司法試験 令和3年 知的財産法
問題文
[知的財産法]〔第1問〕(配点:50)
Xは,腹壁と胃壁を縫合糸で固定する施術(胃壁固定術)に用いられる「医療用器具」(以下「X発明」という。)について特許権(以下「X特許権」という。)を有している。X発明は,腹壁と胃壁の縫合を短時間に迅速かつ確実に行うという課題を解決するために,縫合糸を挿入するための針と,これとほぼ平行に設けられた縫合糸を保持するための針とを固定部材により固定する構成(以下「構成要件α」という。)を採用し,2本の針を一体化させ,同時穿刺(注)可能な構造としたことを技術的特徴の一つとする。
Xは,X発明の実施品である医療用器具(以下「X製品」という。)を製造し,販売している。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。なお,各設問はそれぞれ独立したものであり,相互に関係はないものとする。
(注)「穿刺」とは,体外から体腔内,血管内,臓器内に針を刺し入れることをいう。
〔設 問〕1.Xは,X発明の特許出願時に,その特許請求の範囲において,構成要件αの針を金属製の針と記載していたが,当該特許出願の願書に添付した明細書には,針の材質に関して,その他の硬い針を用いてもよいことが記載されていた。X特許権については,特許出願から設定登録までの間に補正がされていない。
Aは,樹脂製の針を使用した医療用器具(以下「A製品」という。)を製造し,販売している。A製品は,樹脂製の針を用いている点を除き,X発明の構成要件を全て充足する。X発明の特許出願時において,樹脂製の針が硬い針であることは,X発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者にとって自明であり,また,金属製の針に替えて樹脂製の針を用いてもX発明の作用効果を奏することは,それらの者が容易に想到することができたとする。この場合,Aの行為は,X特許権を侵害するかについて論じなさい。
2.Bは,医療機関からX製品の使用済み品を入手し,X製品を分解し,各部品を洗浄し,再組立てを行い,滅菌処理を施した上で,医療機関に販売している。Bによるこれらの作業の過程では,部品交換は行われていない。一方で,X製品の添付文書には,「再使用禁止」と明記されている。この場合,Bの行為は,X特許権を侵害するかについて論じなさい。
3.Cは,胃壁固定術に用いられる医療用器具(以下「C製品」という。)を製造し,販売している。C製品は,縫合糸を挿入するための針と縫合糸を保持するための針より構成されており,2本の針が固定部材によって一体化されていない点を除いて,X発明の構成要件を全て充足する。しかし,C製品は,使用後,2本の針をまとめて容易かつ安全に廃棄するために,2本の針を一体化して係止する機構(以下「一体化機構」という。)を備えている。C製品の一体化機構は,2本の針をまとめて廃棄するための仮止めにすぎないから,2本の針を一体化機構により係止した状態のC製品を一体化同時穿刺に使用すると,穿刺する力が2本の針に均等に伝わらず,針先が曲がり,臓器を損傷する危険性がある。ゆえに,C製品の添付文書においても,使用上の注意として,「一体化させた状態で2本の針を同時に穿刺しないこと。臓器の損傷,誤穿刺や出血の危険性がある。」との記載がなされている。もっとも,C製品の2本の針を一体化機構により係止し,さらに汎用クリップで留めると,係合力が増し,一体化同時穿刺を安全に実施することが可能となる。
Xは,第三者機関に依頼して,C製品の使用状況に関する調査を実施したところ,C製品の使用経験がある医療機関におけるC製品の全使用症例数の3割の症例で汎用クリップを用いた一体化同時穿刺が行われていることが判明した。そこで,Xは,Cに対し,上記調査の結果を摘示した上で,一体化機構により係止し,汎用クリップで留めた状態にあるC製品は,X発明の技術的範囲に属するものであり,その製造,販売はX特許権を侵害するものであるから,それらの行為を止めるように警告した。しかし,CがC製品の製造,販売を継続したため,Xは,Cに対し,差止め及び損害賠償を求める訴訟を提起した。
⑴ Xは,C製品の製造及び販売の差止めを請求することができるかについて論じなさい。
⑵ Xは,Cがこれまでに販売したC製品の全数量を対象として特許法第102条第2項を用いて損害額を算定し,損害賠償を請求している。仮にCの行為がX特許権を侵害するとした場合,Xの請求に対するCの反論としてどのような主張が考えられるかについて論じなさい。
〔第2問〕(配点:50)
著名なタレントである甲は,各種エンターテインメント事業を行う会社Aに所属している。Aは,甲をイラスト化した主人公が迷宮を脱出する内容のコンピュータ用ゲームソフト(以下「α」という。)の制作を企画し,そのBGMに,甲が歌唱する代表的な歌曲の楽曲部分(以下「β」という。)を使用することにした。
βは,作曲家である乙がかつてAに依頼されて作曲したものであり,乙の著作の名義の下に公表されたものである。Aは,αの制作に先立ち,乙との間で,βに係る著作権を全部譲り受ける旨の契約を締結した。当該契約においては,著作権法第27条及び第28条に定める著作権も譲渡対象として特掲されている。
その後,Aの従業員がαを完成させ,αはAの著作の名義の下に公表された。Aは,αの複製物の販売を開始した。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。
〔設 問〕1.αの制作過程においては,甲を簡略なイラストで表現する作業の参考に資するために,Aの内部で甲の写真撮影が行われた。撮影は,当時Aの従業員であった丙が担当し,丙は,デジタルカメラを用いて,写真の構図,採光,露光,シャッタースピード等を調節して,甲を撮影した。Aは,当該写真とそのデータをαの開発部署の外に持ち出すことを禁じ,また,αの完成後は,直ちにそれらを廃棄することを命じていたが,Aを退職した丙は,その所有するUSBメモリーを用いて当該データを密かに自宅に持ち帰り,不特定多数の者が閲覧できる丙のホームページ上で,当該データを保有している旨及び当該写真を印刷したものの売却に応じる旨を告知した。Aは,丙に対して,著作権に基づいて,当該写真の印刷及び譲渡の差止め並びに当該データの廃棄を請求することができるかについて論じなさい。
2.Bは,中古ゲームソフトの販売を行う会社であり,Aが販売したαの複製物を含む中古ゲームソフトを,自社の店舗内で販売している。
⑴ Aは,Bに対して,αの複製物の販売の差止めを請求することができるかについて論じなさい。
⑵ Bは,中古ゲームソフトの通常の販売に係るサービスと並行して,それとは異なるサービスを「割賦販売サービス」と称して提供しているものとする。当該サービスにおいては,Bの商品である中古ゲームソフトの販売価格の一部に相当する金銭が「頭金」と呼ばれ,客は「頭金」を支払うことで,直ちに商品の引渡しを受けることができ,残額分は引渡しから1週間後に支払えばよいとされていた。また,引渡しから6日以内であれば,客は,「頭金」
の払戻しを受けることはできないが,商品を自由に返品することができ,残額分の支払を免れることもできた。Aは,Bに対して,αの複製物について当該サービスを提供することの差止めを請求することができるかについて論じなさい。
3.数年後,Aは,αの続編に当たるコンピュータ用ゲームソフトの制作を決定し,βを編曲したものを,そのBGMとして使用することにした。Aは,作曲家である丁にβの編曲を依頼し,丁は,もともと落ち着いた曲調であったβをビートの効いたテンポの速い曲調に編曲したβ’を作成した。当該編曲の事実を知った乙は,丁に対して,乙の同一性保持権の侵害を理由とする損害賠償を請求している。乙の請求に対する丁の反論として,どのような主張が考えられるかについて論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
知的財産法〔第1問〕1 設問1は,均等侵害の成否を問うものである。設問2は,消尽の成否を問うものである。
設問3⑴は,特許法(以下「法」という。)第101条第2号の間接侵害の成否,設問3⑵は,同号の間接侵害に基づく損害賠償請求と法第102条第2項の関係を問うものである。
2 設問1については,A製品がX発明の構成要件の一部を欠くことから,文言侵害が成立せず,均等侵害の成否が問題となることを指摘した上で,均等侵害の5要件を提示した最判平成10年2月24日民集52巻1号113頁【ボールスプライン事件】を踏まえ,均等論の意義・根拠に言及しつつ,設問の事例において,均等侵害の5要件が充足されるか否かを具体的に論述することが求められる。特に,本問では,「その他の硬い針を用いてもよい」という明細書の記載との関係で,「樹脂製の針」に係る構成をX発明の特許請求の範囲に含めなかったことが「特段の事情」に該当するか否かについて詳しく検討する必要がある。この点については,容易想到な出願時同効材を特許請求の範囲に記載しなかっただけでは「特段の事情」に当たらないが,客観的,外形的にみて,対象製品等の構成が特許請求の範囲の構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたときは「特段の事情」に当たると判示した最判平成29年3月24日民集71巻3号359頁【マキサカルシトール事件】を踏まえ,設問の事例において,「特段の事情」があると言えるか否かについて,自説を説得的に論証することが求められる。
3 設問2については,Bが販売している製品は,X製品の使用済み品を再生したものであるため,消尽の成否が問題となる。まず消尽の意義・根拠(市場における特許製品の円滑な流通・特許権者の利得確保の機会の存在)を指摘しつつ,解釈により特許権の消尽を認めるべきことを論じる必要がある。また,本問では,X製品の添付文書に「再使用禁止」の記載があるが,特許権の消尽は,政策的理由から特許権の効力を画するものであり,特許権者の意思でその効力を変更することはできないから,添付文書の記載を理由に直ちに消尽の成立を阻止することはできないことを論じる必要がある。
次に,本問では,Bが,X製品を再生する過程で,分解,洗浄,再組立て,滅菌処理等を行っていることから,特許製品に加工等がされた場合には,特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様,取引の実情等を総合考慮し,元の特許製品と同一性を欠く製品が新たに製造されたといえるか否かにより特許権の行使の可否を判断すると判示した最判平成19年11月8日民集61巻8号2989頁【インクタンク事件】を踏まえ,設問の事例において,特許権の行使を認めるべきか否かについて,自説を説得的に論述することが求められる。
4 設問3⑴については,C製品がそれ自体としては一体化同時穿刺に使用することができず,かつ,一体化同時穿刺以外の態様で使用することが可能なものであるから,直接侵害及び法第101条第1号の間接侵害は成立せず,同条第2号の間接侵害の成否が問題となることを指摘し,設問の事例において,同号の要件が充足されるか否かについて説得的に論じることが求められる。「物の生産」については,「生産」の意義を明らかにしつつ,一体化同時穿刺に使用することを禁じた添付文書の記載との関係で,C製品が「物の生産」に用いるものといえるかを具体的に論じる必要がある。また,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」
については,「課題の解決に不可欠なもの」の意義を明らかにしつつ,X発明の技術的特徴との関係でC製品が「課題の解決に不可欠」といえるかを具体的に論じる必要がある。さらに,主観的要件(「知りながら」)については,C製品が一般に一体化同時穿刺に使用されるものではないことを念頭に置きつつ,Cへの警告や本件訴えの提起をもって,主観的要件の充足を認めて良いかを論じる必要がある。
5 設問3⑵については,法第101条第2号の間接侵害の成立に主観的要件の充足が必要であることを指摘し,主観的要件の充足が認められる前に販売されたC製品には間接侵害が成立しないため,Xの損害賠償請求は認められないことを論じる必要がある。
次に,法第102条第2項が損害に関する法律上の事実推定規定であり,侵害行為がなければ,特許権者が利益を得られたであろうという事情が認められれば,同項の適用が認められることを踏まえつつ(知財高判平成25年2月1日判時2179号36頁【ごみ貯蔵器事件】),Cが主観的要件充足後に販売したC製品のうち,一体化同時穿刺に使用されていない製品については,Cの販売行為がなければ,XがX製品を販売することができたとはいえないため,損害が生じていない,もしくは,Cの販売行為とX製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情があり,法第102条第2項の推定が覆滅されるということを論じる必要がある(東京地判平成23年6月10日知財管理62巻10号1461頁【医療用器具事件】)。
〔第2問〕1 設問1は,公表を予定されていない著作物について職務著作の成否を問うものである。設問2は,頒布権等の消尽について問うものである。設問3は,著作権を全部譲渡した著作者が,譲受人の許諾を得た者が行った改変について同一性保持権の侵害を理由とする損害賠償を請求した場合に,当該許諾を得た者がどのような反論をなし得るかを問うものである。
2 設問1については,まず甲を撮影した写真に著作物性(著作権法(以下「法」という。)
第2条第1項第1号)が認められることが前提となる。
その上で,Aが,法第15条第1項の規定により,当該写真の著作者の資格を有するか否かを論ずることになる。丙がAの業務に従事する者であること,丙がAの発意に基づいて職務上当該写真を撮影したこと,丙とAとの間に前者を当該写真の著作者とする別段の定めが存しないことは問題文より肯定されるが,当該写真は,その公表が一切予定されていなかったものであることから,Aが「自己の著作の名義の下に公表するもの」といえるかどうかが問題となる。
もっぱら法人等の内部で使用するものとして業務従事者に作成させたものが,それゆえにかえって後者の著作物となり,この者に公表権や公の利用に係る著作権が帰属することは不合理であると考えられるから,結論としては,当該写真について職務著作の成立を認めることとなろう。そして,そのための解釈としては,法第15条第1項にいう「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」には,仮に公表するとすれば法人等の名義で公表するものも含まれるとすること(東京高判昭和60年12月4日判時1190号143頁【新潟鉄工事件】,知財高判平成18年12月26日判時2019号92頁【宇宙開発事業団プログラム事件】)等が考えられよう。
当該写真の著作者であるAは,複製権(法第21条)及び譲渡権(法第26条の2第1項)
に基づいて,その印刷及び譲渡の差止め並びにそのデータの廃棄を請求することになる(法第112条第1項・第2項)。
3 設問2については,まずαが,映画の著作物(法第2条3項,法第10条第1項第7号)
及びプログラムの著作物(同項第9号)の両面を有しており,さらに前者の著作物には音楽の著作物(同項第2号)であるβが複製されていることを的確に踏まえることが前提となる。
その上で,Aが,これらの著作物の著作者(法第15条第1項・第2項)又は著作権者であることを指摘しなければならない。
⑴では,Aが,映画の著作物及びβに係る頒布権(法第2条第1項第19号,法第26条第1項・第2項)に基づいて請求する場合並びにプログラムの著作物に係る譲渡権(法第26条の2第1項)に基づいて請求する場合について論じることになる。
頒布権に基づく請求については,判例(最判平成14年4月25日民集56巻4号808頁【中古ソフト事件】)を踏まえ,当該権利の消尽の有無について論ずることが求められる。
譲渡権に基づく請求については,法第26条の2第2項第1号の規定により,認められないと論ずることになろう。
⑵では,まず,Bの提供する「割賦販売サービス」が,複製物の「譲渡」又は「貸与」のいずれに該当するかを明らかにしなければならない。当該サービスは,客による商品の返品を自由としていることから,外観上は販売の形式をとっていても,実質的には貸与と同様の使用権原を客に取得させるものであり,「貸与」に当たると考えられる(法第2条第8項)。
もっとも,「譲渡」に当たるとの考え方も,法目的等に鑑みて説得的といい得る理由が付されていれば,一概に否定されるところではない。
当該サービスを「貸与」と性質づけた場合には,映画の著作物及びβに係る頒布権並びにプログラムの著作物に係る貸与権(法第26条の3)の消尽の有無について論じる必要がある。
4 設問3では,主に,次の二つの視点から考察することが求められる。
第一に,著作者から著作権を全部譲り受けた者が編曲等の許諾を第三者に与えたとしても,著作者が当該改変を常に同一性保持権の侵害に問えるとすると,当該譲受人が著作権を全部譲り受けたことの意義が損なわれるので,明文の規定(法第61条第1項)により著作権の全部譲渡を認めている法の趣旨に反するのではないかという視点である。
第二に,著作権が全部譲渡されれば,譲受人等が行うどのような改変にも同一性保持権の侵害が成立しないとすると,著作者人格権の一身専属性(法第59条)を定めた法の趣旨に反するのではないかという視点である。
したがって,丁の反論を構成するに当たっては,上記第一の視点に立脚しつつ,上記第二の視点からの批判に耐える内容とすることが求められる。例えば,著作者の名誉声望を害するような改変であれば,著作権の全部譲渡後も著作者はこれに反対できてしかるべきであるが,それ以外の通常の改変であれば,これが譲受人等によって行われることは著作者も譲渡の際に当然に想定していたといえるので,法第20条第1項にいう「意に反して……改変を受け」た場合に当たらないとの一般論を示した上で,βをビートの効いたテンポの速い曲に編曲することは,かかる通常の改変の範囲内であると論述することが考えられよう。
以上はあくまで丁の反論として考え得るものの一例であり,β’の作成が乙の同一性保持権を侵害しないとの結論を導く上では,他の論述の仕方もあり得るところである。いずれにせよ,当該反論を構成するに当たっては,上記二つの法の趣旨を踏まえた上で,具体的な法律構成とともに著作権の全部譲渡がされた場合の同一性保持権侵害の成否に係る基準を定立し,当てはめを行うことが求められる。
[労働法]〔第1問〕労働紛争は,労働組合が組織されていることが多い大規模な企業だけでなく,労働組合が組織化されず労働者の声を反映する媒体がない小規模な企業においても多発している。本問は,事業場が1か所のみの小規模な企業において発生した懲戒処分,労働者への損害賠償請求及び整理解雇をめぐる基本的な論点について検討することを求めるものである。とりわけ本問では,就業規則の整備など人事労務管理が整った大企業等とは異なり,労働者数が10人未満で就業規則が作成されていない企業において懲戒処分を行うことができるか(その法的根拠は何か),解雇に関する就業規則や労働契約の規定がない企業で解雇を行うことができるか(その法的根拠は何か),整理解雇の権利濫用性の判断(特に解雇回避努力の履践)において小規模の企業であること(他事業場がないことなど)がいかに考慮されるかといった点が,重要な検討課題となる。
設問1では,機密情報の持ち出し・紛失等を理由とする懲戒処分の有効性が問われている。
懲戒処分の有効性については,一般に,懲戒権の法的根拠,懲戒事由該当性(形式的な懲戒事由該当性及び懲戒処分の趣旨に基づく懲戒事由該当性の限定解釈),懲戒処分の権利濫用性,罪刑法定主義類似の要請の考慮(手続の適正さ等)などの点が論点となり得る。本問では,これらの諸点について,基本的な判断枠組みを示しつつ,本件事案にこれを的確に当てはめて論述することが求められる。その中で,本件事案では特に,最高裁判例(フジ興産事件・最判平成15年10月10日労判861号5頁)が懲戒処分を行うに当たって求めている就業規則上の懲戒の種別と事由の定めが存在しないことについてどのように考えるか(同判例が求めるこの要件は理論的にどのような意味を持つのか,本件懲戒処分の法的根拠はどこに求められるのか等),長時間労働と会社内での勤務制限という使用者側の事情が機密情報の持ち出しと紛失の一因となっている点を懲戒事由該当性や懲戒処分の権利濫用性の判断においてどのように考慮するのか,7日間の出勤停止処分(無給)という処分の重さや弁明の機会が与えられなかったことを懲戒処分の権利濫用性等の判断においてどのように考慮するのかが,検討すべき重要な課題となる。
設問2では,媒体紛失行為による損害の発生について,使用者が労働者に対し損害賠償請求をできるかが問われている。近時,職務遂行に係る損害の発生に対して,使用者が労働者に対し債務不履行又は不法行為として損害賠償請求をする事件が増えている。これに対し,学説や裁判例では,職務遂行を指揮命令している使用者も危険発生に責任を負っているとする危険責任の原理,及び,職務遂行により生じるリスクは事業活動から利益を得ている使用者が負うべきであるとする報償責任の原理を勘案して,労働者の損害賠償義務の成立に限定を加え(例えば,故意・重過失がある場合にのみ労働者の損害賠償責任を認める。),また,損害の公平な分担という観点から労働者の損害賠償責任の範囲を信義則上限定する解釈が示されている。本問では,このような学説や裁判例の状況を踏まえつつ,本件事案の事実関係(媒体紛失行為の一因となった使用者側の事情,労働者の帰責性等)を考慮し,労働者の損害賠償義務の成否,及び,損害賠償義務が成立する場合に労働者が負担すべき損害賠償の範囲について論述することが求められる。
設問3では,使用者が労働者2名に対して行った経営上の理由による解雇の有効性が問われている。ここではまず,解雇について規定する就業規則や労働契約がない企業において,解雇権の根拠を確認する必要がある。その上で,経営上の理由による解雇(いわゆる「整理解雇」)
については,労働者側に帰責性のある事情を直接の理由とした解雇ではないことから,解雇の客観的合理性・社会的相当性の要件(労働契約法第16条)をより具体化した整理解雇の4要件(又は4要素)という観点からより厳しい制約が課されていることを指摘する必要がある。
本問においても,この整理解雇法理に照らして,本件解雇に,①人員削減の必要性,②解雇回避努力,③人選の合理性,④手続の妥当性が備わっているかを具体的に検討することが求められる。本件事案では特に,他事業場がない小規模会社において余剰人員の配転・出向等の措置を採っていないことを解雇回避努力の点でいかに考慮するか(②),経営方針の理解や改革への柔軟な対応といった抽象的な基準は合理的な人選基準といえるのか(③),朝礼の場での方針説明と被解雇者選定後の個別説明は整理解雇手続として妥当といえるのか(④)といった点が問題となり得る。これらの諸点等について論述しつつ,本件解雇の有効性を判断することが求められる。
本問は,設問1から設問3までを通して,懲戒処分,労働者への損害賠償請求,整理解雇といった近時頻発している労働法上の問題についての基本的な理解を問うものである。ただし,本問では,就業規則のない小規模企業の事案であることで,これまでの判例等が必ずしも想定してこなかった就業規則のない企業での懲戒処分の可否や解雇の法的根拠の所在等を理論的に考察することが必要になり,また,大企業の人事労務管理をモデルとして形成されてきた整理解雇法理において小規模企業の特殊性をいかに考慮するのかも検討課題となっている。
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 第1問設問1
1 X発明の特許請求の範囲は構成要件αの針を金属製の針と記載しているが、A製品は樹脂製の針を用いているから、構成要件を文言上充足せず文言侵害は成立しない。そこで均等侵害の成否が問題となる。
2 特許請求の範囲の記載は出願人が選択した文言によるものであり、出願時に予測し得なかった事情や他の表現可能性もあるから、文言と異なる構成であっても実質的に同一の技術的思想の実施といえる場合に権利の及ばないものとすれば、特許権による保護が形式的に失われ、第三者の侵害を容易に許すことになる。そこで、対象製品等が特許請求の範囲に記載された構成と異なる部分が存在する場合であっても、①異なる部分が特許発明の本質的部分でなく、②その部分を対象製品等におけるものと置き換えても特許発明の目的を達することができ同一の作用効果を奏し、③その置換えが対象製品等の製造時において当業者が容易に想到することができたものであり、④対象製品等が特許発明の出願時における公知技術と同一又はこれから当業者が容易に推考できたものでなく、かつ⑤対象製品等が特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、対象製品等は特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして特許発明の技術的範囲に属する(最判平成10年2月24日・ボールスプライン事件)。
3 本件では、X発明の技術的特徴は、縫合糸を挿入する針と保持する針とを固定部材により固定して2本の針を一体化し同時穿刺可能とした構成(構成要件α)にあり、腹壁と胃壁の縫合を短時間に迅速かつ確実に行うという課題の解決はこの構成によって達成される。針の材質は課題解決の手段としての技術的意義を有しないから、金属製か樹脂製かという相違は本質的部分ではない(①)。X発明の出願時において樹脂製の針が硬い針であることは当業者に自明であり、金属製の針に替えて樹脂製の針を用いてもX発明の作用効果を奏するから、置換可能性が認められる(②)。そして当業者はその置換えを容易に想到できたのであるから、置換容易性も認められる(③)。A製品が出願時の公知技術と同一又はこれから容易に推考できたものであるとの事情はない(④)。
4 問題は⑤の特段の事情である。本件では明細書に「その他の硬い針を用いてもよい」との記載がありながら、特許請求の範囲には金属製の針のみが記載され、出願から設定登録までの間に補正もされていない。
この点、出願人が明細書に他の構成も記載しながら特許請求の範囲に記載しなかった場合には意識的除外に当たるとする見解もある。しかし、特許請求の範囲に記載しなかったことが常に意識的除外となるとすれば、容易に想到できる出願時同効材について均等が認められる余地がほとんどなくなり、均等論の趣旨が失われる。そこで、出願時に容易に想到することのできる他の構成を特許請求の範囲に記載しなかったというだけでは特段の事情に当たらないが、客観的、外形的にみて、対象製品等の構成が特許請求の範囲の構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示しているといえるときは、特段の事情に当たると解する(最判平成29年3月24日・マキサカルシトール事件)。
本件の明細書の記載は「その他の硬い針を用いてもよい」という一般的な付加的記載にとどまり、樹脂製の針が金属製の針を代替することを認識しながらこれをあえて特許請求の範囲から除くという意思を客観的、外形的に表示したものとはいえない。むしろ硬い針一般を発明の実施に適するものとして開示するものである。よって特段の事情はない。
5 以上より均等侵害が成立し、A製品の製造販売はX特許権を侵害する。
第2 第1問設問2
1 Bが販売する製品はX製品の使用済み品を再生したものであり、X製品はXが適法に販売したものであるから、特許権の消尽の成否が問題となる。
2 特許権者が我が国において特許製品を譲渡した場合には、当該製品については特許権は消尽し、もはや特許権の効力は及ばない。その根拠は、①特許製品の譲渡ごとに特許権者の許諾を要するとすれば市場における商品の円滑な流通が妨げられ、かえって特許権者自身の利益にも反すること、②特許権者は譲渡の対価として発明の公開に対する報償を確保する機会を得ているから、二重の利得を認める必要がないことにある。
X製品の添付文書には「再使用禁止」と明記されているが、消尽は上記の政策的理由から特許権の効力の及ぶ範囲を画するものであって、特許権者の一方的な意思表示によりその効力を変更することはできない。よって添付文書の記載を理由に直ちに消尽の成立を否定することはできない。
3 もっとも、特許製品につき加工や部材の交換がされ、これにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められる場合には、特許権者は特許権を行使することができる。その判断は、当該特許製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様、取引の実情等を総合考慮してすべきである(最判平成19年11月8日・インクタンク事件)。
4 本件では、X製品は人体に穿刺して用いる医療用器具であり、滅菌状態の維持が必須である点で安全性の要求が高く、本来一回の施術で用いられることが取引上も想定されている。他方、BはX製品を分解し、各部品を洗浄し、再組立てをして滅菌処理を施すにとどまり、部品交換は行っていない。X発明の技術的特徴である構成要件αに係る針や固定部材という部材そのものは当初のまま用いられており、発明の本質的部分を構成する部材が入れ替えられたわけではない。
そうすると、Bの行為は製品の効用を回復させる修理の範囲内にとどまり、X製品と同一性を欠く製品が新たに製造されたとはいえない。医療機器としての安全性の問題は薬事法規や不法行為法により処理すべき問題であって、特許権の効力の範囲を左右するものではない。
5 よって消尽が認められ、Bの行為はX特許権を侵害しない。
第3 第1問設問3(1)
1 C製品は2本の針が固定部材によって一体化されていない点でX発明の構成要件を欠くから、C製品自体はX発明の技術的範囲に属せず、直接侵害は成立しない。また、C製品は一体化同時穿刺以外の態様で使用することが可能であり、X発明の実施にのみ用いる物とはいえないから、法101条1号の間接侵害も成立しない。そこで同条2号の間接侵害の成否を検討する。
2 同号は、物の発明について、その物の生産に用いる物であって日本国内において広く一般に流通しているもの以外のもののうち、その発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業としてその生産、譲渡等をする行為を侵害とみなす。
3 まず「その物の生産に用いる物」かが問題となる。「生産」とは、発明の構成要件を充足しない物を素材として、これに加工等を施して構成要件を充足する物を新たに作り出すことをいう。C製品の2本の針を一体化機構により係止し、さらに汎用クリップで留めると係合力が増し、一体化同時穿刺を安全に実施することが可能となるのであるから、この状態のC製品はX発明の構成要件を充足する。したがってC製品は、その物の生産に用いる物に当たる。C製品の添付文書に一体化状態での同時穿刺を禁ずる記載があるが、現に全使用症例数の3割で汎用クリップを用いた一体化同時穿刺が行われているのであるから、客観的にみて生産に用いられる物であることは否定されない。なお汎用クリップは広く一般に流通している物であるが、C製品はX発明の構成に対応した専用の器具であり一般に流通する物とはいえない。
4 次に「その発明による課題の解決に不可欠なもの」とは、特許発明の課題解決のために当該発明が新たに開示した特徴的技術手段について、その手段を特徴付けている特有の構成部分を提供するものをいう。X発明が開示した特徴的技術手段は、2本の針を固定部材により固定して一体化し同時穿刺を可能とすることにある。C製品は縫合糸挿入用の針と保持用の針を備え、これを係止する一体化機構を有しており、汎用クリップと組み合わせることで当該技術手段を実現する中核的な構成部分を提供している。よって課題の解決に不可欠なものに当たる。
5 主観的要件については、C製品が一般に一体化同時穿刺に使用されるものではなく、添付文書でこれを禁じている以上、警告前のCに認識があったとはいえない。しかし、Xは第三者機関による調査結果を摘示して、汎用クリップを留めた状態のC製品がX発明の技術的範囲に属し、その製造販売が侵害となる旨を警告している。これによりCは、X発明が特許発明であること及びC製品が現にX発明の実施に用いられていることを知ったといえる。よって警告後については主観的要件を満たす。
6 したがって警告後のC製品の製造販売について法101条2号の間接侵害が成立し、XはCに対しC製品の製造及び販売の差止めを請求することができる(法100条1項)。
第4 第1問設問3(2)
1 Cは、まず、法101条2号の間接侵害は主観的要件の充足を要するから、Xの警告によりCが認識を得る前に販売されたC製品については間接侵害が成立せず、その数量分については損害賠償義務を負わないと主張すべきである。法102条2項は侵害行為を前提とする規定であるから、侵害行為に当たらない期間の販売分を算定の対象とすることはできない。
2 次に、Cは、主観的要件充足後に販売したC製品についても、法102条2項の推定が覆滅されると主張すべきである。
同項は侵害者が侵害行為により受けた利益の額を特許権者の損害額と推定する規定であり、損害に関する法律上の事実推定である。その適用の前提として、侵害行為がなければ特許権者が利益を得られたであろうという事情を要し、侵害者はこれを妨げる事情を立証して推定を覆滅することができる。
本件では、C製品の全使用症例のうち汎用クリップを用いた一体化同時穿刺に使用されたものは3割にとどまり、残る7割はX発明の技術的範囲に属する物の生産には用いられていない。この7割についてはC製品が一体化同時穿刺以外の用途で使用されたものであって、Cの販売行為がなければXがX製品を販売することができたとはいえない。X製品は一体化同時穿刺のための器具であり、これを用いない施術の需要を満たすものではないからである。
したがって、少なくとも当該7割に相当する部分については損害が生じていないか、又はCの販売行為とX製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情があるとして、法102条2項の推定は覆滅されると主張すべきである。
第5 第2問設問1
1 丙が撮影した甲の写真は、デジタルカメラを用いて構図、採光、露光、シャッタースピード等を調節して撮影されたものであり、被写体の捉え方に撮影者の個性が表れているから、写真の著作物(著作権法2条1項1号、10条1項8号。以下「法」という。)である。
2 Aが著作者となるためには職務著作(法15条1項)の成立が必要である。本件では、撮影はAの企画するαの制作のために行われたからAの発意に基づくものであり、丙は当時Aの従業員であって業務に従事する者であり、撮影は丙の職務上行われたものである。また丙を著作者とする別段の定めもない。
問題は、当該写真がAの「自己の著作の名義の下に公表するもの」といえるかである。本件写真はαの制作の参考に資するために撮影され、開発部署外への持ち出しを禁じられ、αの完成後は廃棄を命じられていたのであるから、公表が一切予定されていない。
しかし、もっぱら法人等の内部で使用するものとして業務従事者に作成させた著作物が、公表が予定されていないことからかえって業務従事者の著作物となり、その者に公表権や公の利用に係る著作権が帰属するとすれば不合理である。そこで、同項の「自己の著作の名義の下に公表するもの」には、仮に公表するとすれば法人等の名義で公表することになるものも含まれると解する(東京高判昭和60年12月4日・新潟鉄工事件)。
本件写真は、仮に公表するとすればAの名義で公表されるべきものであるから、同要件を満たす。よってAが著作者であり、著作権を有する。
3 丙は、不特定多数の者が閲覧できるホームページ上で、当該写真を印刷したものの売却に応じる旨を告知している。印刷は複製(法21条)に当たり、その譲渡は譲渡権(法26条の2第1項)の対象であって、いずれも侵害されるおそれがある。よってAは、丙に対し、印刷及び譲渡の差止めを請求できる(法112条1項)とともに、侵害の予防に必要な措置として写真データの廃棄を請求することができる(法112条2項)。
第6 第2問設問2(1)
1 αは、Aの従業員が職務上作成しAの著作の名義の下に公表されたものであるから、職務著作としてAが著作者である(法15条1項、プログラムについては同条2項)。αはコンピュータ用ゲームソフトであって、影像により表現され物に固定されているから映画の著作物(法2条3項、10条1項7号)としての性質と、プログラムの著作物(10条1項9号)としての性質を併有する。またαには音楽の著作物(10条1項2号)であるβが複製されているが、βについてはAが乙から法27条及び28条の権利を特掲して著作権を全部譲り受けているから、Aが著作権者である。
2 映画の著作物の複製物については頒布権(法26条1項、2条1項19号)が及ぶ。もっとも、同項が映画の著作物について譲渡後も権利を及ぼすものとされた趣旨は、劇場用映画のように多額の費用を投じて製作され配給制度により流通が管理される著作物について、著作権者が流通をコントロールする必要があることにある。公衆への提示を目的としない家庭用ゲームソフトのような著作物については、その趣旨は妥当しない。そこで、公衆に提示することを目的としない映画の著作物の複製物が著作権者等により適法に譲渡された場合には、当該複製物についての頒布権のうち譲渡する権利は消尽すると解する(最判平成14年4月25日・中古ソフト事件)。
本件のαは家庭用ゲームソフトであり、Aが自ら複製物の販売を開始しているから、Bが販売する中古品についてAの頒布権は消尽している。αに複製されたβについても、適法に譲渡された複製物を通じて利用されるにすぎないから同様である。
3 プログラムの著作物については譲渡権(法26条の2第1項)が及ぶが、著作権者により公衆に譲渡された複製物の譲渡については権利が及ばない(同条2項1号)。本件もこれに当たる。
4 よって、AはBに対してαの複製物の販売の差止めを請求することができない。
第7 第2問設問2(2)
1 Bの「割賦販売サービス」が複製物の「譲渡」か「貸与」かが問題となる。貸与には、いかなる名義又は方法をもってするかを問わず、これと同様の使用の権原を取得させる行為を含む(法2条8項)。
本件のサービスでは、客は頭金を支払って直ちに商品の引渡しを受けるが、引渡しから6日以内であれば自由に返品でき残額の支払も免れることができる。すなわち客は頭金の負担のみで一定期間商品を使用し返還することができるのであって、外形上は販売の形式を採るものの、実質的には対価を支払って一定期間の使用の権原を取得させるものである。よって当該サービスは「貸与」に当たる。
2 そうすると、αの映画の著作物としての側面及びこれに複製されたβについては頒布権(法26条1項)が、プログラムの著作物としての側面については貸与権(法26条の3)が問題となる。
前述のとおり、公衆に提示することを目的としない映画の著作物の複製物については、適法な譲渡により頒布権のうち譲渡する権利が消尽するが、貸与する権利については、消尽を認める根拠である流通の円滑と二重の利得の回避はそのまま妥当しない。貸与は複製物の所有権を移転させずに反復して利用の対価を得る行為であり、著作権者が譲渡の対価によって回収し得た利益の範囲を超えるからである。よって貸与する権利は消尽しない。
また貸与権については法26条の2第2項に相当する消尽規定が置かれておらず、消尽しないと解される。
3 したがって、AはBに対し、αの複製物について当該サービスを提供することの差止めを請求することができる。
第8 第2問設問3
1 丁は、β’の作成が乙の同一性保持権(法20条1項)を侵害しないと反論すべきである。
2 乙はβに係る著作権を法27条及び28条の権利を特掲してAに全部譲渡している(法61条1項、2項)から、Aは適法に編曲権を取得し、丁はAの依頼により編曲をしている。もっとも、著作者人格権は著作者の一身に専属し譲渡できないから(法59条)、著作権の譲渡によって同一性保持権が移転するものではない。
しかし、著作権を全部譲り受けた者が与えた許諾に基づく改変について、著作者が常に同一性保持権の侵害を主張できるとすれば、著作権の全部譲渡を認めた法61条の趣旨が損なわれ、譲受人は取得した編曲権を事実上行使できないことになる。他方、著作権が全部譲渡されればいかなる改変も許されるとすれば、著作者人格権の一身専属性を定めた法59条の趣旨に反する。
そこで、両者を調和させるべく、著作権を全部譲渡した著作者は、譲受人又はその許諾を得た者による改変のうち、著作者の名誉又は声望を害するような改変については同一性保持権を主張できるが、それ以外の通常予想される範囲の改変については、譲渡の際に当然に想定していたものとして、「意に反して」改変を受けたものに当たらないと解すべきである。
3 本件では、丁は落ち着いた曲調であったβをビートの効いたテンポの速い曲調に編曲している。これはゲームソフトのBGMとして利用するために曲調を調整するものであり、楽曲の編曲として通常行われる範囲のものである。βの旋律そのものを滅失させたり、楽曲の価値を貶めるような改変ではなく、乙の作曲家としての名誉声望を害するものとはいえない。しかも乙はかつてAの依頼によりβを作曲し、法27条の権利を特掲して著作権を譲渡しているのであるから、Aによる利用目的に応じた編曲がされることは当然に想定していたといえる。
4 よって、β’の作成は乙の意に反する改変に当たらず、同一性保持権の侵害は成立しない。丁はこのように反論すべきである。
以上