司法試験 令和元年 知的財産法
問題文
[知的財産法]〔第1問〕(配点:50)
食品加工会社Xは,特許請求の範囲に「工程aと工程bを含むことを特徴とする食品中の成分P含有量の測定方法」(以下「本件発明」という。)と記載された特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。成分Pは,一般に健康に良いとされ,従来,食品中の成分P含有量の測定方法としては,工程aのみを含むものが広く使用されていたが,本件発明は,工程bの追加により全体の測定時間を顕著に短縮させたものである。また,本件発明は,Xの研究開発部門に所属していた甲がXにおける勤務時間中にXの施設においてXの資材を用いて完成させたものであり,本件発明完成時点のXの職務発明規程には,職務発明について,その発明が完成した時にXが特許を受ける権利を取得する旨が定められていた。
Xが本件特許権に係る特許出願(以下「本件出願」という。)をした後,甲は,Xを退職し,食品加工,測定機器の製造販売等を業とする会社Yに転職した。その後,Yは,加工食品の製造工程に,本件発明の技術的範囲に属する測定方法(以下「Y方法」という。)を使用して成分P含有量を測定する工程を組み込み,測定の結果,成分P含有量が基準値以上であることを確認した加工食品のみを成分P含有量の豊富な食品である旨を表示して販売している(以下,Y方法による測定を経てYが販売している加工食品を「Y製品」という。)。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。なお,各問はそれぞれ独立したものであり,相互に関係はないものとする。
〔設 問〕1.Yは,Xから特許権侵害の警告を受けたため,本件発明の完成の経緯を甲に確認したところ,甲は,上司に反対された研究を甲独自の判断で進める中で本件発明を完成させたのであるから,本件発明の完成はXから期待されておらず,甲が特許を受ける権利を有していると説明した。
そのため,Yは,Y方法の使用を続けたところ,Xは,Yに対して,本件特許権に基づき,Y製品の製造販売の差止め及びY製品の廃棄を求める訴訟を提起した。Xの請求に対するYの考えられる反論とその妥当性について論じなさい。
2.本件出願の特許請求の範囲には,出願当初,「工程aを含むことを特徴とする食品中の成分P含有量の測定方法」(以下「本件当初発明」という。)と記載されており,Xは,本件出願の出願公開後に本件当初発明の内容を記載した書面を提示してYに警告をした。しかし,本件出願前から工程aのみを含む食品中の成分P含有量の測定方法が広く使用されていたことを知るYは,Y方法の使用を続けた。
⑴ 仮にXが本件当初発明について特許権の設定登録を受け,Yに対して出願公開の効果としての補償金の支払を請求した場合,Yは,どのように反論すべきか。
⑵ 特許請求の範囲に本件当初発明が記載された本件出願について拒絶理由通知を受けたXは,特許請求の範囲を本件発明のとおり補正したが,補正後にYに対して再度の警告をしなかった。その後,Xは,本件特許権の設定登録を受け,Yに対して出願公開の効果としての補償金の支払を求める訴訟を提起した。Xの請求に対するYの考えられる反論とその妥当性について論じなさい。
3.Yは,本件発明の実施にのみ用いられる測定機器Mを製造し,それら全てを貿易会社Zに国内で販売している。Zは,それら全てを外国に輸出している。Xは,Yに対して,本件特許権に基づき,Mの製造及び販売の差止めを請求することができるか。
〔第2問〕(配点:50)
仏師X1は,宗教法人Y1寺からの依頼に応じて,青銅製の仏像彫刻作品A一体を作成し,Y1に納めた。Aは,高さ3メートルの仏像で,手脚を含む全身のポーズ,顔の表情,袈裟(着衣)のけ さデザインなどについて仏教美術の仕来りに従いつつも,X1独自の世界観・宗教観を反映した外観の表現αを有している。
Y1は,恒久的に展示・管理するとの条件でX1から許諾を得て,Y1の境内の屋外にAを設置し,門徒や観光客の参拝に供した。Aの姿は公道からは見えないが,毎日午前9時から午後5時までの間は誰でもY1境内に立ち入り,Aを見ることができる。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。なお,各問はそれぞれ独立したものであり,相互に関係はないものとする。
〔設 問〕1.仏像彫刻作品Aの外観の表現αの著作物性について,どのような点が問題となり,その点をいかに考えるかを説明しなさい。
また,商品として大量生産され,家庭内の仏壇に設置される,高さ20センチメートルの仏像彫刻Bの外観の表現βの著作物性について,更にどのような点が問題となり,その点をいかに考えるかを説明しなさい。ここで,βはαをそのまま縮小したものであり,両者はその大きさ以外は同一であるものとする。
2.Aが「Y1大仏」と称されて人気を博したため,Y1は,Aの正面写真をその中心に大きく配置した絵はがきPを自ら製造し,観光客に境内で販売するとともに,Y2を含む複数の土産物店にも販売した。次の⑴⑵のそれぞれにおいて,X1は,Y2に対して,著作権に基づき,絵はがきPの販売の差止めを請求することができるか。いずれもαが美術の著作物であり,Aがその原作品であることを前提に説明しなさい。
⑴ 絵はがきPの製造販売についてX1がY1に許諾しておらず,その事情をY2はY1からのPの購入時に知らなかったが,知らないことについて過失があった。その後,X1がY2に対して警告をしたために,Y2は,当該事情を知り,以後はPを購入することをやめたが,現在,それ以前に購入したPを観光客に販売している。
⑵ X1とY1は,X1がY1に絵はがきPの製造販売を許諾し,Y1がX1にPの売上げの5%を支払う旨の契約を締結していたところ,Y1はPの販売後も一切の金銭をX1に支払っていない。Y2は,この不払の事情を知りつつY1からPを購入して観光客に販売している。ここで,X1とY1の間で,Pの製造販売許諾契約は解除されていないものとする。
3.Aの顔つきは怒りを含んだ厳しい表情であるため,Y1の内部では不評であった。そこで,X1の死後すぐに,Y1は,より柔和な表情をした仏頭Cを自ら作り直し,Aの頭部を切り離してCとすげ替えた。ここで,切り離されたAの頭部は,そのまま梱包されてY1内に保管されている。X1の遺族である配偶者X2は,Y1に対して名誉回復等の措置を請求することができるか。αが美術の著作物であり,Aがその原作品であることを前提に説明しなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
知的財産法〔第1問〕1 設問1は,職務発明該当性及び方法の発明に関する特許権の効力の範囲等を問うものである。設問2⑴は,補償金請求権の行使の制限を問うものであり,設問2⑵は,補正後における補償金支払請求のための再警告の要否を問うものである。設問3は,間接侵害の成否を問うものである。
2 設問1については,第1に,上司に反対されながら甲が完成させた本件発明は職務発明(特許法(以下「法」という。)第35条第1項)に当たらず,特許を受ける権利を有しないXの本件出願に対してされた特許は無効にされるべきもの(法第123条第1項第6号)であるとの権利行使制限の抗弁(法第104条の3第1項)が認められるかが問題となる。法第35条第1項の「職務」該当性については,従業者が自発的に完成した発明でも,その従業者の本来の職務内容から客観的に見て発明の完成が使用者との関係で一般的に予定され期待されており,かつ,従業者に対する便宜供与や研究開発援助などにより使用者が発明完成に寄与していれば職務発明に該当するとの考え方(大阪地判平成6年4月28日判時1542号115頁【マホービン事件】)や,職務命令,従業者の地位,給与,職種,使用者の関与の程度等の諸般の事情を総合的に勘案して決定するとの考え方などがあるところ,これらを念頭に置きつつ,本件発明が職務発明に該当するのか否かについて,発明の完成が期待されていない旨の甲の説明をはじめとする設例の事実関係を踏まえて,自説を説得的に論述することが求められる。その結果,職務発明該当性が肯定される場合には,Xの職務発明規程により特許を受ける権利はXに原始的に帰属するため(法第35条第3項),冒認を理由とする権利行使制限の抗弁は認められないこととなろう。なお,冒認の無効理由について,特許を受ける権利を有する者ではないYは無効審判を請求することはできないが(法第123条第2項),権利行使制限の抗弁を主張することは可能であること(法第104条の3第3項)
に言及されていれば,積極的な評価が与えられよう。
第2に,本件発明が単純な「方法の発明」であるか「物を生産する方法の発明」であるかにより「実施」(法第2条第3項)の範囲が異なるところ,本件発明がいずれの発明であって,Y製品の製造販売が本件特許権の侵害に当たるか否かが,まず問題となる。この点については,「方法の発明」か「物を生産する方法の発明」かは,特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものであると判示した最判平成11年7月16日民集53巻6号957頁
【生理活性物質測定法事件】を踏まえつつ,本件事案に当てはめることが求められる。次に法第100条第2項に基づくY製品の廃棄請求の可否,すなわち,同項は同条第1項「による請求をするに際し」と定めており,差止請求に附帯して請求すべき同条第2項の請求としてどのような請求が認められるか,Y製品の廃棄は同項の「侵害の予防に必要な行為」に当たるのか,といった点が問題となる。この場合,同項の「侵害の予防に必要な行為」との関係では,特許発明の内容,侵害行為の態様及び差止請求権の具体的内容等に照らして,差止請求権の行使を実効あらしめるものであって,かつ,差止請求権の実現のために必要な範囲内のものであることを要すると判示した前掲【生理活性物質測定法事件】最判が存在することも念頭において,自説を展開し本件事案に当てはめることが求められる。
3 設問2⑴については,法第65条第1項の補償金請求権の行使を制限する理由と適用条文が問題となる。すなわち,本件出願前から広く使用されていた本件当初発明は,本件出願前に公然実施された発明(法第29条第1項第2号)に当たり,特許には無効理由(法第123条第1項第2号)があるため,Yは,Xによる補償金支払請求に対して,法第65条第6項で準用される法第104条の3第1項に基づき,補償金請求権行使の制限の抗弁を主張することができることを述べる必要がある。
4 設問2⑵については,補償金請求権の行使について法第65条第1項は警告又は悪意を要件としているところ,Yは補正後に再度の警告をしていないため,補償金請求権の行使が認められないかが問題となる。この点については,法第65条第1項が警告又は悪意を要求する趣旨を第三者に対する不意打ち防止と解した上で,警告後の補正により登録請求の範囲が減縮され,第三者が実施している物品が補正前後を通じて考案の技術的範囲に属する場合には,再度の警告は不要であり,第三者に対する不意打ちにはならない旨判示した最判昭和63年7月19日民集42巻6号489頁【アースベルト事件】を念頭において,本件事案に当てはめる必要がある。その場合,Y方法は補正前後を通じて本件(当初)発明の技術的範囲に属すると考えられる一方,本件出願には拒絶理由があるため特許権は設定登録されないだろうとYが期待したと考えられることを踏まえて,そのような期待が保護されるべきか否かについて,自説を説得的に論述することが求められる。
5 設問3については,本件発明の実施にのみ用いられる測定機器MがZにより全て外国に輸出される場合における専用品(「にのみ」)型間接侵害の成否(法第101条第4号)が問題となる。この点については,直接侵害が成立しない場合の間接侵害の成否をめぐり,独立説,従属説,折衷説といった考え方があることを念頭におきつつ,外国で直接実施されるために直接侵害が成立しない場合の間接侵害の成否について,Yが国内で製造販売したMをZが輸出している設例の事実関係を踏まえて自説を論述することが求められる。
〔第2問〕1 設問1は,美的鑑賞に加えて宗教上の信仰目的も有する作品の著作物性(著作権法(以下「法」という。)第2条第1項第1号)について,一品制作された物品と,商品として大量生産される物品のそれぞれに関する理解を問うものである。設問2は,公開の美術の著作物等の利用に関する著作権の制限(法第45条第2項,第46条)の理解を前提に,⑴善意者に係る譲渡権(法第26条の2第1項)の特例(法第113条の2)と知情頒布によるみなし侵害(法第113条第1項第2号)の理解,及び,⑵譲渡権の消尽(法第26条の2第2項第1号)と債務不履行との関係の理解を,それぞれ問うものである。設問3は,著作者が存しなくなった後における人格的利益の保護(法第60条)をめぐり,同一性保持権(法第20条第1項)の侵害となるべき行為とその制限であるやむを得ないと認められる改変(同条第2項第4号),及び,その保護の効果としての名誉回復等の措置請求(法第116条第1項,第115条)に関する理解を問うものである。
2 設問1では,まず,一品制作された美術工芸品(法第2条第2項)であるαの著作物性については,αが表現に一定の制約がある仏像彫刻作品Aの外観の表現であることから,特に創作性の有無が問題となる。著作物として求められる創作性は,他の作品とは異なる著作者の個性が何らかの程度表れれば足りると解されるところ,一方では仏教美術の仕来りに従うなど選択の幅が限られることについて,他方では仏師X1の世界観・宗教観が反映されていることについて,それぞれどのように評価するかに言及しながらαの著作物性を検討することが求められる。
次に,βの著作物性については,αと同じく仏像彫刻Bの外観の表現でありながら,Bが商品として大量生産され家庭内の仏壇に設置されることから,その著作物性をどう考えるかが問題となる。美的鑑賞性に加え実用性をも兼ね備え量産される作品の著作物性については,いわゆる応用美術の問題として議論されているところ,裁判例・学説共に立場がいまだ分かれており決着を見ていない。例えば,応用美術の著作物性を美的鑑賞のみを目的とした作品(いわゆる純粋美術)のそれと同様の基準で判断するとの立場(知財高判平成27年4月14日判時2267号91頁【TRIPP TRAPP事件】)や,実用目的に必要な構成(機能的制約を受ける要素)から分離できる美的特性を備えた要素に限って著作物として保護する立場(知財高判平成26年8月28日判時2238号91頁【激安ファストファッション事件】)等がある。そこで,純粋美術の著作物性判断基準との異同に留意しながら,また,著作権法とは異なる手法で工業デザインを保護する意匠法との相互関係にも言及しつつ,それぞれの立場で一貫した説明をすることが求められる。
3 設問2⑴では,Y1の境内には誰でも立ち入れるが,時間的な制限があるので,美術の著作物αの原作品であるAは「一般公衆に開放されている屋外の場所」に恒常的に設置(法第45条第2項)されているかが問題となる。これを肯定した場合には,設置についてY1はX1の許諾を得ていることから,その後は原則として,αについていかなる利用も可能となる(法第46条柱書)。
しかし,Y1は,専ら美術の著作物の複製物(絵葉書P)の販売を目的として複製し,その複製物をY2に販売しているので,Y1の行為はX1の複製権(法第21条)と譲渡権(法第26条の2第1項)の侵害に当たる(法第46条第4号)。
その結果,Y2は,著作権を侵害する物品Pを公衆に譲渡していることになり,さらに,P譲受時にY1による侵害事実について善意有過失なので,善意者に係る譲渡権の特例(法第113条の2)の適用はないため,譲渡権(法第26条の2第1項)の侵害が成立する。
また,Y2はX1から警告を受けた後はY1による侵害事実について悪意に転じ,以後の頒布と頒布目的所持は,著作権侵害とみなされる(法第113条第1項第2号)。
4 設問2⑵では,Y1のライセンス契約違反が,著作権侵害を基礎付けるかどうかが問題となるところ,Y1が履行しなかったX1に対する債務(ライセンス料支払義務)の法的性質や発生根拠等に着目しながら,本問に当てはめて検討することが求められる。本問の事実関係に照らせば,Y1の同義務違反は著作権侵害には当たらないため,Y1によるPのY2(公衆)への譲渡により譲渡権は消尽し,更なるY2による公衆への譲渡は適法となるであろう(法第26条の2第2項第1号)。ここで,Y1によるライセンス料の不払いにつきY2が悪意であることは,この結論を左右しない。
5 設問3では,Y1の行為は著作者X1の死後になされているが,X1が存しているとしたならば著作者人格権の侵害となるべき行為(法第60条本文)に該当するかが問題となる。
この点について,まず,Y1によるA仏頭のCへのすげ替えは,著作物αの改変であり,αの著作者X1が存しているとしたならばその同一性保持権(法第20条第1項)の侵害となるべき行為に当たる可能性があることを指摘する必要がある。
次に,Y1による改変は,やむを得ないと認められる改変(法第20条第2項第4号)
に当たるかが問題となり,この点について判断基準を示して,改変の理由が信者ではなくY1内部で不評であったことや,仏像全体の新造が可能であったと考えられることなどの事情を考慮して検討することが求められる。
さらに,X1の死亡直後であり,仏頭の首のすげ替えという態様の性質に鑑みれば,たとえ仏頭がY1内部に保管されていたとしても,なお当該改変行為はX1の意を害しない(法第60条ただし書)とはいえないだろう。
したがって,X1の最優先遺族であるX2は,Y1に対して名誉回復等の措置請求(法第116条第1項,第115条)が可能である。ここで,名誉回復等の措置請求の具体的内容,例えば事実経緯広告,謝罪広告,原状回復(仏頭の再すげ替え)等を請求することの可否について,更に説得的に論じられていれば,積極的な評価が与えられる。
[労働法]〔第1問〕本問は,期間の定めのない労働契約により雇用されていた労働者に対する,成績不良と反抗的態度を理由とする解雇について,解雇の事由・手続の両面からその効力を検討し,さらに事後に発覚した事由(経歴詐称)の取扱いについても論じることを求めるものである。解雇に関して関係条文・判例が定立している規範を正確に理解した上で,具体的事案に的確に適用することができるか否かが問われている。
設問1では,まず本件解雇の性格(普通解雇)を確認した上で,就業規則所定の解雇事由の該当性と労働契約法第16条の権利濫用が成立するか否かを,事実関係に照らしながら議論することが求められる。詳細な事情が分からないので明確な結論を出すことは困難であるが,自分なりの評価に基づいて一定の方向を示すことが望ましい。また,解雇の手続として,本件では労働基準法第20条第1項の予告又は予告手当の支払がなされていないが,同項但書の例外に該当するか否か,就業規則条項との関係,法違反の場合の効果などについて,判例(細谷服装事件・最判昭和35年3月11日民集14巻3号403頁)の立場にも留意しながら検討した上で,結局,訴訟において具体的にどのような請求をなすことが可能あるいは適切かを論じてほしい。
設問2では,新たに発見された採用時の経歴詐称の評価,特に懲戒解雇事由に該当するか否かを論じる必要があろう。その上で,第1に,本件解雇の時点では使用者がそれを認識していなかったにもかかわらず,同解雇の効力を争う訴訟において援用することができるか否かが,重要な論点となる。類似の判例(山口観光事件・最判平成8年9月26日労判708号31頁)
はあるが,解雇が懲戒解雇であった点が異なっており,この点を意識した上で説得的に議論を組み立てる必要がある。第2に,上記の事後的な援用が否定された場合に,改めて解雇をすることが考えられるが,その場合の解雇の種類の選択,主張の仕方,賃金及び退職金の処理などについて,きちんと整理をして論述することが望まれる。
〔第2問〕本問は,労働協約に基づいて設置されている労働組合の掲示板から使用者が掲示物を撤去したこと,及び労働協約に基づいてなされていたチェックオフについて労働協約の解約により廃止することが,それぞれ支配介入の不当労働行為に該当するか,並びにその場合の救済機関及び具体的な救済方法について検討することを求めるものである。いずれも集団的労使関係に関する基本的な論点であり,労働組合法第7条の不当労働行為,同法第15条の労働協約の解約,組合費のチェックオフなど,同法及びこれに関連する主要な規範について正確に理解した上で,具体的事案に的確に適用することができるかが問われている。なお,使用者による掲示物撤去,チェックオフ廃止は,近年,注目される裁判例のあった事項であるが(東海旅客鉄道事件・東京高判平成29年3月9日労判1173号71頁,大阪市チェックオフ廃止事件・東京高判平成30年8月30日労判1187号5頁),これら裁判例の判断枠組みと同じ構成によるか否かにかかわらず,不当労働行為制度に対する基本的かつ正確な理解と,規範の明示,説得力ある論述がなされているかどうかが重要である。
設問1では,労働協約に基づく掲示板の利用と掲示物撤去の事案であるから,施設管理権(国鉄札幌運転区事件・最判昭和54年10月30日民集33巻6号647頁)の議論ではなく,労働協約の解釈・適用について論じる必要がある。労働協約に定める撤去要件への該当性をどのような枠組み・考慮要素で判断するかを論じた上,本件の事実関係への当てはめにおいては,苦情処理制度や団交拒否をどう考えるかについても検討することが望ましい。
設問2では,本件のチェックオフの労働協約は,期間の定めのないものであるから,労働組合法第15条第3項・第4項による解約が可能であることの正確な理解と明示が不可欠である。
しかし,同条項による解約が有効でも,チェックオフの私法上の法律関係と支配介入の成否は別であり,解約が有効だからといって支配介入に該当しないわけではない。この点を理解した上で,支配介入の該当性の判断における考慮要素や考え方などが問われており,不当労働行為制度の理解に根差した論述と,本件の事実関係の整理・当てはめが求められる。
[環境法]〔第1問〕本問は,公害対策の政策目標である環境基準に関する基本的理解を前提として,水質の環境基準に焦点を当てて,水質汚濁防止法(以下「水濁法」という。)に基づく環境基準の達成手法及び環境基準が設定されていない物質への対応を問うものである。現在,水質の環境基準のうち健康項目に関しては,全国的に環境基準がほぼ100%達成されているものの,生活環境項目については,特に閉鎖性海域及び湖沼において環境基準が未達成のところも少なくない。国と地方公共団体の役割分担を踏まえつつ,汚染源の種類・性質に応じた対策について論じることが期待される。
設問1では,水質の環境基準は,環境基本法第16条に基づいて健康項目と生活環境項目に分けて設定されていること(同条第1項),健康項目は全公共水域一律の基準であるのに対し,生活環境項目については二以上の類型を設け,それぞれの類型を当てはめる水域を指定するものとして定められていること(同条第2項)を理解した上で,資料の環境省告示を参照しつつ,①生活環境項目については,河川(湖沼以外と湖沼)と海域という水域ごとに利用目的に応じた類型ごとの基準が設けられていること,②基準の達成期間については,健康項目に関しては直ちに達成とされているのに対し,生活環境項目に関しては段階的達成も認められていることを指摘する必要がある。
また,このように設定方法が異なる理由について,人の健康は何ものにも優先して尊重されなければならないため,健康項目に関しては,数値に差を設けたり,一部の水域には適用しないこととしたりするのが適当ではないのに対し,生活環境項目に関しては,①水産業の生産物等も保護対象に含まれ(環境基本法第2条第3項),②保護されるべき利水目的が公共水域ごとに多種多様であるから,基準を一律に設けることが適当ではない旨を述べることが期待される。
設問2では,A県においては,従来,水質汚濁防止法第3条第1項に基づく一律排水基準が適用されてきたが,生活環境項目であるCOD,全窒素,全燐及び亜鉛に関する環境基準が一部海域において未達成であるという状況が20年以上にわたって続いているという状況に対し,都道府県が水質汚濁防止法上採り得る措置について,工場・事業場及びそれ以外の汚染源に分けて論じる必要がある。その際,水濁法は一律排水基準のみで環境基準を達成できない場合の工場・事業場対策として,排水基準の上乗せによる濃度規制と汚濁負荷量に関する総量規制を設けているから,工場・事業場対策については,両方の措置について言及する必要がある。
第1に,排水基準の上乗せに関して,COD,窒素,りん及び亜鉛に関する一律排水基準は,水濁法第3条第2項にいうその他の汚染状態に関する基準として排水基準を定める省令第1条の別表第2に掲げられているが,水濁法第3条第3項により,この一律排水基準に代えて,より厳しい基準の設定が可能であり(上乗せ基準),A県においても,より厳しい許容限度を設定することが考えられることを指摘する必要がある。
また,排水基準を定める省令によれば,生活環境項目の排水基準は,1日当たりの平均的な排出水量が50立方メートル未満の特定施設には適用されないこととされているが,水濁法第3条第3項に基づいて,これら生活環境項目に係る一律排水基準が適用されない小規模事業場に排水基準を適用することも可能であり(裾出し規制),A県には,小規模な旅館も多数あることから,裾出し基準の設定を検討すべき旨を指摘することが期待される。
さらに,海域Fにおいて全亜鉛の環境基準が達成されていないことについては,A県には亜鉛について暫定基準が適用されているめっき工場が集積していることに着目することが望まれる。暫定基準は,排水基準違反には直罰規定が適用されること,業種により技術的に直ちに基準を遵守することが困難な場合があること等から経過的措置として認められているものであるが,長年にわたり環境基準が達成されていない状況を踏まえ,亜鉛の暫定基準に関する上乗せの可否について論じることが考えられる。水濁法にはこれを禁じる明文規定はなく,実務上も,環境基準が達成されていない場合に暫定基準について上乗せ規制を行うことは差支えないと解されているが,生活環境項目に関する環境基準の趣旨,暫定基準の趣旨,A県の現状,比例原則等を考慮して論じられていれば,可否いずれの結論であっても差し支えない。
なお,特定事業場以外にも発生源施設がある場合には,当該施設に対し,条例により独自の排水基準を設けて規制を行うことも考えられるが(水濁法第29条第3号),本問では,この点に言及しなくとも差支えない。
第2に,総量規制に関しては,海域について総量削減計画を策定し(同法第4条の3),総量規制基準の設定が可能であることを指摘した上で(同法第4条の5),知事が総量削減計画の作成等をするためには環境大臣による基本方針の作成と政令による指定地域の設定が必要であること(同法第4条の2)に触れる必要がある。さらに,本件において政令指定がされない場合の措置として,都道府県独自に総量規制を設けることの可否について論じることも考えられる。
第3に,工場・事業場以外の汚染源のうち,生活排水対策については,非規制的手法が基本とされており(同法第14条の5以下),生活排水対策には,家庭における対策(努力義務)(同法第14条の7)と地域における対策(下水道整備等)があることを踏まえた上で,都道府県知事は生活排水対策重点地域の指定が可能であること(同法第14条の8),当該地域において生活排水対策推進計画を作成し,計画に基づく施策を実施するのは市町村であるが,知事は対策の推進に関する助言・勧告が可能であること(同法第14条の9)を指摘する必要がある。
また,農地については,水濁法では具体的措置が定められていないことを指摘した上で,このようなノンポイントソース対策の重要性について指摘することが期待される。
設問3では,排水基準が設定されていない物質に関する条例による横出し規制の可能性が問われている。①排水基準が設定されていない物質に関する排水基準の設定は,いわゆる横出し規制であり,上乗せ規制とは根拠条文が異なること(同法第29条),②上乗せ基準の設定主体は都道府県とされているが(同法第3条第3項),同法第29条は,地方公共団体一般を対象にしているため,G市も条例による規制が可能であると考えられることを踏まえた上で,同法第29条第1号は有害物質を横出し規制の対象から除外しているが,同条同号にいう有害物質は,政令が定める物質であるから,水濁法の規制対象外の物質Pの規制は可能であることを指摘する必要がある。上乗せ条例と異なり,この場合の基準は一律排水基準に代えて適用される基準ではないため,条例では,基準を遵守させるための仕組みについて,全て独自に定める必要があることについても触れていれば加点する。
〔第2問〕第2問は,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。)の規制構造の基本的な理解と,最新の改正についての理解を問うものである。廃掃法では,事業者は廃棄物を自ら処理することが基本になっており(廃掃法第11条第1項),運搬や処理を他人に委託する場合は原則として許可業者に委託しなければならない(廃掃法第12条第5項以下)。設問1はこの基本的な廃掃法の構造の理解を問うている。また,平成29年の改正では,廃棄物ではないが,廃棄物と同様の取扱いを要求する「有害使用済機器」に関する規制が新設されたが,設問2はその理解を問うものである。
〔設問1〕では,まず,使用済み家電機器の処理により生じる廃プラスチック片が廃掃法上の「廃棄物」であるか否かを検討する必要がある。この点,廃掃法第2条第4項第1号では,「廃プラスチック類」が産業廃棄物として挙げられているが,これは「事業活動によって生じた廃棄物」であることが前提であり(同号),廃棄物性の検討はやはり必要になる。そして,廃棄物性の検討は判例の「不要物」の判断方法に従うべきであるが,問題文の事実関係からすると,本問の廃プラスチック片に取引価値はなく,「不要物」であり,「廃棄物」と認定すべきである。そして,廃棄物である廃プラスチック片は,Aの事業活動によって生じたものであるから,「産業廃棄物」となる。
次に,廃プラスチック片の加工を廃棄物の「処理」(廃掃法第1条が列挙する「分別,保管,収集,運搬,再生,処分等」)と考える場合は,Aがそれを他人であるCに委託する場合は,廃掃法第12条第5項のいわゆる委託基準が適用になり,Cは許可を得た産業廃棄物処分業者でなければならない(同法第14条第12項)。
他方で,Aが廃プラスチックを自ら処理する場合(なお,これが原則である。廃掃法第11条第1項)は,産業廃棄物の処理基準(廃掃法第14条第1項から第4項まで)が適用になるが,A自体は廃プラスチック片の加工について産業廃棄物の処分業者の許可は不要である(同法第14条第6項ただし書)。他方で,産業廃棄物処理施設の設置については許可が必要であるが(同法第15条第1項),本問は産業廃棄物の自己処理と他人委託に関する基本構造を問うものであるため,これに触れることは必須ではない。
以上が産業廃棄物の処理に関する基本的な構造であるが,本問の特殊性は,AはCに加工委託費用を払っており,CはAから受け取った廃プラスチック片を他者から入手したものと混同させることなく加工し,加工の結果生じた資源であるプラスチックのペレットとともに残滓も全てAに引き渡しているところにある。これは,見方によっては,Cの廃プラスチック片の加工行為は,廃棄物の「処理」ではないか,又はAによる自己処理の一部に過ぎないと言えそうである。そうすると,本問では,廃掃法上の委託基準は適用にならないという結論もあり得なくはない。この点,実務では,本問と事実関係は同一ではないが,事業者で発生した廃液を他者に再生加工させ,自ら利用する場合について,「加工委託」であるとし,廃掃法上の委託基準は適用がないとする見解も存在する。
〔設問2〕は,上記のとおり,平成29年の廃掃法改正で追加された廃掃法第17条の2(有害使用済機器の保管等)についての理解を問うものである。まず,本問で問題になっているのは,使用済み家電機器であり,この廃棄物性を検討すべきである(設問1では廃プラスチックが問題となっていたが,本問で問題になっているのは家電機器であることに注意すべきである。)。
小問⑴では,家電機器が使用済みであること,解体されないまま山積みになっていたこと以外の事実は不明であり,むしろAは使用済み家電機器を再資源化のために集めていたものであるから,これを「不要物」と断定することはできない。この点,廃棄物であれば,B県としては,Aに対してその保管に関して必要な報告を求めること(報告の徴収。同法第18条第1項)
や立入検査(同法第19条第1項)を実施すること,更には適正な処理の実施を確保するために改善命令(同法第19条の3)を出し,生活環境上の保全上支障が生じ,又は生ずるおそれがあると認められるときは,その支障の除去等の措置を講ずるべきことを命ずることができる(措置命令。産業廃棄物の場合は,同法第19条の5第1項)。平成29年改正法で新設された廃掃法第17条の2は,「有害使用済機器」について,これらの規定を準用するものである(同条第3項)。
なお,廃掃法第17条の2では「有害使用済機器」について政令で定めることになっており,政令(廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令第16条の2)はユニット型エアコンディショナー,電気冷蔵庫・冷凍庫,電気洗濯機・衣類乾燥機,テレビ等の使用済み家電機器を「有害使用済機器」に指定しているが,本問はこの知識を問うものではない。むしろ,問題文において,「使用済み機器」「保管が適正ではないこと」「人の健康又は生活環境に係る被害が生じ得る状態」と廃掃法第17条の2の文言がほぼ引用されており,これをヒントにして同条にたどり着くことが期待されていた。他方で,使用済み家電機器の廃棄物性についてそれなりの根拠を示した上で認定し,上記の各規定の適用があることを指摘することでも構わないが,そうするとB県の取り得る措置としては,小問⑵との差異が無くなる解答になる。
小問⑵では,更に事態が進み,山積みの使用済み家電機器が放置された結果,劣化・変色して,もはや原型を留めない状態になっている。こうなると物の性状,排出の状況,通常の取扱い形態,取引価値,事業者の意思等を総合的に勘案すると,もはや「不要物」であり,廃棄物性を肯定することになろう。そうすると,B県としては,Aに対して,報告の徴収(廃掃法第18条第1項),立入検査(同法第19条1項)の実施,さらには,改善命令(同法第19条の3)又は措置命令(同法第19条の4(一般廃棄物の場合),同法第19条の5(産業廃棄物の場合))を発することができ,場合によっては代執行もできる(一般廃棄物の場合同法第19条の7,産業廃棄物の場合同法第19条の8)。B県ができることは,結果として,小問⑴とほぼ同様である。
ところで,廃棄物については,その態様,期間等に照らして,管理を放棄したと認められれば,「みだりに廃棄物を捨て」た(廃掃法第16条),と言える可能性もある。その場合,Aが廃棄物処理業者であれば,事業の停止(一般廃棄物処理業者につき同法第7条の3,産業廃棄物処理業者につき同法第14条の3第1号),更には許可の取消しの対象になり得る(一般廃棄物処理業者につき同法第7条の4,産業廃棄物処理業者につき同法第14条の3の2第5号)。なお,廃棄物処理業者の許可の取消し後であっても,措置命令の対象になることは,廃掃法平成29年の改正項目の一つである(同法第19条の10)が,問題文にAが廃棄物処理業者であることは記載されていないことから,ここまで回答することは期待されていない。
最後に,Dらとしては,自分たちの財産である稲が汚染され,米が販売できなくなる恐れがあるから,財産権に基づく差止請求(訴訟物は所有権に基づく妨害予防請求権)を検討すべきである。差止請求の内容は,Aに対して,廃棄物の除去により汚染源を絶つ方法を取るか,汚染水が農業用の用水路に流れ込まないような措置を取ることを求めることになろう。なお,環境訴訟では人格権が問題となることが多いが,本問で危険に晒されているのは「稲」に対する財産権であり,Dらの生命・身体とすることは難しく,人格権の問題とすることはやや無理がある。また,Dらは稲の汚染を「危惧」しているだけであり,被害はまだ発生していないことから,損害賠償請求も難しいであろう。
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参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 第1問設問1
1 Yはまず、本件発明について特許を受ける権利を有しないXがした本件出願に対する特許は無効にされるべきものである(特許法123条1項6号。以下「法」という。)として、権利行使制限の抗弁(法104条の3第1項)を主張することが考えられる。甲が特許を受ける権利を有していたか、すなわち本件発明が職務発明(法35条1項)に当たるかが問題となる。
職務発明の「職務」該当性は、従業者が自発的に完成させた発明であっても、その本来の職務内容から客観的にみて発明の完成が使用者との関係で一般的に予定され期待されており、かつ使用者が便宜供与や研究開発援助等により発明の完成に寄与していれば肯定されると解する。職務命令の有無、従業者の地位、職種、使用者の関与の程度等を総合的に勘案すべきである。
本件では、甲はXの研究開発部門に所属しており、食品加工会社であるXにとって食品中の成分P含有量の測定方法の改良は事業に直結する技術課題であって、その完成は客観的に期待されていたといえる。また甲は勤務時間中にXの施設でXの資材を用いて本件発明を完成させており、Xの寄与も認められる。上司に反対された研究を甲独自の判断で進めたという経緯は、個々の研究テーマについての指示の有無にすぎず、客観的な職務との関連性を否定するものではない。よって本件発明は職務発明に当たる。
そうすると、本件発明完成時のXの職務発明規程により、特許を受ける権利は発明完成時にXに原始的に帰属する(法35条3項)。したがって冒認を理由とする抗弁は認められない。なお、Yは特許を受ける権利を有する者ではないから冒認を理由とする無効審判を請求できない(法123条2項)が、権利行使制限の抗弁を提出することは妨げられない(法104条の3第3項)。
2 次にYは、Y製品の製造販売は本件特許権の侵害に当たらないと反論すべきである。方法の発明か物を生産する方法の発明かは特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきである(最判平成11年7月16日・生理活性物質測定法事件)。本件発明の特許請求の範囲は「工程aと工程bを含むことを特徴とする食品中の成分P含有量の測定方法」であり、測定という情報の取得を目的とする単純な方法の発明であって、物を生産する方法の発明ではない。したがって実施(法2条3項2号)はその方法の使用に限られ、その方法により測定を経た物の製造販売は実施に当たらない。
よって、XはY方法の使用の差止めを求めることはできるが、Y製品の製造販売の差止めを求めることはできない。
3 さらにYは、Y製品の廃棄請求も認められないと反論すべきである。法100条2項は同条1項の請求をするに際し侵害の予防に必要な行為を請求できるとするものであり、その内容は、特許発明の内容、侵害行為の態様及び差止請求権の具体的内容等に照らし、差止請求権の行使を実効あらしめ、かつその実現のために必要な範囲内のものに限られる(前掲最判平成11年7月16日)。Y製品は測定の対象とされた加工食品にすぎず、その廃棄はY方法の使用の禁止を実効化するために必要なものではない。よって廃棄請求は認められない。Xが求めうるのは測定機器等の侵害行為に供した設備の除却にとどまる。
第2 第1問設問2(1)
出願公開後の補償金請求権(法65条1項)が問題となる。本件出願前から工程aのみを含む測定方法が広く使用されていたのであるから、本件当初発明は出願前に公然実施された発明(法29条1項2号)であり、本件当初発明についての特許には無効理由がある(法123条1項2号)。
法65条6項は法104条の3を準用している。したがってYは、本件当初発明に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるから、Xの補償金請求権の行使は認められないとの抗弁を主張すべきである。
第3 第1問設問2(2)
1 法65条1項は、補償金請求権の行使について、出願公開後に特許出願に係る発明の内容を記載した書面を提示して警告したこと、又は相手方が出願公開された発明であることを知って実施したことを要件とする。Xは本件当初発明の内容を記載した書面で警告したのみであり、本件発明のとおり補正した後に再度の警告をしていない。Yは、補正により請求の範囲の内容が変わったのであるから補正後の発明について警告がなく補償金請求権は発生しないと反論することが考えられる。
2 法65条1項が警告又は悪意を要件とする趣旨は、第三者に対する不意打ちを防止することにある。そうすると、警告後の補正により特許請求の範囲が減縮され、第三者が実施している物又は方法が補正の前後を通じて発明の技術的範囲に属する場合には、第三者は自己の実施行為が補償金請求の対象となることを警告により既に知りえたのであるから、再度の警告は不要であり不意打ちにもならないと解する(最判昭和63年7月19日・アースベルト事件)。
3 本件では、補正は工程bの付加による減縮であり、Y方法は補正の前後を通じて技術的範囲に属する。したがって再度の警告は不要であり、Yの反論は認められない。
もっとも、Yは、本件当初発明には公然実施の無効理由が明らかであったから特許権は設定登録されないと期待していたと反論しうる。しかし、出願に拒絶理由があっても補正により減縮されて特許が付与されることは制度上当然に予期されるべきであって、そのような期待は法的保護に値しない。よってこの反論も認められず、Xの補償金請求は認められる。
第4 第1問設問3
1 Zはすべての測定機器Mを外国に輸出しており、本件発明の使用は国外で行われるから、特許権の効力が及ばない(属地主義)。したがってZの行為は直接侵害に当たらない。そこでYによるMの製造販売について専用品型の間接侵害(法101条4号)が成立するかが問題となる。Mは本件発明の実施にのみ用いられる物であり、Yはこれを業として生産し譲渡しているから、文言上は同号の要件を満たす。もっとも、直接侵害が成立しない場合に間接侵害を認めうるかが問題となる。
2 この点、直接侵害の成立を常に要求する従属説によれば間接侵害は成立しない。しかし、法101条は特許権の実効的な保護のため侵害の予備的段階の行為を独立の侵害行為としたものであり、直接侵害の成立を必然的な前提とするものではない。他方、独立説を徹底すると、家庭的実施のように政策的に特許権の効力が及ばないとされる場合にまで間接侵害を認めることになり不当である。そこで、直接実施行為が特許権の効力の外にある理由に照らし、間接侵害を認めることが特許権者の保護に必要かつ相当な場合には間接侵害が成立すると解する。
3 本件では、Mはもっぱら外国での本件発明の使用に向けられており、国内市場における本件発明の実施が奪われるわけではないともいえる。しかし、Mは本件発明の実施にのみ用いられる専用品であって他の用途がなく、国内におけるMの製造販売を自由に許せば、国内を迂回的な製造拠点として特許発明の価値が害される。そしてMの製造販売自体は国内で完結しており、属地主義に反するものでもない。よって間接侵害が成立し、XはYに対してMの製造及び販売の差止めを請求することができる(法100条1項)。
第5 第2問設問1
1 αは仏師X1が一品制作した青銅製の仏像彫刻作品Aの外観の表現であり、美術工芸品(著作権法2条2項。以下「法」という。)として美術の著作物に含まれうる。問題となるのは創作性(法2条1項1号)の有無である。
創作性は、高度の芸術性を要するものではなく、著作者の個性が何らかの程度表れていれば足りると解する。本件では、全身のポーズ、顔の表情、袈裟のデザインについて仏教美術の仕来りに従っており、表現の選択の幅は限られている。しかし、Aは高さ3メートルの仏像であって細部の造形の幅は相当に広く、しかもαにはX1独自の世界観・宗教観が反映された外観が表れている。仕来りによる制約は表現の幅を狭めるにとどまり、その範囲内で選択された表現にX1の個性が表れている。よってαは著作物である。
2 βはαをそのまま縮小したものであるが、仏像彫刻Bは商品として大量生産され家庭内の仏壇に設置される実用品であるから、いわゆる応用美術の著作物性が問題となる。
この点、実用目的に必要な機能的構成から分離して把握できる美的特性に限って著作物性を認める見解もある。しかし、応用美術であっても表現である以上、著作物性の判断基準を純粋美術と別異に解すべき理由はなく、著作者の個性が表れていれば創作性を認めるべきである(知財高判平成27年4月14日・TRIPP TRAPP事件)。意匠法との関係も、意匠法が工業デザインを登録により短期かつ強力に保護する制度であることにかんがみれば、著作権法による保護と重畳的に成立しうると解して差し支えない。
本件では、βはαと大きさ以外は同一であり、X1の世界観・宗教観を反映した個性的表現がそのまま維持されている。また仏壇に設置される仏像という用途は美的鑑賞そのものと結びついており、機能的制約により表現が決定されているわけでもない。よってβも著作物である。
第6 第2問設問2(1)
1 まず、Y1による絵はがきPの製造販売が著作権侵害に当たるかを検討する。Aは美術の著作物αの原作品であり、Y1は恒久的に展示・管理するとの条件でX1の許諾を得て境内の屋外に設置している。境内へは毎日午前9時から午後5時までの間は誰でも立ち入ることができるから、時間的制約があっても「一般公衆に開放されている屋外の場所」に恒常的に設置されたものといえる(法45条2項)。
そうすると、Aに係るαは原則として方法を問わず利用できる(法46条柱書)。しかし、専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する行為は除外される(法46条4号)。Y1は絵はがきPの販売を目的としてAの正面写真を中心に大きく配置したPを製造し販売しているから、同号に当たる。よってY1の行為はX1の複製権(法21条)及び譲渡権(法26条の2第1項)を侵害する。
2 Y2は、著作権を侵害する行為によって作成された複製物であるPを公衆である観光客に譲渡しているから、譲渡権侵害(法26条の2第1項)に当たる。善意者に係る譲渡権の特例(法113条の2)は、譲渡を受けた時に権原がないことを知らず、かつ知らないことにつき過失がなかった場合に限り適用されるところ、Y2は購入時に知らないことについて過失があったから同条の適用はない。
また、Y2はX1の警告により侵害の事実を知った後もPを観光客に販売しているから、情を知って侵害行為により作成された複製物を頒布する行為として著作権侵害とみなされる(法113条1項2号)。
したがって、X1はY2に対して絵はがきPの販売の差止め(法112条1項)を請求することができる。
第7 第2問設問2(2)
本件ではX1がY1にPの製造販売を許諾しているから、Y1によるPの製造及びY2への販売は適法である。Y1が負う売上げの5%の支払義務は許諾契約上の債務にすぎず、その不履行は債務不履行の問題であって、許諾契約が解除されていない以上、Y1の行為が著作権侵害となるものではない。
そして、著作権者の許諾を得た者により公衆に譲渡された著作物の原作品又は複製物については、譲渡権は消尽し、その後の譲渡には譲渡権の効力が及ばない(法26条の2第2項1号)。Y1は適法にPをY2という公衆に譲渡しているから、Pについて譲渡権は消尽している。
Y2がライセンス料の不払いを知っていたことは、Y1の行為が著作権侵害でない以上、この結論を左右しない。よってX1はY2に対して販売の差止めを請求することができない。
第8 第2問設問3
1 Y1の行為はX1の死後にされているから、著作者が存しなくなった後における人格的利益の保護(法60条本文)が問題となる。すなわち、X1が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為に当たるかを検討する。
Y1はAの頭部を切り離し、自ら作成した仏頭Cにすげ替えている。これはαの表現の外形的な変更であり、著作者の意に反する改変として同一性保持権(法20条1項)の侵害となるべき行為に当たる。
2 もっとも、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変(法20条2項4号)であれば侵害とならない。同号は著作者の人格的利益の保護を害さない限度で例外的に認められる規定であるから、改変が当該利用のために客観的に不可避であることを要すると解すべきである。
本件では、改変の理由はAの表情がY1内部で不評であったことにすぎず、門徒や観光客の参拝に支障が生じていたわけではない。またY1は仏像全体を新たに造ることも可能であり、現にCを自ら作成する能力を有していた。したがって改変が不可避であったとはいえず、同号には当たらない。
3 次に、行為の性質及び程度、社会的事情の変動等に照らし著作者の意を害しないと認められる場合(法60条ただし書)に当たるかを検討する。本件の改変はX1の死後すぐにされたもので社会的事情の変動はなく、仏像の頭部という作品の本質を成す部分のすげ替えという重大な態様である。切り離された頭部がY1内に保管されていても、作品としてのAの表現が損なわれている事実は変わらない。よって同ただし書には当たらない。
4 したがって、X1の配偶者であるX2は、法116条1項の請求権者として、Y1に対し名誉若しくは声望を回復するために適当な措置(法115条)を請求することができる。その内容としては、改変の事実経過を公表する広告の掲載や、謝罪広告が考えられる。もとの頭部が保管されており再度のすげ替えが物理的に可能であることからすれば、原状回復としてAの頭部を元に戻すことを求めることも、名誉声望を回復するために適当な措置として認められると解する。
以上