司法試験 令和元年 行政法
問題文
[公法系科目]〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕,〔設問2〕⑴,⑵の配点割合は,35:30:35〕)
Aは,B県C市内に所有する土地(以下「本件土地」という。)に自宅を建て,長年にわたって居住していた。本件土地周辺は,戸建住宅中心の住宅地域であり,住環境は良好であった。本件土地内には,C市内では珍しいことであるが,様々な水生生物が生息する池が存在しており,この池は,毎年,近隣の小学校の学外での授業に用いられていた。もっとも,本件土地内に,学術上貴重な生物や,絶滅のおそれがある生物が生息しているという事実はない。
C市は,本件土地周辺での道路整備の必要性を検討してきたが,平成元年に,本件土地周辺に道路を整備した場合の環境への影響の調査(以下「平成元年調査」という。)をしたところ,平成17年には1日当たりの交通量が約1万台に達すると予測され,自動車の騒音や排気ガス等により,周辺環境への影響が大きいとされた。そのため,C市は,一旦,本件土地周辺での道路整備の検討を中断していたが,その後,再開した。C市の再検討によると,①本件土地周辺では道路の整備が遅れており,自動車による幹線道路へのアクセスが不便であって,これを解消するため,「道路ネットワークの形成」が必要であり,②本件土地周辺の狭い道路には,周辺の道路から通過車両が入り込むなどしていることから,通学生徒児童等を始めとした「通行者の安全性の確保」を図る必要があり,③本件土地周辺では道路が未整備であるため災害時の円滑な避難や消防活動等が困難であることから,「地域の防災性の向上」が必要であるとの課題があるとされた。C市は,これらの課題を解決するため,本件土地を含む区間に道路(以下「本件道路」という。)を新規に整備することとして,平成22年に本件道路の事業化調査(以下「平成22年調査」という。)を実施した。
平成22年調査においては,本件道路の交通量は1日当たり約3500台と予測され,大気汚染,騒音,振動のいずれについても周辺環境への影響が軽微であり,一方で,本件道路の整備による利便性や安全機能・防災機能の向上が期待できることから,本件道路を整備する必要性が高いとの総括的な判断が示された。
C市は,平成22年調査の結果を受けて,土地収用法(以下「法」という。)を適用して本件道路を整備することを決定した。C市は,平成28年3月1日,法第18条第1項に基づき,C市を起業者とし,本件土地を含む土地を起業地とする本件道路の整備事業について,B県知事に対して事業計画書を添付した事業認定申請書(以下「本件申請書」という。)を提出した。B県知事は,同年8月1日,C市に対して事業認定(以下「本件事業認定」という。)を行い,法第26条第1項に基づいて理由(以下「本件理由」という。)を付し,これを告示した。C市は,本件道路の用地については,当面土地収用は行わず,所有権者から任意買収を行う方針を表明し,買収交渉を進めたところ,起業地の9割以上の土地を任意買収することができた。
しかし,本件土地については,Aとの間で任意買収の協議が整う見通しが立たなかったことから,C市は,方針を変更し,土地収用によって本件土地を取得することとした。C市は,平成29年7月12日,法第39条第1項に基づいて,本件土地につき,B県収用委員会に収用裁決の申請を行った。B県収用委員会は,平成30年5月11日,本件土地の所有権をC市に取得させる権利取得裁決(以下「本件権利取得裁決」という。)を行った。また,本件土地について,収用を原因とするC市への所有権移転登記が行われた。
C市は,本件権利取得裁決後も,明渡裁決の申立て(法第47条の2第3項)を行わず,Aと交渉を続けたが,Aは本件事業認定が違法であると主張して,本件土地に居住し続けた。Aは,令和元年5月14日,C市が近く明渡裁決を申し立てる可能性があると考え,訴訟で争うことを決意し,弁護士Dに相談した。
以下に示された【法律事務所の会議録】(Aの相談を受けて行われた,弁護士Dとその法律事務所に所属する弁護士Eとの会議の会議録)を踏まえて,弁護士Eの立場に立って,設問に答えなさい。
なお,土地収用法の抜粋を【資料 関係法令】に掲げてあるので,適宜参照しなさい。
〔設問1〕Aが,B県に対して本件権利取得裁決の取消訴訟(以下「本件取消訴訟」という。)を提起した場合,Aは,本件取消訴訟において,本件事業認定の違法を主張することができるか。B県が行う反論を踏まえて,弁護士Eの立場から,検討しなさい。ただし,行政事件訴訟法(以下「行訴法」
という。)第14条第1項及び第2項にいう「正当な理由」が認められ,本件取消訴訟が適法に提起できることを前提としなさい。
〔設問2〕
⑴ Aは,B県に対して本件権利取得裁決の無効確認訴訟(行訴法第3条第4項)を適法に提起することができるか。行訴法第36条の「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」という訴訟要件に絞って,B県が行う反論を踏まえて,弁護士Eの立場から,検討しなさい。
⑵ 本件事業認定が法第20条第3号の要件を充足せず違法であるとのAの主張として,どのようなものが考えられるか。B県が行う反論を踏まえて,弁護士Eの立場から,検討しなさい。
【法律事務所の会議録】弁護士D:Aさんは,本件事業認定は違法であると考えているとのことです。本件権利取得裁決には固有の違法事由はありませんので,本件では,本件事業認定の違法性についてのみ検討することとしましょう。もっとも,まずは,どのような訴訟を提起するかについて,検討しておく必要がありますね。
弁護士E:本件事業認定も本件権利取得裁決も,行訴法第3条第2項における「処分その他公権力の行使」に該当しますが,いずれも,既に出訴期間を徒過し,取消訴訟を提起することはできないのではないでしょうか。
弁護士D:そうですね。もっとも,本件取消訴訟については,行訴法第14条第1項及び第2項における「正当な理由」が認められ,適法に提起することができるかもしれません。
弁護士E:仮に本件取消訴訟を適法に提起することができたとしても,本件権利取得裁決には固有の違法事由はありませんので,本件取消訴訟では専ら本件事業認定の違法性を主張することとなりますね。
弁護士D:では,E先生には,仮に本件取消訴訟を適法に提起することができるとした場合,本件事業認定の違法性を主張することができるかについて検討をお願いします。ただし,「正当な理由」が認められるかについては,検討する必要はありません。
弁護士E:承知しました。
弁護士D:とはいえ,「正当な理由」が認められない場合の対応も考えておく必要があります。本件取消訴訟を適法に提起することができないとすれば,どのような訴訟を提起することができると考えられますか。
弁護士E:本件事業認定に無効の瑕疵があり,したがって,本件権利取得裁決も無効であるとして,B県に対し,行訴法第3条第4項に基づいて,本件権利取得裁決の無効確認訴訟を提起することが考えられます。また,本件権利取得裁決が無効であるなら,別途,C市に対する訴訟も提起することができます。
弁護士D:では,B県に対する無効確認訴訟が訴訟要件を充足しているか,E先生に検討していただきましょう。無効確認訴訟の訴訟要件については,いくつかの考え方がありますが,E先生は,行訴法第36条の訴訟要件である「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」について検討してください。C市に対してどのような訴訟を提起することができるのか,また,C市に対する訴訟を提起できる場合にも無効確認訴訟を適法に提起することができるのかという点に絞って検討していただければ結構です。
弁護士E:承知しました。
弁護士D:では,次に,本件事業認定の違法性について検討していきましょう。無効確認訴訟の場合,最終的には,重大かつ明白な違法性を主張しなければなりませんが,まずは,取消訴訟でも主張できる違法事由としてどのようなものがあるかについて検討することとし,今回は,それらが重大かつ明白な違法といえるのかについては検討しないこととします。
弁護士E:本件理由によると,B県知事は,本件申請書に基づき,本件道路の整備には,「道路ネットワークの形成」,「通行者の安全性の確保」,「地域の防災性の向上」の3つの利益があり,それに比べて,本件土地の収用によって失われる利益はそれほど大きくはなく,また,事業計画は適正かつ合理的であるとして,法第20条第3号の要件を充足しているとしています。
弁護士D:B県知事が挙げる理由は妥当でしょうか。まず,新たに本件道路が整備されると交通量が増えて,環境が悪化することはないのでしょうか。
弁護士E:確かに,交通量は増えると思われますが,本件理由によると,B県やC市は,平成22年調査の結果から,本件道路の交通量は1日当たり約3500台なので,周辺環境への影響が軽微であり失われる利益が大きいとはいえないと判断しています。しかし,Aさんによると,平成元年調査の時には,周辺環境への影響が大きいとして,本件道路の整備は見送られているのに,平成22年調査で予想される交通量が平成元年調査の約3分の1に減っているのは疑問が残るとのことです。
弁護士D:C市の人口変動が原因ではないのですか。
弁護士E:いいえ。平成元年調査から平成22年調査の間のC市の人口の減少は1割未満です。また,Aさんによると,平成22年調査にはC市の調査手法に誤りがあり,そのため,調査の正確性について疑問があるとのことです。それに加えて,Aさんは,交通量が約3分の1にまで減るのであれば,土地収用によって得られる利益とされる「道路ネットワークの形成」の必要性に疑問があるとしています。そして,仮に「道路ネットワークの形成」のために本件道路が必要であるとしても,その必要性はそれほど大きいものではなく,かえって通過車両が増加するなどして,良好な住環境が破壊されるだけではないのかとの懸念もAさんは示しています。
弁護士D:本件道路のルートについては,どのように検討されたのでしょうか。
弁護士E:本件理由によると,本件道路の近くにある小学校への騒音等の影響を緩和することを考慮し,同小学校から一定の距離をとるよう,本件道路のルートが決められたとのことです。しかし,本件土地の自然環境の保護については,学術上貴重な生物が生息しているわけではないとして,特に考慮はされていません。したがって,本件理由によると,小学校への騒音等の影響を緩和しつつ,本件土地の自然環境にも影響を与えないようなルートを採ることができるかについては検討されていません。
弁護士D:Aさんによると,本件土地にある池は,地下水が湧出した湧水によるものとのことですね。
本件土地の周辺では地下水を生活用水として利用している住民もいて,道路工事による地下水への影響も懸念されるとのことですが,道路工事による地下水への影響は検討されたのでしょうか。
弁護士E:本件理由によると,本件土地での掘削の深さは2メートル程度なので地下水には影響がないと判断しています。もっとも,Aさんによると,以前,本件土地周辺の工事では,深さ2メートル程度の掘削工事で井戸がかれたことがあり,きちんと調査をしない限り,影響がないとはいえないのではないかとのことです。また,本件土地の周辺では災害時等の非常時の水源として使うことが予定されている防災目的の井戸もあるのですが,これらの井戸への影響については,調査されておらず,したがって,考慮もされていません。
弁護士D:それでは,E先生には,以上の点を整理して,本件事業認定が違法かどうかを検討していただきましょう。本件事業認定が違法かどうかについては,法第20条第4号の要件について検討する余地もありますが,Aさんの主張は法第20条第3号の要件の問題であるとして検討することとしましょう。また,法に定められている土地収用の手続はいずれもC市やB県によって適法に履行されていますので,本件事業認定の手続的な瑕疵については検討する必要はありません。
弁護士E:承知しました。
【資料 関係法令】
○ 土地収用法(昭和26年法律第219号)(抜粋)
(この法律の目的)
第1条 この法律は,公共の利益となる事業に必要な土地等の収用又は使用に関し,その要件,手続及び効果並びにこれに伴う損失の補償等について規定し,公共の利益の増進と私有財産との調整を図り,もつて国土の適正且つ合理的な利用に寄与することを目的とする。
(土地の収用又は使用)
第2条 公共の利益となる事業の用に供するため土地を必要とする場合において,その土地を当該事業の用に供することが土地の利用上適正且つ合理的であるときは,この法律の定めるところにより,これを収用し,又は使用することができる。
(土地を収用し,又は使用することができる事業)
第3条 土地を収用し,又は使用することができる公共の利益となる事業は,次の各号のいずれかに該当するものに関する事業でなければならない。
一 道路法(昭和27年法律第180号)による道路(以下略)
二~三十五 (略)
(定義等)
第8条 この法律において「起業者」とは,土地(中略)を収用(中略)することを必要とする第3条各号の一に規定する事業を行う者をいう。
2 この法律において「土地所有者」とは,収用(中略)に係る土地の所有者をいう。
3~5 (略)
(事業の説明)
第15条の14 起業者は,次条の規定による事業の認定を受けようとするときは,あらかじめ,国土交通省令で定める説明会の開催その他の措置を講じて,事業の目的及び内容について,当該事業の認定について利害関係を有する者に説明しなければならない。
(事業の認定)
第16条 起業者は,当該事業又は当該事業の施行により必要を生じた第3条各号の一に該当するものに関する事業(以下「関連事業」という。)のために土地を収用し,又は使用しようとするときは,(中略)事業の認定を受けなければならない。
(事業の認定に関する処分を行う機関)
第17条 事業が次の各号のいずれかに掲げるものであるときは,国土交通大臣が事業の認定に関する処分を行う。
一~四 (略)
2 事業が前項各号の一に掲げるもの以外のものであるときは,起業地を管轄する都道府県知事が事業の認定に関する処分を行う。
3 (略)
(事業認定申請書)
第18条 起業者は,第16条の規定による事業の認定を受けようとするときは,国土交通省令で定める様式に従い,左に掲げる事項を記載した事業認定申請書を,(中略)前条第2項の場合においては都道府県知事に提出しなければならない。
一 起業者の名称二 事業の種類三 収用又は使用の別を明らかにした起業地四 事業の認定を申請する理由2 前項の申請書には,国土交通省令で定める様式に従い,次に掲げる書類を添付しなければならない。
一 事業計画書二~七 (略)
3,4 (略)
(事業の認定の要件)
第20条 国土交通大臣又は都道府県知事は,申請に係る事業が左の各号のすべてに該当するときは,事業の認定をすることができる。
一,二 (略)
三 事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること。
四 土地を収用し,又は使用する公益上の必要があるものであること。
(事業の認定の告示)
第26条 国土交通大臣又は都道府県知事は,第20条の規定によつて事業の認定をしたときは,遅滞なく,その旨を起業者に文書で通知するとともに,起業者の名称,事業の種類,起業地,事業の認定をした理由及び次条の規定による図面の縦覧場所を国土交通大臣にあつては官報で,都道府県知事にあつては都道府県知事が定める方法で告示しなければならない。
2,3 (略)
4 事業の認定は,第1項の規定による告示があつた日から,その効力を生ずる。
(起業地を表示する図面の長期縦覧)
第26条の2 国土交通大臣又は都道府県知事は,第20条の規定によつて事業の認定をしたときは,直ちに,起業地が所在する市町村の長にその旨を通知しなければならない。
2 市町村長は,前項の通知を受けたときは,直ちに,(中略)起業地を表示する図面を,事業の認定が効力を失う日(中略)まで公衆の縦覧に供しなければならない。
3 (略)
(補償等について周知させるための措置)
第28条の2 起業者は,第26条第1項の規定による事業の認定の告示があつたときは,直ちに,国土交通省令で定めるところにより,土地所有者及び関係人が受けることができる補償その他国土交通省令で定める事項について,土地所有者及び関係人に周知させるため必要な措置を講じなければならない。
(事業の認定の失効)
第29条 起業者が第26条第1項の規定による事業の認定の告示があつた日から1年以内に第39条第1項の規定による収用又は使用の裁決の申請をしないときは,事業の認定は,期間満了の日の翌日から将来に向つて,その効力を失う。
2 (略)
(収用又は使用の裁決の申請)
第39条 起業者は,第26条第1項の規定による事業の認定の告示があつた日から1年以内に限り,収用し,又は使用しようとする土地が所在する都道府県の収用委員会に収用又は使用の裁決を申請することができる。
2,3 (略)
(却下の裁決)
第47条 収用又は使用の裁決の申請が左の各号の一に該当するときその他この法律の規定に違反するときは,収用委員会は,裁決をもつて申請を却下しなければならない。
一 申請に係る事業が第26条第1項の規定によつて告示された事業と異なるとき。
二 申請に係る事業計画が第18条第2項第1号の規定によつて事業認定申請書に添附された事業計画書に記載された計画と著しく異なるとき。
(収用又は使用の裁決)
第47条の2 収用委員会は,前条の規定によつて申請を却下する場合を除くの外,収用又は使用の裁決をしなければならない。
2 収用又は使用の裁決は,権利取得裁決及び明渡裁決とする。
3 明渡裁決は,起業者,土地所有者又は関係人の申立てをまつてするものとする。
4 明渡裁決は,権利取得裁決とあわせて,又は権利取得裁決のあつた後に行なう。ただし,明渡裁決のため必要な審理を権利取得裁決前に行なうことを妨げない。
(土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転)
第102条 明渡裁決があつたときは,当該土地又は当該土地にある物件を占有している者は,明渡裁決において定められた明渡しの期限までに,起業者に土地若しくは物件を引き渡し,又は物件を移転しなければならない。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
〔第2問〕本問は,新たな市道(以下「本件道路」という。)の整備のために,C市が,土地収用法(以下「法」という。)に基づいて,Aの土地(以下「本件土地」という。)を収用しようとした場合に生じる法的な問題について,検討を求めるものである。土地収用の手続きは,事業認定(法第20条),収用裁決(法第47条の2)といった段階を踏んで進められていくが,本問においては,このような土地収用手続の過程を理解して検討することが求められている。
本問では,C市を起業者として行われた事業認定(以下「本件事業認定」という。)やAに対する権利取得裁決(以下「本件権利取得裁決」という。)はいずれも出訴期間を経過しており(行政事件訴訟法第14条),Aはこれらの処分に対して適法に取消訴訟を提起して争うことはできない。もっとも,本件権利取得裁決については,例外的に「正当な理由」が認められるとして,取消訴訟を提起することができる場合も考えられ,論じられるべき第1の問題は,仮に,行政事件訴訟法第14条における「正当な理由」が認められ,本件権利取得裁決に対する取消訴訟(以下「本件取消訴訟」という。)を適法に提起することが可能であるとした場合,Aは,本件取消訴訟において,本件事業認定の違法を主張することができるかである(設問1)。
論じられるべき第2の問題は,本件権利取得裁決に対して無効確認訴訟を提起した場合(行政事件訴訟法第3条第4項),Aに,無効確認訴訟の原告適格が認められるかどうかである(設問2(1))。最後に,論じられるべき第3の問題は,本件事業認定に裁量の範囲を逸脱又は濫用した違法が認められるかどうかである(設問2(2))。以上の点について,資料を踏まえて論じることが求められている。
〔設問1〕は,いわゆる違法性の承継に関する問題であり,本件事業認定の違法性を本件取消訴訟において主張することが許されるのかが問われている。法における事業認定の違法性が収用裁決に承継されるかについては,様々な裁判例や学説が見られるところであり,必ずしも見解の一致が見られるとは言い難いが,本問においては,単に違法性の承継に関する一般的な考え方を示すのみではなく,最判平成21年12月17日民集63巻10号2631頁等を参考に,法に沿って,具体的に検討することが求められている。すなわち,法においては,事業認定と権利取得裁決が段階的に行われること,事業認定と権利取得裁決の目的に共通性が認められること,土地所有者らに対して様々な手続きが法によって整備されていること等を踏まえて,事業認定と権利取得裁決の違法性の承継の有無を検討することが求められている。
〔設問2(1)〕では,本件権利取得裁決に対する無効確認訴訟の訴訟要件が問われている。
本件事業認定に無効の瑕疵が認められ,本件権利取得裁決も無効であるとすると,本件権利取得裁決に対して,無効確認訴訟(行政事件訴訟法第3条第4項)を提起することが考えられるが,無効確認訴訟の訴訟要件として,行政事件訴訟法第36条の原告適格の有無を検討する必要がある。行政事件訴訟法第36条は,無効等確認訴訟の原告適格につき,「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で,当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り,提起することができる」としているが,本問においては,「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」という要件に絞って,Aに無効確認訴訟の原告適格が認められるのかを検討することが求められている。
本件事業認定やそれに基づく本件権利取得裁決に無効の瑕疵があるとすると,Aは,自らの所有権を保全するため,C市に対して,土地所有権確認請求や本件土地の移転登記の抹消登記請求といった争点訴訟(本件権利取得裁決が無効であることを争点とする民事訴訟。行政事件訴訟法第45条)で争うことが可能と考えられる。このとき,Aが,これらの争点訴訟を提起することが可能であるとしても,それだけで,「目的を達することができない」として,無効確認訴訟を提起できるのかを論じる必要がある。争点訴訟には,無効確認訴訟の判決と異なり,判決に拘束力が認められないこと,他方で,事業認定から1年を経過している場合には事業認定の効力が失効する(法第39条第1項)ため,拘束力が認められなくてもAの目的を達することはできるのではないかといったことや無効確認訴訟の判決に第三者効が認められるのか等を踏まえて,検討することが求められる。
以上のような行政事件訴訟法第36条の原告適格に関し,Aによってどのような主張がなされるのか,また,原告適格は認められるのかを,B県からの反論を踏まえて,論理的に検討することが求められている。
〔設問2(2)〕では,上記の無効等確認訴訟が適法に提起できるとした場合,本件事業認定の違法性につき,法第20条第3号の「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」に関して,Aが,どのような主張が可能かを検討することが求められている。
法第20条第3号の要件は,法第1条の目的規定を参照すると,行われる事業によって増進される公共の利益と,土地収用によって失われる利益の比較衡量によって判断されると考えられるが,法第20条第3号がある程度概括的に定められていることや,公共事業に土地収用が必要とされるかどうかについては,種々の事情を総合的に考慮した判断が伴うことから,法第20条第3号の要件該当性の判断には,行政庁に一定の裁量が認められると考えられる。したがって,本問では,本件事業認定が,このような裁量の範囲を逸脱濫用したものであるとして違法となるかどうかが検討されるべき点である。また,本件事業認定に無効の瑕疵があるかが問題とされることから,単なる違法ではなく重大かつ明白な瑕疵が必要とされることとなるが,本問では,重大性や明白性については検討する必要はない。
まず,本件事業認定に関しては,本件道路の設置によって得られる利益として考えられるのは,事業認定に付された理由によると,「道路ネットワークの形成」,「通行者の安全性の確保」,「地域防災性の向上」の3点である。これらのうち,「道路ネットワークの形成」という利益が生み出されることや本件道路の整備による騒音等の不利益が軽微かどうかについては,本件事業認定においては,平成22年調査に基づいて判断がされている。Aの立場からは,平成元年調査と比して,通行量の予測が異なる平成22年調査に基づく判断の妥当性や信頼性が論じられるべきこととなる。また,利益衡量の対象とされているが,土地収用によって喪失する利益として,Aの立場からは,本件土地周辺の地下水や防災用の井戸への影響,本件土地の自然環境への影響が十分に考慮されていないのではないかという点が指摘されよう。また,小学校への騒音を防止するために,本件道路のルートが決定されているが,その際,本件土地の自然環境については考慮されておらず,考慮されるべき事情が考慮されていないのではないか,といった点についても検討することが求められている。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 設問1——本件事業認定の違法性の承継
1 問題の所在
本件取消訴訟の対象は本件権利取得裁決であり、これには固有の違法事由がない。Aは専ら先行処分である本件事業認定(土地収用法20条)の違法を主張することになる。しかし、本件事業認定は平成28年8月1日に告示され既に出訴期間を経過しているから、その違法を後行処分の取消訴訟において主張しうるか、違法性の承継が問題となる。
2 規範
B県は、行政処分には公定力及び不可争力が認められ、処分ごとに争訟手段と出訴期間が定められている趣旨からすれば、先行処分の違法性は後行処分に承継されないのが原則であると反論する。
もっとも、先行処分と後行処分が連続した一連の手続を構成し、相互に結合して一つの法効果の実現を目指す関係にある場合には、例外的に違法性の承継が認められる(最判平21.12.17)。その判断においては、①先行処分と後行処分の実体法上の関連性、すなわち両者が目的を共通にし一体的な手続を構成するか、②先行処分の適否を争うための手続的保障の程度、すなわち先行処分の段階で実効的な争訟手段が保障されていたかを考慮する。
3 あてはめ
(1) 実体法上の関連性 法は、事業認定(20条)、収用裁決の申請(39条1項)、権利取得裁決及び明渡裁決(47条の2)という段階を踏んで収用を実現する仕組みを採る。事業認定は、当該事業が土地の適正かつ合理的な利用に寄与し(20条3号)、収用の公益上の必要がある(同条4号)ことを確定するものであり、権利取得裁決は、これを前提として起業者に土地の権利を取得させるものである。収用委員会は、申請に係る事業が告示された事業と異なるときや、事業計画が事業計画書記載の計画と著しく異なるときに申請を却下しなければならない(47条各号)にとどまり、事業認定の内容自体を再審査する権限を有しない。事業認定の効力は告示により生じ(26条4項)、1年以内に裁決申請がされなければ失効する(29条1項、39条1項)。
このように、事業認定と権利取得裁決は、収用という一つの法効果を実現するために相互に結合した連続的一体的な手続を構成し、公共の利益の増進と私有財産との調整(法1条)という目的を共通にする。したがって、実体法上の関連性は強い。
(2) 手続的保障 B県は、法が、事業認定に先立つ事業の説明(15条の14)、事業認定の告示(26条1項)、起業地を表示する図面の長期縦覧(26条の2第2項)、補償等の周知措置(28条の2)という手厚い手続を整備しており、土地所有者は事業認定の段階で争う機会を十分に与えられていたと反論する。
しかし、これらの手続は事業の内容及び補償を周知させるものであって、土地所有者に対し個別の処分の通知をするものではない。事業認定の通知は起業者に対してされるにとどまる(26条1項)。しかも本件では、C市は当面土地収用は行わず任意買収を行う方針を表明し、起業地の9割以上の土地を任意買収しており、Aに対しても任意買収の協議を続けていた。Aからみれば、自己の土地が現実に収用されるか否かは不確定であり、事業認定の告示の時点で直ちに訴訟により争うことを期待するのは相当でない。C市が方針を変更して収用に踏み切り、平成29年7月12日に裁決申請をしたことによって初めて、Aの権利が現実に失われる具体的危険が生じたのである。
(3) 結論 以上に加え、承継を否定すると、固有の違法事由を欠く本件権利取得裁決の取消訴訟はおよそ主張すべき違法事由を欠くこととなり、Aの財産権に対する救済が実質的に不可能となる。したがって、本件事業認定の違法性は本件権利取得裁決に承継され、Aは本件取消訴訟において本件事業認定の違法を主張することができる。
第2 設問2(1)——無効確認訴訟の補充性
1 問題の所在
無効等確認訴訟は、当該処分に続く処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、「当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないもの」に限り提起することができる(行訴法36条)。
本件では、本件権利取得裁決が無効であるとすれば本件土地の所有権はなおAに帰属するから、Aは、C市に対し、本件権利取得裁決の無効を争点として、本件土地の所有権確認請求及び収用を原因とする所有権移転登記の抹消登記請求という争点訴訟(行訴法45条)を提起することができる。そこで、B県は、かかる争点訴訟によって目的を達することができるから、補充性の要件を欠き無効確認訴訟は不適法であると反論する。
2 検討
「目的を達することができない」か否かは、形式的に現在の法律関係に関する訴えが可能かによるのではなく、当該訴えによって原告の権利利益の救済が実効的に図られるか、紛争の解決にとってより直截かつ適切な争訟形態であるか否かによって判断すべきである(最判平4.9.22参照)。
(1) まず、争点訴訟は民事訴訟であり、処分の効力が争点として判断されるにとどまるから、判決には取消訴訟の判決に準じて認められる拘束力(行訴法38条1項、33条)が及ばない。これに対し無効確認訴訟の判決には拘束力が及ぶから、B県知事及びB県収用委員会は判決の趣旨に従って行動する義務を負い、同一の事業認定を前提とする収用手続が繰り返されることを防止できる。
(2) これに対しB県は、事業認定は告示の日から1年以内に裁決申請がされなければ失効する(法29条1項)から、本件事業認定は既に失効しており、争点訴訟に勝訴すれば再度の収用のおそれはなく、拘束力がなくてもAの目的は達せられると反論する。しかし、C市は本件権利取得裁決後も明渡裁決の申立てを行わずAと交渉を続けており、Aが本件土地に居住し続けている現状では、C市が近く明渡裁決を申し立てる可能性がある。明渡裁決がされれば、Aは明渡しの期限までに土地を引き渡さなければならない(法102条)。すなわちAは、本件権利取得裁決に「続く処分」である明渡裁決により損害を受けるおそれのある者である。
(3) そして、Aの紛争の核心は、本件事業認定及びこれを前提とする本件権利取得裁決の効力そのものであり、所有権確認・抹消登記という私法上の法律関係の確認は、その効力を争点として間接的に争うにすぎない。しかも抹消登記請求の相手方はC市であり、本件権利取得裁決をした主体であるB県収用委員会の属するB県は当事者とならないため、処分の効力をめぐる紛争を本来の当事者間で終局的に解決することができない。他方、無効確認訴訟の判決は第三者に対しても効力を有すると解されるから(行訴法38条1項、32条1項の準用については議論があるが、少なくとも拘束力により起業者の行動も規律される)、紛争の一挙的解決に資する。
(4) したがって、本件権利取得裁決の無効確認訴訟は、Aの救済にとってより直截かつ適切な争訟形態であり、争点訴訟によって目的を達することができるとはいえない。よって、Aは適法に無効確認訴訟を提起することができる。
第3 設問2(2)——法20条3号の要件充足
1 審査の枠組み
法20条3号は「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」と定める。法1条が公共の利益の増進と私有財産との調整を図ることを目的とすることに照らせば、同号の要件充足は、当該事業によって増進される公共の利益と、収用によって失われる利益との比較衡量によって判断される。もっとも、同号の要件は概括的に定められており、その判断は種々の事情の総合的考慮を伴う専門技術的・政策的判断であるから、都道府県知事に一定の裁量が認められる。
そこで、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があった場合に限り違法となる(行訴法30条)。その判断は、判断過程に着目し、①判断の基礎となる重要な事実に誤認があるか、②考慮すべき事項を考慮しなかったか(考慮不尽)、③考慮すべきでない事項を考慮したか、④各考慮事項の評価が明らかに合理性を欠くかを審査して行う。もっとも、収用は憲法29条の保障する財産権を強制的に剥奪する最も強力な手段であり、本件土地はAが長年にわたり居住する生活の基盤であるから、審査は相応に実質的なものでなければならない。
2 得られる利益の認定の誤り——交通量予測の信頼性
Aは、本件事業認定が依拠した平成22年調査の信頼性を争う。すなわち、平成元年調査では平成17年には1日当たり約1万台の交通量に達すると予測され、騒音・排気ガス等により周辺環境への影響が大きいとされ、そのため道路整備の検討が中断されたのに、平成22年調査では約3500台と約3分の1に減少している。C市の人口の減少は1割未満にとどまり、この差を人口変動によって説明することはできない。しかも、平成22年調査にはC市の調査手法に誤りがあり、正確性に疑問がある。
B県は、交通量予測は前提となる道路網や将来の土地利用計画に左右されるものであり、調査時点が20年以上隔たっていることから予測が異なるのは当然であって、新しい平成22年調査に依拠した判断は合理的であると反論する。
しかし、過去の調査と著しく乖離する予測に依拠する以上、その乖離についての合理的説明が必要である。本件理由にはその説明がなく、かつ調査手法に誤りがあるのであれば、平成22年調査は判断の基礎となる事実の認定を誤ったものであり、これに依拠してされた本件事業認定は違法となる。
さらに、交通量が約3500台にとどまるのであれば、本件道路に幹線道路へのアクセスを改善する「道路ネットワークの形成」としての機能があるといえるか自体に疑問が生ずる。他方、交通量が1万台に達するのであれば、周辺環境への影響は軽微とはいえず、失われる利益は大きい。いずれにしても、得られる利益と失われる利益の双方について評価が破綻しており、比較衡量の前提が成り立たない。
なお、「通行者の安全性の確保」についても、本件道路の整備により通過車両が増加し、戸建住宅中心で住環境の良好な本件土地周辺の環境が破壊されるおそれがあるから、その利益の評価も過大である。
3 失われる利益の考慮不尽
(1) 地下水及び井戸への影響 本件土地の池は地下水が湧出した湧水によるものであり、周辺では地下水を生活用水として利用している住民が存在する。本件理由は掘削の深さが2メートル程度なので地下水には影響がないとするが、本件土地周辺では以前、深さ2メートル程度の掘削工事で井戸がかれたことがある。それにもかかわらず調査を行わずに影響がないと断定した判断は、合理的根拠を欠く。さらに、災害時等の非常時の水源として使うことが予定されている防災目的の井戸への影響については、調査も考慮も全くされていない。防災用井戸は公益的性格を有する施設であり、B県知事自身が「地域の防災性の向上」を事業の利益として掲げているのであるから、防災上の不利益は当然に考慮すべき事項である。これを考慮しなかったことは考慮不尽であり、かつ、得られる利益としての防災性のみを数え上げ失われる防災上の利益を無視するもので、評価が著しく一貫性を欠く。
(2) 自然環境及びルート選定 本件土地内の池には様々な水生生物が生息し、C市内では珍しいものであって、毎年近隣の小学校の学外での授業に用いられてきた。B県は、学術上貴重な生物や絶滅のおそれがある生物は生息していないから保護すべき利益ではないと反論する。しかし、法20条3号の衡量において考慮すべき失われる利益は、法令上特別の保護を受ける対象に限られない。地域における希少な自然環境及びこれを活用した学校教育上の利益は、地域の特性に照らして当然に考慮すべき事項である。
しかも、B県知事は、小学校への騒音等の影響を緩和するため同小学校から一定の距離をとるようルートを決定しており、環境面の配慮をルート選定に反映させている。それにもかかわらず、本件土地の自然環境については何ら考慮せず、小学校への騒音を緩和しつつ本件土地の自然環境にも影響を与えないルートを採ることができるかを検討していない。同種の環境上の利益について一方のみを考慮して他方を全く考慮しないのは、考慮事項の選択及び評価が合理性を欠くものであり、代替ルートの検討不尽でもある。
4 結論
以上によれば、本件事業認定は、判断の基礎となる交通量予測に誤認があり、失われる利益のうち地下水・防災用井戸への影響及び本件土地の自然環境を考慮せず、代替ルートの検討も尽くしていない。よって、比較衡量の判断過程に看過し難い過誤があり、社会観念上著しく妥当を欠くものとして、裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものであり、法20条3号の要件を充足せず違法である。
以上