司法試験 平成27年 知的財産法
問題文
[知的財産法]〔第1問〕(配点:50)
甲は,平成20年3月に,化学物質の発明であるα発明をし,当該発明が市場性を有するかどうかを確認するために,同年6月10日から1か月間に限り,その実施品を一般の顧客に対してその構造を明らかにすることなく試験的に販売した。α発明は,構成要件A,構成要件B及び構成要件c1からなるものであった。甲は,α発明をした後も継続して行っていた研究開発により,構成要件A,構成要件B及び構成要件Cからなるβ発明をした。Cはc1の上位概念である。甲は,平成21年2月5日に,β発明について特許出願(以下「甲出願」という。)を行った。甲出願については,平成23年8月15日に,特許権の設定登録がされた(以下,この特許権を「甲特許権」という。)。
他方, 乙は, 甲とは別個独立にβ発明と同一の発明をしたが, Cの下位概念であるc2 (c2は,c1とは異なるものである。)を用いると顕著な効果を得られることを認識し,構成要件A,構成要件B及び構成要件c2からなるγ発明について特許出願(以下「乙出願」という。 )を行った。
乙出願の出願日は,偶然にも,甲出願の出願日と同日であった。乙出願については,平成23年8月25日に,特許権の設定登録がされた。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。
〔設 問〕1.甲は,β発明の技術的範囲に属する製品を製造販売する丙に対して,その行為が甲特許権を侵害する旨の警告を行った。丙は,甲特許権について調査したところ,α発明の実施品が試験的に販売されていたこと及び乙が乙出願を行っていたことを知り,これらに基づき甲特許権が無効理由を有すると考え,特許無効審判請求をした。甲特許権は無効となるか。仮に乙出願が平成21年2月4日に行われたとした場合はどうか。
2.乙は,平成23年3月から,γ発明の実施品を製造販売している。
⑴ 甲は,平成27年5月になって乙の行為を知り,乙に対して,その行為が甲特許権の侵害であるとして差止請求訴訟を提起した。
同訴訟において,甲は,どのような主張をすべきか。これに対する乙の反論として,どのような主張が考えられるか。
双方の主張の妥当性についても論じなさい。
⑵ 上記⑴の差止請求が認められるとする。甲が乙に対して補償金請求も行ったならば,この請求も認められるか。仮に,甲は,乙の行為を平成23年6月に知ったが,乙に対して何らの措置も講じなかったとした場合はどうか。
なお,⑴及び⑵については,甲特許権は無効理由を有しないものとする。
3.甲は,β発明の技術的範囲に属する製品は製造販売していないが,これと同様の作用効果を奏する製品を製造販売している。丁は,β発明の技術的範囲に属する製品(以下「丁製品」という。)を製造販売している。甲は,丁に対して,特許法第102条第2項を用いて損害額を算定してその賠償を請求することができるか。
なお,甲特許権は無効理由を有しないものとし,丁製品はγ発明の技術的範囲に属しないものとする。
〔第2問〕(配点:50)
映画製作会社Yは,「四季の渓谷と橋のある風景」という題名で,日本全国の渓谷に架かる橋を定点撮影し四季を通じて変化する風景を背景として,その橋を利用する人々の暮らしを紹介することをテーマとしたドキュメンタリー映画(以下「本件ドキュメンタリー」という。 )の製作を企画し,その監督として,同ドキュメンタリーに使用する映像の撮影及びシナリオに即した映像の編集を,フリーの映像作家Xに依頼したところ,Xは同ドキュメンタリーの製作に参加することを約束した。そして,Xは,本件ドキュメンタリーに使用する映像を撮影するために,渓谷と橋を数箇所選定し,それぞれ選定した渓谷と橋との関係が一番美しく撮れる撮影箇所と時間帯を決定し,さらに,構図,カメラアングル,光量,絞りなどを決めて,1年以上かけて,渓谷と橋及びそれを利用する人々を撮影し,撮影の完了した未編集の映像フィルム(以下「本件映像フィルム」という。 )
をYに提供した。
本件映像フィルムの撮影に関しては,撮影機材の提供,撮影場所への旅費,宿泊費,その他必要経費は全てYの負担において賄われ,また,Xは,撮影のため地方に出張する場合以外は,毎週2,3回程度Yに出社して,報酬も月払いで支払われていた。
ところが,その後Yの映画製作方針が変わり,本件ドキュメンタリーの製作は中止になった。そのため,本件映像フィルムは,NGフィルム選別,シナリオに従った粗編集,細編集,音づけ等の映画製作過程を経ない未編集の状態で公表されないまま,Yのフィルム保管庫に保管された。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えなさい。
〔設 問〕1.Yの社内では,多額の費用を掛けて撮影された本件映像フィルムを何とか利用して映画製作にいかしたいとして検討した結果,ある風景写真家が風景写真を撮るために各地を点々と旅し,その旅先で出会った人々と交流する様を描いた映画(以下「本件映画」という。 )を製作することになり,その際,主人公が訪れる各地の風景として本件映像フィルムを活用することとし,Xに無断で,同フィルムに主人公である俳優などの映像を合成して本件映画に使用した。
なお,本件映画中の出演者,制作スタッフなどの名を示す字幕(クレジット・タイトル)には,Xへの感謝を込めて,「風景撮影 X」と表示されていた。
Xは,本件映画を上映しようとしているYに対し,その差止めを求める訴訟を提起した。
同訴訟において,Xは,どのような主張をすべきか。これに対するYの反論として,どのような主張が考えられるか。
双方の主張の妥当性についても論じなさい。
2.Xが本件ドキュメンタリーのために定点撮影したある場所において,渓谷と橋のそばに能舞台のある寺があり,そこでは,毎年,著名な振付師であるZの振り付けによる独創的な新作の薪(たきぎ)能が行われていたところ,本件映像フィルムには,たまたまその能舞台で行われていたZの振り付けによる新作の薪能(以下「本件能」という。)が,時間にして約3分間,それを演じる能役者の動作が辛うじて感得できる程度に映っていた(以下,この部分を「本件能映像」という。)。ただし,本件能の振り付けは,Zがそれを演じる能役者に自ら指導したものであって,台本や踊り方を説明した書類はなく,また,振り付けの映像なども存在していなかった。
本件能映像は,夜の渓谷と橋が薪の灯りに浮かび上がる中で能役者が能を舞うという幻想的な描写になっていたため,Yは,Zに無断で,本件映画の1シーンに本件能映像を使用した。
Zは,本件映画を上映しようとしているYに対して,その差止めを求める訴訟を提起した。
同訴訟において,Zは,どのような主張をすべきか。これに対するYの反論として,どのような主張が考えられるか。
双方の主張の妥当性についても論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
知的財産法〔第1問〕設問1は,特許要件である新規性要件及び先願主義に関する理解を問う問題である。設問2の⑴は,上位概念の発明の特許権と下位概念の発明の特許権が同日出願に係るものである場合の両特許権の関係に関する理解を問う問題であり,⑵は,補償金請求権の発生要件及び消滅時効に関する理解を問う問題である。設問3は,特許法(以下「法」という。 )第102条第2項の適用要件に関する理解を問う問題である。
設問1において,まず,α発明の実施品の試験的販売については,α発明は,β発明を上位概念とする下位概念の発明であることから,これが公然実施(法第29条第1項第2号)に当たり,甲特許権は新規性欠如の無効理由(法第123条第1項第2号)を有するかどうかが問題となる。発明の実施品が存在すれば必ずその発明の新規性が失われるというわけではなく,また,α発明の実施品は一般の顧客に対してその構造を明らかにすることなく販売されたものであった。この点に関しては,当業者が利用可能な分析技術を用いて発明の実施品を分析することにより,その発明の構成を知り得る場合には,公然実施に当たり,他方,その発明の構成を知ることが極めて困難である場合には,公然実施に当たらないと解することができよう(東京地判平成17年2月10日判例時報1906号144頁【ブラニュート顆粒事件】参照) 。このような公然実施の当否について明確に論述することが求められる。
また,公然実施があっても,新規性喪失の例外規定(法第30条第2項)が適用されれば,新規性が失われなかったものとされるが,α発明の実施品の試験的販売については,甲出願が当該販売から6月以内に行われておらず,法第30条第3項所定の手続も履行されていないことから,新規性喪失の例外規定の適用は認められないのであり,この点にも言及することが求められる。
次に,乙が行った乙出願については,その出願日は甲出願の出願日と同じであることから,甲特許権は法第39条第2項違反の無効理由(法第123条第1項第2号)を有するかどうかが問題となる。法第39条第2項違反となるのは,乙出願の対象であるγ発明と甲出願の対象であるβ発明が「同一の発明」である場合であり,γ発明は,β発明を上位概念とする下位概念の発明であった。そこで,同日に行われた2つの出願の対象が下位概念の発明と上位概念の発明の関係にある場合に,両発明が「同一の発明」に当たるかどうかを検討することが必要となる。仮に乙出願が平成21年2月4日に行われたとした場合,すなわち,下位概念の発明についての出願が先願であった場合に,両発明が法第39条第1項の「同一の発明」に当たるかどうかと対比しつつ,同日出願の場合も同様に取り扱うことができるのか,あるいは異なる取扱いをすべきであるのかについて,合理的な論拠を示して論述をすることが求められる。
ところで,α発明の実施品の試験的販売又は乙が行った乙出願により甲特許権が無効理由を有することになるとしても,訂正により無効理由を解消することができる場合があろう。この点に的確に言及していれば,積極的な評価が与えられよう。
設問2の⑴については,まず,γ発明の実施品がβ発明の技術的範囲に属するかどうかが問題となる。次に,β発明の技術的範囲に属することが肯定されるとしても,乙は,γ発明について特許権を有しているので,γ発明の実施品を製造販売する行為は自己の特許発明の実施であり,この点に関する検討が行われなければならない。特許権者によるその特許発明の実施が他の特許権の侵害となるかどうかは,特許権の本質が何であるかが関係するのであり,この問題については,いわゆる専用権説と排他権説の対立がある。そして,利用発明に関する法第72条の意義について,専用権説によれば例外規定,排他権説によれば確認規定と解されることとなろう。乙の行為については,γ発明がβ発明の利用発明であると捉えることができるとしても,乙出願の出願日と甲出願の出願日は同じであるから,同条は適用されない。そこで,特許権の本質や同条の意義等に関する検討を踏まえて,特許権者がその特許発明である下位概念の発明の実施をすることが同日出願に係る上位概念の発明の特許権の侵害となるかどうかについて,合理的な論拠を持って自説を展開することが求められる。
設問2の⑵においては,まず,甲が乙の行為を知ったのは平成27年5月になってからであるから,甲は,甲特許権の設定登録前に乙に対して警告を行っていないこととなる。しかしながら,補償金請求権は,警告が行われない場合においても,特許出願に係る発明であることを知ってその発明を実施した者に対して請求することができる(法第65条第1項後段) 。そのため,乙が甲出願に係るβ発明を実施していることを知っていた場合には,甲は補償金請求を行うことができると解されよう。次に,甲が,乙の行為を平成23年6月に知ったが,乙に対して何らの措置も講じなかった場合には,補償金請求権の消滅時効が問題となる。法第65条第6項により,補償金請求権は,補償金請求権を有する者が特許権の設定登録前に当該特許出願に係る発明の実施の事実及びその実施をした者を知った場合は,特許権の設定登録日から3年間行使しないときは,時効により消滅することになる。甲特許権の設定登録日は平成23年8月15日であるから,甲の補償金請求権は時効消滅したことになろう。
設問3においては,甲はβ発明の技術的範囲に属する製品を製造販売していないことから,特許権者がその特許発明の実施をしていない場合に,法第102条第2項を用いて損害額を算定してその賠償を請求することができるかどうかが問題となる。この点に関し,知的財産高等裁判所の大合議判決(知財高判平成25年2月1日判例時報2179号36頁【ごみ貯蔵機器事件】)は,「特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められると解すべきであり,特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情は,推定された損害額を覆滅する事情として考慮されるとするのが相当である。そして,……特許法102条2項の適用に当たり,特許権者において,当該特許発明を実施していることを要件とするものではないというべきである。」と判示している。甲は,β発明の技術的範囲に属する製品と同様の作用効果を奏する製品を製造販売しており,このような場合に同項の適用が認められるかどうかについて,上記判決を念頭に置きつつ,自説を展開することが求められる。
〔第2問〕設問1は,本件映像フィルムが著作物であることを前提として,その著作者は誰か,あるいは著作権は誰に帰属すると考えるべきかにつき,著作権法(以下「法」という。 )第15条(職務著作), 法第16条 (映画の著作物の著作者) 及び法第29条 (映画の著作物の著作権の帰属)
の適用の可否及びそれらの規定の相互関係等に関する理解を問う問題であり,設問2は,Yが本件能映像を本件映画の1シーンに使用したことが,Zの著作権又は著作者人格権の侵害になるかについて,いわゆる「写り込み」の問題として,「複製」の成否及び法第30条の2の適用の可否等に関する理解を問う問題である。
設問1については,まず,Xとしては次のような主張をすることが考えられる。本件映像フィルムは,Xが対象となる渓谷と橋を選定し,一番美しく撮れる撮影箇所と時間帯を決定し,構図,カメラアングル,光量,絞りなどを決めて定点撮影したものであるから,それ自体著作物(法第2条第1項第1号)に当たり,それが「映画の著作物」(法第10条第1項第7号)である場合,その「全体的形成に創作的に寄与した者」(法第16条)はXであるから,著作者はXである。そうである以上,Xは本件映像フィルムについて著作権と著作者人格権を有するところ(法第17条第1項),本件映画の製作及び上映は,翻案権(法第27条) ,複製権(法第21条),上映権(法第22条の2)の侵害に当たり,また,本件映像フィルムは未公表であるから公表権(法第18条第1項後段)の侵害に当たり,本件映画のクレジット・タイトルには単に「風景撮影 X」と表示されているにすぎず,著作者名の表示ではないから氏名表示権(法第19条第1項後段)の侵害に当たり,さらに,俳優の映像を合成しているから同一性保持権(法第20条第1項)の侵害に当たる。
これに対し,Yとしては,まず,本件映像フィルムが何の著作物であれ,本件映像フィルムの作成は職務著作(法第15条第1項)に当たるから,その著作者はYであると主張することが考えられる。職務著作の成否に関しては,最判平成15年4月11日判例時報1822号133頁【RGBアドベンチャー事件】が判示していることを念頭に置いた上で, 「法人等の業務に従事する者」の判断基準を検討し,本設問では,Xはもともとフリーの映像作家であって,本件映像フィルムの撮影場所,撮影対象,撮影方法も全て単独で決定しており,何らYの指示を受けていないこと,他方で,本件映像フィルムの制作費用は全てYが支出したものであり,Xは毎週2,3回Yに出社し,報酬も月払いで支払われていたという事実関係に当てはめて論じることが求められる。
また,Yの主張としては,仮に本件映像フィルムが職務著作に当たらないとしても,本件映像フィルムは「映画の著作物」に当たるところ,Yは映画の著作物の製作に発意と責任を有する映画製作者(法第2条第1項第10号)であり,Xは本件ドキュメンタリーの製作に参加することを約束しているから,法第29条第1項により,本件映像フィルムの著作権は映画製作者であるYに帰属すること,そうすると,法第18条第2項第3号により,Xは,Yに対し,公表権侵害を主張できないこと,また,氏名表示権については,仮に「風景撮影 X」との表示では足りないとしても,法第19条第3項が適用されるべきであり,さらに,同一性保持権侵害については,改変されたものを上映すること自体は同一性保持権侵害に当たらないこと,仮に法第20条第1項の改変に当たるとしても,同条第2項第4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たること,が考えられる。
これに対し,Xとしては,本件映像フィルムは,いまだ未編集のフィルムであるから,法第29条所定の「映画の著作物」には当たらず,同条の適用はないと主張することが考えられる。
この点に関しては,東京高判平成5年9月9日判例時報1477号27頁【三沢市勢映画製作事件】が「著作権法29条1項により映画製作者が映画の著作物の著作権を取得するためには,いうまでもなく著作物と認められるに足りる映画が完成することが必要であるから,参加約束のみによって未だ完成していない映画について製作者が著作権を取得することはない。」と判示していることを念頭に置きつつ,法第29条第1項の趣旨に触れながら,未編集のフィルムが「映画の著作物」に当たるか否かについて自説を展開し,本設問に当てはめて論じることが求められる。
設問2については,まず,Zの振り付けによる本件能は著作物といえるか,それを肯定する場合その著作者は誰かが問題となる。この点について,Zとしては,本件能の振り付けは,法第10条第1項第3号所定の「舞踊」の著作物に当たり,その著作者は振付師であるZである,したがって,Zは本件能につき著作権及び著作者人格権を有しているところ,本件能を映像に収めることは,本件能の複製に当たるから,本件能映像を使用した本件映画は,本件能の複製権,上映権及び氏名表示権等を侵害するものであると主張することが考えられる。
これに対し,Yとしては,「舞踊」とは,舞踊家(舞踊を実行する者)による舞踊行為を指すものであって,舞踊の振付師による振り付けは「舞踊」の著作物とはいえないし,本件能の振り付けには,台本や踊り方を説明した書類も振り付けの映像なども存在しないから,著作物として物に固定されておらず,著作権法で保護される著作物には当たらないと主張することが考えられる。この点に関しては,一般的には,「舞踊」の著作物とは,踊りの振り付けのことであり,踊る行為や演ずる行為そのものはそれらを行う実演家の権利として著作隣接権の保護の対象とされることはあっても,「舞踊」の著作物には当たらないと考えられていること,また,「映画の著作物」のような明文の規定がない以上,固定は要件ではないと解されていることに言及することが求められる。
また,Yとしては,仮にZが本件能の著作者であるとしても,本件能映像に映っている本件能は,時間にしてわずか約3分間,それを演じる能役者の動作が辛うじて感得できる程度に写っていたにすぎないから,そもそも本件能映像は本件能の「複製」とはいえないと主張することが考えられる。この点に関しては,東京高判平成14年2月18日判例時報1786号136頁【雪月花事件】が「書を写真により再製した場合に,その行為が美術の著作物としての書の再製に当たるといえるためには,一般人の通常の注意力を基準とした上,当該書の写真において,上記表現形式を通じ,単に字体や書体が再現されているにとどまらず,文字の形の独創性,線の美しさと微妙さ,文字群と余白の構成美,運筆の緩急と抑揚,墨色の冴えと変化,筆の勢いといった上記の美的要素を直接感得することができる程度に再現されていることを要する」
と判示していることを念頭に置きつつ,本設問において,「複製」といえるか否かを論じることが求められる。
さらに,Yとしては,仮に「複製」に当たるとしても,本件能映像は法第2条第1項第14号の「録画」されたものであるから,法第30条の2第1項所定の「写真等著作物」に当たるところ,本件能は渓谷と橋を定点撮影された映像にたまたま映っているにすぎず,能舞台は橋のそばにあるのであるから,本件映像フィルムを創作するに当たり「分離することは困難であり」,しかもその映像部分も時間にしてわずか3分,それを演じる能役者の動作が辛うじて感得できる程度にすぎないから「軽微な構成部分」であるといえ,同項所定の「付随対象著作物」
に当たり,同条第2項により,これを本件映画に利用することができると主張することが考えられる。
これに対して,Zとしては,Yは,本件能映像が夜の渓谷と橋が薪能の灯りに浮かび上がる中で能役者が能を舞うという幻想的な描写になっていたという独創的な表現映像である点を捉えて, あえて本件映画の1シーンに上記映像部分を使用したものであるから,「付随対象著作物」
とはいえず,仮にそうでないとしても,そのような利用の態様は「付随対象著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害する」ことになるものであり,したがって,同項ただし書により,Yは,本件能を本件映画に利用することはできないと主張することが考えられる。これらの点について,本設問の事案に当てはめて論じることが求められる。
そして,Zが著作者人格権を主張することができるか否かについて論じれば,さらに,積極的な評価の対象となろう。
[ 労働法 ]〔第1問〕本問は,偽装請負(違法な労働者派遣)により派遣された労働者と注文者(派遣先)との間の黙示の労働契約の成立,適法な労働者派遣の下における派遣元事業主による有期労働契約の中途解除及び雇止めに関する規範の正確な理解を問うものである。本問の事実関係は労働者派遣を基礎として構成されているが,各設問はいずれも労働法における基本的な論点であり,関係条文・判例に即した規範の定立,当該規範の具体的事実への当てはめの的確さが問われている。
まず,設問1において,Xは労働者派遣法違反を理由にY1社との労働契約が無効であり,Y2社との間の労働契約の成立を主張しているが,こうした主張の当否については,パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件判決(最判平成21年12月18日)の判断枠組みを踏まえて,労働契約の黙示的な成立の可能性を論じることが求められる。その際,予想されるY2社からの反論を踏まえつつ,本問で挙げている諸事情のうち,労働契約の黙示的な成立の有無を判断するに当たって考慮すべき事情として,何を具体的に挙げるかが重要である。
設問2は,期間を定めた労働契約に基づき派遣先で就業している派遣労働者が,Y2社からの労働者派遣契約の解約を理由に,Y1社により労働契約の期間満了前に解雇されたことから,この解雇の有効性を問題とするものである。これについては,労働契約法第17条第1項が,期間を定めた労働契約につき「やむを得ない事由がある場合」に限り解雇できると規定していることから,期間の定めのない労働契約における整理解雇の場合と比較して「やむを得ない事由がある場合」とはいかなる場合を指すかを示す必要がある。その上で,本問において,派遣先からの労働者派遣契約の解約による就業場所の喪失等の諸々の事情をどう評価するかが問われることになろう。
設問3は,いわゆる雇止めの事例であるが,労働契約法第19条に照らして,申込みを承諾したものとみなすことが認められる規範の定立が求められる。その上で,同条第1号又は第2号のいずれに該当するか,仮に第2号に該当するとした場合には,契約更新を期待する合理的な理由の有無を判断することが必要となるが,その際,伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件判決(高松高判平成18年5月18日)が示すような,派遣労働契約の特殊性を考慮して判断することが求められる。
〔第2問〕本問は,労働協約の規範的効力の根拠と限界,及び労働組合の組合活動についてその法的な意義と効果を問うものである。いずれも労働法におけるスタンダードな論点であるが,基本的な法令の規範を明示した上で,主要な裁判例による判例法理を踏まえ,提示された具体的事案に対して的確な検討を行うことが求められている。
まず,本問の事例では,5%の基本給カットを定めた労働協約の規定が規範的効力を有するか否かにつき,協約締結権限の成否と,不利益変更の可否という両面から検討することが必要である。前者については,組合規約に定められた手続を履践せずに締結された労働協約の効力につき,組合規約の定めの趣旨及び意義,労働協約締結の折に実際に行われてきた手続とその法的評価などを,判例法理(中根製作所事件(東京高判平成12年7月26日) )を踏まえた上で,具体的な事情を点検しつつ論じなければならない。また,後者については,不利益に変更された労働協約規定に規範的効力が認められるか否かに関する最高裁の判例法理(朝日火災海上保険(石堂本訴)事件(最一小判平成9年3月27日))を前提として,本件における変更の具体的内容,協約締結手続,締結の経緯などを総合して,規範的効力の有無を決することとなる。本件の事例においては,基本給の5%カットという事実のみならず,賞与の増額を始め他の事情を捕捉しながら総合的な検討を行うことが求められる。また,結論を明示することも忘れてはならない。
次に,組合活動をめぐる設問2については,救済機関として不当労働行為を審査し,救済命令を発する労働委員会と,民事紛争を解決する裁判所とが明示されることが不可欠である。
また,本件の事例では労働組合の執行部に反対するグループが行った活動であることを踏まえ,そのようなグループの行動が組合活動と認められるか否かを検討した上で,リボン着用による就労の法的意義,これに対する懲戒処分の適法性について,不当労働行為の成否と懲戒処分の有効性という観点から,それぞれ要件を摘示し,的確に当てはめを行う必要がある。
当然ながら,懲戒処分の有効性については,対象となった行為の懲戒規定該当性,労働契約法第15条を明示した上での懲戒権濫用の有無を整理して論じることが求められる。
いずれの設問も,規範の明示と本件事例への当てはめを基軸とし,説得力のある論理が展開されていることが前提となることは言うまでもない。
[ 環境法 ]〔第1問〕第1問は,「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(以下「法」という。)のもとで,産業廃棄物の排出事業者が,法により課される適正処理に関する義務を懈怠した場合に発生する法的責任についての理解を問う問題である。
〔設問1〕では,法第12条の3が規定する産業廃棄物管理票(以下「マニフェスト」という。)制度に関する正確な理解が試される。中間処理に関するマニフェストの写しは,交付後90日以内に送付されることが求められているところ(法第12条の3第4項,法施行規則第8条の28第1号),本事案においては,半年以上が経過している。そうした場合には,マニフェスト交付者であるA社は,委託に係る産業廃棄物の処分に係る状況の把握が義務付けられる(法第12条の3第8項)。A社は,その義務を懈怠している。A社の委託に係る産業廃棄物に関しては,Dの土地において不法投棄がなされ,環境基準値をはるかに超過する濃度の鉛が周辺の畑に流入し, 生活環境の保全上支障が発生している状況にある。 そこで, B県知事は,A社に対して,支障の除去等の措置を求めて措置命令を発することができると指摘する(法第19条の5第1項第3号へ)。
Dに関しては,不法投棄がされていることに気付いているにもかかわらずこれを黙認している。これは,不法投棄を「助けた」と評価されることから,B県知事は,Dに対しても,支障の除去等を求める措置命令を発することができると指摘する(法第19条の5第1項第5号)。
〔設問2〕では,著しく安価な委託料金による委託がもたらす不適切な結果を踏まえて法第19条の6が一部改正により規定されたことの理解を問うとともに,事例に示される具体的状況に対して同条を正しく適用できるかどうかが試される。法第11条第1項に規定される産業廃棄物排出事業者の責任は,自らが処理する以外にも,適正な委託によっても果たされるが,その前提には,適正な処理ができる委託料金が支払われていることがある。料金をいくらにするかは,委託者と受託者の自由契約によっており,法は何ら規定していない。一般的には,委託者が契約交渉上優位な立場にあるため,安価な料金での契約締結がされているといわれていた。その料金では適正処理は困難であることから,この点が不法投棄の温床のひとつとなっていた。もちろん,不法投棄をした受託者の責任が追及されるべきではあるが,生活環境保全上の支障除去等をする資力がない場合が少なくなく,そうなれば,投棄された産業廃棄物がそのままになってしまう。そこで,法第19条の6は,処分者の資力その他の事情からみて除去等の対応が困難なとき(第1項第1号),委託者である排出事業者が適正な対価を負担していないとき(第1項第2号)などの要件を満たせば,当該排出事業者を,生活環境保全上の支障除去等を求める命令の名宛人とすることができると規定した。民事上有効な契約に関して,法の制度趣旨を踏まえ,契約の一方当事者に行政法的責任を課したのである。汚染者支払原則(汚染者負担原則,原因者負担原則)の徹底といえる。本事案においては,Fは事実上倒産しており,また,平均的料金の40%での委託であるため,添付【資料】「行政処分の指針について(通知)」(抜粋)が示す基準に照らせば,要件を満たす。堆積された廃棄物の一部が遊歩道に崩落し始めている状況は,生活環境保全上の支障があると考えられることから,B県知事は,A社に対して支障除去等を求める措置命令を発することができると指摘する。
〔第2問〕第2問は,土壌汚染及び地下水汚染に関する問題について,関連法を横断的に理解しているか,どのような訴訟を提起できるかについて把握しているかを確認する問題である。
〔設問1〕では,B県知事としては,本件土地の砒素による汚染の程度が土壌汚染対策法第6条第1項第1号の環境省令で定める基準を超過していたことから,まず,同条第1項により要措置区域を指定する。次に,同法第7条第1項の汚染の除去等の措置を講ずるよう指示する。
その際,同条同項ただし書の要件を全て満たせばC社に対して指示することになるが,本問ではC社は「汚染のおそれを認識していたため,A社の本件土地の購入価格はその市場価格よりも著しく低かった」とされているため,同条同項ただし書にいうC社に「汚染の除去等の措置を講じさせることが相当である」とはいい難い。そこで,同条同項ただし書の要件を満たさないことから,C社に対して措置を講じるよう指示することはできず,A社に対して指示するのである。
また,特定事業場を設置する工場若しくは事業場において有害物質に該当する物質を含む水の地下への浸透があったことにより,現に人の健康に係る被害が生じ,又は生ずるおそれがあるため,B県知事は,C社に対して地下水浄化の措置命令を発出できる(水質汚濁防止法第14条の3第1項,第2項)。
〔設問2〕では,Eの健康被害,Fの平穏生活権・平穏生活利益の侵害が問題となる。
E,Fは,C社に対して,民法第709条に基づく損害賠償を請求することが考えられる。
ただし,平穏生活権・平穏生活利益の侵害については,従来の裁判例では,損害賠償を認めたものはない。Eは,工場又は事業場における事業活動に伴う有害物質の汚水又は廃液に含まれた状態での排出又は地下への浸透により,身体を害されたといえるから,水質汚濁防止法第19条を根拠としてC社の無過失責任を追及することもできる。
また,E,Fは,A社に対して,人格権(ないし平穏生活権・平穏生活利益)の侵害に基づく妨害排除(D井戸の水の汚染の差止め)を請求することができる。
さらに,E,Fは,B県に対して国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償請求を請求することが考えられる。B県が原因究明のための調査を行わなかったのは,常時監視(水質汚濁防止法第15条)及び公表(同法第17条)についての都道府県知事の権限を定めた水質汚濁防止法の趣旨,目的やその権限の性質等に照らし,B県知事の裁量を逸脱して著しく合理性を欠くといえるか,そして,これにより被害を受けた者との関係で,国家賠償法第1条第1項の適用上違法となるといえるかについて論じる。
なお,E,Fは,B県に対して,C社に対する地下水浄化措置命令(水質汚濁防止法第14条の3)の義務付け訴訟(行政事件訴訟法第3条第6項第1号)を提起することも考えられる。
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参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 第1問
1 設問1
⑴ まずα発明の実施品の試験的販売について検討する。特許出願前に日本国内又は外国において公然実施をされた発明は特許を受けることができない(特許法29条1項2号)。α発明は構成要件A、B及びc1からなり、Cはc1の上位概念であるから、α発明はβ発明の下位概念の発明である。下位概念で表現された発明の実施は上位概念の発明の実施に当たるから、α発明が公然実施されればβ発明の新規性は失われる。
「公然実施」とは、発明の内容が不特定の者に知られる状況又は知られるおそれのある状況で実施されることをいう。物の発明の実施品が販売された場合にこれに当たるかは、当業者が利用可能な分析技術を用いて実施品を分析することによりその発明の構成を知り得るか否かにより判断すべきである。知り得る場合には公然実施に当たり、構成を知ることが極めて困難である場合には当たらない(東京地判平成17年2月10日参照)。
本件では、甲は平成20年6月10日から1か月間、α発明の実施品を一般の顧客に対し、その構造を明らかにすることなく試験的に販売している。α発明は化学物質の発明であり、化学物質は実施品を入手すれば当業者が通常の分析技術によりその構造を解析できるのが一般である。そうであれば、構造を明らかにしなかったとしても、不特定の顧客に販売した事実により発明の内容は知られるおそれのある状況に置かれたといえ、公然実施に当たる。もっとも、構造の解析が極めて困難な物質であれば公然実施に当たらない。
⑵ 次に新規性喪失の例外(30条2項)の適用を検討する。同項は、特許を受ける権利を有する者の行為に起因して29条1項各号に該当するに至った発明について、その該当するに至った日から6月以内に特許出願をした場合に新規性を失わなかったものとみなす。
本件では、販売が開始されたのは平成20年6月10日であるのに対し、甲出願は平成21年2月5日であり、6月の期間を経過している。また30条3項所定の書面の提出等の手続も履行されていない。よって例外規定の適用はない。
したがって、甲特許権は新規性欠如の無効理由を有し、無効審判により無効とされる(123条1項2号)。
⑶ 次に乙出願を理由とする無効理由を検討する。同日に2以上の特許出願があったときは、特許出願人の協議により定めた一の特許出願人のみがその発明について特許を受けることができ、協議が成立しないときはいずれも特許を受けることができない(39条2項)。同項が適用されるのは両出願に係る発明が「同一の発明」である場合である。
「同一の発明」であるか否かは、各出願の特許請求の範囲の記載に基づき、発明を特定するための事項を対比して判断すべきである。そして上位概念の発明と下位概念の発明とは、発明を特定するための事項を異にし、権利範囲も異なるから、「同一の発明」には当たらないと解する。39条が二重特許を防止する規定であるとしても、その判断は公示された特許請求の範囲を基準とすべきであり、包含関係にある発明まで同一と扱うことは、出願人の予測可能性を害する。
本件では、乙出願に係るγ発明は構成要件A、B及びc2からなり、c2はCの下位概念である。したがってγ発明はβ発明の下位概念の発明であって、両者は「同一の発明」に当たらない。よって39条2項違反の無効理由はない。
⑷ 仮に乙出願が平成21年2月4日に行われたとすると、乙出願が先願、甲出願が後願となる。39条1項の「同一の発明」も同項と同様に解すべきであるから、やはり同一の発明に当たらず、同項違反の無効理由はない。
もっとも、この場合には29条の2が問題となる。同条は、特許出願に係る発明が、当該特許出願の日前の他の特許出願であってその出願後に出願公開又は特許掲載公報の発行がされたものの願書に最初に添付した明細書等に記載された発明と同一であるときは、その発明について特許を受けることができないとする。
乙出願は平成23年8月25日に設定登録され特許掲載公報が発行されている。そして乙は甲とは別個独立にβ発明と同一の発明をした上でγ発明を出願しているのであるから、乙出願の明細書には少なくともγ発明が記載されている。下位概念で表現された発明の記載は上位概念の発明の新規性を否定するから、甲出願に係るβ発明は乙出願の明細書に記載された発明と同一である。発明者も出願人も異なる。よって甲出願は29条の2により特許を受けることができず、甲特許権は無効理由を有する(123条1項2号)。
⑸ もっとも、甲は訂正により無効理由を解消する余地がある。すなわち、特許請求の範囲の構成要件Cからc1を除外する訂正(いわゆる除くクレーム)をすれば、α発明の公然実施による新規性欠如の無効理由は解消する。これは特許請求の範囲の減縮に当たり、新規事項の追加にも当たらない。同様に、乙出願が先願である場合にはc2を除外する訂正により29条の2の無効理由を解消し得る。
よって、甲特許権はα発明の公然実施を理由として無効となるが、上記訂正により無効を免れる余地がある。
2 設問2
⑴ 甲がすべき主張。γ発明は構成要件A、B及びc2からなり、c2はCの下位概念であるから、γ発明の実施品はβ発明の構成要件A、B及びCを全て充足する。したがってγ発明の実施品はβ発明の技術的範囲に属する(70条1項)。よって乙の製造販売は甲特許権を侵害し、甲は差止めを請求できる(100条1項)。
⑵ 乙の反論。乙はγ発明について特許権を有しており、γ発明の実施品を製造販売する行為は自己の特許発明の実施である。特許権者は業として特許発明の実施をする権利を専有するのであるから(68条)、自己の特許発明の実施が他人の特許権の侵害となることはない、との反論が考えられる。
また、特許権者はその特許発明が特許出願の日前の出願に係る他人の特許発明を利用するものであるときは業としてその特許発明の実施をすることができないとされる(72条)。γ発明はβ発明の構成要件を全て含みこれにc2による顕著な効果を加えたものであるから、β発明の利用発明である。しかし乙出願と甲出願は同日であるから同条の適用はない。乙は、法が利用関係にある場合に限り実施を制限したのであり、同条の適用がない本件では実施が許されると主張する。
⑶ 双方の主張の妥当性。この問題は特許権の本質をどう解するかに帰着する。
特許権を特許発明を独占的に実施する権利と解する専用権説によれば、68条本文は積極的な実施権能を定めたものであり、72条はその例外規定となる。この立場では、72条の適用がない本件において乙の実施は制限されず、侵害とならない。
これに対し、特許権の本質は他人の実施を排除する権利にあり、特許権者自身が実施し得るのは何人も有する自然的自由の反映にすぎないと解する排他権説によれば、68条は排他権を定めたものであり、72条は確認規定となる。
特許権は、発明を公開した代償として一定期間の独占的地位を与えるものであるが、その実質は第三者の実施を排除する点にある。実際、特許発明が他人の特許権等を利用する場合には自ら実施できず、薬事法等の規制により実施できない場合もあるのであって、特許権が積極的な実施権能を本質とするとは解し難い。したがって排他権説が妥当であり、72条は確認規定と解すべきである。
そうすると、72条の適用がないことは乙の実施を正当化する理由とならず、乙の製造販売は甲特許権を侵害する。
これに対しては、同日出願の当事者の一方のみが相手方の実施を阻止できるのは不平等であるとの批判が考えられる。しかし、甲がβ発明の技術的範囲に属する製品のうちγ発明の技術的範囲に属するものを実施すれば、乙も甲に対して差止請求ができるのであって、不平等は生じない。むしろ、相互に差止めが可能である結果、当事者間の相互実施許諾により調整が図られるべきである。本来39条2項の協議により一方に権利を集中させるべきであったのに、これがされないまま両特許権が併存している以上、このような解決がやむを得ない。
なお、乙は、甲がβ発明の技術的範囲に属する製品を製造販売していないから差止めの必要がないとも反論し得るが、差止請求は特許権者が特許発明を実施していることを要件としないから理由がない。
よって甲の差止請求は認められる。
⑷ 補償金請求について。特許出願人は、出願公開があった後に発明の内容を記載した書面を提示して警告をしたときは、その警告後特許権の設定登録前に業としてその発明を実施した者に対し、実施料相当額の補償金の支払を請求できる。警告をしない場合であっても、出願公開がされた特許出願に係る発明であることを知って設定登録前に業としてその発明を実施した者に対しては同様である(65条1項)。
本件では、甲は平成27年5月になって乙の行為を知ったのであるから、設定登録前に警告をしていない。しかし65条1項後段により、乙が出願公開された甲出願に係る発明であることを知って実施していたのであれば補償金請求権が発生する。乙は甲とは別個独立にβ発明と同一の発明をし、同一の技術分野において出願をしている当業者であるから、甲出願の出願公開を知っていたと認められる。
甲出願は平成21年2月5日であるから出願公開は平成22年8月頃であり、乙は平成23年3月から実施している。したがって甲は、平成23年3月から設定登録日である同年8月15日までの実施について補償金を請求できる。補償金請求権は設定登録後に行使できるものであり(65条2項)、既に設定登録を受けているから行使に支障はない。
消滅時効については、65条6項が民法724条を準用し、補償金請求権を有する者が特許権の設定登録前に当該特許出願に係る発明の実施の事実及びその実施をした者を知ったときは、消滅時効の起算点を特許権の設定登録の日と読み替えるものとしている。甲は平成27年5月に初めて乙の行為を知ったのであるから、設定登録前に実施の事実及び実施者を知っていなかった。したがって読替えはされず、甲が実施の事実及び実施者を知った平成27年5月から3年の時効期間が進行するにとどまる。時効は完成していないから、補償金請求も認められる。
⑸ 仮に甲が乙の行為を平成23年6月に知ったとすると、甲は特許権の設定登録日である平成23年8月15日より前に実施の事実及び実施者を知ったことになる。この場合、65条6項により消滅時効の起算点は設定登録の日と読み替えられ、平成23年8月15日から3年を経過した平成26年8月15日に時効が完成する。
甲が請求をしたのは平成27年5月以降であるから、補償金請求権は時効により消滅しており、乙が時効を援用すれば請求は認められない。
3 設問3
⑴ 102条2項は、侵害者が侵害行為により利益を受けているときは、その利益の額を特許権者が受けた損害の額と推定する。本件では甲はβ発明の技術的範囲に属する製品を製造販売していないから、特許権者が特許発明を実施していない場合に同項を適用できるかが問題となる。
⑵ 同項の趣旨は、侵害行為と特許権者の損害との間の因果関係及び損害額の立証が困難であることに鑑み、侵害者の利益額をもって特許権者の損害額と推定し、立証の負担を軽減する点にある。そして同項の文言は、特許権者が当該特許発明を実施していることを要件としていない。
もっとも、同項は特許権者の逸失利益を損害として捉える規定であるから、その適用には、侵害行為がなかったならば特許権者が利益を得られたであろうという事情が存在することを要する。この事情が全く存在しない場合には推定の基礎を欠くからである。
判例も、特許権者に侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には102条2項の適用が認められ、特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情は推定された損害額を覆滅する事情として考慮されるべきであり、同項の適用に当たり特許権者が当該特許発明を実施していることを要件とするものではないとしている(知財高判平成25年2月1日)。
⑶ 本件では、甲はβ発明の技術的範囲に属する製品を製造販売していないが、これと同様の作用効果を奏する製品を製造販売している。同様の作用効果を奏する製品は、同一の需要者層を対象とし、市場において丁製品と競合する関係に立つ。したがって、丁の侵害行為がなければ丁製品に向かった需要が甲の製品に向かい、甲が利益を得られたであろう事情が存在する。
よって102条2項の適用が認められ、甲は丁が侵害行為により受けた利益の額をもって自己の損害額の推定を受けることができる。
もっとも、甲の製品はβ発明の実施品ではなく技術的構成を異にするから、丁製品の販売数量の全てが甲の製品の販売に向かったとは限らない。市場における競合の程度、販売態様・価格帯の相違、他の競合品の存在等の事情は推定を覆滅する事情として考慮され、丁はこれらを主張して減額を求めることができる。また、推定が全部覆滅された場合でも、甲は102条3項により実施料相当額の賠償を請求できる。
第2 第2問
1 設問1
⑴ Xがすべき主張。本件映像フィルムは、Xが渓谷と橋を数箇所選定し、それぞれが一番美しく撮れる撮影箇所と時間帯を決定し、構図、カメラアングル、光量、絞りなどを決めて1年以上かけて撮影したものであり、思想又は感情を創作的に表現したものとして著作物(著作権法2条1項1号)に当たる。そして、映画の効果に類似する視覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ物に固定されているから、映画の著作物(2条3項、10条1項7号)に当たる。
映画の著作物の著作者は、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者である(16条)。Xは監督として撮影及び編集を依頼され、撮影対象の選定から撮影方法の決定まで全てを自ら行っているから、全体的形成に創作的に寄与した者であり、著作者である。したがってXは著作権及び著作者人格権を享有する(17条1項)。
Yが本件映像フィルムに俳優などの映像を合成して本件映画に使用した行為は複製(21条)及び翻案(27条)に当たり、本件映画の上映は上映権(22条の2)を侵害する。本件映像フィルムは公表されていないから公表権(18条1項)を侵害し、クレジット・タイトルの「風景撮影 X」は著作者としての表示ではないから氏名表示権(19条1項)を侵害し、俳優の映像の合成はXの意に反する改変であるから同一性保持権(20条1項)を侵害する。よってXは112条1項に基づき上映の差止めを求めるべきである。
⑵ Yの反論① 職務著作(15条1項)。本件映像フィルムはYの発意に基づきその業務に従事する者が職務上作成したものであるから著作者はYである、と反論することが考えられる。
「法人等の業務に従事する者」に当たるかは、法人等と作成者との関係において、法人等の指揮監督下で労務を提供するという実態にあり、法人等が支払う金銭が労務提供の対価と評価できるかを、業務態様、指揮監督の有無、対価の額及び支払方法等に関する具体的事情を総合考慮して判断すべきである(最判平成15年4月11日)。
本件では、撮影機材の提供、旅費、宿泊費その他の必要経費は全てYの負担であり、Xは出張時以外は毎週2、3回Yに出社し、報酬も月払いで支払われていた。これらは雇用関係に類する実態を示す事情である。
しかし、Xはもともとフリーの映像作家であって、Yから監督を依頼されて製作に参加することを約束したにとどまる。そして撮影箇所、時間帯、構図、カメラアングル、光量、絞りといった創作の内容は全てXが単独で決定し、Yの指示を何ら受けていない。報酬の月払いも、1年以上にわたる継続的作業についての支払方法の便宜と解される。職務著作の要件として重要なのは創作行為についての指揮監督であるから、Xは「法人等の業務に従事する者」に当たらない。よって職務著作は成立せず、著作者はXである。
⑶ Yの反論② 映画の著作物の著作権は、その著作者が映画製作者に対し当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、当該映画製作者に帰属する(29条1項)。Yは本件ドキュメンタリーの製作を企画し費用を負担した映画製作者(2条1項10号)であり、Xは製作に参加することを約束している。したがって著作権はYに帰属する、と反論することが考えられる。
これに対しXは、本件映像フィルムはNGフィルム選別、粗編集、細編集、音づけ等の映画製作過程を経ない未編集の状態のものであり、29条1項の「映画の著作物」には当たらないと再反論すべきである。裁判例も、同項により映画製作者が著作権を取得するには著作物と認められるに足りる映画が完成することが必要であり、参加約束のみによって未だ完成していない映画について製作者が著作権を取得することはないとしている(東京高判平成5年9月9日)。
29条1項の趣旨は、多数の者が関与し多額の投資を要する映画の著作物について、著作権を映画製作者に集中させてその円滑な利用を図る点にある。この趣旨は完成した映画の著作物の利用を前提とするものであり、製作が中止され未編集のまま保管されたフィルムについては妥当しない。また、未編集フィルムが映画の著作物として著作物性を有するとしても、それは企画された本件ドキュメンタリーとは別個の著作物である。さらに、同項により著作者から著作権を奪う代償は報酬の確保にあるところ、映画として完成しなかった場合にまで著作権を失わせるのは相当でない。
よって29条1項の適用はなく、著作権はXに帰属する。
⑷ Yの反論③ 公表権については、著作権が29条の規定により映画製作者に帰属した場合、著作者は著作権の行使により著作物を公衆に提供・提示することに同意したものと推定される(18条2項3号)。しかし本件では29条1項の適用がないから、この推定は働かず、未公表の本件映像フィルムを公表する行為は公表権を侵害する。
氏名表示権については、Yは「風景撮影 X」との表示で足りる、少なくとも19条3項により著作者名の表示を省略できると反論しよう。確かに映画のクレジット・タイトルにおいて担当部門とともに氏名を表示することは映画界の慣行に沿うものである。しかし、Xは本件映画の著作者ではなく、本件映像フィルムという別個の著作物の著作者であり、上記表示は本件映画の風景部分を撮影した者としての表示にとどまる。これではXが本件映像フィルムの創作者であることを主張する利益が害されるから、19条3項の適用はなく、氏名表示権侵害が成立する。
同一性保持権については、Yは、改変は合成の時点で完了しており改変されたものを上映すること自体は改変ではないと反論しよう。しかし、改変された著作物の上映は改変の結果を公衆に提示するものであり、112条1項の「侵害するおそれがある」場合として差止めの対象となる。また、20条2項4号の「やむを得ないと認められる改変」とは、著作物の性質や利用の目的・態様上必然的に生ずる改変をいう。本件の合成は、Yの製作方針の変更により本件映像フィルムを別の映画に流用するというY側の都合に基づくものであって、やむを得ないものではない。よって同一性保持権侵害が成立する。
⑸ 以上より、Xの主張が妥当であり、本件映画の上映の差止めが認められる。
2 設問2
⑴ Zがすべき主張。本件能の振り付けは舞踊の著作物(10条1項3号)に当たる。本件能はZの振り付けによる独創的な新作であるから創作性が認められ、その著作者はZである。そして、本件能を映像に収めることは複製(2条1項15号、21条)に当たり、本件能映像を含む本件映画の上映は上映権(22条の2)を侵害する。また本件映画にZの氏名が表示されていないから氏名表示権(19条1項)を侵害する。よって112条1項に基づき上映の差止めを求めるべきである。
⑵ Yの反論① 「舞踊」とは舞踊を実行する者による舞踊行為を指すものであり、振付師による振り付けは舞踊の著作物に当たらない。また本件能の振り付けには台本や踊り方を説明した書類も振り付けの映像も存在しないから、物に固定されておらず著作物として保護されない、との反論が考えられる。
しかし、舞踊の著作物とは踊りの振り付け、すなわち身体の動作の型を創作的に表現したものをいい、踊る行為そのものは実演として著作隣接権の保護対象となるにとどまる(2条1項3号、4号)。したがって前段の反論は理由がない。また、著作権法が固定を要件とするのは映画の著作物についてのみであり(2条3項)、その他の著作物については固定は要件でない。したがって後段の反論も理由がない。Zは本件能の振り付けの著作者である。
⑶ Yの反論② 本件能映像に映っている本件能は時間にして約3分間、それを演じる能役者の動作が辛うじて感得できる程度にすぎないから、本件能の「複製」とはいえない、との反論が考えられる。
複製とは著作物を有形的に再製することであるが(2条1項15号)、複製に当たるというためには、一般人の通常の注意力を基準として、当該著作物の創作的表現を直接感得することができる程度に再現されていることを要する(東京高判平成14年2月18日参照)。
本件では、振り付けの創作性は能役者の動作の型の構成に表れるものであるところ、本件能映像では動作が辛うじて感得できる程度にしか映っていない。そうすると、振り付けの創作的表現を直接感得できるとはいえず、複製に当たらないと解する余地が大きい。もっとも、約3分間という長さは振り付けの一連の流れを把握するに足りるものであり、幻想的な描写として鑑賞に供されるほどの映像であったことからすれば、動作の型の特徴を感得できると評価することも可能である。この場合は複製に当たる。
⑷ Yの反論③ 仮に複製に当たるとしても、30条の2により利用できる、との反論が考えられる。
同条1項は、写真の撮影、録音又は録画の方法によって著作物を創作するに当たって、当該著作物に係る事物から分離することが困難であるため付随して対象となる事物に係る著作物は、当該著作物において軽微な構成部分となる場合には、当該創作に伴って複製等をすることができるとし、同条2項は、これにより複製等された付随対象著作物は当該著作物の利用に伴って利用することができるが、付随対象著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合はこの限りでないとする。
Yは、本件映像フィルムは録画により創作された写真等著作物に当たり、能舞台は定点撮影の対象である橋のそばにあるから本件能を分離することは困難であった、本件能映像は約3分間で動作が辛うじて感得できる程度にすぎないから軽微な構成部分であると主張することになる。確かに、本件能は渓谷と橋を定点撮影した映像にたまたま映っていたにすぎないから、撮影の段階においては付随対象著作物に当たる。
⑸ これに対しZは次のように反論すべきである。Yは、本件能映像が夜の渓谷と橋が薪の灯りに浮かび上がる中で能役者が能を舞うという幻想的な描写になっていた点を捉えて、あえて本件映画の1シーンに使用したのである。そうすると、本件能はもはや付随して対象となるものではなく、積極的な利用の対象とされているから付随対象著作物とはいえない。仮に付随対象著作物に当たるとしても、独創的な振り付けの映像的価値をそのまま享受する態様の利用であるから、付随対象著作物の種類及び用途並びに利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなり、30条の2第2項ただし書により利用できない。
30条の2の趣旨は、写真撮影等に際して事物の分離が困難であるために生ずる付随的・不可避的な利用について、著作権者に与える不利益が軽微であることを考慮して権利制限を認める点にある。したがって、撮影の段階では付随対象著作物に当たるとしても、その後の利用において付随対象著作物それ自体の表現上の価値を積極的に享受する態様の利用がされる場合には、同条2項ただし書により許されないと解すべきである。本件のYの利用はまさにこれに当たる。よってZの反論が妥当である。
⑹ 著作者人格権についても、Zは氏名表示権(19条1項)侵害を主張できる。本件映画には本件能の振付師としてのZの氏名が表示されていない。1シーンとはいえ独創的な振り付けの映像的価値を積極的に利用している以上、著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないとはいえず、19条3項による省略も認められない。他方、振り付けの一部を切り取って別の映画の1シーンに用いることは著作物の一部の利用にとどまり、同一性保持権(20条1項)侵害とまでは評価し難い。
よって、本件能映像が本件能の複製に当たると認められる限り、30条の2による権利制限も及ばないから、Zの差止請求は認められる。
以上