司法試験 令和3年 刑法
問題文
[刑事系科目]〔第1問〕(配点:100)
以下の【事例1】及び【事例2】を読んで,後記〔設問1〕及び〔設問2〕について,答えなさい。
【事例1】1 甲及びその後輩の乙は,それぞれ金に困り,2人で腕時計販売店に押し入って腕時計を強奪しようと計画していた。甲は,腕時計販売を業とするA株式会社(以下「A社」という。)が直営するB腕時計店(以下「B店」という。)で働いている親友の丙に対し,警備体制に関する情報の提供など上記計画への協力を求めた。
2 丙は,B店の副店長として自ら接客に従事するほか,アルバイトの採用や従業員の勤怠状況の管理を行い,B店の帳簿作成や売上金管理等の業務も担当していた。売上金管理業務として,丙には,各営業日の閉店後,当日の売上金額をA社本社に報告することのほか,各営業日の開店前に,前日の売上金をA社名義の預金口座に入金することが義務付けられていた。また,商品の仕入れ,店外への持ち出し及び価格設定について,丙に権限はなく,全て店長Cの承認を得る必要があるとされていた。
B店の売場に陳列されている商品は,ショーケース内に保管されていたが,その陳列方法は全て丙が決定していた。このショーケースは,接客に必要なときを除いて常時施錠され,その鍵は,C及び丙のみが所持していた。また,B店の売場及び従業員控室には,複数の防犯カメラが設置され,その様子が常時くまなく音声付きで撮影録画されていたほか,警備会社を通じ,警察に非常事態の発生を知らせるための押しボタン式通報システムも設置されていた。
3 金に困っていた丙は,甲からの話を聞いて,いっそのことB店の腕時計が強奪されたように装い,これを自分たちのものにしようと思い付き,某月1日,甲に対し,前記2の事実関係を説明した上,「午前11時の開店時は,普段だとめったに客も来ないし,明後日は俺しかいないから,その時,店に来て刃物を出して,ショーケースを開けろと言ってくれ。俺は後で怪しまれないように拒むふりをするけど,最後はショーケースを開けるから,すぐに時計を持って行ってくれ。
ただ,俺も通報しないわけにはいかないので,急いで逃げろよ。時計は後で分けよう。それと,会ったことのない乙は信用できないから,今の話は内緒にしてくれ。」と持ち掛けたところ,これを甲は承諾した。
4 甲は,同月2日,丙と内通している事実を秘したまま,乙に対し,「明日,俺がB店の開店と同時に中に入って店員に刃物を突き付けて時計を奪い取ってくる。その間,お前は近くに停めた車で周囲を見張り,俺が戻って来たらすぐに車を出してくれ。帰ってから時計を分けよう。」と持ち掛けたところ,これを乙は承諾した。
5 甲は,同月3日午前10時59分,乙の運転する自動車でB店前路上に到着し,同日午前11時,その開店と同時に,覆面をかぶり,サバイバルナイフ(刃体の長さ約20センチメートル。
以下「本件ナイフ」という。)及びボストンバッグ(以下「本件バッグ」という。)を持って同車から降り,B店に向かった。
甲は,B店内に入ると,丙に対し,本件ナイフを示し,「殺されたくなかったら,これに時計を入れろ。」と言い,ショーケース内に陳列されている腕時計を本件バッグに入れるように要求した。これに対し,丙は,前記通報システムを作動させ,甲に対し,「通報したから警察が来るぞ。」と言い,上記要求を拒否するふりをしたので,甲は,丙に対し,「いいからやれ。刺すぞ。」と語気を強めて言った。その直後,丙は,ショーケースを解錠し,その中にあった腕時計100点(時価合計3000万円相当)を甲から受け取った本件バッグに入れ,これを甲に差し出した。甲は,同日午前11時3分,本件バッグを丙から受け取ると,B店内から出て前記車両に乗り込み,乙の運転する同車で逃走した。
乙は,甲が前記車両を降りてから戻って来るまでの間,通行人が甲を警戒したり,警察官らが駆けつけたりする様子があれば,これを甲に知らせるつもりで,同車運転席から周囲を見張っていた。
6 甲は,同日,乙に対し,その取り分として前記腕時計100点のうち20点(時価合計400万円相当)を手渡し,さらに,同月4日,丙に対し,その取り分として残りの腕時計のうち40点(時価合計1300万円相当。以下「本件腕時計40点」という。)が入った本件バッグを手渡した。
7 丙は,同月5日,本件バッグを交際中の丁の自宅に隠すこととし,これをその押し入れ内にしまうと,丁に対し,「バッグの中は見るな。しばらく預かっておいてくれ。」と言った。これに従い,丁は,本件バッグを押し入れ内に放置していたが,同月10日,片付けのため本件バッグを手に持った際,想像以上の重量であったので,不審に思い,その中を見たところ,本件腕時計40点を発見した。その時,丁は,本件腕時計40点全てに値札が付いていたことから,丙が自分のものにするためにB店から無断で持ち出した商品であろうと認識したが,丙のために,本件バッグを預かり続けることとし,これを元の位置に戻した。丁は,同月25日に本件バッグを丙に返すまでの間,これを押し入れ内に置き続けた。
〔設問1〕 【事例1】における甲,乙,丙及び丁の罪責について,論じなさい(住居等侵入罪(刑法第130条)及び特別法違反の点は除く。)。
【事例2】(【事例1】の事実に続けて,以下の事実があったものとする。)
8 乙は,甲から受け取った腕時計20点を換金したが,浪費して再び金に困り,同月30日午後7時,甲に電話を掛け,「時計をもっと分けてください。」などと執ように迫った。甲は,当時,自宅で丙と飲酒中であったが,乙の態度を面倒に感じ,酒の勢いもあって,「実は,B店の店員と通じてやったんだ。今も一緒に飲んでいる。残りは俺とそいつで半分ずつに分けたから,お前にやる分はもうない。」と言った。これを聞いた乙は,興奮し,「そんなのうそでしょ。」と言った。甲は,「うそだと思うなら,うちに来いよ。」と言い,電話を切った。甲は,乙の態度に立腹し,丙に状況を説明した上,「乙は生意気だから,懲らしめてやろう。多少怪我をさせても構わない。俺が木刀で殴ってやる。その時,乙を押さえていてくれ。」と言ったところ,最初は嫌がっていた丙も,最終的にはそれに応じた。
9 甲は,自宅物置内から木刀を持ち出し,丙と共に自宅前で乙を待っていたところ,同日午後8時,乙が到着するや否や,丙が背後から乙を羽交い締めにした。甲は,「お前,調子に乗るなよ。」と言い,乙の頭部を木刀で1回殴った。すると,乙は,「やめてください。やめてくれないなら,全部警察にばらしますよ。」と言い出した。乙の発言について,甲は,乙の真意でないと考えたが,丙は,そのように考えず,乙に暴行を加え続けて警察に真相を話すのを思いとどまらせようと考え,「もっと痛い目に遭わないと分からないのか。」と言い,乙の顔面や腹部を手拳で多数回殴った。
これを見た甲は,丙の余りの勢いに驚き,丙に対し,「乙が警察にばらすはずはない。落ち着け。」と言い,丙をいさめて暴行を終了させようとした。しかし,丙は,暴行を提案した甲から止められたことに立腹し,甲の頭部を手拳で殴ったところ,転倒した甲が頭部を路面に打ち付けて気絶した。丙は,そのことを認識しつつ,この機会に,乙に暴行を加えて警察に真相を話さないと約束させようと考え,同日午後8時5分,甲から取り上げた木刀で乙の頭部を1回殴ったところ,乙は逃げ出した。
10 乙は,全治約3週間を要する頭部裂傷のほか,全治約1週間を要する顔面打撲及び腹部打撲の傷害を負った。そのうち全治約3週間を要する頭部裂傷の傷害は,甲又は丙の木刀による殴打行為のいずれか一方だけによって形成されたことは明らかであるが,いずれの殴打行為から形成されたものか不明であった。
〔設問2〕 【事例2】における甲の罪責に関し,以下の⑴及び⑵について,答えなさい。なお,⑴及び⑵のいずれについても,自らの見解を問うものではない。
⑴ 甲は乙の頭部裂傷の傷害結果に関する刑事責任を負わないとの立場からは,その結論を導くために,どのような説明が考えられるか。論点ごとに論拠を示しつつ説明すること。
⑵ 甲は乙の頭部裂傷の傷害結果に関する刑事責任を負うとの立場からは,前記⑴の説明に対し,どのような反論が考えられるか。論点ごとに論拠を示しつつ反論すること。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は,設問1で,甲及びB腕時計店(以下「B店」という。)の副店長である丙が,あらかじめ意を通じ,B店に押し入った甲が丙にサバイバルナイフを示すなどして丙を脅すふりをして,B店の売場に陳列されていた商品の腕時計100点(以下「本件腕時計」という。)を持ち去った行為について窃盗罪の共同正犯の成否を,甲と共に腕時計を強奪することを計画していたものの,甲と丙が内通していた事実を知らないで,甲及び丙の前記犯行中に周囲を見張るなどして加担した乙について窃盗罪の共同正犯の成否をそれぞれ検討させ,さらに,丙からの依頼を受け,本件腕時計の一部が入ったボストンバッグ(以下「本件バッグ」という。)を自宅の押し入れ内に保管していた丁が,本件バッグの中に盗品が入っていることを認識するに至った後も保管を継続した行為について盗品等保管罪の成否を検討させ,設問2で,甲が,丙と意を通じ,まず甲が木刀で乙の頭部を殴打した(以下「第1暴行」
という。)が,乙が甲らのB店における犯行を警察に話すなどと言ったことから,丙が乙に暴行を加え,暴行を終了するようにいさめた甲を殴打して気絶させた後,前記木刀で乙の頭部を殴打した(以下「第2暴行」という。)ところ,乙に生じた頭部裂傷(以下「本件傷害」という。)が第1暴行又は第2暴行のいずれか一方だけによって形成されたものであることは明らかであるものの,いずれの暴行から形成されたものか不明であったという事例について,甲が本件傷害に関する刑事責任を負わないとの結論を導くための説明及び甲が本件傷害に関する刑事責任を負うとの立場からの反論を,それぞれ論点ごとに論拠を示しつつ検討させ,それにより,刑事実体法及びその解釈論の知識と理解を問うとともに,具体的な事実関係を分析し,その事実に法規範を適用する能力並びに論理的な思考力及び論述力を試すものである。
設問1について
⑴ 甲及び丙の罪責について甲及び丙は,丙以外に従業員がいない時間帯に甲がB店に来て,丙に刃物を示し,腕時計が保管されているショーケースを開けるように要求すること,丙は,後で怪しまれないように拒むふりをするが,最後にはショーケースを開けるので,甲が直ちに腕時計を持ち去ること,持ち去った腕時計は後で分配することなどをあらかじめ示し合わせた上で,実際に,この犯行計画に従った内容の犯行を実行し,甲が本件腕時計を持ち去っている。
まず,甲及び丙の行為が,強盗罪の構成要件に該当しないことは明らかである。すなわち,強盗罪の客観的構成要件は,相手方に対し,「暴行又は脅迫」を加え,「他人の財物」を「強取」することであるところ,強盗罪にいう「暴行又は脅迫」は,財物の奪取に向けられた相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行又は脅迫を意味すると解されている。確かに,甲が丙に対して,サバイバルナイフを示し,「殺されたくなかったら,これに時計を入れろ。」と要求した行為は,一般的には相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の脅迫と評価することが可能であろうが,甲と丙があらかじめ内通していた事実を隠蔽するために,あたかも丙が犯人から脅されたかのように仮装することを企図し,実際にその計画どおりに犯行を遂行したにすぎない本事例の事実関係の下では,甲が丙にサバイバルナイフを示して前記文言を述べた行為は,財物の奪取に向けられたものと評価することはできず,強盗罪の「脅迫」たり得ないし,また,甲はそのことを認識しているのであるから,強盗罪の故意を認めることもできない。
そこで,甲及び丙の罪責として,窃盗罪の構成要件該当性及び共同正犯の成否を検討する必要があるところ,仮に,本件腕時計の占有が丙の上位者であるCに帰属せず,もっぱら丙に帰属するものであるとすれば,「自己の占有する他人の物」として業務上横領罪の客体となるため,本件腕時計の占有の帰属が問題となる。
この点,複数の保管者間に上下関係がある場合には,財物を現実に握持しているのが下位者であったとしても,原則として,占有は上位者に属し,下位者は占有補助者にすぎないとするのが判例の立場であるが(最決昭和31年1月19日刑集10巻1号67頁等),上位者が下位者に財物の管理を完全に委ねている場合など,下位者が上位者の判断を個別に仰ぐことなく,独立の権限・裁量を有している場合は,財物の占有が下位者に属すると解されることから,本件腕時計の管理に関する丙の権限・裁量の有無及び程度について,具体的事実を摘示して当てはめを行う必要がある。すなわち,B店では,商品の仕入れ,店外への持ち出し及び価格設定について,丙に権限はなく,全てCの承認を得る必要があるとされていたこと,本件腕時計が店舗という閉鎖された空間の中において,原則として常時施錠されたショーケース内に保管されていたこと,その鍵を丙のみならずCも所持していたこと,B店の売場及び従業員控室の状況は,常時,防犯カメラで撮影録画されていたことなどの事情を踏まえ,占有の帰属を検討することになる。
その上で,Cの占有を肯定した場合は,窃盗罪の構成要件該当性を検討することになり,客観的構成要件要素として「他人の財物」,「窃取」を,主観的構成要件要素として故意及び不法領得の意思を,それぞれ検討する必要がある。また,甲丙間に意思連絡があること及び両者が実行行為を分担していることから,窃盗罪の共同正犯が成立することを簡潔に指摘する必要がある。なお,上記各事情にもかかわらずCの占有を否定する結論を採用した場合は,業務上横領罪の構成要件該当性を検討することになり,客観的構成要件要素として「業務上」,「他人の物」,「横領」を,主観的構成要件要素として故意及び不法領得の意思を,それぞれ検討する必要がある。また,この場合,共同正犯の成否を検討するに当たっては,甲丙間に意思連絡があること,甲に正犯性が認められることに加え,財物を業務上占有している丙の犯行に業務上の占有者たる身分を有しない甲が加功したとの構造となることから,刑法第65条の解釈を論じた上で,自説の立場から,甲に成立する罪名を決定する必要がある。
⑵ 乙の罪責について乙は,甲との間で,腕時計販売店に押し入って腕時計を強奪する計画を立てていたところ,甲から,甲がB店内に入って店員に刃物を突き付けて腕時計を奪い取ること,その間,乙は付近に駐車した自動車内で周囲を見張り,甲が戻ってきたらすぐに車を発進させること,奪った腕時計は後で分配することを持ち掛けられてこれを承諾し,実際にその計画どおりの行動をとっている。
乙の罪責としては,甲及び丙との共犯の成否を検討する必要があるところ,乙は実行行為を分担していないため,共謀共同正犯か幇助犯かが問題となる。その検討に際しては,共同正犯と幇助犯の区別基準を示した上で,その判断の基礎となる具体的事実を摘示して当てはめを行う必要がある。
すなわち,共同正犯と幇助犯の区別基準としては,自己の犯罪を遂行する意思(正犯意思)で犯行に加わっているかによって区別する立場,犯行において客観的に重要な因果的寄与を果たしたといえるかを基準とする立場,他の関与者の行為を支配する地位にあったかを基準とする立場などがあるが,いずれの立場に立ったとしても,甲及び乙は,いずれも金に困った挙げ句に相談して犯行を計画したものであり,両者の積極性に差はないこと,甲乙間に指揮命令関係や支配服従関係までは認められないこと,乙が行った見張り行為や甲を乗車させて自動車を発進させる行為が犯行の遂行に当たって重要であること,乙が相当多額の利益を得ていることなどを重視すれば,乙の正犯性を肯定する結論に至り得る。他方,乙が真実の犯行計画を知らされておらず,いわば甲及び丙の犯行計画における中核部分に関する意思連絡から排除されていたことなどを重視すれば,乙の正犯性を否定する結論に至ることも可能であろう。
また,乙は,主観的には,強盗罪に該当する行為の認識・認容を有していたところ,甲及び丙によって客観的に実現された行為は窃盗罪であることから,いわゆる共犯の錯誤の処理が問題となる。
まず,甲は,当初から窃盗の意思を有していたにすぎない一方で,乙は強盗の意思で謀議を遂げており,謀議の時点で両者の認識に不一致があることから,そもそも,甲乙間での「共謀」の存否が問題となるところ,共同正犯の本質に関する部分的犯罪共同説からは,強盗罪と窃盗罪の構成要件が重なり合う窃盗罪の限度で共謀の要件を満たすと解することになる(なお,強盗罪と(業務上)
横領罪の関係を検討する場合,両罪の間に構成要件の重なり合いをそもそも認めることができるか,また,認められるとして,いかなる範囲で認めることができるかについては,構成要件の符合の判断基準によって,結論が異なり得るだろう。)。他方,行為共同説からは,甲乙間において,B店で保管されている腕時計を取得する旨の行為を共同するとの合意があるから,共謀の要件を満たすと考えられる。
さらに,乙に窃盗罪の故意を認めることができるか,いわゆる抽象的事実の錯誤が問題となるところ,甲及び丙の罪責において窃盗罪の共同正犯の成立を認めた場合,判例・通説である法定的符合説からは,強盗罪と窃盗罪の構成要件は窃盗罪の限度で重なり合うことから,乙には窃盗罪の故意を認めることができる(強盗罪と(業務上)横領罪の関係については前記のとおりである。)。この点,共同正犯の本質論と抽象的事実の錯誤の関係については様々な考え方があり得るところであり,共同正犯の本質論を論じれば重ねて抽象的事実の錯誤を論じる必要はないとする立場,もっぱら抽象的事実の錯誤の問題として処理すべきとする立場などがあり得るが,いかなる立場に立つにせよ,自説の論理的整合性を保ちつつ論じる必要がある。
⑶ 丁の罪責について丁は,丙から,本件バッグをしばらく預かっておいてほしいと言われ,これを自宅の押し入れ内に放置していたところ,その後,本件バッグの中に入っていた腕時計全てに値札が付いていたのを見て,丙が自分のものにするためにB店から無断で持ち出した商品であろうと認識したが,本件バッグを丙に返すまでの間,これを押し入れ内に置き続けている。
丁の罪責としては,盗品等保管罪の成否が問題となるところ,同罪の客観的構成要件要素として,「盗品その他財産に対する罪に当たる行為によって領得された物」,「保管」を,主観的構成要件要素として故意をそれぞれ検討する必要がある。この点,丁は,本件バッグを預かった時点で中に盗品の腕時計が入っていることを知らず,かつ,これを知った後も,従前と同様の形態で保管を続けていたにすぎないため,このような場合でも同罪が成立するかを,同罪の法的性質を意識しつつ検討して論じる必要がある。
すなわち,同罪を継続犯と解する立場からは,保管が継続する限り実行行為が継続しているから,保管途中から盗品等であることの認識が生じた場合であっても,それ以降も本犯者のために保管を継続すれば同罪が成立するとの結論に結び付きやすいと考えられるが,保管開始後に盗品であることの認識を生じた者に委託者への返還や警察への提出等を強制することは困難であること,盗品等有償譲受け罪の場合には占有移転の時点で盗品性の認識が必要と解されていることとの均衡等を強調して,盗品等保管罪の成立を否定することも可能であろう。他方,同罪を状態犯と解する立場からは,盗品等であることの認識は寄託時点で存在していなければならないと解され,同罪は不成立となる。
設問2について
⑴ 前提事実及び問題の所在についてまず,各立場からの説明及び反論を論じる前提として,本事例の事実関係を的確に分析し,甲が本件傷害に関する刑事責任を負うか否かについて,問題となる論点を正しく把握する必要がある。
すなわち,本事例では,第1暴行及び第2暴行がいずれも暴行罪の構成要件に該当する行為であることが明らかであるところ,甲丙間において,乙に暴行を加える旨の事前共謀が成立しており,甲は,この共謀に基づいて第1暴行を実行している。仮に,第1暴行から本件傷害が発生したと認められるのであれば,甲は,傷害罪の共同正犯として本件傷害に関する刑事責任を負うことになるが,第1暴行及び第2暴行と本件傷害の因果関係が不明である。この点,第2暴行も前記共謀に基づくものと評価できるのであれば,一部実行全部責任の法理により,甲には傷害罪の共同正犯が成立する。したがって,甲が本件傷害に関する刑事責任を負わないとするためには,第2暴行が前記共謀に基づくものでないこと,すなわち,第2暴行の前に甲丙間の共犯関係が解消されたことが必要となる(これを共謀の射程の問題として捉え,第2暴行は当初の共謀による犯行計画が大幅に変更され,別個の犯罪が実現したものと評価して甲の刑事責任を否定する構成も考えられるであろう。)。
もっとも,仮に共犯関係の解消が認められたとしても,同時傷害の特例(刑法第207条)が適用されるとすれば,甲は「共犯の例による」ことになり,本件傷害に関して刑事責任を負うことになるから,甲が責任を負わないとするためには,同特例が適用されないと解する必要がある。同特例を適用するための要件として,各暴行が本件傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたことを要する(最決平成28年3月24日刑集70巻3号1頁参照)と解されているが,本事例の事実関係から,これらの要件は充足されていると考えられるので,行為者間に一部共犯関係が存在し,傷害結果について明らかに責任を負う者が存在する場合にも同特例を適用できるか,その適用範囲をいかに解すべきかが問題となる。
⑵ 甲は本件傷害に関する刑事責任を負わないとの立場からの説明についてまず,第2暴行に先立って,甲丙間の共犯関係が解消されたとの説明について論じる必要があるところ,共犯関係の解消を認めるための要件を明らかにした上で,それを本事例の具体的な事実関係に当てはめた場合,共犯関係の解消を肯定できるとの説明を,論拠を示しつつ論じることが求められる。この点,通説である因果性遮断説からは,関与者の因果的寄与が解消された場合に共犯関係の解消を認めることから,①第1暴行後,甲は,丙の暴行を制止しようとしたこと,②甲は,丙から殴打されて気絶したこと,③丙は,気絶した甲を放置したまま,第2暴行を実行していること,④事前の甲丙間の共謀には,丙が乙の頭部を木刀で強打する計画は含まれていないこと,⑤第1暴行と第2暴行は動機を異にすることなどの事情を挙げて,甲の因果的寄与が解消されたと説明することが考えられる。
次に,仮に,甲丙間の共犯関係が解消していたとしても,同時傷害の特例が適用されるのであれば,甲は本件傷害に関する刑事責任を負うことになるという論理関係を意識した上で,同特例が適用されないとの説明を,論拠を示しつつ論じる必要がある。この点,同時傷害の特例は,複数人の暴行が競合しているにもかかわらず,傷害結果について誰も責任を負わない不都合を解消するための規定であると解すれば,暴行の行為者間に一部共犯関係が存在し,傷害結果について明らかに責任を負う者(丙)が存在する本事例のような事案では,同時傷害の特例は適用されないと解される。
⑶ 甲は本件傷害に関する刑事責任を負うとの立場からの反論についてこの立場からは,まず,第2暴行が行われた時点においても,甲丙間の共犯関係は解消されていなかったとの反論を,論拠を示しつつ論じる必要がある。ここでは,甲の因果的寄与がいまだ解消されていないことを基礎付ける具体的事情,すなわち,①甲は,乙に暴行を加えることを発案し,当初は乗り気でなかった丙を説得して共謀関係を構築しており,首謀者的立場にあること,②甲は,自ら第1暴行を実行することで,丙の犯意を強化していること,③甲は,凶器として木刀を準備しているところ,丙は,第2暴行で同木刀を使用していることなどの事情を挙げて,甲の因果的寄与が未だ解消されていないと説明することが考えられる。
次に,甲丙間の共犯関係が解消されていたとしても,同時傷害の特例が適用されるとの反論を,論拠を示しつつ論じる必要がある。ここでは,暴行の行為者間に一部共犯関係が存在する場合であっても,同特例が適用できなくなるとする理由はなく,むしろ同特例を適用しないとすれば,共犯関係が認められないときとの均衡を失することなどを論じることが考えられる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1
1 甲及び丙の罪責
(1)強盗罪(刑法236条1項)の不成立
甲は、丙に対しサバイバルナイフ(刃体の長さ約20センチメートル)を示し、「殺されたくなかったら、これに時計を入れろ。」「いいからやれ。刺すぞ。」と述べているから、外形上は相手方の反抗を抑圧するに足りる脅迫に見える。
しかし、強盗罪の「脅迫」は財物の奪取に向けられたものでなければならない。本件では、甲と丙は事前に内通し、丙が拒むふりをした後にショーケースを解錠して腕時計を差し出すことを示し合わせていたのであるから、甲の言動は内通の事実を隠蔽して丙が脅されたかのように仮装するためのものにすぎず、丙の意思を抑圧して財物を奪取するために向けられたものではない。したがって「脅迫」に当たらず、甲もそのことを認識しているから強盗罪の故意も認められない。
(2)窃盗罪(235条)の成否
そこで窃盗罪の成否を検討するが、本件腕時計の占有が専ら丙に帰属するのであれば「自己の占有する他人の物」として業務上横領罪(253条)の客体となる。そこで占有の帰属が問題となる。
複数の保管者間に上下関係がある場合、財物を現実に握持しているのが下位者であっても、原則として占有は上位者に属し、下位者は占有補助者にすぎない(最決昭和31年1月19日参照)。もっとも、上位者が下位者に財物の管理を完全に委ね、下位者が上位者の判断を個別に仰ぐことなく独立の権限・裁量を有している場合には、占有は下位者に属すると解すべきである。
本件で丙は副店長として帳簿作成や売上金管理を担当し、商品の陳列方法を全て決定し、ショーケースの鍵も所持していた。しかし、商品の仕入れ、店外への持ち出し及び価格設定については丙に権限がなく全て店長Cの承認を要し、ショーケースの鍵はCも所持し、本件腕時計は店舗という閉鎖空間内の常時施錠されたショーケースに保管され、売場及び従業員控室は常時くまなく防犯カメラで録画されていた。そうすると、丙は本件腕時計について処分に関する独立の権限・裁量を有しておらず、A社ないしCの監督下にあったといえるから、占有はCに帰属し、丙は占有補助者にすぎない。
よって本件腕時計100点は丙にとっても「他人の財物」であり、「窃取」とは占有者の意思に反してその占有を排除し自己または第三者の占有に移すことをいうところ、丙がショーケースを解錠して腕時計100点(時価合計3000万円相当)を本件バッグに入れ、甲がこれを受け取って店外に持ち出した行為は、占有者Cの意思に反する占有移転であって窃取に当たる。
甲及び丙は以上の事実を認識・認容しており、かつ、取得した腕時計を自分たちで分配して自己のものとする意思であったから、権利者を排除して経済的用法に従い利用処分する意思(最判昭和26年7月13日)も認められる。
(3)共同正犯(60条)
甲丙間には、丙が脅されたように仮装して腕時計を甲に引き渡し、後にこれを分配するという事前の意思連絡があり、両者はそれぞれ脅迫役・交付役という実行行為を分担し、利益も取得している。したがって窃盗罪の共同正犯が成立する。
2 乙の罪責
(1)共同正犯か幇助犯か
乙は見張り及び逃走車両の運転をしたにとどまり、窃取行為自体を分担していないから、共同正犯か幇助犯(62条1項)かが問題となる。
両者の区別は、自己の犯罪として行ったといえるか(正犯意思)により判断すべきであり、具体的には犯行の動機、犯行における役割の重要性、利益の帰属、犯行に対する支配・影響力の程度を総合考慮する。
本件で乙は、甲と共に金に困った末に二人で腕時計販売店に押し入って腕時計を強奪することを計画した者であり、甲との間に指揮命令関係や支配服従関係はなく積極性に差はない。乙は、通行人が甲を警戒したり警察官が駆けつけたりすれば甲に知らせるつもりで運転席から周囲を見張り、甲が戻るや直ちに車を発進させて逃走を確保しており、その役割は犯行の遂行上重要である。しかも乙は腕時計20点(時価合計400万円相当)という多額の利益を得ている。したがって乙には正犯意思が認められ、共同正犯となる。
(2)共犯の錯誤
乙は強盗の意思で謀議し加担したが、甲及び丙が客観的に実現したのは窃盗である。そこで共謀の成否及び乙の故意が問題となる。
まず共謀について、共同正犯の本質は特定の犯罪を共同して実現する点にあるから、構成要件が重なり合う限度で共謀を認めるべきである(部分的犯罪共同説)。強盗罪と窃盗罪は、他人の財物を占有者の意思に反して取得する点で窃盗罪の限度で重なり合うから、窃盗罪の限度で甲乙間の共謀が認められる。
次に乙の故意について、抽象的事実の錯誤として、認識した事実と発生した事実が構成要件的に重なり合う限度で軽い罪の故意が認められる(法定的符合説)。前記のとおり両罪は窃盗罪の限度で重なり合うから、乙には窃盗罪の故意が認められる。
したがって乙には窃盗罪の共同正犯が成立する。
3 丁の罪責
(1)盗品等保管罪(256条2項)の成否
本件腕時計40点(時価合計1300万円相当)は、窃盗という財産罪に当たる行為によって領得された物であり「盗品」である。丁は本件バッグを自宅押し入れ内に置き、同月25日に丙に返すまで保管を続けているから、本犯者のために「保管」したといえる。
もっとも、丁は寄託を受けた時点では中身が盗品であることを知らず、同月10日に初めてこれを認識したにとどまる。そこで、保管開始後に盗品性の認識を生じた場合に同罪が成立するかが問題となる。
この点、同罪は本犯による違法な財産状態を維持存続させることを処罰するものであり、保管が継続する限り実行行為も継続する継続犯であると解する。そうであれば、保管の途中から盗品であることの認識を生じた後も本犯者のために保管を継続した場合には、その時点以降について同罪が成立する。
本件で丁は、同月10日に値札の付いた腕時計40点を発見し、丙が自分のものにするためB店から無断で持ち出した商品であろうと認識したうえ、なお丙のために預かり続けることとして本件バッグを元の位置に戻し、同月25日まで押し入れ内に置き続けている。したがって故意ある保管の継続があり、盗品等保管罪が成立する。
なお、保管開始後に盗品性を認識した者に返還や警察への提出を強制することは困難であり、また盗品等有償譲受け罪では占有移転時に盗品性の認識が必要と解されることとの均衡上、同罪の成立を否定する見解もある。しかし、丁は積極的に保管継続を決意して違法な財産状態の維持に寄与しているから、同罪の成立を認めるべきである。
第2 設問2
1 前提及び問題の所在
甲が木刀で乙の頭部を1回殴った行為(第1暴行)及び丙が木刀で乙の頭部を1回殴った行為(第2暴行)は、いずれも暴行罪(208条)の構成要件に該当する。甲丙間には乙に暴行を加え多少の怪我をさせても構わないという事前共謀があり、甲はこれに基づき第1暴行を実行している。
全治約3週間を要する頭部裂傷は第1暴行又は第2暴行のいずれか一方だけによって形成されたことは明らかであるが、いずれによるか不明である。第2暴行が前記共謀に基づくものと評価できれば、一部実行全部責任の法理により甲には傷害罪(204条)の共同正犯が成立する。したがって、甲が同傷害の責任を負わないとするには、第2暴行前に甲丙間の共犯関係が解消されたことが必要となる。さらに、解消が認められても同時傷害の特例(207条)が適用されれば甲は「共犯の例による」ことになるから、同特例の不適用も必要となる。
2 甲が刑事責任を負わないとの立場からの説明
(1)共犯関係の解消
共犯関係の解消は、当初の共謀に基づく自己の因果的寄与が結果に及ばなくなった場合に認められる(因果性遮断説)。離脱の意思表示と相手方の了承は、因果的寄与の遮断を判断する一資料にすぎない。
本件では、第一に、甲は第1暴行後、丙の余りの勢いに驚き「乙が警察にばらすはずはない。落ち着け。」と述べて丙をいさめ、暴行を終了させようとしており、当初の共謀を自ら放棄する意思を明らかにしている。第二に、甲は丙に頭部を殴られて転倒し気絶しており、以後丙の行為に何らの影響を及ぼし得ない状態になった。第三に、丙は気絶した甲を放置したまま、甲から木刀を取り上げて第2暴行に及んでいる。第四に、事前の共謀は甲が木刀で殴り丙が乙を押さえるという役割分担であって、丙自ら乙の頭部を木刀で強打することは計画に含まれていない。第五に、第1暴行の動機は生意気な乙を懲らしめることであったのに対し、第2暴行の動機は乙に警察に真相を話さないと約束させることであって動機を異にする。
以上から、第2暴行の時点で甲の心理的・物理的因果性は遮断されており、共犯関係は解消されている。したがって第2暴行は共謀に基づくものではなく、甲は第2暴行について責任を負わない。なお、同じ事情を捉え、第2暴行は当初の共謀の射程外の別個の犯罪であると評価することもできる。
(2)同時傷害の特例の不適用
207条は、複数人の暴行が競合したにもかかわらず因果関係の証明が困難なために傷害結果について誰も責任を負わないという不都合を解消するために、例外的に挙証責任を転換した規定である。そうであれば、同特例の適用は、傷害結果について責任を負う者が誰もいない場合に限られるべきである。
本件では、第2暴行を行った丙は、仮に頭部裂傷が第1暴行により生じたものであっても、暴行の共謀に基づく第1暴行の実行者たる甲との共犯関係が解消された後に自ら頭部を強打しているのであり、いずれにしても傷害結果について責任を負う立場にある。すなわち傷害結果について明らかに責任を負う者が存在するのであるから、前記の不都合は生じない。したがって207条は適用されず、甲は暴行罪の限度で責任を負うにとどまる。
3 甲が刑事責任を負うとの立場からの反論
(1)共犯関係の解消の否定
前記立場に対しては、第2暴行の時点でも甲の因果的寄与は解消されていないとの反論が可能である。
第一に、甲は乙を懲らしめることを自ら発案し、最初は嫌がっていた丙を説得して共謀を成立させたのであって、首謀者的立場にある。第二に、甲は自ら木刀で乙の頭部を殴る第1暴行を実行して丙の犯意を強化し、丙が乙の顔面・腹部を手拳で多数回殴る暴行に及ぶ契機を作っている。第三に、第2暴行に用いられた木刀は甲が自宅物置から準備した凶器であり、丙はこれを甲から取り上げて使用しているから、甲が設定した物理的条件がそのまま結果に寄与している。第四に、甲が気絶したのは自らの意思による離脱ではなく、丙に殴られた結果にすぎないから、これをもって因果的寄与の遮断とみるのは相当でなく、また甲は丙をいさめたにとどまり、丙の了承を得て共謀関係を解消したわけではない。
そうすると、甲の寄与は第2暴行の時点でも存続しており、共犯関係は解消されていないから、第2暴行も共謀に基づくものとして、甲には傷害罪の共同正犯が成立する。
(2)同時傷害の特例の適用
仮に共犯関係の解消を認めるとしても、207条が適用されるとの反論が可能である。
同特例を適用するには、各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有し、各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたことを要する(最決平成28年3月24日参照)。本件では、第1暴行及び第2暴行はいずれも木刀で乙の頭部を強打するものであって頭部裂傷を生じさせ得る危険性があり、同一の場所において約5分の間に連続して行われているから、外形的には共同実行に等しい状況で行われたといえ、要件は充足される。
そして、条文上、暴行者間に一部でも共犯関係が存在する場合に適用を排除する根拠はない。むしろ、共犯関係が全く認められない場合には207条により傷害の責任を負わされるのに、共謀に基づき自ら頭部を殴打した甲が共犯関係の解消により傷害の責任を免れるのは著しく均衡を失する。したがって207条は適用され、甲は傷害について共犯の例により責任を負う。
以上