司法試験 令和7年 行政法
問題文
〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕⑴、〔設問1〕⑵、〔設問2〕の配点割合は、35:15:
50〕)
Aは、B市内の郊外において、鶏を500羽以上飼養する施設(以下「本件養鶏場」という。)
を令和6年9月に設置し、本件養鶏場で生産された鶏卵を販売している。本件養鶏場は、悪臭防止法第3条にいう規制地域内にあり、本件養鶏場から40メートル離れた場所には、Cが所有する一戸建て住宅(以下「本件住宅」という。)がある。高齢であるCは、本件住宅に1人で居住していたが、本件養鶏場設置前の同年8月に、本件住宅内で転倒して骨折し、B市に隣接するD市内の病院に入院した。令和7年1月以降、Cは同市内の介護老人保健施設に入所している。そのため、本件住宅は、現に居住している者がいない状態が続いている。
令和6年10月、B市に対して、Aによる本件養鶏場の設置について市民から情報提供があった。
そのため、B市の担当職員Eは、Aとの間で事実確認を行った上で、Aに対し、本件養鶏場がB市生活環境保全条例(以下「本件条例」という。)第29条第1項の特定家畜飼養施設に該当するにもかかわらず、同項所定の設置届出書が提出されていないこと、また、同条第2項の規定により、本件住宅の居住者Cの同意を得る必要があることを告げた。これを受けて、Aは同月中に設置届出書を提出したが、Cの同意を得ていなかった。Eがこの点について質問したところ、Aは、Cは本件住宅に居住しているとはいえないから、そもそも同意を得る必要はないと主張した。これに対し、Eは、Cの住民票上の住所は本件住宅の所在地のままとなっており、Cは一時的に本件住宅を離れているにすぎないことを指摘した。しかし、Aは、Cの同意を得る必要はないとする立場を崩さなかった。
B市は、令和6年11月以降、本件養鶏場の敷地境界線の地表における臭気測定を毎月実施した。
本件養鶏場の所在地についての悪臭防止法第4条第1項第1号に基づく規制基準では、アンモニアの許容限度は1ppmとされているところ、令和7年2月以降、0.8ないし0.9ppmのアンモニアが計測されるようになった。また、同年3月には、本件養鶏場から65メートル離れた場所に居住する住民Fが、本件養鶏場から自宅に向かって風が吹いてきた場合には不快な臭いが感じられることがあるとの意見をB市に提出した。そこで、B市は、同年4月、同法第20条第1項に基づいて本件養鶏場の立入検査を実施しようとしたが、Aはこれを拒否した。
令和7年5月7日、B市長は、Aに対し、本件条例第32条に基づく勧告(以下「本件勧告」という。)を行った。本件勧告は、同年6月16日までに、本件条例第29条第2項違反の状態を解消するための措置をとること(以下「勧告事項1」という。)、本件養鶏場について悪臭防止法第20条第1項に基づく立入検査に応じること(以下「勧告事項2」という。)、本件養鶏場は不快な臭いにより周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるため、施設の運用の改善、設備の改良等、悪臭の原因となる物質の排出を減少させる措置をとること(以下「勧告事項3」という。)を求めるものであった。しかし、Aは、いずれの勧告事項についても、それに対応した措置をとることはなかった。
令和7年7月1日、B市長は、Aに対し、B市行政手続条例の規定(行政手続法第30条と同旨の規定である。)に基づき、弁明の機会の付与の通知を行った。この通知には、Aが本件勧告に従わなかったことを理由として、Aに対して本件条例第33条第1項に基づく指示(以下「本件指示」という。)を発する予定であること、本件指示の内容は、指示発出後40日以内に勧告事項1~3に対応した措置をとることを求めるものであること、弁明書の提出期限は同月15日であることに加えて、本件指示に従わない場合には本件条例第34条に基づく公表を行う方針であることが記載されていた。
この事態に至ってAは、本件条例第34条に基づく公表が行われた場合には、本件養鶏場で生産された鶏卵の販売に支障が生じるおそれがあるのではないか、さらに、Aの養鶏業者としての信用や社会的評価が害されるのではないかと考えた。そこで、Aは、弁護士Gの事務所を訪問し、同事務所に所属する弁護士Hと面談した。以下に示された【法律事務所の会議録】は、令和7年7月7日に、本件についてG及びHが会議を行った際の記録である。これを踏まえて、Gの指示に応じるHの立場に立って、設問に答えなさい。
なお、関係法令の抜粋を、【資料 関係法令】に掲げてあるので、適宜参照しなさい。
〔設問1〕
⑴ 本件勧告及び本件指示が抗告訴訟の対象となる処分に当たるか否かについて、「①本件勧告は処分性を有しないが②本件指示は処分性を有する」という立場では、どのような主張をすべきか。
①及び②のそれぞれについて想定される反対の見解の論拠を踏まえて検討しなさい。
⑵ Aが本件指示の差止訴訟(行政事件訴訟法第3条第7項)を提起した場合、「重大な損害を生ずるおそれ」(同法第37条の4第1項本文)は認められるか、検討しなさい。解答に当たっては、本件指示が抗告訴訟の対象となる処分に当たることを前提にしなさい。
〔設問2〕
Aが本件指示に対する抗告訴訟を適法に提起した場合、本件指示の前提となる本件勧告が違法であることについて、Aはどのような主張をすべきか。想定されるB市の反論を踏まえて検討しなさい。解答に当たっては、本件勧告に手続的違法はないことを前提にしなさい。
【法律事務所の会議録】
弁護士G:本件条例は法律の委任に基づかずに制定されたものですが、地方公共団体が環境保全の見地から条例を制定すること自体は、当然に禁止されるものではありません。まずは、本件条例の規定そのものは適法であるという前提で考えてみましょう。
弁護士H:そうすると、本件養鶏場は本件条例第29条第1項の特定家畜飼養施設に該当し、本件条例第32条の要件を充足する場合には、同条に基づく指導又は勧告が可能になります。
弁護士G:本件勧告についてはB市行政手続条例の規定による弁明の機会の付与がされなかったので、B市は、本件指示は処分であるが、本件勧告は処分でないと考えているのでしょう。
弁護士H:本件勧告は行政指導なので、処分性がないということではないでしょうか。
弁護士G:処分性に関しては、行政指導の性格を有する病院開設中止勧告が抗告訴訟の対象となる処分に当たることを認めた最高裁判決(最高裁判所平成17年7月15日第二小法廷判決・民集59巻6号1661頁)がありますので、この判決がいかなる理由で処分性を認めたのかを明らかにした上で、本件勧告の処分性についても同様に考えることができるのか否かを検討する必要があるでしょう。他方で、本件条例の規定をみると、罰則が全くありません。そのため、本件勧告はもちろん本件指示も処分に当たらないという見方もあるかもしれません。
弁護士H:罰則がないことは処分性の有無にとって決定的とはいえませんし、本件条例第33条第1項に基づく指示に従わない者に対しては本件条例第34条に基づく公表が予定されていますので、指示の処分性を認めることができるように思います。
弁護士G:それでは、本件勧告は処分性を有しないが、本件指示は処分性を有するという考え方について、それがどのような論拠に基づくものであるか、整理してください。
弁護士H:拝承しました。
弁護士G:本件条例第33条第1項に基づく指示の処分性が認められる場合、本件では一定の処分たる本件指示がされようとしているといえますから、その差止訴訟を提起できるかどうかが論点になり得ますね。
弁護士H:差止訴訟の訴訟要件に関しては、公立学校の教職員に対する懲戒処分の差止訴訟において行政事件訴訟法第37条の4第1項本文の「重大な損害を生ずるおそれ」があるとした最高裁判決(最高裁判所平成24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻2号183頁)があります。
弁護士G:それでは、その最高裁判決の判示内容を踏まえて、本件指示の差止訴訟を提起した場合に「重大な損害を生ずるおそれ」の要件が充足されるかどうかについて、まとめておいてください。本件では指示の発出後直ちに公表が行われるわけではないようですので、その点にも
注意して検討してください。
弁護士H:そのように検討いたします。
弁護士G:提起すべき訴訟が差止訴訟になるにせよ、取消訴訟になるにせよ、本案においては、本件勧告が適法であるかどうかが主要な争点になります。本件勧告が違法であるとする立場からは、どのように論じればよいでしょうか。
弁護士H:本件勧告には3つの勧告事項があり、勧告事項1及び2は、本件条例第32条のうち「特定家畜飼養施設がこの条例、悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」という要件に該当することを前提にしたものとみられます。
弁護士G:それでは、勧告事項1及び2との関係では、当該要件の該当性が認められるかどうかという観点で検討してみましょう。まず、勧告事項1は、AがCの同意を得ておらず、本件養鶏場が本件条例第29条第2項に違反していることを理由とするものですね。もっとも、Cは本件住宅に現に居住しておらず、本件住宅に居住者はいないのではないかという点が問題になります。この点については、そもそも規制距離内の住宅に居住者がいない場合には同項の違反はないと解されるのではないでしょうか。
弁護士H:本件条例第29条第2項にいう居住者を、規制距離内の住宅に現に居住している者と解すると、Cは居住者に当たらないことになります。他方で、B市は、住宅から一時的に離れているにすぎない者は居住者に該当するという立場をとっています。本件養鶏場が設置された令和6年9月の時点では、Cは一時的に本件住宅を離れていたにすぎないといえなくもありません。
弁護士G:仮に本件養鶏場の設置当時においてCが本件条例第29条第2項にいう居住者に該当していたとしても、本件勧告がされた時点においては、同項の違反はないと論じることはできないでしょうか。
弁護士H:令和7年1月からCが入所している介護老人保健施設は長期間の入所を想定した施設ではありませんので、Cが本件住宅に戻ってくる可能性はあったとも思われますが、実際には本件住宅に人が住んでいない状態が継続しています。このような状況に鑑みると、少なくとも本件勧告がされた時点においては、Cは居住者ではなくなっており、本件条例第29条第2項の違反もないと主張することも可能ではないかと思います。
弁護士G:次に、勧告事項2についてはどうでしょうか。
弁護士H:勧告事項2は、悪臭防止法第20条第1項に基づく立入検査の拒否を理由にするものです。
これに関しては、まず、Aが立入検査を拒否したからといって、本件養鶏場が本件条例第32条にいう「悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」に当たるのかという問題があるように思います。また、本件養鶏場について同法第20条第1項に基づく立入検査を行うことができるのか、すなわち、同項は、同法第8条第1項の規定による措置に関して立入検査を行うことを認めていますが、本件の事実関係の下では同法第8条第1項の要件が充足されていないのではないかという問題もあるように思います。ただし、同項の要件が充足されていない場合であっても、事案によっては立入検査を行うことができるという考え方もあるかもしれません。
弁護士G:仮に悪臭防止法第20条第1項の規定の違反があるとしても、これについては同法に定める措置によって対処すべきではないかという問題もありますね。このような見地から本件条例第32条に定める要件の該当性は認められないとする主張も考えてみてください。最後に、勧告事項3は、本件条例第32条のうち「当該特定家畜飼養施設に係る周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」という要件に該当することを前提にしたものですね。
弁護士H:本件では悪臭防止法第4条第1項第1号に基づく規制基準に適合しない状態が確認されておらず、本件養鶏場の臭いという点では、本件条例第32条のうち「特定家畜飼養施設がこの条例、悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」という要件の該当性は認められないと考えられます。このような場合において、「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」に当たるかが問題になると思います。他方、B市は、本件養鶏場の敷地境界線の地表において、令和7年2月以降、0.8ないし0.9ppmのアンモニアが計測されている点と、周辺住民のFから本件養鶏場の臭いについて意見が出された点に着目して、「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」という要件の該当性を主張することが予想されます。
弁護士G:B市はこの要件の認定について裁量が認められると主張するでしょうから、仮にそのような立場に立った場合、Aとしてはどう論じるべきかという観点からの検討もお願いします。
弁護士H:お任せください。
【資料 関係法令】
〇 悪臭防止法(昭和46年法律第91号)(抜粋)
(目的)
第1条 この法律は、工場その他の事業場における事業活動に伴つて発生する悪臭について必要な規制を行い、その他悪臭防止対策を推進することにより、生活環境を保全し、国民の健康の保護に資することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律において「特定悪臭物質」とは、アンモニア(中略)その他の不快なにおいの原因となり、生活環境を損なうおそれのある物質であつて政令で定めるものをいう。
2 (略)
(規制地域)
第3条 都道府県知事(市の区域内の地域については、市長。次条(中略)において同じ。)は、住民の生活環境を保全するため悪臭を防止する必要があると認める住居が集合している地域その他の地域を、工場その他の事業場(以下単に「事業場」という。)における事業活動に伴つて発生する悪臭原因物(特定悪臭物質を含む気体又は水その他の悪臭の原因となる気体又は水をいう。以下同じ。)の排出(中略)を規制する地域(以下「規制地域」という。)として指定しなければならない。
(規制基準)
第4条 都道府県知事は、規制地域について、その自然的、社会的条件を考慮して、必要に応じ当該地域を区分し、特定悪臭物質の種類ごとに次の各号の規制基準を当該各号に掲げるところにより定めなければならない。
一 事業場における事業活動に伴つて発生する特定悪臭物質を含む気体で当該事業場から排出されるものの当該事業場の敷地の境界線の地表における規制基準 環境省令で定める範囲内において、大気中の特定悪臭物質の濃度の許容限度として定めること。
二、三 (略)
2 (略)
(改善勧告及び改善命令)
第8条 市町村長は、規制地域内の事業場における事業活動に伴つて発生する悪臭原因物の排出が規制基準に適合しない場合において、その不快なにおいにより住民の生活環境が損なわれていると認めるときは、当該事業場を設置している者に対し、相当の期限を定めて、その事態を除去するために必要な限度において、悪臭原因物を発生させている施設の運用の改善、悪臭原因物の排出防止設備の改良その他悪臭原因物の排出を減少させるための措置を執るべきことを勧告することができる。
2~5 (略)
(報告及び検査)
第20条 市町村長は、第8条第1項(中略)の規定による措置に関し必要があると認めるときは、当該事業場を設置している者に対し、悪臭原因物を発生させている施設の運用の状況、悪臭原因物の排出防止設備の設置の状況、(中略)その他悪臭の防止に関し必要な事項の報告を求め、又はその職員に、当該事業場に立ち入り、悪臭の防止に関し、悪臭原因物を発生させている施設その他の物件を検査させることができる。
2~4 (略)
第28条 第20条第1項の規定による報告をせず(中略)又は同項の規定による検査を拒み、妨げ、若しくは忌避した者は、30万円以下の罰金に処する。
〇 B市生活環境保全条例(抜粋)
(目的)
第1条 この条例は、市民が健康で文化的な生活を営むことのできる良好な環境を確保するため、健康又は生活環境に係る被害を防止すること等により、市民の福祉の増進に寄与することを目的とする。
(特定家畜飼養施設設置の届出)
第29条 周辺地域における生活環境に影響を及ぼすおそれがある施設として別表で定める家畜及び飼育数〔(注)別表では、「鶏」については「500羽以上」と定められている。〕を飼養する施設(以下「特定家畜飼養施設」という。)を設置しようとする者は、あらかじめ設置届出書その他の書類を市長に提出しなければならない。
2 特定家畜飼養施設は、別表で定める規制距離〔(注)別表では、鶏を500羽以上飼養する施設については、近隣の住宅から距離が「50メートル」とされている。〕内に設置してはならない。
ただし、当該規制距離内の住宅の居住者の同意があるとき(中略)は、この限りではない。
3、4 (略)
(指導及び勧告)
第32条 市長は、特定家畜飼養施設がこの条例、悪臭防止法(昭和46年法律第91号)、(中略)の規定に適合していないとき、又は当該特定家畜飼養施設に係る周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるときは、当該特定家畜飼養施設の設置者に対し、必要な措置をとるべきことを指導し、又は勧告することができる。
(指示)
第33条 市長は、特定家畜飼養施設の設置者が正当な理由なく前条の規定による指導又は勧告に従わなかったときは、当該設置者に対し、必要な措置をとるべきことを指示することができる。
2 市長は、前項の規定による指示をしようとするときは、あらかじめB市生活環境審議会の意見を聴かなければならない。
(公表)
第34条 市長は、前条第1項の規定による指示を受けた特定家畜飼養施設の設置者がその指示に従わなかったときは、その旨を公表することができる。
(審議会)
第37条 市長は、第33条第1項の規定による指示その他この条例の施行について必要な事項を審議させるため、B市生活環境審議会(以下「審議会」という。)を置く。
2 審議会は、委員10人以内をもって組織する。
3 審議会の委員は、次に掲げる者のうちから市長が委嘱する。
一 学識経験を有する者
二 識見を有する市民
三 その他市長が適当と認める者
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
生活環境を保全するため家畜を飼養する施設を規制する地方公共団体の条例(本件条例)に基づく勧告・指示等をめぐる紛争を題材に、勧告・指示の処分性(〔設問1〕⑴)、指示の差止訴訟(行政事件訴訟法第3条第7項)の訴訟要件充足性(〔設問1〕⑵)、勧告の実体的違法性
(〔設問2〕)につき、関連する最高裁判決を理解していることを前提として、【資料 関係法令】
に掲載された諸規定を解釈・適用しつつ、説得力のある論述をすることができるかどうかを試す趣旨の出題である。
〔設問1〕⑴は、本件勧告は処分性を有しないけれども、本件指示は処分であるとする考え方の論拠について、反対の見解にも言及しながら検討することを求めるものである。処分性の一般論に関しては、「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められるもの」(最判昭和39年10月29日民集18巻8号1809頁)は処分に該当するといえるが、処分性が認められる行政活動の範囲は拡大傾向にあること(いわゆる処分性拡大)にも留意が必要である。
本件勧告の処分性については、【資料 法律事務所の会議録】 において言及されている最判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁の判示を示した上で検討することになる。本件勧告が処分性を有するという立場からは、本件勧告は本件条例第32条に基づくものであり、勧告がされた場合には本件条例第33条に基づく指示や本件条例第34条に基づく公表が可能になること、公表によって相手方にもたらされる不利益は重大であることなどを指摘することになると考えられる。他方、本件勧告が処分性を有しないという立場からは、本件条例第32条に基づく勧告によってその相手方が具体的な行為義務を課されるとは解しがたいこと、本件条例第32条に基づく勧告がされた後に相当程度の確実さをもって指示・公表がされる法的仕組みが採られているとはいえないこと、勧告の次に採られる措置は指示であって公表ではないから、公表がもたらす不利益に着目して指示に先行する勧告の処分性を認めるべきことにはならないことなどを指摘することが考えられる。
次に、本件指示が処分性を有するという立場からは、本件条例の仕組みは、勧告に続く指示によって相手方に具体的な行為義務が課される構造になっていると解することができること、指示によって相手方は本件条例第34条に定める事項を公表される地位に立たされることなどを指摘することが考えられる。本件指示が処分性を有しないという立場からは、本件条例に罰則がないため指示によって相手方に義務が課されるとはいえないこと、指示に続く公表によって相手方に損害が発生し得るとしてもこれは事実上の効果であることなどを指摘することが考えられる。
〔設問1〕⑵は、本件指示が抗告訴訟の対象となる処分であることを前提に、Aが本件指示の差止訴訟を提起した場合、「重大な損害を生ずるおそれ」 の要件 (行政事件訴訟法第37条の4第1項本文)が充足されるかを問うものである。同要件に関する最判平成24年2月9日民集66巻2号183頁の判示を明らかにした上で、それに従って検討することが求められる。
本件指示がされた後でその取消訴訟を提起して執行停止の決定を受けることにより容易に救済を受けられると解する立場では、「重大な損害を生ずるおそれ」 の要件の充足は認められないことになる。それに対して、本件指示の取消訴訟を提起して執行停止の申立てをしたとしても公表がされる前に執行停止の決定を受けられるとはいえないと解する立場では、「重大な損害を生ずるおそれ」の要件が充足されるという結論も導かれ得る。
〔設問2〕は、本件勧告の実体的違法性について、勧告事項1~3ごとに、反対説にも言及しながら論じることを求めるものである。勧告事項1については、Aとしては、本件条例第29条第2項にいう居住者とは住宅に現に居住している者をいい、Cは居住者に該当しない、仮にCが令和6年9月の時点では同項にいう居住者に該当していたとしても、本件勧告がされた時点においては、Cは本件住宅を一時的に離れているにすぎないとはいえない、規制距離内の住宅に居住者がいない場合には保護されるべき者や利益が存在せず、同項本文の違反はないと主張することが考えられる。他方で、B市としては、規制距離内にある住宅に居住していた者が一時的に当該住宅を離れているにすぎない場合は、その者は現に当該住宅に居住していなくても本件条例第29条第2項にいう居住者に該当する、本件養鶏場が設置された令和6年9月の時点では、本件住宅から一時的に離れていただけであり、同項にいう居住者に該当する、令和7年1月以降、Cは介護老人保健施設に入所しているが、同施設は長期間の入所を想定した施設ではないから、Cが一時的に本件住宅を離れている者として同項にいう居住者に該当することに変わりはないといった主張が考えられる。
勧告事項2については、Aとしては、事業者が悪臭防止法第20条第1項に基づく立入検査を拒否したとしても施設が本件条例第32条にいう「悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」に当たるとはいえないこと、同法第8条第1項の要件が充足されていないのであるから同法第20条第1項に基づく立入検査を行うことはできないこと、同法の規定の違反に対しては同法に定める措置を採るべきであり、本件条例に基づく措置を採ることは許されないことなどを主張することが考えられる。他方、B市としては、本件養鶏場について同法第20条
第1項に基づく立入検査を行うことができるにもかかわらず、立入検査が拒否された場合には、本件条例第32条にいう「悪臭防止法(中略)の規定に適合していないとき」に該当する、立入検査を行う前提として同法第8条第1項の要件が充足されていることが常に必要であるとはいえず、本件養鶏場については同要件の充足が確認されていないとしてもこれに近い状態にあるといえるから立入検査の許容性・必要性が認められる、施設が同法の規定に適合していない場合にその規定への適合を求めることが同法の趣旨に反するとはいえないといった主張が考えられる。
勧告事項3については、Aとしては、本件勧告がされた時点において悪臭防止法の規制基準を超過するアンモニアが排出される見込みがあったとはいえず、本件条例第32条にいう「生活環境を損なうおそれ」も認められないこと、仮に要件裁量があるとしても、本件養鶏場の臭いについて意見を提出した周辺住民は1名のみであり、しかも日常的に不快な臭いが感じられるというわけでもないのであるから、その意見は重視すべきでないことなどを主張することが考えられる。他方、B市としては、「生活環境を損なうおそれがあると認められる」という要件の認定には市長の裁量が認められる、令和7年2月以降0.8ないし0.9ppmのアンモニアが計測されているのであるから生活環境を損なうおそれがうかがわれる、本件養鶏場から65メートル離れた場所に居住している住民から本件養鶏場の不快な臭いが感じられるとの意見が提出されており、そのような住民の意見をも考慮して同要件の充足を肯定したことに裁量権の逸脱濫用はないといった主張が考えられる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1⑴ 本件勧告及び本件指示の処分性
1 判断枠組み
抗告訴訟の対象となる「処分」(行政事件訴訟法3条2項)とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(最判昭和39年10月29日)。もっとも、処分性が認められる行政活動の範囲は拡大傾向にあり、最判平成17年7月15日は、医療法上の病院開設中止勧告について、それが行政指導として定められているとしても、勧告に従わない場合には相当程度の確実さをもって保険医療機関の指定を受けることができないという結果をもたらし、指定を受けられなければ実際上病院の開設自体を断念せざるを得ないことになるとして、勧告の法的仕組み上の効果と相手方に生じる不利益の重大性に着目して処分性を肯定した。そこで、本件勧告及び本件指示についても、本件条例の仕組みの中で各行為がいかなる法的効果を有し、相手方にいかなる不利益をもたらすかを検討する。
2 ①本件勧告が処分性を有しないこと
(1) 反対の見解の論拠
本件勧告に処分性を認める立場は、本件条例32条の勧告がされると33条1項の指示、さらに34条の公表が可能となり、勧告は指示・公表に至る一連の仕組みの出発点であること、公表によって養鶏業者としての信用や社会的評価が害され鶏卵の販売に支障が生じるという不利益は重大であり、Aは実際上勧告に従わざるを得ないこと、平成17年判決と同様に、勧告に従わない場合に相当程度の確実さをもって不利益が生じる仕組みであることを論拠とする。
(2) 本件勧告が処分性を有しないとする論拠
しかし、第一に、本件条例32条の勧告は「必要な措置をとるべきことを指導し、又は勧告することができる」と定められ、指導と並列される行政指導であって、勧告によって相手方に具体的な行為義務が課されるとは解し難い。勧告に従わなくても、それ自体に対する制裁は何ら定められていない。
第二に、平成17年判決では、勧告に従わないことが保険医療機関の指定拒否事由として法令上明示され、勧告と不利益とが直結していた。これに対し、本件条例では、勧告の次に採られる措置は指示であって公表ではなく、指示に至るには「正当な理由なく」勧告に従わなかったという要件の認定と、B市生活環境審議会の意見聴取(33条2項)、さらにB市行政手続条例に基づく弁明の機会の付与を経る必要があり、しかも市長は指示を「することができる」にすぎない。公表はさらに指示不遵守を要件とする別個の判断である。したがって、勧告がされた後に相当程度の確実さをもって指示・公表がされる法的仕組みが採られているとはいえない。
第三に、公表による不利益は指示に従わなかったことの効果であるから、その不利益に着目して処分性を認めるべきは指示であって、指示に先行する勧告にまで処分性を認める必要はない。勧告の段階で処分性を認めると、相手方は勧告の出訴期間内に争わなければならなくなり、かえって不利益となり得る。
(3) 以上から、本件勧告はAの権利義務を直接形成するものではなく、処分性を有しない。
3 ②本件指示が処分性を有すること
(1) 反対の見解の論拠
本件指示に処分性を認めない立場は、本件条例には罰則が全くなく、指示に従わなくても法的制裁はないから指示によってAに法的義務が課されるとはいえないこと、指示に続く公表によって損害が生じ得るとしても、公表は情報提供としての事実行為であり、それによる信用低下は事実上の効果にすぎないことを論拠とする。
(2) 本件指示が処分性を有するとする論拠
しかし、第一に、罰則の有無は処分性にとって決定的ではなく、平成17年判決の勧告にも罰則はなかった。本件条例の仕組みは、指導・勧告(32条)という任意の協力を求める段階と、正当な理由なく勧告に従わない者に対する指示(33条1項)という段階とを区別し、後者については審議会の意見聴取という慎重な手続を要求しており、B市自身も弁明の機会の付与という不利益処分の手続を踏んでいる。このような構造からすれば、指示は、勧告不遵守という要件の下で相手方に「必要な措置をとるべき」具体的な行為義務を課すものと解される。
第二に、指示を受けた者が指示に従わなかったときは、市長は「その旨を公表することができる」(34条)。公表は、指示不遵守を要件として本件条例が定める法的仕組みの一環であり、指示によってAは公表される地位に立たされる。本件の公表は、違反事実と設置者名を公にすることにより養鶏業者としての信用や社会的評価を毀損し鶏卵の販売に支障を生じさせるものであって、違反者に対する制裁としての機能を有し、その不利益は重大である。平成17年判決の論理に照らせば、指示に従わない場合に相当程度の確実さをもって公表という重大な不利益が生じる仕組みが採られている以上、指示は処分に当たる。
第三に、指示の段階で処分性を認めなければ、Aは公表という事実行為がされた後に国家賠償請求によるほかなく、公表前の実効的な救済が図れない。
(3) 以上から、本件指示は処分性を有する。
第2 設問1⑵ 本件指示の差止訴訟における「重大な損害を生ずるおそれ」
1 判断枠組み
差止訴訟は、一定の処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り提起でき(行政事件訴訟法37条の4第1項本文)、裁判所は損害の回復の困難の程度を考慮し、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案する(同条2項)。最判平成24年2月9日は、「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要するとした。
2 あてはめ
(1) 本件指示によって生じるおそれのある損害は、指示に従わない場合の公表による養鶏業者としての信用及び社会的評価の毀損と、鶏卵の販売に対する支障である。弁明の機会の付与の通知には、指示に従わない場合には34条に基づく公表を行う方針であることが明記されており、公表は抽象的な可能性ではなく現実に予定されている。信用・社会的評価は一旦毀損されれば回復が困難な無形の利益であり、公表された情報は拡散して撤回も困難であるから、損害の性質上、事後的な金銭賠償によっては十分に回復し得ない。
(2) 問題は、指示がされた後に取消訴訟を提起して執行停止の決定を受けることにより容易に救済を受けられるかである。本件では、指示は発出後40日以内に措置をとることを求めるものであり、指示後直ちに公表がされるわけではなく、公表は40日の経過後に指示不遵守を認定して行われる。そこで、B市は、Aは指示後40日の間に取消訴訟を提起し執行停止の申立てをする時間的余裕があり、執行停止の決定を得れば指示の効力が停止され公表の前提を欠くから、容易に救済を受けられると反論することが考えられる。
(3) しかし、第一に、執行停止は申立てから決定まで一定の期間を要し、本案について理由がないとみえるときに当たらないこと等の要件(25条4項)の審理を経て40日の期間内に決定を得られる保証はない。第二に、公表の時期は市長の判断に委ねられており、40日経過後直ちに公表される可能性があるところ、公表は事実行為であって、公表自体を対象とする執行停止は観念し難く、一度公表されれば損害は確定的に発生する。第三に、本件指示の内容は、Cの同意の取得、立入検査への応諾、悪臭排出減少措置という複数の措置を求めるものであり、Aが指示に従うか争うかの判断を迫られる期間は実質的に短い。
(4) したがって、本件指示による損害は、指示後に執行停止により容易に救済を受けられるものとはいえず、指示前に差止めを命ずる方法によらなければ救済が困難であるから、「重大な損害を生ずるおそれ」が認められる。
第3 設問2 本件勧告の実体的違法性
1 前提
本件指示は、Aが「正当な理由なく」本件勧告に従わなかったことを要件とする(33条1項)から、本件勧告が32条の要件を欠き違法であれば、Aには勧告に従わない正当な理由があり、本件指示も要件を欠き違法となる。また、本件勧告は処分性を有しない行政指導であるから、公定力や出訴期間による制約はなく、違法性の承継の問題を生じることなく、本件指示に対する抗告訴訟において本件勧告の違法を主張することができる。なお、Aは令和6年10月に設置届出書を提出しており、29条1項違反は解消しているから、勧告事項1は29条2項のみを根拠とするものである。以下、勧告事項ごとに検討する。
2 勧告事項1(本件条例29条2項違反)
(1) 勧告事項1は、本件養鶏場が本件住宅から40メートルの規制距離(50メートル)内にあり、「居住者」Cの同意を得ていないことを理由とする。
(2) Aの主張
29条2項ただし書の「居住者」とは、規制距離内の住宅に現に居住している者をいうと解すべきである。同項の趣旨は家畜飼養施設の近隣に居住する者の生活環境を保護することにあり、同意を要するのは現実に生活環境への影響を受ける者だからである。Cは、本件養鶏場が設置された令和6年9月の前月に骨折して隣のD市内の病院に入院し、令和7年1月以降は同市内の介護老人保健施設に入所しており、設置時から現在まで本件住宅に居住した事実はない。仮に、一時的に住宅を離れているにすぎない者も居住者に含まれるとしても、本件勧告がされた令和7年5月7日の時点では、Cは9か月近く不在であり、高齢で骨折後に介護施設へ移っている以上、本件住宅に戻る具体的な見込みがあるとはいえず、もはや一時的に離れているにすぎないとはいえない。そして、規制距離内の住宅に居住者がいない以上、同項が保護すべき者も利益も存在せず、同意を得る相手も存在しないから、同項本文の違反はない。
(3) B市の反論
B市は、住宅に居住していた者が一時的に離れているにすぎない場合は、現に居住していなくても居住者に当たるとし、Cの住民票上の住所は本件住宅のままであり、設置時点では骨折による入院という一時的な不在にすぎず、令和7年1月からの介護老人保健施設は在宅復帰を目的とし長期入所を想定しない施設であるから、Cは帰宅の可能性を有する居住者であることに変わりはないと反論することが考えられる。
(4) Aの再反論
しかし、住民票は居住の実態を示すものではなく、現実の不在が継続している以上、「一時的」といえるかは不在の期間と帰宅の見込みによって判断されるべきである。B市の立場によれば、帰宅の見込みのない者の同意を得られない限り施設を設置できず、同意を得る相手がいないのに「違反の状態を解消するための措置」を求められることになり、設置者に不可能を強いる。少なくとも勧告時点においては29条2項違反はなく、勧告事項1は違法である。
3 勧告事項2(悪臭防止法20条1項の立入検査拒否)
(1) Aの主張
ア 32条は「特定家畜飼養施設が…悪臭防止法…の規定に適合していないとき」と定め、施設が法の規定に適合していないことを要件とする。これは、施設の構造や悪臭原因物の排出が法の規制基準等に適合しない状態を指し、設置者が立入検査を拒否したという行為は施設の不適合ではないから、この要件に該当しない。
イ 仮に設置者の行為も含まれるとしても、悪臭防止法20条1項の立入検査は「第8条第1項…の規定による措置に関し必要があると認めるとき」に限って認められる。8条1項の改善勧告は、規制地域内の事業場につき悪臭原因物の排出が「規制基準に適合しない場合」において「住民の生活環境が損なわれていると認めるとき」にできるものであるところ、本件養鶏場は規制地域内にあるものの、規制基準の許容限度1ppmに対し計測値は0.8ないし0.9ppmであり規制基準に適合しているから、8条1項の措置をとる余地はなく、それに関する立入検査を行う権限もない。したがってAの拒否は20条1項に違反しない。
ウ さらに、仮に20条1項違反があるとしても、同法は検査拒否に対し28条で30万円以下の罰金を定めており、法の規定の違反への対処は法自身が定める措置によって図ることが予定されている。そうすると、32条の「悪臭防止法の規定に適合していないとき」とは、法が条例による補完を予定している施設の状態に関する規定への不適合をいい、法が罰則で独自に担保している検査拒否をこれに含めて条例上の勧告・指示・公表の対象とすることは、法の仕組みと整合しないから、同要件は限定的に解釈されるべきである。
(2) B市の反論
B市は、20条1項の立入検査は8条1項の措置の要否を判断するための調査でもあるから、同項の要件充足が常に前提となるわけではなく、本件養鶏場は許容限度に近い0.8ないし0.9ppmが計測され住民の意見も提出されており、要件充足に近い状態にあるから検査の必要性・許容性があること、立入検査を行うことができるにもかかわらず拒否された施設は法の規定に適合していない施設に当たること、法の規定に適合していない施設に適合を求める勧告は法の趣旨に反しないことを主張することが考えられる。
(3) Aの再反論
しかし、20条1項の文言は8条1項の「措置に関し必要があると認めるとき」であり、基準適合の状態で将来の措置の可能性のみを根拠に立入検査を認めることは、刑罰によって担保される検査権限の範囲を文言を超えて拡張するものである。また、条例による対処が法の趣旨に反しないとしても、検査拒否は施設の状態に関する法の規定への不適合ではないから、本件勧告は32条の要件自体を欠く。勧告事項2は違法である。
4 勧告事項3(周辺地域の生活環境を損なうおそれ)
(1) Aの主張
ア 32条後段の「周辺地域の生活環境を損なうおそれがあると認められるとき」は、悪臭防止法が特定悪臭物質ごとに規制基準を定め、基準不適合を改善勧告の要件としている(8条1項)こととの整合性から、少なくとも臭気に関しては、規制基準を超過する見込みがある場合などに限定して解釈すべきである。本件では、令和6年11月以降毎月の測定において規制基準を超過したことは一度もなく、0.8ないし0.9ppmは許容限度の範囲内であり、勧告時点で基準超過の見込みがあったともいえない。しかも、本件住宅には現に居住者がおらず、最も近い住宅において生活環境への影響を受ける者は存在しない。Fの意見は、条例が設置を禁じる規制距離50メートルの外である65メートル離れた1名の住民が、風が吹いてきた場合に不快な臭いを感じることが「ある」というものにすぎず、日常的な被害を示すものではない。測定は敷地境界線の地表で行われており、境界線上で基準内である以上、65メートル離れたF宅での濃度はさらに低いはずである。したがって、生活環境を損なうおそれは認められない。
イ 仮にこの要件の認定に市長の裁量が認められるとしても、裁量権の行使は、考慮すべき事項を考慮し、考慮すべきでない事項を考慮せず、事実に対する評価が合理的であることを要し、社会観念上著しく妥当を欠く場合には裁量権の逸脱濫用として違法となる(行政事件訴訟法30条、最判平成18年2月7日参照)。B市は、規制基準適合という最も重要な事実と本件住宅が無人である事実を軽視し、1名の住民の時折の感覚的意見を過大に評価しており、その判断過程は合理性を欠く。
(2) B市の反論
B市は、「おそれがあると認められるとき」との文言は生活環境保全という専門技術的・地域的判断を市長に委ねた要件裁量を認めるものであり、0.8ないし0.9ppmは許容限度に迫る水準で令和7年2月以降継続しており、本件住宅は40メートルの至近距離にあってCが帰宅すれば直ちに影響を受け、Fの意見も現実の影響を裏付けるから、これらを考慮して要件充足を認めたことに逸脱濫用はないと反論することが考えられる。
(3) Aの再反論
しかし、許容限度に迫るとはいえ基準内であることに変わりはなく、Cの帰宅は勧告時点で具体的に見込まれていない。仮にB市がAの立入検査拒否を不利に考慮したのであれば、それは臭気の有無とは無関係な事情であり他事考慮に当たる。勧告は「施設の運用の改善、設備の改良等」という費用負担を伴う措置を求めるものであり、基準内の排出に対しこれを求めることは比例原則にも反する。勧告事項3は裁量権の逸脱濫用により違法である。
5 結論
本件勧告は、勧告事項1ないし3のいずれについても32条の要件を欠き違法であり、Aはこれを理由に本件指示の違法を主張すべきである。
以上