司法試験 平成28年 刑法
問題文
[刑事系科目]〔第1問〕(配点:100)
以下の事例に基づき,甲,乙,丙及び丁の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
1 甲(45歳,男性)は暴力団組織である某組において組長に次ぐ立場にあり,乙(23歳,男性)及び丙(20歳,男性)は甲の配下にある同組の組員で,乙は丙の兄貴分であった。甲は,某組の組長から,まとまった金員を工面するように指示を受けていたところ,配下の組員Aの情報によって,Aの知人であるV(40歳,男性)が,一人暮らしの自宅において,数百万円の現金を金庫に入れて保管していることを知った。
2 甲は, Vの現金を手に入れようと計画し,某年9月1日, 乙に対し,「実は, 組長からまとまった金を作れと言われている。Aの知人のVの自宅には数百万円の現金を入れた金庫があるらしい。
Vの家に押し入って,Vをナイフで脅して,その現金を奪ってこい。奪った現金の3割はお前のものにしていい。」と指示した。乙は,その指示に従うことにちゅうちょを覚えたが,組内で上の立場にいる甲の命令には逆らえないと考えるとともに, 分け前も欲しいと思い, 甲に対し,「分かりました。」と言った。甲は,乙に対し,現金3万円を渡して,「この金で,Vを脅すためのナイフなど必要な物を買って準備しろ。準備した物と実際にやる前には報告をしろ。」と言った。
乙は,甲から受け取った現金を使って,玄関扉の開錠道具,果物ナイフ(刃体の長さ約10センチメートル。以下「ナイフ」という。),奪った現金を入れるためのかばん等を購入した上,甲に対し,準備した物品について報告した。
その後, 乙は, 一人で強盗をするのは心細いと思い, 丙と一緒に強盗をしようと考えた。 乙は,丙に対し,「甲からの指示で,Vの家に行って押し込み強盗をやるんだが,一緒にやってくれないか。」と言って甲から指示を受けた内容を説明した上で,「俺がナイフで脅す。それでもVが抵抗してくるようだったら,お前はVを痛めつけてくれ。9月12日午前2時に実行する。その時間にVの家に来てくれ。お前にも十分分け前をやる。」と言った。しかし,丙は,その日は用事があったことから,乙の頼みを断った。乙は,「仕方ない。一人で何とかなるだろう。」と考え,単独で犯行に及ぶことを決意した。なお,乙は,甲に対し,丙を強盗に誘ったことについては言わなかった。
3 乙は,同月12日未明,事前に準備したナイフ等を持ってV方に向かい,V方前で甲に電話をかけ,「これからV方に入ります。」と伝えた。しかし,甲は,乙からの電話の数時間前に,今回の計画を知った某組の組長から犯行をやめるように命令されていたので,乙に対し, 「組長からやめろと言われた。今回の話はなかったことにする。犯行を中止しろ。」と言った。乙は,多額の現金を入手できる絶好の機会であるし,手元にナイフ等の道具もあることから,甲にそのように言われても,今回の犯行を中止する気にはならなかったが,甲に対し,「分かりました。」とだけ返事をして,その電話を切った。
4 乙は,その電話を切った直後の同日午前2時頃,準備した開錠道具を使用してV方の玄関扉を開錠し,V方に入った。乙は,Vが寝ている部屋(以下「寝室」という。)に行き,ちょうど物音に気付いて起き上がったVに対し,準備したナイフをその顔面付近に突き付け, 「金庫はどこにある。開け方も教えろ。怪我をしたくなければ本当のことを言え。」と言った。これに対し,Vが金庫のある場所等を教えなかったため,乙は,Vを痛めつけてその場所等を聞き出そうと考え,Vの顔面を数回蹴り,さらに,Vの右足のふくらはぎ(以下「右ふくらはぎ」という。 )をナイフで1回刺した。Vは,乙からそのような暴行を受け,「言うとおりにしないと,更にひどい暴行を受けるかもしれない。」と考えて強い恐怖心を抱き,乙に対し,「金庫は6畳間にあります。鍵は金庫の裏にあります。」と言った。それを聞いた乙は,右ふくらはぎを刺された痛みから床に横たわっているVを寝室に残したまま6畳の部屋 (以下 「6畳間」 という。)に向かった。
5 丙は,予定よりも早く用事が済んだため,兄貴分である乙が強盗するのを手伝おうという気持ちが新たに生じるとともに,分け前がもらえるだろうと考え,V方に行った。丙は,V方の玄関扉が少し開いていたので,同日午前2時20分頃,その玄関からV方に入り,寝室でVが右ふくらはぎから血を流して床に横たわっているのを見た。
その後, 丙は, 6畳間にいた乙を見付け, 乙に対し,「用事が早く済みました。 手伝いますよ。」
と言った。乙は,丙に対し,「計画どおりVをナイフで脅したけど,金庫の在りかを教えなかったから,ふくらはぎを刺してやった。あれじゃあ動けねえから,ゆっくり金でも頂くか。お前にも十分分け前はやる。」と言い,丙も,Vは身動きがとれないので簡単に現金を奪うことができるし,分け前をもらえると考えたこともあり,これを了解して「分かりました。」と言った。
乙は,Vから聞き出した場所にあった鍵を取り出して,これを使って6畳間の金庫の扉を開錠した。そして,乙と丙は,二人で同金庫の中にあった現金500万円を準備したかばんの中に入れ,その後,同日午前2時30分頃,そのかばんを持ってV方から出た。なお,Vは,終始,丙が来たことには気付いていなかった。
乙は,V方から出た後,某組事務所に行き,甲に対し,言われたとおり犯行を中止した旨の虚偽の報告をした。その後,乙は,Vから奪った現金のうち150万円を丙に分け前として渡し,残りの350万円を自分のものとした。
6 盗みに入る先を探して徘徊中の丁(32歳,男性。なお,甲,乙及び丙とは面識がなかった。 )
は,同日午前2時40分頃,V方前を通った際,偶然,V方の玄関扉が少し開いていることに気付いた。丁は,V方の金品を盗もうと考え,その玄関からV方に入り,6畳間において,扉の開いた金庫内にX銀行のV名義のキャッシュカード1枚 (以下 「本件キャッシュカード」 という。)
があるのを見付け,これをズボンのポケットに入れた。そして,丁が,更に物色するため寝室に入ったところ,そこには右ふくらはぎから血を流して床に横たわっているVがいた。丁は,その様子を見て驚いたものの,「ちょうどいい。 手に入れたキャッシュカードの暗証番号を聞き出し,現金を引き出そう。」と考え,Vに近付いた。
Vは, 丁に気付き,「何かされるかもしれない。」 と考えて, 丁に対して恐怖心を抱いた。 丁は,横たわっているVのそばにしゃがみ込んでVの顔を見たところ,Vが恐怖で顔を引きつらせていたので,「強く迫れば,容易に暗証番号を聞き出せる。」と考えた。そこで,丁は,Vをにらみ付けながら,「金庫の中にあったキャッシュカードの暗証番号を教えろ。」と強い口調で言った。Vは,丁が間近に来たことでおびえていた上,丁からそのように言われ,「言うことを聞かなかったら,先ほどの男にされたようなひどい暴力をまた振るわれるかもしれない。」と考えて,更に強い恐怖心を抱き,丁に対し,「暗証番号は××××です。」と言った。
7 丁は,その暗証番号を覚えると,V方から逃げ出し,同日午前3時頃,V方近くの24時間稼動している現金自動預払機(以下「ATM」という。)が設置されたX銀行Y支店にその出入口ドアから入り,同ATMに本件キャッシュカードを挿入した上,その暗証番号を入力して,同ATMから現金1万円を引き出した。
8 Vは,同日午前5時頃,乙から顔面を蹴られたことによる脳内出血が原因で死亡した(なお,乙がVの右ふくらはぎを刺した行為とVの死亡とは関連がない。)。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は,暴力団構成員である乙が,上位の地位にある甲から,V方に押し入って現金を奪うこと(以下「本件強盗」という。)を指示され,甲から資金提供を受けて開錠道具や果物ナイフ(以下「ナイフ」という。)等必要な道具を購入した後,甲から本件強盗を中止するように言われたものの,これに従わずに前記開錠道具を用いてV方に侵入し,Vに暴行・脅迫を加えたところ,乙が強盗するのを手伝うために丙がV方にやって来たことから,丙と共に現金を奪って逃げた事例と,乙らの逃走後,V方に侵入した丁が,Vのキャッシュカードをポケットに入れた後に血を流して倒れているVを見付け,同人から同カードの暗証番号を聞き出して逃走し,同カードを用いて現金を引き出すために近くの銀行支店に行き,同支店内において,前記聞き出した暗証番号を使って現金自動預払機(以下「ATM」という。 )から現金を引き出したという事例(なお,丁の逃走後,Vは乙から顔面を蹴られたことによる脳内出血が原因で死亡した。)について,甲乙丙丁それぞれの罪責を検討させることにより,刑事実体法及びその解釈論の知識と理解を問うとともに,具体的な事実関係を分析してそれに法規範を適用する能力及び論理的な思考力や論述力を試すものである。
以下では,V方における強盗の実行犯である乙,V方において乙に加担した丙,乙に本件強盗を指示した甲,その後V方に侵入した丁の罪責について順に述べることとする。
⑴ 乙の罪責暴力団組織である某組の構成員である乙は,某年9月1日,同組で組長に次ぐ地位にある甲から,組長からまとまった金を作れと言われているので,V方金庫内にある数百万円の現金を,V方に押し入って,Vをナイフで脅して奪って来いと指示された上,奪った現金の3割を分け前として与える旨言われた。乙は,当初,逡巡したものの,某組内で上位の地位にある甲からの命令であることや,分け前欲しさから,その命令を受け入れ,その後,甲から渡された現金3万円でV方に侵入する際に使う開錠道具,Vを脅すために使うナイフ,現金を入れるかばんを購入した上,某組で自身の弟分の地位にある丙に協力を求めたがこれを断られたので,一人でV方へ侵入することにした。同月12日未明,乙は,V方へ侵入する直前に甲から,本件強盗を中止すると言われたものの,これに従わずに本件強盗を実行し,用意していた開錠道具を用いてV方へ入り込んだ上,用意していたナイフを示し,Vの顔面を蹴り,Vの右足のふくらはぎ(以下「右ふくらはぎ」という。 )をナイフで刺すなどしてVから金庫の場所等を聞き出し,その後,乙が強盗するのを手伝うためにV方にやって来た丙と共に金庫内から現金500万円を取り出して用意していたかばんに入れてV方から持ち出し,その後,同現金のうち150万円を丙に分け前として渡し,残り350万円を自身のものとした。
まず,乙は,Vから現金を奪う目的で,事前に用意した開錠道具を用いてV方へ入り込んでいることから,住居侵入罪が成立することを簡潔に指摘する必要がある。
次に,乙がV方金庫内にあった現金を手に入れた行為について,いかなる構成要件に該当するかを確定する必要がある。 すなわち, 乙は, Vに対してナイフを顔面に突き付け,「金庫はどこにある。開け方も教えろ。怪我をしたくなければ本当のことを言え。」などと申し向け,それでも金庫の場所等を言わないVから,その場所等を聞き出すためにその顔面を蹴り付け,右ふくらはぎをナイフで刺すなどの有形力を行使していることから,これら乙の行為が強盗罪の暴行・脅迫に該当することにつき,その判断基準や判断要素に関して判例等を意識した上で論じる必要がある。
また,その後Vは死亡しているが,その原因は乙から顔面を蹴られたことによる脳内出血であることから,死亡結果と因果関係のある乙の行為を的確に指摘し,強盗致死罪の成立を論じる必要がある。
そして,罪数についても論じる必要がある。
なお,後に問題となるように,甲について共犯関係の解消を認めると,甲には強盗予備罪が成立することになる。このような結論を採った場合には,乙につき,強盗予備罪の成否,これと強盗致死罪との関係,予備罪の共犯の成否等に関しても的確に論じる必要がある。
⑵ 丙の罪責丙は,某組では乙の弟分の地位にあり,前述のとおり,乙から本件強盗への協力を頼まれたものの,これを実行する日に別の用事があったためにその依頼を断った。しかし,乙が本件強盗を実行する当日である某年9月12日,前記用事が予定よりも早く終わったことから,乙が強盗するのを手伝おうと考え,また,分け前も欲しかったことからV方へ向かい,開いていた玄関からV方内へ入り込んだ。そうしたところ,乙は,V方寝室内の床にVが右ふくらはぎから血を流して横たわっているのを見付け,その後,V方6畳間にいた乙から,乙がVの右ふくらはぎを刺したこと,Vは身動きがとれないので簡単に現金を奪うことができること,分け前をもらえることなどを聞くと,分け前欲しさから,乙を手伝って現金を手に入れることに決めた。その上で丙は,乙と共にV方金庫内から現金500万円を取り出し,これを乙が用意していたかばんの中に入れ,その後,そのかばんを持ってV方から出て,分け前として前記500万円のうち150万円を受け取った。
まず,丙は,乙の強盗行為を手伝う目的で玄関からV方に入り込んでいることから,住居侵入罪が成立することを簡潔に指摘する必要がある。なお,丙の住居侵入罪に関しては,乙との共謀が成立する前のものであり,単独犯となることも端的に指摘する必要がある。
また,丙は,その後,乙と共にV方金庫内にあった現金をV方外へ持ち出しているが,これが容易に可能となったのは,Vが,乙から右ふくらはぎをナイフで刺されて血を流して動けない状態となっていたためであった。既に検討しているように,乙がVの右ふくらはぎをナイフで刺した行為は強盗罪の暴行に該当することから,さらに,丙がVのそのような状況を利用して乙と共に現金を手に入れた行為につき,丙にいかなる犯罪が成立するかを検討する必要がある。
その検討に当たっては,いわゆる承継的共犯の成否を論じる必要があるところ,その際には問題の所在を意識した論述を行う必要がある。すなわち,丙と乙との間の共謀はV方内で成立した現場共謀であることを指摘しつつ,丙が関与する前(共謀成立前)の乙の行為に関して責任を負うことがあり得るのかについて,共犯の処罰根拠を含めて,承継的共犯の問題につき説得的に規範定立を行い,その上で,定立した自説の規範に,具体的な事実を指摘して的確な当てはめを行うことが求められる。
具体的には,承継的共犯について,いわゆる中間説(限定的肯定説)の立場を採った場合には,丙が乙の先行行為によって生じた状況を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用したか否かを論じる必要がある。この点に関しては,丙が分け前をもらえると考えていたことや,丙はVが身動きできないので簡単に現金を奪うことができると考えていたことなどの各事実を的確に指摘して結論を導き出すことが求められ,その上で,Vの傷害・死亡結果について丙もその責任を負うかにつき,丙が何を利用したのかなどを意識し,理由付けも含め的確に論じることが求められる。
また,承継的共犯について,いわゆる全面的否定説の立場を採った場合には,丙に窃盗罪が成立することになると考えられる。その結論を導くに当たっては,Vは丙が関与する前に既に乙の行為によって反抗を抑圧されており,丙はVに一切の暴行・脅迫を加えておらず,かつ,Vも丙の存在を認識していないことなどの各事実を的確に指摘して説得的に論じることが求められ,さらに,乙とはいかなる範囲で共同正犯が成立するのかをも含め的確に指摘する必要がある。
なお,丙の罪責に関しては,前述以外にも,乙と丙は強盗罪の実行行為の一部を共同しているとして強盗罪の範囲で共同正犯が成立するとする見解や,丙には窃盗罪の他に強盗罪の幇助犯が成立するとする見解などが存する。
このように種々の見解が存することから,承継的共犯の規範定立に当たっては,自説のみを論じるのではなく反対説を意識して論述するのが望ましいものといえ,また,承継的共犯に関しては近時の判例(最二決平成24年11月6日刑集66巻11号1281頁)
もあることから,その点も意識した論述ができることがより望ましいものといえる。
そして,罪数についても論じる必要がある。
⑶ 甲の罪責甲は,暴力団組織である某組の組長に次ぐ地位にあり,同組組長からまとまった現金を工面するように指示を受けていたところ,Vが自宅において,数百万円の現金を金庫に入れて保管していることを知り,この現金を手に入れようと計画した上,配下組員の乙に対して,V方へ押し入り,ナイフで脅してその現金を奪ってくるように指示し,ナイフなど必要な物を購入するための資金として現金3万円を交付した。その後,甲は,乙からナイフなど,同現金で購入した物について報告を受けた後,某年9月12日未明,乙からこれからV方に押し入る旨を告げられた際,乙に対して,組長からの命令として本件強盗を中止するように言った。しかしながら,乙は,これに従わず,準備していたナイフなどを用いて本件強盗を実行し,その後V方にやってきた丙と共にV方から現金500万円を持ち出して手に入れた。
まず,甲は,乙に対して本件強盗の実行を持ち掛け,乙はこれを了承しているところ,甲と乙との間に共謀が成立していることを論じる必要がある。その際には,甲が乙に対してVが金庫内に多額の現金を保管している旨の情報を提供したこと,甲が乙に対してVから現金を奪う際にはナイフを用いるように指示したこと,甲が乙に対してナイフなど必要な道具を購入するための資金として現金3万円を提供したこと,乙は分け前欲しさもあり甲の指示を了承したこと,乙は甲の配下組員であること,甲はVから手に入れた金員の7割を手にすることにしていたこと,甲は組長からの指示で現金を手に入れる必要があったことなどの各事実を指摘した上,これらの事実を用いて共謀共同正犯が成立することをその要件を踏まえて論じることが求められる。
そして,甲は,その後,乙に対して中止するように言ったにもかかわらず乙が本件強盗を実行していることから,甲が乙の実行した本件強盗に関してその責任を負うのか,共犯関係からの離脱が問題となる。これを論じる際には,共犯の処罰根拠を意識した問題の所在の摘示及び規範の定立が求められる。
その上で,甲の離脱を認めるか否かに関しては,甲と乙のやりとり(中止指示と乙の了承を前提に,甲が道具の回収指示をしていないこと),甲から渡された現金3万円で乙が用意したナイフや開錠用具,かばんといった道具の重要性,甲が首謀者であること,甲から乙への中止指示が犯行直前であり,かつ,その指示方法も,組長から中止指示を受けて直ちに告げたわけではなく,乙が電話をかけてきた際に告げたものであることなどの各事実を踏まえ,定立した規範にこれら事実を的確に当てはめて結論を導き出す必要がある。その結論としては,心理的因果性は除去されていたとしても物理的因果性が除去されていないとして離脱を認めないとするもの,心理的因果性が除去されていることに重点を置き離脱を認めるものなどがあり得るが,離脱を認める場合には,物理的因果性が残っているにもかかわらず離脱を認めると考えた理由につき事案に即してより説得的に論じることが求められる。
甲の離脱を認めないとの結論を採った場合には,Vが乙の行為により死亡している点に関しても甲がその責任を負うのかを,理由を含めて簡潔に論じる必要がある。さらに,甲と丙との間に共謀が成立するのかについても,いわゆる順次共謀の考え方(判例として最大判昭和33年5月28日刑集12巻8号1718頁等がある。)に従って論述することが求められる。なお,この場合において,丙につき承継的共犯を否定して窃盗罪の成立を認めたときには,甲に関して共犯間の錯誤も問題となり得るところである。
これに対し,甲の離脱を認めるとの結論を採った場合,甲には強盗予備罪が成立するとの結論が導き出される。その場合には,乙との間で強盗予備罪の共同正犯が成立するかを端的に論じる必要がある。さらに,甲に予備罪の中止等も問題となり得るところである。
そして,罪数についても論じる必要がある。
⑷ 丁の罪責丁 (甲,乙及び丙とは面識がなかった。) は, 窃盗に入る先を探して徘徊中, V方前を通った際に,V方の玄関扉が少し開いていることに気付いた。そこで丁は,V方から金品を盗もうと考えてV方に入り込み,その後,V方6畳間にあった扉の開いた金庫内からX銀行のV名義のキャッシュカード(以下「カード」という。)を取り出して自身のズボンのポケットに入れ,更に物色するためV方寝室に行ったところ,そこで右ふくらはぎから血を流して床に横たわっているVを発見した。丁は,Vからカードの暗証番号を聞き出そうと考え,「暗証番号を教えろ」などと強い口調で言ってこれを聞き出し,その後,V方から逃げ出して,同カードを用いて現金を引き出すために,近くの24時間稼動しているATMが設置されているX銀行Y支店に出入口ドアから入り,同ATMに同カードを挿入した上,暗証番号を入力して現金1万円を引き出した。
まず,丁は,V方から金品を盗み出す目的で,開いていた玄関扉からV方へ入り込んでいることから,住居侵入罪が成立することを簡潔に指摘する必要がある。
次に,丁がVのカードをズボンのポケットに入れた点に関しては,その財物性,窃盗罪の既遂時期などについて端的に論じることが求められる。
さらに,丁は,その後,右ふくらはぎ を刺されて横たわっているVに対し,強い口調で迫ってVのカードの暗証番号を聞き出しているところ,この行為がいかなる構成要件に該当するかを確定する必要がある。この点に関しては,Vのカードの暗証番号が刑法上保護されるべき財産上の利益に該当するか否かに加え(カードとその暗証番号を併せ持つことは財産上の利益に該当するとした裁判例として東京高判平成21年11月16日判例時報2103号158頁がある。),丁がVに申し向けた文言が強盗罪の実行行為としての脅迫に該当するか否かが問題となるところである。その結論としては,暗証番号の利益性を肯定すれば2項強盗罪あるいは2項恐喝罪が,これを否定すれば強要罪等が成立するが,いずれの結論を採ったとしても,問題点を意識した上で,理論的に矛盾なく論じられていることが求められる。
また,丁が,Vのカードを用いて現金を引き出すためにX銀行Y支店の出入口ドアから店内に入り,同カードを使ってATMから現金を引き出した点については,建造物侵入罪及び窃盗罪の各成否に関して,簡潔に論ずる必要がある。
そして,罪数についても論じる必要がある。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 乙の罪責
1 V方に立ち入った行為について住居侵入罪(刑法130条前段)の成否
V方はVが一人暮らしをする住居である。乙は、Vから現金を奪う目的で、準備した開錠道具を使用して玄関扉を開錠し、深夜午前2時頃に立ち入っている。居住者であるVの意思に明らかに反する立入りであるから「侵入」に当たり、住居侵入罪が成立する。
2 Vに暴行・脅迫を加えて現金を奪い、死亡させた行為について
(1)強盗罪(236条1項)の暴行・脅迫
強盗罪の暴行・脅迫は、社会通念上、相手方の反抗を抑圧するに足りる程度のものでなければならない。その判断は、行為の態様、凶器の有無、犯行の時刻・場所、被害者の状況等を考慮し、客観的・一般的に行う。
本件で乙は、深夜午前2時頃、一人暮らしのV方寝室において、物音に気付いて起き上がった直後のVに対し、刃体の長さ約10センチメートルのナイフをその顔面付近に突き付け、「金庫はどこにある。開け方も教えろ。怪我をしたくなければ本当のことを言え。」と述べている。さらにVが金庫の場所等を教えなかったため、その顔面を数回蹴り、右ふくらはぎをナイフで1回刺している。一般人を基準としても反抗を抑圧するに足りる程度に達しており、現にVは強い恐怖心を抱いて金庫の場所と鍵の在りかを答え、刺された痛みから床に横たわって動けなくなっている。
(2)財物の奪取
乙は、Vの反抗が抑圧された状態に乗じて、聞き出した場所にあった鍵で金庫を開錠し、後述の丙と共に現金500万円を準備したかばんに入れてV方から持ち出している。暴行・脅迫と財物奪取との因果関係が認められ、現金を自己の支配下に移した時点で既遂である。不法領得の意思も認められる。
(3)強盗致死罪(240条後段)
Vは、同日午前5時頃、乙から顔面を蹴られたことによる脳内出血が原因で死亡している。240条後段は強盗の機会に生じた死亡結果についての結果的加重犯であり、死亡の故意は不要である。本件の顔面蹴打は、金庫の場所等を聞き出すための強盗の手段としての暴行そのものであり、これと死亡との間に因果関係が認められる。乙に殺意はないから強盗殺人ではなく、強盗致死罪が成立する。
3 強盗予備罪(237条)
乙は、甲の指示を受けて開錠道具、ナイフ、かばん等を購入しており、強盗予備罪の構成要件に該当するが、同一の強盗を実行して既遂に至っているから、予備は強盗致死罪に吸収される。甲との間の強盗予備罪の共同正犯についても同様である。
4 罪数
住居侵入罪と強盗致死罪は手段・結果の関係にあるから牽連犯(54条1項後段)となる。
第2 丙の罪責
1 V方に立ち入った行為について
丙は、乙の強盗を手伝う目的で、少し開いていた玄関からV方に入っている。居住者の意思に反する立入りであり住居侵入罪が成立する。もっとも、この時点では乙との共謀は成立していないから、丙単独の住居侵入罪である。
2 現金500万円を取り出した行為について
(1)問題の所在
丙が乙と共謀したのは、乙が既にVに対する暴行・脅迫を終えてその反抗を抑圧した後のV方内における現場共謀である。そこで、丙が加担前の乙の暴行・脅迫についても責任を負うか、承継的共同正犯の成否が問題となる。
(2)規範
共犯の処罰根拠は、自己の行為が他の共犯者の行為を介して法益侵害の結果に因果性を及ぼした点にある。加担前に既に行われた先行者の行為に対して後行者が因果性を及ぼすことはできないから、後行者は原則として自己の加担後の行為についてのみ責任を負う。もっとも、後行者が、先行者の行為によって生じた状態を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用する意思のもとに加担し、現にこれを利用した場合には、その限度で先行者の行為の効果についても責任を負うと解する。ただし、先行行為から既に生じた傷害の結果自体は、後行者が自ら生じさせたものではなく、これを利用したともいえないから、後行者は責任を負わない(最決平成24年11月6日参照)。
(3)あてはめ
丙は、V方寝室でVが右ふくらはぎから血を流して床に横たわっているのを見た上、乙から「計画どおりVをナイフで脅したけど、金庫の在りかを教えなかったから、ふくらはぎを刺してやった。あれじゃあ動けねえから、ゆっくり金でも頂くか。」と聞き、Vは身動きがとれないので簡単に現金を奪うことができると考え、分け前も欲しかったことからこれを了解している。そして現に、反抗を抑圧されて動けないVを放置したまま、乙と二人で金庫内の現金500万円をかばんに入れて持ち出し、分け前として150万円を受け取っている。
したがって丙は、乙の暴行・脅迫によって生じたVの反抗抑圧状態を自己の財物奪取の手段として積極的に利用したといえるから、強盗罪(236条1項)の共同正犯(60条)が成立する。
他方、Vの死亡は、丙が加担する前に乙がVの顔面を蹴った行為による脳内出血によるものであり、丙が自ら生じさせたものではない。丙が利用したのは右ふくらはぎ刺突等により行動不能となっていた状態にとどまる。よって丙は死亡結果について責任を負わず、強盗致死罪は成立しない。
なお、承継的共同正犯を全面的に否定する立場からは、丙はVに一切の暴行・脅迫を加えておらず、Vも終始丙が来たことに気付いていないことから、丙には窃盗罪が成立し、乙との間では窃盗罪の限度で共同正犯となるにとどまる。しかし、この見解は、反抗抑圧状態を積極的に利用して財物を取得した点の違法性を適切に評価できず、相当でない。
3 罪数
住居侵入罪と強盗罪は牽連犯(54条1項後段)となる。
第3 甲の罪責
1 共謀共同正犯の成立
甲は実行行為を分担していないから共謀共同正犯の成否が問題となる。その要件は、①共謀、②共謀に基づく一部の者の実行行為、③正犯意思であり、正犯意思は犯行の動機・経緯、犯行における役割、利益の帰属等を総合して、自己の犯罪として行ったといえるかにより判断する(最大判昭和33年5月28日)。
本件で甲は、組長からまとまった金員を工面するよう指示を受け、自らV方に金庫があるとの情報を乙に提供し、「Vの家に押し入って、Vをナイフで脅して、その現金を奪ってこい。」と犯行の方法まで具体的に指示している。さらに現金3万円を交付して「この金で、Vを脅すためのナイフなど必要な物を買って準備しろ。準備した物と実際にやる前には報告をしろ。」と指示し、現に準備物の報告を受けている。奪った現金の3割を乙に与えるにとどめ、7割は甲が取得する予定であった。乙は甲の配下組員であり、組内で上位にある甲の命令には逆らえないと考えて了承している。
以上から、甲乙間に住居侵入及び強盗についての意思連絡があり、甲は犯行を計画し指示を与え、利益の大半を取得する立場にあって組織内の上下関係を通じて乙を支配していたのであるから、自己の犯罪として行ったといえ正犯意思が認められる。よって甲には住居侵入罪及び強盗罪の共謀共同正犯が成立する。
2 共犯関係からの解消
甲は、乙がV方に入る直前の電話で「組長からやめろと言われた。今回の話はなかったことにする。犯行を中止しろ。」と述べているから、共犯関係からの離脱が認められるかが問題となる。
共犯の処罰根拠が結果に対する因果性にあることからすれば、実行の着手前であっても、離脱が認められるためには、共謀によって生じた心理的因果性及び物理的因果性が解消されたことを要する。
本件では、首謀者である甲が明確に中止を指示し、乙も「分かりました。」と返事をしているから、心理的因果性については一応の解消があったとみる余地がある。しかし、乙は実際には中止する気にならず、その電話を切った直後に犯行に及んでいる。
そして、甲が交付した3万円によって購入された開錠道具、ナイフ、かばんは、V方への侵入、Vの反抗抑圧、現金の搬出という犯行の全過程において不可欠の道具であり、乙は現にこれらを用いて犯行を遂げている。甲はこれらの道具の回収や廃棄を何ら指示しておらず、物理的因果性は全く解消されていない。加えて、甲の中止指示は、組長から命令を受けた数時間後、乙が電話をかけてきた機会に初めて告げられたものであって、甲が自発的に犯行を阻止する措置を講じたものではなく、乙が既に現場に到達していた時点でのものであるから、翻意を確認するなどの措置も取られていない。
したがって、甲について共犯関係の解消は認められない。
3 甲が負う罪責
甲は乙の実行行為について共同正犯の責任を負う。Vの死亡は、甲が指示したナイフによる脅迫を含む強盗の機会における暴行から生じた結果的加重犯の結果であり、共謀の範囲内にあるから、甲も強盗致死罪(240条後段)の責任を負う。
また、丙の加担については、乙を介して甲丙間にも順次共謀が成立すると解される(前掲最大判昭和33年5月28日)。もっとも、甲の罪責は乙との共同正犯として既に強盗致死罪として評価されるから、結論に影響しない。
なお、仮に共犯関係の解消を認める立場に立つ場合には、甲には住居侵入及び強盗の予備にとどまるから強盗予備罪(237条)の共同正犯が成立する。予備罪については中止犯の規定(43条ただし書)の準用は認められないと解すべきであるから、刑の減免はされない。
4 罪数
住居侵入罪と強盗致死罪は牽連犯(54条1項後段)となる。
第4 丁の罪責
1 V方に立ち入った行為
丁は、V方の金品を盗む目的で、少し開いていた玄関からV方に入っている。居住者の意思に反する立入りであり住居侵入罪(130条前段)が成立する。
2 キャッシュカードを取得した行為
キャッシュカードは、それ自体の素材的価値は小さいが、暗証番号と併せて用いることにより預金の払戻しを受けることができる機能を有する有体物であるから、財物性が認められる。
丁は、V方6畳間の扉の開いた金庫内から本件キャッシュカードを見付け、これを自己のズボンのポケットに入れている。これによりVの占有を排除して自己の排他的支配下に移したから、この時点で窃盗罪(235条)は既遂である。
3 暗証番号を聞き出した行為
(1)財産上の利益
キャッシュカードを窃取した者がその暗証番号を知得することは、ATMを通じて現実に預金の払戻しを受けることを可能にするものであり、カードとその暗証番号を併せ持つことは財産的価値を有する地位の取得といえる。したがって、暗証番号の知得は2項強盗罪(236条2項)にいう「財産上の利益」の取得に当たる(東京高判平成21年11月16日参照)。
(2)脅迫
丁は、深夜、右ふくらはぎから血を流して床に横たわり身動きのできないVのそばにしゃがみ込み、Vが恐怖で顔を引きつらせているのを見て、「強く迫れば、容易に暗証番号を聞き出せる。」と考え、Vをにらみ付けながら「金庫の中にあったキャッシュカードの暗証番号を教えろ。」と強い口調で言っている。
明示的に害悪を告知していないが、負傷して抵抗できない被害者に対し、深夜その間近でにらみ付けながら強い口調で要求する行為は、要求に応じなければ生命・身体に危害を加える旨を暗黙に告知するものといえ、客観的にVの反抗を抑圧するに足りる程度に達している。現にVは、言うことを聞かなければ先ほどの男にされたようなひどい暴力をまた振るわれるかもしれないと考えて強い恐怖心を抱き、暗証番号を告げている。
よって2項強盗罪が成立する。なお、丁は乙と面識がなく意思連絡もないから、乙の暴行を利用した点について承継的共犯の問題は生じず、丁自身の脅迫により反抗を抑圧したものと評価される。
4 X銀行Y支店に立ち入り現金を引き出した行為
同支店は人の看守する建造物であり、24時間稼動のATMが設置されて一般に開放されているとはいえ、窃取したキャッシュカードで現金を引き出す目的での立入りは管理権者の意思に反するから「侵入」に当たり、建造物侵入罪(130条前段)が成立する。
ATM内の現金はX銀行の占有に属する。権限なく他人のキャッシュカードと暗証番号を用いて現金1万円を引き出す行為は、銀行の意思に反してその占有を自己に移すものであるから窃取に当たり、窃盗罪(235条)が成立する。
5 Vの死亡について
Vの死亡は乙の暴行による脳内出血によるものであり、丁の脅迫との間に因果関係はない。よって丁はVの死亡について責任を負わない。
6 罪数
V方への住居侵入罪と、キャッシュカードについての窃盗罪及び2項強盗罪は、それぞれ手段・結果の関係にあるから牽連犯(54条1項後段)として科刑上一罪となる。また、建造物侵入罪と現金1万円についての窃盗罪も牽連犯となる。両者は併合罪(45条前段)である。
以上