司法試験 平成28年 知的財産法
問題文
[知的財産法]〔第1問〕(配点:50)
X1とX2(以下,併せて「Xら」という。)は,使用されている貸コインロッカーに顧客が誤って硬貨を入れないようにする装置を共同で開発し,その発明について共同で特許出願し,特許権としての登録を得た(以下,この登録された特許を「本件特許」という。)。本件特許の特許請求の範囲は,「鍵を抜き取った状態において硬貨の投入行為を妨げる手段を設けたことを特徴とする貸ロッカーの硬貨誤投入防止装置」という文言からなる。本件特許の明細書の記載及び図面(以下「明細書等」という。)には,鍵の抜き差しに伴って金属製の遮蔽板を回転させ,もって硬貨投入口の開閉を行う旨の具体的な実施例が記載されているが,他には具体的な実施例の記載はない。同実施例では,鍵が抜かれた状態では回転してきた金属製の遮蔽板が硬貨投入口を全体的に塞ぎ,硬貨が入らない構成となっている。Zは,Xらから許諾を受けて本件特許権について通常実施権を有している。
Yは,貸コインロッカーの製造販売をしているが,いずれの貸コインロッカーにも鍵が抜かれた状態では硬貨が投入されないようにした装置が実装されている。その製品には製品Aと製品Bの2種類があり,製品Aは本件特許の実施例とほぼ同じ構成を有しているが,遮蔽板は樹脂製であり,回転するようにはなっておらず,遮蔽板が上下することにより硬貨投入口を開閉する構成となっている。製品Bは,遮蔽板を使うことはなく,鍵が抜かれた状態で硬貨を投入しようとすると警告音が鳴るように構成されている。なお,かかる製品Bの構成は,本件特許の実施例を含む明細書等を読んだだけでは,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易に想到し得ないものである。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。
〔設 問〕1.Xらは,Yに対して,本件特許権に基づき,製品Aと製品Bの製造販売の差止め及び損害賠償を求める訴訟を共同で提起した。Xらの請求に対するYの考えられる反論とその妥当性について論じなさい。
2.⑴Y は , 前記訴訟が提起された後,本件特許に対する無効審判を請求した。Xらはこれを争ったが,同時に特許請求の範囲を減縮すれば無効理由がなくなるので,これを減縮したいと考えた。Xらは,当該無効審判において,どのような手続をとればよいか論じなさい。また,同様の無効理由についてYが前記訴訟において特許法第104条の3の抗弁を主張している場合,Xらはどのように対抗できるかについて論じなさい。
⑵ ⑴の無効審判請求について, 仮に特許庁が本件特許を無効とする旨の審決を行ったとして,この審決に対してX1のみが単独で審決取消訴訟を提起する場合の問題点について論じなさい。
3.前記訴訟において,Yの製品が本件特許を侵害したとして,Xらの差止請求及び損害賠償請求が認められ,その判決が確定したため,Yは侵害行為を中止し,Xらに対して損害賠償を行った。その後,Yが請求した無効審判により,本件特許を無効とする旨の審決が確定した。
この場合,Yは,Xらに対して支払った損害賠償金を取り戻せるか否かについて論じなさい。
また差止めの効力について論じなさい。
〔第2問〕(配点:50)
作家Xは,米国の作家Aが創作した「Days of the full-scale sprint like a tornado」という題号(以下「題号a」という。)の英語の世界的ベストセラー小説(以下「小説a」という。)につき,Aから日本語に翻訳する権利を得た。小説aは,恵まれない環境に育った少年が苦学を重ね,大企業に入社し,持ち前の馬力と攻撃的性格で並み居るライバルに競り勝ちついに大企業のトップとなるというサクセスストーリーである。Xは小説aを翻訳するに当たり,その大部分は直訳であるものの,日本人には分かりにくい英語の表現や各場面設定につき,独特の意訳をするなど創意工夫を凝らし,その結果,日本語の小説として原作にも負けない流ちょうで生き生きとした表現の小説(以下「小説b」という。)を完成させた。小説bは,題号aを直訳した「竜巻のごとく全力疾走した日々」との日本語の題号(以下「題号b」という。)を付した上,出版された。小説bのブックカバー(以下「ブックカバーb」という。)はXが自ら独自にデザインしたもので,青と白を基調とし,左下から右上に風が吹き抜けるようなしま模様とともに,金色の題号が中央で大きく渦を巻きながら天に昇るように描かれているものであった。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。
〔設 問〕1.作家Yは,小説a及び小説bに描かれた内容を批評するとともに同小説の描く世界観を揶揄することを通じて,競争社会のゆがみを風刺する趣旨で,小説a及び小説bの全体の構成,各場面設定及び物語の展開の特色を一見して分かるように残しながら,主人公がライバルとの競争に競り負け最後には挫折するという内容の日本語の小説(以下「小説c」という。 )を書き,これに「つむじ風のごとく疾走して転んだ日々」という題号(以下「題号c」という。)
を付した上,これを自費出版した。ただし,小説cは,小説aの直訳としての日本語の表現において小説bと類似する部分があるものの,小説bでXが創意工夫を凝らした日本語の表現は使用していない。また,小説cのブックカバー(以下「ブックカバーc」という。 )はYが自らデザインしたもので,ブックカバーbの色合い,構図及び文字の配置の特色が一見して分かるように残されており,左下から右上に風が吹き抜けるようなしま模様とともに,灰色の題号が中央で小さく渦を巻きながら徐々に消滅するように描かれていた。
Xは,Yに対し,小説c,題号c及びブックカバーcはXの著作権及び著作者人格権を侵害するものであるとして,小説c,題号c及びブックカバーcの複製・頒布の差止め及び損害賠償を求める訴訟を提起した。
Xはどのような主張をすることができるか。これに対するYの反論としてどのような主張が考えられるか。双方の主張の妥当性についても論じなさい。
2.⑴ 事業者Z1は,書籍の購入者の依頼により,同書籍をその購入者のタブレット端末で読めるように電子ファイル化するという有償のサービスを業とする者である。そのサービスの手順は次のとおりである。すなわち,まず,書籍を購入した利用者がZ1に書籍の電子ファイル化を申し込み,自ら購入した書籍をZ1に送付する,次に,Z1はその書籍を裁断して自ら管理するスキャナーで読み込んで電子ファイル化する,そして,Z1は,完成した電子ファイルを記録した電子記憶媒体を裁断した書籍とともに利用者に送付する,というものである。Z1は,上記の手順により,小説bの不特定多数の購入者の依頼に応じて小説bの電子ファイル化を続けている。
⑵ 事業者Z2は,小説bを自ら複数冊購入してそれらを裁断した上で,それを読み込む専用スキャナーが設置されている自社の店舗内の書棚に並べ,小説bを電子ファイル化したい不特定多数の利用者に,店舗外への持ち出しを禁止した上で裁断済みの小説bを貸し出し,それを利用者に上記店舗内のスキャナーで自ら電子ファイル化させ,その電子ファイルを利用者に取得させるという有償のサービスを業として提供している。
Xは,Z1及びZ2に対し,上記⑴及び⑵の行為はそれぞれXの著作権を侵害するものであるとして,それらの行為の差止め及び損害賠償を求める訴訟をそれぞれ提起した。これらの訴訟において,Xはどのような主張をすることができるか。これに対するZ1及びZ2の反論としてどのような主張が考えられるか。それぞれの主張の妥当性についても論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
知的財産法〔第1問〕1 設問1は,特許請求の範囲が機能的に記載されている場合の技術的範囲の確定と記載要件適合性に関する理解を問う問題である。設問2の⑴は,無効審判における訂正請求と侵害訴訟における訂正の対抗主張に関する理解を問う問題であり,設問2の⑵は,共有特許の場合の単独での審決取消訴訟提起の可否に関する理解を問う問題である。設問3は,特許法(以下「法」
という。)第104条の4に関する理解を問う問題である。
2 設問1においては,製品Aと製品Bの製造販売が本件特許権を侵害するかが問題となるが,その前提として,本件特許の特許請求の範囲に「硬貨の投入行為を妨げる手段」という機能的な記載があることから,いわゆる機能的クレームの技術的範囲の確定が問題となる。この点については,機能的クレームの場合,その発明の技術的範囲は,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された実施例,あるいは実施例としては記載されていなくても,明細書に開示された発明に関する記述の内容から当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が実施し得る構成に限られるべきであるとする考え方(東京地裁平成10年12月22日判決判例時報1674号152頁【磁気媒体リーダー事件】 ,知財高裁平成25年6月6日判決裁判所ホームページ【パソコン等の器具の盗難防止用連結具事件】等参照)を念頭に置いた上で自説を明確に論述し,製品A及び製品Bの本件特許発明の技術的範囲への属否について論述することが求められる。
以上のような機能的クレームの技術的範囲の確定につき適切に論じた上で,文言侵害が否定される場合には,均等侵害を主張することが考えられ,この点に的確に言及していれば,積極的な評価が与えられよう。
次に,本件特許の特許請求の範囲が一見極めて広い範囲の技術を含むものである一方,本件特許の明細書等では,そのような広い範囲の技術のごく一部である実施例しか開示されていないことが,法第36条第6項第1号(サポート要件)及び同条第4項第1号(実施可能要件)に違反するとして,法第104条の3の抗弁(無効の抗弁)を行使できないかが問題となる。この点については,各要件の意義を踏まえつつ,自説を展開することが求められる。
また,本件において法第36条第6項第2号(明確性要件)を問題とする余地もあり,この点に的確に言及していれば,積極的な評価が与えられよう。
3⑴ 設問2の⑴の前段については,まず,無効審判が係属している間は訂正請求(法第134条の2第1項第1号)を行うべきことに言及する必要があり,また,本問では通常実施権者であるZがいるため,訂正請求をするにはZの承諾を得る必要があること(同条第9項,第127条)に言及する必要があろう。
同後段においては,Xらの対抗手段と して,本件特許の特許請求の範囲を訂正することによって無効原因を回避できる旨の主張が考えられよう。このような訂正の対抗主張が認められるためには,①当該請求項について訂正審判請求ないし訂正請求をしたこと,②当該訂正が法の定める訂正要件を充たすこと,③当該訂正により当該請求項について無効の抗弁で主張された無効理由が解消すること,④被告製品が訂正後の請求項の技術的範囲に属すること,を要するというのが裁判例の傾向であり(東京地裁平成19年2月27日判決判例タイムズ1253号241頁【多関節搬送装置事件】,知財高裁平成26年9月17日判決判例時報2247号103頁【共焦点分光分析事件】等),これらの裁判例を念頭に置いて論述を展開することが求められる。なお,この四つの要件のうち,①又は②の要件との関係で,前記訂正請求の場合と同様に,通常実施権者であるZの承諾を必要とするか否かが問題となる。Zの承諾が得られない場合に,かかる訂正の対抗主張が認められるかどうかについて的確に論述していれば,積極的な評価が与えられよう。
⑵ 設問2の⑵においては,法第132条第3項が共有に係る特許権の共有者がその権利について審判を請求するときは共有者の全員が共同して請求しなければならないとしていることを踏まえつつ,最高裁判所平成14年2月22日第二小法廷判決民集56巻2号348頁【ETNIES事件】で問題となった,権利の形成過程と権利成立後における共有者の関係性の違い,単独での審決取消訴訟提起が「保存行為」(民法第252条ただし書)とみなし得るのではないか,審決取消訴訟の判決の効力と合一確定の要請,などの議論に配慮しつつ,自説を説得的に論述することが求められる。
4 設問3においては,まず,本件特許権を無効とする旨の審決が確定しており,このことにより,本件特許権は初めから存在しなかったものとみなされる(法第125条本文)ことから,Yとしては,Xらに対して不当利得返還請求(民法第703条)をすることが考えられるが,侵害訴訟の判決がある限り,Xらは「法律上の原因なく・・・利益を受け」たとはいえないため,Yとしては侵害訴訟の判決の効力を再審(民事訴訟法第338条第1項第8号)
により失わせる必要がある。この点,法第104条の4によって再審において無効審決が確定したことを主張することは妨げられており,結果としてYが支払った損害賠償金を取り戻すことはできない旨を説得的に論述することが求められる。
また,差止めの効力については,例えば,一般的に特許権侵害訴訟の差止判決の主文は「当該特許権の存続期間中」に限り差止めを認める旨が前提となっていることなど,合理的な論拠を示しつつ自説を論述することが求められる。
〔第2問〕1 設問1は,英語の小説aの日本語訳である小説b,その題号b及びブックカバーbに対するパロディとして制作された小説c,題号c及びブックカバーcがXの有する著作権及び著作者人格権を侵害するか否かにつき,翻案権侵害の有無,二次的著作物の著作者の権利の及ぶ範囲,題号の著作物性, ブックカバーの著作物性, 引用の抗弁の成否, さらには著作権法 (以下 「法」
という。)第20条第2項第4号所定の「やむを得ないと認められる改変」の適用の可否等に関する理解を問う問題であり,設問2は,いわゆる自炊代行につき,事業者が自ら書籍を電子ファイル化する事案と利用者が電子ファイル化する事案とを比較しつつ,それぞれの事案において複製の主体は誰か,法第30条第1項の適用の可否,貸与権(法第26条の3)侵害の成否等に関する理解を問う問題である。
2⑴ 設問1については,まず,複製・頒布の差止めの前提として翻案権侵害が問題となる。
翻案権侵害の成否に関しては,最高裁判所平成13年6月28日第一小法廷判決民集55巻4号837頁【江差追分事件】が判示しているところを念頭に置いて,翻案に当たるか否かの判断基準を示した上で,事案に当てはめ,特に,小説c及びブックカバーcはパロディとして制作されたことから,パロディされる側の著作物の表現部分がパロディ作品の中に取り込まれて改変され,パロディする側の著作者の創作が付け加えられた結果,全体としてみるともはやパロディされる側の作品の本質的な特徴を直接感得することができない場合もあるとする学説があることをも考慮しつつ,小説c及びブックカバーcがそれぞれ小説b及びブックカバーbの表現上の本質的特徴を直接感得できるか否かにつき論述することが求められる。
また,二次的著作物の著作者の権利の 及ぶ範囲については,最高裁判所平成9年7月17日第一小法廷判決民集51巻6号2714頁【ポパイネクタイ事件】が「二次的著作物の著作権は,二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ,原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解するのが相当である。」と判示しているところを念頭に置いた上で,本件事案に当てはめて論じることが求められる。
次に,題号の著作物性については,そ もそも著作物の題号は著作物を同定識別するための著作物の名称であるから,たとえ著作者の表現上の思想感情が盛り込まれているとしても,題号それ自体は著作物には当たらないとする学説があることをも考慮しつつ,題号は通常短文で構成されることを含めて題号の著作物性を論じるとともに,題号に著作物性があり得るとしても題号bは題号aの直訳にすぎないことから,二次的著作物の著作者としての権利の有無及び範囲についても論じることが求められる。
さらに,ブックカバーについては,大 量に複製される実用品であることから,その著作物性が問題となるところ,仮に美術の著作物に当たるとしても,応用美術の問題となることから,応用美術の著作物性に関する判断基準を示しつつ論述することが求められる。
最後に,引用の抗弁(法第32条第1 項)の適用の可否については,小説c,題号c及びブックカバーcがパロディとして制作されたことを考慮した上,最高裁判所昭和55年3月28日第三小法廷判決民集34巻3号244頁【パロディモンタージュ事件】が判示するところを念頭に置き,明瞭区別性と主従関係を要件としない近時の知的財産高等裁判所平成22年10月13日判決判例時報2092号135頁【鑑定証書コピー事件】等の判示をも念頭に置きつつ,「引用」の要件に関し自説を展開し,翻案による引用を規定していない法第43条第2号にも触れて論述することが求められる。
⑵ 著作者人格権については,小説c,題号c及びブックカバーcは,それぞれ小説b,題号b及びブックカバーbの改変に当たり,Xの同一性保持権を侵害するか否か,仮に,それらがXの意に反する改変に当たるとしても,それらはパロディであることから,法第20条第2項第4号所定の「やむを得ないと認められる改変」に当たり適法であるか否か,について論述することが求められる。なお,題号cに関しては,法第20条第1項に「題号」が明記されていることから,その意義についても触れることが求められる。また,本設問上,Xの氏名が表示されていないことは明らかであるから,Xの主張としては氏名表示権侵害も挙げるべきであろう。
3 設問2については,いわゆる自炊代行につき,複製の主体が事業者かそれとも利用者かが問題となるところ,この点に関しては,最高裁判所平成23年1月20日判決民集65巻1号399頁【ロクラクⅡ事件】の判示するところを念頭に置きつつ,設問2の⑴と同様の事案に関する知的財産高等裁判所平成26年10月22日判決判例タイムズ1414号227頁【自炊代行事件】の判示するところをも念頭に置いて,複製の主体の判断基準を示した上で法第30条第1項の適用の可否を論じ,特に,設問2の⑵においては,利用者が自ら書籍の電子ファイル化を行っていることから,設問2の⑴の場合とは場面が異なることを意識しつつ,Z2を法的な観点から複製の主体と捉えることができるかについて,自説を展開して論述することが求められる。
また, 貸与権侵害に関しては, 本設問では, 店舗外への持ち出しが禁止されていることから,いわゆるまんが喫茶や美容室に置かれた週刊誌等と同様に,店舗から顧客への書籍の占有移転が認められないとして著作権法上の「貸与」には該当しないと解するのか,利用者が店舗内で借りた書籍をスキャナーに掛けて複製物を作成する行為を重視して,単に店舗内でその書籍を読む行為とは異なると解するのかを含めて貸与権侵害の成否につき,自説を展開して論述することが求められる。
[ 労働法 ]〔第1問〕本問は,うつ的症状により欠勤している労働者に対する解雇の効力及び傷病休職期間満了前に復職申請を行った労働者に対して,これを拒否したうえで休職期間満了に基づきなされた退職扱いの効果について問うものである。本問は,精神的健康面で不調の状態にある労働者をめぐる法的問題のうち,最近の裁判例において比較的多く見られる紛争事例であり,関係条文・判例から導き出される規範の正確な理解と当該規範の具体的事件への当てはめの的確さが問われている。
設問1においては,長時間に及ぶ労働等を契機として生じたうつ的症状(以下「本件うつ的症状」という。)により欠勤している労働者に対してなされた解雇(以下「本件解雇」という。)の効力を争う場合,法的論点としては,本件解雇が労働基準法第19条第1項及び労働契約法第16条に基づきそれぞれ無効であるか否かが問題となろう。
まず,労働基準法第19条第1項に照らして,本件うつ的症状の業務起因性が問題となるが,判例(東芝うつ病事件東京高判平成23年2月23日)において示された業務起因性の判断枠組みの正確な理解とその本件への的確な当てはめが問われる。次に,本件うつ的症状に業務性が認められない場合であっても,労働契約法第16条に基づき,本件うつ的症状及び使用者の対応などの事情を踏まえて本件解雇の効力を検討する必要があろう。
設問2においては,休職期間満了前に復職申請を行った労働者に対して,使用者が復職を拒否してその後休職期間満了により退職扱いとした場合,法的論点としては,①本件就業規則に基づく傷病休職命令(以下「本件休職命令」という。)の効力,②本件事案において労働者が行った復職申請(以下「本件復職申請」という。)を拒否した状況下における休職期間満了を理由になされた退職扱いの効果が問題となる。
上記論点①については,本件就業規則第24条第1項は「傷病により勤務に堪え得ない場合には,休職を命ずることができる。」と規定し,使用者はこれに基づき本件休職命令を発したが,本件うつ的症状の発症の原因等を踏まえて本件休職命令の効力を検討すべきであろう。上記論点②については,判例(片山組事件最一判平成10年4月9日)が示す判断枠組みを踏まえて,本件復職申請が債務の本旨に従った履行の提供に当たるか否か,これに当たるとした場合,使用者がこれを拒否した状況において,休職期間満了により退職の効果が発生するか否かを検討することになろう。その際,本件退職扱いはいわゆる自動退職であり,厳密には解雇と異なることから,仮に退職の効果が発生しないとする場合には,その法的理由にも留意すべきである。
〔第2問〕本問は,義務的団交事項の意義,使用者の言論と支配介入行為の関係並びに部分スト不参加者の賃金請求権及び休業手当請求権に関する規範の正確な理解を問うものである。いずれも労働法における基本的な論点であるが,法令の規範を明示した上で,主要な判例法理を踏まえ,提示された具体的事案に対して的確な検討を行うことが求められている。
まず,設問1においては,救済機関として不当労働行為を審査し,救済命令を発する労働委員会と,民事紛争を解決する裁判所とが明示されるとともに,それぞれに対応した救済方法の具体的内容が示されることが不可欠である。そして,平成28年度の新規採用者,すなわち非組合員の基本給の額を前年度の新規採用者の基本給の額に比して減額することに関して,Y社がX組合から要求を受けたにもかかわらず,この点に関する団体交渉を拒否したこと,及びY社が社長名で声明文をY社の全事業所に掲示したことがそれぞれ不当労働行為に当たるかどうかを検討することが必要である。前者については,本件基本給引下げが義務的団交事項に当たるかどうか,及び当たるとした場合にY社が団体交渉を拒否したことに正当な理由があるかどうかにつき,後者については,使用者の言論の自由にも配慮した支配介入行為の判断基準及びその該当性につき,判例法理(前者につき根岸病院事件(東京高判平成19年7月31日)等),後者につきプリマハム事件(最二判昭和57年9月10日)等)を踏まえた上で,具体的な事情を適切に指摘・評価して論じなければならない。
次に,設問2においては,X組合の組合員ではあるものの,平成28年3月15日のストライキに参加しなかったZらが,Y社から休業を命じられて同日に就労しなかったことに関して,Zらの労働の無価値性,Y社の責めに帰すべき事由の有無及び賃金請求権と休業手当請求権の関係につき,両請求権の相違をも考慮しつつ,判例法理(ノースウエスト航空事件(最二判昭和62年7月17日)等)を踏まえた上で,それぞれ規範を定立し,的確に当てはめを行うことが必要である。また,Zらの請求の当否について結論を明示することも忘れてはならない。
いずれの設問も,規範の明示と本件事例への当てはめを基軸とし,説得力ある論理が展開されていることが前提となる。
[ 環境法 ]〔第1問〕第1問は,環境影響評価法に関する基本的な仕組み,大気汚染による健康被害の差止請求に関する法的論点,情報的手法に関する基礎的理解を問う問題である。一つの事例において環境法の様々な分野が関わる場合が多いことから,このように設問した。
〔設問1〕では,意見書の提出の機会全てについて,問題の主体ごとに根拠条文を踏まえて説明しているかが問われている。B県知事とEには,計画段階環境配慮書,方法書,準備書について,意見書提出の機会があり,意見書を事業実施主体宛て提出することができる(同法第3条の7第1項,第8条第1項,第10条第1項,第18条第1項,第20条第1項) 。ただし,計画段階環境配慮書における意見書提出の機会(平成23年環境影響評価法改正によってその作成義務が定められた〔第3条の3〕ことに伴って設けられた)の提供は,事業実施主体の努力義務にとどまっている。
〔設問2〕では,Eは,石炭火力発電所から発生する窒素酸化物( NOx)による大気汚染から生じる健康被害の発生を危惧しており,人格権等の侵害に基づき,A社及びF社に対して,A社D発電所及びF社G発電所から排出される窒素酸化物の量の削減を請求することなどが考えられる。複数の考え方が存在する場合,それぞれを検討して法律上の問題点について広範に論じる必要がある。
まず,既設・操業のG発電所及び新設・操業のD発電所から石炭の燃焼により発生する窒素酸化物(直接排出される一酸化窒素及びその反応物質である二酸化窒素)は健康被害物質(呼吸器系の疾患の原因物質)であることを述べる。窒素酸化物は「有害物質」として大気汚染防止法によって規制され(同法第2条第1項第3号,同法施行令第1条第5号) ,二酸化窒素について環境基準が定められている(昭和53年環境庁告示第38号,平成8年環境庁告示第74号最新改正)。
次に,健康被害に対する差止請求権の法的根拠について述べる。本問の事案を解くための議論の立て方を示せば, 以下のとおりとなる。 第1は, 人は, 自らの生命・身体の完全性 (健康)
を害されない権利,すなわち身体的人格権を有しており(憲法第13条,民法第710条参照),その侵害に対しては人格権に基づき差止めを請求する権利を有しているとし,したがって,人の健康を侵害する蓋然性が高い場合には,身体的人格権の侵害となり,受忍限度論によることなく(受忍限度論は生活妨害のような精神的損害の場合に適用されると考える) ,違法性が認められ,健康被害の高度の蓋然性を証明すれば,差止請求が認められるという考え方である。
第2は,人格権侵害に基づく差止請求権の要件については,受忍限度論が適用されるとし,健康被害が生ずる蓋然性が高い場合には,公共性が高い場合であっても差止請求が認められるとする考え方である。第3は,環境基準を大幅に超えていることを根拠として健康被害が生ずる高度の蓋然性があることを主張するのではなく,現状の汚染により健康被害が生ずるのではないかという危惧感(精神的損害)を被侵害利益として主張するという捉え方である。そのような捉え方によれば,身体的人格権に直結した平穏生活権の侵害の問題となるが,その場合の要件は受忍限度論となろう。
そして,差止請求が認められるためには,健康被害が既に発生していること,あるいは発生するであろうことが高度の蓋然性をもって証明できることを要する(因果関係証明の原則) 。
これについて,本問では,既設のG発電所からのばい煙(その中の窒素酸化物)と新設のD発電所からの窒素酸化物が複合して,Eの居住地において,窒素酸化物(大気中で酸化反応して二酸化窒素となっている)の濃度が,常時環境基準を25%超える汚染が現出しているとして,Eは健康被害を危惧しているから,健康被害の蓋然性の問題と,汚染源が複数存在する場合の帰責者の問題を論じる必要がある。
環境基準は,一般的にいえば,達成すべき公害・環境行政上の政策目標であって,健康を保護するための基準値(健康閾値)とは必ずしも一致しない。しかしながら,検出されてはいけないとか,有害性が著しく厳しい基準を定められている健康被害物質については,環境基準を健康閾値である差止基準として主張することは考えられ,窒素酸化物(二酸化窒素を含む)についても,健康被害物質であり,達成時期も比較的に短期であって,健康影響が大きいともいえるから,環境基準を差止基準と仮定して,Eが訴訟上の請求をすることも,一つの考え方としてはあり得る。もちろん,環境基準が政策目標であるため,それを超えていることが差止め(汚染物質の削減)の根拠にできないことを述べることはできるが,その場合には,単なる政策目標として理解しない考え方についても言及する必要がある。すなわち,環境基準の法的性質を述べた上で,本件事案において,なおそれをどのように利用することができるか検討することが求められている。
Eが求めるべき差止めの内容としては,汚染を人格権等の侵害が生じないレベルに低減することであるが,G発電所とD発電所の窒素酸化物が複合してE居住地に到達しているから,複数汚染源に対する差止め(理論的根拠,寄与度と削減義務)をどのように考えるかを論じる。
この点については,①個別的差止説,②連帯的差止説,③分割的差止説などがあり,各説に言及した上で,自説を述べることが求められる。
例えば,①は,各汚染源が差止基準を超えて被害者に原因物質を到達させていなければ差止めを請求できないとする説であるが,複数汚染源からの少量の有害物質が複合して差止基準を超えているような場合には,被害者の保護ができないという問題点が指摘されている。
②は,複数汚染源の間に強い関連共同のような一体的関係とか主従の関係があれば妥当な結論となるが,そうでない場合には,狙い撃ち的に,ある汚染源に対して,他の汚染源による排出を含めた基準超過汚染の削減義務を負わせるものであり,公平に反するという問題点が指摘されている。
③は,複数の汚染源を被告にして汚染を差止基準以下にせよと請求でき,各被告の寄与度に応じた差止の義務を負うとする説であるが,各被告の寄与度をどう決めるべきかの問題が指摘されている。そこで,現実の汚染(着地濃度)と差止基準(閾値)を基に一律の削減率を決定し,その削減率に基づいて各被告の排出量の削減を求めればよい,とすることなどに言及することが考えられる。
最後に,請求の趣旨について検討する。排出口における汚染物質の排出量の削減を求める請求と着地濃度の低減を求める請求が考えられるが,着地濃度方式は証明が困難であり,排出口における排出量による請求が実際的である。抽象的不作為請求を立てることになる場合,抽象的不作為請求が適法な請求方式か,すなわち,訴訟物が特定しているか,強制執行の方法をどう解するか,述べる必要がある。強制執行は間接強制となる。なお,抽象的不作為請求の適法性を認めない場合には,その理由を述べる必要がある。
〔設問3〕では,情報的手法の意義に関する説明と規制的手法との比較,すなわち,長所と短所を記述することを求めている。情報的手法は,持続可能な社会の構築に向けた環境政策における政策手段,社会経済の環境配慮のための仕組みの一つであり,各手法を適切に組み合わせることによって環境政策を推進することとされている。そして,その意義は,⑴事業活動や製品・サービスに関して,⑵行政が,事業者に対して環境負荷などに関する情報の消費者・投資家等利害関係者や行政への開示・提供を求め,行政に提供された情報の公表・公開を行うことによって,⑶製品・サービスの提供者も含めた各主体による事業者や製品の選択等環境配慮行動を促進,または,自主的な取組みに資するという環境政策の手法と説明することができる(第2次・第3次・第4次環境基本計画〔平成12年・同18年,同24年〕参照) 。規制的手法との比較としては,長所として,⑴行政リソースの限界に対応できること,⑵各主体による柔軟な対策が可能,⑶科学的不確実性のある分野の場合,比例原則の問題が生じにくいことなどを挙げることができる。短所としては,⑴それ自体では強制力がないこと,⑵このため実効性を確保するためには他制度との組合せが必要であること,⑶市場や国民による監視が必要であることなどを挙げることができる。
〔第2問〕第2問は,環境法の分野における基本理念と,諸原則や基本的な考え方,各制度との関係についての総合的な理解力,思考力を問う問題である。全ての設問を通じ,人の活動により環境に加えられる影響であって,環境の保全上の支障の原因となるおそれのあるものとしての「環境への負荷」(環境基本法第2条第1項)は,問題となっている法律においては何であると想定されているかが論述の出発点となり,そのような環境への負荷をできる限り低減する上で,それぞれの社会的立場において自主的かつ積極的に行われるべき環境の保全に関する行動の公平な役割分担とは何かを思考することが求められている。
〔設問1〕では,容器包装リサイクル法が目的とする「環境への負荷」の低減が,容器包装廃棄物の排出の抑制並びに分別収集及びその再商品化を促進するための措置を講ずること等によって,廃棄物の適正な処理及び資源の有効な利用の確保を図り,生活環境を保全すること等であること(同法第1条)を踏まえ,そのための公平な役割分担として考えられることを論述する。小問⑴では,いわゆる3R(Reduce =発生抑制,Reuse =再使用,Recycle =再生利用)
の容器包装廃棄物の排出の抑制の場面における表れと考えられる,過剰使用の抑制,再使用及び再商品化を促進するための分別収集については,消費者及び利用事業者の活動に負う面が大きいことを指摘し,一方,地球温暖化対策の推進に関する法律が目的とする「環境への負荷」
の低減は,温室効果ガスの排出の抑制であること(同法第1条参照)を押さえつつ,日常生活用製品等の利用に伴う温室効果ガスの排出を抑制する上でも消費者等の製品選択及び製品利用の方法に負う面は大きいが,これらを実効性あるものとするためには,製品性能や排出抑制的な利用方法についての専門的情報が不可欠であることから,公平な役割分担上,責務規定の内容が異なっていると考えられることなどを論述する。また,容器包装が再商品化しやすい分別基準適合物であるためには,容器包装の製造事業者においてそのようなものとして製造されることが必要であり,温室効果ガス排出量の少ない日常生活用製品等の製造に係る地球温暖化対策の推進に関する法律第20条の6の規定共々,環境配慮設計を果たすことが,製造事業者の負うべき公平な役割分担であると考えられることも記述する。小問⑵では,特定事業者は,拡大生産者責任の観点から,容器包装の再商品化義務を負い(容器包装リサイクル法第11条ないし第13条),再商品化費用を負担することが想定されている一方,再商品化費用の多くは実効性ある分別収集がなされるかによって左右される側面が大きいところ,容器包装廃棄物は一般廃棄物であり(同法第2条第4項),その処理計画や収集・運搬・再生を含む処分は,循環型社会形成推進基本法第10条を踏まえ,市町村において行うことが予定されていること(廃棄物の処理及び清掃に関する法律第6条,第6条の2第1項)から,市町村は,容器包装廃棄物の分別収集に必要な措置(容器包装リサイクル法第6条第1項)の一環として市町村分別収集計画を定め(同法第8条),これに従って容器包装廃棄物の分別収集をしなければならないとされていること(同法第10条第1項)をまず押さえる。その上で,容器包装リサイクル法第10条の2は,特定事業者が現実に負担した再商品化費用が一般に想定される再商品化費用よりも低額で済んだ場合には,このような市町村の役割に負う部分が大きいことに鑑み,市町村の寄与度に応じて,想定再商品化費用との差額の一定割合額を市町村に還元することで,一定程度の費用負担の調整を図るとともに,市町村において,公平な役割分担として,合理的な市町村分別収集計画を自主的かつ積極的に策定するよう誘導しようとする制度であることを記述する。
〔設問2〕では,自然公園法が目的とする「環境への 負荷」の低減が,優れた自然の風景地の保護とその適正な利用であることを踏まえ,国,地 方公共団体,事業者及び自然公園の利用者が,それぞれの立場において,これが図られるよ うに努めなければならないこと(同法第1条,第3条第1項)が,公平な役割分担と考えら れることを論述する。小問⑴では,国立公園は,我が国の風景を代表するに足りる傑出した 自然の風景地であること(同法第2条第2号)を踏まえ,環境大臣は,風致を維持するため に,その海域を除く区域内に特別地域を指定し,景観を維持するために,特別地域内には特 別保護地区を区域内の海域には海域公園地区を指定することができ,それぞれ地域又は地区 内では風致や景観を破壊するおそれのある行為は許可を受けるべきものとされ,特に保護す べき程度の高い後者では,特別保護地区を除く特別地域におけるより軽微な行為であっても ,許可を受けなければ,してはならないとされていることを記述する。また,所有者等にお いて,これらの許可を得られないなど,これらの行為が制限された場合においては,通常生 ずべき損失の補償をしなければならないとされている(同法第64条第1項ないし第3項) が,これは地域又は地区に指定されることのみで損失が補償されるものではなく,無条件の 許可を受けられないことに対して補償されるいわゆる不許可補償であって,公平な役割分担 の範囲を超える場合に当たると考えられる特別の犠牲を被った場合に補償がされるべきものであり,その程度に至らない場合は,財産権の内在的制約と考えられることなどを論述する。 小問⑵では,【資料】 にある法律から,地域自然環境保全等事業は,国立公園等の自然の風景地 ,名勝地その他の自然環境の保全及び持続可能な利用の推進を図る上で重要な地域において実施する事業であり,「入域料」は,同事業を実施する区域内への立入りについて収受する料 金であって,当該地域の自然環境を地域住民の資産として保全し,その持続可能な利用を推 進するための経費に充てるべきものであることを読み解いた上で,そのような自然環境の保 全及び持続可能な利用の推進について,公平な役割分担として,利用者にも自主的かつ積極 的に関わってもらうために,地域自然環境保全等事業を実施する区域内に立ち入る者が,い わゆる受益者負担の原則に基づき負担する金銭であると考えられることなどを論述する。
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参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 第1問
1 設問1
⑴ Yはまず、製品A及び製品Bが本件特許発明の技術的範囲に属しないと反論する。
特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められ(特許法70条1項)、その用語の意義は明細書の記載及び図面を考慮して解釈される(同条2項)。本件特許の特許請求の範囲は「鍵を抜き取った状態において硬貨の投入行為を妨げる手段」という作用・機能による記載を含む、いわゆる機能的クレームである。
機能的クレームを文言どおりに解すると、当該機能を実現するあらゆる構成が技術的範囲に含まれ、明細書に開示されていない技術思想にまで独占を認めることになる。これは発明の公開の代償として独占権を付与する特許制度の趣旨に反し、第三者の予測可能性も害する。そこで、機能的に記載された構成要件の技術的範囲は、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的構成に示された技術思想に基づいて当業者が実施し得る構成に限られると解する(東京地判平成10年12月22日等参照)。
本件明細書等には、鍵の抜き差しに伴って金属製の遮蔽板を回転させ、鍵が抜かれた状態では遮蔽板が硬貨投入口を全体的に塞ぐという実施例のみが記載されている。したがって技術的範囲は、遮蔽板により物理的に硬貨投入口を塞ぐという技術思想に基づき当業者が実施し得る構成に限られる。
製品Aは、遮蔽板が樹脂製であり、回転ではなく上下により硬貨投入口を開閉する点で実施例と異なるが、遮蔽板により物理的に投入口を塞ぐという技術思想を共通にする。材質及び動作方向の相違は、実施例の記載から当業者が容易に実施し得る設計変更にすぎない。よって製品Aは技術的範囲に属し、この反論は失当である。
製品Bは、遮蔽板を用いず、鍵が抜かれた状態で硬貨を投入しようとすると警告音が鳴る構成である。これは物理的に投入を妨げるのではなく、警告により利用者の投入行為を心理的に抑止するものであり、明細書に開示された技術思想とは異なる。しかも製品Bの構成は明細書等を読んだだけでは当業者が容易に想到し得ないものである。よって製品Bは技術的範囲に属さず、この反論は妥当である。
⑵ これに対しXらは製品Bについて均等侵害を主張しよう。均等が成立するには、①相違部分が特許発明の本質的部分でないこと、②置換しても同一の目的を達し同一の作用効果を奏すること、③侵害時に当業者が容易に想到できたこと、④対象製品が出願時の公知技術と同一又は容易推考でないこと、⑤意識的除外等の特段の事情がないことを要する(最判平成10年2月24日)。
本件発明は遮蔽板により物理的に投入口を塞ぐことを課題解決原理とするものであり、警告音による抑止はこれと原理を異にするから、相違部分は本質的部分である。また製品Bの構成は明細書等から当業者が容易に想到し得ないものであるから置換容易性も欠く。よって均等侵害も成立しない。
⑶ 次にYは、無効の抗弁(104条の3第1項)を主張する。
まずサポート要件(36条6項1号)は、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載したものであることを要求する。その趣旨は、明細書に開示されていない発明について独占権を与えることを防ぐ点にある。その判断は、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載を対比し、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えていないかにより行う。
本件では、特許請求の範囲は「硬貨の投入行為を妨げる手段」という機能的記載により、警告音による抑止を含むあらゆる手段を包含する極めて広い範囲を対象とする一方、明細書等には金属製遮蔽板の回転による開閉という単一の実施例しか開示されていない。当業者は当該開示から物理的遮蔽以外の手段によって課題を解決できると認識することはできない。よってサポート要件違反の無効理由がある(123条1項4号)。
また実施可能要件(36条4項1号)は、発明の詳細な説明が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていることを要求する。本件では遮蔽板以外の手段について具体的記載が全くなく、当業者はこれを実施できない。よって同要件違反の無効理由もある。
さらに「硬貨の投入行為を妨げる手段」という記載は、物理的遮蔽に限られるのか心理的抑止を含むのかが不明確であり、第三者が権利範囲を予測できないから、明確性要件(36条6項2号)違反を主張する余地もある。
⑷ これに対しては、技術的範囲を明細書開示の技術思想に基づいて限定的に解するのであれば記載要件違反の問題は生じないとの反論も考えられる。しかし、記載要件の適合性は特許請求の範囲の記載を基準に判断すべきものであり、技術的範囲の限定解釈によって記載要件違反が治癒されることはない。よってYの無効の抗弁は理由がある。
したがって、製品Aについては文言侵害が成立するものの、無効の抗弁が認められる限りXらの請求は認められない。もっとも、Xらは訂正により無効理由を解消して対抗する余地がある。
2 設問2
⑴ 無効審判が特許庁に係属している間は訂正審判を請求することができない(126条2項)。そこで、Xらは、審判長が答弁書提出のために指定した期間等の所定の期間内に、特許請求の範囲の減縮を目的として訂正の請求をすべきである(134条の2第1項1号)。
訂正後の特許請求の範囲に記載された事項は、願書に最初に添付した明細書等に記載した事項の範囲内でなければならず、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものであってはならない(134条の2第9項による126条5項・6項の準用)。具体的には、「硬貨の投入行為を妨げる手段」を「鍵の抜き差しに伴って遮蔽板を作動させて硬貨投入口を塞ぐ手段」等に減縮すれば、サポート要件及び実施可能要件違反の無効理由は解消する。
また、訂正の請求をするには通常実施権者の承諾を得なければならない(134条の2第9項、127条)。本件ではZが通常実施権者であるから、Xらはその承諾を得る必要がある。
⑵ 侵害訴訟においてYが104条の3の抗弁を主張している場合、Xらは訂正の対抗主張をすることができる。その要件は、①当該請求項について訂正審判請求又は訂正の請求をしたこと、②当該訂正が法の定める訂正要件を満たすこと、③当該訂正により無効の抗弁で主張された無効理由が解消すること、④被告製品が訂正後の請求項の技術的範囲に属することである(東京地判平成19年2月27日、知財高判平成26年9月17日参照)。
本件では、上記減縮訂正により無効理由が解消し、製品Aは遮蔽板により硬貨投入口を開閉する構成であるから訂正後の請求項の技術的範囲に属する。したがって製品Aについて対抗主張が認められ、Xらの請求が維持される。製品Bは訂正後の技術的範囲に属しないから、対抗主張の利益がない。
⑶ もっとも、Zの承諾が得られない場合には、訂正の請求が適法にできず①②の要件を満たさないため、対抗主張が認められないのではないかが問題となる。
127条の趣旨は、訂正により実施権の対象となる発明の範囲が縮小・消滅して実施権者が不利益を受けることを防ぐ点にある。しかし、特許が無効となれば実施権自体が失われるのであるから、無効理由を解消する減縮訂正は実施権者にとっても利益となる。したがって、Zが承諾を拒むことは権利の濫用として許されず、Zに不利益が生じない本件では承諾を要しないと解すべきである。そうでなければ、実施権者の恣意により特許権者が無効の抗弁に対抗する手段を失うことになり不当である。
⑷ 共有に係る特許権について共有者が審判を請求するときは、共有者の全員が共同して請求しなければならない(132条3項)。そこで、無効審決の取消訴訟をX1が単独で提起できるかが問題となる。
これを否定する見解は、審決取消訴訟も特許権の存否を確定する手続であるから132条3項の趣旨が及び、共有者全員について合一に確定すべき必要があるとして固有必要的共同訴訟と解する。
しかし判例は、共有に係る権利について登録を無効とする審決がされた場合、その取消訴訟は共有者の一人が単独で提起することができるとした(最判平成14年2月22日)。その理由は、①無効審決を取り消して権利を維持する行為は共有物の保存行為(民法252条ただし書)に当たり各共有者が単独でなしうること、②審決取消訴訟の提起期間は不変期間であるから、全員の共同を要求すると他の共有者が訴えを提起しない場合に権利を失うことになり不当であること、③取消判決の効力は第三者にも及び(行政事件訴訟法32条1項)、取消判決が確定すれば審判手続が再開され、その審判は共有者全員との関係で行われるから合一確定の要請も満たされることにある。
権利の形成過程においては権利の帰属を一体として処理する必要があるため全員の共同が要求されるが、既に成立した権利を維持する行為については、単独行使を認めても他の共有者に不利益を及ぼさない。したがってX1は単独で審決取消訴訟を提起できる。
問題点としては、X1の請求が棄却された場合にX2との関係で審決の確定時期が異なり得ること、訴訟に関与しないX2の主張立証の機会が失われること、X1の勝訴の利益をX2も享受することが挙げられる。これらはX2が共同訴訟参加(民事訴訟法52条)をすることにより調整されるべきである。
3 設問3
⑴ 無効審決が確定したときは、特許権は初めから存在しなかったものとみなされる(125条本文)。そうすると、Yが支払った損害賠償金についてXらに不当利得(民法703条)が成立するようにみえる。
しかし、Xらの受領は確定判決に基づくものである。確定判決の既判力によりXらの損害賠償請求権の存在が確定している以上、判決の効力が存続する限りXらの利得には法律上の原因がある。したがってYは、まず再審の訴え(民事訴訟法338条1項8号)により判決の効力を失わせる必要がある。
もっとも、104条の4は、特許権侵害訴訟の終局判決が確定した後に当該特許を無効にすべき旨の審決が確定したときは、当該訴訟の当事者であった者は、当該終局判決に対する再審の訴えにおいて当該審決が確定したことを主張することができないと定める。その趣旨は、侵害訴訟において無効の抗弁(104条の3)を主張する機会が当事者に保障されていることを前提に、紛争の一回的解決と法的安定性を図る点にある。
本件では、Yは侵害訴訟において無効の抗弁を主張する機会を有していた。したがってYは再審において無効審決の確定を主張できず、確定判決の効力を失わせることができない。よってYは支払った損害賠償金を取り戻すことができない。
⑵ 差止めの効力について検討する。差止めを命ずる判決は、特許権の存続を前提として将来に向かって侵害行為の禁止を命じるものであり、その主文は通常、当該特許権の存続期間中に限り差止めを認める趣旨と解される。
そして、無効審決が確定して特許権が初めから存在しなかったものとみなされる以上、将来に向けて不作為義務を維持すべき実体的根拠は失われる。差止判決は将来の給付を命ずるものであるから、判決後に生じた事情の変動により執行力が排除され得る。すなわちYは、無効審決の確定という判決後の事由を主張して請求異議の訴え(民事執行法35条)を提起し、差止判決の執行力を排除できる。
104条の4は既に確定した損害賠償関係の法的安定性を図る規定であり、無効となった特許権に基づき将来にわたって実施を禁止し続けることを正当化するものではない。よって、無効審決の確定後は差止めの効力は将来に向かって失われ、Yは実施を再開することができる。
第2 第2問
1 設問1
⑴ まずXの権利の範囲を確定する。小説bは小説aを翻訳した二次的著作物(著作権法2条1項11号)であり、Xはその著作者として著作権及び著作者人格権を有する。
もっとも、二次的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ、原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じない(最判平成9年7月17日)。したがってXの権利は、小説bのうちXが独特の意訳等の創意工夫を凝らした日本語の表現部分に及ぶにとどまり、小説aの直訳部分には及ばない。
⑵ 小説cについて。Xは、小説cが小説bの全体の構成、各場面設定及び物語の展開の特色を一見して分かるように残しているから、小説bの翻案(27条)に当たると主張する。
翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつその表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為である。思想、感情若しくはアイデア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎない場合は翻案に当たらない(最判平成13年6月28日)。
これに対しYは、小説cは小説aの直訳としての日本語の表現において小説bと類似する部分があるにとどまり、小説bでXが創意工夫を凝らした日本語の表現は使用していないから、Xの権利が及ぶ創作的部分との同一性がないと反論する。また、小説cは主人公が競り負け挫折するという正反対の内容であり、競争社会のゆがみを風刺するYの創作が加えられた結果、全体としてみれば小説bの表現上の本質的特徴を直接感得できないとも反論する。
Yの反論は妥当である。小説cが小説bと共通するのは、小説aに由来する全体の構成・場面設定・物語の展開及び直訳部分の表現であり、これらは小説bにおいてXが新たに付与した創作的部分ではない。したがって小説cについてXの翻案権侵害は成立しない。なお、小説aについては翻案権侵害が問題となり得るが、Xは翻訳権を得たにとどまり小説aの著作権者ではないから、これを行使できない。
⑶ 題号cについて。著作物の題号は著作物を同定識別するための名称であり、通常短文で構成されるから、思想又は感情を創作的に表現したものとは評価できず、著作物に当たらないと解する。仮に例外的に著作物性を認め得る場合があるとしても、題号bは題号aの直訳にすぎず、Xが新たに付与した創作的部分がない。よってXは題号bについて著作権を有せず、題号cについての著作権侵害の主張は認められない。
⑷ ブックカバーcについて。ブックカバーは大量に複製される実用品であるから応用美術の著作物性が問題となる。実用目的を離れてそれ自体独立して美的鑑賞の対象となり得る美的創作性を備える場合には、美術の著作物(10条1項4号)として保護されると解する。
ブックカバーbは、青と白を基調とし、左下から右上に風が吹き抜けるようなしま模様とともに、金色の題号が中央で大きく渦を巻きながら天に昇るように描かれたものである。書籍の保護という実用的機能に由来する制約はほとんどなく、色彩の選択、しま模様による風の表現、題号を渦として天に昇るように配する構図に作者の個性が顕著に表れており、それ自体美的鑑賞の対象となり得る。よって美術の著作物に当たる。
ブックカバーcは、ブックカバーbの色合い、構図及び文字の配置の特色が一見して分かるように残され、左下から右上に風が吹き抜けるようなしま模様とともに、灰色の題号が中央で小さく渦を巻きながら徐々に消滅するように描かれている。共通するのはしま模様による風の表現と題号を渦として中央に配する構図という具体的表現であり、これに接する者はブックカバーbの表現上の本質的特徴を直接感得できる。色彩及び渦の向きの変更はYの創作的表現の付加である。よって翻案に当たる。
Yは、パロディとしてYの創作が加えられた結果もはや本質的特徴を直接感得できないと反論するが、ブックカバーcはブックカバーbの特色を一見して分かるように残しているのであり、むしろ原作品を想起させることによってパロディとして機能するものであるから、この反論は失当である。
⑸ Yは引用(32条1項)を反論する。すなわち、小説c及びブックカバーcは小説a及び小説bの内容を批評し、その世界観を揶揄することを通じて競争社会のゆがみを風刺する趣旨で制作されたものであるから、批評のための引用に当たると主張する。
判例は、引用に当たるには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があることを要するとした(最判昭和55年3月28日)。近時の裁判例は、同項の文言に即し、引用の目的、利用の態様、著作権者に与える影響等を総合考慮して公正な慣行に合致し目的上正当な範囲内かを判断すべきとし、明瞭区別性及び主従関係を独立の要件としない。
いずれの立場によっても、Yの反論は認められない。第一に、ブックカバーcはブックカバーbの表現を取り込んで一体化させており、利用する側と利用される側を明瞭に区別できない。第二に、32条1項は著作物を「引用して利用する」ことを認めるにとどまり、これを改変して利用することを認めるものではない。43条は32条1項について翻訳による利用のみを認め、翻案による利用を規定していないから、既存の著作物を翻案して利用することは引用として許されない。第三に、原作品の表現を利用して原作品を揶揄する態様の利用は著作者の人格的利益を害し、公正な慣行に合致せず引用の目的上正当な範囲内ともいえない。我が国の著作権法にはパロディを正面から許容する規定がないのであるから、同項を拡張して解することは相当でない。
⑹ 著作者人格権について。著作者はその著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けない(20条1項)。
小説cについては、Xの創作的表現を使用していないから小説bの改変とはいえず、同一性保持権侵害は成立しない。
題号cについては、20条1項が「題号」を明記しているから、題号自体に著作物性がなくとも著作物に付された題号の同一性は保護される。もっとも、同項が保護するのは当該著作物に付された題号の同一性であり、題号cは小説cという別個の著作物に付された題号であって、小説bの題号そのものを変更するものではない。よって改変に当たらない。
ブックカバーcについては、ブックカバーbの色合い・構図・文字配置を残しつつ色彩及び渦の向きを変更しており、Xの意に反する改変に当たる。翻案により原著作物の表現上の本質的特徴に変更を加える行為も、原著作物の同一性を害するものとして同項の改変に当たると解すべきである。
20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」とは、著作物の性質上又は利用の目的・態様上必然的に生ずる改変をいう。パロディは原作品を改変することそれ自体を目的とするものであるから、やむを得ない改変とはいえない。よって同一性保持権侵害が成立する。
また、ブックカバーcにXの氏名が表示されていないから、氏名表示権(19条1項)侵害も成立する。
⑺ 以上より、Xは、ブックカバーcについて翻案権(27条)、同一性保持権(20条1項)及び氏名表示権(19条1項)の侵害を理由に、その複製・頒布の差止め(112条1項)及び損害賠償(民法709条、著作権法114条)を請求できる。小説c及び題号cについては請求は認められない。
2 設問2
⑴ Z1について。Xは、Z1が利用者から送付された小説bを裁断し自ら管理するスキャナーで読み込んで電子ファイル化しているから、Z1が小説bの複製(21条、2条1項15号)の主体であり、これを不特定多数の購入者の依頼に応じて業として反復継続している以上、私的使用のための複製(30条1項)に当たらないと主張する。
これに対しZ1は、複製の主体は書籍を購入し電子ファイル化を申し込んだ利用者であり、Z1は利用者の手足として作業を代行するにすぎない、利用者は自らタブレット端末で読むために複製するのであるから30条1項により適法であると反論する。
複製の主体の認定は、物理的に複製行為を行った者のみによるのではなく、複製の対象、方法、複製への関与の内容・程度等の諸要素を考慮し、誰が当該著作物の複製をしているといえるかを規範的に判断すべきである(最判平成23年1月20日参照)。
本件では、Z1は、利用者から書籍の送付を受け、これを裁断し、自ら管理するスキャナーを用いて自己の事業として電子ファイル化している。複製の方法及び手段はZ1が独占的に管理支配し、複製行為自体の全てをZ1が行っている。利用者は申込みと書籍の送付をするのみで複製行為に何ら関与しない。そしてZ1はこれを有償で業として不特定多数の者に対し反復継続して行い、利益を得ている。
したがって複製の主体はZ1であり、Z1は利用者の手足にとどまらない(知財高判平成26年10月22日参照)。30条1項は「その使用する者が複製する」ことを要件とするから、Z1は使用する者に当たらず同項の適用はない。また、同項の趣旨は私的領域内の零細な複製が著作権者に与える影響の小さいことにあるが、事業として大量に複製が行われる本件にはこの趣旨が及ばない。
よってZ1の行為は複製権侵害となり、Xの主張が妥当である。Xは差止め(112条1項)及び損害賠償を請求できる。
⑵ Z2について。Xは、Z2が規範的に複製の主体であると主張する。すなわち、Z2は自ら小説bを複数冊購入して裁断し、専用スキャナーを設置した自社店舗内の書棚に並べ、店舗外への持ち出しを禁じた上で利用者に貸し出し、店舗内のスキャナーで電子ファイル化させている。複製に不可欠な書籍と複製機器の双方をZ2が用意・管理し、複製が行われる場所もZ2の支配する店舗内であり、Z2は有償でこのサービスを業として不特定多数の利用者に提供して利益を得ているから、Z2が複製を実現する手段の全体を管理支配する主体である。
これに対しZ2は、現実にスキャナーを操作して電子ファイル化するのは利用者であり、利用者は自ら使用するために複製するのであるから30条1項により適法である、Z2は場所と機器を提供するにとどまると反論する。また、30条1項1号は公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器を用いた複製を除外するが、附則5条の2により当分の間、専ら文書又は図画の複製に供する機器はこれに含まれないとされているから、書籍の読み取りに供される本件スキャナーについて同号の適用はないとも反論する。
検討すると、Z2の場合、複製行為そのものは利用者が行っており、Z1の場合とは場面を異にする。しかし、Z2は、複製の対象である裁断済みの小説bを自ら用意し、専用スキャナーを設置し、店舗外への持ち出しを禁じて店舗内での複製のみを可能とする態様で役務を提供している。利用者が電子ファイル化のためにのみ来店することは明らかであり、Z2は複製が行われることを前提としてその環境を一体として管理支配し、これにより対価を得ている。そうすると、Z2は単に場所と機器を提供する者ではなく、規範的に複製の主体と評価すべきである。したがって30条1項の適用はなく、複製権侵害が成立する。
もっとも、利用者が自ら複製機器を操作する点を重視し、複製の主体は利用者であって30条1項により適法であると解する立場もあり得る。しかし、その立場では、書籍を自ら購入しない利用者が有償サービスを通じて自由に電子ファイルを取得できることとなり、著作権者の利益が著しく害される。Z2を複製の主体と解するのが妥当である。
⑶ Xはさらに貸与権(26条の3)侵害を主張する。著作者はその著作物をその複製物の貸与により公衆に提供する権利を専有し、「貸与」にはいかなる名義又は方法をもってするかを問わずこれと同様の使用の権原を取得させる行為を含む(2条8項)。Z2は裁断済みの小説bを不特定多数の利用者に貸し出している。
これに対しZ2は、店舗外への持ち出しを禁止しているから書籍の占有が利用者に移転せず、漫画喫茶や美容室に置かれた雑誌を客が読む場合と同様に「貸与」に当たらないと反論する。
貸与権は、複製物の占有が借主に移転して著作権者の手を離れて使用されることによる不利益を防ぐ趣旨の規定である。そうすると、店舗内での利用に供するにとどまり占有の移転がない場合には貸与に当たらないと解すべきである。本件では店舗外への持ち出しが禁止されており、利用者が書籍を自己の支配下に置くとはいえない。よって貸与権侵害は成立しない。
もっとも、利用者は店舗内で単に閲覧するにとどまらず、書籍をスキャナーに掛けて複製物を作成しているのであり、書籍の本来的用途を超える利用に供されている点を重視して貸与に当たるとする余地もある。いずれにせよ複製権侵害が認められるから、Xは差止め(112条1項)及び損害賠償を請求できる。
以上