であったから、この暴行は財物奪取の手段として行われたものではない。他方、財布を欲しくなった後に甲がしたのは「この財布はもらっておくよ。」と告げたことのみであり、この言動を単体で評価すれば、それ自体として反抗を抑圧するに足りる程度の脅迫とはいえない。そこで、財物奪取の意思なく暴行を加えて相手方の反抗を抑圧した後に財物奪取の意思を生じ、自ら作出した反抗抑圧状態を利用して財物を取得した場合に強盗罪が成立するかが問題となる。
ウ 反抗抑圧状態を利用した財物取得があれば新たな暴行・脅迫は不要とする見解もある。しかし、強盗罪の重い法定刑は、財物奪取に向けられた暴行・脅迫によって被害者の意思の自由を制圧する点に根拠があり、財物奪取の意思を生じた後に何らの暴行・脅迫もなく財物を取得した場合は窃盗又は恐喝として評価されるべきである。先行する暴行が偶然存在することをもって強盗と評価することは、行為と責任の同時存在の原則にも反する。したがって、財物奪取の意思を生じた後に、強盗の手段としての新たな暴行・脅迫が必要であると解する。もっとも、既に反抗を抑圧された被害者に対しては、通常であれば反抗抑圧に足りない程度の行為であっても反抗抑圧状態を維持・継続させる効果を有するから、新たな暴行・脅迫は、既に存在する反抗抑圧状態を維持・継続させるに足りる程度のもので足りると解する。
エ 本件では、甲は、午後8時頃の人のいないB公園において、「殺されたいのか。」と言いながらAの腹部を繰り返し蹴り肋骨骨折の傷害を負わせた直後、抵抗する気力を失って倒れたままのAの1メートル先に立ち、Aが恐怖で抵抗できないことを知りながら、「この財布はもらっておくよ。」と告げた。この言動は、直前の激しい暴行及び殺害を示唆する発言を背景として、財布の取得に応じなければ更なる暴行を加えるという害悪を暗に告知するものであり、Aの抵抗できない状態を財物取得に向けて維持・継続させる脅迫と評価できる。実際、Aは本件財布を渡したくなかったのに何も答えられずにいたのであり、反抗抑圧状態は財布の取得まで継続していた。これに対し、上記言動は単なる取得の告知にすぎず維持・継続の効果もないとして恐喝罪又は窃盗罪にとどまるとする見解もあり得るが、特殊詐欺グループの首領である甲が配下のAに対し殺害を示唆する暴行の直後にした言動の威迫的意味を軽視するものであり採用できない。
オ 甲は、この脅迫によりAの意思に反して本件財布の占有を自己に移転させた。甲は現金6万円を欲しくなって取得しており、強盗の故意及び不法領得の意思も認められる。よって、甲には強盗罪が成立する。なお、Aの傷害は強盗の意思を生じる前の暴行から生じたものであり、強盗の手段たる脅迫から生じたものではないから、強盗致傷罪(240条)は成立しない。
(3) 罪数
傷害罪と強盗罪は併合罪(45条前段)となる。甲が乙に本件財布を交付した点は盗品等に関する罪の検討を除外されており、乙の後記各犯行は乙が独自に決意したもので甲との意思連絡はないから、甲はこれについて責任を負わない。
2 乙の罪責
(1) Aから暗証番号を聞き出そうとした行為
ア 乙は、本件財布内の運転免許証から本件財布がAのものであると理解した上で、本件カードを使ってAの預金を引き出して奪おうと考え、本件カードをAに見せつつ、バタフライナイフの刃先をAの眼前に示しながら「死にたくなければ、このカードの暗証番号を言え。」と言った。これは、要求に応じなければ生命に危害を加える旨を告知するものであり、傷害を負って倒れたままのAに対し凶器を示して行われたことからすれば、社会通念上、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の脅迫に当たる。現にAは、拒否すれば殺されると思い、仕方なく暗証番号を答えようとしている。
イ そこで、キャッシュカードの暗証番号を聞き出すことが「財産上不法の利益」(236条2項)を得る行為に当たるかが問題となる。この点、暗証番号は単なる情報であり、聞き出してもAは依然として預金の払戻しを受けることができ利益の移転性がなく、預金引出しという利益は後の引出行為によって初めて実現されるとして、2項強盗の成立を否定し強要罪にとどまるとする見解がある。しかし、2項強盗における財産上の利益は、財物の取得と同視できる程度に具体的かつ現実的な利益であれば足り、厳密な意味での移転性は不要と解すべきである。キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことにより、行為者は、ATMを通じて預金口座から預金の払戻しを受け得る地位を事実上取得するのであり、これは現金の取得と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益である。他方、被害者は、自己の意思に反して預金を引き出される具体的危険を負うという財産上の不利益を受ける。したがって、キャッシュカードを所持する者がその暗証番号を聞き出すことは、財産上不法の利益を得る行為に当たると解する(東京高判平成21年11月16日参照)。
ウ 本件では、乙は甲から交付された本件財布内の本件カードを現に所持した上で、利益取得に向けた脅迫を開始しており、2項強盗の実行の着手が認められる。しかし、Aは暗がりで本件カードを自宅保管中の別のキャッシュカードと見誤ったため、本件カードの暗証番号とは異なる4桁の数字を答えており、乙は本件カードにより預金の払戻しを受け得る地位を取得していない。したがって、乙は財産上の利益を得るに至っておらず、乙には強盗未遂罪(243条、236条2項)が成立するにとどまる。乙は、本件財布がAのものであり、甲から「自由に使っていい」と言われたからといってAの預金を引き出す権限がないことを認識しつつ、Aの預金を奪う意思で脅迫しており、故意も認められる。なお、脅迫によりAに暗証番号を答えさせた点は強要罪(223条1項)の構成要件にも該当するが、同一の脅迫による利得行為として強盗未遂罪に吸収される。
(2) ATMで預金を引き出そうとした行為
ア 乙は、コンビニエンスストアのATMに本件カードを挿入し、Aが答えた4桁の数字を入力して預金を引き出そうとした。ATM内の現金はこれを管理する金融機関等の占有に属するから、権限なくこれを引き出す行為は窃盗罪(235条)に当たり、カードを挿入し暗証番号を入力する行為は、現金の占有侵害に密接しその現実的危険を含む行為であるから、実行の着手が認められる。
イ しかし、入力した数字は本件カードの暗証番号と異なっており、乙はボタンを押し間違えたと思って同じ数字を続けて2回入力したが、不正な操作と認識されて取引が停止された。事後的・客観的にみれば乙が預金を引き出すことは不可能であったから、窃盗未遂罪が成立するか、不能犯として不可罰となるかが問題となる。未遂犯の処罰根拠は結果発生の具体的危険にあるところ、危険の有無は、一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎として、行為時に一般人の立場から結果発生の具体的危険が認められるか否かにより判断すべきである(具体的危険説)。
ウ 本件で、Aが答えた数字が本件カードの暗証番号と異なっていたという事情は、乙は認識しておらず(押し間違えたと思って再入力していることからも明らかである)、ナイフを示されて殺されると思ったAが仕方なく答えた状況からして一般人も認識し得なかったから、判断の基礎から除外される。そうすると、他人であるAのキャッシュカードを所持する者が、被害者から聞き出した暗証番号を入力して預金を引き出そうとする行為は、一般人の立場からみて、ATM管理者の意思に反して現金の占有が乙に移転する具体的危険を有する。なお、結果不発生の原因を解明し、正しい暗証番号を聞き出すという仮定的事実が存在し得たかを事後的に判断する見解によっても、Aは意図せず別の番号を答えたにすぎず正しい番号を答えることは十分にあり得たから、危険性は肯定される。したがって、不能犯ではなく、乙には窃盗未遂罪(243条、235条)が成立する。乙は他人の預金を引き出す認識を有しており、故意及び不法領得の意思も認められる。
(3) 罪数
強盗未遂罪はAの財産に対する罪、窃盗未遂罪はATM管理者の現金の占有に対する罪であり被害法益を異にするから、両罪は併合罪となる。
第2 設問2
1 小問(1) 丙に正当防衛が成立すること
(1) 1回目殴打
ア 丙がCの胸倉をつかみCの顔面を拳で1回殴った行為は、人の身体に対する不法な有形力の行使であり、暴行罪(208条)の構成要件に該当する。
イ 正当防衛(36条1項)が成立するには、①急迫不正の侵害に対し、②自己又は他人の権利を防衛するため、③やむを得ずにした行為であることを要する。
ウ ①について、Cは、丙の顔面を拳で数回殴って丙を転倒させた上、1回目殴打の時点でも続けて丙に殴りかかってきており、丙の身体に対する違法な侵害が現に存在し継続していた。丙はCと面識がなく、甲がCに文句を言うつもりであることやCから暴力を振るわれる可能性があることを何も聞かされておらず、単に甲に付いて行くだけだと思っていたのであるから、侵害を予期しておらず、急迫性は否定されない。②について、丙は、最初に殴られた際にCに「やめろよ。」と言い、甲に「どうにかしろよ。」と助けを求めており、自ら争う意思はなかったところ、甲の「Cを殴れ」との言葉を聞いて、身を守るためにはCを殴るのもやむを得ないと思って殴打しているから、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする防衛の意思が認められる。攻撃の意思が併存していても防衛の意思は否定されない。③について、素手で一方的に数回殴打され転倒した丙が、なおも殴りかかってくるCに対し素手で顔面を1回殴ったにとどまり、傷害も生じていないから、防衛手段として必要最小限度のものであり相当性が認められる。
エ よって、1回目殴打について丙に正当防衛が成立し、違法性が阻却される。
(2) 2回目殴打
2回目殴打も暴行罪の構成要件に該当する。Cは1回目殴打後も一層興奮して「ふざけるな。」と大声を上げ、なおも丙に殴りかかってきており、急迫不正の侵害は継続していた。丙は、丁の声掛けを聞いて発奮したものの、身を守るために殴打したのであり、殴打後はCがひるんだ隙に直ちにバイクで離脱していることからも、防衛の意思が認められる。素手で1回の殴打であり相当性も認められる。よって、2回目殴打についても丙に正当防衛が成立する。
2 小問(2) 甲及び丁の罪責
(1) 検討の前提(正当防衛の判断基準と違法性の相対性)
ア 正犯に正当防衛が成立して違法性が阻却される場合に、これに関与した者の罪責をどう判断すべきか。まず、誰を基準として正当防衛の成立要件を判断するかについては、現実に侵害に対抗する行為を行った者を基準とすべきである。正当防衛は現実に侵害を受けた者がこれに対抗する行為を正当化するものであり、背後者について独立した対抗行為を観念することは困難だからである。そして、共犯の処罰根拠は正犯の行為を通じて法益侵害を惹起した点にあり、違法性は法益侵害性を中心に客観的に判断されるから、正犯の行為に正当防衛が成立する場合、その違法性阻却の効果は原則として関与者にも連帯的に及び、共犯は成立しない(制限従属性説)。
イ もっとも、急迫性の要件は、不正の侵害に対し緊急に対抗する必要がある状況にあるか否かを規範的に判断するものであり、判例(最決昭和52年7月21日、最決平成29年4月26日)は、侵害を予期した上でその機会を利用して積極的に相手方に加害行為をする意思で侵害に臨んだ者について急迫性を否定する。その趣旨は、自ら不必要に緊急状況を作出した者には緊急行為としての正当化を認めない点にあり、これは関与者ごとに異なり得る事情である。そうすると、正犯を基準として正当防衛が成立する場合であっても、背後者が自ら積極的加害意思をもって不必要に緊急状況を作出したときは、その者は正当防衛による違法性阻却の効果を援用することができず、その限りで違法性の判断が共犯者間で異なることがあると解する。判例(最決平成4年6月5日)も、共同正犯における過剰防衛の成否は各人についてそれぞれ要件を検討して決すべきとしており、関与者間で違法性の評価が相対化することを認めている。
(2) 丁の罪責(2回目殴打についての暴行罪の幇助犯の成否)
ア 丁は、丙がCの胸倉をつかんでいるのを見て、丙に「頑張れ。ここで待っているから終わったらこっちに来い。」と声を掛け、反撃しようとしていた丙はこれを聞いて発奮し2回目殴打に及んでいる。丁の声掛けは、丙に対する心理的な働きかけにより殴打の決意を強め、かつバイクによる逃走の手助けを申し出ることで殴打を容易にしたものであり、幇助行為(62条1項)に当たる。丁は丙がCを殴ることを認識し、面白がって援助しており、幇助の故意もある。
イ しかし、正犯である丙の2回目殴打には正当防衛が成立し違法性が阻却される。丁は、偶然バイクでC方前を通り掛かっただけであり、丙とCとの間の緊急状況の作出には何ら関与していない。したがって、丁には違法性阻却の効果を援用できない事情はなく、丙の正当防衛による違法性阻却の効果は丁にも及ぶ。丁は、Cが先に丙を殴った事実を知らず、一方的に丙がCを殴ろうとしていると誤信していたが、適法な行為を違法な行為と誤信して援助したにすぎず、違法な正犯行為が存在しない以上、幇助の処罰根拠を欠く。
ウ よって、丁に暴行罪の幇助犯は成立せず、丁は不可罰である。
(3) 甲の罪責(暴行罪の共同正犯の成否)
ア 甲は、丙にCを痛め付けさせようと考え、丙に「俺がCを押さえるから、Cを殴れ。」と言い、これを聞いた丙は甲の言うとおりCを殴るのもやむを得ないと思って1回目殴打に及んでいる。ここに、甲と丙との間にCに暴行を加えることについての意思の連絡(共謀)があり、丙は共謀に基づいて実行行為に及んでいる。甲自身は、Cを押さえる前に丙が殴打したため実行行為を分担していないが、Cに文句を言うために丙を同行させた主導者であり、Cを痛め付けるという自己の目的のために丙に殴打を指示したのであるから正犯意思も認められ、共謀共同正犯(60条、208条)の要件を満たす。2回目殴打も、甲の指示に基づく一連の反撃行為であり、共謀の射程内にある。
イ そこで、丙に正当防衛が成立することにより甲についても違法性が阻却されるかが問題となる。前記(1)の基準によれば、正当防衛の成否は実行行為者丙を基準に判断され、丙に正当防衛が成立する以上、原則としてその効果は甲にも及ぶ。しかし、甲は、Cから罵倒されて激高し、粗暴な性格のCから殴られるかもしれないと予期した上で、そうなった場合にはむしろその機会を利用してCに暴力を振るい痛め付けようと考え、粗暴な丙であればCにやり返して痛め付けるだろうと計算して、事情を何も知らせないまま丙を同行させ、午後9時にC方に出向いてCを電話で呼び出した。そして、Cが怒鳴りながら出てくると、予想どおりCが殴ってくると思って自らは後方に下がり、何も知らない丙を矢面に立たせ、丙がCから一方的に殴られ助けを求めるのを2メートル離れて見ていた上で、丙に殴打を指示した。このように、甲は、侵害を予期し、その機会を利用して積極的にCに加害行為をする意思で侵害に臨み、丙とCとの間の利益衝突状況を自ら不必要に作出した者であるから、甲について急迫性の要件は認められず(最決昭和52年7月21日参照)、甲は丙の正当防衛による違法性阻却の効果を援用することができない。
ウ これに対し、違法は客観的に判断されるべきであり、同一の暴行について丙には適法、甲には違法という評価をすることは違法の相対化を認めるもので許されないとの見解もある。しかし、急迫性の要件が緊急状況の作出に関する行為者ごとの事情を含む以上、その充足の有無が関与者ごとに異なることは36条の構造上避けられず、違法性が人的事情によって相対化することは前記平成4年判例の認めるところである。
エ よって、甲には暴行罪の共同正犯が成立する。
(4) ①と②の説明の整合性
丁と甲のいずれについても、正当防衛の成否は現実に対抗行為を行った正犯丙を基準に判断し、丙に正当防衛が成立する以上その違法性阻却の効果は原則として関与者に連帯的に及ぶという同一の枠組みを採用した上で、自ら積極的加害意思をもって不必要に緊急状況を作出した者はこの効果を援用できないという例外を設けている。緊急状況の作出に関与していない丁には例外が妥当せず幇助犯が成立しないのに対し、緊急状況を自ら作出した甲には例外が妥当し共同正犯が成立するのであり、両者の説明は整合している。
3 甲の罪数
甲に成立する傷害罪、強盗罪及び暴行罪の共同正犯は、別個の機会における別個の法益に対する罪であり、併合罪(45条前段)となる。
以上