司法試験 平成30年 知的財産法
問題文
[知的財産法]〔第1問〕(配点:50)
甲は,発明aについて特許出願(以下「本件特許出願」という。)をし,設定登録を受けた(以下,これによる権利を「本件特許権」といい,その登録された特許を「本件特許」という。)。これに対して乙は,発明aは本件特許出願前に乙が学会で研究発表したことにより公然知られた発明bに基づいて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)
が容易に発明することができたものであること,及び,発明aは乙と甲による共同発明であるにもかかわらず,甲が単独で本件特許出願をしたことを理由として,特許無効審判(以下「本件審判」
という。)を請求した。本件審判を審理した特許庁は,発明aは乙の学会研究発表に係る発明bに基づいて当業者が容易に発明することができたものであることを理由として,その余については判断するまでもなく「本件特許を無効とする」との審決(以下「本件審決」という。)をした。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。なお,各設問はそれぞれ独立したものであり,相互に関係はないものとする。
〔設 問〕1.甲は,本件審決に対して審決取消訴訟を提起し,当業者が発明bに基づいて発明aを容易に発明することはできなかったことの立証に成功したが,乙は,発明aは乙と甲による共同発明であるにもかかわらず,甲が単独で本件特許出願をしたことを主張している。このような乙の主張が上記審決取消訴訟において許されるか否かについて,甲及び乙は,それぞれどのように主張することが考えられるか。その妥当性についても論じなさい。
2.甲は,本件審決に対して審決取消訴訟を提起したところ,本件審決は発明bと発明aとの技術内容の認定を誤り,その異同点の認定を誤ったものであって違法であることを理由として,本件審決を取り消す判決が確定した。そこで,特許庁は再度の審理をし,本件審判の請求を不成立とする第二次審決をしたため,乙がこれに対して第二次審決取消訴訟を提起した。この中で乙は,本件特許出願前の公知技術についての新たな証拠cを提出して発明bの技術内容を明確化し,これによれば,発明aは発明bに基づいて当業者が容易に発明することができたものであると主張している。このような乙の主張が上記第二次審決取消訴訟において許されるか否かについて,甲及び乙は,それぞれどのように主張することが考えられるか。その妥当性についても論じなさい。
3.甲は,本件審決に対して審決取消訴訟を提起したところ,当業者が発明bに基づいて発明aを容易に発明することはできなかったことを理由として本件審決を取り消す判決が確定した。
そこで,特許庁は再度の審理をし,本件審判の請求を不成立とする第二次審決をし,これが確定した。その後,甲は,発明aを甲に無断で業として実施している乙に対して,本件特許権に基づき特許権侵害訴訟を提起した。この中で乙は,発明aは発明bに基づいて容易に発明することができたため,本件特許は無効にされるべきものであるから,甲は本件特許権を行使することができないと主張している。このような乙の主張が上記特許権侵害訴訟において許されるか否かについて,甲及び乙は,それぞれどのように主張することが考えられるか。その妥当性についても論じなさい。
4.甲は,発明aを甲に無断で業として実施している丙に対して,本件特許権に基づき特許権侵害訴訟を提起した。この中で丙は,発明aは甲と乙との共同発明であるにもかかわらず,甲が単独で本件特許出願をしているため,本件特許は無効にされるべきものであるから,甲は本件特許権を行使することはできないと主張している。このような丙の主張が許されるか否かについて論じなさい。
〔第2問〕(配点:50)
観光都市であるK市の市バス運転手であったXは,K市を退職後,K市のガイドマップを作成して販売することを思い立ち,市バスだけを利用して巡ることができる知られざる観光スポットを厳選したガイドマップというコンセプトを考えた。ガイドマップに載せる観光スポットを探す作業は,K市を退職した後輩のYが担当し,Yは3か月をかけてK市を歩き回って,市バスの停留所近くの知られざる小さな寺社など多くの観光スポットを探し出し,その中から人気が出そうなガイドマップに載せるべき観光スポット50か所(以下「本件観光スポット50か所」という。)を厳選した。
Yは,K市が作成し無料で自由な使用を認めている標準的なK市の地図に,本件観光スポット50か所を書き入れるとともに,市バスの路線図と停留所名も詳細に書き込んで,一枚物のガイドマップAを作成した。なお,ガイドマップAには,X及びYの氏名は表示されていない。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。なお,設問1及び設問2は,それぞれ独立したものであり,相互に関係はないものとする。
〔設 問〕1.ガイドマップAは,イラストなどは一切載っておらず,通常の地図の表記ルールに従った表現の域を出ていないが,市バスの路線図と停留所名が詳細に書き込まれ,K市の知られざる魅力的な観光スポットが満載であるとして,発売後たちまち人気が出た。Zは,X及びYに無断でガイドマップAを利用し,本件観光スポット50か所をイラストとして表現したほかは,ガイドマップAと全く同じ地図Mを作成し,その販売を開始した。Xは,Zに対して,地図Mの販売はXの著作権を侵害するものであるとして,地図Mの販売の差止めを求める訴訟を提起した。Xは,どのような主張をすべきか。これに対するZの反論として,どのような主張が考えられるか。それぞれの主張の妥当性についても論じなさい。
2.ガイドマップAは,イラストを多用しており,それらのイラストは,XとYが同程度の貢献をして協力して描いた個性的な図柄のものであった。
⑴ Yは,ガイドマップAをインターネット上で配信し,その際,XとYの氏名を著作者名として表示した。インターネット配信によってガイドマップAは世間に広く知られることとなったため,ガイドマップAの売上げは飛躍的に伸びた。Yは,この配信についてあらかじめXと協議をしたものの,Xは,インターネット配信により自分の名前が世界中に知られることに不安を感じ,配信に同意していなかった。Xは,Yに対して,YのガイドマップAの配信行為はXの著作権及び著作者人格権を侵害するものであるとして,配信行為の差止めを求める訴訟を提起した。Xはどのような主張をすべきか。これに対するYの反論として,どのような主張が考えられるか。それぞれの主張の妥当性についても論じなさい。
⑵ K市に所在するタクシー会社Sは,社内で観光タクシー運転手になるための資格試験を実施しているところ,今年度の試験は,ガイドマップAの中の本件観光スポット50か所の名称を空欄にし,この空欄に正解の名称を書き入れるように求める問題(以下「本件出題」という。)であった。なお,本件出題に係るガイドマップAにX及びYの氏名は表示されていない。また,Sは,本件出題も含む過去20回分の試験の全問題とその解答(解説は付いていない)を年度順に掲載した『観光タクシー資格試験問題集』(以下「本件問題集」という。)
を発行し,社内の希望者に配付しているが,本件問題集においてガイドマップAが使用された問題は,今年度分のみであった。Sは,本件出題及び本件問題集の発行について,X及びYに無断で行っている。X及びYは,Sに対して,本件出題及び本件問題集にガイドマップAを利用したことは,X及びYの著作権及び著作者人格権を侵害するものであるとして,損害賠償を求める訴えを提起した。これに対するSの反論として,どのような主張が考えられるか。その妥当性についても論じなさい。なお,損害額については論じなくてよい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
知的財産法〔第1問〕1 設問1は,審決取消訴訟の審理範囲を問うものであり,設問2は,審決取消判決の拘束力の及ぶ範囲及び審決取消訴訟の審理範囲を問うものであり,設問3は,一事不再理と権利行使制限の抗弁との関係を問うものであり,設問4は,共同出願違反と権利行使制限の抗弁との関係を問うものである。
2 設問1については,当該審判手続で現実に審理判断された特定の無効原因のみが審決取消訴訟の審理対象とされるべきであるとする見解(甲説)と,審理対象はそれに限られないとする見解(乙説)が考えられる。
甲説の根拠としては,①審判を請求できる事項に関する訴えについて審判前置主義を定めた特許法(以下「法」という。)第178条第6項の趣旨に照らすと,訴訟の前段階において専門行政庁による慎重な審理判断を受ける利益が認められること(前審判断経由の利益),②法は,審判手続において,当事者が無効原因を明確にすることを要求し,その無効原因を巡って審理判断がされるという手続構造を採用しており,事実審が一審級省略されているのも,審判手続で十分な審理が行われていることが前提となっていること(審判手続の構造と性格),③審判手続では,特許権者は訂正の機会があるが,審決取消訴訟において審決で判断されていない無効理由の主張が許されると,特許権者の上記機会が奪われてしまうこと等が挙げられる。
一方,乙説の根拠としては,①行政処分の取消訴訟では,原則として,処分理由の追加・差し替えが認められているから,審理範囲は処分の理由とされたところに制限されないこと,②特許権侵害訴訟において裁判所が権利の有効性について判断できる(法第104条の3)
とされている以上,審決取消訴訟においても裁判所は十分に専門的判断をすることができるから,前審判断経由の利益は問題とならないこと,③審判手続で現実に審理判断された特定の無効原因のみが審理対象となるとすると,審理範囲が細分化される結果,特許庁と裁判所の間でいわゆるキャッチボール現象が不可避となり,紛争解決が遅延すること等が挙げられる。
両説について,最大判昭和51年3月10日民集30巻2号79頁(メリヤス編機事件)
の趣旨・内容を踏まえた論述をすることが求められる。もっとも,乙説を妥当とする立場をとるのであれば,上記大法廷判決の変更が必要となることを十分に意識した論述が必要であろう。
3 設問2については,まず,第1次審決取消訴訟における取消判決の拘束力(行政事件訴訟法第33条第1項)は判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるとされるところ,その範囲が問題となる。上記取消判決は,発明aは発明bに基づいて容易想到であるとはいえないとして本件審決を取り消しており,この判断に取消判決の拘束力が及ぶと考えれば,第2次審決はこの拘束力に従って発明aは発明bに基づいて容易想到であるとはいえないと判断したのであるから,乙がこの判断を誤りであると第2次審決取消訴訟において主張することは許されないということになる。一方,第1次審決取消訴訟の判決は,本件審決が発明bと発明aとの技術内容の認定を誤り,その異同点の認定を誤ったものであって違法であることを理由として,審決を取り消したのであるから,異同点の認定については取消判決の拘束力が及ぶが,発明aが発明bに基づいて容易想到であるか否かの点までは,拘束力は及ばないと考えれば,乙の主張は取消判決の拘束力に反しないことになる。両説について,最判平成4年4月28日民集46巻4号245頁(高速旋回式バレル研磨法事件)の趣旨・内容を踏まえた論述をすることが求められる。
次に,公知技術についての新たな証拠cの提出と審決取消訴訟の審理範囲との関係が問題となる。新たな証拠cを提出することは,設問1で論じた審決取消訴訟の審理範囲を逸脱して許されないという見解も考えられるが,最判昭和55年1月24日民集34巻1号80頁(食品包装容器事件)によれば,新たな証拠cは,あくまで発明bの技術内容の明確化のために提出されたにすぎないから審理範囲を逸脱しないということになろう。なお,設問1の乙説による場合も,審理範囲を逸脱しないことになる。
4 設問3については,権利行使制限の抗弁は許されないとの見解(甲説)と許されるとの見解(乙説)があり得る。
甲説の根拠としては,甲乙間には,既に,本件審判の請求を不成立とする第二次審決が確定しているから,一事不再理効(法第167条)により,乙は,「発明bに基づいて発明aを容易に発明することができた」として再度の特許無効審判を請求することができず,したがって,かかる理由により「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものであると認められる」(法第104条の3)とはいえないから,乙の主張は許されないことが考えられる。なお,「当事者間の紛争の蒸し返しの防止」が重視されることとなった法第167条に係る平成23年改正の趣旨を踏まえた論述については,積極的な評価が与えられよう。
一方,乙説の根拠としては,①無効審判手続と侵害訴訟手続は別個の手続であるし,法第104条の3は,無効審判手続を経なくても無効主張が許されるとする趣旨であるから,無効審判手続でかかる主張が許されないからといって,侵害訴訟手続においても許されないとはいえないこと,②特許に無効理由が存在することが明らかな場合,その特許権の行使は権利濫用に当たり許されないと解される(最判平成12年4月11日民集54巻4号1368頁(キルビー事件))ところ,発明bに基づいて発明aを容易に発明することができた以上,本件特許権の行使は権利濫用に当たるから,かかる主張をすることは許されること等が考えられる。
もっとも,妥当性については,一事不再理効(法第167条)の「当事者間の紛争の蒸し返しの防止」という趣旨や,法第104条の3は上記最判平成12年4月11日で認められた権利濫用の抗弁を立法化したものであることを踏まえた論述が求められる。知財高判平成23年6月23日判タ1397号245頁(食品包み込み成形方法事件)や東京地判平成23年8月26日判タ1402号344頁(動物用排尿処理剤事件)等も甲説と同旨の結論を採用している。
5 設問4については,以下のとおり,関連条文とその趣旨を踏まえて丙の主張が許されることを論じる必要がある。すなわち,法第123条第2項は,共同出願違反(法第38条違反)
の場合は,特許を受ける権利を有する者に限り無効審判請求をできると規定する。これは,当該無効理由は権利の帰属に係るものにすぎないし,権利が消滅してしまうと真の権利者による移転請求(法第74条)も不可能となるからである。一方,法第104条の3第3項は,法第123条第2項の規定は当該特許を受ける権利を有する者以外の者が権利行使制限の抗弁を提出することを妨げない旨定めている。これは,その場合でも,無効理由がある以上,権利行使を認めるのは相当でないし,権利行使制限の抗弁により権利が消滅するわけでもないから,真の権利者による移転請求も妨げられないためである。したがって,丙の主張は許される。
〔第2問〕1 設問1は,地図の著作物について,地図の著作物性(著作権法(以下「法」という。)第2条第1項第1号,第10条第1項第6号),共同著作物の著作者(法第2条第1項第12号)に関する理解を問うものである。設問2(1)は,共有著作権及び共同著作物の著作者人格権の行使(法第64条,第65条)に関する理解を問うものであり,設問2(2)は,試験問題としての複製(法第36条)等に関する理解を問うものである。
2 設問1については,まず,地図は,地形等を所定の記号によって客観的に表現するものとして個性的表現の余地が少なく,著作権による保護を受ける範囲が狭いのが通例であるという特徴を有することから,地図の著作物性は,記載すべき情報の取捨選択及びその表示方法を総合して判断するとされていることが問題となる。
次に,共同著作物の著作者となるためには,各人が創作的表現をする必要があることが問題となる。共同著作物の各著作権者は,他の著作権者の同意を得ないで,差止請求をすることができること(法第117条第1項)への言及も求められる。
最後に,Zの行為が,複製権(法第21条)ないし翻案権(法第27条)及び譲渡権(法第26条の2,翻案権とした場合は法第28条も必要)の侵害に当たることを述べることが求められる。
3 設問2(1)では,まず,ガイドマップAが共同著作物であるかについて述べ,共有著作権は,共有者全員の合意によらなければ行使することができない(法第65条第2項)ことから,Xの合意を得ずにガイドマップAを公衆送信した行為が,公衆送信権(法第23条第1項)の侵害に当たるかが問題となる。合意を得ていない以上,著作権を行使するためには,「合意せよ」との判決を得る必要があるか否かについて検討することが求められる。また,Xには,合意の成立を妨げることができる正当な理由(法第65条第3項)があるかが問題となり,正当な理由をどのように判断するかについて,ガイドマップAの売上げの増加等の設例の事実関係を踏まえて検討することが求められる。
次に,著作者は氏名表示権(法第19条第1項)を有し,共同著作物の著作者人格権は,著作者全員の合意によらなければ行使することができない(法第64条第1項)ことが問題となる。Xが氏名を表示せずに発行していたガイドマップAについて,Yが氏名を表示して公衆送信するためには,Xの合意を得ていない以上,意思表示を命ずる判決を要するかについて,上記著作権の行使と同様に論じることが求められる。Yの反論として,Xが合意の成立を妨げることが信義に反するか(法第64条第2項)について検討することが求められる。著作権の行使について合意の成立を妨げることができる正当な理由と,著作者人格権の行使について合意の成立を妨げることが信義に反しないこととを,区別して論じることが求められる。
4 設問2(2)では,試験問題としての複製(法第36条)に関する著作権の制限規定の適用の可否が問題となる。試験は,公正な実施のために秘密性を要し,また著作物の通常の利用と衝突しないため認められるという法第36条の趣旨が,本件出題に妥当するかを論じることが求められる。なお,本件試験は,会社が社内で実施する資格試験であり,営利目的と解されるから,法第36条第2項が適用され,使用料相当額の補償金の支払いを要するかも問題となる。また,本件問題集は,秘密を保持する必要はないから,法第36条第1項は適用されないかについて述べることが求められる。
次に,本件出題が,ガイドマップA上の観光スポットの名称を空欄にした点について,同一性保持権(法第20条第1項)の侵害が問題になるが,試験の目的上,やむを得ない改変(法第20条第2項第4号)に当たるかを論じることが求められる。
さらに,ガイドマップAを本件問題集に複製することにつき,引用(法第32条第1項)
に関する著作権の制限規定が適用されるかも問題になろう。
最後に,本件問題集を社内の希望者に配付したことについて,譲渡権(法第26条の2)
の「公衆」(法第2条第5項参照)に提供するという要件を満たすかが問題となる。氏名表示権に関し,すでに著作者が表示しているところに従って表示することができるとの法第19条第2項の趣旨が不表示の場合にも妥当するかについて言及があれば,積極的な評価が与えられよう。
[労働法]〔第1問〕本問は,変形労働時間制による勤務シフトにより24時間勤務に従事していた警備員が,仮眠時間中の病院施設の突発的停電への対応等を理由として出勤停止の懲戒処分に付せられた事案について,仮眠時間の労働時間該当性,仮眠時間に対する賃金請求の可否及び懲戒処分の法的効力の有無を問うものである。関係条文・判例が定立している規範を正確に理解した上で,具体的事案に適確に適用することができるかが問われている。
設問1では,まず,本件仮眠時間の労働時間該当性について,判例(大星ビル管理事件・最判平成14年2月28日民集第56巻2号361頁)に照らして検討すべきことになろう。次に,仮眠時間(労働時間に該当する場合)と賃金請求権との関係については,前掲判例は,労働基準法(以下「労基法」という。)上の労働時間であるからといって,当然に労働契約所定の賃金請求権が発生するものではなく,仮眠時間に対する賃金支払については合意いかんによるとの判断を示しており,本件では「泊まり勤務手当」をどのように評価すべきかが問題となる。また,仮に,仮眠時間に対応する賃金の支払を約定しているとしても,労基法第37条第1項,第4項は法定時間外労働,深夜労働に対して割増賃金の支払いを義務付けているので,この点について検討する必要がある(労基法第13条参照)。さらに,割増賃金については,変形労働時間制(労基法第32条の2)における法定時間外労働時間数の算定方法,割増賃金の基礎となる賃金(通常の労働時間の賃金)の確定,この基礎賃金に算入しない賃金の識別も検討すべき論点となろう。
設問2では,まず,懲戒処分の意義,懲戒権の法的根拠について,判例(国鉄中国支社事件・最判昭和49年2月28日民集第28巻1号66頁等)や学説等に照らして,検討する必要がある。その上で,本件懲戒処分の法的効力の有無について,労基法第89条第9号(懲戒の種類及び程度),懲戒の「種別及び事由」の定めを要するとする判例(国鉄札幌運転区事件・最判昭和54年10月30日民集第33巻6号647頁等),「周知」手続を要するとする判例(フジ興産事件・最判平成15年10月10日判時1840号144頁)を踏まえて,判例法としての懲戒権濫用法理,これを明文化した労働契約法(以下「労契法」という。)第15条に照らして論じることが求められる。
労契法第15条は,「労働者の行為の性質及び態様その他の事情」に照らして,懲戒処分に「客観的合理的な理由」が存在し,当該処分が「社会通念上相当である」ことを要求しているが,懲戒対象事由と不利益処分の内容(懲戒処分の内容・程度)との均衡,懲戒手続の相当性(弁明の機会の付与等)についても検討することを要しよう。また,本件では,メールによる労働基準監督署(以下「労基署」という。)への相談が懲戒処分にあたって考慮された可能性が窺われることから,労基署への申告を理由とする不利益取扱いを禁止する労基法第104条との抵触いかんも検討すべき論点の一つである。
〔第2問〕本問は,団体交渉で労働条件の引下げが議論されている状況下で,労働組合の組合員の一部が組合の承認なしに抗議活動を行ったことに関し,同活動の対使用者及び組合内部の関係における法的評価とこれに対する処分の可否を問うものであり(設問1,設問2),さらに,労働条件を引き下げる労働協約が調印された場合の効力についても説明を求めている(設問3)。
労働組合法(以下「労組法」という。)第7条の不当労働行為,労働組合の統制処分,労働協約の規範的効力など,労組法の主要な事項について,関係条文及び判例が定立している規範を正確に理解した上で,具体的事案を整理,識別して,的確に適用することができるかが問われている。
設問1については,Cらの抗議活動が労組法第7条第1号の「労働組合の正当な行為」といえるか否かが,重要な論点となる。特に,組合執行部の方針に不満な一部の組合員が行ったという事実が,主体や目的の面でどのように評価されるかという点や,抗議活動の場所・時間・内容など態様面での問題はないかという点を,具体的な経緯や状況に照らしながら論じることが求められる。また,労組法第7条第3号の支配介入の成否についても,併せて検討しておく必要があろう。
設問2については,労働組合の統制権の意義や行使要件を踏まえた上で,Cらの行為が組合規約の定める統制事由に該当するか,行為内容と処分の均衡は取れているか,手続上の問題はないか,といった点を検討する必要があろう。また,労働組合が使用者からの通告に応じる形で統制処分を行うことの当否も,1つの論点となりえよう。
設問3については,労働条件を引き下げる労働協約にも規範的効力を肯定した判例(朝日火災海上保険事件・最判平成9年3月27日)を踏まえ,その限界にも留意しながら,本件の状況を検討することが求められる。また,委員長にそのような労働協約の締結権限があるのかという点も,判例(山梨県民信用組合事件・最判平成28年2月19日)に照らして議論しておくことが望まれる。
[環境法]〔第1問〕第1問は,河川及び沿岸海域の汚染に関する環境紛争について,民事訴訟を提起する場合における法律上の問題点及び民事訴訟による紛争解決と行政上の紛争解決制度である公害紛争処理制度との異同を問うものである。
〔設問1〕の小問(1)は,Dが漁業被害についてB社及びC社に対して訴訟を提起する場合の訴訟物とその要件を検討することが求められている。B社に対する請求は不法行為(民法第709条)に基づく損害賠償請求が考えられる。ダムの堆積物の排出行為を加害行為と捉えた場合,過失,違法性及び漁業被害との間の因果関係の有無を検討することが求められる。特に違法性については「二次災害を防止するため」との目的との関係でどう評価するかについて言及することが期待される。ダムを土地の工作物と考えた場合は,土地工作物責任(民法第717条)に基づく請求も考えられる。その場合は,過失に代えて土地工作物の設置又は保存の瑕疵の検討が必要である。C社に対する請求は,不法行為(民法第709条)に基づく損害賠償請求が考えられる。有害物質であるセレン化合物を排出した行為を加害行為と捉えた場合,過失,違法性及び漁業被害との間の因果関係の有無を検討することが求められる。特に過失の有無については,連日続いた集中豪雨という天災が作用していること及び川の堤防に割れ目があったことをどう評価するか言及することが期待される。また,B社とC社の共同不法行為責任(民法第719条第1項前段)が成立するかどうか,その要件としての客観的関連共同性の有無と効果としての不真正連帯(最判昭和57年3月4日判時1042号87頁)についても論じて欲しい。
小問(2)は,Eが健康被害についてB社及びC社に対して訴訟を提起する場合の訴訟物とその要件を検討することが求められている。B社に対する請求は不法行為(民法第709条)に基づく損害賠償請求が考えられる。小問(1)と同様にダムの堆積物の排出行為を加害行為と捉えた場合,堆積物による濁水のみで健康被害との間の因果関係は通常認め難いから,濁水に押し流されてセレン化合物が沿岸海域に到達したことを捉えてC社との共同不法行為が成立するかが重要な視点となろう。小問(1)と同様に共同不法行為についての要件と効果の検討が求められる。土地工作物責任(民法第717条)に基づく請求を考える場合も同様である。C社に対する請求は,民法第709条の特則としての水質汚濁防止法第19条第1項に基づく損害賠償請求が考えられる。本問は,工場の事業活動に伴って有害物質であるセレン化合物が川に排出され,健康被害を生じさせたと考えられること,同条の責任は無過失責任であり,事業活動に伴う排出と健康被害との間の因果関係が立証できればC社の故意過失の主張立証は不要であること,水質汚濁防止法上の規制対象かどうかは問題とならず,事業活動に伴う排出であれば工場内の設備からの排出に限られないことについて論じる必要がある。また,本問では,セレン化合物の排出につき連日の集中豪雨という天災が競合しており,裁判所は,損害賠償の責任及び額を定めるについて,これをしんしゃくすることができる(同法第20条の2)ことにも言及することが期待される。
〔設問2〕では,民事訴訟と公害紛争処理制度の異同を被害者の手続上の便宜の視点から論じる必要がある。
Eが自己の健康被害について,B社ないしC社に対して不法行為又は水質汚濁防止法第19条第1項に基づく損害賠償請求訴訟を提起する場合,因果関係の存在については,原告であるEが主張立証責任を負うことになる。そうすると,本問のような環境紛争においては,加害行為と健康被害との間の因果関係の立証に当たって,水質調査や検体の調査・分析等の専門的・科学的調査が必要となり,民事訴訟において鑑定(民事訴訟法第212条)の申出をすると,その費用の負担が被害者Eにとって大きな負担となる場合がある。そこで,被害者の負担を軽減するための行政上の紛争解決制度として,公害紛争処理制度が設けられている。
具体的には,前提として本問は事業活動に伴って生ずる相当範囲にわたる水質汚濁によって健康被害が生じたと解される事案であるから「公害」(公害紛争処理法第2条,環境基本法第2条第3項)に該当することに言及した上,総務省の外局である公害等調整委員会における責任裁定制度(公害紛争処理法第42条の12)は,裁判所と同様に損害賠償責任の有無,損害額という法的判断について裁定するものであること,これに対し原因裁定制度(同法第42条の27)は,加害行為と被害結果との間の因果関係に特化して判断する手続であり,因果関係の解明のために当事者が求めた事項以外の事項も判断できること(同法第42条の30第1項),因果関係の判断に当事者以外の第三者が利害関係を有するときは,その第三者も手続に参加させることができる(同条第2項)という特色について言及する必要がある。また,そのような手続の活用が考えられる理由として,職権証拠調べとしての鑑定(同法第42条の16第1項第2号,第42条の33)及び事実の調査(同法第42条の18,第42条の33)により,当事者に費用を負担させないで国庫負担により専門的・科学的調査を実施でき(同法第44条第1項,公害紛争処理法施行令第17条第1項第1号。「政令で定めるものを除き」の反対解釈として,政令で定める費用は当事者に負担させないこととなる。),それにより被害者Eの因果関係の立証の負担を軽減できることを論じる必要がある。なお,既にEが民事訴訟を提起していた場合には,受訴裁判所に職権発動を促し,受訴裁判所から公害等調整委員会に原因裁定の嘱託(同法第42条の32)をすることで,Eの因果関係の立証の負担を軽減する方法も考えられる。
〔第2問〕第2問は,建物解体等に伴う石綿などの特定粉じんの飛散防止等についての大気汚染防止法(以下「大防法」という。)による制度の理解を確認し,あわせて被害を受けるおそれのある者からの法的対応の在り方についての把握を確認する問題である。
〔設問1〕では,本件工事が「特定工事(大防法第2条第11項が定める特定粉じんの排出等作業を伴う工事=注〕に該当しないことが明らかな」工事(同法第18条の17第1項括弧書)ではなく,同条第1項にいう解体等工事に当たることから,受注者は同条同項による調査義務に加えて,発注者への書面による説明義務が課せられている。そして,発注者は,受注者のかかる調査について,調査費用の適正な負担や,その他の必要な措置を講ずることにより,協力しなければならない(同条第2項)。また,受注者は,本件工事が特定工事に該当するか否かの調査結果を,当該解体等工事現場において掲示板を設けることによって,公衆に示す義務があること(同条第4項及び同法施行規則第16条の9)を記述する。さらに,この調査の結果,特定工事であることが明らかになった場合,同法第18条の15により,発注者には,作業開始の14日前までの届出義務があることを記述する(なお,実際の届出行為は類似の法令である「建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律」(以下「建設リサイクル法」という。)と同様,代理人によることを禁じていないが,届出人名義が発注者であることは,同法第18条の17第2項との関係で重要である)。
上記受注者の調査・報告義務等は,発注者が受注者に対して特定工事に該当しないと説明したとしても免れ得るものではない。また,調査が省略されたために説明がなかったことのみを理由に特定工事に関する上記の発注者の届出義務が免ぜられるものではない。なお,これらの受注者の発注者への説明義務と発注者からの届出義務等は,平成25年改正で新設されており,〔設問4〕では,このように発注者の義務が強化された理由にも答えることを求めている。
また,発注者は,受注者が特定工事を施工するにあたり,作業基準の遵守を妨げるおそれのある条件を付さないように配慮しなければならず,本件のように工事の着工を急ぐように受注者を指示することは,かかる配慮義務との関係で問題になり得る(同法第18条の20)。
〔設問2〕は,大防法違反の通報に対してA県知事が大防法上採り得る措置についての設問である。都道府県の職員は,平成25年改正前は特定工事であることが明らかな場合でなければ立入検査ができなかったところ,平成25年改正により,同法第18条の15による事前届出の有無にかかわらず,解体等工事につき,発注者・受注者からの報告徴収(これは,既に行われたはずの調査の内容等につき報告を求めるものであって,調査をして報告するように命じることまでは規定されていない。),解体等工事現場への立入検査ができるようになった(同法第26条第1項,同条第2項)。本件では,A県知事がB,Dに対して報告徴収を求めることができ,その職員は立入検査ができること,より有害性の強い青石綿飛散の疑いに係るものであることから,同条第2項に該当することを記述する必要がある。さらに,立入検査の結果,受注者に同法第18条の18違反の事実があることが判明した場合,A県知事は,作業基準遵守ないし作業の一時停止命令を発し得ること(同法第18条の19)を記述する。他方で,計画変更命令は,同法第18条の15による届出が前提になる(同法第18条の16)。
なお,同法第18条の18違反行為への直罰規定はないが,命令違反行為には罰則がある。
〔設問3〕では,施工者ないし発注者に対する作業の停止を求める民事差止め訴訟(特に仮処分)の可能性と本設例での要件の該当性について検討することが期待される。また,都道府県職員による立入検査が行われない場合や都道府県知事が作業基準(特定粉じん排出等作業に係る規制基準。同法第18条の14)遵守命令ないし特定粉じん排出等作業の一時停止命令を発しない場合(同法第18条の18,第18条の19)には,行政事件訴訟法第3条第6項第1号に基づく義務付けの訴えを提起し,あるいは,本件工事による危険の特殊性を勘案すれば,同法第37条の5第1項に基づく仮の義務付けを申し立てること,そして本問の設例において,このための要件を満たしているかどうかを検討する余地がある。
〔設問4〕は,平成25年大防法改正により発注者の義務が強化された趣旨を問うものである。同改正前の大防法では,施工者が特定粉じん排出等作業の実施の届出の義務者であり届出義務違反を問われるのは施工者であったため,発注者が契約上優位な立場にあることを背景に,施工者に対してできるだけ低額,短期間の工事を求め,施工者がこれに従わざるを得ないことや,施工者も低額,短期間の工事を提示することで契約を得ようとすることにより,届出がなされないことが問題となっていた。しかし,原因者負担の原則を考慮すれば,発注者と施工者の関係については,費用負担者である発注者が,石綿の飛散を伴う工事についてはその工事を注文する者として適切に役割を担い,施工者は請け負った工事を専門的知識に基づき適正に実施する役割を担うことが適当と考えられる。そこで,改正法において,解体工事等が特定粉じん排出等作業を伴うものである場合については,その届出の義務者を施工者から変更し,解体工事等において契約上優位な立場にある発注者に特定粉じん排出等作業実施の届出義務を課すこととし,これにより事前調査や届出が円滑に進むと考えられたことを記述する必要がある。
なお,この改正の結果,建設リサイクル法の対象建設工事の届出とも,届出の主体が整合することとなった。
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参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 第1問設問1
1 乙の主張は、本件審判で現実に審理判断されていない共同出願違反(特許法38条、123条1項2号。以下「法」という。)の無効理由を審決取消訴訟で主張するものであり、審決取消訴訟の審理範囲が問題となる。
2 甲は、当該審判手続で現実に審理判断された特定の無効原因のみが審理対象となると主張する(甲説)。その根拠は、①審判を請求できる事項に関する訴えについて審判前置主義を定めた法178条6項の趣旨に照らすと、当事者には専門行政庁による慎重な審理判断を受ける利益(前審判断経由の利益)が認められること、②法は審判手続において当事者に無効原因を明確にさせ、その無効原因をめぐって審理判断する手続構造を採用しており、事実審が一審級省略されているのも審判手続で十分な審理が行われることを前提とすること、③審判手続では特許権者に訂正の機会(法134条の2)があるが、審決で判断されていない無効理由の主張を許せばこの機会が奪われること、である。最大判昭和51年3月10日(メリヤス編機事件)もこの立場に立つ。
3 これに対し乙は、審理対象はそれに限られないと主張する(乙説)。その根拠は、①行政処分の取消訴訟では原則として処分理由の追加・差替えが認められること、②侵害訴訟において裁判所が特許の有効性を判断できる(法104条の3)以上、裁判所も十分な専門的判断が可能であり前審判断経由の利益は問題とならないこと、③審理範囲を細分化すると特許庁と裁判所の間のキャッチボール現象が不可避となり紛争解決が遅延すること、である。
4 確かに乙説の指摘する紛争解決の遅延は無視できない。しかし、乙説を採るには上記大法廷判決の変更を要する。しかも審判手続における訂正の機会は特許権者の手続的利益の中核であり、訴訟段階で新たな無効理由の主張を許せばこれを事後的に奪うことになる。よって甲説が妥当であり、乙の主張は許されない。乙は別途共同出願違反を理由とする無効審判を請求すべきである。
第2 第1問設問2
1 まず、第1次審決取消判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)の及ぶ範囲が問題となる。拘束力は判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断に及ぶ(最判平成4年4月28日・高速旋回式バレル研磨法事件)。
甲は、第1次取消判決は発明aが発明bから容易想到とはいえないとの判断を含み、これに拘束力が及ぶから、乙が再び容易想到性を主張することは許されないと主張する。これに対し乙は、同判決は発明bと発明aの技術内容及び異同点の認定の誤りを理由とするから、拘束力は当該認定部分に及ぶにとどまり、容易想到性の判断には及ばないと主張する。
本問の取消理由は技術内容及び異同点の認定の誤りそれ自体であり、誤った認定を前提とする容易想到性の判断にまで拘束力を及ぼすべき必要はない。よって乙の主張は拘束力に反せず、乙説が妥当である。もっとも、拘束力の及ぶ認定と矛盾する主張、すなわち取り消された認定と同一の技術内容を前提とする主張は許されない。
2 次に、新たな証拠cの提出と審理範囲との関係が問題となる。設問1の甲説によっても、証拠cは本件審判で現実に審理判断された「発明bに基づく容易想到性」という同一の無効原因の枠内で発明bの技術内容を明確化するために提出されたにすぎず、新たな無効原因の主張ではない(最判昭和55年1月24日・食品包装容器事件)。したがって審理範囲を逸脱せず、乙の主張は許される。乙説によれば当然に許される。
第3 第1問設問3
1 乙の主張は権利行使制限の抗弁(法104条の3第1項)であるが、甲乙間では同一の無効理由につき請求不成立の第二次審決が確定しているため、一事不再理効(法167条)との関係が問題となる。
2 甲は、法167条により乙は同一の事実及び証拠に基づく無効審判を再度請求できず、したがって当該理由により「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められる」(法104条の3第1項)とはいえないから抗弁は許されないと主張する(甲説)。平成23年改正により法167条の効力が当事者間に限定されたのは、第三者の不利益を避けつつ当事者間の紛争の蒸し返しを防止する趣旨であり、侵害訴訟で同一の主張を許せばこの趣旨が没却される。
3 これに対し乙は、①無効審判と侵害訴訟は別個の手続であり、法104条の3は無効審判を経ずに無効主張を許す趣旨であるから、審判で許されないことが侵害訴訟でも許されないことにはならない、②無効理由の存在が明らかな特許権の行使は権利濫用として許されない(最判平成12年4月11日・キルビー事件)と主張する(乙説)。
4 しかし、法104条の3は上記キルビー判決の権利濫用の抗弁を立法化したものであり、無効審判と機能的に等価な判断を侵害訴訟に取り込む規定である。同一当事者間で確定審決により決着した争点の蒸し返しを侵害訴訟で許すことは法167条の趣旨に反する。よって甲説が妥当であり(知財高判平成23年6月23日等も同旨)、乙の主張は許されない。ただし乙が従前と異なる事実及び証拠を提出する場合は法167条の範囲外であり、抗弁は許される。
第4 第1問設問4
法123条2項は、共同出願違反(法38条、123条1項2号)の場合は特許を受ける権利を有する者に限り無効審判を請求できると定める。これは、当該無効理由が権利の帰属に係るものにすぎず、また権利が消滅すると真の権利者による移転請求(法74条)が不可能となるからである。丙は特許を受ける権利を有する者でないから無効審判を請求できない。
しかし法104条の3第3項は、法123条2項の規定は当該特許を受ける権利を有する者以外の者が権利行使制限の抗弁を提出することを妨げない旨を定める。これは、無効理由が存在する以上その権利行使を認めるのは相当でなく、かつ抗弁が認められても特許が消滅するわけではないから真の権利者による移転請求も妨げられないためである。したがって丙の主張は許される。
第5 第2問設問1
1 Xは、ガイドマップAが地図の著作物(著作権法2条1項1号、10条1項6号。以下「法」という。)であり、XとYの共同著作物(法2条1項12号)としてXも著作権を共有すると主張し、Zの地図M作成が複製権(法21条)ないし翻案権(法27条)の侵害、販売が譲渡権(法26条の2。翻案の場合は法28条も)の侵害に当たるとして差止め(法112条1項)を求めることになる。共有著作権者は他の共有者の同意を得ないで差止請求ができる(法117条1項)から、X単独での請求自体は可能である。
2 Zの反論として、まず著作物性が否定されると主張することが考えられる。地図は地形等を所定の記号によって客観的に表現するものとして個性的表現の余地が少なく、その著作物性は記載すべき情報の取捨選択及びその表示方法を総合して判断される。ガイドマップAはイラストもなく通常の地図の表記ルールに従った表現の域を出ない。しかし、市バスのみで巡ることができる知られざる観光スポット50か所を厳選して書き入れ、市バスの路線図と停留所名を詳細に書き込んだ点に、記載すべき情報の取捨選択とその表示方法における個性が現れている。よって著作物性は認められる。
3 次にZは、Xが著作者でないと反論する。共同著作物の著作者となるには各人が創作的表現に関与したことを要する。本件では観光スポットの探索・厳選、地図への書き入れ、路線図と停留所名の記入という創作的表現の全てをYが3か月かけて行っており、Xはガイドマップのコンセプトを着想したにとどまる。単なるアイデアの提供は創作的表現ではないから、Xは著作者ではない。この反論は妥当であり、Xの請求は認められない。
4 なお、地図Mは観光スポットをイラストとして表現した以外はガイドマップAと全く同じであり、Aに依拠してその表現上の本質的な特徴を直接感得できる形で作成されたものであるから、Yが請求するのであれば翻案権及び譲渡権の侵害が認められる。
第6 第2問設問2(1)
1 設問2のガイドマップAはXとYが同程度の貢献をして協力してイラストを描いたものであり、2人以上の者が共同して創作し各人の寄与を分離して個別的に利用できないから共同著作物(法2条1項12号)である。
2 Yのインターネット配信は公衆送信権(法23条1項)の対象行為である。共有著作権は共有者全員の合意によらなければ行使できない(法65条2項)から、Xは合意を欠く行使であるとして侵害を主張する。Yは、各共有者は正当な理由がなければ合意の成立を妨げることができない(法65条3項)から配信は適法であると反論する。しかし同項は合意の成立を妨げることができないと定めるにとどまるから、他の共有者が合意しない場合に権利を行使するには合意に代わる意思表示を命ずる判決を得る必要があると解する。Yはこれを得ていないから、配信は法65条2項に反し公衆送信権侵害となる。
3 もっとも法65条3項の正当な理由は、持分の価値の維持にかかわる経済的又は人格的な合理的理由を要すると解する。本件ではインターネット配信によりガイドマップAの売上げは飛躍的に伸びており、Xの持分価値も増大している。自分の名前が世界中に知られる不安は氏名表示の在り方によって回避できるから、配信そのものを拒む理由とはならない。よってXに正当な理由はなく、Yは合意に代わる判決を得て配信することができる。
4 著作者人格権については、従前Xの氏名を表示せずに発行していたガイドマップAについてYがXの氏名を表示して配信した点で、Xの氏名表示権(法19条1項)が問題となる。共同著作物の著作者人格権は著作者全員の合意によらなければ行使できない(法64条1項)から、ここでも合意に代わる判決を要すると解すべきである。Yは、Xが合意の成立を妨げることは信義に反する(法64条2項)と反論するが、法65条3項の正当な理由が持分の経済的価値を基準とするのに対し、法64条2項は著作者の人格的利益に照らして判断すべきであって、両者は区別して論じなければならない。売上げの増加はXの財産的利益にすぎず、氏名を公表されないという人格的利益と直結しない。よってXが合意を拒むことは信義に反せず、氏名表示権侵害が成立し、Xは配信行為の差止めを求めることができる。
第7 第2問設問2(2)
1 本件出題はガイドマップAの複製(法21条)であり、本件問題集の発行は複製及び譲渡(法26条の2)に当たる。
2 Sは、まず試験問題としての複製(法36条1項)を主張する。同項の趣旨は、試験が公正な実施のために秘密性を要し事前の許諾を求めることが困難であること、及び試験での利用が著作物の通常の利用と衝突しないことにある。本件試験は社内の資格試験であるが、事前に許諾を求めれば出題内容が漏れるおそれがある点で趣旨が妥当するから、本件出題には同項が適用される。ただし本件試験はタクシー会社Sが営利を目的として実施する資格試験であるから、法36条2項により通常の使用料に相当する額の補償金の支払義務を負う。
他方、本件問題集は実施済みの試験問題を掲載するものであり秘密保持の必要がなく、事前の許諾を求めることも可能であるから、法36条1項は適用されない。
3 Sは引用(法32条1項)も主張しうるが、本件問題集はガイドマップA全体をそのまま掲載するもので解説も付されておらず、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内の利用とはいえない。よって引用には当たらない。
4 譲渡については、社内の希望者への配付が「公衆」(法2条5項参照。特定かつ多数の者を含む)への提供に当たるかが問題となる。配付先が社内に限られても希望者が多数に及べば特定多数の者として公衆に当たり、譲渡権侵害となる。
5 本件出題が観光スポットの名称を空欄にした点は改変であり同一性保持権(法20条1項)が問題となるが、名称を解答させることが試験の目的そのものであって他に代替手段がないから、試験の目的上やむを得ない改変(法20条2項4号)に当たり侵害とならない。これに対し本件問題集への掲載は試験の実施とは別であるから、同号による正当化は認め難い。
6 氏名表示権(法19条1項)については、法19条2項が既に著作者が表示しているところに従って表示できると定める趣旨は、著作者の表示に関する意思を尊重する点にあるから、無表示で発行されていた場合にも妥当する。ガイドマップAにX及びYの氏名は表示されていなかったから、Sが氏名を表示しなかったことは氏名表示権の侵害とならない。
以上