司法試験 平成25年 刑法
問題文
[刑事系科目]〔第1問〕(配点:100)
以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
1 暴力団組長である甲 (35歳) は, 同組幹部のA (30歳) が対立する暴力団に情報提供していることを知り,Aの殺害を決意した。
甲は,Aに睡眠薬を混入させた飲料を飲ませて眠らせた上,Aを車のトランク内に閉じ込め,ひとけのない山中の採石場で車ごと燃やしてAを殺害することとした。甲は,Aを殺害する時間帯の自己のアリバイを作っておくため,Aに睡眠薬を飲ませて車のトランク内に閉じ込めるところまでは甲自身が行うものの, 採石場に車を運んでこれを燃やすことは, 末端組員である乙 (20歳)
に指示して実行させようと計画した。 ただし, 甲は, 乙が実行をちゅうちょしないよう, 乙にはトランク内にAを閉じ込めていることは伝えないこととした。
2 甲は, 上記計画を実行する当日夜, 乙に電話をかけ,「後でお前の家に行くから待ってろ。」と 指示した上, Aに電話をかけ,「ちょっと話があるから付き合え。」 などと言ってAを呼び出した。 甲は,古い自己所有の普通乗用自動車(以下「B車」という。)を運転してAとの待ち合わせ場所に向かったが,その少し手前のコンビニエンスストアに立ち寄り,カップ入りのホットコーヒー2杯を購入し,そのうちの1杯に,あらかじめ用意しておいた睡眠薬5錠分の粉末を混入させた。甲は,程なく待ち合わせ場所に到着し, そこで待っていたAに対し,「乗れ。」 と言い, AをB車助手席に乗せた。 甲は, B車を運転して出発し, 走行中の車内で, 上記睡眠薬入りコーヒーをAに差し出した。Aは,甲の意図に気付くことなくこれを飲み干し,その約30分後,昏睡状態に陥った。甲は,Aが昏睡したことを確認し,ひとけのない場所にB車を止め,車内でAの手足をロープで縛り,Aが自由に動けないようにした上,昏睡したままのAを助手席から引きずり出して抱え上げ,B車のトランク内に入れて閉じ込めた。なお,上記睡眠薬の1回分の通常使用量は1錠であり,5錠を一度に服用した場合,昏睡状態には陥るものの死亡する可能性はなく,甲も,上記睡眠薬入りコーヒーを飲んだだけでAが死亡することはないと思っていた。
3そ の 後 , 甲は,給油所でガソリン10リットルを購入し,B車の後部座席にそのガソリンを入れた容器を置いた上,B車を運転して乙宅に行った。甲は,乙に対し,「この車を廃車にしようと思うが,手続が面倒だから,お前と何度か行ったことがある採石場の駐車場に持って行ってガソリンをまいて燃やしてくれ。 ガソリンはもう後部座席に積んである。」 などと言い, トランク内にAを閉じ込めた状態であることを秘したまま,B車を燃やすよう指示した。乙は,組長である甲の指示であることから,これを引き受けた。甲が以前に乙と行ったことがある採石場(以下「本件採石場」
という。)は,人里離れた山中にあり,夜間はひとけがなく,周囲に建物等もない場所であり,甲は,本件採石場の駐車場(以下「本件駐車場」という。)でB車を燃やしても,建物その他の物や人に火勢が及ぶおそれは全くないと認識していた。
4 甲が乙宅から帰宅した後, 乙は, 一人でB車を運転し, 甲に指示された本件採石場に向かった。
乙の運転開始から約1時間後,Aは,B車のトランク内で意識を取り戻し,「助けてくれ。出してくれ。」などと叫び出した。乙は,トランク内から人の声が聞こえたことから,道端にB車を止めてトランクを開けてみた。 トランク内には, Aが手足をロープで縛られて横たわっており,「助けてくれ。出してくれ。」と言って乙に助けを求めてきた。乙は,この時点で,甲が自分に事情を告げずにB車を燃やすように仕向けてAを焼き殺すつもりだったのだと気付いた。乙は,Aを殺害することにちゅうちょしたが, 組長である甲の指示であることや, 乙自身, 日頃, Aからいじめを受けてAに恨みを抱いていたことから,Aをトランク内に閉じ込めたままB車を燃やし,Aを焼き殺すことを決意した。乙は,Aが声を出さないようにAの口を車内にあったガムテープで塞いだ上,トランクを閉じ,再びB車を運転して本件採石場に向かった。乙は,Aの口をガムテープで塞いだものの,鼻を塞いだわけではないので,それによってAが死亡するとは思っていなかった。
5 乙は, その後,山中の悪路を約1時間走行し,トランク内のAに気付いた地点から距離にして約20キロメートル離れた本件駐車場に到着した。Aは,その間に,睡眠薬の影響ではなく上記走行による車酔いによりおう吐し,ガムテープで口を塞がれていたため,その吐しゃ物が気管を塞ぎ,本件駐車場に到着する前に窒息死した。
6 本件駐車場は, 南北に走る道路の西側に面する南北約20メートル,東西約10メートルの長方形状の砂利の敷地であり,その周囲には岩ばかりの採石現場が広がっていた。本件採石場に建物はなく, 当時夜間であったので, 人もいなかった。 乙は, 上記南北に走る道路から本件駐車場に入ると,B車を本件駐車場の南西角にB車前方を西に向けて駐車した。本件駐車場には,以前甲と乙が数回訪れたときには駐車車両はなかったが,この日は,乙が駐車したB車の右側,すなわち北側約5メートルの地点に,荷台にベニヤ板が3枚積まれている無人の普通貨物自動車1台(C所有)がB車と並列に駐車されていた。 また, その更に北側にも, 順に約1メートルずつの間隔で, 無人の普通乗用自動車1台 (D所有) 及び荷物が積まれていない無人の普通貨物自動車1台 (E所有) がいずれも並列に駐車されていた。しかし,本件駐車場内にはその他の車両はなく,人もいなかった。
当時の天候は, 晴れで, 北西に向かって毎秒約2メートルの風が吹いていた。 また, B車の車内のシートは布製であり,後部座席には雑誌数冊と新聞紙が置いてあった。乙は,それら本件駐車場内外の状況, 天候や車内の状況等を認識した上,「ここなら, 誰にも気付かれずにB車を燃やすことができる。他の車に火が燃え移ることもないだろう。」と考え,その場でB車を燃やすこととした。
乙は,トランク内のAがまだ生存していると思っており,トランクを開けて確認することなく,B車を燃やしてAを殺害することとした。乙は,B車後部座席に容器に入れて置いてあったガソリン10リットルをB車の車内及び外側のボディーに満遍なくまき,B車の東方約5メートルの地点まで離れた上,丸めた新聞紙にライターで火をつけてこれをB車の方に投げ付けた。すると,その火は,乙がまいたガソリンに引火し,B車全体が炎に包まれてAの死体もろとも炎上した。その炎は,地上から約5メートルの高さに達し,時折,隣のC所有の普通貨物自動車の左側面にも届いたが,間もなく風向きが変わり,南東に向かって風が吹くようになったため,C所有の普通貨物自動車は,左側面が一部すすけたものの,燃え上がるには至らず,その他の2台の駐車車両は何らの被害も受けなかった。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は,暴力団組長の甲が,同組幹部のAを車のトランク内に閉じ込め,車ごと燃やして殺害しようとの計画の下,自らAを自己所有車B(以下「B車」という。)のトランク内に閉じ込めた上,その事情を秘して配下組員の乙に指示してB車に放火させたが,その前にAがトランク内で死亡していたという具体的事例について,甲乙それぞれの罪責を問うことにより,刑事実体法及びその解釈論の知識と理解,具体的な事案を分析してそれに法規範を適用する能力及び論理的な思考力・論述力を試すものである。すなわち,本問の事案は,①甲が,Aを呼び出して自ら運転するB車の助手席に乗車させた上,Aに睡眠薬入りコーヒーを飲ませて昏睡させ,その手足をロープで緊縛してB車トランク内に閉じ込めた後,②配下組員の乙に対し,それらの事情を秘したまま,ひとけのない山中の採石場の駐車場でB車を燃やしてくるよう指示してB車を引き渡し,③その指示を受けた乙が,上記採石場に向けてB車を運転中,Aの存在に気付き,甲のA殺害計画を察知したものの,自らのAへの恨みもあり,AをB車ごと燃やして殺害することを決意し,Aの口をガムテープで塞いでトランクを閉じ,再びB車を発進させて上記採石場に向かったところ,④Aは,同所に至る前に車酔いによりおう吐し,その吐しゃ物に気管を塞がれて窒息死したが,⑤乙は,これに気付かず,周囲にひとけや建物はないが,B車に隣接して他人所有自動車3台が並列に駐車された上記採石場の駐車場において,他車に火が燃え移ることはないだろうと考えながら,B車にガソリンをまいて火を放ち,B車を全焼させた,というものである。各行為に対する甲乙の罪責を論じる際には,事実関係を的確に分析した上で,事実認定上及び法解釈上の問題を検討し,事案に当てはめて妥当な結論を導くことが求められる。
(1) 乙の罪責についてア 殺人罪についての検討本問において,Aは,前記のとおり ,乙が企図したよりも早い段階であるB車走行中に窒息死しているが,このような場合 にも,乙に殺人罪が成立するのかについての検討が必要となる。この点については,殺 人罪の構成要件要素の意義を正確に示した上で,問題文中の各種事情を的確に当てはめ ることが必要となるが,本問で特に問題となるのは,構成要件の実現が早すぎた場合の 実行の着手時期等をどのように考えるのかという点である。この点については,最判平 成16年3月22日刑集58巻3号187頁が参考になる。すなわち,乙がAの口をガ ムテープで塞いでトランクを閉じてB車を走行させた行為を第1行為とし,前記採石場 の駐車場でB車に火を放つ行為を第2行為とし,この判例のような考え方に従うのであ れば,同判例が挙げる実行着手を判断するための考慮要素,すなわち,①第1行為が第 2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったこと,②第1行為に成功 した場合,それ以降の犯罪計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなか ったと認められること,③第1行為と第2行為との間が時間的場所的に近接しているこ との各要素を示すなどした上,各種事情を的確に当てはめ,第1行為時に殺人罪の実行着手が認められるかを検討することが必要である。
第1行為時に殺人罪の実行着手を認め た場合,更に因果関係や故意の存在についての言及も求められる。また,この判例の考 え方に従わない場合も,同判例を意識しつつ,殺人罪の実行着手時期等についての自己 の見解を説得的に論証した上で,的確な当てはめを行うことが求められる。
イ 監禁罪等についての検討本問において,前記アの第1行為に ついては,監禁罪の成否を検討することが望まれる。加えて,第1行為によりAが死亡 した点については,監禁致死罪の成否も問題となろう。そして,監禁罪又は監禁致死罪(以下「監禁罪等」という。)が成立すると考え,かつ,前記アの検討において,前記判 例の考え方に従った上で殺人既遂罪の成立を認める場合には,監禁罪等と殺人既遂罪との関係についての言及が求められる。
ウ 建造物等以外放火罪についての検討本問において,乙がB車にガソリン をまいて火を放ち,B車を全焼させた点については,刑法第110条の建造物等以外放 火罪の成否が問題となる。この点についても,同罪の構成要件要素を的確に示しつつ, 問題文中の各種事情を的確に当てはめることが必要となり,①「放火」「焼損」の意義及び当てはめ,②B車への放火行為が所有者である甲の指示によるものであることから, 刑法第110条第2項にいう「自己の所有に係るとき」に該当するか否かの検討が求め られる。そして,同罪は,公共の危険の発生を要するところ,乙がB車に放火した場所 は,ひとけのない山中の採石場の駐車場であり,B車の周囲には,他人所有の車両が3 台駐車されていたものの,建造物等もなかったことから,本問において,公共の危険が 発生したといえるかにつき,その意義や判断基準を明らかにした上で的確な当てはめを 行うことが求められる。この点については,刑法第110条の公共の危険とは,同法第 108条及び第109条に規定する建造物等への延焼の危険のみに限られず,不特定又 は多数の人の生命,身体又は前記建造物等以外の財産に対する危険も含まれると解する のが相当である旨判示した最決平成15年4月14日刑集57巻4号445頁が参考に なる。この判例の考え方に従う場合には,同判例に示された公共の危険の意義等を示し た上,問題文中の各種事情を具体的に指摘して丁寧に当てはめる必要がある。また,こ の判例と異なる考え方に立つ場合には,同判例を意識しつつ,公共の危険の意義等につ いての自己の見解を説得的に論証した上で,的確な当てはめを行うことが求められる。 上記検討において,公共の危険が発生したと認めた場合には,乙が他車両に火が燃え移 ることはないだろうと思い放火に及んでいることから,更に公共の危険発生の認識の要 否についての論述が求められる。この点については,最判昭和60年3月28日刑集39巻2号75頁等の判例が参考になる。
(2) 甲の罪責についてア 殺人罪についての検討本問において,甲は,A殺害の意図 で,AをB車トランク内に閉じ込めていることを秘したまま,乙に対し,B車に火を放 つよう指示したが,乙は,走行中にトランク内のAの存在に気付いた上で,A殺害を決 意し,前記経過でAを死亡させるに至っており,甲についても,Aを死亡させた点につ き,殺人罪の成否の検討が求められる。この点については,大きく分けて,①甲を実行 行為者とする殺人罪の成否の検討,②乙との共犯関係の検討が,それぞれ求められる。
まず,①については,間接正犯の成否が問題となり,乙がAの存在に気付いた時点で,乙の道具性が失われるか否かの検討が 求められる。乙の道具性が失われると考える場合には,間接正犯における実行の着手時 期いかんによって,予備か未遂かなど,甲の罪責に違いが出てくることから,この点に 関する自己の見解を明らかにした上で,的確な当てはめを行うことが望まれる。他方, 乙の道具性が失われないと考える場合には,因果関係や故意についても,的確な当ては めを行い,実行行為者として甲に成立する罪責を明らかにする必要がある。
次に,②についてであるが,①の検 討において,乙の道具性が失われるとの考え方に立った場合には,実行行為者としては,甲に殺人既遂の責めを負わせることができない。
そこで,A死亡の結果について,甲と 乙との共犯関係,すなわち片面的共同正犯の成否や間接正犯の意図で教唆の結果を生じ させた場合の擬律についての検討が求められる。
他方,乙の道具性が失われず,甲に実 行行為者として殺人既遂罪が成立するとの考え方に立った場合にも,乙との共犯関係について検討することが望まれる。
イ 監禁罪等についての検討本問において,甲は,AをB車に乗 車させて疾走させ,更には,Aに睡眠薬入りコーヒーを飲ませて昏睡させ,ロープで緊 縛してトランク内に閉じ込めるなどしているが,これらの行為について,監禁罪の成否 を検討することが必要である。また,生命身体加害目的誘拐罪の成否も問題となり得る 。監禁罪の成否については,Aは,トランク内で意識を取り戻すまでは,監禁されてい るとの認識もなく,移動しようとの意思も生じていなかったことから,そのような場合 の監禁罪の成否や成立時期が問題となり,監禁罪の保護法益である「移動の自由」につ いての自己の見解を明らかにし,的確な当てはめを行うことが望まれる。さらに,上記 行為に監禁罪が成立すると考えた場合,乙にB車を引き渡した後も継続して監禁罪が成 立するのかが問題となり(特に,乙がAの存在に気付いた後が問題となろう。),加えて,甲についても,Aが死亡した点について,監禁致死罪の成否が問題となろう。そして ,甲に監禁罪等が成立すると考え,かつ,前記アの検討において,甲に殺人既遂罪等の 成立を認める場合には,これらと監禁罪等との関係についての言及が求められる。
ウ 建造物等以外放火罪についての検討本問において,甲は,乙にB車を燃や すよう指示したのであるから,前記(1)ウの検討において,乙に建造物等以外放火罪の 成立が認められると考えた場合,甲にも同罪が成立するか否か,共謀共同正犯の成否の 検討が求められる。また,甲は,前記採石場の駐車場にB車以外の他車両が駐車されていることさえ認識がなかったものであるところ,(1)ウにおける公共の危険発生の認識の要否についての自己の見解及び当てはめと整合する的確な当てはめが必要となろう。
(3) 罪数処理前記(1)及び(2)の検討において,甲乙に ,複数の犯罪が成立すると考え た場合,それら複数の犯罪について,的確な罪数処理を行うことが求められる。
本問で論述が求められる問題点は,いずれも,刑法解釈上,基本的かつ著名な問題点であり,これら問題点についての基本的な判例や学説の知識を前提に,具体的な事案の中から必要な事実を認定し,論理的な整合性はもちろん,結論の妥当性も勘案しつつ,法規範の当てはめを行うことが求められる。基本的な判例や学説の学習が重要であることはいうまでもないが,特に判例学習の際には,単に結論のみを覚えるのではなく,当該判例の具体的事案の内容や結論に至る理論構成などを意識することが必要であり,そのような学習を通じ,結論を導くために必要な事実を認定し,その事実に理論を当てはめる能力を涵養することが望まれる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 乙の罪責
甲の罪責は乙の罪責を前提とするから、まず乙について検討する。
1 Aの口をガムテープで塞いでトランクを閉じ走行した行為(第1行為)及びB車に放火した行為(第2行為)について
(1)殺人既遂罪(刑法199条)の成否
乙は、第2行為によってAを焼殺する計画であったのに、Aはその前の第1行為による走行中に窒息死している。いわゆる早すぎた構成要件の実現であり、第1行為の時点で殺人の実行の着手が認められるかが問題となる。
実行の着手は、構成要件的結果発生の現実的危険性を有する行為を開始した時点に認められる。もっとも、第1行為自体に結果発生の現実的危険性が認められ、かつ第1行為と第2行為とが密接に関連する一連の行為と評価できる場合には、第1行為の時点で実行の着手を認めることができる。その判断に当たっては、①第1行為が第2行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠なものであったか、②第1行為に成功した場合、それ以降の犯罪計画を遂行する上で障害となる特段の事情が存しなかったか、③第1行為と第2行為とが時間的場所的に近接しているかを考慮する(最判平成16年3月22日)。
本件では、①乙は、Aが「助けてくれ。出してくれ。」と叫ぶのを封じるためその口をガムテープで塞ぎ、手足をロープで縛られたままのAをトランク内に戻して閉じ込めたのであり、これはAの救助や脱出を不可能にして本件採石場まで運び、車ごと焼殺するために必要不可欠な行為である。②乙は一人でB車を運転しており、Aは身体を拘束され声も出せない状態であったから、計画遂行の障害となる事情はなかった。③第1行為から第2行為までは約1時間、約20キロメートルの隔たりがあり、時間的場所的近接性は十分とはいえない。しかし、第1行為は目的地へ向かう走行と一体のものとして継続しており、その間乙の殺意は一貫していたから、両行為は密接に関連する一連の行為と評価できる。加えて、手足を縛られた者の口を塞いだまま山中の悪路を長時間走行させる行為自体、おう吐物による窒息の危険を伴う生命に対する現実的危険性を有する。
したがって、第1行為の時点で殺人の実行の着手が認められる。
次に因果関係については、Aは走行による車酔いでおう吐し、ガムテープで口を塞がれていたため吐しゃ物が気管を塞いで窒息死しており、第1行為の有する危険がそのまま結果に現実化しているから、因果関係が認められる。
故意については、乙はガムテープによってAが死亡するとは思っておらず、放火により殺害する意図であったが、第1行為を含む一連の行為について殺意を有していたのであり、因果経過の基本的部分に食い違いはないから、故意は阻却されない。
よって、乙に殺人既遂罪が成立する。なお、第2行為は同一の殺意に基づく一連の行為の一部であり、既遂に達している以上、別個に殺人未遂罪を構成しない。
(2)監禁罪(220条)の成否
監禁とは、人が一定の場所から脱出することを不可能又は著しく困難にして場所的移動の自由を奪うことをいう。乙は、手足を縛られたAの口をガムテープで塞いだ上、トランクを閉じて約1時間走行しており、Aの場所的移動の自由を奪っている。Aは既に意識を回復して脱出を求めていたから、移動の意思も現に存在した。
乙は、甲が開始した監禁状態を認識した上でこれを積極的に利用し、自らこれを継続させたのであるから、自己の加担後の監禁について監禁罪の罪責を負う。
Aはこの監禁中に死亡しているが、死の結果は殺人既遂罪において評価されるから、監禁致死罪(221条)ではなく監禁罪が成立すると解する。監禁罪の保護法益は場所的移動の自由であり生命とは異なるから、監禁罪は殺人既遂罪に吸収されず、別途成立する。
2 B車に放火した行為について
(1)建造物等以外放火罪(110条)の成否
乙は、ガソリン10リットルをB車の内外に満遍なくまき、丸めた新聞紙に点火してこれを投げ付けており、「放火」に当たる。「焼損」とは、火が媒介物を離れて目的物が独立して燃焼を継続する状態に達することをいう。本件ではB車全体が炎に包まれて炎上しているから焼損が認められる。
客体であるB車は甲の所有であるが、乙は所有者である甲の指示に基づいて放火しているから、所有者の有効な承諾があり、110条2項の「自己の所有に係るとき」に当たる。
(2)公共の危険
110条の「公共の危険」は、108条及び109条に規定する建造物等への延焼の危険のみに限られず、不特定又は多数の人の生命、身体又はこれら以外の財産に対する危険も含むと解するのが相当である(最決平成15年4月14日)。
本件では、B車の北側約5メートルの地点に荷台にベニヤ板3枚を積んだC所有の普通貨物自動車が、さらに約1メートルずつの間隔でD所有及びE所有の各車両が並列に駐車されていた。B車の炎は地上約5メートルの高さに達し、時折C車の左側面にも届いて同側面を一部すすけさせており、C車が燃え上がらなかったのは風向きが南東に変わったという偶然の事情によるものである。また北西に向かって毎秒約2メートルの風が吹き、B車のシートは布製で後部座席には雑誌や新聞紙が置かれていた。これらの事情からすれば、他人の財産に延焼する具体的危険が現実に発生したといえる。よって公共の危険の発生が認められる。
(3)公共の危険発生の認識の要否
乙は「他の車に火が燃え移ることもないだろう」と考えていたから、公共の危険の発生についての認識を欠く。しかし、110条2項は自己の所有物の焼損という本来自由な行為を、公共の危険が発生した場合に限り処罰する趣旨であり、公共の危険の発生は処罰を基礎づける客観的要件にとどまるから、その認識は不要と解する(最判昭和60年3月28日参照)。
よって、乙には建造物等以外放火罪(110条2項)が成立する。
(4)死体損壊罪(190条)
B車はAの死体もろとも炎上しているが、乙はAがなお生存していると思っており死体であることの認識を欠くから、同罪の故意がなく、死体損壊罪は成立しない。
3 罪数
殺人既遂罪と監禁罪は、第1行為という一個の行為が二個の罪名に触れるものであるから観念的競合(54条1項前段)となる。建造物等以外放火罪はこれとは別個の行為によるものであるから併合罪(45条前段)である。
第2 甲の罪責
1 Aを呼び出して車に乗せ、昏睡させてトランク内に閉じ込めた行為について
(1)生命身体加害目的誘拐罪(225条)
甲は、Aを殺害する意図を秘して「ちょっと話があるから付き合え。」と言ってAを呼び出し、B車助手席に乗車させている。これは欺罔によりAを自己の実力的支配下に移すものであり、生命に対する加害の目的による誘拐に当たる。よって同罪が成立する。
(2)監禁罪(220条)
甲は、睡眠薬入りコーヒーを飲ませてAを昏睡させ、手足をロープで縛った上、トランク内に入れて閉じ込めている。トランク内からの脱出は不可能であり、場所的移動の自由を奪ったといえる。Aは昏睡しており監禁の認識も移動の意思もなかったが、監禁罪の保護法益である移動の自由は現実の移動意思を前提とせず潜在的自由として保護されるから、昏睡中であっても監禁罪は成立する。なお、睡眠薬5錠を摂取させて昏睡状態に陥らせた行為は生理的機能の障害として傷害に当たるが、これは殺害計画の手段としてなされたものであり、後述の殺人既遂罪に吸収される。
甲が乙にB車を引き渡した後も、甲が作出した拘束状態は継続しており、甲は乙を通じてこれを維持していたのであるから、監禁罪は継続して成立する。
2 Aの死亡について
(1)間接正犯の成否
甲は、トランク内にAを閉じ込めていることを秘して乙にB車の焼却を指示しており、故意なき道具を利用する間接正犯としてAを殺害する計画であった。間接正犯は、被利用者の行為を利用者の行為と同視しうるだけの一方的支配・利用関係が認められる場合に成立する。
しかし、乙は走行中にAの存在と甲の殺害計画に気付き、自らの判断でAを焼殺することを決意している。乙は規範的障害を備えた故意ある正犯となったのであり、甲の一方的支配・利用関係は失われた。したがって、乙を道具とする間接正犯は成立しない。
(2)甲自身の行為による既遂責任
もっとも、甲は、自らAを昏睡させ手足を縛ってトランク内に閉じ込め、ガソリン10リットルを積んだB車を乙に引き渡して焼却を指示している。乙がこれを引き受けた時点で、Aの死亡を妨げる障害はなくなり、Aの死亡の現実的危険が生じていたから、この時点で甲の行為に殺人の実行の着手が認められる。
そしてAは、甲が作出した「手足を縛られ密閉されたトランク内に閉じ込められた状態」のまま走行させられた結果、おう吐物により窒息死している。乙によるガムテープの使用は甲の計画外の介在事情であるが、それは乙が甲の指示どおりB車を本件採石場へ運ぶ過程でAの発声を封じるために行われたものであり、甲が設定した拘束状態を前提とするものである。したがって甲の行為の有する危険が結果に現実化したといえ、因果関係が認められる。故意も、因果経過の基本的部分に食い違いがない限り阻却されない。
よって、甲には殺人既遂罪が成立する。
(3)乙との共犯関係
甲は、乙がAの存在に気付いて殺意を抱いたことを知らないから、甲乙間に相互の意思連絡はない。共同正犯は相互の意思連絡に基づく相互利用補充関係を本質とするから、片面的共同正犯は認められない。
他方、甲は乙に放火を指示して乙の実行行為を引き起こしているから、客観的には教唆に当たる。間接正犯の故意は他人を介して結果を実現する認識を含み、より軽い教唆の故意を包含するから、少なくとも殺人罪の教唆犯(61条1項)の限度では故意が認められる。もっとも、本件では上記のとおり甲自身の行為に実行行為性が認められるから、教唆犯は殺人既遂罪の正犯に包摂される。
3 B車への放火について
甲は、乙に対しB車にガソリンをまいて燃やすよう指示し、乙はこれを引き受けて実行している。両者の間に放火についての意思連絡があり、甲は自己の殺害計画の実現のため組長としての地位を用いて指示を与え、自らガソリンを積んでB車を提供しているから、放火を自己の犯罪として行ったといえ正犯性も認められる。よって建造物等以外放火罪(110条2項)の共謀共同正犯(60条)が成立する。
甲は本件駐車場に他の車両が駐車されていることを認識せず、火勢が他の物に及ぶおそれは全くないと考えていたが、前述のとおり公共の危険発生の認識は不要であるから、同罪の成立は妨げられない。
4 罪数
生命身体加害目的誘拐罪と監禁罪は、Aを支配下に置きその拘束を継続した一連の行為であるから包括一罪として評価する。これと殺人既遂罪は、監禁行為が殺人の実行行為と重なるから観念的競合(54条1項前段)となる。建造物等以外放火罪は別個の行為であるから併合罪(45条前段)である。
以上