司法試験 令和5年 刑法
問題文
(配点:100)
以下の【事例1】から【事例3】までを読んで、後記〔設問1〕から〔設問3〕までについて、答えなさい。
【事例1】1 甲は、乙及び丙と共に、後記計画に基づき、常習的に高齢者から現金をだまし取っていた。
その計画は、
・ 甲が資産家の名簿を見て、現金をだまし取る対象者を選定する。
・ 甲が警察官に成りすまして相手方に電話をかけ、「X警察署の○○です。この度、この地域を担当することになりました。今後、当署からの連絡はこの番号からかけますので、御登録をお願いします。」などとうそを言って、名前と電話番号を告げる(以下、この内容の電話を「1回目の電話」という。)。
・ その翌日、甲が相手方に電話をかけ、「昨日電話した○○です。あなたの預金口座が、不正に利用されている疑いがあります。捜査のために必要なので、お持ちの預金口座に100万円を超える残高があるようでしたら、速やかに全額を引き出して自宅に持ち帰った後、こちらに電話をください。」などとうそを言う(以下、この内容の電話を「2回目の電話」という。)。
・ 相手方に預金口座から現金を引き出させて、自宅にその現金を持ち帰らせる。
・ その後、相手方からかかってきた電話で、甲が、相手方の現金引出しを確認した上、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言う。
・ その約1時間後、乙及び丙が警察官を装って相手方の家を訪ねる。
・ 乙及び丙が、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言い、その交付を受けて現金をだまし取る。
というものであった。
2 甲らは、上記計画に従い、以下の行為に及んだ。
① 甲は、某月1日、名簿から現金をだまし取る対象者として高齢の男性Aを選んだ。
② 甲は、同日午前10時、Aに1回目の電話をかけた。
③ 甲は、同月2日午前10時、Aに2回目の電話をかけた。
④ 甲のうそを信用したAは、預金口座から200万円を引き出して自宅に持ち帰った。
⑤ 甲は、同日正午、Aからかかってきた電話に出て、Aが200万円を引き出したことを確認した上、Aに対し、「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言った。
⑥ 乙及び丙は、甲の指示に基づき、同日午後1時、警察官を装ってA宅を訪ねた。
しかし、乙らの姿を見て不審に思ったAが玄関ドアを開けなかったため、乙及び丙は、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言うことができないまま、Aから現金をだまし取ることを断念した。
〔設問1〕 【事例1】におけるAに対する甲の罪責に関し、以下の⑴及び⑵について、答えなさい。なお、⑴及び⑵のいずれについても、自らの見解を問うものではない。
⑴ 甲に詐欺未遂罪の成立を認める立場から、その結論を導くために、どのような説明が考えられるか。詐欺罪が「人を欺いて財物を交付させ」るという手段・態様を限定した犯罪であるのに、その実行の着手に「現金の交付を求める文言を述べること」を要しないと考える理由に触れつつ論じなさい。
⑵ ⑴の説明に基づくと、上記①~⑥のうちどの時点で実行の着手を認めることになるのか。具体的事実に即して、それより前の時点との実質的相違を明らかにしつつ論じなさい。
【事例2】(【事例1】の1の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)
3 甲は、上記計画に従い、某月5日午前10時、名簿から現金をだまし取る対象者として高齢で一人暮らしの男性Bを選んだ上、Bに1回目の電話をかけ、さらに、同月6日午前10時、2回目の電話をかけた。Bは、甲のうそを信用し、同日午前10時30分、預金口座から300万円を引き出して自宅に持ち帰った。甲は、同日正午、Bからかかってきた電話で、Bが300万円を引き出して自宅に持ち帰った旨を聞いたことから、「これから警察官がそちらに向かいます。」
とうそを言い、Bは「分かりました。待っています。」と答えた。甲は、乙及び丙に対し、高齢で一人暮らしの男性Bがうそを信用し、300万円を自宅に用意している旨を告げ、計画どおり、捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言って、300万円をだまし取ってくるように指示し、乙及び丙はこれを了承した。
4 乙は、甲の上記指示を受け、丙と共にB宅に向かうことにしたが、その道中で、Bを縛り上げてしまえば、より確実に現金を手に入れることができると考え、丙に対し、「ジジイをだますより、縛った方が確実に金を奪える。縛って、金を奪ってしまおうぜ。奪った300万円を3人で分ければ問題ないだろう。」などと言い、丙はこれを了承した。そして、乙及び丙は、Bの手足を縛るためのロープと口を塞ぐための粘着テープを準備した上、同日午後1時、B宅へ赴き、インターホンを鳴らして警察官であることを告げ、Bに玄関ドアを開けさせた。乙及び丙は、直ちにB宅内に押し入り、Bの手足をそれぞれロープで縛り、口を粘着テープで塞ぎ、Bを床の上に倒した。そして、リビングルームに移動した乙及び丙は、Bが預金口座から引き出してテーブル上に置いていた上記300万円を見付け、同日午後1時10分、同300万円を持ってB宅を出た。その後、乙及び丙は、甲に対し、いつもどおりのやり方でBから300万円をだまし取ってきたと虚偽の報告をし、それぞれ100万円ずつ山分けした。
5 同日午後3時、Bの娘CがB宅を訪れ、緊縛されたBを発見した。Cから上記ロープ及び粘着テープを取り外してもらったBは、立ち上がろうとしたものの、長時間の緊縛による足のしびれでふらついて倒れそうになった。そのため、Cは、Bを座らせ、そのままでいるように言った。
Bは、それにもかかわらず、その1分後、Cがその場を離れた隙に、奪われた物の有無を確認するために立ち上がろうとした。その際、Bは、まだ上記足のしびれが残っていたために、転倒して床に頭を打ち付け、全治2週間を要する頭部打撲の傷害を負った。
〔設問2〕 【事例2】における甲、乙及び丙の罪責について、論じなさい(住居等侵入罪(刑法第130条)及び特別法違反の点は除く。)。
【事例3】(【事例2】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)
6 Y警察署の警察官Dは、【事例2】に係る事件につき、乙に対する逮捕状を取得し、乙の逮捕に向かったところ、乙が細い路地を丁と共に歩いているのを発見した。Dは、逮捕のため、乙に接近しようとしたが、それに気付いた乙が走って逃げ出したため、急いで乙を追おうとした。丁は、乙が警察官に逮捕されそうになっていることを察し、乙を逃がそうと考え、怒号しながら両手を広げて立ちはだかり、道を塞いだ。そのため、Dは、直ちに乙を追い掛けることができず、乙を逮捕することができなかった。
7 その後、Dは、Y警察署の警察官5名に乙を追跡して逮捕するよう応援を要請した。丁は、警察官による乙の逮捕を妨害しようと考え、Y警察署に電話をかけ、「Y署近くの路上で、通り魔に刺されました。すぐに来てください。」などとうそを言った。そのため、上記警察官5名は、更なる通り魔事件発生への警戒等を行わざるを得なくなった結果、乙を追跡できず、乙を逮捕することができなかった。
〔設問3〕 【事例3】における前記6の事実につき、丁に業務妨害罪の成立を否定しつつ(丁による怒号などは、公務執行妨害罪における暴行・脅迫には当たらないが、業務妨害罪における威力には当たることを前提とする。)、前記7の事実につき、丁に上記警察官5名に対する業務妨害罪の成立を肯定する立場からは、その結論を導くために、どのような説明が考えられるか、論じなさい。なお、自らの見解を問うものではない。
論文式試験問題集[刑事系科目第2問][刑事系科目]
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
1 設問1について 本設問は、構成要件上、「人を欺いて財物を交付させ」るとして手段・態様が限定される詐欺罪について、現金の交付を求める文言が述べられるより前に、実行の着手を認めて詐欺未遂罪が成立するとする場合の論拠(設問1⑴)及び当該論拠に基づき具体的事実関係に即して実行の着手が認められる時点を明らかにすること(設問1⑵)を求めるものであり、現金を詐取する計画の下、段階を踏みながら複数のうそを重ねて行われる詐欺の犯行について、詐欺未遂罪の成立を認める立場から、実行の着手を認める論拠を明示した上で、具体的事実に即して実行の着手時期を明らかにさせることによって、未遂犯の解釈に関する基本的な知識と理解を問うとともに、規範との関係で事実を適切に評価して規範を適用し、妥当な結論 を導く思考力を問うものである。
詐欺罪の実行行為としての欺罔行為は、財物交付に向けられたものである必要があるところ、詐欺において財物の交付を求める行為こそが、人に財物を交付しなければならないという中核部分に錯誤を生じさせる行為であると解し、それに至らない段階では財物交付に向けられた行為とは認められないと解した場合、甲らは、Aに対し、「現金の交付を求める文言」
(すなわち、「捜査のために必要なので現金を預けてほしい」旨のうそ)を述べる前の段階にあるため、未だ実行行為を行っていないことになる。その上で、詐欺罪は、構成要件上、欺罔行為を手段として限定している犯罪であるから、「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった」(刑法第43条)として未遂犯処罰を認めるためには、実行行為である欺罔行為に着手する必要があると解し、未遂犯処罰に構成要件的制約を認める立場に立つ場合、甲に詐 欺未遂罪を認めることはできない。
そこで、「現金の交付を求める文言を述べる」行為が実行行為としての欺罔行為であるとしても、その前の段階で詐欺未遂罪の成立を認める立場からの説明として、a.構成要件上、手段・態様を限定した詐欺罪においても、構成要件による制約を認める必要はないとし、実行行為の開始前に未遂罪の成立が認められるとする論拠を論じることが考えられる。その際には、どのような場合に未遂罪の成立を認めるべきかについて、未遂罪の処罰が認められる根拠から、結果発生の客観的危険性や実行行為との密接関連性、犯行計画を基礎とした行為経過の自動性、時間的場所的近接性等の考慮要素を挙げるなどして具体的な規範を定立しつつ論じることが求められよう。この点、構成要件上、手段・態様を限定した犯罪ではないが、殺人罪に関し、最決平成16年3月22日刑集58巻3号187頁が「実行犯3名の殺害計画は、…というものであって、第1行為は第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったといえること、第1行為に成功した場合、それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったと認められることや、第1行為と第2行為との間の時間的場所的近接性などに照らすと、第1行為は第2行為に密接な行為であり、実行犯3名が第1行為を開始した時点で既に殺人に至る客観的な危険性が明らかに認められるから、その時点において殺人罪の実行の着手があったものと解するのが相当である。」と判示 しているのが参考となろう。
一方、b.実行行為としての欺罔行為に財物交付要求行為までは必要ないが、詐欺未遂罪の成立には欺罔行為の一部を開始している必要があると解する場合には、詐欺罪の実行行為としての欺罔行為の意義を明らかにする必要がある。被害者から現金を詐取する計画の下、被害者が現金を交付する判断の前提となる事項につながる重要なうそや、現金交付を求める行為に直接つながるうそを積み重ね、段階を踏みながら進められる詐欺事犯の特徴を押さえた上で、被害者に財物を交付させる危険性の高まりを考慮し、実行行為としての欺罔行為を認めることが考えられる。この立場に立つ場合、甲らの行為が実行行為としての欺罔行為を一部開始しているとして詐欺未遂罪の成立を説明することになろう。また、欺罔行為に財物交付要求行為は必要ないとの立場に立った上で、甲らの行為は実行行為としての欺罔行為に当たらないとした場合でもなお、詐欺未遂罪の成立には欺罔行為の一部を開始している必要はないと解する場合には、上記a.の立場から詐欺未遂罪の成立を論じる余地はあろう。いずれの立場に立つ場合であっても、欺罔行為の意義、詐欺未遂罪の成立を認める論拠及び構 成要件的制約の要否の相関関係に留意する必要がある。
なお、判例は、詐欺未遂罪の成立に現金の交付を求める文言を述べることまでは必要としておらず、最判平成30年3月22日刑集72巻1号82頁が【事例1】と類似の事案において、「本件嘘の内容は、その犯行計画上、被害者が現金を交付するか否かを判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであったと認められる。そして、このように段階を踏んで嘘を重ねながら現金を交付させるための犯行計画の下において述べられた本件嘘には、預金口座から現金を下ろして被害者宅に移動させることを求める趣旨の文言や、間もなく警察官が被害者宅を訪問することを予告する文言といった、被害者に現金の交付を求める行為に直接つながる嘘が含まれており、…被害者に対し、本件嘘を真実であると誤信させることは、被害者において、間もなく被害者宅を訪問しようとしていた被告人の求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるものといえる。このような事実関係の下においては、本件嘘を一連のものとして被害者に対して述べた段階において、被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても、詐欺罪の実行の着手があったと認められる。」と判示していることも参考となろう(実行行為としての欺罔行為には財物交付を求める行為が必要であるとしつつ、上記a.の立場に立ち、詐欺未遂罪の成立を認める山口厚裁判官の補足意見が付いている。)。 設問1⑵は、設問1⑵において定立した規範を【事例1】に当てはめ、具体的事実に即して甲に実行の着手を認める時点を明らかにすることを求めるものである。上記a.の立場に立つ場合は、設問1⑴において定立した詐欺未遂罪成立のための規範を【事例1】の事実に当てはめ、①から⑥のどの時点で詐欺未遂罪成立とするのかを論じることになる。上記b.の立場に立つ場合には、先に明らかにした欺罔行為の意義から、【事例1】の①から⑥のど の時点で実行行為を開始したと評価して実行の着手を認めるのかを論じる必要がある。
規範の当てはめにおいては、先に定立した規範と整合する当てはめを行っていることはもとより、具体的事実の持つ意味を規範との関係で評価することが求められる。また、本設問では実行の着手を認める時点とそれより前の時点との実質的相違を明らかにしつつ論じることが求められているから、実行の着手を認める理由とそれより前の時点では実行の着手あり と認められない理由を、定立した規範との関係で説得的に論じる必要がある。
【事例1】において、甲は、乙及び丙との詐欺の犯行計画の下、①時点で対象者となるAを選び出したが、Aに対する直接の働き掛けはない。現金交付を求める前日の②時点で、甲は、Aに警察官であることなどを伝え、今後の虚言をAに信じさせるための前提となるうそを言っているが、現金交付につながるような虚言は何ら含まれていない。現金交付を求める当日午前10時の③時点で、甲は、Aの預金口座が不正に利用されている疑いがあり、捜査のために必要であるとして同口座から現金を引き出してA方に持ち帰らせるように仕向けるうそを言っており、捜査のために必要であると信じさせることは、Aが現金を乙らに引き渡す際の判断の前提につながるものである上、A方に現金を用意させることは、現金の交付を求める行為に直接つながるものであるから、③時点のうそが現金交付要求行為につながる重要なものであって、Aが甲らに現金を交付する危険を高めるものとも言えよう。ただし、この段階でAの預金が引き出されるか否かは未だ不確定な要素があるとも言える。④時点でAが現金を引き出してA方に持ち帰っているため、甲らの求めに応じて現金を交付する危険性が現実味を帯びてきたとも言えるが、④時点で甲らが何らかの行為を行ったものではない。
同日正午の⑤時点で、甲がAに警察官がA方に向かう旨告げ、この後、警察官を装った乙らがAに現金の交付を求めることになっていたから、この時点のうそは、現金の交付要求行為に密接しているとも言えよう。また、来訪者が警察官であると信じさせることも、Aが乙らに現金を交付する危険性を高めるものとも言える。その1時間後の⑥時点で、警察官を装った乙らがA方を訪ねており、Aが玄関ドアを開けさえすれば、正に現金交付要求文言が告げられようとする段階と言える。こうした各事実の持つ意味を評価しながら、定立した規範を 具体的事実に当てはめ、事実に即して実行の着手時期を論じる必要がある。
2 設問2について 本設問は、甲が乙及び丙との詐欺の計画に従い、Bをだまして300万円を預金口座から引き出させてB方に持ち帰らせ、乙らに対し、計画どおりBから現金をだまし取ってくるように指示し、乙らがこれを了承したが、乙らがB方に向かう道中、Bを縛って現金を奪うことを話し合い、ロープ等を用意してB方に赴き、インターホンを鳴らして玄関ドアを開けさせた後、B方に押し入り、Bの手足を縛るなどしてBを床上に倒した後、上記300万円をB方から持ち出し、その後、B方に残されたBが緊縛を解いた後、立ち上がろうとして足のしびれから転倒して頭部打撲の傷害を負った事例を題材に、甲らの罪責の検討を求めることによって、刑事実体法の基本的な概念に関する正確な理解及び事実関係の的確な分析能力を 問うものである。
甲については、共犯者乙及び丙が当初の詐欺の共謀に引き続き、詐欺と異なる態様による犯行を行って、当初の目的どおりの財物を奪取し、甲がこの分配を受けていることから、共犯者の行為について、当初の共謀に基づくものとして罪責を負うか否かの検討が求められる。
従前、乙及び丙が甲との間で詐欺を繰り返していたことから、乙らが現金の強奪行為に出ることを甲が全く予見できなかった点などを理由に、乙及び丙の行為は甲との共謀に基づいて行われたものではないとみる余地もあろうが、甲及び乙らとの間の意思連絡の内容、動機の同一性・連続性、侵害法益の同一性、甲がBに300万円を用意させるなどした行為の影響、関与の程度等の事情を考慮し、甲が乙及び丙が行った行為についても共謀に基づくものとして罪責を負うと解することが考えられる。このように解した場合には、甲には詐欺罪の故意しかないことから、異なる構成要件にまたがって実現された犯罪について故意既遂犯を認め ることができるのか(刑法第38条第2項)についても論じる必要があろう。
また、甲の罪責を検討する前提として、乙及び丙の罪責を検討する必要があり、乙及び丙がBを緊縛するなどして300万円を奪った行為が強盗罪の構成要件に該当することは明らかであるが、強盗の犯行後、Bが転倒して負った傷害結果を乙及び丙に帰責できるか否かの 検討が求められる。
Bの傷害結果は、乙らによる緊縛行為を原因とする足のしびれからくる転倒によって生じているところ、強盗の手段たる暴行から傷害結果が生じたと認められる場合、強盗の機会性を検討するまでもなく、強盗致傷罪が成立する。他方で、Bの転倒には、BがCからそのまま座っているように言われたにもかかわらず、自ら立ち上がったという事情が介在しているため、Bの行為が寄与して発生した傷害結果を乙及び丙の行為に帰責できるか否かについて、緊縛行為と傷害結果との間の因果関係の有無を検討する必要があろう。この場合、傷害の原因となる行為が強盗の手段である暴行であることの意味を的確に把握した上で問題の所在を 示し、因果関係の有無を論述することが求められる。
3 設問3について 本設問は、いずれも警察官の公務に対する丁による妨害行為でありながら、一方については業務妨害罪の成立を否定しつつ、一方については業務妨害罪の成立を肯定するという結論を導くために、どのような説明があり得るかを検討させることによって、業務妨害罪に関する解釈論の知識と理解を問うとともに、具体的な事実関係を分析し、法規範を適用する能力 及び論理的思考力を問うものである。
まず、結論を導くための前提として、丁によって妨害の対象となった公務を特定して把握することが求められる。その上で、本設問の結論を導くためには、一定の公務についてのみ業務妨害罪の成立を認める必要があることから、強制力を行使する権力的公務は、妨害に対する自力排除力を有するため業務妨害罪の「業務」に含まれず、非権力的公務は「業務」と して同罪により保護されると解する見解に立つことが考えられる。
そうすると、設問3の6の事実において、丁の「威力」(刑法第234条)によって妨害の対象とされた公務が警察官Dの乙を逮捕しようとする強制力を行使する権力的公務であるのに対し、設問3の7の事実において、丁による虚偽通報という「偽計」(刑法第233条)
の手段によって妨害の対象とされた警察官5名の公務は、乙を追跡し、逮捕しようとする虚偽通報がなければ遂行されていたはずの公務であることなどから、未だ強制力を行使する段階にないと説明することによって警察官5名の公務が業務妨害罪によって保護されるとの結 論を導くことができよう。
また、偽計による妨害については、これらの妨害に対する自力排除力がないことを理由に、すべての公務が業務妨害罪の「業務」に含まれるとする見解に立つことによっても、本設問 の結論を導くことができよう。
いずれの見解から説明する場合であっても、妨害の対象となる公務を的確に把握した上で、一定の公務のみが業務妨害罪によって保護されるとの結論を導く理由を説得的に論述するこ とが求められる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 ⑴ 詐欺未遂罪の成立を認める立場からの説明
(1)詐欺罪(刑法246条1項)の実行行為である欺罔行為は、財物交付に向けられたものであることを要する。そして、詐欺において相手方に財物を交付しなければならないという判断の中核に錯誤を生じさせるのは、まさに財物の交付を求める行為であるから、「捜査のために必要なので現金を預けてほしい」旨のうそを述べるまでは、実行行為としての欺罔行為は完成しないとみる余地がある。
そして、詐欺罪は「人を欺いて財物を交付させ」るとして手段・態様を限定した犯罪であるから、「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった」(43条本文)というためには実行行為である欺罔行為自体を開始する必要があり、未遂犯処罰にも構成要件的制約が及ぶと解すると、【事例1】の甲に詐欺未遂罪は成立しないことになる。
(2)しかし、未遂犯の処罰根拠は、構成要件的結果発生の現実的危険性を惹起した点にある。そして、構成要件は既遂犯の処罰範囲を画するために手段・態様を限定しているのであって、未遂犯の成立範囲まで実行行為そのものの開始に限定する趣旨のものではない。むしろ、一連の行為として計画された犯行において、最終の実行行為に密接する行為が開始され、その時点で既に結果発生の客観的危険性が明らかに認められるのであれば、未遂犯として処罰するに値する法益侵害の危険が生じている。このことは手段・態様を限定した犯罪についても異なるところはない。
したがって、構成要件上手段・態様が限定された詐欺罪においても、実行行為である財物交付要求行為の開始前であっても、未遂犯の成立を認めることができると解する。
(3)そこで、実行の着手は、犯罪の実現に至る客観的な危険性が、行為者の犯行計画を含む具体的事情のもとで認められる場合に肯定されると解する。すなわち、当該行為が最終の実行行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠であり、それに成功した場合に以後の計画遂行の障害となる特段の事情がなく、最終の実行行為との時間的場所的近接性が認められるときは、当該行為は実行行為に密接な行為であって、その開始時点で結果発生の客観的危険性が認められる(最決平成16年3月22日参照)。
これを段階的にうそを重ねる詐欺に即していえば、①当該うその内容が、犯行計画上、被害者が現金を交付するか否かを判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであること、②現金交付を求める行為に直接つながるうそが含まれていること、③被害者において現金を交付してしまう危険性を著しく高めるものであることを考慮し、一連のうそを述べた段階で実行の着手を認めることができる(最判平成30年3月22日参照)。
2 ⑵ 実行の着手を認める時点
(1)本件では、⑤の時点、すなわち甲が同月2日正午、Aが200万円を引き出したことを確認した上で「これから警察官がそちらに向かいます。」とうそを言った時点で実行の着手を認めるべきである。
(2)まず①の時点は、甲が名簿からAを対象者として選定したにとどまり、Aに対する直接の働きかけが何ら存在しないから、実行の着手を認める余地はない。
②の時点のうそは、警察官を装い名前と電話番号を登録させるというものであって、以後の虚言をAに信じさせるための前提にすぎず、現金の交付につながる内容を何ら含んでいない。したがって現金交付の危険を高めるものではない。
③の時点のうそは、Aの預金口座が不正に利用されている疑いがあり捜査のために必要であるとして、100万円を超える残高があれば全額を引き出して自宅に持ち帰るよう仕向けるものである。捜査のために必要であると信じさせることは、Aが後に現金を交付するか否かを判断する前提となる重要な事項であり、また自宅に現金を用意させることは現金の交付を求める行為に直接つながるから、この段階で危険が相当高まったとはいえる。しかし、この時点ではAが現に預金を引き出すか否かは不確定であり、現金が自宅に用意されない限り交付の危険が現実のものとなるとはいえないから、なお実行行為に密接な行為とまではいえない。
④の時点でAは実際に200万円を引き出して自宅に持ち帰っており、交付の危険は現実味を帯びる。しかし、これはAの行為であって、甲らは何らの働きかけも行っていないから、この時点を実行の着手時期とすることはできない。
(3)これに対し⑤の時点では、甲はAが200万円を自宅に持ち帰ったことを確認した上で、間もなく警察官がA宅を訪問することを予告している。この予告は、犯行計画上、乙及び丙が警察官として現れることを前提とするものであり、来訪者が警察官であると信じさせることはAが現金を交付するか否かの判断の前提となる重要な事項である。そして、現金が既にA宅に用意されている状況の下で警察官の訪問を予告する行為は、約1時間後に予定された現金交付要求行為に直接つながるものであり、Aが乙らの求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高める。
また、⑤の行為に成功すればAは乙らの来訪を待ち受けるのみであり、それ以降の計画遂行の障害となる特段の事情はなく、現に乙らは約1時間後にA宅を訪ねている。すなわち⑤の行為は、現金交付要求行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠であり、時間的場所的にもこれに近接している。
したがって⑤の時点のうそは、②③のうそと一連のものとして、現金交付要求行為に密接な行為であり、その時点で詐欺の結果発生の客観的危険性が明らかに認められる。よって⑤の時点で実行の着手が認められ、甲には詐欺未遂罪(250条、246条1項)が成立する。
第2 設問2
1 乙及び丙の罪責
(1)強盗罪(236条1項)の成否
乙及び丙は、B宅に押し入り、Bの手足をそれぞれロープで縛り、口を粘着テープで塞いでBを床の上に倒している。高齢で一人暮らしの男性であるBに対し、二人がかりで手足を緊縛し口を塞ぐ行為は、社会通念上一般にBの反抗を抑圧するに足りる程度の暴行である。そして乙らは、これによりBの反抗を抑圧した状態で、Bがテーブル上に置いていた300万円を持ち去っており、「他人の財物」を「強取」したといえる。乙らは以上を認識・認容し、現金を山分けして自己のものとする意思であったから故意及び不法領得の意思も認められる。よって強盗罪の構成要件に該当する。
(2)強盗致傷罪(240条前段)の成否
Bは、約2時間にわたる緊縛による足のしびれのためにふらつき、娘Cから座ったままでいるよう言われたにもかかわらず自ら立ち上がろうとして転倒し、全治2週間を要する頭部打撲の傷害を負った。
240条前段の傷害は、強盗の手段たる暴行から生じたものであれば足り、強盗の機会性を論ずるまでもなく同罪が成立する。本件の傷害は緊縛という強盗の手段たる暴行に起因するものである。もっとも、B自身が指示に反して立ち上がったという事情が介在しているから、暴行と傷害との間の因果関係が問題となる。
因果関係は、行為の危険が結果へと現実化したか否かにより判断すべきである。長時間の緊縛は被害者の下肢の血流を阻害して歩行を困難にするものであり、緊縛を解かれた被害者が転倒して傷害を負う危険を内在している。そして、被害者が奪われた物の有無を確認するために立ち上がろうとするのは強盗被害に遭った者として自然かつ当然の行動であって、介在事情として異常なものではなく、またBは緊縛を解かれてわずか1分後、足のしびれが残る状態で立ち上がろうとしたのであるから、緊縛行為の危険が直接に現実化したといえる。したがって因果関係が認められる。
よって乙及び丙には強盗致傷罪が成立する。なお、Bを緊縛した行為は強盗の手段たる暴行として同罪に吸収され、別に逮捕監禁罪は成立しない。
(3)共同正犯(60条)
乙は道中で丙に対し「縛って、金を奪ってしまおうぜ。」と提案し、丙はこれを了承して、ロープ及び粘着テープを準備し、共同してBを緊縛し現金を持ち去っている。したがって乙及び丙には強盗致傷罪の共同正犯が成立する。
2 甲の罪責
(1)共謀の射程
甲は、乙及び丙に対し、計画どおり捜査のために必要なので現金を預けてほしい旨のうそを言って300万円をだまし取るよう指示しており、詐欺についての共謀しかしていない。そこで、乙らが実現した強盗致傷が当初の共謀に基づくものといえるかが問題となる。
共犯者の行為が共謀に基づくものといえるかは、共謀の内容、動機の同一性・連続性、侵害法益の同一性、共謀者の行為が実行行為に与えた影響、関与の程度等を総合して判断すべきである。
本件で、乙らの犯行は、甲の指示に従いBから300万円を取得するという当初の共謀と動機及び目的を同一にし、侵害された法益もBの財産という同一のものである。しかも甲は、Bに2回の電話をかけてうそを信じさせ、300万円を預金口座から引き出して自宅に用意させ、警察官の訪問を予告し、乙らに対しBが高齢で一人暮らしであり300万円を用意していることを告げて現場に差し向けている。乙らがインターホンで警察官であることを告げてBに玄関ドアを開けさせることができたのも甲の前記行為の結果である。したがって甲の寄与は乙らの実行行為に決定的な影響を与えており、手段が欺罔から暴行に変わったにとどまる本件は、当初の共謀の射程内にあると解すべきである。
(2)故意(38条2項)
もっとも、甲には詐欺の故意しかなく、強盗致傷罪という重い罪に当たる事実の認識を欠くから、38条2項により強盗致傷罪の刑によって処断することはできない。
そして、詐欺罪と強盗罪は、いずれも他人の財物を自己の支配下に移す点で構成要件的に重なり合い、その重なり合いは詐欺罪の限度で認められる。したがって、甲には軽い詐欺罪の限度で故意既遂犯が成立する。乙らがBから300万円を取得している以上、結果も発生しているから、甲には詐欺罪(246条1項)の共同正犯が成立する。Bの傷害結果は甲の故意の及ばない部分であり、甲はこれについて責任を負わない。
第3 設問3
1 前提として、丁によって妨害された公務を特定する必要がある。6の事実において妨害された公務は、警察官Dが逮捕状に基づき乙を現に逮捕しようとする行為であり、7の事実において妨害された公務は、Dの応援要請を受けた警察官5名が乙を追跡して逮捕するという職務の遂行である。
2 公務のうち、強制力を行使する権力的公務は、妨害行為を自ら排除する力(自力排除力)を備えており、業務妨害罪によって保護する必要がない。そこで、強制力を行使する権力的公務は業務妨害罪の「業務」に含まれず、非権力的公務のみが「業務」として同罪により保護されると解する。
3 6の事実について
Dが行おうとしていたのは、逮捕状を得て乙の身体を現に拘束しようとする行為であり、まさに強制力を行使する権力的公務である。したがってこれは業務妨害罪の「業務」に当たらない。丁の怒号しながら両手を広げて立ちはだかる行為が「威力」(234条)に当たるとしても、客体たる「業務」を欠くから威力業務妨害罪は成立しない。また、同行為が公務執行妨害罪(95条1項)の暴行・脅迫に当たらないことを前提とすれば、同罪も成立しない。よって業務妨害罪の成立は否定される。
4 7の事実について
これに対し、7の事実において妨害された警察官5名の公務は、Dの応援要請を受けて乙を追跡し逮捕しようとする職務であるが、丁の虚偽通報の時点では、同警察官らはいまだ乙に接触しておらず、現実に身体の拘束という強制力を行使する段階には至っていない。すなわち、丁の虚偽通報がなければ遂行されていたはずの、追跡の準備及び開始という段階の公務であって、妨害に対する自力排除力を備えた権力的公務とはいえない。したがってこれは業務妨害罪の「業務」に当たる。
そして丁は、警察官による乙の逮捕を妨害しようと考え、Y警察署に電話をかけ「Y署近くの路上で、通り魔に刺されました。すぐに来てください。」とうそを言っている。これは人を錯誤に陥れて業務を妨害する「偽計」(233条)に当たる。その結果、警察官5名は更なる通り魔事件発生への警戒等を行わざるを得なくなり、乙を追跡できず逮捕できなかったのであるから、業務妨害の結果も生じている。
なお、偽計による妨害については、強制力を行使する権力的公務であっても自力排除力が及ばないから、およそ全ての公務が業務妨害罪の「業務」に含まれると解する立場からも、同様に同罪の成立を認めることができる。
したがって、丁には警察官5名に対する偽計業務妨害罪が成立する。
以上