司法試験 令和4年 刑法
問題文
[刑事系科目]〔第1問〕(配点:100)
以下の【事例1】及び【事例2】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕について、答えなさい。
【事例1】1 Aは、某月1日、立ち寄ったホームセンターの駐車場において、エンジンキーが付いたままの状態で駐車されていたB所有の普通自動二輪車(以下「本件バイク」という。)を発見し、これを自由に乗り回したいと考え、Bに無断で本件バイクを発進させて走り去った。
2 Aは、本件バイクに偽造ナンバープレートを装着しようと思い、これを手に入れるまでの間、本件バイクを人目に付かない場所に隠しておこうと考えた。
そこで、Aは、友人甲の自宅にシャッター付きのガレージがあることを思い出し、当分の間、甲に頼んで同ガレージに本件バイクを保管させようと考えた。Aは、同日、本件バイクを運転して甲宅に行き、甲に「これは俺のバイクなんだが、今まで使っていた駐車場が使えなくなってしまったので、しばらく預かってくれないか。」と頼んだところ、甲はこれを承諾し、本件バイクを上記ガレージに入れた。
3 甲は、本件バイクの保管を続けていたが、同月5日夜、Aと電話で話をした際、ささいなことから激しい口論となった。甲は、Aと仲違いしたまま電話を切ったが、怒りが収まらなかったことから、Aを困らせるため、Aに無断で本件バイクを別の場所に移動させて隠そうと考えた。
甲は、自宅から約5キロメートル離れた場所にある甲の実家の物置内に本件バイクを移動させればAに見付からないだろうと考え、同月6日未明、自己が所有する軽トラックの荷台に本件バイクを積み込むと、同トラックを運転して実家まで行き、同物置内に本件バイクを隠して帰宅した。なお、甲は、怒りにまかせて本件バイクを上記物置内に移動させて隠したが、本件バイクをその後どうするかは考えていなかった。
〔設問1〕 【事例1】の甲に横領罪(刑法第252条第1項)の成立を認める立場から後記⑴及び⑵の各主張がなされたとする。各主張の当否について、それぞれ簡潔に論じなさい。
⑴ 甲は、Aに頼まれて本件バイクを保管している以上、これを「横領」(同項)すれば横領罪が成立する。
⑵ 甲が実家の物置内に本件バイクを移動させて隠した行為は、「横領した」(同項)に当たる。
【事例2】(【事例1】の事実に続けて、以下の事実があったものとする。)
4 Aは、偽造ナンバープレートを手に入れたことから、本件バイクを回収しようと考え、同月10日午後8時頃、甲に電話を掛け、「今日これからバイクを取りに行く。」と言った。これに対し、甲は、笑いながら、「あのバイクはここにはないよ。ざまあみろ。俺を怒らせたお前が悪いんだぞ。」と言った。Aは、甲の発言を聞いて激怒し、甲に殴る蹴るなどの制裁を加えようと考え、強い口調で甲に、「いい度胸をしているじゃないか。8時半にC公園に来い。覚悟しておけよ。」と言った。これに対し、甲も、「おう、行ってやるよ。」と怒鳴って電話を切った。
甲は、高校時代にAと同じ不良グループに所属しており、Aが短気で粗暴な性格で、過去にも怒りにまかせて他人に暴力を振るったことが数回あったことを知っていたため、Aの前に姿を現せば、Aから殴る蹴るなどの暴力を振るわれる可能性が極めて高いだろうと思ったが、甲も頭に血が上っていたことから、自宅にあった包丁(刃体の長さ15センチメートル。以下「本件包丁」
という。)をズボンのベルトに差して準備した上で、C公園に出向き、Aを待ち構えていた。
Aは、同日午後8時30分頃、C公園に到着し、甲の姿を見るなり、「お前、ふざけんなよ。
ボコボコにしてやるからな。」と怒鳴り声を上げた。これに対し、甲は、「できるものならやってみろ。この野郎。」と大声で言い返した。
5 Aは、甲の態度に逆上し、甲に至近距離まで接近すると、右手の拳を突き出して甲の顔面を殴打しようとした。甲は、Aの拳をかわしながら、本件包丁をベルトから抜いて、Aに向けて突き出した。Aは、これをかわし、ひるむことなく更に甲の顔面を殴打しようと拳を振り上げた。
6 ちょうどその頃、甲の勤務先の後輩乙は、偶然にC公園に来て、前記5のとおり、Aが甲を殴打しようとしているのを目撃し、とっさに甲を助けようと考えた。
乙は、護身用に携帯していたサバイバルナイフ(刃体の長さ18センチメートル。以下「本件ナイフ」という。)を取り出して、直ちにAの背後に回り、同日午後8時31分頃、何の警告もせずにAの右上腕部を狙って本件ナイフを同部に強く突き刺し、Aに加療約3週間を要する右上腕部刺創の傷害を負わせた。
このとき、乙は、前記1から4までの各事実を知らず、また、甲が本件包丁を持っていることも認識しておらず、Aが甲に対して一方的に攻撃を加えようとしていると思い込んでいた。
7 Aは、すぐに後方を振り向き、乙に刺されたことを認識した。Aは、「誰だ、お前。何をしやがる。」と怒鳴りながら、乙を蹴り付け、ひるんだ乙は本件ナイフをその場に落とした。乙は、Aから更に殴る蹴るなどの暴力を振るわれてしまうと思って怖くなり、走って逃げ出した。これを見たAは、乙を捕まえて痛め付けようと考え、「待て。この野郎。」と叫びながら、走って乙を追い掛けた。
乙は、逃げながらAが背後から追跡してきているのを見て、このままではすぐに追い付かれて暴力を振るわれてしまうと思っていたところ、進路前方の道路脇に、飲食物の宅配業務に従事していたDがエンジンを掛けたままで一時的に停めていたD所有の原動機付自転車(以下「本件原付」という。)を見付けた。このとき、Dは、配達のために付近のマンション内に立ち入っていたことからその場にいなかった。
Aは乙よりも足が速く、乙がAの追跡を振り切るためには、本件原付を運転して逃げることが唯一採り得る手段であったところ、乙は、本件原付を使ってAの追跡を振り切り、安全な場所まで移動したら本件原付をその場に放置して立ち去ろうと考えた。乙は、同日午後8時33分頃、Dに無断で本件原付を発進させ、Aの追跡を振り切った。
8 甲、乙及びAは、いずれも20歳代の男性であり、各人の体格に大差はなかった。
〔設問2〕 【事例2】における乙の罪責について、論じなさい(特別法違反の点は除く。)。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は、設問1で、Aが盗んだB所有のバイク(以下「本件バイク」という。 )の保管をAから依頼された甲が、甲宅のシャッター付きのガレージに保管していた本件バイクを、Aを困らせるため、甲宅から約5キロメートル離れた場所にある甲の実家の物置内に移動させて隠した行為について、甲に横領罪(刑法第252条第1項)の成立を認める立場から、⑴甲は、Aに頼まれて本件バイクを保管している以上、これを「横領」 (同項)すれば横領罪が成立する、⑵甲が実家の物置内に本件バイクを移動させて隠した行為は、 「横領した」 (同項)に当たるという各主張がなされた場合のそれぞれの当否を検討させ、設問2で、Aと口論になり公園に呼び出された甲が、Aの前に姿を現せば、Aから殴る蹴るなどの暴力を振るわれる可能性が極めて高いだろうと考え、包丁を準備して同公園に出向いたところ、同公園に現れたAから拳で殴られそうになったため、自らも包丁をAに向けて突き出すなどしたが、その様子を目撃した乙が、Aが甲に対して一方的に攻撃を加えようとしていると思い込み、甲を助けようと考えて、Aの背後から、持っていたサバイバルナイフ(以下「本件ナイフ」という。 )
をAの右上腕部に突き刺し、Aに加療約3週間を要する右上腕部刺創の傷害を負わせた行為について傷害罪の成否を検討させ、さらに、その後、乙が、Aから蹴り付けられて本件ナイフをその場に落とし、更にAから追い掛けられて逃げ出したところ、進路前方の道路脇に、飲食物の宅配業務に従事していたDが一時的に停めていた原動機付自転車(以下「本件原付」という。 )を見付け、本件原付を使ってAの追跡を振り切り、 安全な場所まで移動したら本件原付をその場に放置して立ち去ろうと考え、Dに無断で本件原付を発進させてAの追跡を振り切った行為について窃盗罪の成否を検討させ、それにより、刑事実体法及びその解釈論の知識と理解を問うとともに、具体的な事実関係を分析し、その事実に法規範を適用する能力並びに論理的な思考力及び論述力を試すものである。
設問1について
⑴ 甲は、Aに頼まれて本件バイクを保管している以上、これを「横領」すれば横領罪が成立するとの主張の当否について横領罪は、自己の占有する他人の物を横領したときに成立するところ、本件バイクは、Bが所有する 「他人の物」 であり、 これを甲が自宅のガレージに保管して事実上支配していたのであるから、甲が「他人の物」を占有していたことは明らかである。
もっとも、横領罪における「占有」は、他人からの委託信任関係を原因とするものであることを要するところ、 本件バイクは、 AがBから盗んだ盗品であり、 甲は、 その情を知らなかったものの、客観的には窃盗犯人であるAから盗品の保管を委託されたものであったことから、設問1⑴の主張は、このような窃盗犯人からの委託に基づく場合でも本罪の「占有」に当たると解することが前提となっている。そこで、設問1⑴においては、窃盗犯人からの盗品の保管の委託を保護することの当否が問題となることを示した上で、その当否及び根拠を論じる必要がある。
設問の主張の正当性を肯定する立場からは、窃盗犯人からの盗品の保管の委託が保護に値する根拠として、a.窃盗罪において窃盗犯人の占有も保護されていることとの均衡上、横領罪においても窃盗犯人との委託信任関係は保護されるとの説明等が考えられる。
他方、設問の主張の正当性を否定する立場からは、窃盗犯人からの盗品の保管の委託が保護に値しないとする根拠として、b.委託の内容は、客観的には盗品の保管の委託であり、盗品等保管罪を構成する行為であるところ、委託の内容が犯罪を構成する場合には、委託関係の要保護性を否定すべきであるとの説明や、c.横領罪の委託関係は所有者又は所有者から権限を与えられた者と行為者との間において必要であるから、正当な権限を与えられていない窃盗犯人からの委託関係を横領罪に必要な委託と認めるべきではないとの説明等が考えられる。
⑵ 甲が実家の物置内に本件バイクを移動させて隠した行為は、 「横領した」に当たるとの主張の当否について甲は、Aを困らせるため、Aに無断で本件バイクを隠匿したものであり、かかる行為は、Aからの委託の趣旨に反する行為とは評価できるものの、バイクの効用に基づいて利用処分したものとは評価できない。設問1⑵の主張は、このような物の効用に基づいた利用処分とはいえない隠匿行為も「横領した」に当たると考える立場に立つことが前提になっている。そこで、設問1⑵においては、 「横領した」というため、物の効用に基づく利用処分をすることを不要とすることの当否が問題となることから、かかる問題の所在を示した上で、その当否及びその根拠等を論じる必要がある。
物の効用に基づく利用処分をすることを不要とする立場からの説明としては、a.横領行為とは、委託の趣旨に反する権限逸脱行為であるとの説明(越権行為説)や、b.横領行為とは、不法領得の意思を発現する行為である(領得行為説)とした上、横領罪における不法領得の意思とは「他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思」であり、目的物をその効用に基づいて利用、処分する意思までは不要であるとの説明等が考えられる。なお、判例は、領得行為説に立ちつつ(最判昭和27年10月17日集刑68号361頁等) 、不法領得の意思の内容につき、b説と同様の説明をしている(最判昭和24年3月8日刑集3巻3号276頁等) 。
他方、物の効用に基づく利用処分をすることを必要とする立場からの説明としては、c.領得行為説に立ちつつ、横領罪における不法領得の意思の内容として、窃盗罪など他の領得罪と同様に、毀棄罪との区別として、客体を何らかの用途に利用、処分する意思が必要であり、客体を専ら隠匿する行為は不法領得の意思を発現する行為とはいえないなどの説明等が考えられる。
設問1は⑴⑵いずれについても、自説の論拠や他説への批判などを踏まえつつ、各主張の当否を論ずることが求められる。
設問2について
⑴ 乙がAを刺突して傷害を負わせた行為について乙は、Aが甲を殴打しようとしていたところを偶然目撃し、Aが甲に対して一方的に攻撃を加えようとしていると思い込み、甲を助けようと考え、Aの背後から、本件ナイフでAの右上腕部を突き刺し、Aに傷害を負わせている。乙の行為は、有形力の行使によりAの生理的機能に障害を与えており、また、乙は少なくとも暴行の故意に基づいて同行為に及んでいることから、傷害罪の構成要件に該当することは明らかである。
もっとも、乙は、甲を助けるため、Aの右上腕部を本件ナイフで突き刺したものであるから正当防衛が成立する余地があるが、被侵害者である甲は、Aからの侵害を予期した上で対抗行為に及んでいる。そこで、乙の正当防衛の成否を検討するに当たっては、正当防衛状況を基礎付ける侵害の急迫性が認められるか否かが問題となるところ、本事例では、被侵害者と防衛者が同一でないことから、いずれを基準に侵害の急迫性を判断すべきかとの問題の所在を示しつつ、根拠とともに自らの立場を示し、それに基づいて侵害の急迫性を検討する必要がある。
刑法第36条は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものであるところ、侵害の回避が十分に可能であるのに積極的な態度で侵害に臨んだ者は、侵害にあえて身をさらすことでそれを受け入れているのでその侵害に対する要保護性を欠き、刑法第36条の趣旨が妥当しないと考えれば、正当防衛を否定すべき事情は専ら被侵害者を基準として判断されることとなる。そして、本事例において、被侵害者甲を基準に侵害の急迫性を検討する場合、甲は、Aからの侵害を予期した上で対抗行為に及んでいることから、最決平成29年4月26日刑集71巻4号275頁が指摘する事情を踏まえつつ、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討することとなろう。すなわち、当該判例は、①行為者と相手方との従前の関係、②予期された侵害の内容、③侵害の予期の程度、④侵害回避の容易性、⑤侵害場所に出向く必要性、⑥侵害場所にとどまる相当性、⑦対抗行為の準備の状況、⑧実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、⑨行為者が侵害に臨んだ状況、⑩その際の意思内容等を考慮し、行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときなど、前記刑法第36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には侵害の急迫性の要件を充たさないとするところ、甲は、高校時代にAと同じ不良グループに所属しており、Aが短気で粗暴な性格であり、過去にも怒りにまかせて他人に暴力を振るったことが数回あったと知っていたこと、Aの前に姿を現せば、Aから殴る蹴るなどの暴力を振るわれる可能性が極めて高いだろうと思っていたこと、わざわざ出向く必要はなかったのにAが指定した公園に出向いてAを待ち構えていたこと、その際に自宅にあった包丁を準備していたこと、Aからの実際の侵害の内容は拳で殴打しようとするというものであり、予期された侵害を超えるものではなかったこと、甲もすかさず包丁を抜いてAに向けて突き出すなどしたことなどの事情に照らせば、本件におけるAの侵害行為は、 被侵害者甲を基準とすれば、 侵害の急迫性の要件を充たさないと解されることとなる。
そして、Aの甲に対する急迫不正の侵害が否定されると考えた場合、防衛者である乙はこれが存在すると認識していることから、急迫不正の侵害があると誤信した上で、主観的には防衛行為に及んでいることになるため、かかる誤信に基づいて対抗行為に及んだ乙に故意犯が成立するかどうかを検討する必要がある。
通説は、故意を認めるためには、 「罪」 (=犯罪)を犯す意思が必要である以上、その認識対象は、構成要件に該当する違法な行為として理解すべきであることを前提に、構成要件該当事実の認識・予見があっても、違法性阻却事由を誤信しているときには故意犯の成立を否定する。同説によれば、行為者の認識・予見した事情が正当防衛に該当する事情である場合には、違法性を基礎付ける事実の認識が欠けるとして責任段階で故意が阻却され(その誤信について過失がある場合に限って、過失犯の成立を認める。 ) 、過剰防衛と評価される事実を認識していた場合には、違法性を基礎付ける事実の認識が認められ故意犯が成立する。
そこで、乙に故意犯が成立するか否かを判断するに当たっては、乙の認識・予見した事実が、正当防衛と評価されるか、過剰防衛と評価されるかを明らかにする必要がある。そして、判例実務では、防衛行為の危険性や防衛手段としての必要最小限度性等の事情を考慮して「やむを得ずにした行為」に当たるか否かを判断しているところ、乙が認識していた事実は、Aが甲の顔面を拳で一方的に殴打しようとしているというものであったのに対し、乙は、Aの背後から、何の警告もせずにAの右上腕部を本件ナイフで強く突き刺し、Aに加療約3週間を要する右上腕部刺創の傷害を負わせており、かかる乙の行為は、明らかにAの行為の危険性を大きく上回るものと評価できる上、甲、乙及びAがいずれも20歳代の男性であり、各人の体格に大差がなかったことなども併せて考慮すれば、Aを後ろから羽交い締めにするなど、より侵害性が軽微な手段が他に存在したといえることから、乙の行為は、その認識した事実を前提としても「やむを得ずにした行為」とは評価できない。
したがって、故意は阻却されず乙に傷害罪が成立するが、乙の誤信した侵害を前提とすると、乙の行為は過剰防衛としての性質を有することから、刑法第36条第2項の適用(又は準用)の可否も問われることになるため、この点についても根拠とともに自説を論じる必要がある。
他方、前記判例と異なり、自招侵害の場合を除いて先行事情を正当防衛の成立を否定する事情とすることに否定的な立場に立つ場合には、被侵害者甲を基準に侵害の急迫性を判断するとしても、急迫性が肯定されることになるが、その場合には自説の根拠を十分に論ずる必要がある。
また、防衛者乙を基準に正当防衛状況を判断する立場に立つ場合にも、客観的にAの甲に対する侵害が切迫していた以上、急迫性は肯定されることになるが、その場合、甲自らは(判例の立場によれば)Aに正当防衛として対抗することが認められない状況でありながら、乙が甲のために正当防衛をすることが許される理由に言及した上で、急迫性の判断が相対化する理由を的確に示す必要がある。
そして、侵害の急迫性が肯定されると考えた場合、正当防衛に関する他の要件の充足性についても論じる必要があるところ、前記のとおり、乙の行為は「やむを得ずにした行為」とは評価できないことから、傷害罪が成立し過剰防衛を認めることとなる。
⑵ 乙が本件原付を乗り去った行為について乙は、Aの右上腕部を本件ナイフで突き刺した後、Aから蹴り付けられて本件ナイフをその場に落とし、更にAから追い掛けられて逃げ出したところ、進路前方の道路脇に停められていたD所有の本件原付を見付け、Aの追跡を振り切るため、Dに無断で本件原付を発進させてAの追跡を振り切っている。同行為については、窃盗罪の成否を検討することとなるため、まず同罪の客観的構成要件要素である「他人の財物」 、 「窃取」と、主観的構成要件要素である故意及び不法領得の意思が、いずれも認められることについて論じる必要がある。
その上で、乙の行為は、客観的には、 「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため」の行為であり、緊急避難として違法性が阻却されないかが問題となり得るところ、これに先行する事情として、避難行為者である乙が、自らAを本件ナイフで刺すなどして、乙自身の法益に対する「現在の危難」を自ら招いたという事情が存在するため、かかる事情があるにもかかわらず、自己が招いた危難を回避するために、無関係の第三者Dに侵害を加えることが緊急避難として正当化されるかが問題となる。そこで、かかる問題の所在を示しつつ、根拠とともに自説を論じ、乙の罪責について論じる必要がある。
危難を自招した場合に緊急避難を認めるか否かについては、自招侵害に関する最決平成20年5月20日刑集62巻6号1786頁が参考になる。すなわち、当該判例は、自招侵害の状況について、 「被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況」を否定しているが、この実質的根拠は、自らの不正行為によって緊急状況を招いた者の利益は、あえて正当防衛を用いて保護する必要性が乏しいという意味において、被侵害者の要保護性の欠如に求めることができる。そして、被侵害者の要保護性の欠如という観点は、その状況が共通であれば、対抗行為が正当防衛であっても、緊急避難であっても、同様に当てはまると考えられる。このような立場からは、当該判例の考え方が自招危難にも妥当することに触れた上、不正の行為によって危難を招致したといえるか否か(危難が、自招行為によって触発された、その直後における近接した場所での一連、一体の事態であるか否か) 、危難がその招致行為の程度を大きく超えるものでないかどうかといった当該判例の判断基準を示し、乙による本件ナイフでの刺突行為が違法であること、Aの追跡は同刺突行為によって触発された、その直後における近接した場所での一連、一体の事態であること、Aは素手で暴行を加えようとしてきているにすぎず、同刺突行為の程度を大きく超えるものでないこと等の具体的事実を摘示した上で緊急避難の成立が否定されると説明することが考えられる。
また、自招危難に関する判例・裁判例(大判大正13年12月12日刑集3巻867頁、東京高判昭和45年11月26日東高刑時報21巻11号408頁等)によれば、行為者が自己の故意又は過失により有責に危難を招致したといえる場合には緊急避難の成立を否定するという理解もあり得るところである。このような前提からは、乙がAによる侵害を招致することを予見していなかったとしても、予見可能性は認められることなどを踏まえて、緊急避難の成否を検討することが必要となる。
そのほか、危難を自招した場合に緊急避難を認めるか否かについては、緊急避難の成立要件のいずれか( 「現在の危難」又は「やむを得ずにした行為」 )の存在を否定することにより解決しようとするものや緊急避難の成立要件の外に解決の糸口を求め、社会的相当性や権利濫用などの一般理論を援用することによって解決しようとするものなど、様々な考え方が存在するが、いずれにしても、緊急避難や違法性の本質を意識しつつ、自招危難として緊急避難が否定される具体的な判断基準を示した上で、本件の具体的な事実関係に即して緊急避難の成否を論述することが求められる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 主張⑴(Aに頼まれて保管している以上、「横領」すれば横領罪が成立するとの主張)の当否
(1)横領罪(刑法252条1項)は「自己の占有する他人の物」を横領した場合に成立する。本件バイクはBが所有する「他人の物」であり、甲はこれを自宅のシャッター付きガレージに入れて事実上支配していたから、甲が他人の物を占有していたことは明らかである。
(2)もっとも、横領罪における「占有」は、単なる事実上の支配では足りず、他人からの委託信任関係に基づくものでなければならない。これは、横領罪が所有権のみならず委託信任関係をも保護法益とするからである。
本件で本件バイクは、AがBから無断で発進させて走り去った盗品であり、甲は、その情を知らなかったとはいえ、客観的には窃盗犯人であるAから盗品の保管を委託されたものである。そこで、窃盗犯人からの盗品保管の委託が、横領罪の保護に値する委託信任関係といえるかが問題となる。
(3)この点、窃盗罪においては窃盗犯人の事実上の占有も保護されていることとの均衡から、横領罪においても窃盗犯人との委託信任関係を保護すべきであるとして、主張⑴を肯定する見解がある。
しかし、Aの委託の内容は客観的には盗品の保管であって、これに応じる行為自体が盗品等保管罪(256条2項)を構成する違法な行為である。委託の内容が犯罪を構成する場合に、その委託関係を刑法上保護すべき要保護性を認めることはできない。また、横領罪の委託信任関係は、所有者又は所有者から権限を与えられた者と行為者との間に存在することを要すると解すべきであり、所有者Bから何らの権限も与えられていない窃盗犯人Aからの委託は、これに当たらない。窃盗罪における占有の保護は、自力救済を禁じて占有秩序を維持する趣旨に基づくものであって、委託信任関係の保護とは次元を異にするから、前記均衡論は理由とならない。
(4)したがって、甲の占有は横領罪の「占有」に当たらず、主張⑴は正当でない。
2 主張⑵(実家の物置内に移動させて隠した行為は「横領した」に当たるとの主張)の当否
(1)甲は、Aを困らせるため、Aに無断で本件バイクを約5キロメートル離れた実家の物置内に移動させて隠し、その後どうするかは考えていなかった。この行為は、Aからの委託の趣旨に反する行為とは評価できるが、バイクの効用に基づいて利用処分したものとは評価できない。そこで、物の効用に基づく利用処分といえない隠匿行為も「横領した」に当たるかが問題となる。
(2)この点、横領行為とは委託の趣旨に反する権限逸脱行為をいうと解する立場(越権行為説)からは、物の効用に基づく利用処分は不要であり、隠匿行為も「横領した」に当たることになる。
また、横領行為とは不法領得の意思を発現する行為であると解する立場(領得行為説。最判昭和27年10月17日)からも、横領罪における不法領得の意思とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいうと解すれば(最判昭和24年3月8日)、物の効用に基づいて利用処分する意思までは不要であり、隠匿行為も「横領した」に当たる。横領罪には毀棄罪との区別の必要がある窃盗罪と異なり、客体が自己の占有下にあるため、利用処分意思を要求して成立範囲を限定する必要が乏しいからである。
(3)これに対し、領得行為説に立ちつつ、横領罪の不法領得の意思についても他の領得罪と同様に利用処分意思を要求し、専ら隠匿する行為は不法領得の意思の発現とはいえないとする見解もある。しかし、横領罪には器物損壊罪より軽い法定刑の毀棄罪との区別という問題が存在せず、また委託物を隠匿する行為も所有者でなければできない処分であって委託信任関係の侵害として重大であるから、利用処分意思を要求すべきではない。
(4)本件で甲は、委託の趣旨に反し、本件バイクを所有者でなければできないような態様で自己の実家の物置内に隠匿しているから、「横領した」に当たる。よって主張⑵は正当である。
3 もっとも、前記1のとおり甲の占有は委託信任関係に基づくものではないから、結局甲に横領罪は成立しない。
第2 設問2(乙の罪責)
1 Aの右上腕部を本件ナイフで突き刺した行為
(1)傷害罪(204条)の構成要件該当性
乙は、刃体の長さ18センチメートルの本件ナイフをAの右上腕部に強く突き刺し、Aに加療約3週間を要する右上腕部刺創の傷害を負わせている。有形力の行使によりAの生理的機能を害しており、少なくとも暴行の故意に基づくものであるから、傷害罪の構成要件に該当する。
(2)正当防衛(36条1項)の成否
乙は甲を助けるためにAを刺突しているから、他人のための正当防衛が成立する余地がある。もっとも、被侵害者である甲は、Aからの侵害を予期しつつ包丁を準備して出向いている。そこで、侵害の急迫性を被侵害者甲を基準として判断すべきか、防衛者乙を基準として判断すべきかが問題となる。
36条は、急迫不正の侵害という緊急状況下で公的機関による法的保護を求めることが期待できない場合に、私人による対抗行為を例外的に許容した規定である。そして、侵害の回避が十分可能であるのに積極的な加害意思で侵害に臨んだ者は、あえて侵害に身をさらすことでこれを受け入れており、その法益の要保護性を欠く。この要保護性の欠如は被侵害者側の事情であるから、正当防衛状況を否定すべき事情は専ら被侵害者を基準に判断すべきである。
そこで甲を基準に検討すると、侵害の急迫性は、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして判断すべきであり、行為者と相手方との従前の関係、予期された侵害の内容、侵害の予期の程度、侵害回避の容易性、侵害場所に出向く必要性、対抗行為の準備の状況、実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、侵害に臨んだ際の意思内容等を考慮し、その機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときなど、36条の趣旨に照らし許容されるものといえない場合には急迫性を欠く(最決平成29年4月26日)。
本件で甲は、高校時代にAと同じ不良グループに所属しており、Aが短気で粗暴な性格で過去に数回暴力を振るったことを知っていたから、Aの前に姿を現せば殴る蹴るの暴力を振るわれる可能性が極めて高いと認識していた。甲はAの呼出しに応じる必要が全くなく、自宅にとどまれば容易に侵害を回避できたのに、「おう、行ってやるよ。」と怒鳴り、自宅にあった刃体の長さ15センチメートルの包丁をベルトに差して準備した上、指定されたC公園に出向いてAを待ち構えていた。Aの実際の侵害は拳で顔面を殴打しようとするものであって予期された侵害を超えない。しかも甲は、Aに対し「できるものならやってみろ。この野郎。」と大声で言い返し、Aの拳をかわしながら直ちに包丁を抜いてAに向けて突き出している。
以上によれば、甲は侵害の機会を利用して積極的にAに加害する意思で侵害に臨んだといえ、36条の趣旨に照らし許容されるものではないから、侵害の急迫性が認められない。したがってAの甲に対する急迫不正の侵害はなく、乙の行為に正当防衛は成立しない。
(3)誤想過剰防衛
乙は、前記1から4までの事実を知らず、甲が包丁を持っていることも認識せず、Aが甲に対して一方的に攻撃を加えようとしていると思い込んでいたから、客観的には存在しない急迫不正の侵害があると誤信して対抗行為に及んでいる。そこで故意犯の成否が問題となる。
故意は「罪を犯す意思」であり、その認識対象は構成要件に該当する違法な事実である。したがって、行為者が認識した事実が正当防衛に該当する場合には違法性を基礎づける事実の認識を欠き故意が阻却されるが、認識した事実が過剰防衛と評価される場合には故意は阻却されない。
そこで乙が認識した事実を前提に「やむを得ずにした行為」に当たるかを検討する。乙が認識していたのは、Aが甲の顔面を拳で殴打しようとしているという事態にとどまる。これに対し乙は、Aの背後に回り、何の警告もせずに刃体18センチメートルのナイフでAの右上腕部を強く突き刺しており、その危険性はAの素手による殴打の危険性を大きく上回る。甲、乙及びAはいずれも20歳代の男性で体格に大差がなく、乙が加勢すれば二対一となるのであるから、Aを背後から羽交い締めにして取り押さえるなど、より侵害性の軽微な手段を採ることが可能であった。したがって、乙が認識した事実を前提としても「やむを得ずにした行為」とはいえず、過剰防衛に当たる事実の認識があったことになる。
よって故意は阻却されず、乙に傷害罪が成立する。
もっとも、乙は主観的には甲を防衛する意思で行為しており、誤信した事実を前提とすれば過剰防衛に当たる。過剰防衛の刑の減免の根拠は、緊急状況下における行為者の心理的動揺による責任減少にあるから、誤想過剰防衛の場合にも同様の責任減少が認められる。したがって36条2項を準用して刑の減軽をすることができる。
2 本件原付を無断で発進させた行為
(1)窃盗罪(235条)の構成要件該当性
本件原付はD所有であり、Dがエンジンを掛けたまま道路脇に一時的に停めて付近のマンション内に立ち入っていたにすぎないから、なおDの占有下にある「他人の財物」である。乙はこれをDに無断で発進させ、占有者の意思に反してその占有を排除し自己の占有に移しているから「窃取」に当たる。
乙は以上を認識・認容しており故意がある。また、不法領得の意思とは、権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従い利用し又は処分する意思をいう(最判昭和26年7月13日)。乙は安全な場所まで移動したら本件原付をその場に放置して立ち去ろうと考えていたが、他人の原付を乗り捨てる前提で相当な距離を乗り回すことは一時的な使用にとどまらず、権利者の利用を排除してこれを自己の物と同様に利用する意思といえるから権利者排除意思が認められ、移動手段として用いる意思は利用処分意思に当たる。
(2)緊急避難(37条1項)の成否
乙はAから追い掛けられており、Aに追い付かれれば殴る蹴るの暴行を受けるおそれがあったから、客観的には自己の身体に対する「現在の危難」を避けるための行為である。また、Aは乙より足が速く、本件原付を運転して逃げることが唯一採り得る手段であったから補充性も認められ、生じた害(原付の一時的な使用)は避けようとした害(身体の侵害)の程度を超えない。
しかし、乙は、自ら何の警告もなくAの上腕部をナイフで突き刺すという違法な行為によって、自己に対するAの追跡という危難を招いている。自らの不正な行為によって緊急状況を招いた者の法益は、無関係の第三者を犠牲にしてまで保護する必要性を欠くから、自招危難の場合には緊急避難は成立しないと解すべきである。
その判断基準としては、危難が自招行為によって触発された、その直後における近接した場所での一連・一体の事態であり、かつ危難が自招行為の程度を大きく超えるものでない場合には、何らかの避難行為に出ることが正当とされる状況にないと解すべきである(自招侵害に関する最決平成20年5月20日の趣旨参照)。
本件では、乙の刺突行為は明らかに違法であり、Aの追跡はこれに触発されて同日午後8時31分頃の刺突の直後である同日午後8時33分頃に、同一の公園付近という近接した場所で生じた一連・一体の事態である。そしてAの追跡は素手で暴行を加えようとするものにすぎず、刃物による刺突という乙の自招行為の程度を大きく超えるものではない。
したがって乙には緊急避難が成立せず、窃盗罪が成立する。
3 罪数
傷害罪と窃盗罪は、行為も被害者も異なる別個の犯罪であるから、併合罪(45条前段)となる。
以上