司法試験 平成29年 刑法
問題文
[刑事系科目]〔第1問〕(配点:100)
以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(建造物侵入罪及び証拠隠滅罪並びに特別法違反の点は除く。)。
1 会社員甲(28歳,男性,身長165センチメートル,体重70キログラム)は,毎月25日,勤務先から給料23万円を支給されていたが,預貯金はなかった。甲は,某年8月25日に支給された給料の大半を遊興に費消したため,9月10日には,手持ちの金がほとんどなくなってしまった。
2 甲は,9月12日午後1時,自宅近くのショッピングモール内にある時計店で,以前から欲しかった限定品の腕時計X(販売価格10万円)が,1個だけ販売されているのを見付けた。甲は,手持ちの金がなかったため,勤務先会社の同僚A(28歳,男性,身長170センチメートル,体重65キログラム)から金を借りて腕時計Xを購入しようと考えた。甲は,同日午後1時5分,同時計店内でAに電話をかけ,「腕時計Xを買いたいので10万円貸してほしい。」と頼んだところ,Aからは金がないと言われて断られた。しかし,甲は,どうしても腕時計Xが欲しかったため,引き続きAに対して,「クレジットカードを貸してくれないか。そのクレジットカードで腕時計Xを買いたい。使った分の金は9月25日の給料で支払うし,腕時計Xを買うほかには絶対使わない。」
と頼んだ。Aは,甲の言うことを信じ,甲に対して,B信販会社が発行したA名義のクレジットカード(以下「本件クレジットカード」という。)を腕時計Xを購入するためだけに利用することを条件として貸すことにした。なお,本件クレジットカードは,B信販会社が所有するものであり,B信販会社の規約には,会員である名義人のみが利用でき,他人への譲渡,貸与等が禁じられていることや,加盟店は,利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている。
3 同日午後2時,甲は,Aと会って本件クレジットカードを受け取り,同日午後3時,前記時計店に戻った。甲は,同時計店に戻った後に新たに見付けた腕時計Y(販売価格50万円)を,交際相手へプレゼントするために購入したいと考えた。甲は,本件クレジットカードを腕時計Xを購入するためだけに利用するというAとの約束に反すること,今後,Aに合計60万円を支払うことができる確実な見込みがないことをそれぞれ認識しつつ,同日午後3時15分,応対した同時計店店主Cに対し,腕時計Xと腕時計Yの購入を申し込んだ。その際,甲は,Cに対し,A本人であると装って本件クレジットカードを手渡した上,Cの求めに応じ,B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある売上票用紙の「ご署名(自署)」欄にAの名前をボールペンで記入して手渡した。Cは,その署名を確認し,甲がA本人であって,本件クレジットカードの正当な利用権限を有すると信じ,甲に対して,腕時計Xと腕時計Yを合計60万円で売却した。甲は,購入した腕時計Xと腕時計Yを持って同時計店を出た後,同日午後5時,交際相手と会って,同人に腕時計Yをプレゼントした。
4 甲は,同日午後6時,Aと会って本件クレジットカードを返却した。その際,甲は,Aに対して,本件クレジットカードを利用し,腕時計X以外にも,交際相手へプレゼントするために腕時計Yを購入したこと,それらの購入金額の合計が60万円であったことを話した上で,「60万円は絶対支払う。」と言った。Aは,甲が約束を破り,本件クレジットカードを利用して腕時計Yを購入したことから甲に対する怒りを覚えたものの,「使ってしまったものは仕方がない。金の支払を受けられれば良い。」と思い,甲から60万円が支払われるのを待つことにした。
5 その後,甲は,Aに支払う60万円を用意するため,複数の知人に借金を申し込んだが,誰からも金を借りられず,60万円を用意できないまま9月25日の給料日を迎えた。甲は,同日,Aに対して,「来月まで支払を待ってほしい。」と頼んだ。Aは,甲の頼みを聞いて,10月25日の給料日まで甲の支払を待つことにした。その後も,甲は,Aに支払う60万円を用意するため,複数の知人に借金を申し込んだが,誰からも金を借りられず,60万円を用意できないまま10月25日の給料日を迎えた。Aは,同日以降,何度も,甲に対して60万円を支払うように求めたが,甲は,適当な理由をつけてAに金を支払わなかった。そのためAは,甲に対する怒りを募らせた。
11月10日,A名義の銀行口座から,腕時計Xと腕時計Yの代金60万円を含む本件クレジットカードの9月分の利用代金が引き落とされた。高額の支出のため生活費に困ったAは,甲に対する怒りを更に募らせ,甲に対して60万円を支払うように強く求めた。甲は,Aの甲に対する怒りがかなり強くなっていることを知り,同月15日,複数の金融業者から借りて現金60万円を用意し,これをAに支払った。しかし,Aの甲に対する怒りは収まらず,Aは,顔を合わせるたびに甲に対して,「さんざん迷惑掛けやがって。これで済んだと思うなよ。」などと嫌みを言っていた。
6 甲は,11月20日午後8時,知人乙(25歳,男性,身長175センチメートル,体重75キログラム)と飲食店で飲食していたところ,偶然,Aが同店にやって来た。Aは,甲を見付けると,甲に対して,「のんきに飯なんか食いやがって。金もないくせに。」などと嫌みを言い始めた。甲は,Aの言動に嫌気がさし,同店から徒歩で15分の所にある,甲が一人で暮らす甲宅で乙と飲食し直すことにし,同日午後8時5分,Aに気付かれないようにして,乙と同店を出た。
7 Aは,同日午後8時10分,甲が同店から出たことに気付いて怒り,同店から出て甲を追い掛け,同日午後8時15分,人気のない暗い路上で,乙と歩いている甲に追い付いた。Aは,甲に対して,「こそこそ逃げやがって,この野郎。」と言いながら,甲の顔面を殴ろうとして,右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出した。これに気付いた甲は,Aの右手の拳骨をかわしながら,このままではAから殴られると考え,これを防ぐため,乙に対して,「一緒にAを止めよう。」と言った。乙は,甲がAから殴られるのを防ごうと考え,「分かった。」と答えた。そこで,甲と乙が正面からAに体当たりしたところ,Aは路上に尻餅を付いた。しかし,Aは,すぐに立ち上がり,「この野郎。」と言いながら,再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとした。甲と乙は,甲がAから殴られるのを防ごうと考え,再び正面からAに体当たりしたところ,Aが路上に仰向けに倒れた。倒れたAは,「なにするんだ。この野郎。」と大声で言いながら,立ち上がろうとした。その様子を見た甲は,しばらくAを押さえ付けておけばAが落ち着き,Aから殴られることもなくなるだろうと考え,乙に対して,「一緒にAを押さえよう。」と言った。乙は,甲がAから殴られるのを防ごうと考え,甲に対して,「分かった。俺は上半身を押さえるから,下半身を押さえてくれ。」と答えた。
甲は,仰向けに倒れているAの両膝辺りにAの足先の方向を向いてまたがり,Aの両足首を,真上から両手で力を込めて押さえ付けた。乙は,仰向けに倒れているAの腰辺りにAの頭の方向を向いてまたがり,Aの両上腕部を,真上から両手で力を込めて押さえ付けた。しかし,Aは,身体をよじらせながら,「離せ。甲,お前をぶん殴ってやる。絶対に許さない。覚悟しろ。」と甲を大声で罵り,更に力を込めて体をよじらせた。乙は,Aのその様子を見て,甲がAから殴られるのを防ぐためには,Aを痛めつけて大人しくさせるしかないと考えた。そこで,乙は,Aの腰辺りにまたがってAの右上腕部を真上から左手で力を込めて押さえ付けたまま,Aの左上腕部に右膝を力を込めて押し当てた上,傍らに落ちていた石(直径10センチメートルの丸形,重さ800グラム)を右手で拾い,右手に持ったその石で,Aの顔面を力を込めて1発殴った。するとAは失神し,全く動かなくなった。なお,甲は,乙が石を拾ったことや乙が右手に持った石でAの顔面を殴り付けたことを全く認識していなかった。また,乙は,Aの顔面を右手に持った石で殴り付けた際,Aを殺そうともAが死ぬかもしれないとも考えていなかった。
8 甲と乙は,Aが全く動かなくなったためAから離れた。甲は,乙から,右手に持った石でAの顔面を殴ったことを聞いた。甲と乙は,鼻から血を流して全く動かないAの様子を見てAが死んでしまったと思った。甲は,乙に対して,「Aは結婚して妻も子供もいるのにどうしよう。」と言った。
乙は,近くに人がいないことを確認した上,甲に対して,「Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けよう。Aの財布を探して捨ててしまおう。」と言った。甲は,乙に対して,「そうしよう。」と答えたものの,「財布は捨ててもいいが,もったいないから中の現金はもらい,借金の返済に使おう。」と考えていた。しかし,甲は,乙にその考えを話さなかった。甲と乙は,財布を探した。甲は,Aのズボンのポケット内に財布1個があるのを見付けたので,乙に財布を見付けたことを話した上,同ポケットから同財布を取って中を確認したところ,同財布には1万円札4枚の合計4万円が入っていた。甲は,同財布に現金4万円が入っていたことを乙に話した上,現金入りの同財布を,甲の上着ポケットにしまった。乙は,甲が現金入りのまま同財布を捨ててくれると思っていた。
甲と乙は,そのまま甲宅へ向かい,同日午後8時30分,甲宅に到着した。乙は,同日午後9時,帰宅するために甲宅を出た。甲は,同日午後9時5分,甲宅において,上着ポケットにしまったままの現金入りの同財布を取り出して現金4万円を抜き取り自分のものとし,同財布は甲宅の押し入れ内に隠した。
9 Aは,同日午後10時頃,失神したまま路上に倒れていたところを通行人に発見され,通報により到着した救急隊員により病院に搬送された。Aは,乙に石で顔面を殴られたことから,全治約1か月間を要する鼻骨骨折の傷害を負った。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は,⑴甲が,Aから,B信販会社が発行したA名義のクレジットカード(以下「本件クレジットカード」という。)について,腕時計Xを購入するためだけに利用することを条件として借りたところ,その条件に反することを認識しつつ,時計店店主Cに対し,腕時計Xと腕時計Yの購入を申し込み,本件クレジットカードを手渡した上,売上票用紙にAの名前を記入して手渡し,腕時計Xと腕時計Yを購入したこと,⑵甲と乙が,Aが甲の顔面を殴ろうとしてきたのを防ぐため,正面からAに体当たりし,路上に仰向けに倒れているAを押さえ付けるなどし,更に乙が右手に持った石でAの顔面を1発殴り,Aに全治約1か月間を要する鼻骨骨折の傷害を負わせたこと,⑶甲と乙が,失神したAの様子を見てAが死亡したと思い,Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けようと考え,Aのズボンのポケットから財布1個を持ち去ったことなどを内容とする事例について,甲及び乙の罪責を検討させることにより,刑事実体法及びその解釈論の知識と理解を問うとともに,具体的な事実関係を分析し,その事実に法規範を適用する能力並びに論理的な思考力及び論述力を試すものである。
以下では,⑴甲が本件クレジットカードを利用して腕時計を購入した行為について,甲の罪責を述べ,⑵甲と乙がAに暴行を加えて傷害を負わせた行為及び⑶甲と乙がAのズボンのポケットから財布を持ち去った行為について,甲及び乙の罪責を述べることとする。
⑴ 甲が本件クレジットカードを利用して腕時計を購入した行為について会社員甲は,自宅近くのショッピングモール内にある時計店で,腕時計X(販売価格10万円)を見付け,勤務先会社の同僚Aから金を借りて腕時計Xを購入しようと考え,Aに電話をかけ,10万円を貸してほしいと頼んだが,Aから断られた。そこで,甲は,Aに対して,クレジットカードを貸してほしいと頼んだところ,Aは,甲に対して,本件クレジットカードを腕時計Xを購入するためだけに利用することを条件として貸すことにした。甲は,Aから本件クレジットカードを受け取り,同時計店に戻ったが,新たに見付けた腕時計Y(販売価格50万円)を,交際相手へプレゼントするために購入したいと考えた。甲は,本件クレジットカードを腕時計Xを購入するためだけに利用するというAとの約束に反すること,今後,Aに合計60万円を支払うことができる確実な見込みがないことをそれぞれ認識しつつ,時計店店主Cに対し,腕時計Xと腕時計Yの購入を申し込み,A本人であると装って本件クレジットカードを手渡した上,Cの求めに応じて,B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある売上票用紙の「ご署名(自署)」欄にAの名前を記入して手渡した。
Cは,その署名を確認し,甲がA本人であって,本件クレジットカードの正当な利用権限を有すると信じ,甲に対して,腕時計Xと腕時計Yを合計60万円で売却した。なお,本件クレジットカードは,B信販会社が所有するものであり,B信販会社の規約には,会員である名義人のみが利用でき,他人への譲渡,貸与等が禁じられていることや,加盟店は,利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている。
甲が本件クレジットカードを利用して腕時計を購入した行為については,①詐欺罪(刑法第246条)の成否,②有印私文書偽造罪及び同行使罪(同法第159条第1項,同法第161条第1項)の成否,③背任罪(同法第247条)又は横領罪(同法第252条第1項)
の成否が問題となる。
まず,甲は,本件クレジットカードを利用して腕時計Xと腕時計Yを購入したが,その際,腕時計Xの購入についてはAから承諾を得ていたことから,名義人の承諾を得たにもかかわらず,その承諾を超えて他人名義のクレジットカードを利用した行為について,詐欺罪の成否が問題となる。そして,詐欺罪の成否を論じるに際しては,1項詐欺と2項詐欺のいずれが成立するのかを理由付けを含めて簡潔に述べた上,欺罔行為の内容,その他の構成要件要素について,事実を指摘して具体的に論じる必要がある。
次に,甲は,腕時計購入の際,Cの求めに応じ,B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある売上票用紙の「ご署名(自署)」欄にAの名前を記入し,これをCに手渡しているところ,前記のとおり,甲は,Aから,腕時計Xの購入について本件クレジットカードを利用することの承諾を得ており,その利用時には売上票用紙にAの名前を記入することの承諾も得ていたと考えられることから,名義人の承諾がある場合の有印私文書偽造罪の成否が問題となる。そして,名義人Aの承諾の有無が関係する「偽造」の要件,その他の偽造罪の要件,行使罪の「行使」の要件について,それぞれ事実を指摘して具体的に論じる必要がある。
これらの詐欺罪,有印私文書偽造罪及び同行使罪については,甲は,名義人Aの承諾を得て借りた本件クレジットカードを用いて犯行に及んでいることから,甲の罪責として,Aとの共同正犯の成否についても簡潔に論じることが望ましい。
さらに,Aとの約束に反して本件クレジットカードを利用した行為について,Aとの関係で犯罪が成立しないかが問題となる。甲はAから許された本件クレジットカードを利用できる地位・資格を濫用したと捉えて,背任罪が成立すると構成する見解,あるいは甲の地位・資格を化体した本件クレジットカード自体を横領したと捉えて,横領罪が成立すると構成する見解が考えられるところ,いずれの見解でも,構成要件該当性について,事実を指摘して具体的に論じ,更に背任罪と横領罪の関係,不法な目的による委託信任関係の要保護性,既遂時期等について的確に論じる必要がある。
⑵ 甲と乙がAに暴行を加えて傷害を負わせた行為について甲と乙は,飲食店で偶然会ったAから嫌みを言われたことから,Aに気付かれないように同店を出て人気のない暗い路上を歩いていたところ,甲が同店から出たことに気付いたAに追い付かれた。甲らの行為に怒ったAは,甲の顔面を殴ろうとして,右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出したが,これに気付いた甲は,Aの右手の拳骨をかわしながら,Aから殴られるのを防ぐため,乙に対して,「一緒にAを止めよう。」と言い,乙は,甲がAから殴られるのを防ごうと考え,「分かった。」と答えた。そこで,甲と乙が正面からAに体当たりしたところ,Aは路上に尻餅を付いた。しかし,Aがすぐに立ち上がり,再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとした。甲と乙は,甲がAから殴られるのを防ごうと考え,再び正面からAに体当たりしたところ,Aが路上に仰向けに倒れた。甲は,Aが再び立ち上がろうとする様子を見て,Aから殴られないようにするため,乙に対して,「一緒にAを押さえよう。」
と言い,乙は,甲がAから殴られるのを防ごうと考え,甲に対して,「分かった。俺は上半身を押さえるから,下半身を押さえてくれ。」と答えた。そこで,甲は,仰向けに倒れているAの両膝辺りにAの足先の方向を向いてまたがり,Aの両足首を,真上から両手で力を込めて押さえ付け,乙は,仰向けに倒れているAの腰辺りにAの頭の方向を向いてまたがり,Aの両上腕部を,真上から両手で力を込めて押さえ付けた。しかし,Aは,身体をよじらせながら,「離せ。甲,お前をぶん殴ってやる。絶対に許さない。覚悟しろ。」と甲を大声で罵り,更に力を込めて体をよじらせた。Aのその様子を見た乙は,甲がAから殴られるのを防ぐため,Aの腰辺りにまたがってAの右上腕部を真上から左手で力を込めて押さえ付けたまま,Aの左上腕部に右膝を力を込めて押し当てた上,傍らに落ちていた石(直径10センチメートルの丸形,重さ800グラム)を右手で拾い,右手に持ったその石で,Aの顔面を力を込めて1発殴った。Aは,乙に石で顔面を殴られたことから,全治約1か月間を要する鼻骨骨折の傷害を負った。なお,甲は,乙が石を拾ったことや乙が右手に持った石でAの顔面を殴り付けたことを全く認識していなかった。
甲と乙がAに暴行を加えて傷害を負わせた行為について,甲及び乙の罪責を検討するに当たっては,①傷害罪(刑法第204条)の構成要件該当性及び共同正犯の成否,②正当防衛ないし過剰防衛の成否(同法第36条)について検討する必要がある。
甲と乙は,甲が乙に「一緒にAを止めよう。」と言い,乙が「分かった。」と答えた後,Aに体当たりするなどしていることから,現場で共謀を遂げた上,共同してAに暴行を加え始めたと認められる。その後も両者の暴行は継続し,その過程で乙が右手に持った石でAの顔面を1発殴打してAに全治約1か月を要する鼻骨骨折の傷害を負わせたところ,甲が乙の傷害行為を認識していないものの,特に共謀が終了したと見るべき事情が存在しないと考えられる場合,甲と乙は全体について共同正犯としての責任を負うかが問題になる。そして,乙の殴打とAの傷害結果との間に因果関係を認めることができるので,乙の行為は傷害罪の構成要件に該当する。さらに,自ら傷害の結果を惹起していない甲についても,結果的加重犯の共同正犯を肯定する立場では,傷害罪の構成要件該当性が肯定され,甲と乙は傷害罪の共同正犯と解されることになる。
以上について,共謀が終了したと見るべき事情が存在しないかどうかを含め,事実を指摘して具体的に論じなければならない。なお,乙の傷害行為は共謀に基づかないものと考えた場合,共謀を否定する理由を的確に論じた上で,甲については暴行罪の正当防衛の成否を,乙については甲との共同正犯となる暴行罪の正当防衛の成否と合わせて,傷害罪の正当防衛ないし過剰防衛の成否を検討することになる。
次に,正当防衛ないし過剰防衛の成否を検討するに当たっては,まず,「急迫不正の侵害」,「防衛の意思」について,簡潔に指摘する必要がある。急迫不正の侵害については,Aが甲の顔面を殴ろうとして,右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出し,甲と乙に体当たりされて尻餅を付いた後も,すぐに立ち上がり再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとしたことや,仰向けに倒されて押さえ付けられている間も,身体をよじらせながら,「離せ。甲,お前をぶん殴ってやる。絶対に許さない。覚悟しろ。」と甲を大声で罵り,更に力を込めて体をよじらせていたことを指摘した上で,乙がAの顔面を殴打した時点でも甲に対する急迫不正の侵害が継続していたことを述べる必要がある。防衛の意思についても,甲と乙が,終始,甲がAから殴られるのを防ぐためにAに暴行を加えていたことを指摘して,甲と乙の行為は,いずれも同一の防衛の意思に基づくことを述べる必要がある。
甲と乙の行為が「やむを得ずにした行為」と認められるか否かをめぐっては,「やむを得ずにした行為」の意義(防衛行為の必要性・相当性)を明らかにした上で,共同正犯における防衛行為の相当性について,共同正犯者全員の行為を対象として判断するか,共同正犯者ごとに個別に判断するかを論じる必要がある。また,乙がAの顔面を殴打した時点でも甲に対する急迫不正の侵害が継続し,甲と乙の行為は,終始,同一の防衛の意思に基づく行為と認められることは上記のとおりであり,相当性の判断は、甲と乙の一連の行為を一体として行われるべきこと,いわゆる量的過剰は問題となっていないことを指摘しておく必要がある。
その上で,甲と乙の行為が防衛行為として相当と認められるか否かは,甲と乙の一連の行為(体当たり,押さえ付け,顔面殴打)に関する事実を指摘して具体的に検討することが求められる。例えば,乙がAの顔面を殴った行為は,既にAが仰向けに倒れた状態で甲と乙に押さえ付けられており,Aによる攻撃が当初より弱まっていたことや,Aが素手で甲に殴りかかろうとしたのに対し,乙が右手に持った石でAの顔面を殴ったことなどの各事実を踏まえ,防衛行為として相当性の範囲を逸脱したか否かが論じられるべきである。
防衛行為の相当性について,共同正犯者全員の行為を対象として判断し,甲と乙の一連の行為が防衛行為の相当性の範囲を逸脱したと認めた場合には,甲と乙のいずれについても,客観的には過剰防衛と評価されることになり,乙には過剰防衛が成立する。甲については,乙が石を拾ったことや乙が右手に持った石でAの顔面を殴り付けたことを全く認識しておらず,過剰性を基礎付ける事実を認識していなかったため,違法性阻却事由の錯誤が問題となる。違法性阻却事由の錯誤に関する自らの立場を明らかにした上で結論を導き出すことが求められる。例えば,事実の錯誤説に基づき,甲は乙の過剰行為を認識していなかったことから,傷害罪の故意を阻却することが考えられる。そこでは,更に過失傷害罪(刑法第209条第1項)の成否が問題となり,甲が乙の過剰行為を認識していなかった点について,過失の有無を検討する必要がある。過失傷害罪の成立を認める場合には,過剰防衛の任意的減免(同法第36条第2項)の準用の可否も問われることになる。
以上と異なり,防衛行為の相当性を共同正犯者ごとに個別に判断し,甲の行為は防衛行為として相当であるが,乙の行為は防衛行為として相当性の範囲を逸脱したと認めた場合には,甲には正当防衛が成立し,乙には過剰防衛が成立することになる。
⑶ 甲と乙がAのズボンのポケットから財布を持ち去った行為について甲と乙は,失神したAを見てAが死亡したと思い,乙が甲に対して,「Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けよう。Aの財布を探して捨ててしまおう。」と言ったところ,甲が乙に対して,「そうしよう。」と答えた。もっとも,甲は,「財布は捨ててもいいが,もったいないから中の現金はもらい,借金の返済に使おう。」と考えていたが,乙にその考えを話さなかった。甲と乙は,財布を探し,甲がAのズボンのポケット内に財布1個があるのを見付け,同ポケットから同財布を取り,同財布を甲の上着ポケットにしまった。乙は,甲が現金入りのまま同財布を捨ててくれると思っていた。甲と乙は,そのまま甲宅へ向かい,甲は,乙が帰宅した後,甲宅において,上着ポケットにしまったままの現金入りの同財布を取り出して現金4万円を抜き取って自分のものとし,同財布を甲宅の押し入れ内に隠した。
甲と乙がAのズボンのポケットから財布を持ち去った行為について,甲及び乙の罪責を検討するに当たっては,①窃盗罪(刑法第235条)の客観的構成要件該当性,②死者の占有,③不法領得の意思,④共同正犯の成否(同法第60条)を検討する必要がある。
まず,窃盗罪の客観的構成要件該当性については,甲と乙がAのズボンのポケットから財布を奪った時点でAは生きており,財布に対するAの占有が認められるので,甲がAのズボンのポケットから財布を取って,同財布を甲の上着ポケットにしまった行為が,客観的には窃盗罪の窃取に該当することを簡潔に指摘しておくべきである。
次に,甲と乙がAから財布を奪った時点で,甲と乙はAが死亡したものと認識していたため,窃盗罪の故意に関してAの占有を侵害する認識が認められるかが問題となる。死者の占有について,判例の立場(最判昭和41年4月8日刑集20巻4号207頁等)による場合には,「被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して財物を奪取した」と認められるかを検討しなければならない。そして,Aの占有を侵害する認識を肯定する場合,客観的に窃盗罪の構成要件に該当するのみならず,窃盗罪の故意が認められる。Aの占有を侵害する認識を否定する場合は,Aの財布を占有離脱物と認識していたことになり,客観的には窃盗罪の構成要件に当たるとしても,主観的には占有離脱物横領罪の認識を有しているにすぎないこととなるので,抽象的事実の錯誤であることを指摘し,「構成要件の重なり合い」の有無を論じる必要がある。
さらに,甲は「財布の中の現金はもらい,借金の返済に使おう。」と考え,乙は「財布を捨ててしまおう。」と考え,Aから財布を奪っていることから,窃盗罪又は占有離脱物横領罪の不法領得の意思が問題となるところ,不法領得の意思の要否及び内容を明らかにした上,事実を具体的に指摘してその存否を認定する必要がある。
不法領得の意思について,権利者排除意思と利用処分意思のいずれも必要とする判例の立場で,乙に利用処分意思が認められないと考えれば,乙は器物損壊罪の構成要件に該当することになる。この立場では,甲がAから取った財布を甲の上着ポケットにしまったまま甲宅に向かい,同財布を甲宅の押し入れ内に隠した行為が器物損壊の「損壊」に該当することの説明が簡潔になされることを要する。乙は,甲に対して,「Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けよう。」と言っているので,犯跡隠滅目的にも利用処分意思が認められると考えれば,乙も窃盗罪又は占有離脱物横領罪の構成要件に該当することになるが,その場合は,犯跡隠滅目的に利用処分意思を認める理由が的確に説明されなければならない。他方,不法領得の意思について,不要説又は権利者排除意思のみで足りるとする立場によれば,乙も窃盗罪又は占有離脱物横領罪の構成要件に該当することになるが,その場合は,判例と異なる立場に立つ理由を的確に示す必要がある。
最後に,共同正犯の成否が取り上げられる。甲が窃盗罪又は占有離脱物横領罪,乙が器物損壊罪の各構成要件に該当すると考えた場合には,異なる構成要件間における共同正犯の成否が問題となるところ,共同正犯における共同実行の意義(行為共同説と犯罪共同説の対立)
について簡潔に説明した上,結論を導き出さねばならない。
⑷ 最後に,甲及び乙について,罪数を論じる必要がある。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 甲が本件クレジットカードを利用して腕時計を購入した行為
1 Cに対する詐欺罪(刑法246条1項)の成否
甲はCから腕時計X及び腕時計Yという財物の交付を受けているから、2項詐欺ではなく1項詐欺の成否を検討する。
「人を欺く行為」とは、交付の判断の基礎となる重要な事項について虚偽の事実を告げることをいう。本件クレジットカードはB信販会社が所有するもので、同社の規約には、会員である名義人のみが利用でき他人への譲渡・貸与等が禁じられていること、加盟店は利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている。したがって加盟店にとって、利用者が会員本人であるか否かは、商品を売却するか否かの判断の基礎となる重要な事項である。
甲は、Cに対しA本人であると装って本件クレジットカードを手渡した上、売上票用紙の「ご署名(自署)」欄にAの名前を記入して手渡している。これは重要な事項についての虚偽の告知であり欺く行為に当たる。名義人であるAが腕時計Xの購入について貸与を承諾していたとしても、規約上名義人以外の利用自体が禁じられているのであるから、加盟店に対する欺く行為であることは変わらない。しかも腕時計Yの購入はAの承諾の範囲を超えるものであり、甲は、約束に反すること及びAに合計60万円を支払うことができる確実な見込みがないことをいずれも認識していた。
Cは、署名を確認して甲がA本人であり本件クレジットカードの正当な利用権限を有すると信じ、この錯誤に基づいて腕時計X及びYを合計60万円で売却している。甲が真実を告げていればCは商品を交付しなかったのであるから、交付行為及び財産上の損害も認められる。
よって、腕時計X及びYの両方について1項詐欺罪が成立する。
2 有印私文書偽造罪(159条1項)及び同行使罪(161条1項)の成否
本件売上票は、B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある文書であるから「権利、義務に関する文書」に当たる。「偽造」とは、文書の名義人と作成者との人格の同一性を偽ることをいう。
本件売上票の名義人はAであり、作成者は甲である。もっとも甲は、腕時計Xの購入についてはAから本件クレジットカードの利用を承諾されていたから、売上票にAの名前を記入することについても承諾があったとみる余地がある。しかし、クレジットカードの売上票は、カードの名義人本人が自署することによって初めて信販会社に対する支払義務を基礎づけるものであり、規約上名義人以外の者が署名することは許されていない。このように名義人自身による作成が法律上要求されている文書については、名義人の承諾があっても人格の同一性の偽りは治癒されないと解すべきである。加えて、腕時計Yの購入についてはそもそもAの承諾がない。
よって偽造に当たり、甲がAの名前をボールペンで記入している以上「他人の署名を使用して」の要件も満たすから、有印私文書偽造罪が成立する。そして甲はこれをCに手渡して真正な文書として認識させているから、偽造私文書行使罪も成立する。
3 Aに対する背任罪(247条)の成否
甲は、Aから本件クレジットカードを借り受け、A名義で加盟店から与信を受ける地位を託された者である。その利用によってAに代金相当額の債務が発生するのであるから、甲はAの財産上の事務を処理する者に当たる。Aの承諾自体がB信販会社の規約に反するものであるとしても、A・甲間の委託は、Aが自己の財産的負担を腕時計Xの代金10万円に限定する趣旨のものであって保護に値するから、背任罪の成立は妨げられない。
甲は、腕時計Xを購入するためだけに利用するというAとの約束に反することを認識しつつ、交際相手へのプレゼントという自己及び第三者の利益を図る目的で腕時計Yを購入し、Aに50万円の追加の債務を負担させている。これは任務違背行為であり、Aには現に11月10日、A名義の銀行口座から60万円が引き落とされるという財産上の損害が生じている。
なお、本件クレジットカードはB信販会社の所有物であり、甲はこれをAに返却しているから、所有者でなければできない処分をしたとはいえず、横領罪(252条1項)は成立しない。
よって背任罪が成立する。
4 Aとの共同正犯
Aは、規約違反を認識しつつ、甲がA本人を装って本件クレジットカードを利用することを承諾して貸与しているから、腕時計Xの購入に関する詐欺罪及び有印私文書偽造・同行使罪については、甲との共同正犯が成立する余地がある。もっとも、腕時計Yの購入はAの承諾の範囲を超えており、Aはこれについて罪責を負わない。
5 罪数
有印私文書偽造罪、同行使罪及び詐欺罪は手段・結果の関係にあるから牽連犯(54条1項後段)となり、背任罪は本件クレジットカードを利用して腕時計を購入する一個の行為によるものであるから詐欺罪と観念的競合(同項前段)となる。
第2 甲及び乙がAに暴行を加えて傷害を負わせた行為
1 傷害罪(204条)の構成要件該当性及び共同正犯
乙は、直径10センチメートルの丸形で重さ800グラムの石を右手に持ち、これでAの顔面を力を込めて1発殴り付け、Aに全治約1か月間を要する鼻骨骨折の傷害を負わせている。暴行と傷害の結果との因果関係が認められ、傷害罪の構成要件に該当する。
甲乙は、甲が「一緒にAを止めよう。」と言い乙が「分かった。」と答えたことにより現場で共謀を遂げ、以後、正面からの体当たりを2回行い、さらに「一緒にAを押さえよう。」との意思連絡のもとで役割を分担してAを押さえ付けており、一連の暴行を共同して行っている。乙の石による殴打は、Aを押さえ付ける暴行を継続したまま、Aを大人しくさせるために行われたものであり、共謀が終了したとみるべき事情はない。
甲は乙が石を拾ったことや石でAの顔面を殴り付けたことを認識していないが、暴行の共謀に基づいて生じた傷害の結果については、結果的加重犯の共同正犯として甲も責任を負う。よって甲乙には傷害罪の共同正犯(60条)の構成要件該当性が認められる。
2 正当防衛(36条1項)の成否
(1)急迫不正の侵害
Aは、「こそこそ逃げやがって、この野郎。」と言いながら甲の顔面を殴ろうとして右手の拳骨を突き出し、体当たりで尻餅を付いた後もすぐに立ち上がって再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとし、仰向けに倒されて押さえ付けられている間も、身体をよじらせながら「離せ。甲、お前をぶん殴ってやる。絶対に許さない。覚悟しろ。」と甲を大声で罵り、更に力を込めて体をよじらせていた。したがって、乙がAの顔面を殴打した時点でも甲の身体に対する急迫不正の侵害は継続していた。なお、甲乙はAに気付かれないように飲食店を出たにすぎず、侵害を自招したとはいえない。
(2)防衛の意思
甲乙は、終始、甲がAから殴られるのを防ぐためにAに暴行を加えており、同一の防衛の意思に基づく行為である。
(3)やむを得ずにした行為
「やむを得ずにした行為」とは、防衛行為が侵害を排除するために必要であり、かつ防衛手段として相当であることをいう。共同正犯においては、共同して一個の防衛行為を行っているのであるから、相当性は共同正犯者全員の行為を一体として判断すべきである。また、乙の殴打時にも侵害が継続している以上、侵害終了後の反撃という量的過剰の問題ではなく、防衛手段の過剰(質的過剰)の問題となる。
体当たり及び押さえ付けは、素手で殴りかかるAの攻撃を排除するために必要かつ相当な手段である。しかし、乙の顔面殴打の時点では、Aは既に仰向けに倒され、甲が両足首を、乙が両上腕部を真上から力を込めて押さえ付けており、Aの攻撃力は当初より著しく弱まっていた。それにもかかわらず乙は、素手で殴りかかろうとしていたにすぎないAに対し、直径10センチメートル・重さ800グラムという殺傷能力の高い石を用い、人体の枢要部である顔面を力を込めて殴打している。これは防衛手段としての相当性を著しく逸脱する。
したがって、甲乙の一連の行為は全体として相当性を欠き、客観的には過剰防衛(36条2項)に当たる。
3 乙の罪責
乙は、自ら石を拾ってAの顔面を殴打しており、過剰性を基礎づける事実を認識している。よって乙には傷害罪が成立し、過剰防衛として刑の任意的減軽又は免除が認められる。殺意はないから殺人未遂罪の問題は生じない。
4 甲の罪責
甲は、乙が石を拾ったことも石でAの顔面を殴り付けたことも全く認識していない。甲が認識した事実、すなわち体当たりとAの両足首の押さえ付けのみを前提とすれば、防衛行為として相当であり正当防衛の要件を満たす。故意責任の本質は違法性を基礎づける事実を認識しながらあえて行為に出た点に対する非難にあるから、甲は違法性を基礎づける事実の認識を欠き、責任故意が阻却される。よって甲に傷害罪は成立しない。
次に過失傷害罪(209条1項)の成否を検討すると、甲乙は当初から素手でAを押さえ付けることを分担して確認しており、乙も「俺は上半身を押さえるから、下半身を押さえてくれ。」と述べていたのであって、乙が傍らに落ちていた石を凶器として用いることまで甲が予見することは困難であった。したがって過失も認められず、甲は不可罰である。仮に過失を認める立場に立てば過失傷害罪が成立し、過剰防衛に準じて36条2項の準用による刑の減免を認める余地がある。
第3 Aのズボンのポケットから財布を持ち去った行為
1 客観的構成要件該当性
甲乙が財布を奪った時点でAは失神していたにすぎず生存しており、ズボンのポケット内の財布にはAの占有が認められる。甲がAのズボンのポケットから財布を取り、これを甲の上着ポケットにしまった行為は、Aの意思に反してその占有を自己に移すものであるから窃取に当たり、窃盗罪(235条)の客観的構成要件に該当する。
2 故意(Aの占有を侵害する認識)
甲乙はAが死んでしまったと思っていたから、Aの占有を侵害する認識があったかが問題となる。
判例は、被害者を死亡させた者が、その直後に被害者の財物を奪取した場合には、被害者が生前有していた占有はなお刑法的保護に値するとして、被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して財物を奪取した点に着目し、窃盗罪の成立を認めている(最判昭和41年4月8日)。
本件で甲乙は、自らAに暴行を加えて失神させ、その直後、同じ路上において、自己の暴行によりAが財物を支配できない状態となったことを利用して財布を奪取している。したがって、甲乙の認識においても、自己の先行行為により占有を離脱させた直後の財物を奪取するという点で占有侵害の認識があったと評価でき、窃盗罪の故意が認められる。
なお、占有侵害の認識を否定する立場からは、客観的には窃盗罪、主観的には占有離脱物横領罪(254条)という抽象的事実の錯誤となるが、両罪はいずれも他人の財物に対する所有権を保護法益とし構成要件的に重なり合うから、軽い占有離脱物横領罪の限度で故意が認められることになる。
3 不法領得の意思
窃盗罪の成立には、故意とは別に、権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従い利用し処分する意思が必要である。
甲は、「財布は捨ててもいいが、もったいないから中の現金はもらい、借金の返済に使おう。」と考えて財布を自己の上着ポケットにしまい、現に甲宅で現金4万円を抜き取って自分のものとしている。権利者排除意思及び利用処分意思がいずれも認められるから、甲には窃盗罪が成立する。なお、現金4万円を抜き取った行為は既遂後の行為であり別罪を構成しない。
他方、乙は、「Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けよう。Aの財布を探して捨ててしまおう。」と考えていたにすぎず、財布を遺棄する意思しかなく、その経済的価値を享受し処分する意思がない。犯跡を隠滅するという目的は財物自体の効用を利用するものではないから、利用処分意思を欠き、乙に窃盗罪は成立しない。
4 乙についての器物損壊罪(261条)
「損壊」には物の効用を害する一切の行為が含まれ、隠匿もこれに当たる。甲乙がAのポケットから財布を持ち去り、甲宅に持ち帰ってこれを押し入れ内に隠した一連の行為により、Aは財布の所在を知ることも利用することもできなくなったから、財布の効用が害されたといえる。乙は財布を遺棄する意思で甲と共にこれを持ち去っているから、器物損壊罪の構成要件に該当する。
5 共同正犯の成否
甲は窃盗罪、乙は器物損壊罪の構成要件に該当し、両者は構成要件を異にする。共同正犯における共同実行は特定の構成要件の共同実現をいうが、異なる構成要件間であっても、構成要件が重なり合う限度では共同正犯が成立すると解する(部分的犯罪共同説)。
窃盗罪と器物損壊罪は、いずれも他人の財物に対する所有権を保護法益とし、他人の財物をその占有者の意思に反して自己の支配下に移す点で重なり合う。したがって、甲乙は軽い器物損壊罪の限度で共同正犯となり、甲についてはさらに窃盗罪が成立し、器物損壊罪はこれに吸収される。
第4 罪数
甲については、有印私文書偽造罪、同行使罪、詐欺罪及び背任罪が科刑上一罪となり、これと窃盗罪は併合罪(45条前段)となる。
乙については、傷害罪と器物損壊罪が併合罪(45条前段)となる。
以上