司法試験 令和2年 知的財産法
問題文
[知的財産法]〔第1問〕(配点:50)
医療機器メーカーX社は,カプセル内視鏡Lを開発した。カプセル内視鏡とは,小型カメラ,ライト,モーターなどを内蔵したカプセル状の内視鏡であり,患者が飲み込むと消化器官の内部を順次撮影し,画像を体外に送信した後,肛門から自然排出されるものである。光ファイバーなどで体外とつながれた従来の内視鏡(いわゆる胃カメラなど)よりも患者への負担が少なく,これまで経口挿入が困難であった小腸も容易に撮影できるという利点がある。
以上の事実関係を前提として,以下の設問1ないし3に答えなさい。なお,設問1ないし3及び設問1の⑴と⑵はそれぞれ独立したものであり,相互に関係はないものとする。
〔設 問〕1. Xは,カプセル内視鏡Lの発明について,社内の職務発明規程に基づき特許を受ける権利を原始取得した上で特許出願をし,さらに査定前に同権利をY社に有償で譲渡した。Yは,特許を受ける権利を譲り受けてから,補正や出願の変更をしていない。
⑴ Yが査定を受ける前に,XからYへの上記譲渡契約は,Yによる代金の不払により,債務不履行を理由に解除された。特許庁がまだ査定をしていない段階で,Xは,どのような手段でYから特許出願人としての地位を回復することができるか。
⑵ Yに対して特許権が付与された後に,Yは更にZ社に特許権を譲渡した。その後,ZがLを製造販売して利益を得ていたところ,XからYへの特許を受ける権利の譲渡契約は,Yによる代金の不払により,債務不履行を理由に解除された。ここで,Zは,Yから特許権を譲り受ける時点で,YのXに対する債務不履行の事実について善意であった。Xは,Zに対して,訴訟上どのような請求が可能か。異なる見解にも留意しつつ論じなさい。
2. Xは,さらに,カプセル内視鏡Lを用いて小腸の疾病αの発症の有無を診断する方法Mを開発した。この診断方法Mを用いると,疾病αの発症を20%の確率で発見できるが,疾病αの初期徴候は患者によって多様であるため,残る80%についてはなお発見できない。また,診断方法Mを用いると,下痢などの副作用が必ず生じることも分かっている。
この診断方法Mは,特許法上,「発明」に当たるか。また,当該方法は,特許法上,「産業上利用することができる」ものに当たるか。
3. Xは,カプセル内視鏡Lを製造販売しているところ,このLには,撮影した消化器官内部の画像を効率よく逐次に体外へ送信する部品が内蔵されている。また,この部品には,通信機器メーカーW社が特許権Pを有するデータ送信装置の発明が用いられている。
ここで,Lは,医療機器における通信システムQの普及を目的とした日本の民間標準化団体Rが策定した通信規格Sに準拠した製品である。また,Wは,Rの会員として,Rの知的財産権ポリシーに従い,Rに対して,特許権Pが通信規格Sの必須特許である旨を通知するとともに,Pについて「公正,合理的,かつ非差別的な条件」(本件条件)で取消不能なライセンスを誰にでも許諾する用意がある旨の宣言(本件宣言)をしていた。
Wは,Xに対して,特許権Pに基づき,Lの製造販売の差止めと損害賠償をそれぞれ請求することができるか。
〔第2問〕(配点:50)
作家甲は,少年αが主人公として登場し,ボーイスカウト活動に参加しつつ青春を謳歌するという内容の小説Pを執筆した。Pの出版後,漫画家乙は,甲の許諾を得て,Pに基づいて漫画Qを作成した。Qには,αについて,その髪型や髪の色,瞳の色,顔の形,眉や目鼻立ち,ボーイスカウトの制服,体型などの特徴(以下「本件特徴」という。)が,生き生きと描かれていた。他方,Pには,本件特徴を含むαの絵画的側面の具体的,詳細な記載がされていなかった。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。なお,各設問はそれぞれ独立したものであり,相互に関係はないものとする。また,著作者人格権について触れる必要はない。
〔設 問〕1.Qを見た画家丙は,乙の許諾を得ただけで,甲の許諾を得ずに,本件特徴をよく捉えたαの肖像画R1を作成した。丙は,R1の複製物を製造して販売しようとしている。
甲は,丙に対して,R1の複製物の販売行為につき,著作権侵害に基づく差止めを請求することができるか。異なる見解にも留意しつつ論じなさい。
2.乙は,本件特徴をよく捉えたαの肖像画R2を作成した。その後,乙はR2の原作品(縦40㎝×横20㎝)を譲渡したが,R2については贋作が出回った。そこで,R2の原作品を所有するに至った美術商丁は,その真贋について,これを真作であると鑑定し,当該原作品を店内で展示した上,今後当該原作品と所在を共にして流通させるべく,鑑定証書Sを1通作成した。
丁は,鑑定対象である絵画を特定するため,R2の原作品を20%の面積に縮小し,縦16㎝×横10㎝のサイズにしたカラーコピー(以下「本件コピー」という。)を作成して,Sに貼り付けた。Sの大きさは,縦20㎝×横10㎝であり,その表面には,「鑑定証書」との表題の下に,「下記の本肖像画については,丁による厳正な鑑定の結果,乙が描き下ろした真作であると認められることを証明する。」との記載がされ,「記」と記載されたその下部に,本件コピーが大きなスペースをとって貼り付けられ,最下部に,R2の著作者が乙である旨の記載がされていたが,裏面には丁の屋号や連絡先の記載がされているのみであった。また,Sは,表裏一体のものとしてラミネート加工がされていたが,本件コピーの部分は取り外しができる構造となっていた。さらに,鑑定証書に鑑定対象である絵画のコピーを貼り付けることは,それまで丁の同業者の間でほとんど行われていなかった。
丁は,Sを,R2の原作品とともに譲渡しようとしていたため,乙は,丁に対し,Sの譲渡行為につき著作権侵害に基づく差止めを請求する訴訟を提起した。これに対する丁の反論として,どのような主張が考えられるか。その妥当性についても論じなさい。
3.乙は,Qが匿名の第三者により無断でインターネット上の電子掲示板に投稿されたため,当該掲示板の運営者戊に対し,そのことを伝えるとともに,Qの売上げが激減し乙が経済的打撃を受けており,受領後3日以内にその送信の停止を要請するとの内容証明郵便を送付した。戊は,掲示板運営者として当該掲示板に掲載された投稿の最終的な送信停止の権限を有しており,実際にも必要があれば直ちに送信停止を行うことができた。
戊の運営する当該掲示板は,プロの小説家や漫画家を志す人からの投稿を募る掲示板として始まり,公的機関からも表彰されるなど,良質の掲示板であるとして雑誌等にも紹介され,戊も,当該掲示板に,著作権を侵害する投稿は厳禁とする旨の注意書きを掲載し,送信停止の要請があった場合にも公正な調査を心掛けてその要否を決するなど丁寧に対応していた。しかし,当該掲示板の人気が高まり,大量の投稿がされるようになるにつれて,戊には,日々数百件もの送信停止の要請が寄せられ,戊はその対応に追われるようになっていた。また,戊は,当該掲示板について,広告収入を得ていたが,掲示板の運営費がかさみ,わずかの利益を得るにとどまっていた。このような中で,乙の上記内容証明郵便が送付され,戊は,これを受領し閲読したものの,特段の是正措置を採らずに,3週間,放置していた。
乙は,戊に対して,Qを送信する行為につき,著作権侵害に基づく差止めを請求することができるか。戊が運営する掲示板は,著作権を侵害しない用途に使用され得るものであることに留意しつつ論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
知的財産法〔第1問〕1 設問1は,特許を受ける権利の譲渡契約の解除による権利者の救済手段を問うものである。
設問2は,効果を発揮する確率が必ずしも高くない技術,副作用という弊害を伴う技術,及び人に対する医療行為のそれぞれについて,発明該当性と産業利用可能性を問うものである。
設問3は,標準必須特許に関するいわゆるFRAND宣言後の特許権の行使の可否を問うものである。
第1問の全体を通して,権利の帰属,客体,侵害という,特許法(以下「法」という。)
の幅広い分野についての理解と知識が求められている。
2 設問1については,まず,特許を受ける権利の譲渡契約の解除により契約の各当事者に原状回復義務が生じること(民法第545条第1項本文)が前提となる。
その上で,査定前における,譲渡契約の直接の相手方であるYとの関係が問われている⑴では,Xは,自己が特許を受ける権利を有する旨の確認を求める訴訟をYに対して提起し,その勝訴判決を添えて,特許庁で出願人名義変更の手続をとることになる。
また,登録後に特許権を承継したZとの関係が問われている⑵では,2つの考え方があり得る。1つは,解除の遡及効から,冒認(法第123条第1項第6号)を理由に,XはZに対して特許権の移転を請求できる(法第74条)というものである。その立場によると,Yの債務不履行の事実について善意のZは,有償の法定通常実施権(法第79条の2各項)を取得する限りで保護されることになる。今一つの考え方は,契約解除という特定の局面においては,民法上の原状回復制度(民法第545条第1項本文)が,特許法上の移転の特例制度(法第74条)に優先して適用されるというものである。その立場によると,Zが解除前の第三者として特許権の移転登録を既に経ていれば,XからZに対する特許権の移転請求は認められないことになる(民法第545条第1項但書)。これらいずれの考え方による場合でも,異なる見解にも留意しつつ,自己の立場を明らかにすることが求められる。
3 設問2については,まず,診断方法Mが疾病αの発症を20%の確率でしか発見できないことが問題となる。発明の定義(法第2条第1項)では,発明がその効果を発揮する確率や反復可能性については直接言及がない。もっとも,最判平成12年2月29日民集54巻2号709頁【黄桃の育種増殖法事件】によれば,「同条にいう「自然法則を利用した」発明であるためには,当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること,すなわち,反復可能性のあることが必要である。そして,この反復可能性は,「植物の新品種を育種し増殖する方法」に係る発明の育種過程に関しては,その特性に鑑み,科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り,その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。」とされている。本問では,人の疾病に係る診断方法の発明についても同様の規範が妥当するか,また,事案への当てはめとして20%の発症発見確率をどのように評価するのかを,社会に有用な技術の創出を促すという法の趣旨や,今後の改良発明の可能性等に照らして,説得的に論じることが望ましい。
また,本問においては,診断方法Mを用いると下痢などの副作用が必ず生じることも,問題となる。このような,その実施が弊害を伴う技術について,危険性等を理由に特許権の付与を否定する立場としては,未完成なので,そもそも「発明」(法第29条第1項柱書)に該当しないとする考え方や,発明ではあるが特許要件としての産業利用可能性(同項柱書)
を満たさないとする考え方等があり得る。他方で,実施に弊害が伴うとしても,それは別の(現在,または将来の)技術によって回避され得ること等を理由に,特許権の付与を肯定することも考えられる。本問では,関連する判例・裁判例(最判昭和44年1月28日民集23巻1号54頁【エネルギー発生装置事件】,東京高判昭和61年12月25日無体裁集18巻3号579頁【紙幣パンチ孔事件】等)にも触れながら,発明該当性や産業利用可能性の各要件の趣旨に照らして,規範の定立と当てはめを行うことが望ましい。
さらに,本問においては,Mが人の疾病αの発症の有無を診断する方法であることが問題となる。このような医療行為については,従事する医師について特許権侵害責任を免除する明文措置を欠く現行法の解釈としては,産業利用可能性(同項柱書)を欠くと解する以外にないとする裁判例がある(東京高判平成14年4月11日判時1828号99頁【外科手術を再生可能に光学的に表示するための方法及び装置事件】)。他方で,このように医療行為について広く特許性を否定するいわゆる川上規制に対しては,医師を免責する必要があるとしても,その手段として医療が「産業」でないと捉えることの不自然さに加えて,同じく医療に関わる物(医薬品,医療機器等)の発明が特許され得ることとの整合性や,医療行為の研究開発を促す必要性等からの批判がある。本問では,Mが診断方法の発明であることを前提に,そうした医療行為の特許性がなぜ問題とされているのかを明らかにした上で,自身の立場を展開することが望ましい。
4 設問3については,まず,問題の所在として,一方では,Xによるカプセル内視鏡Lの製造販売が,Wの有する特許権Pに関する特許発明の業としての実施(法第68条本文)に当たること,しかし他方では,Wは通信規格Sの必須特許であるPに関して,誰にでもFRAND条件で実施を許諾する用意がある旨の本件宣言をしていたことについて,それぞれ述べる必要がある。
その上で,このようなFRAND宣言された特許権に基づく権利行使に対して,実施許諾(ライセンス)の抗弁を否定しつつ,一定の範囲で権利濫用の抗弁を認めた,知財高裁の判断(差止請求については知財高決平成26年5月16日判時2224号146頁(②事件),損害賠償請求については知財高判平成26年5月16日判時2224号146頁(①事件)
【アップル対サムスン事件】)を踏まえて,その当否を論じた後に,定立した規範を本問に当てはめることが望ましい。
例えば,この知財高裁の判断と同様の見解を採るならば,①差止請求については,Xが本件条件によるライセンスを受ける意思を有するときには,Wの権利行使は権利の濫用(民法第1条第3項)に当たり許されないことになろう。また,②損害賠償請求については,(a)
本件条件でのライセンス料相当額を超える損害賠償請求は,Xがライセンスを受ける意思を有しない等の特段の事情がない限り認められず,(b)本件条件でのライセンス料相当額の範囲内の損害賠償請求は,著しく不公正であると認められるなど特段の事情がない限り認められることになろう。
〔第2問〕1 設問1は,販売行為の差止請求権を基礎付ける著作権法上の権利(著作権法(以下「法」
という。)第28条を介して原著作者が有する譲渡権(法第26条の2第1項))について,二次的著作物の部分利用に関する理解を問うものである。設問2は,鑑定の対象となる絵画のコピーを貼付した鑑定証書の譲渡に関し,引用(法第32条第1項,第47条の7)の各要件に関する理解を問うものである。設問3は,著作権を侵害しない用途に使用され得る電子掲示板の運営者に関して,その侵害主体性についての理解を問うものである。
2 設問1では,まず,著作者甲により創作された著作物Pが翻案されてQが作成されたことを踏まえて,Qが,Pを原著作物とする二次的著作物(法第2条第1項第11号)といえることを指摘する必要がある。その上で,甲が丙に対し差止請求(法第112条第1項)できるかにつき,丙が,原著作物Pの二次的著作物Qを見てR1を作成し,その複製物を製造して販売しようとしている行為が,法第28条を介して甲が有する譲渡権を侵害するといえるかが問題となる。
二次的著作物の部分利用に係る規範に関しては,最判平成13年10月25日判時1767号115頁【キャンディ・キャンディ事件】を念頭に置いて,自説を展開して論述しつつ,反対説を提示してこれに反論することが求められる。この点に関し,原著作者の譲渡権の侵害が成立するためには二次的著作物におけるその利用部分において問題となる原著作物の創作的表現が感得されることを必ずしも要しないとの見解を採った場合には,法第28条に「同一の種類の権利」と規定されていること,二次的著作物においては原著作物に依存しない部分はないことなどを指摘することとなろう。これに対して,原著作物の権利者が三次的,四次的な著作物等についても無限連鎖的に権利を有することとなりかねず不当であること,創作した者を保護するという法の趣旨に反することなどを指摘して,原著作物の創作的表現が感得されることを要するとの見解を採ることがあり得よう。そして,原著作物Pに本件特徴を含むαの絵画的側面の具体的,詳細な記載がされておらずR1についてPの創作的表現が感得できるとはいえないという本件事実関係の下において,それぞれの立場から,差止請求の可否を論ずることとなろう。
3 設問2では,まず,丁が,本件コピーを貼付したSの譲渡に関し,乙の差止請求に対して提起する反論として,適法引用(法第32条第1項,第47条の7)の主張が考えられる旨指摘する必要がある。その上で,その妥当性について,適法引用の各要件(「公表」された著作物であること,「引用」としての利用に該当すること,「公正な慣行に合致」するものであり,かつ,「引用の目的上正当な範囲内」であること)につき,最判昭和55年3月28日民集34巻3号244頁【モンタージュ写真事件】,知財高判平成22年10月13日判時2092号135頁【絵画鑑定証書事件】の判示を念頭に置きつつ,自説を展開して論述し,本件事案に適切に当てはめることが求められる。
まず,丁は,R2の原作品を店内で展示しているから,法第45条第1項,第4条第4項により,「公表」されたものとみなされることを指摘することとなろう。
次に,本件コピーを貼付したSの譲渡が「引用」としての利用に該当するかについて,引用側の表現と被引用著作物との関係を実質的に見たときに,前者が主,後者が従の関係にあり(附従性),かつ両者が明瞭に区別されているかどうか(明瞭区別性)により決するという見解を採った場合には,例えば,S記載の文言からすれば,本件コピーにより特定される肖像画が真作であるとの評価は「批評」に準じた行為であるとして「附従性」を肯定し,また,Sの表題,記載内容,体裁からすれば,鑑定対象を特定するために本件コピーが貼付されているといえるとして「明瞭区別性」も肯定することが考えられる。
なお,適法引用といえるために,引用側の表現につき,著作物性を具備することを要するかについても問題となるが,この点については,Sに記載された定型的文言や裏面の屋号等の記載(引用側の表現)につき,著者の個性が現れているとはいえず,著作物性を具備しているとは言い難いことを押さえた上で,自説の立場から一貫した説明ができていれば十分である。
また,本件コピーを貼付したSの譲渡が,「公正な慣行に合致」するものであるといえるかに関しては,法がこの要件を定めている趣旨を踏まえて,社会通念に照らして合理的と言い得る引用のみを許容する見解(条理説)が考えられるが,この点については,いずれの結論を採るにせよ,自ら定立した規範に適切に当てはめができていれば十分である。
例えば,「公正な慣行に合致」との要件を満たすとの結論を採る場合には,丁が本件コピーを貼付したSを譲渡しようとしているのは,今後の流通に際し鑑定対象である絵画を特定するためであり,適正な鑑定業務の一環と評価されること,SにはR2の著作者が乙である旨の記載もされ,適切な出所表示もされていることなどを指摘して,社会通念に照らして本件コピーを貼付したSの譲渡(本件における引用)には合理性が認められることを述べ,他方,業界において未だ慣行が存していないとしても,その内容を見なければ,当然に社会通念に照らして合理性を欠くとは言い難いこと,本件コピーの部分につき取り外しができる構造となっていたとしても,直ちに独立して流通するおそれが肯定されるものではないことなどを指摘して,社会通念に照らして当該引用に合理性が認められるとの上記結論を左右しないとすることが考えられるであろう。
さらに,本件コピーの貼付が,「引用の目的上正当な範囲内」であるといえるかが問題となる。この点についても,いずれの結論を採るにせよ,適切に当てはめができていれば十分である。例えば,「引用の目的上正当な範囲内」との要件を満たすとの結論を採る場合には,上記の引用の目的(今後の流通に際し鑑定対象である絵画を特定する。)を踏まえると,たとえ本件コピーがSの大きさ(縦20㎝×横10㎝)のうち大きな部分を占めるとしても,本件コピーの態様(R2の原作品を20%の面積に縮小したものである。)に照らせば,上記引用の目的との間で権衡がとれているものと評価できることなどを述べることが考えられよう。
以上のように,提示されている各事実を丁寧に当てはめて,本件コピーを貼付したSの譲渡が法第32条第1項に規定する要件を充足するかについて判断し,その判断に応じて,丁の反論の妥当性を述べることとなろう。
4 設問3では,乙が,電子掲示板運営者である戊に対して,Qを送信する行為につき,著作権侵害(公衆送信権侵害・法第23条第1項)に基づく差止め(法第112条第1項)を請求することができるかについて,戊が著作権侵害の主体といえるかが問題となる。電子掲示板運営者の侵害主体性を検討するに当たっては,最判昭和63年3月15日民集42巻3号199頁【クラブキャッツアイ事件】,最判平成23年1月18日民集65巻1号121頁
【まねきTV事件】,最判平成23年1月20日民集65巻1号399頁【ロクラクⅡ事件】,東京高判平成17年3月3日判時1893号126頁【2ちゃんねる事件】等の判示を念頭に置きつつ,自説を展開して論述し,反対説を提示してこれに反論することが求められる。
この点に関し,例えば,演奏権の侵害主体性を管理支配性と利益帰属性の有無から決した考え方(いわゆるカラオケ法理。上記【クラブキャッツアイ事件】)や,複製権の侵害主体性を複製実現の枢要行為該当性から決した考え方(上記【ロクラクⅡ事件】)を採った場合も,本件において,単なる場の提供や利益の取得から直ちに戊の侵害主体性を肯定することは相当でなく,戊の電子掲示板が価値中立的な媒体であるところを踏まえると,戊が自らの運営する電子掲示板において著作権侵害が存在することを認識したにもかかわらずそれから一定の期間内に適切な対応を採らなかったなどの戊の不作為が認められて初めて,その著作権侵害の侵害主体性が肯定できることを押さえる必要があろう。その上で,いずれの結論を採るにせよ,本件事案に適切に当てはめることが求められる。
例えば,戊が最終的な送信停止権限を有し,広告収入を得ていたこと,侵害通知を受領してから3週間という期間の間特段の是正措置を採っていないことを指摘し,たとえ戊が侵害厳禁の注意書きを掲載し,大量の送信停止要請が寄せられてその対応に追われていることを考慮したとしても,著作権侵害の投稿に対し一定の期間内に適切な対応を採らなかったと評価し得るものとして,戊の不作為自体が著作権侵害行為に該当するものと見ることが考えられよう。この場合,乙は,戊に対して,Qを送信する行為につき,著作権侵害(公衆送信権侵害)に基づく差止めを請求することができると帰結することになろう。
[労働法]〔第1問〕本問は,時間外労働に対する割増賃金を基本給に組み入れて支払う旨の約定がある場合における割増賃金請求の当否が争点となった事案を題材とするものである。
より具体的には,本問の事案は,月間労働時間の合計が180時間を超える月においてはその超える時間数に対して一定額を乗じた金額を基本給に加えて支払い,また,月間労働時間が140時間に満たない月においては140時間を下回る時間数に対して一定額を乗じて得た金額を基本給から控除して支払うが,月間労働時間が140時間から180時間までの範囲にとどまる月においては基本給の額を支払うという約定(以下「本件約定」という。)の下で,労働者が,月間労働時間が180時間を超えない部分における時間外労働に対する割増賃金の支払を請求したものである。これに対して,使用者は,月間労働時間が140時間から180時間までの範囲内にとどまる月の時間外労働に対する割増賃金は本件約定により基本給に組み入れられており,未払いの割増賃金はない旨を主張し,さらに,仮にそのような割増賃金の請求権が発生するとしても,労働者は,本件約定を含む雇用契約を締結したことにより,当該割増賃金を請求する債権を放棄したと主張する。
割増賃金の請求を巡る紛争は,近時,実務上も比較的多く見られるところであり,本問は,そうした今日的な紛争形態を題材に,割増賃金請求の当否を問うことを通じて,関係条文や判例,そこから導き出される規範の正確な理解とそれらを具体的な事件に的確に当てはめ,論述する能力を問うものである。
設問1では,労働基準法第37条第1項が時間外労働等に対する割増賃金の支払いを使用者に義務付けている趣旨を踏まえつつ,割増賃金について同項所定の計算式によらずに一定額の基本給に組み入れて支払う旨の本件約定の適法性について論じることが求められる。判例は,同条は同条等に定められた方法によって算定される額を下回らない額の割増賃金を支払うことを使用者に義務付けるにとどまり,使用者が労働契約に基づき同条等に定められた方法以外の方法により算定される基本給の一部を時間外労働等に対する対価として支払うことは,直ちに同条に反するものではないとし,その上で,その前提として,労働契約における賃金の定めについて,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができること(以下「判別性」という。)が必要であるとの規範を示しており(高知県観光事件・最判平成6年6月13日集民172号673頁,テックジャパン事件・最判平成24年3月8日集民240号121頁),こうした判例法理を正確に理解した上で解答する必要がある。
規範への当てはめにおいては,設例に含まれる各事情が持つ意味合いを的確に捉えて本件における判別性の有無を判断することが求められる。例えば,月ごとの時間外労働時間数は月によって勤務すべき日数が異なること等により月ごとに相当大きく変動し得るものであり,月ごとの割増賃金額を判別し難いという点や,本件約定において月間180時間以内の労働時間中の時間外労働に対して基本給の一部が他の部分と区別されて割増賃金とされていたことを示す事情があるかなどの点が判別性の判断において参考になろう。
設問2については,割増賃金債権が発生したとして,労働者が当該債権を放棄したと認められるかどうかが問題となる。賃金債権の放棄は一般に労働基準法第24条第1項に定める賃金全額払いの原則と抵触することになる。この点,判例は,同項が定める全額払い原則の趣旨は,使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し労働者に賃金の全額を確実に受領させるところにあり,労働者が自ら賃金を放棄する旨の意思表示をした場合にその効力を否定する趣旨のものであるとはいえないとする一方で,当該意思表示の効力を肯定するためには,それが自由意思に基づくものであることが明確でなければならないとした。その上で,労働者による賃金債権放棄の意思表示が有効とされ得るのは,その旨の意思表示について当該労働者の自由な意思に基づくものであると認められる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるとしている(シンガー・ソーイング・メシーン事件・最判昭和48年1月19日民集27巻1号27頁)。
本件においても,労働者が自ら賃金債権を放棄する旨の意思表示をしたと認められる事情があるか,当該意思表示について当該労働者の自由な意思に基づくものであると認められる合理的な理由が客観的に存在しているかどうかを,設例に示された事実関係に即して判断する必要がある。例えば,労働者が本件約定を締結するに当たり,月ごとの時間外労働時間数が相当大きく変動し得る中で,あらかじめその時間数を予測することが容易ではなかったと考えられることや,その一方で,本件約定における基本給が比較的高額であったことや労働者が140時間から180時間の範囲内で自分の勤務時間を適宜調整する柔軟性があると認識していた点などをどのように評価するかがポイントとなろう。
〔第2問〕本問は,使用者がいわゆる地域合同労働組合から申し入れられた団体交渉に応じないことが団交拒否と支配介入の不当労働行為に該当するかどうかという点,及びその場合において当該地域合同労働組合がどのような機関に,どのような法的根拠で,どのような内容の救済を求めるかなどの点について検討することを求めるものである。
本事例における主たる争点は,ⓐ労働組合が組合員名簿を提出しないことは団交拒否の正当な理由となるか,ⓑ当該従業員が社内の労働組合と社外の労働組合に二重に加入していることは団交拒否の正当な理由となるか,ⓒ会社の課長職である当該組合員は使用者の利益代表者(労働組合法第2条但書第1号)に該当するかといった点にある。これらの点は,近年の労使関係において度々生じる,実務上重要な問題であるが,確立された判例法理が存在する典型的論点ではなく,とりわけⓐとⓑは初見の論点であった受験者も少なくないと思われる。典型的論点の判例法理等を個々の事案に当てはめるにとどまらず,新たに生起する未知の問題に対して,法の趣旨に遡って柔軟に思考し,事案に応じた具体的な解釈・判断をすることができることは,法曹人に求められる重要な能力であり,本問は,受験者が暗記中心型の学習に傾倒していないことを確認するとともに,そのような柔軟な思考能力・適応能力があるかをも問うものである。
設問1では,本事例が団交拒否を中心とした不当労働行為事案であることから,救済機関として労働委員会と裁判所を,法的根拠として団交拒否(同法第7条第2号)と支配介入(同条第3号)をそれぞれ論じ,救済の内容については,労働委員会と裁判所にそれぞれ異なる救済を求めることができること(例えば,前者では誠実団交応諾命令とポストノーティス等,後者では団交を求める地位確認と損害賠償等を求めることができること)を論じることが求められる。設問は,救済の内容について検討すべき論点を挙げつつ論じることも求めており,この点については,例えば,不当労働行為の救済の内容についての労働委員会の裁量権の存否(第二鳩タクシー事件・最大判昭和52年2月23日民集31巻1号93頁参照)や,裁判所における団体交渉請求(団交応諾仮処分申立て)の可否等について論じることなどが求められている。
設問2では,設問1で述べた労働委員会及び裁判所に求める救済が認められるかが問われている。労働委員会には不当労働行為の成否の判断について裁量(要件裁量)は認められないという判例の立場(寿建築研究所事件・最判昭和53年11月24日集民125号709頁参照)
に立つと,労働委員会においても,裁判所においても,不当労働行為の成否に関する同一の判断に基づいて救済の可否が決まることになる。不当労働行為の成否の判断のうち,団交拒否(同条第2号)については,前記のように,ⓐE組合の組合員名簿の未提出及びⓑCの労働組合への二重加入がA社の団交拒否の正当な理由といえるか,ⓒ課長職であるCに利益代表者性が認められE組合の法適合性(自主性)が否定されるかについて検討する必要がある。ⓐでは本件の団体交渉においてC以外の組合員の特定を必要とする事情があるか,ⓑでは当該団交事項について二重交渉となるおそれがあるのか,ⓒではCの勤務実態等に照らしCの利益代表者性を肯定すべき事情があるかが,判断のポイントとなる。また,支配介入(同条第3号)の成否については,当該団体交渉をめぐる使用者の態度が組合を弱体化させる行為に当たるかを論じることとなる。
設問1・2を通して,本問は,不当労働行為事案に関する基本的事項を問うものであり,当事者間のやりとり等に着目すれば,論ずべき点を発見することはさほど困難ではない。不当労働行為制度の基本的な枠組みについての理解や,制度の趣旨に沿った柔軟な判断をする能力,それらに基づいて論理的に整理した論述をする能力など,法曹人としての基本的な能力が問われる。
[環境法]〔第1問〕本問は,土壌汚染対策法(以下「法」という。)の定める制度のうち,土壌汚染の対策発動の端緒としての汚染調査・報告に係る制度上の取扱いについての理解を問うとともに,併せて違反行為による結果に対する法的措置ないし救済の可能性の検討等を求めるものである。
法は,汚染土壌による地下水汚染や汚染土壌の直接吸引により,一般環境を経由して生じるおそれがある,人への健康リスクの低減を図ることを目的とする法律である。平成14年に制定され,土地の所有者等に,有害物質使用特定施設の廃止時等を契機として,敷地土壌についての汚染の状況を調査・報告させ,必要な場合にはその対策を講じさせる制度を設けている。
同法はその後の平成21年と平成29年に,調査すべき契機の拡大等を図る改正がなされている。
[設問1]⑴は,工場・事業場の有害物質使用特定施設廃止時に,敷地の土壌汚染の有無の専門調査機関による調査及び調査結果の報告を義務付けるとともに,その例外を定める法第3条の制度について問うものである。トリクロロエチレンは法の特定有害物質であり,本件施設は水質汚濁防止法の特定施設に該当することから,本来は,本件施設廃止時に土地所有者等であるA社は,敷地の汚染の状況につき調査し,その結果を知事に報告すべきであったことを記載する必要がある。また,同条第1項ただし書は,一般環境にある人に対しての健康リスクを生じさせる可能性が少ない一定の要件を満たしている場合に,知事からその旨の確認を受けることによって,調査・報告義務を免除されることを定めており,免除の可能性にも言及することが期待される。
次に[設問1]⑵は,平成21年改正で追加された一定規模を超える土地の形質変更の際の知事への事前届出及びこれに基づく調査・報告を求めている法第4条の制度についての理解を問うものである。法第3条第1項ただし書の確認を受けていない使用廃止の特定施設に係る工場等の敷地については,土地の形質変更の際の届出義務を負う規模要件に該当するものとしている本問の設例では,A社は法第3条第1項の定める手続に違背していることとは別に法第4条第1項の事前届出義務を負うこととなる(法第4条第1項は,同項ただし書1号で,法第3条第1項ただし書の確認を経た土地につき法第3条第7項以下の規定により届出義務を負うこととするが,それ以外の土地には法第4条第1項の適用を想定している)。
次に,[設問2]は,法第5条による知事の調査・報告命令発出等の余地についての検討を求めるものである。法第5条は,特定有害物質による汚染により人の健康に係る被害が生じるものとして,かなり細かく厳格に定められている政令の要件に該当する土地について,当該土地所有者等に,知事が,法第3条第1項・法第4条第3項と同様の調査・報告を命じることができるものとしている。単に汚染のおそれについて報道されたというだけでなく,B知事による井戸水の水質検査の結果,当該井戸に係る地下水が,特定有害物質であるトリクロロエチレンにより汚染されていることが明らかとなるなどの事情のほか,この井戸水が地域防災計画により災害時に人の飲用に供するものとされているなどの事情があれば,当該土壌汚染によって人の健康被害を生ずるおそれがあると認められ得ることとなり,当該地下水の水質汚濁の原因がA社の空き地にあると認められるときは,B知事は,A社に本件広場につき,法第5条による調査・報告を命ずることができる。命令により得られた調査結果に基づいて,法第6条によって,この土地を要措置区域に指定した上で,当該要措置区域内において講ずべき汚染除去の措置と措置の期限を示して,汚染除去計画を作成することを指示できることとなる。そして法第7条は,作成提出された計画によっては,その適合・変更を審査・命令でき,計画実施の履行がない場合には履行を命じることができる旨も定められている。本問の設例は,これらに該当し得ることを想定して出題されていることに気付いてほしい。このほか,知事は,法第54条によるA社への報告の徴収やその土地への立入検査権限の発動や,4条違反についての法第66条による罰則適用のための告発を行うことも可能であることを記すこともできよう。これに対し,法第16条以下の汚染土壌搬出行為の規制や違反への措置命令等は,要措置区域等の指定を受けた汚染土地であることを前提としており,したがって本問で適用できると考えることには疑問がある。
以上のほか,水質汚濁防止法第14条の3に基づく措置命令も,検討されてよい。
[設問3]は,近所の住民であるDらは,A社が,健康を害するおそれがある汚染土壌による地下水汚染を生じさせた場合,A社に対して,健康被害の防止その他人格権等侵害の未然防止のために,地下水の汚染の除去を求めることができかどうかの検討を求めるものである。
本問の場合,民事上の差止義務として,これに準ずる汚染浄化及び将来の汚染防止のための汚染土壌の浄化を命じるように求める余地があること(ただし,DらがA社の具体的行為内容を特定せず,汚染を環境基準以下とすることを求める包括的差止請求の可否に関しては論議の余地があること)等の記載が期待される。
なお,本問の設例では,健康被害が現に生じていることとはされていないが,特にC市によって,池の汚染を理由として公園利用が禁止又は制限されたような場合には,これによる利便の喪失に係る損害の賠償をA社に対して求める可能性も検討の余地がある。
〔第2問〕自然公園法(以下「法」という。)は,風致の維持と利用の増進を図ることを目的としている(法第1条)。他方で,権利者の財産権に対する制約を伴うことから,それとの均衡を図ることも求められている。本問は,具体的事例を踏まえた検討を通じて,法制度の基礎的理解を確認し,複雑な法令の適用能力とその過程を論理的に説明する能力を試す趣旨のものである。
設問1について我が国の自然公園は,管理者が土地の権利を有することを要件としない地域制の公園であり,権利者の土地利用に制限を加えるに当たっては,風致の維持と権利者の財産権保障との均衡を図る必要性がある(法第4条参照)。そこで,法は,公園計画(法第2条第5号)に基づき,その区域内に特別地域を指定することができることとし(法第20条第1項),さらに特別地域を特別保護地区,第一種特別地域,第二種特別地域,第三種特別地域に区分する(法施行規則第9条の2)一方,特別地域に含まれない区域を普通地域とし(法第33条第1項),それぞれの保護の必要性の程度に応じた規制を行っている。
こうした規制の在り方は一般にゾーニングと呼ばれているが,本設問では,法及び施行規則に基づく陸域のゾーニングの概要とともに,その背景にある財産権保障との均衡について説明することが求められている。
設問2について本事例は,国立公園の第一種特別地域内における建造物の新築又は改築が問題になる場面を取り上げている。特別地域内の工作物の新築又は改築は,許可制であり(法第20条第3項第1号),その許可基準は法施行規則第11条第6項に規定されているところ,同項が引用する同条第1項第2号イは,第一種特別地域内において行われるものでないことを要件としている。
これによれば,Aの計画する建造物の建築は,新築であれ改築であれ,許可されないことになる。
ただし,同規則第11条第6項ただし書は,同条第2項ただし書に規定する行為に該当するものはこの限りでないとしている。これによれば,Aの計画する建造物の建築が,「既存建築物の改築等」(定義は参考資料参照)であり,かつ,同条第1項第5号に掲げる基準に適合する場合には,同規則第11条第6項が準用する同条第1項第2号イの要件は適用されないため,第一種特別地域内における建築であることを理由に不許可とされることはない。もっとも,その場合も,同条第37項の基準は充足する必要がある。
本事例で挙げられている事実関係を基にすると,Aが計画しているホテルの再建築が「既存建築物の改築等」に該当するか否かが,許可を受けられるか否かに関して大きな分かれ目となるといえよう。災害で損壊したとはいえ,滅失したのはAの経営判断による取壊しの結果であるし,取壊しから3年を経過し,既に「ホテルCがない風致・景観」も形成されていると思われる。反面,災害により経済的全損という滅失したのと同様の状況に至ったともいえるし,そもそも国立公園に指定された時点でホテルC(旧建物)は既に存在していたのであり,第一種特別地域内とはいえ,「ホテルCがない風致・景観」に対し,Aに多大な財産権侵害を及ぼしてまで強い法的保護を与えるべきなのかという疑問の余地もあろう。
こうした本事例特有の悩ましさに向き合いつつ,条文の適用を丁寧に論理立てて行い,説得的に論述することが求められている。
設問3についてAの計画したホテルCの再建築が認められなかった場合の救済方法として,法が予定しているのは,損失補償である(法第64条)。
しかし,実際には自然公園法に基づく規制に伴う損失補償はハードルが高い。裁判例を見ても,特別地域指定の趣旨に著しく反するような不許可になることが明らかな行為の許可申請自体が権利の濫用であり,不許可による損失の補償は不要であるとするもの(東京高判昭和63年4月20日行集39巻3~4号281頁),周辺一帯の地域の風致・景観の保護の必要性,建物建築による風致・景観への影響,不許可に伴う土地の従前の用途に従った利用等が不可能ないし著しく困難になるか等を総合勘案し,財産権の内在的制約の範囲内であるとして補償を否定するもの(東京地判平成2年9月18日行集41巻9号1471頁)等がある。
ただ,本件におけるAの計画は,これら裁判例で問題とされた行為とは性質や状況を相当異にするので,本件固有の事情を踏まえた検討が必要である。
また,仮にAに対する不許可に伴う損失が補償の対象になるとしても,どの範囲の損失が,不許可に伴い「通常生ずべき損失」といい得るかという問題がある。学説としては,相当因果関係説(不許可処分と相当因果関係を有する損失が補償の対象),実損補償説(不許可処分に伴い出捐を余儀なくされた廃業費用など積極的実損のみが補償の対象),地価低落説(不許可処分に伴う地価の低落分のみが補償の対象)が挙げられるところ,補償額が土地所有者の主観的意図や思惑により左右される相当因果関係説には批判も多く,否定する裁判例もある(東京地判昭和57年5月31日行集33巻5号1138頁,東京地判昭和61年3月17日行集37巻3号294頁)。
本事例でAにとって最も切実な問題になるのは,Aの得べかりし利益(仮に許可を受けていれば,ホテルCの営業再開により得ることのできた利益)が補償されるか否かであろう。これについては,上記のうち相当因果関係説によれば補償の対象となる余地があるといえようが,その他の説による限り補償は困難と思われる。
損失補償の条文に触れることはもちろん,こうした裁判例や学説の趨勢も見据えた上で,いかなる結論であれ説得的に論述することが期待されている。
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参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 第1問設問1(1)
1 XからYへの特許を受ける権利の譲渡契約が債務不履行により解除された結果、各当事者は原状回復義務を負う(民法545条1項本文)。したがってYはXに特許を受ける権利を復帰させる義務を負い、実体法上は特許を受ける権利はXに帰属する。
2 もっとも、特許出願後における特許を受ける権利の承継は、特許庁長官に対する出願人名義変更の届出がなければ第三者に対抗できない(特許法34条4項。以下「法」という。)。Xが単独で名義変更の届出をすることはできないから、Yが届出に応じない場合、Xは手続上地位を回復できない。
3 そこで、Xは、Yに対し、本件出願に係る特許を受ける権利がXに帰属することの確認を求める訴えを提起し、その勝訴の確定判決を得たうえで、これを添付して特許庁に出願人名義変更の届出をすることになる。査定前であれば、この方法により出願人としての地位を回復することができる。
第2 第1問設問1(2)
1 解除の効果として特許を受ける権利はXに復帰するから、Yの出願は特許を受ける権利を有しない者による出願となり、冒認出願の無効理由(法123条1項6号)があることになる。そこで、真の権利者であるXは、Zに対して特許権の移転請求(法74条1項)をすることが考えられる。移転請求は特許権が第三者に承継された場合にも、現に特許権を有する者に対してすることができる。これが認められれば移転登録により特許権は初めからXに帰属していたものとみなされる(法74条2項)ので、Xは、Zに対し、Zが特許権者としてLを製造販売して得た利益について不当利得返還請求(民法703条、704条)又は不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条、法102条)をすることもできる。
もっとも、Zは移転登録前に善意で特許権を取得し、事業の実施をしていた者であるから、有償の法定通常実施権(法79条の2第1項、2項)を取得する。その限りでZは保護される。
2 これに対して、契約解除という局面では、民法上の原状回復制度(民法545条1項本文)が法74条の移転の特例に優先して適用されるとの見解もある。この見解によれば、解除前に特許権の移転登録を経ているZは民法545条1項ただし書により保護される第三者であり、XからZへの移転請求は認められない。
3 しかし、法74条は冒認出願がされた場合の真の権利者の救済手段として、無効審判によらず端的に権利を取り戻す途を開いた規定であり、第三者の保護は法79条の2の法定通常実施権によって図るという制度設計が採られている。この利益調整は特許法が自ら完結的に定めたものであるから、民法545条1項ただし書を重ねて適用する必要はない。よって前者の見解が妥当であり、Xの移転請求は認められる。
第3 第1問設問2
1 まず、診断方法Mが「発明」(法2条1項、29条1項柱書)に当たるかが問題となる。
発明は自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものである。自然法則を利用したといえるためには、当業者がそれを反復実施することにより同一の結果を得られること、すなわち反復可能性が必要である。もっとも、その確率が高いことまでは要しない(最判平成12年2月29日・黄桃の育種増殖法事件)。
本件では、診断方法Mにより疾病αの発症を発見できるのは20%にとどまるが、これは患者ごとに初期徴候が多様であることによるもので、Mを反復実施すれば一定の確率で同一の結果が得られること自体は客観的に裏付けられている。有用な技術の創出を促し、改良発明の基礎を提供するという特許法の趣旨からも、発見確率の低さのみを理由に発明性を否定すべきではない。よってMは反復可能性を有し、技術的思想の創作にも当たるから「発明」である。
2 次に、Mを用いると下痢などの副作用が必ず生じることが問題となる。
実施が弊害を伴う技術について、未完成であるとして発明該当性を否定し、あるいは産業上利用することができないとする見解がある。しかし、技術の危険性は、その技術が自然法則を利用して所定の作用効果を奏するか否かという問題とは別であり、また弊害は別の技術により回避される可能性がある。発明が自然法則に反し所定の目的を全く達し得ない場合には未完成として発明該当性が否定されるが(最判昭和44年1月28日・エネルギー発生装置事件)、本件のMは診断という目的を現実に達している。下痢という副作用も重大な危害とはいえず、医療上の利益と衡量して受容されうるものである。よって副作用の存在はMの発明該当性及び産業上の利用可能性を否定しない。
3 最後に、Mが人の疾病の診断方法であることから、「産業上利用することができる」(法29条1項柱書)かが問題となる。
医療行為に特許が付与されると、医師が治療の際に特許権侵害の責めを負うおそれが生じ、医療行為が阻害される。現行法は医師を免責する明文規定を欠くため、人間を手術、治療又は診断する方法は産業上利用することができる発明に当たらないと解さざるを得ない(東京高判平成14年4月11日)。
もっとも、この解釈には、医療が「産業」でないとするのは不自然であり、医薬品や医療機器という物の発明が特許されることと整合せず、医療技術の研究開発を阻害するとの批判がある。しかし、免責規定を欠く現行法の下では医師の診療を優先させるほかなく、保護の必要は立法により図るべきである。
したがって、診断方法Mは「発明」に当たるが、人の疾病の診断方法であるから産業上利用することができるものには当たらず、特許を受けることができない。
第4 第1問設問3
1 Xによるカプセル内視鏡Lの製造販売は、Lの部品にWの特許権Pに係るデータ送信装置の発明が用いられているから、業としての特許発明の実施(法68条本文)に当たり、形式的にはPの侵害となる。
2 これに対し、Xは、Wの本件宣言によりすでに実施許諾がされているとの抗弁を主張しうる。しかし、本件宣言は本件条件でライセンスを許諾する用意がある旨を表明したにとどまり、具体的なライセンス料等の条件は個別交渉により定まるものであるから、これにより直ちにXとの間に実施許諾契約が成立したとはいえない。よってライセンスの抗弁は認められない。
3 もっとも、WはRの知的財産権ポリシーに従い、誰にでも本件条件でライセンスを許諾する用意がある旨を宣言し、これを信頼して通信規格Sに準拠した製品開発をする者を生じさせている。この信頼を裏切って差止めを認めれば、標準化によって規格に組み込まれた必須特許の権利者が標準に従う事業者を市場から排除できることになり、標準化の目的に反する。そこで、FRAND宣言された必須特許に基づく権利行使については、信頼保護の観点から権利濫用(民法1条3項)の抗弁が認められると解する。
具体的には、差止請求については、相手方が本件条件によるライセンスを受ける意思を有するときは、権利の濫用に当たり許されない。XがFRAND条件でのライセンスを受ける意思を有している場合、Wの差止請求は認められない。
4 損害賠償請求については、ライセンス料相当額の填補を受けることは宣言の内容と矛盾しないから、本件条件でのライセンス料相当額の範囲内の請求は、著しく不公正であると認められるなどの特段の事情がない限り認められる。これに対し、これを超える額の損害賠償請求は、Xがライセンスを受ける意思を有しないなどの特段の事情がない限り権利濫用として認められない。
第5 第2問設問1
1 漫画Qは、甲の許諾を得て小説Pを翻案して作成されたものであるから、Pを原著作物とする二次的著作物(著作権法2条1項11号。以下「法」という。)である。甲は、Qの利用について、Qの著作者乙が有するものと同一の種類の権利を有する(法28条)。
丙は乙の許諾のみを得てQから本件特徴を捉えた肖像画R1を作成し、その複製物を販売しようとしている。甲は、法28条を介して有する譲渡権(法26条の2第1項)の侵害を理由に販売の差止め(法112条1項)を請求できるかが問題となる。
2 この点、法28条が「同一の種類の権利」と定め、二次的著作物には原著作物に依存しない部分はないことを理由に、二次的著作物の一部のみの利用であっても当該部分に原著作物の創作的表現が感得されることを要しないとする見解がある。
しかし、そのように解すると、原著作物の創作的表現と関わりのない部分の利用についてまで原著作者が権利を有し、三次的、四次的な著作物にも無限連鎖的に権利が及ぶことになり、創作した者を保護するという法の趣旨に反する。そこで、原著作者の権利は、二次的著作物のうち原著作物の創作的表現が直接感得される部分についてのみ及ぶと解する(最判平成13年10月25日・キャンディ・キャンディ事件の趣旨を本件に及ぼす場合は、この限定の有無が結論を分ける)。
3 本件では、R1は本件特徴、すなわち髪型や髪の色、瞳の色、顔の形、眉や目鼻立ち、制服、体型といったαの絵画的側面を捉えたものである。これらはQにおいて乙が創作的に描いた部分であり、小説Pには本件特徴を含むαの絵画的側面の具体的、詳細な記載はされていなかった。したがってR1からPの創作的表現を直接感得することはできない。
よって、甲は丙に対してR1の複製物の販売行為の差止めを請求することができない。もっとも、前記の見解に立てば甲の請求は認められることになる。
第6 第2問設問2
1 丁が本件コピーを作成してSに貼り付けた行為は肖像画R2の複製(法21条)であり、Sの譲渡は複製物の譲渡(法26条の2第1項)に当たる。これに対し丁は、適法な引用(法32条1項)に当たり、同条により複製できる著作物は譲渡により公衆に提供できる(法47条の7)から適法であると反論することが考えられる。
2 まず、引用の対象は公表された著作物でなければならない。乙はR2の原作品を譲渡しており、原作品の所有者である丁はこれを店内で展示できる(法45条1項)。この展示により美術の著作物であるR2は公表されたものとみなされる(法4条4項)。よってこの要件は満たす。
3 次に、「引用」といえるためには、引用して利用する側の表現と引用される著作物とが明瞭に区別して認識でき(明瞭区別性)、かつ前者が主、後者が従の関係にあること(附従性)を要すると解する(最判昭和55年3月28日・モンタージュ写真事件参照)。
本件では、Sは「鑑定証書」との表題の下に鑑定結果を証する文言が記載され、「記」の下部に本件コピーが貼り付けられているから、鑑定対象を特定するための図版として引用されていることが体裁上明らかであり、明瞭区別性が認められる。また、本件コピーにより特定される肖像画が乙の真作であるとの評価を示すことは批評に準じた行為であり、Sにおいて主たる内容は鑑定という丁の判断であって本件コピーは従たる地位にある。よって附従性も認められる。
なお、引用する側の表現に著作物性を要するとの見解もあるが、法32条1項は引用による利用の自由を認めたものであって引用側が著作物であることを要件とするものではない。Sの定型的文言や屋号の記載に著作物性がなくとも引用の成立は妨げられない。
4 「公正な慣行に合致」するかについては、社会通念に照らして合理的といえる引用のみが許されると解する。本件コピーを貼り付けたSの譲渡は、今後の流通に際し鑑定対象である絵画を特定するためであって適正な鑑定業務の一環と評価でき、SにはR2の著作者が乙である旨の記載もされ出所の明示(法48条1項1号)もされている。鑑定証書に絵画のコピーを貼り付けることが同業者の間でほとんど行われていなかったとしても、慣行が未成熟であることから当然に合理性を欠くとはいえない。また本件コピー部分が取り外しできる構造であっても、Sは表裏一体でラミネート加工されており直ちに独立して流通するおそれがあるとはいえない。よってこの要件も満たす。
5 「引用の目的上正当な範囲内」かについては、引用の目的との権衡によって判断すべきである。本件コピーはSの大きさのうち大きな部分を占めるが、鑑定対象を特定するという目的上必要であり、しかもR2の原作品を20%の面積に縮小したものであって、これが独立してR2の鑑賞用複製物として流通し乙の著作物の利用を妨げるおそれは小さい。よって正当な範囲内である。
6 以上より、丁の反論は妥当であり、乙の差止請求は認められない。
第7 第2問設問3
1 匿名の第三者による投稿はQを公衆送信(送信可能化)するものであり、乙の公衆送信権(法23条1項)を侵害する。問題は、掲示板運営者である戊が侵害の主体といえるかである。
2 侵害主体の判断は、物理的な行為者に限定されず、行為の管理支配の程度と利益の帰属等を考慮して規範的に行うべきである(最判昭和63年3月15日・クラブキャッツアイ事件、最判平成23年1月20日・ロクラクⅡ事件参照)。
もっとも、電子掲示板は著作権を侵害しない用途にも使用され得る価値中立的な媒体であり、単に投稿の場を提供し広告収入を得ていることから直ちに運営者を侵害主体とすれば、適法な利用の場をも失わせることになる。そこで、運営者は、自らの管理する掲示板において著作権侵害が存在することを認識し、又は認識し得たにもかかわらず、相当な期間内に送信停止等の適切な措置を採らなかった場合に、その不作為が侵害行為に当たるものとして侵害主体となると解する。
3 本件では、戊は掲示板に掲載された投稿の最終的な送信停止の権限を有し、実際にも必要があれば直ちに送信停止ができたのであるから、送信行為を管理支配しうる地位にあり、広告収入という利益も得ていた。そして乙から内容証明郵便により侵害の事実と送信停止の要請を受け、これを受領して閲読したのであるから、侵害の存在を具体的に認識した。それにもかかわらず3週間にわたり特段の是正措置を採らず放置している。
戊が侵害厳禁の注意書きを掲載し、従来は公正な調査を心掛けて丁寧に対応してきたこと、日々数百件もの送信停止要請に追われていたこと、利益がわずかであることは、戊に有利な事情である。しかし、乙はQの売上げが激減し経済的打撃を受けていることを具体的に示して3日以内の停止を求めており、調査に要する期間を考慮しても3週間の放置は相当な期間内の適切な対応といえない。
4 よって戊の不作為は侵害行為に当たり、戊は公衆送信権侵害の主体である。乙は戊に対し、Qを送信する行為の差止め(法112条1項)を請求することができる。
以上