司法試験 令和5年 行政法
問題文
(配点:100〔〔設問1〕⑴、〔設問1〕⑵、〔設問2〕⑴、〔設問2〕⑵の配点割合は、35:25:20:20〕)
Aは、B県において、特別養護老人ホーム及び老人デイサービスセンター等の複数の社会福祉事業を経営し、B県における社会福祉事業の中核を担ってきた社会福祉法人であり、Cがその理事長を務めている。Aの所轄庁であるB県知事は、社会福祉法(以下「法」という。)第56条第1項及びB県社会福祉法人指導監査実施要綱(以下「本件要綱」という。)に基づき、Aに対し、定期的に実施している一般監査を実施したところ、Aから、Aの業務執行理事(法第45条の16第2項第2号)であるDに対し、無利子・無担保でAの総流動資産の2分の1に当たる1億円もの金員(以下「本件貸付金」という。)が貸し付けられ、Aが法第27条(特別の利益供与の禁止)に違反している状況にあることが判明した。そこで、B県知事は、Aに対し、本件要綱第7条第1項及び第2項に基づき、期限を定めて、上記貸付けに至った経緯及び責任の所在について調査(以下「本件調査」という。)をした上、その結果を踏まえた改善状況報告書を提出するよう指示した。
Cは、理事会において、本件調査に協力するよう各理事に働き掛けたが、Cと対立するDの非協力的な態度により本件調査が滞ったため、Aは、やむを得ず、B県知事に対し、本件調査が終わればその結果を報告する旨を記載した改善状況報告書を提出した。しかし、B県知事は、社会福祉法人として高い公益性の確保が求められるAの運営を適正化する必要があると判断し、法第56条第4項に基づき、Aに対し、期限を定めて、本件調査を速やかに終えた上で、早急に本件貸付金の回収と理事会の機能強化を図る旨の改善措置を採るよう勧告した(以下「本件改善勧告」という。)。
これに対し、Aが上記期限内に本件調査を終えることができなかったため、B県知事は、同条第5項に基づき、本件改善勧告に関するAの不遵守を公表したが、Aがこの公表後にも具体的な改善措置を講じなかったことから、同条第6項に基づき、Aに対し、令和4年9月1日、期限を定めて、本件改善勧告と同じ内容の改善措置を採ることを命じた(以下「本件改善命令」という。)。
本件改善命令後、Cは、ようやく事実経緯の一部をDから聴取することができたが、なおもその詳細は不明であり、また、Dから本件貸付金の返済は直ちには困難であるとの説明を受けた。そこで、Aは、B県知事に対し、本件改善命令を上記期限内に履行することは困難であると申し出たところ、B県知事は、CをAの役員(「役員」とは、法所定の理事及び監事をいう。以下同じ。)から退任させるため、法第56条第7項に基づき、Aに対し、Cの役員解職勧告を行うことにした。
Aの代表者として同条第9項に基づく弁明手続に赴いたCは、同手続において、本件調査は徐々に進んでいることや、本件貸付金を回収した上で理事会の機能強化を図る意欲を有しているため、CをAの役員から解職する理由はないことを弁明したが、B県知事は、令和5年3月1日、Aに対し、本件改善命令により課された義務の不履行を理由として、Cをその対象とする役員解職勧告を行った(以下「本件解職勧告」という。)。これに対し、Aは、当該勧告に従うつもりがない旨をB県知事に表明したところ、B県知事は、Aに対し、行政手続法に基づく聴聞手続を履践した上で、同年4月20日、Aが法第27条及び本件改善命令に違反し、他の方法により監督の目的を達することができない旨を理由として、法第56条第8項に基づき、解散を命じた(以下「本件解散命令」
という。)。
Cは、本件解職勧告及び本件解散命令の取消訴訟を提起できないかを弁護士Eに相談したところ、Eからは、Aによる本件解散命令の取消訴訟(以下「本件取消訴訟」という。)の提起と執行停止の申立て(以下「本件申立て」という。)が提案される一方、Aが本件解職勧告の取消訴訟を適法に提起できるかどうかについては、引き続き、Eにおいて検討するとの回答を得た。そこで、Cは、理事会において、Eからの上記提案について説明したところ、Dは、自らも原告となり、本件解散命令の取消訴訟を提起することを検討したいと発言した。
以下に示された【法律事務所の会議録】を踏まえて、弁護士Eの指示に応じる弁護士Fの立場に立って、設問に答えなさい。
なお、法の抜粋を【資料1 社会福祉法(昭和26年法律第45号)(抜粋)】に、本件要綱の抜粋を【資料2 B県社会福祉法人指導監査実施要綱(抜粋)】に、それぞれ掲げてあるので、適宜参照しなさい。
〔設問1〕⑴ 本件解職勧告が取消訴訟の対象となる処分に該当するか否かについて、想定される反対の見解の論拠を踏まえて、検討しなさい。
⑵ Dが本件解散命令の取消訴訟を提起した場合を想定し、Dに当該取消訴訟の原告適格が認められるか、法の規定を踏まえて検討しなさい。ただし、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)
第9条第2項による検討を行う必要はない。
〔設問2〕Aが適法に本件取消訴訟を提起したことを前提に、以下の点を検討しなさい。
⑴ 本件申立てにおいて、Aは、行訴法第25条第2項の「重大な損害」について、どのような主張をすべきか、想定されるB県の反論を踏まえて、検討しなさい。
⑵ 本件取消訴訟において、Aはどのような違法事由を主張すべきか、想定されるB県の反論を踏まえて、検討しなさい。解答に当たっては、本件改善勧告及び本件改善命令が適法であること、並びに本件解散命令に手続的違法はないことを前提にしなさい。
【法律事務所の会議録】弁護士E:本日は、Aの案件について検討します。Aに対しては、本件取消訴訟の提起と本件申立てを提案したところですが、本件解職勧告についても取消訴訟を適法に提起できるかについては我々の宿題事項となりました。Fさんには、医療法上の病院開設中止の勧告について処分性を認めた最高裁判決(最高裁判所平成17年7月15日第二小法廷判決・民集59巻6号1661頁)も参考にしながら、本件解職勧告が処分に当たるかどうかの検討をお願いしていましたが、この点はいかがですか。
弁護士F:はい。本件では、処分性を肯定できる根拠もあるかもしれませんが、当該最高裁判決の事案との違いや勧告の不遵守に対する罰則規定がないことなどもあり、悩ましいところです。
弁護士E:そうですか。ただ、本件解職勧告に関しては、法第56条第9項により、「弁明の機会」
が設けられています。弁明手続は、処分に関して設けられることが多いようにも思うのですが。
弁護士F:しかし、行政手続法第13条第1項第1号の聴聞手続の対象を見ると、本件解職勧告が処分として法定されているとは一概には言えないかもしれません。
弁護士E:確かにそうですね。それでは、本件解職勧告の処分性の有無については、否定・肯定いずれの見解もあり得るかもしれませんので、当該最高裁判決を参考にしつつ、想定される反対の見解の論拠も踏まえて、引き続き検討をお願いします。
弁護士F:承知しました。
弁護士E:では、次に本件解散命令の取消訴訟について検討しましょう。Cによれば、Dは自らも原告となって本件解散命令の取消訴訟を提起することを検討したいと発言していたようです。
Dも本件解散命令の取消訴訟を提起するのであれば、私たちの訴訟戦略に影響があるかもしれませんから、念のため、まずはDの原告適格についても検討しておきましょう。本件解散命令はAを相手方とする処分ですから、Dは処分の相手方以外の第三者に当たります。Dの原告適格については、行訴法第9条第2項によって検討することになりそうですね。
弁護士F:しかし、行訴法第9条第2項による検討を経ることなく、Dの原告適格を認める余地がないのかが気になります。事案を異にするとは思いますが、例えば、形式的には処分の相手方以外の第三者に当たるけれども、処分の相手方に準ずる者として不服申立適格又は原告適格を認めた複数の最高裁判決(第二次納税義務者に不服申立適格を認めた最高裁判所平成18年1月19日第一小法廷判決・民集60巻1号65頁、滞納者の財産が差し押さえられた場合の当該財産の共有者に原告適格を認めた最高裁判所平成25年7月12日第二小法廷判決・裁判集民事244号43頁)もあるところですから、本件でも、Dを本件解散命令の相手方に準ずる者として捉えられるかどうかを検討しておく必要があるように思います。
弁護士E:そうですね。では、行訴法第9条第2項による検討を行うことなく、法の規定を踏まえて、Dに本件解散命令の取消訴訟の原告適格が認められることになるのか、検討してください。
弁護士F:承知しました。
弁護士E:次に、Aによる本件申立てについて、今日は、行訴法第25条第2項の「重大な損害」の要件を満たすかどうかに絞って検討しましょう。「重大な損害」の有無を判断する上での必要な情報は収集しましたか。
弁護士F:はい。本件解散命令によりAは経営している社会福祉事業を継続することができなくなるという不利益を被ることになります。特に、Aは複数の社会福祉事業を経営している法人ですから、それらの事業を継続できなくなると、Aだけではなく、多数のAの福祉サービス利用者やAの従業員にも不利益が生ずることになります。もっとも、B県としては、本件改善勧告、本件改善命令を経ても、Aから依然として具体的な改善策が示されていない現状では、Aの経営基盤は不安定であると言わざるを得ず、これを放置すれば、Aの福祉サービス利用者の待遇が悪化し、B県におけるAの多数の利用者にも福祉サービス利用上の被害が及ぶことを問題視しているようなのです。
弁護士E:分かりました。そういえば、「重大な損害」については、弁護士に対する業務停止3か月の懲戒処分について執行停止を認めた最高裁決定(最高裁判所平成19年12月18日第三小法廷決定・裁判集民事226号603頁)がありましたね。この決定と今回のAの案件とでは、損害の回復の困難の程度、損害の性質や程度等は異なるかもしれませんが、この決定も参考にしながら、「重大な損害」の有無について検討してください。
弁護士F:承知しました。
弁護士E:次に、本件取消訴訟の本案部分を検討しましょう。B県は、本件解散命令に関して法第56条第8項が定める解散命令の要件を満たす旨の理由を提示しています。Aは、AのDへの貸付けが法第27条で禁止されている行為に該当することを認めており、また、本件改善勧告及び本件改善命令の適法性を争うつもりもありません。以上を踏まえて、Aとしては、本件解散命令の違法事由として何を主張することになりますか。
弁護士F:はい。本件解散命令は、法第27条違反及び本件改善命令違反を理由とするものですが、Cが退任しないならばAには適正な法人運営が期待できず、「他の方法により監督の目的を達することができない」として、直ちに本件解散命令を選択したB県知事の判断には問題があると主張することができると考えます。C自身はAの運営改善に向けて努力はしており、今回の貸付けの事実経緯も一部判明してきたようです。また、B県知事は、今回の不正がDに起因することを認識しているにもかかわらず、本件解職勧告の拒否を本件解散命令において重視しているようなので、Cがこれに反発するのは無理もありません。
弁護士E:御指摘の点は、本件解散命令を選択したB県知事の判断が正しかったのかどうかに影響しそうですね。ところで、法第56条の監督措置に関して処分基準はあるのでしょうか。
弁護士F:処分基準に当たるものはありません。B県では、法第56条に基づく監督措置に関し、個別事案ごとに判断しているようです。ただ、B県が公表している実績資料を基に本件に類似すると考えられる事案を確認してみると、Aと同等の資産規模の法人が理事に対して無利子・無担保で1億5000万円を貸し付けたことを理由として改善命令が出されたが、当該貸付金が回収されるなど、改善措置が採られた事案では、解散までは命じられていませんでした。他方で、Aよりもはるかに資産規模の小さい法人において、1億円が使途不明金として理事長個人に流出した結果、破産の危機にまで陥り、改善命令が出された後も、理事長自身が事案の解明にも全く協力せず、当該使途不明金の回収の見込みも立たずに、当該改善命令に係る措置が採られなかった事案では、解散が命じられていました。これに対して、Aは今回の貸付けにより、そこまで経営が破綻している状況にあるわけでもありません。
弁護士E:分かりました。では、これらの実績資料で挙げられている事例をも参考にしながら、本件解散命令を選択したB県知事の判断が正しかったのかについて検討してください。
弁護士F:承知しました。
【資料1 社会福祉法(昭和26年法律第45号)(抜粋)】(目的)
第1条 この法律は、社会福祉を目的とする事業の全分野における共通的基本事項を定め、社会福祉を目的とする他の法律と相まつて、福祉サービスの利用者の利益の保護及び地域における社会福祉(中略)の推進を図るとともに、社会福祉事業の公明かつ適正な実施の確保及び社会福祉を目的とする事業の健全な発達を図り、もつて社会福祉の増進に資することを目的とする。
(定義)
第22条 この法律において「社会福祉法人」とは、社会福祉事業を行うことを目的として、この法律の定めるところにより設立された法人をいう。
(経営の原則等)
第24条 社会福祉法人は、社会福祉事業の主たる担い手としてふさわしい事業を確実、効果的かつ適正に行うため、自主的にその経営基盤の強化を図るとともに、その提供する福祉サービスの質の向上及び事業経営の透明性の確保を図らなければならない。
2 (略)
(要件)
第25条 社会福祉法人は、社会福祉事業を行うに必要な資産を備えなければならない。
(特別の利益供与の禁止)
第27条 社会福祉法人は、その事業を行うに当たり、その評議員、理事、監事、職員その他の政令で定める社会福祉法人の関係者に対し特別の利益を与えてはならない。
(機関の設置)
第36条 社会福祉法人は、評議員、評議員会、理事、理事会及び監事を置かなければならない。
2 (略)
(評議員の資格等)
第40条 次に掲げる者は、評議員となることができない。
一~四 (略)
五 第56条第8項の規定による所轄庁の解散命令により解散を命ぜられた社会福祉法人の解散当時の役員六 (略)
2~5 (略)
(役員等の選任)
第43条 役員及び会計監査人は、評議員会の決議によつて選任する。
2、3 (略)
(役員の資格等)
第44条 第40条第1項の規定は、役員について準用する。
2~7 (略)
(理事会の権限等)
第45条の13 理事会は、全ての理事で組織する。
2 理事会は、次に掲げる職務を行う。
一 社会福祉法人の業務執行の決定二 理事の職務の執行の監督三 理事長の選定及び解職3 理事会は、理事の中から理事長一人を選定しなければならない。
4、5 (略)
(理事の職務及び権限等)
第45条の16 理事は、法令及び定款を遵守し、社会福祉法人のため忠実にその職務を行わなければならない。
2 次に掲げる理事は、社会福祉法人の業務を執行する。
一 理事長二 理事長以外の理事であつて、理事会の決議によつて社会福祉法人の業務を執行する理事として選定されたもの3 前項各号に掲げる理事は、3月に1回以上、自己の職務の執行の状況を理事会に報告しなければならない。(以下略)
4 (略)
(解散事由)
第46条 社会福祉法人は、次の事由によつて解散する。
一~五 (略)
六 所轄庁の解散命令2、3 (略)
(監督)
第56条 所轄庁は、この法律の施行に必要な限度において、社会福祉法人に対し、その業務若しくは財産の状況に関し報告をさせ、又は当該職員に、社会福祉法人の事務所その他の施設に立ち入り、その業務若しくは財産の状況若しくは帳簿、書類その他の物件を検査させることができる。
2、3 (略)
4 所轄庁は、社会福祉法人が、法令、法令に基づいてする行政庁の処分若しくは定款に違反し、又はその運営が著しく適正を欠くと認めるときは、当該社会福祉法人に対し、期限を定めて、その改善のために必要な措置(役員の解職を除く。)をとるべき旨を勧告することができる。
5 所轄庁は、前項の規定による勧告をした場合において、当該勧告を受けた社会福祉法人が同項の期限内にこれに従わなかつたときは、その旨を公表することができる。
6 所轄庁は、第4項の規定による勧告を受けた社会福祉法人が、正当な理由がないのに当該勧告に係る措置をとらなかつたときは、当該社会福祉法人に対し、期限を定めて、当該勧告に係る措置をとるべき旨を命ずることができる。
7 社会福祉法人が前項の命令に従わないときは、所轄庁は、当該社会福祉法人に対し、期間を定めて業務の全部若しくは一部の停止を命じ、又は役員の解職を勧告することができる。
8 所轄庁は、社会福祉法人が、法令、法令に基づいてする行政庁の処分若しくは定款に違反した場合であつて他の方法により監督の目的を達することができないとき、又は正当の事由がないのに1年以上にわたつてその目的とする事業を行わないときは、解散を命ずることができる。
9 所轄庁は、第7項の規定により役員の解職を勧告しようとする場合には、当該社会福祉法人に、所轄庁の指定した職員に対して弁明する機会を与えなければならない。この場合においては、当該社会福祉法人に対し、あらかじめ、書面をもつて、弁明をなすべき日時、場所及びその勧告をなすべき理由を通知しなければならない。
10、11 (略)
(事業経営の準則)
第61条 国、地方公共団体、社会福祉法人その他社会福祉事業を経営する者は、次に掲げるところに従い、それぞれの責任を明確にしなければならない。
一 (略)
二 国及び地方公共団体は、他の社会福祉事業を経営する者に対し、その自主性を重んじ、不当な関与を行わないこと。
三 (略)
2 (略)
【資料2 B県社会福祉法人指導監査実施要綱(抜粋)】(趣旨)
第1条 この要綱は、B県知事が社会福祉法第56条第1項の規定に基づき同法第22条に規定する社会福祉法人(以下「法人」という。)に対して実施する法人指導監査(以下「指導監査」という。)
に関し、基本事項を定めるものとする。
(類型)
第3条 指導監査は、一般監査及び特別監査とし、いずれも実地において行う。(以下略)
(実施後の措置)
第7条 県は、指導監査を実施後、法令又は通知等の違反が認められる事項を文書指摘事項に、違反の程度が軽微又は改善が見込まれる事項を口頭指摘事項に、また、違反が認められない場合で法人運営に資するものと考えられる事項を助言事項として整理し、文書により通知を行うものとする。
2 前項の規定による文書により通知した事項のうち、文書指摘事項については、期限を付して改善状況報告書の提出を求め、必要に応じて、確認のための再調査を行うものとする。(以下略)
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
社会福祉法人が法令違反等の不適正な運営を行った場合、都道府県知事等の所轄庁は、当該不適正な運営を是正するために社会福祉法(以下「法」という。)第56条に基づく各種の監督措置を執ることになる。本問は、所轄庁であるB県知事が社会福祉法人A(以下「A」という。)に対して行った監査でAの理事Dに対する法第27条に違反する貸付け(以下「本件貸付け」という。)が発覚したことを受けて、B県知事が、法第56条に基づき、Aに対して行った改善勧告から解散命令に至るまでの一連の監督措置の中で、B県とA等との間で生じる法 的問題について問うものである。
本問では、Aの理事長であるCが一連の監督措置を争うために相談した弁護士Eと弁護士Fによる【法律事務所の会議録】及び【資料1 社会福祉法(昭和26年法律第45号)(抜粋)】と【資料2 B県社会福祉法人指導監査実施要綱(抜粋)】を読んで、法の規定する要件や効果とその運用を踏まえて、Aに対する理事長Cの役員解職勧告(以下「本件解職勧告」という。)
の取消訴訟、A及びDが原告となって提起することが想定されるAに対する解散命令(以下「本件解散命令」という。)の取消訴訟並びにAによる本件解散命令の執行停止の申立てに関する 各法的問題について、弁護士Fの立場からの検討過程を論理的に示すことが求められる。
まず、〔設問1〕⑴では、法第56条第7項に基づき行われた本件解職勧告が行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)第3条第2項の取消訴訟の対象となる処分に該当するか否かを、想定される反対の見解の論拠も踏まえて検討することが求められる。その際には、医療法上の勧告について処分性を認めた最判平成17年7月15日民集59巻6号1661頁(以下「平成17年判決」という。)が、通常は行政指導として位置付けられる「勧告」について処分性を肯定するに至った論拠等を押さえながら、本件解職勧告と当該勧告の拒否に際して執られる措置との連動関係及び当該措置が相手方に及ぼす影響等の観点から、本件と平成17年判決とを比較検討することが求められる。また、法が本件解職勧告について予定している弁明手続と、行政手続法上の意見聴取に関する手続の相違等にも着目し、本件解職勧告が処分に当たるかど うかを検討することが求められる。
〔設問1〕⑵は、Aの理事Dが本件解散命令の取消訴訟を提起することを想定し、Dの原告適格の有無を問うものである。本問では、本件解散命令の相手方以外の第三者であるDの原告適格の有無を、形式的には処分の相手方以外の第三者を処分の相手方に準ずる者として不服申立適格又は原告適格を認めた最判平成18年1月19日民集60巻1号65頁や最判平成25年7月12日集民244号43頁を手掛かりにして、所轄庁の解散命令により解散を命ぜられた社会福祉法人の解散当時の役員は、以後、社会福祉法人の評議員及び役員に就任することができない旨を定める法第40条第1項第5号及び法第44条第1項の規定を摘示するなどして、行訴法第9条第2項による検討を経ることなく、本件解散命令の法効果からDについて当該処分の取消しにより回復すべき「法律上の利益」(行訴法第9条第1項)が肯定されるか否 かを検討することが求められる。
次に、〔設問2〕⑴では、Aが本件解散命令の取消訴訟を適法に提起したことを前提に、Aが行った執行停止の申立てに関する要件のうち、行訴法第25条第2項の「重大な損害」について、Aはどのような主張を行うべきかを、想定されるB県の反論も踏まえて、検討することが求められる。「重大な損害」の有無の判断に関しては、行訴法第25条第3項で考慮事項が定められているところ、同項の考慮事項を踏まえて執行停止を認容した最決平成19年12月18日集民226号603頁(以下「平成19年決定」という。)を参考にして、その「重大な損害」の有無を、本件と平成19年決定との違いを意識しながら、本件解散命令によりAが被る損害や、Aが提供する福祉サービスの利用者等に不利益が生じるという本件解散命令の性質、あるいは本件解散命令により保護される利益等を同項の定める考慮要素に当てはめて、本 問における事実関係に即して検討することが求められる。
〔設問2〕⑵は、同じくAが本件解散命令の取消訴訟を適法に提起したことを前提に、Aが提起した本件解散命令の取消訴訟において、Aはどのような本案に関する主張をすべきか、想定されるB県の反論を踏まえた検討を求めるものである。本問は、B県知事が本件解散命令を監督措置として選択したことに関する違法性の有無を問うものであり、特に、法第56条第8項の規定を踏まえてB県知事に裁量が認められるかどうかや、B県知事に裁量が認められる場合にはその裁量権の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用したものとならないかの検討を求めるものである。そして、その検討に当たっては、法第24条、第61条第1項第2号等が社会福祉法人の自主性・自律性の尊重を定めていることや、法が監督措置のうち最も過酷な措置である解散命令については、「他の方法により監督の目的を達することができないとき」と比例原則の要請をあえて明文化した要件を定めていることなど、法の趣旨を踏まえつつ、本問における事 実関係や【法律事務所の会議録】で示された監督措置の実績等に照らした検討が求められる。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1(1)——本件解職勧告の処分性
1 規範
取消訴訟の対象となる「処分」(行政事件訴訟法3条2項)とは、行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(最判昭39.10.29)。
もっとも、形式上は行政指導として位置付けられる勧告であっても、後続の措置との連動関係により相手方に実質的に重大な不利益を生じさせ、かつ、その段階で争わせることが実効的な権利救済に資する場合には、処分性が認められる。判例は、医療法上の病院開設中止の勧告について、これに従わない場合には相当程度の確実さをもって健康保険法上の保険医療機関の指定を受けられない結果が生ずること、保険医療機関の指定を受けずに病院を開設することは実際上病院経営が成り立たないことを理由に、処分性を肯定している(最判平17.7.15)。
2 処分性を肯定する立場
(1) 連動関係 法56条7項は、社会福祉法人が同条6項の命令に従わないときに、所轄庁が業務の全部若しくは一部の停止を命じ、又は役員の解職を勧告することができるとし、同条8項は、法令等に違反した場合であって他の方法により監督の目的を達することができないときに解散を命ずることができるとする。
本件の経緯に照らせば、本件解職勧告は、改善勧告(4項)、公表(5項)、改善命令(6項)という段階的な監督措置の最終段階の直前に位置し、これに従わないときには、他の方法により監督の目的を達することができないものとして解散命令(8項)がされることが、相当程度の確実さをもって予測される。現に、Aが本件解職勧告に従うつもりがない旨を表明したところ、B県知事は直ちに聴聞手続を経て本件解散命令をしている。
(2) 不利益の重大性 解散命令がされれば、社会福祉法人は解散し(法46条1項6号)、社会福祉事業を経営する法人としての存立そのものを失う。これは医療法上の保険医療機関の指定を受けられないことによる不利益よりもなお重大である。また、解散命令により解散を命ぜられた社会福祉法人の解散当時の役員は、以後、評議員及び役員となることができない(法40条1項5号、44条1項)。すなわち、本件解職勧告に従わないことは、Cのみならず他の役員の資格喪失にも直結する。
(3) 手続的保障 法56条9項は、所轄庁が役員の解職を勧告しようとする場合には、当該社会福祉法人に対し、所轄庁の指定した職員に対して弁明する機会を与えなければならず、あらかじめ書面をもって弁明をなすべき日時、場所及び勧告をなすべき理由を通知しなければならないと定める。このように、理由の事前通知と弁明の機会という不利益処分に準ずる手続的保障が法律上設けられていることは、法が本件解職勧告を単なる行政指導以上のものとして位置付けていることを示す。
(4) 救済の実効性 解散命令を待って争わせるのでは、その時点で既に法人の存立が失われ、役員の資格も失われるため、回復が著しく困難である。解職勧告の段階で争わせることが実効的な権利救済に資する。
(5) 以上より、本件解職勧告には処分性が認められる。
3 想定される反対の見解とその検討
(1) まず、法56条7項の解職勧告は、その文言上「勧告」であって、相手方に法的義務を課すものではない。役員の解職は評議員会の決議によってされるべきもの(法43条1項)であり、理事長の解職は理事会の職務とされている(法45条の13第2項3号)から、解職勧告自体によってCが役員の地位を失うわけではない。また、勧告の不遵守に対する罰則規定は存在しない。平成17年判決の事案では、勧告に従わないことが保険医療機関の指定拒否という別の法律上の不利益に相当程度の確実さをもって結び付く仕組みがあったが、本件では、56条8項の解散命令は「他の方法により監督の目的を達することができないとき」という独自の要件の下で所轄庁の裁量により行われるものであって、解職勧告の不遵守が自動的に解散命令に結び付く仕組みにはなっていない。
(2) また、法56条7項は、業務停止命令と解職勧告を選択的に定めており、解職勧告はむしろ業務停止命令という不利益処分を避けつつ自主的改善を促すための措置と位置付けられる。法24条が社会福祉法人の自主的な経営基盤強化を、法61条1項2号が国及び地方公共団体が社会福祉事業を経営する者の自主性を重んじ不当な関与を行わないことを定めていることからも、解職勧告は法人の自主的対応に委ねる趣旨の行政指導と解しうる。
(3) さらに、弁明の機会については、行政手続法13条1項1号が聴聞を要する不利益処分として許認可等の取消し、資格又は地位の剥奪、法人の役員の解任等を命ずる不利益処分を列挙していることと対比すると、法56条9項が聴聞ではなく弁明の機会にとどめ、しかも行政手続法上の弁明の機会の付与(同項2号、29条)とも異なり「所轄庁の指定した職員に対して弁明する」という独自の手続を定めていることは、本件解職勧告が行政手続法上の不利益処分として法定されたものではないことをうかがわせる。現に本件解散命令については行政手続法に基づく聴聞手続が履践されている。
(4) 検討 確かに、法56条8項の解散命令は独自の要件と裁量に服するから、連動関係は平成17年判決の事案ほど強固ではない。しかし、同項が「他の方法により監督の目的を達することができないとき」と定めるのは、段階的措置を尽くしたことを要求する趣旨であり、7項の措置に従わないことは同項の要件充足を基礎付ける中核的事情となる。そして解散命令による不利益は法人の存立の喪失という決定的なものであり、法40条1項5号、44条1項により役員の資格喪失という法律上の効果も生ずる。これらに加え、理由の事前通知と弁明の機会という手続的保障が法律上定められていることを併せ考えれば、本件解職勧告は、Aの法的地位に対し実質的に直接の影響を及ぼすものとして処分性を認めるべきである。
第2 設問1(2)——Dの原告適格
1 規範
取消訴訟の原告適格は、当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」に認められる(行訴法9条1項)。形式的には処分の相手方以外の第三者であっても、①当該処分の法的効果が直接その者の法的地位を変動させ、②処分の取消しにより回復すべき具体的な法律上の利益が認められる場合には、処分の相手方に準ずる者として、同条2項による検討を経ることなく、同条1項により原告適格が肯定される(最判平18.1.19、最判平25.7.12参照)。
2 あてはめ
本件解散命令はAを相手方とする処分であり、Dは処分の相手方ではない。しかし、法40条1項5号は、法56条8項の規定による所轄庁の解散命令により解散を命ぜられた社会福祉法人の解散当時の役員は評議員となることができないと定め、法44条1項はこれを役員について準用する。
Dは、Aの理事であり、かつ法45条の16第2項2号の業務執行理事であるから、Aの「役員」に当たる。したがって、本件解散命令がされれば、Dは解散当時の役員として、以後、社会福祉法人の評議員及び役員となることができないという資格制限を受ける。
この効果は、所轄庁による別個の処分を要することなく、本件解散命令がされたことのみを原因として法律上当然に発生する。すなわち、本件解散命令の法的効果は、Aの解散という効果にとどまらず、直接にDの法的地位を変動させ、その就任資格を剥奪するものである。この資格制限は、Dの職業活動の自由に対する重大な制約であり、単なる事実上の不利益や反射的利益ではない。
そして、本件解散命令が取り消されれば、法40条1項5号及び44条1項による資格制限は遡って生じなかったことになるから、Dには取消しにより回復すべき具体的な法律上の利益がある。
3 結論
よって、Dは本件解散命令の相手方に準ずる者として、行訴法9条1項により原告適格を有する。
なお、Dは本件貸付金の交付を受けた者であり、本件の不正の原因を作った者であるが、原告適格の有無は法律上の利益の有無によって客観的に判断されるべきものであり、このような事情は本案における判断において考慮されるべきものであって、原告適格を否定する理由とはならない。
第3 設問2(1)——「重大な損害」
1 規範
処分の取消しの訴えの提起は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない(行訴法25条1項)。もっとも、処分の取消しの訴えの提起があった場合において、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより、執行停止をすることができる(同条2項)。
「重大な損害」を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案する(同条3項)。
2 Aの主張
(1) 損害の回復の困難の程度 本件解散命令により、Aは解散し(法46条1項6号)、経営している社会福祉事業を継続することができなくなる。Aは、特別養護老人ホーム及び老人デイサービスセンター等の複数の社会福祉事業を経営し、B県における社会福祉事業の中核を担ってきた社会福祉法人である。いったん解散して事業が停止されれば、入所者及び利用者は他の施設への移転を余儀なくされ、従業員も離散する。その後に本件取消訴訟で勝訴しても、既に失われた施設の人的・物的体制、利用者との継続的な信頼関係及び地域における社会福祉事業の基盤を回復することは事実上不可能である。これは金銭賠償によって回復し得ない性質の損害である。
(2) 損害の性質及び程度 損害はA自身の法人としての存立及び事業継続の利益にとどまらない。多数のAの福祉サービス利用者は、特別養護老人ホームの入所者等であって、生活の場そのものを失い、心身の状態の悪化を招くおそれがある。また、多数の従業員が職を失う。さらに、法40条1項5号、44条1項により、C及びDを含むAの解散当時の役員は、以後、社会福祉法人の評議員及び役員となることができないという資格制限を受ける。これらの不利益は、いずれも事後的な金銭賠償によって回復できない。
(3) 処分の内容及び性質 本件解散命令は、法56条が定める監督措置のうち最も重い措置であり、法人の存立そのものを失わせる終局的・不可逆的な処分である。業務停止命令(同条7項)のように期間を定めて事業を一時停止させるにとどまる処分と異なり、原状回復の余地がない。
(4) 判例は、弁護士に対する業務停止3か月の懲戒処分について、当該処分により申立人が業務を停止され、依頼者との関係や社会的信用に回復困難な損害を生ずることを理由に執行停止を認めている(最決平19.12.18)。本件の処分は、期間を定めた業務停止ではなく法人の解散という決定的な処分であり、影響を受ける者の範囲も遥かに広いから、「重大な損害」の要件は一層明らかに充足される。
(5) そして、本件解散命令には期限が付されておらず、効力は直ちに生ずるから、本案判決を待つ余裕はなく、損害を避けるための緊急の必要も認められる。
3 B県の反論
B県は、本件改善勧告及び本件改善命令を経てもAから依然として具体的な改善策が示されていない現状では、Aの経営基盤は不安定であると言わざるを得ず、これを放置すれば、Aの福祉サービス利用者の待遇が悪化し、B県におけるAの多数の利用者に福祉サービス利用上の被害が及ぶと反論する。すなわち、本件解散命令はまさに利用者の利益を保護するための措置であるから、執行停止によって回避されるべき損害は存在せず、むしろ執行停止は利用者の不利益を継続させるというのである。
4 検討
利用者の利益保護という観点は、本来は行訴法25条4項の「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」の問題として位置付けられるべきものであり、同条2項の「重大な損害」の有無を否定する理由とはならない。
もっとも、同条3項は処分の内容及び性質を勘案すべきものとするから、本件解散命令が利用者保護を目的とすることは考慮要素となる。しかし、Aに対する本件貸付金は総流動資産の2分の1に当たる1億円であるものの、Aは今回の貸付けによりそこまで経営が破綻している状況にあるわけではない。また、解散すれば利用者は直ちに生活の場を失うのであって、解散命令の執行停止により利用者の利益が害されるとはいえず、むしろ事業が継続されることで利用者の現状が維持される。
よって、「重大な損害」を避けるため緊急の必要があるといえる。
第4 設問2(2)——本件解散命令の違法事由
1 裁量の存否と審査の方法
法56条8項は、社会福祉法人が法令、法令に基づいてする行政庁の処分若しくは定款に違反した場合であって「他の方法により監督の目的を達することができないとき」に、解散を「命ずることができる」と定める。「他の方法により監督の目的を達することができないとき」という要件は評価を伴う概念であり、監督措置の選択は社会福祉行政に関する専門的判断を伴うから、所轄庁に裁量が認められる。
もっとも、裁量は無制約ではない。第一に、法24条は社会福祉法人が自主的にその経営基盤の強化を図るべきものとし、法61条1項2号は国及び地方公共団体が社会福祉事業を経営する者に対しその自主性を重んじ不当な関与を行わないことを定めており、法は社会福祉法人の自主性・自律性の尊重を基本原則とする。第二に、法56条は、報告・検査(1項)、改善勧告(4項)、公表(5項)、改善命令(6項)、業務停止命令又は役員解職勧告(7項)、解散命令(8項)という段階的な監督措置を定め、最も過酷な措置である解散命令については「他の方法により監督の目的を達することができないとき」という比例原則の要請をあえて明文化した要件を付している。
したがって、同項の解釈においては、より侵害の少ない手段によって監督の目的を達することができないかを具体的に検討することが要求され、これを欠く判断は裁量権の範囲をこえ又はその濫用に当たり違法となる(行訴法30条)。審査は、考慮すべき事項を適切に考慮したか、考慮すべきでない事項を考慮していないか、各考慮事項の評価が合理的であるかという判断過程の観点から行う。
2 Aの主張
(1) より侵害の少ない手段の検討の欠如 法56条7項は、業務の全部又は一部の停止命令と役員の解職勧告を選択的に定める。B県知事は、本件改善命令違反を受けて、業務停止命令を選択せず、Cを対象とする本件解職勧告のみを行い、Aがこれに従わないと表明すると直ちに本件解散命令に進んでいる。
しかし、本件の不正は、業務執行理事Dに対する無利子・無担保の貸付けであって、Dに起因するものである。B県知事もこれを認識している。それにもかかわらず、B県知事は、不正の原因者であるDではなく、むしろ本件調査に協力的であったCを解職の対象とした。Cは、理事会において本件調査に協力するよう各理事に働き掛けており、本件調査が滞ったのはCと対立するDの非協力的な態度によるものである。本件改善命令後も、Cはようやく事実経緯の一部をDから聴取するに至っており、調査は徐々に進んでいる。Cは本件貸付金を回収した上で理事会の機能強化を図る意欲を有している。
このような状況において、Cの解職を迫り、これに応じないことを理由として解散を命ずることは、改善に努力している者を排除するものであって、Aの運営の適正化という監督の目的に適合しない。B県知事は、Dに対する措置や、業務の一部停止命令、あるいは改善の履行状況を監視しつつ期限を延長するなどの手段を検討すべきであった。これらを検討せずに直ちに解散命令を選択した判断は、「他の方法により監督の目的を達することができないとき」の要件を満たさない。
(2) 他事考慮及び評価の不合理 B県知事は、本件解職勧告の拒否を本件解散命令において重視している。しかし、Cの解職は、本来は評議員会の決議(法43条1項)又は理事会の決定(法45条の13第2項3号)に委ねられた法人内部の自律的事項であり、法56条4項が改善勧告の対象から役員の解職を明示的に除外していることも、役員人事への介入が例外的であることを示す。法61条1項2号の趣旨にも照らせば、解職勧告に従わなかったことを解散命令の中心的理由とすることは、法人の自主性に対する不当な関与であり、考慮すべきでない事項を過大に評価したものである。
(3) 均衡性の欠如と先例との不均衡 B県には法56条の監督措置に関する処分基準はなく、個別事案ごとに判断されている。もっとも、処分基準がない場合でも、同種事案の取扱いとの均衡は、評価の合理性を判断する上で重要な指標となり、合理的理由なく著しく異なる取扱いをすることは平等原則に反する。
B県が公表している実績資料によれば、Aと同等の資産規模の法人が理事に対して無利子・無担保で1億5000万円を貸し付けた事案では、改善命令が出され、貸付金が回収されるなど改善措置が採られたため解散までは命じられていない。他方、Aよりもはるかに資産規模の小さい法人において1億円が使途不明金として理事長個人に流出し、破産の危機に陥り、改善命令後も理事長自身が事案の解明に全く協力せず回収の見込みも立たなかった事案では解散が命じられている。
本件は、貸付額1億円という点では後者に近いが、Aは本件貸付けによりそこまで経営が破綻している状況にはなく、理事長C自身は事案の解明に協力し改善の意欲を有している。すなわち、解散が命じられた先例とは、経営の破綻の有無及び法人代表者の協力姿勢という決定的な点で異なる。本件はむしろ解散が命じられなかった前者の事案に近い。それにもかかわらず最も重い解散命令を選択したことは、評価が著しく不合理であり、均衡を失する。
(4) 解散命令による不利益の重大性 解散命令により、B県における社会福祉事業の中核を担ってきたAは消滅し、多数の利用者が生活の場を失い、従業員が職を失う。法40条1項5号、44条1項により、不正と無関係な役員までが評議員及び役員の資格を失う。法1条が福祉サービスの利用者の利益の保護及び社会福祉事業の公明かつ適正な実施の確保を目的とすることに照らせば、事業の存続自体を失わせることが利用者の利益に資するかは慎重に判断すべきである。
(5) 以上より、本件解散命令は、より侵害の少ない手段の検討を欠き、考慮すべきでない事項を重視し、同種事案との均衡を失するものであって、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法である。
3 B県の反論
B県は、次のように反論する。第一に、Aは法27条が禁止する特別の利益供与を行い、その額は総流動資産の2分の1に当たる1億円という巨額であって、法25条が要求する社会福祉事業を行うに必要な資産の保有を危うくし、法24条の経営基盤の強化にも反する重大な違反である。第二に、法56条4項の改善勧告、5項の公表、6項の改善命令、7項の解職勧告という段階的措置を順次尽くしたにもかかわらず、Aは期限内に調査を終えることができず、公表後にも具体的な改善措置を講じず、本件改善命令の履行も困難であると申し出ており、改善の見込みがない。第三に、本件貸付金の返済は直ちには困難であるとされ、貸付けに至った経緯の詳細も不明のままである。第四に、CとDの対立により理事会が機能不全に陥っており、理事会による業務執行の決定及び理事の職務執行の監督(法45条の13第2項1号・2号)が期待できないから、法人内部の自律による改善は不可能である。第五に、これを放置すれば経営基盤の不安定によりAの福祉サービス利用者の待遇が悪化し、多数の利用者に被害が及ぶ。
これらによれば、他の方法により監督の目的を達することができないとの判断は、専門的判断として合理性を有する。
4 検討
確かにAの違反は重大であり、段階的措置が一応尽くされている。しかし、法56条8項が比例原則をあえて明文化した趣旨からすれば、所轄庁は、現に改善に向けた進展があるか、より侵害の少ない手段によって目的を達し得るかを具体的に検討する義務を負う。本件では、調査が徐々に進み、Cに改善の意欲があり、経営が破綻していないという事情があり、Dに対する措置や業務の一部停止といった代替手段の検討も可能であった。B県知事はこれらを考慮せず、不正の原因者でないCの解職拒否を重視して直ちに解散を命じたのであるから、やはり裁量権の逸脱・濫用があり、本件解散命令は違法である。
以上