司法試験 平成24年 刑法
問題文
[刑事系科目]〔第1問〕(配点:100)
以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について,具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
1 A合同会社(以下「A社」という。 )は,社員甲,社員B及び社員Cの3名で構成されており,同社の定款において,代表社員は甲と定められていた。
2 甲は,自己の海外での賭博費用で生じた多額の借入金の返済に窮していたため,知人であるDから個人で1億円を借り受けて返済資金に充てようと考え, Dに対し,「借金の返済に充てたいので,私に1億円を融資してくれないか。」と申し入れた。
Dは, 相応の担保の提供があれば, 損をすることはないだろうと考え, 甲に対し,「1億円に見合った担保を提供してくれるのであれば,融資に応じてもいい。」と答えた。
3 甲は,A社が所有し,甲が代表社員として管理を行っている東京都南区川野山○-○-○所在の土地一筆 (時価1億円相当。 以下 「本件土地」という。)に第一順位の抵当権を設定することにより,Dに対する担保の提供を行おうと考えた。
なお,A社では,同社の所有する不動産の処分・管理権は,代表社員が有していた。また,会社法第595条第1項各号に定められた利益相反取引の承認手続については,定款で,全社員が出席する社員総会を開催した上,同総会において,利益相反取引を行おうとする社員を除く全社員がこれを承認することが必要であり,同総会により利益相反取引の承認が行われた場合には,社員の互選により選任された社員総会議事録作成者が,その旨記載した社員総会議事録を作成の上,これに署名押印することが必要である旨定められていた。
4 その後,甲は,A社社員総会を開催せず,社員B及び社員Cの承認を得ないまま,Dに対し,1億円の融資の担保として本件土地に第一順位の抵当権を設定する旨申し入れ,Dもこれを承諾したので,甲とDとの間で,甲がDから金1億円を借り入れることを内容とする消費貸借契約,及び,甲の同債務を担保するためにA社が本件土地に第一順位の抵当権を設定することを内容とする抵当権設定契約が締結された。
その際,甲は,別紙の「社員総会議事録」を,その他の抵当権設定登記手続に必要な書類と共にDに交付した。この「社員総会議事録」は,実際には,平成××年××月××日,A社では社員総会は開催されておらず,社員総会において社員B及び社員Cが本件土地に対する抵当権設定について承認を行っていなかったにもかかわらず,甲が議事録作成者欄に「代表社員甲」と署名し,甲の印を押捺するなどして作成したものであった。
Dは,これらの必要書類を用いて,前記抵当権設定契約に基づき,本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記を行うとともに,甲に現金1億円を交付した。
なお, その際, Dは, 会社法及びA社の定款で定める利益相反取引の承認手続が適正に行われ,抵当権設定契約が有効に成立していると信じており,そのように信じたことについて過失もなかった。
甲は,Dから借り入れた現金1億円を,全て自己の海外での賭博費用で生じた借入金の返済に充てた。
5 本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記及び1億円の融資から1か月後,甲は,A社所有不動産に抵当権が設定されていることが取引先に分かれば,A社の信用が失われるかもしれないと考えるようになり, Dに対し,「会社の土地に抵当権が設定されていることが取引先に分かると恥ずかしいので,抵当権設定登記を抹消してくれないか。登記を抹消しても,土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりしないし,抵当権設定登記が今後必要になればいつでも協力するから。」 などと申し入れた。 Dは, 抵当権設定登記を抹消しても抵当権自体が消滅するわけではないし,約束をしている以上,甲が本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりすることはなく,もし登記が必要になれば再び抵当権設定登記に協力してくれるだろうと考え,甲の求めに応じて本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記を抹消する手続をした。
なお,この時点において,甲には,本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりするつもりは全くなかった。
6 本件土地に対する第一順位の抵当権設定登記の抹消から半年後, 甲は, 知人である乙から,「本件土地をA社からEに売却するつもりはないか。」との申入れを受けた。
乙は, Eから,「本件土地をA社から購入したい。 本件土地を購入できれば乙に仲介手数料を支払うから, A社と話を付けてくれないか。」 と依頼されていたため, A社代表社員である甲に本件土地の売却を持ち掛けたものであった。
しかし,甲は,Dとの間で,本件土地を他に売却したり他の抵当権を設定したりしないと約束していたことから,乙の申入れを断った。
7 更に半年後,甲は,再び自己の海外での賭博費用で生じた多額の借入金の返済に窮するようになり,その中でも暴力団関係者からの5000万円の借入れについて,厳しい取立てを受けるようになったことから, その返済資金に充てるため, 乙に対し,「暴力団関係者から借金をして厳しい取立てを受けている。 その返済に充てたいので5000万円を私に融資してほしい。」 などと申し入れた。
乙は,甲の借金の原因が賭博であり,暴力団関係者以外からも多額の負債を抱えていることを知っていたため,甲に融資を行っても返済を受けられなくなる可能性が高いと考え,甲による融資の申入れを断ったが,甲が金に困っている状態を利用して本件土地をEに売却させようと考え,甲に対し,「そんなに金に困っているんだったら, 以前話した本件土地をA社からEに売却する件を,前向きに考えてみてくれないか。」と申し入れた。
甲は, 乙からの申入れに対し,「実は, 既に, 金に困ってDから私個人名義で1億円を借り入れて,その担保として会社に無断で本件土地に抵当権を設定したんだ。その後で抵当権設定登記だけはDに頼んで抹消してもらったんだけど,その時に,Dと本件土地を売ったり他の抵当権を設定したりしないと約束しちゃったんだ。 だから売るわけにはいかないんだよ。」 などと事情を説明した。
乙は, 甲の説明を聞き, 甲に対し,「会社に無断で抵当権を設定しているんだったら, 会社に無断で売却したって一緒だよ。Dの抵当権だって,登記なしで放っておくDが悪いんだ。本件土地をEに売却すれば,1億円にはなるよ。僕への仲介手数料は1000万円でいいから。君の手元には9000万円も残るじゃないか。それだけあれば暴力団関係者に対する返済だってできるだろ。」などと言って甲を説得した。
甲は,乙の説得を受け,本件土地を売却して得た金員で暴力団関係者への返済を行えば,暴力団関係者からの取立てを免れることができると考え,本件土地をEに売却することを決意した。
8 数日後,甲は,A社社員B,同社員C及びDに無断で,本件土地をEに売却するために必要な書類を,乙を介してEに交付するなどして,A社が本件土地をEに代金1億円で売却する旨の売買契約を締結し,Eへの所有権移転登記手続を完了した。甲は,乙を介して,Eから売買代金1億円を受領した。
なお,その際,Eは,甲が本件土地を売却して得た金員を自己の用途に充てる目的であることは知らず,A社との正規の取引であると信じており,そのように信じたことについて過失もなかった。
甲は,Eから受領した1億円から,乙に約束どおり1000万円を支払ったほか,5000万円を暴力団関係者への返済に充て,残余の4000万円については,海外での賭博に費消した。
乙は,甲から1000万円を受領したほか,Eから仲介手数料として300万円を受領した。
【別 紙】社員総会議事録1 開催日時平成××年××月××日2 開催場所A合同会社本社特別会議室3 社員総数3名4 出席社員代表社員 甲社員 B社員 C社員Bは,互選によって議長となり,社員全員の出席を得て,社員総会の開会を宣言するとともに下記議案の議事に入った。
なお,本社員総会の議事録作成者については,出席社員の互選により,代表社員甲が選任された。
記議案 当社所有不動産に対する抵当権設定について議長から,代表社員甲がDに対して負担する1億円の債務について,これを被担保債権とする第一順位の抵当権を当社所有の東京都南区川野山○-○-○所在の土地一筆に設定したい旨の説明があり,これを議場に諮ったところ,全員異議なくこれを承認した。
なお,代表社員甲は,特別利害関係人のため,決議に参加しなかった。
以上をもって議事を終了したので,議長は閉会を宣言した。
以上の決議を証するため,この議事録を作成し,議事録作成者が署名押印する。
平成××年××月××日議事録作成者 代表社員甲 印
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第1問〕本問は,A合同会社(以下「A社」という。)所有の土地(以下「本件土地」という。)に対するA社代表社員甲によるA社に無断での抵当権設定行為並びに甲及び甲の知人乙による本件土地のA社に無断での売却行為という具体的事例について,甲乙それぞれの罪責を問うことにより,刑事実体法及びその解釈論の知識と理解,具体的な事案を分析してそれに法規範を適用する能力及び論理的な思考力・論述力を試すものである。すなわち,本問の事案は,①甲が,自己のDに対する債務を担保するため,本件土地に,A社定款で必要とされている社員総会の承認決議を経ないまま,被担保債権をDの甲に対する債権とする抵当権を設定し,抵当権設定登記を行った(以下「抵当権設定行為」という。 ),②甲が,抵当権設定行為を行うため,A社社員総会が開催された事実はなく,抵当権設定行為に対する社員総会の承認決議が存在しないにもかかわらず,A社社員総会において,抵当権設定行為に対する承認決議が行われた旨記載された社員総会議事録と題する文書を作成し,Dに交付した(以下「社員総会議事録作成行為等」という。),③甲が,乙の勧めに応じて,売却代金を自己の用途に費消する目的で,本件土地をEに売却した(以下「売却行為」という。)というものである。各行為に対する甲及び乙の罪責を論じる際には,事実関係を的確に分析した上で,構成要件該当性,共同正犯の成否等の事実認定上及び法解釈上の問題を検討し,事案に当てはめて妥当な結論を導くことが求められる。
(1) 抵当権設定行為についての甲の罪責本問において,甲は,「A社の委託に基づき業務上本件土地を占有する者」であると同時に「A社の委託に基づきA社の財産上の事務を処理する者」に該当することになる。したがって,抵当権設定行為についての甲の罪責を検討する際には,まず,業務上横領罪を検討すべきか背任罪を検討すべきかが問題となる。
この点について,横領罪の保護法益を「物(個別財産)の所有権及び委託信任関係」 ,背任罪の保護法益を「全体財産及び委託信任関係」と捉え,両罪の保護法益に重なり合いを認め,法益侵害が一つであることから,両罪の関係は法条競合であり,重い横領罪が成立すると考える見解からは,まず業務上横領罪の成否を検討することになる。他の見解に立つ場合であっても,簡潔に自己の見解を定立した上で,その見解と論理的に矛盾しない説得力のある論述を展開する必要がある。
本問において,抵当権設定行為について業務上横領罪の成否を検討する場合,業務上横領罪における客観的構成要件要素の意義をそれぞれ正確に理解した上で,問題文中に現れている各種事情を的確に当てはめていく必要がある。本問で特に問題となるのは,抵当権設定行為が横領行為に該当するか否かについてであろう。この点について,判例は,一貫して横領罪の成立を認めている。なお,業務上横領罪の成否を検討した場合には,同罪の既遂時期についても言及すべきである。
本問において,抵当権設定行為について背任罪の成否を検討する場合も業務上横領罪の成否を検討する場合と同様,客観的構成要件要素をそれぞれ正確に理解した上で,問題文中に現れている事情を的確に当てはめていく必要がある。
(2) 社員総会議事録作成行為等についての甲の罪責社員総会議事録作成行為等については,私文書偽造,同行使罪の成否を検討すべきである。
本問において,私文書偽造,同行使罪の成否を検討する場合も,客観的構成要件要素の意義をそれぞれ正確に理解した上で,問題文中に現れている各種事情を的確に当てはめていくことが必要となるが,本問で特に問題となるのは,偽造に当たるか否かという点である。偽造の定義を前提に,社員総会議事録と題する文書の作成名義人及び作成者について論述していく必要がある。この点について,判例として,最決昭和45年9月4日刑集24巻10号1319頁が参考となる。この判例の考え方に従えば,本問における作成名義人は社員総会ということになる。また,最決平成15年10月6日刑集57巻9号987頁の考え方に従って,本問における作成名義人を社員総会議事録作成権限が付与された甲と考えることも可能であろう。なお,本問においては,有印私文書偽造,同行使罪が成立するのか,無印私文書偽造,同行使罪が成立するのかについても言及すべきである。
(3) 売却行為についての甲の罪責売却行為については,A社に対する関係で成立する犯罪と,Dに対する関係で成立する犯罪とを区別して検討する必要がある(なお,後述するように,売却行為については,乙との共同正犯の成否が問題となる。)。
A社に対する関係で成立する犯罪を検討する際には,抵当権設定行為と同様,業務上横領罪を検討すべきか背任罪を検討すべきかが問題となるが,抵当権設定行為について成立する犯罪を検討する際に定立した規範と矛盾なく論述を展開する必要がある。抵当権設定行為について業務上横領罪の成立を認めた場合,売却行為についても業務上横領罪の成否を検討することになろう。この場合,問題となるのは,横領物に対する横領が認められるか否かである。この点については,最判平成15年4月23日刑集57巻4号467頁が参考になる。この判例は,横領物の横領は不可罰的事後行為であるとしてきた従来の判例を変更し,横領物の横領を認めたものと理解できる。他方,抵当権設定行為について背任罪の成立を認めた場合,売却行為について,背任罪が成立するのか業務上横領罪が成立するのかは,抵当権設定行為について背任罪の成立を認めた理由によって異なることとなるので,論理矛盾のない論述を展開することが求められる。
Dに対する関係で成立する犯罪としては,背任罪を検討するべきである。この場合も,背任罪の客観的構成要件要素をそれぞれ正確に理解した上で,問題文中に現れている事情を的確に当てはめていく必要がある。本問で特に問題となるのは,甲が他人のために事務を処理する者に当たるか否かである。この点について,最判昭和31年12月7日刑集10巻12号1592頁及び最決平成15年3月18日刑集57巻3号356頁が参考となる。
(4) 甲に成立する犯罪の罪数処理甲に成立する複数の犯罪について,的確な罪数処理を行うことが求められる。特に,甲について,2個の業務上横領罪の成立を認めた場合の罪数処理については,上記平成15年4月23日最判がこの点に関する判断を示していないことから,同一主体による同一客体,同一保護法益に対する侵害行為の罪数処理をどのように行うかについて,説得力のある論述を行うことが求められる。
(5) 売却行為についての乙の罪責売却行為については,甲のみではなく,乙が関与していることから,乙に売却行為について甲に成立する犯罪の共同正犯が成立するか,あるいは教唆犯,幇助犯が成立するにとどまるのか検討する必要がある。乙は,実行行為自体を行っていないため,いわゆる共謀共同正犯の成否が問題となるが,検討を行う際には,問題文中に現れている具体的な事実を丁寧に拾い上げて,共謀の成否(特に犯罪を行う意思の相互認識,相互利用補充意思)及び乙の正犯性を論じる必要がある。すなわち,共謀の成否に関して言えば,①乙は,甲がA社に無断で本件土地に抵当権を設定してDから1億円を借りているという事実を認識した上で,甲に本件土地の売却を勧め,甲もこれを了承していること,②乙は,甲の売却行為を利用して仲介手数料という利益を得ることを,甲は,乙の売買仲介行為を利用して売却利益を得ることを,それぞれ企図していることなどの事実が共謀の成否の判断にどのような影響を及ぼすかを論じる必要があるし,正犯性に関して言えば,①乙は仲介手数料という利益を得ることを企図して売却行為に関わっていること,②乙は現実に売却行為により1300万円の利益を得ていること,③乙は売却行為の仲介という重要な行為を行っていること,④甲の犯意は乙が誘発したものであることなどの事実が正犯性の判断にどのような影響を及ぼすかを論じる必要がある。さらに業務上横領罪及び背任罪はいずれも身分犯であることから,身分犯に非身分者が加功した場合の処理を的確に行う必要がある。この点に関しては,各種見解があり,判例としては,最判昭和32年11月19日刑集11巻12号3073頁が参考となるが,いずれの見解に立ったとしても,自己の見解を簡潔に述べた上で,自己の見解と矛盾しない結論を導く必要がある。なお,乙に成立する複数の犯罪についても,的確な罪数処理を行うことが求められる。
本問で論述が求められる問題点は,いずれも刑法解釈上の基本的な問題点であり,これらの問題点についての基本的な判例・学説の知識を前提に,具体的な事案の中から必要な事実を認定し,結論の妥当性も勘案しつつ,法規範の当てはめを行うことが求められる。常日頃から,基本的な判例・学説の学習等を積み重ねることはもちろんであるが,特に判例を学習する際には,単に結論のみを暗記するような学習ではなく,判例の事案の内容や結論に至る理論構成などを意識し,結論を導くために必要な事実を認定し,その事実に理論を当てはめる能力を涵養することが望まれる。
かん
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 甲の罪責
1 抵当権設定行為について
(1)業務上横領罪と背任罪の関係
甲は、A社の委託に基づき業務上本件土地を占有する者であると同時に、A社のためにその財産上の事務を処理する者でもあるから、業務上横領罪(刑法253条)と背任罪(247条)のいずれを検討すべきかが問題となる。
横領罪の保護法益は物の所有権及び委託信任関係であり、背任罪の保護法益は本人の全体財産及び委託信任関係であって、両罪の保護法益は重なり合う。そして本件の法益侵害は一個であるから、両罪は法条競合の関係にあり、重い横領罪が成立する場合には背任罪は成立しないと解する。そこで、まず業務上横領罪の成否を検討する。
(2)業務上横領罪(253条)の成否
本件土地はA社の所有であり甲にとって「他人の物」である。A社では所有不動産の処分・管理権は代表社員が有しており、甲は代表社員として本件土地の管理を行っていたから、A社の委託に基づきこれを占有していた。そして、会社の代表者として反復継続して会社財産を管理する地位は「業務上」の占有に当たる。
「横領」とは、不法領得の意思を実現する一切の行為、すなわち委託の趣旨に反して所有者でなければできない処分をすることをいう。不動産に抵当権を設定する行為は、所有権の一部を処分するものであり、判例も一貫して横領罪の成立を認めている。本件で甲は、A社定款上必要とされる社員総会の承認決議を経ず、社員B及び社員Cの承認も得ないまま、自己のDに対する個人的な借入債務の担保として本件土地に第一順位の抵当権を設定しており、委託の趣旨を著しく逸脱する。借入金1億円は全額が自己の賭博による借入金の返済に充てられているから、不法領得の意思も明らかである。
既遂時期については、不動産横領の場合、登記により処分が外部に明らかとなり所有権侵害が現実化するから、抵当権設定登記がなされた時点で既遂に達すると解する。本件ではDが第一順位の抵当権設定登記を了した時点で既遂である。
よって、業務上横領罪が成立する。
2 社員総会議事録の作成・交付行為について
(1)私文書偽造罪(159条)
本件「社員総会議事録」は、抵当権設定について社員総会の承認決議があったことを証し、抵当権設定登記手続に必要な書類として用いられるものであるから、「権利、義務…に関する文書」に当たる。
「偽造」とは、文書の名義人と作成者との人格の同一性を偽ることをいう。社員総会議事録は、会議体である社員総会の意思又は観念を表示する文書であるから、その作成名義人は社員総会である(最決昭和45年9月4日)。本件では、現に社員総会は開催されておらず、社員B及び社員Cによる承認決議も存在しないにもかかわらず、甲は承認決議があった旨を記載した議事録を作成している。これは存在しない社員総会の意思表示を作り出すものであり、名義人と作成者の人格の同一性を偽るものとして有形偽造に当たる。
なお、定款上、議事録作成者は社員の互選により選任された社員であることを要するから、作成名義人を議事録作成権限者と解する立場(最決平成15年10月6日の考え方)に立っても、甲は現実には議事録作成者として選任されていないのであって作成権限を欠き、やはり偽造に当たる。
有印か無印かについては、甲は議事録作成者欄に「代表社員甲」と署名し甲の印を押捺したにとどまり、名義人である社員総会の署名又は印章を用いたものではない。したがって、159条1項ではなく無印私文書偽造罪(同条3項)が成立する。
(2)偽造私文書行使罪(161条1項)
甲は、上記議事録を抵当権設定登記手続に必要な他の書類と共にDに交付し、Dはこれを登記手続に用いている。偽造文書をその用法に従い真正な文書として他人に認識させたから、同行使罪が成立する。
3 売却行為について
(1)A社に対する関係
甲は、既に抵当権設定という横領行為を行った本件土地について、さらにEに売却している。横領物の横領が独立して横領罪を構成するかが問題となる。
かつての判例は不可罰的事後行為としていたが、最判平成15年4月23日はこれを変更し、横領物の横領についても独立して横領罪が成立するとした。すなわち、第二の処分行為の時点でもなお委託信任関係は存続しており、行為者は被委託者の地位にある者として財物を占有している。また、抵当権設定により所有者の権利が完全に消滅するわけではなく所有権は留保されているから、第二の処分は別個の権利侵害を構成する。独立の法益侵害に適切な制裁を課す必要もある。よって、横領物の横領についても横領罪が成立すると解する。
本件では、抵当権設定登記は既に抹消されてA社が完全な所有権を保持しており、甲はなお代表社員として本件土地を業務上占有していた。甲は、社員B及び社員Cに無断でEとの売買契約を締結し所有権移転登記手続を完了させ、代金1億円から5000万円を暴力団関係者への返済に、4000万円を賭博に費消している。所有者でなければできない処分であり、不法領得の意思も認められる。よって業務上横領罪が成立する。
(2)Dに対する関係
抵当権設定者は、抵当権者に対し、その抵当権を保全すべき義務を負う。この事務は自己の事務であると同時に他人である抵当権者の事務でもあるから、抵当権設定者は抵当権者のために「その事務を処理する者」に当たる(最判昭和31年12月7日、最決平成15年3月18日)。本件で甲は、Dに対し、抵当権設定登記を抹消しても本件土地を他に売却せず他の抵当権も設定しない、登記が必要になればいつでも協力すると約束して登記を抹消させたのであるから、Dのため登記のない抵当権を保全すべき事務を処理する者である。
甲は、暴力団関係者への返済資金を得るという自己の利益を図る目的で、Dに無断で本件土地をEに売却し所有権移転登記を了した。これは上記約束に反し、Dの抵当権保全を不可能にする任務違背行為である。Eは善意無過失で所有権移転登記を備えているから、Dは登記のない抵当権をEに対抗できず、1億円の債権の担保を失った。これは財産上の損害に当たる。
よって、Dに対する背任罪(247条)が成立する。
(3)Eに対する関係
甲は代表社員として本件土地の処分権限を有し、Eは時価1億円相当の本件土地の所有権を代金1億円で有効に取得しているから、Eに財産上の損害はない。よってEに対する詐欺罪は成立しない。
4 罪数
抵当権設定行為についての業務上横領罪と売却行為についての業務上横領罪は、同一主体による同一客体・同一法益に対する侵害であり、所有権の一部処分と全部処分という関係にあって後者が前者を包含するから、包括一罪として重い売却行為についての業務上横領罪として評価する。
無印私文書偽造罪と同行使罪は手段・結果の関係にあり、これらと抵当権設定行為についての業務上横領罪も同様の関係にあるから牽連犯(54条1項後段)となる。売却行為についての業務上横領罪とDに対する背任罪は一個の行為が二個の罪名に触れるから観念的競合(同項前段)となる。以上を全体として科刑上一罪として処断する。
第2 乙の罪責
1 売却行為についての共同正犯
(1)乙は売買契約の締結及び移転登記の手続という実行行為自体を行っていないから、共謀共同正犯(60条)の成否が問題となる。その成立には、①共謀すなわち意思の連絡、②共謀に基づく一部の者の実行行為、③正犯意思が必要であり、正犯性は犯行の動機・経緯、犯行における役割、利益の帰属等を総合して、当該犯罪を自己の犯罪として行ったといえるかにより判断する(最大判昭和33年5月28日)。
(2)乙は、甲から、A社に無断で本件土地に抵当権を設定してDから1億円を借り入れたこと、登記抹消の際にDと売却等をしない約束をしたことを聞いていた。その上で乙は、「会社に無断で抵当権を設定しているんだったら、会社に無断で売却したって一緒だよ。Dの抵当権だって、登記なしで放っておくDが悪いんだ。」などと述べて甲を説得し、甲はこれを受けて売却を決意している。したがって、A社及びDに無断で本件土地を売却することについて相互の意思連絡が認められる。
正犯性についても、乙は仲介手数料1000万円という利益を得ることを企図して売却を持ち掛け、現に甲から1000万円、Eから300万円の合計1300万円を取得している。また、売却に必要な書類を甲から受けてEに交付するなど、売買の仲介という不可欠な役割を果たしており、甲の犯意自体も乙が誘発したものである。他方、乙は、返済を受けられない可能性が高いとして融資は断りつつ、甲が金に困る状態を利用して売却させようと考えていたのであって、専ら甲のために行動したものではない。よって乙は自己の犯罪として売却行為に関与したといえ、正犯性が認められる。
(3)身分犯への加功
業務上横領罪は、他人の物の占有者という身分を要する真正身分犯の性質と、業務上の占有者という身分により刑が加重される不真正身分犯の性質とを併有する。乙はいずれの身分も有しないが、65条1項により非身分者にも共犯が成立する。もっとも、業務上という加重身分を有しない乙に加重刑を科すのは相当でないから、同条2項により通常の刑を科すべきである。したがって、乙には業務上横領罪の共同正犯が成立するが、科すべき刑は単純横領罪(252条1項)の刑となる(最判昭和32年11月19日)。
背任罪についても、乙は「他人のためにその事務を処理する者」ではないが、65条1項により背任罪の共同正犯が成立する。乙はDとの約束の存在を認識しながらこれを無視して売却を勧めており、自己の仲介手数料という利益を図る目的も認められる。
2 その余の行為について
抵当権設定行為及び議事録の偽造・行使は、乙が関与する以前に完了した甲単独の行為であり、乙はこれを認識していたにとどまる。先行行為の効果を後行者が承継する根拠はないから、乙はこれらについて罪責を負わない。
3 罪数
乙に成立する業務上横領罪の共同正犯と背任罪の共同正犯は、一個の売却行為が二個の罪名に触れるものであるから観念的競合(54条1項前段)となる。
以上