司法試験 令和4年 知的財産法
問題文
[知的財産法]〔第1問〕(配点:50)
精米業者であるXは、「成分Aを多く含む精白米及びその製造方法」との名称の発明(以下「X発明」という。)について特許権(以下「X特許権」という。)を保有している。X特許権に係る特許請求の範囲は2つの請求項からなり、請求項1には「玄米粒の第1層から第4層までを精米機によって除去した後、第5層の85~95パーセントが残るように同層の表層側の部分を削り取ることにより製造される米」と記載されている(本問において、玄米粒は表皮から中心部に向かって、第1層(表皮)から第6層までの6つの層で構成されるものとする。)。請求項2記載の発明は、第5層の表層側の部分を削り取る具体的な工程(以下「工程α」という。)を含むことを特徴とする、請求項1記載の米を製造する方法についての発明である(以下、請求項1記載の発明を「X発明1」、請求項2記載の発明を「X発明2」といい、X発明1に係るX特許権を「X特許権1」、X発明2に係るX特許権を「X特許権2」という。)。
X発明の出願に関連する事情は次のとおりである。従来の精白米は、玄米粒の第1層から第5層までを除去し、第6層のみを残す方法で精米されていた。X発明の発明者は、第5層の表層付近部分に米の味を悪くする成分Bが多く含まれる一方で、第5層のそれ以外の部分には米の味を良くする成分Aが多く含まれていることを見出し、この層の85~95パーセントが残るように表層側の部分を削り取る方法を開発した。この方法が工程αである。また、このようにして製造された米は従来の精白米よりも多くの成分Aを含んでおり、このような米自体が新規であると調査の上判断したXは、この米についても特許権を取得することとし、これを請求項1に記載する発明とした。実際に、第5層の表層側の部分を除いた同層の残り85~95パーセントの部分と第6層の2つの層のみから構成される米は、X発明の出願時点においてX以外の者によって製造も販売もされたことはなく、公表された刊行物等に記載されたこともなかった。
精米業者であるYは、第5層の表層側の部分を除いた同層の残り90パーセントの部分と第6層の2つの層のみから構成される米(以下「Y商品」という。)を製造し、販売している。
XはYに対し、YによるY商品の製造・販売がX特許権を侵害するとして、差止めを求めて訴訟を提起した。
以上の事実関係を前提として、以下の設問に答えなさい。なお、各設問はそれぞれ独立したものであり、相互に関係はないものとする。
1.XはY商品を購入し分析をした上で、訴訟において、①X特許権1に関しY商品の構造について、②X特許権2に関しY商品の製造方法について、それぞれ具体的に主張した。
⑴ Xの前記①の主張に対して、Yが単に否認するのみで具体的な主張をしない場合、Yのこのような態度は特許法上Yに課されている義務を果たすものといえるか、簡潔に説明しなさい。
⑵ Xの前記主張に対して、Yが、前記①の主張に対しては、X主張のとおりであると認める一方で、前記②の主張に対しては、単に否認するのみで具体的な主張をしない場合、Xは、X特許権2に関し、特許法上どのような主張をすることが考えられるか、簡潔に説明しなさい。
2.Y商品は、玄米粒の第1層から第4層までを精米機により除去した後に、特殊な液体に浸すことで第5層の表層側の部分を溶かす方法によって製造されている。
⑴ Y商品がX発明1の技術的範囲に属するか否かについて論じなさい。
⑵ YはX特許権1に関して、特許法第104条の3第1項の抗弁を主張している。この抗弁の具体的内容としては、どのようなものが考えられるか、論じなさい。また、この抗弁に対して、Xはどのような主張をすべきか、論じなさい。
3.Xは、X発明が出願された日の2日前にX発明2の方法により製造した米を袋詰めにしたもの(以下「X商品」という。)を大量に近隣のスーパーに出荷した。X商品は、その出荷の翌日には同スーパーの店頭で販売されたが、X発明の出願時点において1袋も売れていなかった。このとき、X特許権1及びX特許権2に関して、Yはそれぞれどのような主張をすべきか。その主張の妥当性についても、Xからの反論に留意しつつ論じなさい。
4.X発明が出願される1か月前に第三者により出願され、X発明の出願後に出願公開がされた出願βは、炊飯方法の発明についての特許出願である。出願βの願書に最初に添付した明細書には、「第1層から第4層までを精米機により取り除いた上、さらに第5層のほとんどが残るように同層の表層側の部分を削り取った米を使用することにより、炊飯後の米により旨みを感じることができるようになる。」との記載がある。このとき、X特許権1に関して、Yはどのような主張をすべきか。その主張の妥当性についても、Xからの反論に留意しつつ論じなさい。なお、出願βの願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲及び図面のいずれにも、上記記載以外に米の構造や精米方法に関連する記載はないものとする。
〔第2問〕(配点:50)
漫画家であるXとYは、甲を主人公とする漫画(以下「漫画α」という。)を共同で制作した。
漫画αのストーリーの大筋は二人が話し合って決定し、Xが脚本形式の原稿を制作し、Yが原稿をネーム(注)に起こし、Xと協議してネームを確定させた。漫画αの作画については、甲を含む人物のイラストをXが、背景をYが担当して制作し、互いに意見を出し合いながら、適宜修正を加えつつ、完成させた。その後、漫画αは出版された。
以上の事実関係を前提にして、以下の設問に答えなさい。なお、著作者人格権に関しては論じる必要はない。また、各設問はそれぞれ独立したものであり、相互に関係はないものとする。
(注)ネームとは、漫画を描く際のコマ割り、構図、セリフ、キャラクターの配置などを大まかに描いたものをいう。本件のネームでは、登場人物は○などの記号で特定されているだけで、イラスト化されていない。
[設問1]大学Aの美術部に所属している学生Bは、美術部の企画に係る学園祭用の展示物として、甲の模型(以下「模型β」という。)を作成し、これを所有している。模型βは、漫画αに描かれた甲の特徴を忠実に再現しつつ、衣装やポーズに独自の工夫を凝らして制作されたものである。模型βは、学園祭の間、美術部の展示室に設置され、一般の観覧に供された。大学祭に来場していた玩具製造業者であるCは、模型βの出来栄えに感銘を受け、Bから模型βの譲渡を受け、模型βを精巧に模倣したフィギュアを制作し、販売した。Cは、漫画αの存在を知らず、模型βをBの完全なオリジナル作品と思い込んでいた。
⑴ X、Yは、それぞれBに対して、著作権法上どのような請求をすることができるか、論じなさい。
⑵ X、Yは、それぞれCに対して、著作権法上どのような請求をすることができるか、論じなさい。
[設問2]Dは、我が国を代表するアニメの制作・配信を行う会社である。DのプロデューサーであるEは、漫画αのアニメ映画(以下「映画γ」という。)の制作を企画し、XとYにアニメ化の許諾を求めた。Xは、漫画αの出版後十年ほどが経過しているため、アニメ化は漫画αの人気を浮上させるよいきっかけになると考え、アニメ化を了承したが、Yは、漫画αの出版後、Xとの関係が悪化していたことから、これ以上Xと関わりを持ちたくないと考え、アニメ化に反対した。Eは、Yに対し、Xからアニメ化の承諾を得たことを述べた上で、Yと何度も交渉を重ね、またYが反対の意向を示していることを考慮し、業界の相場を大幅に超える原作使用料を提示したが、Yは承諾しなかった。そこで、Eは、Xと相談の上、Yの承諾を得ないまま、映画γを制作した。
Yがインターネット上で映画γを配信しようとしているDに対して著作権侵害に基づく差止めを請求する場合、どのような主張をすべきか。Dはそれに対してどのような反論をすることが考えられるか。それぞれの主張の当否についても論じなさい。
[設問3]Fは、民間の漫画教室を主宰する者であり、インターネット上に開設したホームページで教室の宣伝を行って受講生を募集し、有料で作画の指導を行っている。Fは、漫画αの出版物を1冊購入し、そこから作画の練習に最適と思われるコマ絵を十数枚程度選び出してコピーし、当該コピーを用いてコマ絵を一つ一つスライドで映し出して、キャラクターや背景の描き方、構図、コマ割りなどの作画のポイントを詳細に説明し、また、コマ絵を4倍の大きさに拡大したコピーを受講生に配布し、コマ絵の模写を行わせ、生徒の模写の出来栄えを評価するなどしている。
⑴ Fが漫画αのコマ絵のコピーを作成する行為、当該コピーを用いてコマ絵をスライドに映し出して受講生に見せる行為、漫画αのコマ絵の拡大コピーを受講生に配布する行為は、Xの著作権を侵害するかについて論じなさい。
⑵ Xが、Fに対して、Fの主宰する漫画教室において、受講生に漫画αのコマ絵の模写を行わせることに関して差止めを請求する場合、Xはどのような主張をすべきか。Fはそれに対してどのような反論をすることが考えられるか。それぞれの主張の当否についても論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
知的財産法〔第1問〕1 設問1は、特許権侵害訴訟の相手方が被疑侵害物件ないし方法の具体的態様を明らかにしない場合に、特許法に設けられている訴訟手続上の特則についての基本的な理解を問うものである。設問2は、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲が製造方法を含む記載となっている場合における、当該発明の技術的範囲の解釈手法や、無効の抗弁の成否についての理解を問うものである。設問3は、新規性喪失理由の一つである、公然実施についての理解を問うものである。設問4は、いわゆる拡大先願についての理解を問うものである。
2 設問1⑴において問題となっているのは物(Y商品)の構造であるため、後述の特許法(以下「法」という。 )第104条は問題とはならない。ここでは、法第104条の2の具体的態様の明示義務について指摘する必要がある。
3 設問1⑵は、法第104条についての基本的な理解を問うものである。Xの主張するY商品の構造についてはYは争っていないので、Xとしては、この構造を前提として、同条の下でY商品の製造方法についてYの側が立証責任を負うことを主張することとなる。XはX発明1の新規性について調査しており、これを前提として、Xのなし得る主張について同条に即して簡潔に説明する必要がある。
4 設問2⑴においては、X発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)が、製造方法(経時的要素)を含むものとなっている点を、同発明の技術的範囲の解釈においてどのように位置付けるかが問題となる。これについては、最判平成27年6月5日民集69巻4号700頁【プラバスタチンナトリウム事件】を十分に意識して論述する必要がある。すなわち、X発明1の特許請求の範囲に製造方法の記載があること(プロダクト・バイ・プロセス・クレームであること)を指摘した上で、このような場合の特許発明の技術的範囲の解釈について同最判の示した規範を踏まえ、説得的に述べることが求められる。
5 設問2⑵においては、Yとしては、上記最判の規範に即して、X発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)に製造方法が記載されていること、及びX発明の出願時においてX発明1に係る物をその構造又は特性により直接特定することが容易にできたはずであること(そのような特定が不可能又はおよそ実際的でないというような事情が存在しないこと)
を挙げて、X特許権1について明確性要件(法第36条第6項第2号)違反による無効の抗弁(法第104条の3第1項、法第123条第1項第4号)を主張することになる。これに対するXの主張としては、本問においてはX発明1に係る物の構造や特性は請求項1の記載から明らかであり、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえないため、明確性要件違反には当たらないとするなど(知財高判平成29年12月21日【旨み成分と栄養成分を保持した無洗米事件】など参照) 、上記最判を踏まえて説得的に述べることが求められる。
6 設問3において、Yとしては公然実施による新規性喪失(法第29条第1項第2号)を理由とする無効の抗弁(法第104条の3第1項、法第123条第1項第2号)を主張することとなるが、ここで特に問われているのは「公然実施」の理解である。本設問の事実関係の下で、物の発明であるX発明1及び方法の発明であるX発明2それぞれにつき、X発明の出願前の時点において実施(法第2条第3項第1号、同項第3号)がなされていることを条文を挙げて指摘した上で、それらが「公然」なされたといえるのかについて、法第29条第1項第2号の趣旨を踏まえ検討する必要がある。特にX発明2との関係では、X発明の出願時点において、精米の分野における通常の知識を有する者がX商品の構造からX発明2の方法を知るための分析手段の利用可能性の有無や程度に応じて(東京地判平成17年2月10日判時1906号144頁【ブラニュート顆粒事件】参照) 、論じることが必要となる。
7 設問4においても、Yとしては無効の抗弁を主張することとなるが、ここではいわゆる拡大先願(法第29条の2)についての理解が問われている。本設問の事実関係の下で、X発明1について特許を無効にするに十分な「発明」の開示がなされているといえるのかについて、拡大先願制度の趣旨を踏まえて論じることが求められる。
〔第2問〕1 設問1は、共同著作物性、二次的著作物性、各種支分権についての理解を問うものである。設問2は、一部の共有者の合意を得ずに共同著作物が利用された場合の当該共有者の差止請求の可否を問うものである。設問3は、各種支分権及び権利制限についての理解と複製主体の認定について問うものである。
2 設問1においては、まず模型βが漫画αに描かれた甲のイラストの二次的著作物(著作権法(以下「法」という。 )第2条第1項第11号)に該当することを論じる必要がある。
また、甲のイラストはXが創作したものであるが、甲のイラストを含む漫画αはXとYの共同著作物(法第2条第1項第12号)に該当することから、甲のイラストの利用について、Xに加え、Yの権利行使が認められるかについて論じる必要がある。その上で、Yの権利行使が認められるとする場合には、XとYがそれぞれ単独で権利行使できることを指摘する必要がある(法第117条参照) 。
3 設問1⑴においては、模型βの制作について変形権(法第27条)の侵害が、模型βの譲渡について譲渡権(法第28条、法第26条の2第1項)の侵害が成立することを指摘する必要がある。模型βは既にCに譲渡されており、Bに著作権侵害のおそれが認められないため、Bに対する請求としては、差止請求は問題とならず、損害賠償請求(民法第709条)のみが可能となる。
4 設問1⑵においては、フィギュアの制作行為について複製権(法第28条、法第21条)
の侵害が、フィギュアの販売行為について譲渡権(法第28条、法第26条の2第1項)
の侵害が成立することを指摘する必要がある。解答に当たっては、Cが漫画αの存在を知らず、模型βに依拠してフィギュアを制作していることから、Cが漫画αに描かれた甲のイラストに依拠したといえるか否かについて検討することが求められる。また、Cに対する請求としては、差止・廃棄等請求(法第112条)と損害賠償請求(民法第709条)
が問題となるが、Cは模型βがBの完全なオリジナル作品と思い込んでいたとあるから、損害賠償請求について論じる際には、Cの過失の有無を検討することが必要となる。
5 設問2においては、Yの主張として、映画γが漫画αの二次的著作物(法第2条第1項第11号)に該当すること、漫画αはXとYの共同著作物(法第2条第1項第12号)であり、共有著作権は共有者全員の合意によらなければ行使することができないから(法第65条第2項) 、DがX・Y間の合意がないままに映画γをインターネット上で配信する行為は、Yの公衆送信権(法第28条、法第23条第1項)の侵害となることを論じる必要がある。一方、Dの反論としては、共有著作権の行使について、各共有者は正当な理由がない限り合意の成立を妨げることができないから(法第65条第3項) 、Yの合意拒絶に正当な理由がなく、Yの差止請求は認められないことを論じる必要がある。それぞれの主張の当否を論じるに当たっては、 「正当な理由」の存否をどのように判断すべきか(東京地判平成12年9月28日【経済学書籍事件】など参照) 、また、合意拒絶に正当な理由がない場合でも、 「合意をせよ」との判決を得ることなく、侵害訴訟の場で正当な理由がないことを抗弁として主張することができるかについて、具体的に論述することが求められる。
6 設問3⑴においては、漫画αのコマ絵のコピーを作成する行為について複製権(法第21条)の侵害を、当該コピーを用いてコマ絵をスライドに映し出す行為について上映権(法第22条の2)の侵害を、漫画αのコマ絵の拡大コピーを受講生に配布する行為について複製権(法第21条)及び譲渡権(法第26条の2第1項)の侵害を論じる必要がある。
解答に当たっては、Fが作画指導を目的として上記各行為を行っていることから、引用(法第32条第1項)などの権利制限規定の適用の余地がないかどうかを検討することが求められる。
7 設問3⑵については、最判平成23年1月20日民集65巻1号399頁【ロクラクⅡ事件】が提示した複製主体の判断基準を踏まえて論じる必要がある。Xの主張としては、物理的に模写(複製)を行っているのは生徒であるものの、Fが模写の対象を選定し、模写のための施設や教材を提供し、 模写の指導を通じて生徒から受講料収入を得ていることなどから、漫画教室事業の社会的、経済的側面を重視すれば、Fを生徒の模写に係る複製の主体と捉えるべきであると論じることが考えられる(最判昭和63年3月15日民集42巻3号199頁【クラブキャッツアイ事件】参照) 。次に、Fの反論としては、物理的な模写の主体は生徒であり、生徒は作画指導を受けるために任意かつ自主的に複製を行っていることから、Fは生徒の模写に係る複製の主体となり得ないと論じることが考えられる(知財高判令和3年3月18日判時2519号73頁【音楽教室事件】参照) 。それぞれの主張の当否を論じるに当たっては、本設問の事実関係に即して、Fを複製の主体と評価することが妥当か否かを具体的に論述することが求められる。
[労働法]〔第1問〕本問は、配置転換命令の法的根拠、その適法性及び有期労働契約の雇止めの可否という、個別的労働関係法における基本的な論点について検討することを求めるものであり、それらの論点に関する最高裁判例や関係条文から導き出される規範の正確な理解と当該規範への具体的事実の当てはめの的確さを問うものである。設問1では、資格等を有する労働者のキャリア形成への期待を配置転換命令の適法性を判断する上でどのように考慮すべきか、設問2では、更新がない旨を明示する条項(いわゆる「不更新条項」 )がある有期労働契約書に労働者が署名をした場合における雇止めの問題、雇止めが不適法であった場合において通算契約期間が5年を超えるときの労働契約法第18条による期間の定めのない労働契約への転換、といった近時の労働法実務において問題となる点が問われており、前記の判例・関係条文の理解を前提に、本問の事例の事実関係に照らして的確に論述をする能力を問うものである。
設問1は、運行管理者の資格を有することや運行管理業務に従事した経験を有することが評価されてY社に採用され、採用後Y社の運行管理者として運行管理業務に従事していた労働者に対し、倉庫部門への配置転換を命ずることの適法性等を問うものである。
本問において配置転換命令の適法性を検討するに当たっては、まずY社がX1に対して配置転換命令権を有するのか、その法的根拠は何かを明らかにすることが求められる。就業規則に配置転換命令権に関する規定があり、その内容が合理的であって、かつ労働者に周知されていたのであれば、これが労働契約の内容になるが(労働契約法第7条本文) 、勤務地限定の合意や職種業務限定の合意があれば、当該合意された内容が優先することとなる(同条ただし書) 。本問の事例における配置転換命令は、Y社の就業規則の規定に基づいてなされており、労働契約に職種や業務を限定する定めはないが、X1がY社に採用された経緯や採用時のY社の説明等を踏まえると、X1は、職種・業務を限定する合意があったと主張することが考えられるところであり、その当否について検討することが論述のポイントの一つとなる。
使用者が配置転換命令権を有すると認められる場合であっても、それを濫用してはならない(労働契約法第3条第5項参照) 。転勤命令(勤務地変更命令)が権利濫用となる場合について判示した最高裁判例(東亜ペイント事件・最判昭和61年7月14日労判477号6頁)
の判旨は、配置転換命令の事案にも妥当するものとされており(日産自動車村山工場事件・最判平成元年12月7日労判554号6頁) 、それによれば、権利濫用となるのは、①業務上の必要性が存しない場合、②他の不当な動機・目的をもってなされた場合、③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合等、特段の事情の存する場合である。本問についても、これらの場合に該当するかを、事実を摘示して検討することとなる。
特に③に関しては、労働者が自身の能力・経験を活用することの利益や労働者のキャリア形成への期待を、この判断枠組みの中でどのように(どの程度)考慮に入れるかという観点からの検討をすること(安藤運輸事件・名古屋高判令和3年1月20日労判1240号5頁等参照)が、論述の重要なポイントとなる。
設問のとおり、X1は、 「運行管理業務に戻すべきである」と主張しており、本問では、法律上の論点として、運行管理者としての地位確認請求(就労請求権)が認められるか、あるいは、倉庫部門における就労義務のないことの確認にとどまるのかについても検討する必要があろう。
設問2は、X2について、有期労働契約の期間満了時に契約の更新を拒否すること(いわゆる「雇止め」 )の可否等を問うものである。
本問において、X2は、採用時に、契約期間を通算した期間が5年を超えて更新することはないとの説明を受け、また、令和3年5月1日から令和4年4月30日までを契約期間とする5年目の契約締結時には、更新はないことが記載された有期労働契約書に署名をしているものの、その期間満了時に契約が更新されることをX2が期待していたことは明らかであり、実際、X2は、契約更新拒否は不当であり、同年5月1日以降もY社に雇用され続けていると考えている。本問は、そのようなX2の見解の当否について検討することを求めるものであるから、労働契約法第19条の適用があるか、具体的には、同条第1号該当性、同条第2号該当性、同条柱書の要件充足性について、それぞれ本問の事案に即して検討し、論述することが、重要なポイントとなる。特に、同条第2号該当性に関しては、同号に規定する「当該有期労働契約が更新されるものと期待することについての合理的な理由」の有無の認定について、積極方向に働き得る事実関係と消極方向に働き得る事実関係とがいずれも存在することから、採用時の状況、4年目の途中で職種を変更した事情、5年目の契約締結時の状況やその際のY社事務担当者の発言等、その判断に必要な事実を的確に拾い上げ、論述することが求められる。また、本問においてX2に対する契約更新の拒否が不適法とされ、労働契約法第19条による更新が認められる場合には、通算契約期間が5年を超えることとなることから、X2は、同法第18条第1項による無期労働契約への転換を主張することが考えられる。本問では、この点についても検討し、論じることが求められよう。
〔第2問〕本問は、働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第71号。いわゆる働き方改革関連法)による短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下「短時間・有期雇用労働法」という。 )の改正(題名も変更)に伴い企業内の賞与制度が改定されたという事案を素材に、労働協約、就業規則、労使慣行など労働法の法源に関する基本問題についての正確な理解と、近時実務上の重要課題となっている有期・無期雇用労働者間の待遇格差の是正をめぐる論点についての法的な理解と事例に即した判断の能力を問うものである。
設問1では、労働協約を締結した労働組合の組合員である正社員X1が改定前の基準による賞与の支払を請求できるかが問われている。この問いに答えるに当たっては、①令和2年の就業規則改定前の書面化されていない労使合意に労働協約としての規範的効力が認められるか、②30年間継続して行われてきた賞与支給という取扱いに労使慣行としての法的効力が認められるか、③労働条件を不利益に変更する労働協約について労働組合に協約締結権限が認められ、同協約は規範的効力をもつものといえるか、④労働条件を不利益に変更する就業規則に法的拘束力が認められるかという点が、主たる論点となる。
①書面化されていない労使合意の効力については、労働組合法第14条の要件を満たしていない労使合意の効力についての判例の立場と同条の趣旨(都南自動車教習所事件・最判平成13年3月13日民集55巻2号395頁参照)を理解し、自らの見解を述べること、②労使慣行の法的効力については、その要件を考察し(商大八戸ノ里ドライビングスクール事件・大阪高判平成5年6月25日労判679号32頁等参照) 、本件事案に適切に当てはめること、③労働条件を不利益に変更する協約締結権限(規範的効力)の有無については、判例の原則的な立場とその例外(朝日火災海上保険〔石堂・本訴〕事件・最判平成9年3月27日労判713号27頁等参照)を理解し、自らの見解を述べること、④労働条件を不利益に変更する就業規則の拘束力については、労働契約法第10条の周知と合理性の要件を満たしているか否かについて本件事案における適切な判断ができること(特に、契約社員の待遇改善のために正社員の待遇を引き下げることの相当性や多数組合との合意〔労働協約〕の存在等が合理性判断にいかなる影響を与えるかについて適切に判断すること)が、それぞれ論述の重要なポイントとなる。
設問2では、契約社員であるX2が正社員との賞与の相違(改正短時間・有期雇用
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 第1問設問1
1 (1)について。Y商品の構造が問題となっているから、物を生産する方法の発明に関する特許法104条(以下「法」という。)は問題とならない。法104条の2は、特許権の侵害に係る訴訟において、特許権者が侵害の行為を構成するものとして主張する物又は方法の具体的態様を否認する当事者は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならないと定める。これは侵害の立証が困難であることに対応して相手方に具体的態様の明示義務を課したものである。
本件でYはX主張のY商品の構造を単に否認するのみで具体的な主張をしていない。これは同条の明示義務を果たすものとはいえない。Yは自己の行為の具体的態様を明らかにすべきであり、これを明らかにできない相当の理由がない限り、裁判所はXの主張を真実と認めることができる。
2 (2)について。X発明2は物を生産する方法の発明である。法104条は、物を生産する方法の発明について特許がされている場合において、その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは、その物と同一の物はその方法により生産したものと推定する。
本件では、第5層の残り85〜95パーセントの部分と第6層のみから構成される米は、X発明の出願時点においてX以外の者により製造も販売もされず刊行物にも記載されていない。Y商品はXが主張する構造であることをY自身が認めており、これはX発明1に係る物と同一の物である。
したがってXは、Y商品がX発明の出願前に公然知られた物でないことを主張し、法104条によりY商品はX発明2の方法により生産されたものと推定されると主張すべきである。これによりY商品の製造方法がX発明2の方法でないことの立証責任はYが負うことになる。
第2 第1問設問2(1)
1 X発明1は物の発明であるが、その特許請求の範囲には「精米機によって除去した後」「削り取ることにより製造される」という製造方法が記載されている。いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームであり、その技術的範囲の解釈が問題となる。
2 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても、その発明の対象は物であり、当該製造方法に限定されるものではない。そこで、その技術的範囲は、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されると解する(最判平成27年6月5日・プラバスタチンナトリウム事件)。
3 本件のY商品は、第5層の表層側の部分を除いた同層の残り90パーセントの部分と第6層の2つの層のみから構成される米であり、X発明1の請求項1に記載された製造方法によって製造される物と構造及び特性において同一である。Y商品が特殊な液体に浸して第5層の表層側部分を溶かす方法により製造されていることは、技術的範囲の帰属を左右しない。
よってY商品はX発明1の技術的範囲に属する。
第3 第1問設問2(2)
1 Yは、X特許権1について明確性要件違反(法36条6項2号)の無効理由(法123条1項4号)があるとして、権利行使制限の抗弁(法104条の3第1項)を主張することが考えられる。
すなわち、物の発明の特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合は、当該製造方法が当該物のいかなる構造又は特性を表しているのかが不明であり第三者の利益が不当に害されるおそれがあるから、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限り明確性要件を満たすと解すべきである(前掲最判平成27年6月5日)。本件では、X発明1に係る米は層構造という構造によって直接特定することが容易にできたのであり、上記の事情は存在しない。よって明確性要件違反であるとYは主張する。
2 これに対しXは、請求項1の記載は実質的に物の構造を特定するものであると主張すべきである。すなわち、請求項1の「玄米粒の第1層から第4層までを精米機によって除去した後、第5層の85〜95パーセントが残るように同層の表層側の部分を削り取る」との記載は、精米の手順を述べる形式を採りながら、第1層から第4層が存在せず、第5層の表層側を除いた85〜95パーセントと第6層のみから成るという米の層構造そのものを特定している。したがって当業者は請求項1の記載からX発明1に係る物の構造を一義的に理解でき、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない(知財高判平成29年12月21日参照)。
3 Xの主張が妥当であり、明確性要件違反の無効理由はない。Yの抗弁は認められない。
第4 第1問設問3
1 Yは、X商品の出荷及び店頭での販売により、X発明1及びX発明2は特許出願前に日本国内において公然実施された発明(法29条1項2号)となったから新規性を欠き、無効理由がある(法123条1項2号)として権利行使制限の抗弁(法104条の3第1項)を主張すべきである。
「公然実施」とは、発明の内容が不特定の者に知られるおそれのある状況で発明が実施されることをいう。同号は、既に社会に知られる状態に置かれた技術について独占権を与える必要がないとする趣旨である。
2 X特許権1について。物の発明の実施には、その物の譲渡等及び譲渡等の申出(展示を含む)が含まれる(法2条3項1号)。Xは出願の2日前にX商品を大量に近隣のスーパーに出荷しており、これはX発明1に係る物の譲渡である。また出願の1日前から店頭で販売されていたから、譲渡等の申出にも当たる。スーパーもその来店客も、Xに対して秘密保持義務を負う者ではない。そして米の層構造は、購入して切断、観察するなどの通常の手段によって容易に知ることができる。したがってX発明1は不特定の者に知られるおそれのある状況で実施されたといえ、公然実施に当たる。
Xは、1袋も売れていないから発明の内容を知った者は現実に存在しないと反論することが考えられる。しかし公然実施は知られるおそれのある状況があれば足り、現実に知られたことを要しない。またスーパーへの出荷自体が既に譲渡として完了している。よってXの反論は認められず、Yの主張は妥当であり、X特許権1は行使できない。
3 X特許権2について。物を生産する方法の発明の実施には、その方法の使用のほか、その方法により生産した物の譲渡等が含まれる(法2条3項3号)。Xによる工程αの使用はX社内で行われたものであり公然ではないが、X商品の出荷及び販売は生産物の譲渡等であり実施に当たる。
もっとも、生産物の譲渡により方法の発明が公然実施されたといえるのは、当業者が生産物を分析することにより当該方法を知ることができる場合に限られる。本件では、精米の分野における当業者がX商品を分析すれば、第5層の表層側部分が削り取られた構造であることは判明する。しかし、その構造を実現する方法としては、Y商品のように特殊な液体に浸して溶かす方法もあり得るのであるから、構造の分析から工程αという具体的な削り取り工程の内容を知ることはできない。
したがってX発明2については公然実施に当たらず、Yの主張は認められない。Xはこの点を反論すべきである。
第5 第1問設問4
1 Yは、X発明1は出願βの願書に最初に添付した明細書に記載された発明と同一であるから特許を受けることができない(法29条の2)として、無効理由(法123条1項2号)に基づく権利行使制限の抗弁を主張すべきである。
出願βはX発明の出願より1か月前の他人の出願であり、X発明の出願後に出願公開がされているから、同条の要件のうち先願性、出願公開、発明者及び出願人の非同一性は満たされる。
2 法29条の2の趣旨は、先願の明細書等に記載された発明は出願公開により社会に公開されるのであるから、これと同一の発明について後願に重複して特許を与える必要がないことにある。ここで「同一」には、先願明細書等の記載から当業者が実質的に同一と認識する範囲、すなわち周知技術の付加や設計事項の変更など新たな効果を奏しない程度の微差にとどまる場合を含む。
3 本件の出願βの明細書には、「第1層から第4層までを精米機により取り除いた上、さらに第5層のほとんどが残るように同層の表層側の部分を削り取った米を使用する」との記載があるにとどまる。
「第5層のほとんどが残る」という記載は、第5層の大部分が残存することを示すにすぎず、85〜95パーセントという範囲を定めたX発明1の構成を開示するものではない。すなわち、どの程度を残すかという点についてX発明1のような臨界的な数値範囲が示されておらず、また第5層の表層付近に成分Bが、それ以外の部分に成分Aが多く含まれるという技術的意義の記載もない。出願βは炊飯方法の発明についての出願であり、他に米の構造や精米方法に関する記載もない。
そうすると、出願βの明細書にX発明1と同一の発明が記載されているとは評価できない。よってYの主張は認められず、Xはこの点を反論すべきである。もっとも、「ほとんどが残る」との記載が85〜95パーセントという範囲を当然に包含し、その差は数値範囲の限定にすぎず新たな効果を奏しないとみる余地もあり、その場合には実質的同一として無効理由が認められることになる。
第6 第2問設問1(1)
1 漫画αは、ストーリーの大筋をXとYが話し合って決定し、Xが脚本形式の原稿を作成し、Yがネームに起こしてXと協議して確定させ、作画も互いに意見を出し合い修正を加えつつ完成させたものである。2人以上の者が共同して創作した著作物であって各人の寄与を分離して個別的に利用することができないから、共同著作物(著作権法2条1項12号。以下「法」という。)である。甲のイラストはXが描いたものであるが、漫画αという一個の共同著作物の一部であるから、その著作権はXとYが共有する。各共有者は他の共有者の同意を得ないで差止請求及び自己の持分に対する損害の賠償請求をすることができる(法117条1項)。
2 模型βは、漫画αに描かれた甲の特徴を忠実に再現しつつ、衣装やポーズに独自の工夫を凝らして制作されたものである。甲のイラストの表現上の本質的な特徴を直接感得できる形で、これを立体物に変形して新たな創作性を加えたものであるから、甲のイラストを原著作物とする二次的著作物(法2条1項11号)である。
Bが模型βを制作した行為は変形に当たり、X及びYの有する変形権(法27条)を侵害する。また模型βをCに譲渡した行為は、二次的著作物の譲渡として、原著作物の著作者が有する譲渡権(法28条、26条の2第1項)を侵害する。模型βは無断で作成された複製物であるから譲渡権は消尽しない。
なお、模型βの展示については、Bは模型βの原作品の所有者であるから、公に展示することができ(法45条1項)、展示権侵害とならない。
3 もっとも、模型βは既にCに譲渡されており、Bが今後侵害行為をするおそれは認められない。したがってBに対して差止請求(法112条1項)をすることはできず、X及びYは、Bに対し、不法行為に基づく損害賠償(民法709条)として、各自の持分に対する損害の賠償を請求することができるにとどまる。
第7 第2問設問1(2)
1 Cが模型βを精巧に模倣してフィギュアを制作した行為は、模型βを複製するものであると同時に、そこに再製されている甲のイラストの表現上の本質的な特徴を有形的に再製するものであるから、X及びYの複製権(法28条、21条)を侵害する。またフィギュアを販売した行為は譲渡権(法28条、26条の2第1項)を侵害する。
2 Cは漫画αの存在を知らず、模型βをBの完全なオリジナル作品と思い込んでいたから、依拠性が問題となる。しかし依拠性は、既存の著作物の創作的表現を利用して作成したことをいうのであり、原著作物の存在を認識していたことまでを要しない。二次的著作物を介して原著作物の創作的表現を再製した場合も、原著作物に依拠したものと評価すべきである。そうでなければ、二次的著作物を介在させることにより原著作者の権利が容易に潜脱されることになる。本件のフィギュアは模型βを通じて甲のイラストの創作的表現を再製しているから、依拠性が認められる。
3 したがってX及びYは、Cに対し、フィギュアの製造販売の差止め及びフィギュアの廃棄(法112条1項、2項)を請求することができる。
損害賠償(民法709条)については過失が必要である。Cは玩具製造業者であり、キャラクターの模型やフィギュアを扱う業者としては、その対象が既存の漫画等の著作物に由来するものでないかを調査すべき注意義務を負う。模型βは学園祭の学生の展示物であり、Cはこれを容易に確認できたのであるから、オリジナル作品と思い込んだことに過失がある。よってX及びYは各自の持分に対する損害の賠償を請求できる。
第8 第2問設問2
1 Yの主張。映画γは漫画αを原著作物とする二次的著作物(法2条1項11号)である。漫画αはXとYの共同著作物であり、その著作権は共有に係るから、共有者全員の合意によらなければ行使することができない(法65条2項)。DはYの合意を得ずに映画γを制作し、インターネット上で配信しようとしているから、これはYが法28条を介して有する公衆送信権(法23条1項)の侵害に当たる。よってYは単独で配信の差止めを請求できる(法112条1項、117条1項)。
2 Dの反論。各共有者は正当な理由がない限り合意の成立を妨げることができない(法65条3項)。Yの合意拒絶には正当な理由がなく、正当な理由なく合意を拒む者が共有著作権の侵害を主張して差止めを求めることは許されない。
3 「正当な理由」の有無は、共有者間の協議の経緯、著作物の種類及び性質、具体的な利用の態様、合意が成立しないことにより各共有者が受ける利益及び不利益等を総合して判断すべきである(東京地判平成12年9月28日参照)。
本件では、Yがアニメ化に反対する理由は、Xとの関係が悪化しこれ以上Xと関わりを持ちたくないという個人的な感情にすぎず、漫画αの利用そのものに関する不利益を示すものではない。他方、漫画αは出版後十年ほどが経過しており、アニメ化は人気を浮上させる契機となるものであって、Yにも持分に応じた経済的利益が生じる。しかもEは業界の相場を大幅に超える原作使用料を提示し、何度も交渉を重ねている。そうすると、Yの合意拒絶に正当な理由は認められない。
4 もっとも、法65条3項は合意の成立を妨げることができないと定めるにとどまるから、利用しようとする者が権利を行使するには、形式上は合意に代わる意思表示を命ずる判決を得る必要がある。しかし、本件はYが自ら差止請求をする場面であり、正当な理由なく合意を拒んだ共有者が、合意がないことを理由に他の共有者の意思に基づく利用を阻止することは、法65条3項の趣旨に反し権利の濫用として許されないと解すべきである。
よってDの反論が妥当であり、Yの差止請求は認められない。
第9 第2問設問3(1)
1 漫画αのコマ絵のコピーを作成する行為は、著作物を有形的に再製するものであり複製権(法21条)の侵害に当たる。
2 当該コピーを用いてコマ絵をスライドに映し出して受講生に見せる行為は、著作物を映写して公に見せるものであり上映(法2条1項17号)に当たるから、上映権(法22条の2)の侵害となる。受講生はインターネット上のホームページで広く募集された者であって不特定の者であるから「公に」の要件を満たす。
3 コマ絵を4倍の大きさに拡大したコピーを受講生に配布する行為は、拡大によって新たな創作的表現が加わるものではないから複製(法21条)に当たり、その配布は譲渡権(法26条の2第1項)の侵害となる。
4 権利制限規定の適用を検討する。まず、Fの行為は有料で受講生に作画指導をする事業として行われるものであり、私的使用のための複製(法30条1項)に当たらない。次に、Fの漫画教室は民間の営利事業であって法35条1項の「学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)」に当たらないから、同項の適用もない。
引用(法32条1項)についても、Fはコマ絵そのものを模写の教材として利用しているのであり、Fによる作画のポイントの説明が主、コマ絵が従という関係にあるとはいえず、附従性を欠く。しかも拡大コピーの配布は、漫画の鑑賞又は模写教材としての通常の利用と衝突し、著作権者の利益を不当に害する。よって公正な慣行に合致し引用の目的上正当な範囲内の利用とはいえない。
5 以上より、Fの各行為はいずれもXの著作権を侵害する。Xは共有者として単独でこれらの行為の差止めを請求できる(法117条1項)。
第10 第2問設問3(2)
1 Xの主張。受講生によるコマ絵の模写は漫画αの複製に当たる。複製の主体の判断は、物理的に複製行為をした者に限定されるべきではなく、複製の対象、方法、複製への関与の内容及び程度等の諸要素を考慮して、誰が当該著作物の複製をしているといえるかを判断すべきである(最判平成23年1月20日・ロクラクⅡ事件)。
本件では、Fが模写の対象であるコマ絵を十数枚選定し、4倍に拡大したコピーという模写用の教材を作成して配布し、教室という場を提供し、模写のポイントを詳細に指導して出来栄えを評価し、これにより受講料収入を得ている。漫画教室事業の社会的、経済的側面を重視すれば、受講生の模写はFの管理支配の下にFの営業のために行われているものであり、Fが複製の主体である(最判昭和63年3月15日・クラブキャッツアイ事件参照)。よってXはFに対し模写をさせることの差止めを請求できる。
2 Fの反論。物理的に模写をしているのは受講生であり、受講生は自己の作画技能を向上させるために任意かつ自主的に模写をしている。模写は手指を用いた作画であって受講生自身の技能と判断に依存する行為であり、Fの関与は対象の提示と助言という補助的なものにとどまる。したがって複製の枢要な行為を行っているのは受講生であってFではない(知財高判令和3年3月18日・音楽教室事件参照)。
3 検討。教材の作成及び配布という行為自体はFの複製行為であり、これについては前述のとおり侵害が成立する。しかし受講生による模写は、受講生が自らの技能習得のために自らの手で行うものであり、Fが模写そのものを支配しているわけではない。Fが教材を選定し指導し受講料を得ていることは、複製の環境を整え契機を与えるものにすぎず、これをもってFを模写の主体とすれば、受講者が自主的に行う学習行為の主体を一律に事業者に帰属させることになり相当でない。
よってFの反論が妥当であり、Fは受講生の模写に係る複製の主体とはいえない。Xの差止請求は認められない。
以上