司法試験 平成29年 知的財産法
問題文
[知的財産法]〔第1問〕(配点:50)
製薬会社X1は,「薬剤αと,薬剤γ1,γ2,γ3及びγ4から選ばれる薬剤βとを組み合わせて成る糖尿病治療用医薬」という発明について,平成27年4月1日に特許出願し,平成28年4月5日に設定登録を受けた(以下,「本件特許権」といい,同特許権に係る発明を「本件特許発明」
という。)。薬剤α及び薬剤βは,いずれもそれぞれ単体として従来より公知の糖尿病治療用医薬であったが,本件特許発明は,薬剤αと薬剤βを組み合わせ,併用して服用することによって,従来の治療用医薬にはない顕著な効能を奏する発明である。また,薬剤βは薬局で市販されている薬剤であるが,薬剤αは医師の処方せんがないと入手できない薬剤である。
X1は,別の製薬会社であるX2に対し,本件特許権について,範囲を全部,地域を日本全国,期間を特許権の存続期間全部とする専用実施権(以下「本件専用実施権」という。)を設定し,本件専用実施権は登録された。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。
なお,本件特許権はいわゆる併用・組合せ特許として有効であるものとし,「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(いわゆる医薬品医療機器等法)所定の問題は考慮しないこととする。また,各設問の事実関係はそれぞれ独立したものであって相互に関連性はないものとする。
〔設 問〕1.製薬会社Yは,薬剤α(顆粒)の他に,薬剤βの一種である薬剤γ1(カプセル入りの液体)
とをそれぞれ別個に製造・販売していたが,平成27年1月,本件特許発明の内容を知らずに,薬剤αと薬剤γ1を同時に服用すると更なる顕著な効果を生じるのではないかと着想し,組み合わせる用量の試行錯誤を重ねたところ,同年3月,薬剤αと薬剤γ1を最適な用量で組み合わせた糖尿病治療用医薬αγ1(以下「Y製品1」という。)を見いだし,直ちに両薬剤を組み合わせるための生産ラインの設計・製造を外部に発注したところ,平成28年8月頃,同製造ラインが完成したため,生産を開始した。その後,Yは,Y製品1の更なる改良に取り組み,その結果,薬剤βの一種ではあるが薬剤γ1と比較して更に薬理効果の高い薬剤γ2と薬剤αを組み合わせた糖尿病治療用医薬αγ2(以下「Y製品2」という。)を開発し,平成29年4月以降,これを製造・販売している。
X1は,Yに対し,YによるY製品2の製造・販売は本件特許権を侵害するものであると主張して,Y製品2の製造・販売の差止めを求めて訴訟を提起した。
X1は,どのような主張をすべきか。これに対するYの反論として,どのような主張が考えられるか。その妥当性についても論じなさい。
2.製薬会社Zは,薬剤α(顆粒)を単体の糖尿病治療用医薬として製造・販売していたが,Z製の薬剤α(以下「Z製品」という。)は,医師の処方せんに基づき薬剤師によって,患者に対して,製薬会社Aの製造に係る薬剤β(カプセル入りの液体。以下「A製品」という。)と一緒に処方され,患者に対してA製品と同時に服用するように指示され使用されている場合が多かった。
Zは,本件特許権の存在を知り,かつ上記の処方・使用の事実を知りながら,あえてZ製品の製造・販売を続けていた。
X2は,Zに対し,本件専用実施権に基づいてZ製品の製造・販売の差止めを求めて訴訟を提起した。
X2は,どのような主張をすべきか。これに対するZの反論として,どのような主張が考えられるか。その妥当性についても論じなさい。
3.X2は,X1の承諾を得て,製薬会社X3に対し,自ら本件特許発明を実施しないことを約して独占的な通常実施権を許諾し(ただし,X3による再実施許諾権はない。),これを受けたX3は,自らは本件特許発明の実施品である治療用医薬を製造・販売せず,契約に反し別の製薬会社Bに再実施許諾して本件特許発明の実施品である治療用医薬(以下「B製品」という。)
を製造・販売させて,継続的に実施料を得ている。
一方,X2は,同様にX1の承諾を得て,X3との上記実施許諾契約に反し,製薬会社Cに対し,本件専用実施権について通常実施権を許諾し,これを受けたCは,本件特許発明の実施品である治療用医薬(以下「C製品」という。)を製造・販売している。その結果,本件特許発明の実施品の市場はB製品とC製品とで二分された状況になっている。
X3は,Cに対して,C製品の製造・販売の差止めと特許法第102条第2項により算定した損害賠償を求めて訴訟を提起した。
X3は,どのような主張をすべきか。これに対するCの反論として,どのような主張が考えられるか。その妥当性についても論じなさい。
〔第2問〕(配点:50)
社会福祉法人丙は,ある市においてチャリティーコンサート(以下「本件コンサート」という。)
を開催し,無報酬での出演を引き受けてくれた歌手Aに歌ってもらった。本件コンサートは,この市の職員を対象としたもので,50名が来聴した。入場は無料だったが,会場で配布されたプログラムの中に,市内の福祉施設への寄附のお願い文と封筒が挟んであり,そのお願い文には,寄附をしたい者は封筒に金銭を入れて出口に置かれた募金箱に投じるようにと記載されていた。丙は,今後も近隣の市において同じ演目のチャリティーコンサートを催す予定である。
本件コンサートの主催者は丙であるが,歌の選曲はAに任されていたところ,歌われた曲の中に,乙が作曲した曲を10曲集めて自ら発行したCD(以下「本件CD」という。)に含まれていたMという曲があった。
Mの歌詞は,反戦活動家の甲が,全国各地の戊辰戦争の戦場を巡り,その土地に伝わる戦争に関する詩を集めて編んだ詩集(以下「本件詩集」という。)に収められた詩の一編である詩Pを,そのまま利用したものである。本件詩集は,戦争の悲惨さを格調高く歌った詩60編を甲が厳選し,テーマごとに6章に分けて構成したものであり,詩Pは,「戦の果てに」と題する章であるQ章を構成する10の詩の中の一つであった。平和運動家としても知られる乙は,本件詩集を読み,Q章「戦の果てに」において,戦争により荒れた田畑や戦死者の遺族の悲しみを詠んだ詩がまとめられているという構成に初めて接して感銘を受け,平和を祈念してQ章「戦の果てに」の10の詩に曲を付けて本件CDとして発行したが,収録した曲の順序は,本件詩集のQ章の収載順とは異なっていた。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。
〔設 問〕1.乙は,本件コンサートにおけるMの歌唱は乙の著作権を侵害するものであるとして,丙に対して,今後丙が催す予定の同じ演目のチャリティーコンサートの開催の差止めを求める訴訟を提起した。乙は,どのような主張をすべきか。これに対する丙の反論として,どのような主張が考えられるか。それぞれの主張の妥当性についても論じなさい。なお,本件コンサートのプログラムには,Mの作曲者が乙であることは表示されていたものとする。
2.インターネット上で,エンターテインメントに関するニュース配信の事業を行っている新聞社丁は,本件コンサートが開催されたという記事(以下「本件記事」という。)を配信し,この記事にAがMを歌っている場面の動画(丁が取材して録画したもの。以下「本件動画」という。)
を貼り付けた。本件記事の文章は500文字であり,本件動画は,Mの歌唱全体が7分間であったうちの1分間で構成されている。画面上,本件動画の部分は画面の8分の1の面積の窓になっており,その横に本件記事の文章が配置されている。なお,丁の配信記事に配信期限はなく,一旦配信されたものは,そのまま配信され続けるシステムになっており,本件コンサートの開催から1年以上経過してもなお本件記事は配信されている。
乙は,丁に対して,本件動画の配信は乙の著作権を侵害するものであるとして,本件動画の配信の差止めを求める訴訟を提起した。乙は,どのような主張をすべきか。これに対する丁の反論として,どのような主張が考えられるか。それぞれの主張の妥当性についても論じなさい。
3.乙は,本件CDに収められた楽曲の創作及び発行に際し,甲の許諾を得ておらず,本件CDに本件詩集や甲についての言及もなかったので,甲は,乙の本件CDの発行は甲の著作権及び著作者人格権を侵害するものであるとして,本件CD発行の差止め及び損害賠償を求める訴訟を提起した。甲は,どのような主張をすべきか。これに対する乙の反論として,どのような主張が考えられるか。それぞれの主張の妥当性についても論じなさい。
4.乙は,本件CDに収められた楽曲の創作及び発行に際し甲の許諾を得ており,同楽曲に関する著作権を著作権管理団体Jに信託的に移転していたものとする。戊は,劇団主宰者であり,戦争を茶化した喜劇の背景音楽として,Mを繰り返し再生している。再生に際し,戊は著作権管理団体JからMの再生の許諾を得ていた。乙は,戊のMの使用態様は乙がMを作曲した意図を損ない,戊がこのような趣旨によりMを再生することは乙の権利を侵害すると主張して,Mの再生の差止めを求める訴訟を提起した。乙は,どのような主張をすべきか。これに対する戊の反論として,どのような主張が考えられるか。それぞれの主張の妥当性についても論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
知的財産法〔第1問〕1 設問1は,専用実施権が設定されている場合の特許権者による差止請求の可否及び先使用権の成否等を問う問題であり,設問2は,間接侵害の成否等を問う問題であり,設問3は独占的通常実施権者に固有の差止請求権や損害賠償請求権が認められるか,それらが認められる場合,特許法(以下「法」という。)第102条第2項の類推適用が認められるか否か等を問う問題である。
2 設問1については,第1に,X1はX2に対し範囲を全部とする専用実施権を設定していることから,法第68条ただし書により,もはや特許権者であるX1はYに対し差止請求権を行使することはできないのではないかが問題となる。この点に関しては,特許権者は,その特許権について専用実施権を設定したときであっても,当該特許権に基づく差止請求権を行使することができる旨判示した最高裁判所平成17年6月17日判決民集59巻5号1074頁【リガンド分子安定複合体事件】を念頭に置きつつ,自説を説得的に論述することが求められる。第2に,仮にX1に差止請求権が認められるとしても,Yは,Y製品1につき,本件特許の出願前に既に発明を完成し,生産ラインの設計・製造を外部に発注していることから,Yが先使用権(法第79条)を有すると主張することが考えられる。この点に関しては,まず,「事業の準備」の意義が問題となるが,「事業の準備」とは,その発明につき,いまだ事業の実施の段階には至らないものの,即時実施の意図を有しており,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識される態様,程度において表明されていることを意味すると判示した最高裁判所昭和61年10月3日判決民集40巻6号1068頁【ウォーキングビーム事件】を念頭に置きつつ,当該事案に適切に当てはめることが求められる。次に,仮にY製品1について先使用権が認められても,Y製品2についてまで先使用権が及ぶか,すなわち,Y製品2が「準備をしている発明の範囲」に含まれるかが問題となる。この点に関しては,前掲【ウォーキングビーム事件】最高裁判決が,先使用権の効力は,特許出願の際に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく,これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶ旨判示していることを念頭に置きつつ,本件事案に当てはめることが求められる。
3 設問2については,第1に,本件特許発明は物の発明であるところ,Z製品は本件特許発明の一部を構成するにすぎないから,間接侵害(法第101条第2号)の成否が問題となる。
まず,薬剤αと薬剤βを併用して服用することが「その物の生産」と言えるかが問題となり得るが,この点に関しては,これを否定した裁判例(大阪地判平成24年9月27日判時2188号108頁【ピオグリタゾン事件】)もあることから,自説を展開して論述することが求められる。また,薬剤αは医師の処方せんがなければ入手できない薬剤であることから,非汎用品要件を充足するか否かが問題となるが,この点に関しては,「日本国内において広く一般に流通しているもの」とは,典型的には,ねじ,釘,電球,トランジスター等のような,日本国内において広く普及している一般的な製品,すなわち,特注品ではなく,他の用途にも用いることができ,市場において一般に入手可能な状態にある規格品,普及品を意味すると判示した知的財産高等裁判所平成17年9月30日判決判タ1188号191頁【一太郎事件】を念頭に置きつつ,本件事案に当てはめることが求められる。さらに,「発明による課題の解決に不可欠なもの」と言えるかが問題となるが,この点に関する判断基準としては,東京地方裁判所平成16年4月23日判決判タ1196号235頁【プリント基板用治具に用いるクリップ事件】や東京地方裁判所平成25年2月28日判決裁判所ホームページ【ピオグリタゾン事件】があり,他方で,前掲【一太郎事件】もあることから,これらを念頭に置きつつ,薬剤αが公知の薬剤であることを考慮して自説を展開して当てはめることが求められる。第2に,直接侵害が成立しない場合の間接侵害の成否が問題となる。この点に関しては,直接の実施行為者は医師,薬剤師か,それとも患者かによって構成が異なり得る。これを医師又は薬剤師と解するときは,法第69条第3項の適用の可否,すなわち,医師の処方せんに基づき薬剤師が同時に服用するように指示する行為が,同項の「混合」,「調剤」に当たるかが問われ,当たらないにしても,同項の趣旨から,「混合」,「調剤」に類似する行為として特許権の効力が及ばないとの構成が考えられる。また,直接の実施行為者を患者と解するときは,併用して服用する行為は,家庭内実施行為であって法第68条の「業として」に当たらないと考えることも可能であろう。いずれにしても,このような場合に間接侵害が成立するのか否かについて自説を展開することが求められる。第3に,仮に間接侵害が成立しないとしても,Zは情を知らない医師,薬剤師及び患者を支配・管理し,言わば手足として利用することによって,直接特許権を侵害する主体であるとの構成も考えられ得る。この点について言及すれば,更に積極的な評価が与えられよう。
4 設問3については,第1に,独占的通常実施権者であるX3に固有の差止請求権があるか否かが問題となり,仮に固有の差止請求権を認めない場合でも,専用実施権者であるX2の差止請求権を代位行使することができるか否かが問題となる。仮に代位行使を肯定する場合は,X2が有する差止請求権の代位行使であるという性質上,X2から実施許諾を受けているCに対しても差止請求権を代位行使することができるか否かが問題となることから,これらの点につき,自説を展開し,論述することが求められる。第2に,まず,X3に固有の損害賠償請求権が認められるかが問題となる。仮に固有の損害賠償請求が可能であるとしても,本設問の場合,市場はBとCとで2分された状態であってX3が独占しているわけではないことから,独占的通常実施権者が損害賠償を請求するためには,単に独占的通常実施許諾の合意があっただけでは足りず現実にも市場の独占状態が実現されていることを要するか否かが問題となる。次に,仮にX3について損害賠償請求権を認める場合,法第102条第2項の類推適用の可否が問題となる。さらに,同項の類推適用を認める場合,X3は自ら本件特許発明を実施していないことから,このような場合でも,同項の類推適用が認められるかが問題となる。この点に関しては,特許権者が当該特許発明を実施していることは同項を適用するための要件とは言えず,特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する限り同項の適用が認められる旨判示した知的財産高等裁判所平成25年2月1日判決判時2179号36頁【ごみ貯蔵機器事件】を念頭に置いて,自説を展開することが求められる。なお,その場合,X3はそもそも再実施許諾権を有しないから,このような場合でも上記事情が存在すると言えるか否かも問題となろう。
〔第2問〕1 設問1は,コンサートでの歌唱に対して演奏権侵害が成立するかについて,演奏権侵害の要件(著作権法〔以下「法」という。〕第22条),演奏の主体,非営利の演奏に対する著作権の制限(法第38条第1項)に関する理解を問う問題であり,設問2は,時事の事件の報道(法第41条)及び引用(法第32条第1項)に関する理解を問う問題である。設問3は,編集著作物の成立と編集著作権の侵害(法第12条第1項)の成否,氏名表示権(法第19条)及び同一性保持権(法第20条第1項)の侵害の成否を問う問題であり,設問4は,著作者の名誉・声望を害する方法による著作物の利用としての著作者人格権みなし侵害(法第113条第6項)の成否について問う問題である。
2 設問1では,まず,演奏権侵害について,本件コンサートにおける市職員50名に対する歌唱が,法第22条の「公衆に」聞かせるという要件を満たすかが問題となる(法第2条第5項参照)。次に,演奏行為をしたのはAであり,歌の選曲もAがなしたことから,丙が演奏権侵害の主体であるかが問題となるところ,この点については,最高裁判所昭和63年3月15日判決民集42巻3号199頁【クラブ・キャッツアイ事件】,最高裁判所平成23年1月20日判決民集65巻1号399頁【ロクラクⅡ事件】の判示を念頭に置いて述べることが求められる。最後に,本件コンサートが,非営利団体である社会福祉法人のチャリティー目的であり,寄附金を募っていたという点が,法第38条第1項に該当するかが問題となる。同項の要件は,①営利を目的とせず,②聴衆等から料金を受けず,③実演家等に対し報酬が支払われない,の3つであるところ,非営利団体のチャリティー目的であることなどの設問の事実関係を踏まえ,取り分け,寄附金をどのように評価するかについて,理由を明らかにして,各要件につき論じることが求められる。なお,コンサート全体の差止めの請求は過剰であることについて言及があれば,積極的な評価が与えられよう。
3 設問2では,本件動画へのMの録音行為に対する複製権(法第21条)侵害,インターネット配信に対する公衆送信権(法第23条第1項)侵害について,時事の事件の報道(法第41条)及び引用(法第32条第1項)に関する著作権の制限規定の適用の可否が問題となる。まず,法第41条に該当するかについては,本件動画の配信の態様が,「報道の目的上正当な範囲内」と言えるか,本件コンサートの開催から1年以上経過してなお配信され続けていても,「時事の事件」と言えるかについて論じることが求められる。次に,法第32条第1項については,最高裁判所昭和55年3月28日判決民集34巻3号244頁【パロディモンタージュ事件】のみならず,近時の知的財産高等裁判所平成22年10月13日判決判時2092号135頁【鑑定証書コピー事件】等の判示をも念頭に置きつつ,検討することが求められる。
4 設問3では,本件詩集において,甲が詩を厳選したこととテーマごとの章に分けて構成したことという設問の事実関係を踏まえ,素材の選択・配列について,創作性が認められ,甲が編集著作権(法第12条第1項)を有するか否かを述べることが求められる。そして,編集著作権の侵害は,素材の選択又は配列の創作的表現の再製が要件となるところ,本件CDにおいて,甲の60編の詩の選択のうちの一部が利用され,収録した曲の順序が変更されていることについて検討しつつ,自説を論じることが求められる。また,本件CDにおいては,甲への言及がないことから氏名表示権(法第19条)について,Q章の詩の順序が変更されていることから同一性保持権(法第20条第1項)について,それぞれ述べることが求められる。
5 設問4では,名誉・声望を害する方法による著作物の利用としての著作者人格権みなし侵害(法第113条第6項)の成否が問題となるところ,同項にいう名誉・声望とは,社会的名誉・声望を指し,主観的な評価である名誉感情は含まれないとされていることを踏まえつつ,戊の本件再生行為によって,乙が社会から受ける客観的な評価の低下を来し社会的名誉・声望が毀損されると言えるかについて,理由と共に論じることが求められる。
[労働法]〔第1問〕本問は,会社分割に際して分割先会社へ承継される従業員を対象とする説明会が実施され,会社分割後,分割先会社において,給与規程,退職金規程の改訂が行われた事例について,会社分割の際に法律上要求されている手続の意義と法的効力,就業規則変更の法的効力を問うものである。労働条件変更をめぐる紛争は,裁判例においても数多く見られるところであり,関係条文・判例が定立している規範を正確に理解した上で,具体的事案に的確に適用すること(当てはめ)ができるかが問われている。
設問1では,労働契約承継法(以下「承継法」という。)第3条によりY社からZ社へ労働契約が承継されるX1が,商法改正法附則上の「労働者との協議」手続(以下「5条協議」という。)の一環として行われたと考えられる説明会におけるY社の対応に納得できず,不満があるとされているので,5条協議の意義,5条協議の履行と労働契約承継の効力との関係が問題となる。この点について,判例(日本アイ・ビー・エム事件最判平成22年7月12日民集64巻5号1333頁)が,5条協議の意義を踏まえて,5条協議不履行等の場合には,労働契約承継の効力を争うことができるとしている。したがって,この判例を参照しながら検討することになろう。
また,承継法第7条は,分割会社に労働者の過半数代表者との協議等により,「労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする」(以下「7条措置」という。)と定めているので,この7条措置と労働契約承継の効力との関係について検討する必要がある。7条措置の意義と効力についても,前掲判例で取り上げられている。したがって,この点に留意しながら,Y社がC組合からの本件分割についての協議申入れに応じなかったことが,7条措置との関係でどのように評価されるのか検討すべきであろう。
設問2では,まず,X2が,給与,退職金等を改訂する就業規則の変更についてのZ社の説明会の後に,これに同意する旨の書面(以下「同意書」という。)を提出しているので,この同意書をどのように評価すべきかが問題となる。判例(山梨県民信用組合事件・最判平成28年2月19日民集70巻2号123頁)は,労働者が就業規則による労働条件の不利益変更に同意した場合,労働契約法(以下「労契法」という。)第8条,第9条本文を参照しつつ,その同意に法的拘束力を認めるが,同意の有無についての判断は慎重になされるべきであるとして,その判断に際して考慮すべき諸事情を挙げている。したがって,この判例を参照しながら,同意書提出に関する諸事情に即して,X2の同意を認定できるのか検討することになろう。
次に,X2の請求の可否を検討するに当たっては,本件就業規則の不利益変更の法的効力が問題となる。この点については,就業規則による労働条件の不利益変更に関する判例法理を明文化した労契法第10条の解釈,適用の問題となるので,本件就業規則変更に関する諸事情に即して,本件変更に係る諸手続の履践の有無と変更内容等についての合理性の有無を検討すべきことになる。
〔第2問〕本問は,使用者との間でユニオン・ショップ協定(以下「ユ・シ協定」という。)を締結している労働組合(以下「組合」という。)から脱退した労働者がユ・シ協定によって解雇され,脱退した労働者の一部が新たに結成した組合が使用者に対して団体交渉を求めた事例について,ユ・シ協定による解雇の効力,複数の組合が併存している場合の団体交渉申入れに対する使用者の対応の適否を問うものである。ユ・シ協定の法的効力,団交拒否の適否をめぐる紛争について,関係条文・判例が定立している規範を正確に理解した上で,具体的事案を明確に整理,識別して,的確に適用すること(当てはめ)ができるかが問われている。
設問1については,X1,X2及びX11は,ユ・シ協定に基づきY社から解雇されているので,ユ・シ協定の意義と効力をどのように理解すべきかが問題となる。この点について,判例は,肯定的な立場(日本食塩製造事件・最判昭和50年4月25日民集29巻4号456頁)
であるが,ユ・シ協定締結組合とは別の組合に加入している者,新たに組合を結成した者については,ユ・シ協定の解雇義務を定める部分は民法第90条に違反して無効とする(三井倉庫港運事件・最判平成元年12月14日民集43巻12号2051号)。したがって,判例によれば,解雇の効力の有無については,A組合から脱退した後,B組合に加入したか否かが重要な意味を有することになるが,X1の解雇はB組合結成前であるので,この点をどのように評価すべきかが問題となる。この3者それぞれの事実関係を明確に整理,区別して,解雇の効力を検討する必要があろう。また,A組合から脱退した者の中で,この3者だけが解雇されていることも問題となろう。
設問2については,B組合の要求に対するY社の対応が,正当な理由のない団体交渉拒否(労働組合法第7条第2号の不当労働行為)に当たるのか否かが問題となる。まず,B組合が団体交渉を要求する事項が義務的団交事項であるのか否かについて検討すべきであろう。その上で,Y社の⑴〜⑶の対応それぞれについて,それが団交に応じない正当な理由と評価できるのか否かを検討することになろう。判例(日産自動車事件・最判昭和60年4月23日民集39巻3号730頁)は,複数組合が併存する場合には,全ての場面で,使用者には各組合に対し中立的態度を保持し,その団結権を平等に承認,尊重すべきものであるとした上で,各組合の組織力,交渉力に応じた合理的,合目的的な対応をすることはこの義務に反しないとしているが,この判例を参照しつつ検討する必要がある。また,団交要求に対する文書回答の適否についても問題となろう。
[環境法]〔第1問〕第1問は,実務上,提起され得る土壌汚染対策法の解釈・運用について分野横断的な視点から問うものである。土壌汚染対策の費用負担に関する適切な制度設計及び解釈・運用は,関係当事者間の正義・衡平と土壌汚染の迅速・効果的な対策を促進することになる。
〔設問1〕は,売買契約の解釈を通して,土壌汚染対策法上,自然由来の土壌汚染がどのように位置付けられているかを尋ねている。これにより,本設問における土壌汚染対策の費用負担者が異なることになる。
自然由来の土壌汚染につき,【資料】通知によれば,平成21年改正前土壌汚染対策法は,その対象としていなかったが,平成21年改正後土壌汚染対策法は,これを対象とすることとなった(行政解釈の変更)。これについて,法律の解釈に関する終局的な判断は,裁判所に委ねられているが,設問の場合,「環境省の指定基準に適合しない土壌汚染」(甲売買契約第10条第2項)との契約上の文言の解釈が問題となっている。そして,契約文言の意義は、契約当事者の意思表示の合理的解釈によって決まるから,その合理的解釈の中で,自然由来の土壌汚染が,甲売買契約の上記条項における「土壌汚染」に含まれるかを論じることになる。
本設問では,この点について,【資料】通知を参考にして,理由を付したAの主張とBの反論を記述した上で,それぞれの評価を行うことが求められている。
想定できるAの主張は,Bによる対策費用負担を求める理由として,(人の健康被害の未然防止という)土壌汚染対策法の趣旨目的から,改正法前後にかかわらず,自然由来物質は,同法令の規制対象物質である限り,そもそも同法の規制対象に含まれており,甲売買契約第10条第2項にいう「土壌汚染」に当たるというものなどであろう。それに対して,想定できるBの反論は,Bによる対策費用負担は求められない理由として,【資料】通知記載のとおり,環境基本法との整合性などを考慮すると自然由来物質による汚染は,改正前は含まれていなかったため,甲売買契約第10条第2項にいう「土壌汚染」には当たらないというものなどであろう。
AのBに対する甲土地の汚染対策費用の支払請求が認められるかについては,AとBの各主張を評価することになる。
まず,甲売買契約における合理的意思解釈には,土壌汚染対策法の解釈が必要であることを指摘する。次に,甲売買契約時と請求時において,同法の自然由来物質による汚染に関する行政解釈について変化があることを指摘する。さらに,A,Bの主張の妥当性について,①環境基本法との関係,②土壌汚染対策法の趣旨目的,③自然由来物質による土壌汚染を対象とした場合には,Bに過大な負担を課す可能性があるがその妥当性(比例原則),④(行政解釈の変更を行った)【資料】通知の法的性質,行政解釈変更の適否及び変更が許されると解する場合の範囲(変更は,汚染土壌搬出規制のみにとどめるか)などの観点から論じることになる。
なお,周知のとおり,現在では,自然由来物質による土壌汚染の場合,対策義務者の負担を限定する対応がされている(平成23年改正土壌汚染対策法施行規則第53条2号ただし書イ、同規則第58条第4項第9号など)。さらに,土壌汚染対策法の一部を改正する法律案が,第193回通常国会において可決,平成29年5月19日に公布されており(平成29年法律第33号。施行期日は,附則第1条参照。),同改正法は,自然由来の土壌汚染を対象とすることを前提とした定めを置いている。
〔設問2〕は,土壌汚染対策法に基づく対策が適切に行われない場合を想定して,同法の簡易代執行に関する仕組みと同法以外の法制度との関係について尋ねている。これにより,本設問における土壌汚染対策の費用負担者が異なることになる。なお,出題文中,Xは,当時の乙土地の所有者Aのほか,駐車場管理会社である場合などが想定できる。
小問⑴については,以下の手続によることとなる。まず,S県知事は,土壌汚染対策法第6条に基づき,要措置区域の指定を行うことになる。次に,土壌汚染を「放置することが著しく公益に反すると認められるとき」,S県知事は,同法第7条第5項に基づいて指示措置を自ら行う(簡易代執行)。なぜなら,乙土地の所有権に争いがあるため,「過失がなくて当該指示を受けるべき者を確知することができず」(同法第7条第5項),同条第1項に基づいて,所有者等や原因者に汚染の除去等の措置を講ずべきことを指示することができないからである。
小問⑵については,Cの主張の当否を判断するに当たり,場合分けを行った上で,土壌汚染対策法と廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下,「廃棄物処理法」という。)の適用関係を論じ,次に,費用負担に関する土壌汚染対策法の解釈を論じることが求められている。
すなわち,当該廃棄物がQによる土壌汚染の原因となっているかどうかで場合分けし,原因となっていない場合,その限度で,原因者の不明にかかわらず,Cの主張は認められる。なぜなら,この場合,汚染対策費用は,廃棄物処理法が定める原因者負担の原則によることとなるからである。
また,原因となっている場合,第三者(原因者)が不明であれば,Cの主張は認められない。
なぜなら,この場合,Cは,土地の所有者として,土壌汚染対策法に基づく対策義務があるからである(後に原因者が判明した場合,Cは,民法または土壌汚染対策法第8条〔類推適用〕に基づいて原因者に求償することができる。)。一方,第三者(原因者)が明らかである場合,Cの主張の当否は,同法第7条第5項にいう「その者の負担において」の解釈によるが,土地所有者等の責任を重視して「その者」が所有者等のみを意味すると解釈した場合(結論において行政解釈と同旨),Cの主張は,認められない。これに対し,簡易代執行の費用負担においても原因者負担を貫徹するため,「その者」が同法第7条第1項ただし書にいう原因者を含むと解釈する場合,廃棄物を原因とする汚染の限度で,Cの主張が認められる余地がある。ただし,その場合でも,同項ただし書の要件を満たす場合に限られる。
なお,同法第7条は,上記平成29年改正法により,一部改正されていることに注意されたい。
〔第2問〕第2問は,環境法の中で講学上循環管理法と称される分野における基本原則等と,その中でも特に重要な位置を占める廃棄物処理に関わる基本的な事項につき基礎的な理解を問う問題である。現代において環境への負荷の少ない循環型社会を有効に形成していく上で,第3次産業において適正な対応をしていくことは欠かせないと考えられ,工業生産等により直接有害物質を排出し得るような企業でないからといって環境法上の問題と無縁ではいられない。第3次産業に属する会社の取締役会に社外取締役弁護士として関与するという状況として問題設定したのも,法律家となった暁には,いついかなる場面で環境法上の問題への対応を迫られることになるか分からないことを認識してもらいたいとの思いを込めている。
〔設問1〕では,甲店,乙店及び丙店からの各応募内容が,循環型社会形成推進基本法(以下「循環基本法」という。)上の基本原則の観点からどのような内容のものとして位置付けられるかが問われている。循環基本法上の基本原則とは,同法第3条から第7条までに定める循環型社会の形成についての基本原則をいう(同法第9条)が,各応募内容がどのような点において優れていると言えるかを解答することが求められているから,まず,廃棄物等となることができるだけ抑制されなければならないこと(同法第5条),廃棄物等となる場合でも,そのうち有用なものである循環資源(同法第2条第3項)については,処分に優先して,できる限り循環的な利用が行われなければならないこと(同法第6条第1項,第7条第4号),循環的な利用の中では,原則的には,再使用,再生利用,熱回収の順に優先すべきものとされていること(同条第1号ないし第3号)を踏まえて,各店の応募内容の位置付けを理解する必要がある。循環基本法の以上の基本的な成り立ちが理解できていれば,甲店案は,最も優先されるべき基本原則である排出抑制に当たる点で優れていることは自明である。次に,乙店案は,循環資源である廃棄食品を堆肥の原材料として利用するものであるから,再生利用(同法第2条第6項)に当たるが,廃棄食品は,製品としてそのまま使用することや製品の一部として,再使用(同条第5項)することが,その性質上困難なものであるから,その循環資源としての特質に鑑みれば,実質的には最も優れた循環的な利用の方法に当たることを指摘することになろう。
最後に,丙店実例は,燃焼の用に供することのできる厨芥物をバイオガスとして熱(エネルギー)を得ることに利用する熱回収(同条第7項)であり,同法第7条各号の循環的な利用の方法の原則的な順位としては再生利用に劣るが,全体として焼却処分量が減ることにより温室効果ガスの発生が抑制されることなど,別の側面からの環境への負荷の低減にとって有効であると認められる点で優れていること(同条柱書き後段参照)を指摘する。
〔設問2〕は,本来廃棄物として処理していた物を有用なものとして取引することが,循環管理法上どのような問題性を有するかを問う設問である。近時に社会問題化した賞味期限切れ食品の弁当製造業者への横流し事件などに着想している。日頃から社会問題には幅広く関心を持ってほしい。そのような視点で眺めれば,本設問が,平成20年の第1問でも出題された不要物の判断基準に関わる重要判例であるいわゆるおから事件決定(最決平成11年3月10日刑集53巻3号339頁)を念頭に置いて解答を求めるものであることは明らかであろう。ただ,本問では飲食店事業を営む者が排出する食品残さが不要物(廃棄物処理法第2条第1項)
に当たるかが問題となっており,これは同条第4項第1号を受けた同法施行令第2条各号のいずれにも同法第2条第4項第2号の輸入された廃棄物にも当たらないから,不要物に当たるとしても,産業廃棄物ではなく(事業系)一般廃棄物(同条第2項)である点には留意する必要がある。解答では,まず,廃棄物処理法上の「不要物」に当たれば,有用なものとして取引されていたとしても「廃棄物」に当たるため,同法の仕組みに沿った処理が必要となることを指摘し(なお,「廃棄物」と「有用なもの」とが相互排斥的な概念でないことは,循環基本法第2条第3項からも明らかである。),「不要物」に当たるかの判断基準をおから事件決定に準じて立てた上で,本件の食品残さに当てはめて論述することになろう。その際,Bから生鮮野菜の割引の申入れがあることが,食品残さの取引価値を示唆し得る事実であることにも気付いてほしいが,この事実からその取引価値があるものと見るか否かにかかわらず,食品残さの性状,排出の状況,通常の取扱い形態等のその他の検討要素とを総合的に勘案すれば,客観的にはこれが廃棄物に当たるとされることは避け難いと考えられる。したがって,食品残さの契約農家への提供を推進しようとする取締役Cの意見は,一般廃棄物の収集若しくは運搬業(廃棄物処理法第7条第1項)又は処分業(同条第6項)の許可制度に反する蓋然性が高いという問題点があり,Bや他店の契約農家等にこれらの許可を得てもらうとか,再生利用の特例認定(同法第9条の8第1項)を受ける(同条第4項参照)とかしない限り,その問題点は解消されないことを指摘すべきである。
〔設問3〕の枠組み合意は,食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律(平成12年法律第116号。いわゆる食品リサイクル法)第19条に規定する再生利用事業計画に相当するものであり,同法第21条には廃棄物処理法の特例も設けられていて,実際にいくつか類似の再生利用事業計画認定の実例がある。もっとも,本設問は,そういった知識の有無にかかわらず,基本的な条文との対応関係が読み解けるかという応用能力を審査しようとするものであり,(事業者の責務)と見出しのある循環基本法第11条に則して,乙店,B及びD社がどのような責務を果たしていることになるかを記述すれば足りる。廃棄食品が循環資源に当たり,これを原材料として精製された堆肥が再生品に当たることが理解できていれば,本設問の枠組み合意により,乙店は,廃棄食品を循環資源として適正に循環的な利用が行われるために必要な措置としてこれをD社に提供することで同条第1項の責務を果たし,D社は再生利用が可能な廃棄食品を原材料として再生利用することで適正に循環的な利用を行う同条第4項の責務を果たし,Bは再生品である堆肥を使用することにより,乙店は再生品に準じた生鮮野菜を仕入れることにより,それぞれ循環型社会の形成に努める同条第5項の責務を果たしていると考えられることなどを論述する。
[
参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 第1問
1 設問1
⑴ X1がすべき主張。本件特許発明は「薬剤αと、薬剤γ1、γ2、γ3及びγ4から選ばれる薬剤βとを組み合わせて成る糖尿病治療用医薬」である。Y製品2は薬剤αと薬剤γ2を組み合わせた糖尿病治療用医薬であり、γ2は請求項に列挙された薬剤βの一つであるから、本件特許発明の構成要件を全て充足し、その技術的範囲に属する(特許法70条1項)。よってYの製造・販売は本件特許権を侵害するから、X1は100条1項に基づき差止めを請求すべきである。
⑵ Yの反論① 68条ただし書は、専用実施権を設定したときは、専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については特許権者は業として特許発明の実施をする権利を有しないとする。X1は範囲を全部、地域を日本全国、期間を存続期間全部とする専用実施権をX2に設定し、その登録もされているから、X1は実施をする権利を有せず、差止請求権も専用実施権者X2に専属する、との反論が考えられる。
しかし判例は、特許権者は、その特許権について専用実施権を設定したときであっても、当該特許権に基づく差止請求権を行使することができるとした(最判平成17年6月17日)。すなわち、100条1項は差止請求の主体を特許権者又は専用実施権者としており、専用実施権を設定した特許権者を除外していない。また、専用実施権を設定しても特許権者は特許権自体を失うものではなく、専用実施権者から実施料収入を得る地位にあるから、第三者の侵害を排除することについて固有の利益を有する。特に実施料が売上等に連動する場合には、侵害は特許権者の実施料収入を直接減少させる。
したがってX1は差止請求権を行使できる。この反論は失当である。
⑶ Yの反論② 先使用による通常実施権(79条)。同条は、特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をした者等が、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしているとき又はその事業の準備をしているときは、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において通常実施権を有するとする。
Yは平成27年1月、本件特許発明の内容を知らずに薬剤αと薬剤γ1の同時服用の効果を着想し、試行錯誤を重ねて同年3月にY製品1を見いだしたのであるから、出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をした者に当たる。
「事業の準備」とは、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることをいう(最判昭和61年10月3日)。本件では、Yは平成27年3月にY製品1を見いだすと直ちに両薬剤を組み合わせるための生産ラインの設計・製造を外部に発注している。生産ラインの発注は相当の費用を要する行為であり、製造を直ちに開始する意図が客観的に表明されたものといえる。本件特許の出願日は平成27年4月1日であるから、出願の際に事業の準備をしていたと認められる。
よってY製品1については先使用権が成立する。
⑷ もっとも、本件で問題となっているのはY製品2である。先使用権の効力は、特許出願の際に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶ(前掲最判昭和61年10月3日)。
本件では、Yが準備をしていた発明は「薬剤αと薬剤γ1を最適な用量で組み合わせた糖尿病治療用医薬」であり、薬剤γ1という特定の薬剤の使用がその発明の内容を構成する。これに対しY製品2は、薬剤γ1と比較して更に薬理効果の高い薬剤γ2を用いるものである。医薬の併用発明においては、組み合わせる薬剤の種類は効能に直接影響する本質的要素であり、γ1をγ2に置き換えることは単なる実施形式の設計変更にとどまらない。Y自身もこれを「更なる改良」として新たに開発したものである。
したがって、Y製品2はY製品1に具現された発明と同一性を失わない範囲内の変更とはいえず、先使用権の効力は及ばない。この反論も失当である。
なお、Yは自らが出願前に独自に発明していたことを理由に無効の抗弁を主張することも考えられるが、Yの発明は公表されておらず公知にも公然実施にも至っていないから、新規性欠如等の無効理由とはならない。
⑸ よって、X1のY製品2の製造・販売の差止請求は認められる。
2 設問2
⑴ X2がすべき主張。Z製品は薬剤α単体であり、本件特許発明の構成要件のうち薬剤αのみを備えるにすぎないから、その技術的範囲に属しない。そこでX2は間接侵害(101条2号)を主張すべきである。
同号は、特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く)であってその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業としてその生産、譲渡等をする行為を侵害とみなす。
⑵ まず「その物の生産」に当たるかが問題となる。薬剤αと薬剤βは別個の剤形のまま同時に服用されるものであり、物理的に新たな物が作り出されるわけではないとして、これを否定した裁判例もある(大阪地判平成24年9月27日)。
しかし、本件特許発明は、公知の薬剤αと薬剤βを組み合わせて併用して服用することにより従来の治療用医薬にはない顕著な効能を奏する点に技術的意義を有する併用・組合せ特許である。そうすると、両薬剤を同時に服用させるべく一緒に処方し服用の指示をする行為は、本件特許発明に係る「糖尿病治療用医薬」を成立させる行為にほかならず、「その物の生産」に当たると解すべきである。これを否定すれば、併用・組合せ特許は一体の製剤として製造される場合以外に全く保護されず、この種の特許を認めた意義が失われる。
⑶ 次に「日本国内において広く一般に流通しているもの」に当たらないかが問題となる。これは、ねじ、釘、電球、トランジスター等のような、日本国内において広く普及している一般的な製品、すなわち特注品ではなく、他の用途にも用いることができ、市場において一般に入手可能な状態にある規格品、普及品を意味する(知財高判平成17年9月30日)。
薬剤αは医師の処方せんがないと入手できない薬剤であり、市場において一般に入手可能な状態にある普及品とはいえない。よって除外されない。なお、薬剤βは薬局で市販されているから、薬剤βを供給する者については汎用品として除外される余地がある。
⑷ さらに「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に当たるかが問題となる。これは特許請求の範囲に記載された発明の構成要素とは異なる概念であり、従来技術には見られない特徴的技術手段について、当該手段を特徴付けている特有の構成又は成分を直接もたらす物を指すと解する。
薬剤αはそれ自体従来より公知の糖尿病治療用医薬である。しかし、本件特許発明の技術的意義は、薬剤αと薬剤βを組み合わせて併用することにより顕著な効能を奏する点にあり、薬剤αはその効能の実現に欠くことのできない成分である。公知の物であることは不可欠性を否定する理由とならない。よってこの要件も充足する。
主観的要件についても、Zは本件特許権の存在を知り、かつZ製品がA製品と一緒に処方され同時服用の指示を受けて使用されている事実を知りながらあえて製造・販売を続けているから充足する。
⑸ もっとも、直接侵害が成立しない場合に間接侵害が成立するかが問題となる。
直接の実施行為者を医師又は薬剤師と解する場合、69条3項は、二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明等に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師等の処方せんにより調剤する医薬には及ばないとする。本件特許発明は両薬剤を「組み合わせて成る」ものであって混合するものではないから、文言上は「混合」に当たらない。しかし、同項の趣旨は医療行為の円滑な遂行を確保し、医師の裁量による適切な治療が特許権によって妨げられないようにする点にある。医師が処方せんにより複数の薬剤の併用を指示し薬剤師がこれに従って調剤する行為は、混合により医薬を製造する場合と実質的に異ならないから、同項の趣旨が及び特許権の効力は及ばない。
他方、直接の実施行為者を患者と解する場合、患者が自ら両薬剤を服用する行為は「業として」の実施(68条)に当たらず、直接侵害とならない。
そこで間接侵害の成否が問題となるが、間接侵害規定は侵害の予備的・幇助的行為のうち侵害に至る蓋然性の高いものを捕捉して特許権の実効的保護を図る趣旨の規定であるから、直接侵害の現実の成立は不要であり、直接侵害が否定される理由が特許権者に保護を与えない趣旨に基づく場合にのみ間接侵害も否定すべきである。
患者の服用について「業として」の要件を欠くことは、個人的実施にまで効力を及ぼす必要がないという政策判断にとどまり、家庭内での服用が予定された医薬についてこれに用いる薬剤の業としての製造販売を放置すれば特許権者の保護が全く図られないから、間接侵害を肯定すべきである。また、69条3項が保護するのは医師・薬剤師の医療行為そのものであり、製薬会社による薬剤の製造販売まで免責する趣旨ではない。製薬会社の責任を認めても医師の治療上の裁量は制約されない。
⑹ Zの反論としては、①併用して服用する行為は「その物の生産」に当たらない、②薬剤αは公知の薬剤であり課題の解決に不可欠なものではない、③直接侵害が成立しないから間接侵害も成立しない、④薬剤αは単体の糖尿病治療用医薬として正当な用途を有するから、その製造販売を一律に禁止すれば公知技術の利用を妨げ患者の治療の機会を奪うことになり不当である、との主張が考えられる。
①から③は上記のとおり失当である。④の指摘は正当であり、薬剤α単体の医薬としての用途を奪うことは公益に反するから、差止めの範囲は、併用を前提とする態様での製造販売に限るべきである。本件ではZは併用の事実を知りながらあえて製造販売を続けているから、少なくともその限度で差止めが認められる。
なお、X2は、Zが情を知らない医師、薬剤師及び患者を支配・管理し手足として利用することにより直接本件特許発明を実施していると主張することも考えられるが、医師は自己の医学的判断により処方しているのであってZの支配・管理下にあるとはいえず、この構成は採り難い。
3 設問3
⑴ X3がすべき主張。まず差止請求について、100条1項は差止請求の主体を特許権者及び専用実施権者に限っている。通常実施権は債権的権利であって排他性を有しないから、独占的通常実施権者にも固有の差止請求権は認められない。
もっとも、独占的通常実施権者は、許諾者が自ら実施せず他に実施許諾しない義務を負う結果、事実上専用実施権者と同様の独占的地位を有する。そこでX3は、X2に対して有する独占的実施を妨げないことを求める債権を保全するため、X2の有する差止請求権を債権者代位(民法423条)により行使すると主張すべきである。
⑵ Cの反論。Cは、X2から本件専用実施権について通常実施権の許諾を受けた正当な権限者であり、その実施は適法である。債権者代位は債務者の有する権利を行使するものであるから、X2がCに対して差止請求権を有しない以上、X3がこれを代位行使する余地はない、と反論する。
この反論は妥当である。X3とX2との間の独占的実施許諾契約は両者間の債権関係にすぎず、第三者であるCを拘束しない。通常実施権が二重に許諾された場合、通常実施権は排他性を有しないからいずれも有効に成立し、先後によって優劣が決まるものでもない。したがってX3の独占的地位はCに対して主張できない。X3は、X2に対して契約違反を理由とする損害賠償又は契約の解除を求めるべきである。
よってX3の差止請求は認められない。
⑶ 次に損害賠償請求について。独占的通常実施権者の地位は法律上保護される利益であるから、第三者の無権限実施によりこれが侵害された場合には民法709条による損害賠償請求が認められる。しかし本件では、CはX2から通常実施権の許諾を受けており無権限の実施者ではない。Cの実施は適法であるから不法行為は成立せず、X3の損害賠償請求も認められない。
⑷ 仮にX3に固有の損害賠償請求権が認められるとした場合、102条2項の類推適用の可否が問題となる。
同項は「特許権者又は専用実施権者」について規定するから独占的通常実施権者には直接適用されない。もっとも、独占的通常実施権者は事実上専用実施権者と同様の地位にあり、損害額の立証の困難も同様であるから、同項の類推適用を認めるべきである。
ただし、その適用には、侵害行為がなかったならば利益を得られたであろうという事情が存在することを要する(知財高判平成25年2月1日参照)。特許発明を自ら実施していることは要件ではないが、この事情を欠く場合には推定の基礎がない。
本件では、X3は自ら本件特許発明の実施品を製造販売しておらず、再実施許諾権を有しないにもかかわらず契約に反してBに再実施許諾をし、実施料を得ているにすぎない。B製品の製造販売自体が無権限の実施であるから、X3がBから得ている実施料収入は法的に保護されるべき利益とはいえない。そうすると、Cの実施がなかったならばX3が利益を得られたであろうという事情は認められない。
また、本件特許発明の実施品の市場はB製品とC製品とで二分された状況にあり、X3が市場を独占している状態にはない。独占的通常実施権者が損害賠償を請求するには、独占的実施許諾の合意があるだけでは足りず、現実に市場の独占状態が実現されていることを要すると解すべきであるから、本件はこの要件も欠く。
よって102条2項の類推適用は認められない。X3の請求はいずれも認められない。
第2 第2問
1 設問1
⑴ 乙がすべき主張。Mは乙が作曲した音楽の著作物(著作権法10条1項2号)であり、乙はその著作権を有する。著作者は著作物を公に演奏する権利を専有し(22条)、歌唱は演奏に含まれる。「公に」とは公衆に直接見せ又は聞かせることを目的とすることをいい、「公衆」には特定かつ多数の者を含む(2条5項)。
本件コンサートは市の職員を対象とするものであり、聴衆は特定の範囲の者であるが、50名が来聴しているから多数の者に当たり、「公衆」に当たる。
演奏の主体については、現に歌唱したのはAであり選曲もAに任されていた。しかし、行為の主体の認定は、行為の対象、方法、行為への関与の内容・程度等の諸要素を考慮して規範的に判断すべきであり、著作物の利用行為を管理・支配し、これによって利益を得ているかが重要である(最判昭和63年3月15日、最判平成23年1月20日参照)。本件では、丙はコンサートを企画・主催し、会場を用意してプログラムを配布し、歌手の人選を行い、寄附を募っている。選曲がAに任されていたことは丙がAに裁量を与えたにとどまり、管理支配を否定するものではない。よって演奏の主体は丙である。
そして丙は今後も近隣の市において同じ演目のチャリティーコンサートを催す予定であるから、侵害のおそれがある。よって乙は112条1項に基づき差止めを請求すべきである。
⑵ 丙の反論。第一に、市の職員という特定かつ少数の者を対象とするから「公衆」に当たらないと反論しよう。しかし50名は多数といえるから失当である。第二に、演奏の主体はAであると反論しようが、上記のとおり失当である。
第三に、非営利目的の演奏(38条1項)を反論する。同項は、公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ聴衆又は観衆から料金を受けない場合には公に演奏することができ、ただし当該演奏について実演家に対し報酬が支払われる場合はこの限りでないとする。
営利目的の有無については、丙は社会福祉法人であり、本件コンサートは市内の福祉施設への寄附を募るチャリティーコンサートである。寄附金は福祉施設に充てられるものであって、丙が著作物の利用により収益を得ようとするものではない。したがって営利を目的とするものではない。
料金については、「料金」とはいずれの名義をもってするかを問わず著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。本件では入場は無料であり、寄附は任意であって、寄附をしない者も入場し聴取することができる。寄附は演奏を聴くことの対価として受けるものではないから「料金」に当たらない。プログラムに寄附のお願い文と封筒を挟み出口に募金箱を置くという態様は事実上寄附を促すものではあるが、金額も任意であり演奏との対価関係を認め難いから、結論は左右されない。
実演家への報酬については、Aは無報酬での出演を引き受けているから支払われていない。
よって38条1項の要件を全て満たし、演奏権侵害は成立しない。
⑶ なお、乙はチャリティーコンサートの開催自体の差止めを求めているが、仮に演奏権侵害が成立するとしても、差止めの対象は侵害行為であるMの演奏に限られるべきである。コンサート全体の開催の差止めを求めることは侵害の停止に必要な範囲を超え、過剰である。
以上より、丙の反論が妥当であり、乙の請求は認められない。
2 設問2
⑴ 乙がすべき主張。丁が本件コンサートを取材してAのMの歌唱を録画した行為はMの複製(21条、2条1項15号)に当たり、本件動画を貼り付けた記事をインターネット上で配信する行為は公衆送信(23条1項)に当たる。乙の許諾がないから複製権及び公衆送信権の侵害であり、乙は112条1項に基づき本件動画の配信の差止めを請求すべきである。
⑵ 丁の反論① 時事の事件の報道(41条)。同条は、写真、映画、放送その他の方法によって時事の事件を報道する場合には、当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物は、報道の目的上正当な範囲内において、複製し、及び当該事件の報道に伴って利用することができるとする。
本件コンサートの開催は時事の事件であり、Mの歌唱はその過程において聞かれる著作物であるから、丁はこれに該当すると反論する。
もっとも、「報道の目的上正当な範囲内」といえるかが問題となる。本件動画はMの歌唱全体7分間のうち1分間で構成されている。コンサートが開催されたという事実を伝えるためには、歌唱の雰囲気を示す程度の短時間の映像で足りるのであり、1分間という長さは楽曲の鑑賞に供し得るものである。他方、画面上の面積は8分の1にとどまり、500文字の記事の文章とともに配置されているから、報道に付随する利用の範囲内と評価する余地もある。
より重要なのは、丁の配信記事に配信期限がなく、本件コンサートの開催から1年以上経過してもなお本件記事が配信され続けている点である。41条の趣旨は、時事の事件を報道する公共的必要性を考慮して権利制限を認める点にあるから、事件が時事性を失った後もなお配信を継続することは同条の許容する利用とはいえない。したがって、少なくとも時事性を失った後の配信については41条の適用がない。
⑶ 丁の反論② 引用(32条1項)。公表された著作物は、公正な慣行に合致するものであり、かつ報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で引用して利用することができる。
判例は明瞭区別性と主従関係を要件とするが(最判昭和55年3月28日)、近時の裁判例は同項の文言に即し、引用の目的、方法・態様、利用される著作物の種類及び性質、著作権者に及ぶ影響の有無・程度等を総合考慮して判断すべきとする。
本件では、本件動画は画面上独立した窓として表示され記事の文章と明瞭に区別され、画面上の面積も8分の1にとどまる。報道記事に取材動画を付すことはインターネット上のニュース配信において一般的であるから、配信当初の利用は公正な慣行に合致し目的上正当な範囲内と評価できる。
しかし、1年以上にわたって配信を継続することは、Mの歌唱の1分間を恒常的に視聴可能な状態に置くものであり、著作権者が自ら有償で配信等をして得るべき利益を害する。報道の目的は既に達せられているのであるから、このような継続的配信は引用の目的上正当な範囲内とはいえず、公正な慣行にも合致しない。
⑷ よって、乙の請求は認められる。ただし、差止めの対象は、本件コンサートが時事性を失った後の配信に限られると解すべきである。
3 設問3
⑴ 甲がすべき主張。編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは著作物として保護される(12条1項)。本件詩集は、甲が全国各地の戊辰戦争の戦場を巡ってその土地に伝わる戦争に関する詩を集め、戦争の悲惨さを格調高く歌った詩60編を厳選し、テーマごとに6章に分けて構成したものである。素材の選択及び配列に甲の個性が表れており、創作性が認められる。よって甲は本件詩集の編集著作物の著作者であり、著作権及び著作者人格権を有する。
なお、詩P自体は土地に伝わる詩であって甲が創作したものではないから、甲は詩P自体の著作権を有しない。
乙は、Q章「戦の果てに」の10の詩に曲を付けて本件CDとして発行している。甲は、Q章の10編をまとまりとして選択し利用する行為が素材の選択の創作的表現を再製するものであるとして、編集著作物の複製権(21条)侵害を主張すべきである。乙が本件詩集を読みQ章の構成に初めて接して感銘を受けたことは、甲の編集の創作的表現に依拠したことを示す。
⑵ 乙の反論。編集著作権の侵害には素材の選択又は配列の創作的表現が再製されることを要するが、本件CDは60編のうちQ章の10編のみを利用したものであって本件詩集全体の選択の創作的表現を再製しておらず、また収録した曲の順序は本件詩集のQ章の収載順とは異なるから配列の創作的表現も再製していない、との反論が考えられる。
⑶ 妥当性。編集著作物の一部の利用が侵害となるのは、当該部分だけでも選択又は配列の創作的表現を感得できる場合である。本件では、Q章は「戦の果てに」というテーマの下に、戦争により荒れた田畑や戦死者の遺族の悲しみを詠んだ詩10編をまとめたものであり、この10編の選択自体に甲の個性が表れている。そして乙は、まさにこのQ章の構成に接して感銘を受け、Q章の10の詩を一体として選択して曲を付けている。したがって素材の選択の創作的表現が再製されている。
配列については、乙が収録順を変更しているから再製されていない。しかし12条1項は「選択又は配列」としており、選択の創作性のみが再製された場合でも侵害となる。よって複製権侵害が成立し、甲は本件CD発行の差止め(112条1項)及び損害賠償(民法709条、著作権法114条)を請求できる。
⑷ 氏名表示権(19条1項)について。甲は編集著作物の著作者であるから、著作物の公衆への提供又は提示に際し著作者名を表示する権利を有する。本件CDには本件詩集や甲についての言及がないから、氏名表示権侵害が成立する。乙は19条3項により表示を省略できると反論し得るが、CDに原典及び編者を表示することは容易であり、著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないとはいえないから、省略は認められない。
⑸ 同一性保持権(20条1項)について。編集著作物の創作性は素材の選択・配列にあるから、Q章の10編を一体として利用しながらその順序を変更することは、編集著作物の配列の同一性を害する改変に当たる。
乙は、本件CDは楽曲を収録したものであって詩集そのものを改変したのではない、音楽CDにおける曲順は聴取の流れを考慮した構成上の判断であるから20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たると反論しよう。しかし、同号は著作物の性質上又は利用の目的・態様上必然的に生ずる改変に限られる。乙はQ章の構成そのものに感銘を受けてこれを利用したのであるから、その配列を尊重すべきであり、曲順の変更が必然であったとはいえない。よって同一性保持権侵害が成立する。
以上より、甲の請求は認められる。
4 設問4
⑴ 乙がすべき主張。Mに関する著作権は著作権管理団体Jに信託的に移転しているから、乙は著作権を有せず、著作権に基づく差止請求はできない。他方、著作者人格権は著作者の一身に専属し譲渡することができないから(59条)、乙は依然として著作者人格権を有する。
戊はMそのものに変更を加えていないから、同一性保持権(20条1項)侵害は成立しない。
そこで乙は、113条6項を主張すべきである。同項は、著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなすと定める。
Mは、平和運動家としても知られる乙が、戦争の悲惨さを歌った詩に平和を祈念して曲を付けたものである。これを戦争を茶化した喜劇の背景音楽として繰り返し再生することは、著作物の趣旨を正反対の文脈で用いるものであり、乙が平和運動家として社会から受けている評価を低下させる。よって名誉又は声望を害する方法による利用に当たり、乙は112条1項に基づきMの再生の差止めを請求できる。
⑵ 戊の反論。第一に、戊は著作権管理団体JからMの再生の許諾を得ているから、著作権侵害は成立しない。第二に、113条6項の「名誉又は声望」とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉・声望を指し、著作者の主観的な評価である名誉感情は含まれない。戊の使用態様が乙の作曲意図を損なうとしても、それは乙の主観的な感情を害するにとどまる、との反論が考えられる。
⑶ 妥当性。113条6項の「名誉又は声望」は社会的名誉・声望を指し、名誉感情は含まれないと解すべきである。同項は著作権の制限規定の適用を受けずに利用を禁止する強い効果を有するから、その範囲を著作者の主観的感情にまで拡張すれば、著作物の利用が著作者の恣意により制約され、著作物の円滑な利用が妨げられるからである。
本件では、戊はMを喜劇の背景音楽として再生するにとどまり、Mの作曲者が乙であることを示したり、乙が喜劇の趣旨に賛同していると表示したりするものではない。背景音楽としての利用において、観客が作曲者である乙の思想や立場を読み取ることは通常考え難く、乙が社会から受ける客観的な評価の低下を来すとはいえない。乙が主張する不利益は、自己の作曲意図が損なわれるという名誉感情の侵害にとどまる。
したがって113条6項に該当せず、乙の請求は認められない。乙は、著作権をJに信託的に移転したのであるから、利用態様に制限を設けることを望むのであれば、Jとの信託契約においてその旨を定めるべきであった。
以上