司法試験 平成26年 知的財産法
問題文
[知的財産法]〔第1問〕(配点:50)
製薬会社甲は,認知症に効く新薬の開発を進め,数々の実験を重ねた結果,製法Aによって,認知症治療に優れた効能を発揮する化合物αを製造することに成功した。そこで,甲は,特許請求の範囲を「化合物αを有効成分とする認知症治療剤」とする特許出願をした。ところが,その出願前に既に頒布されていた創薬に関する公知文献に化合物αの構造が記載されていることを理由として,特許庁から拒絶理由通知が発せられたため,甲は,特許請求の範囲を「製法Aによって生産される化合物αを有効成分とする認知症治療剤」(以下「本件発明」という。)に補正したところ,特許査定がされ, 特許権の設定登録を受けた (以下, その特許権を 「本件特許権」 という。)。そ の 後 ,甲は,医薬品を製造・販売するために必要な薬事法所定の承認を得た上で,本件発明の実施品として「製法Aによって生産される化合物αを有効成分とする認知症治療カプセル」 (以下「Aカプセル」という。)を製造・販売している。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えよ。なお,薬事法固有の問題を考慮する必要はない。
〔設 問〕1.製薬会社乙は,製法Aによって生産される化合物αを有効成分とする医薬品が所定の効能を有するか疑問を抱き,これを確かめる目的で,甲に無断で,本件発明の技術的範囲に属する医薬品を製造して実験をした結果,所定の効能を有することを確認した(以下「乙行為1」という。)。
そこで,乙は,化合物αを有効成分としつつも,薬剤の有効成分が体内で徐々に放出されるようにして,より少ない服用回数で薬効を生ずるようにした新たな医薬品を開発するために,甲に無断で,本件発明の技術的範囲に属する医薬品を製造し実験を重ねた(以下「乙行為2」
という。)。
乙は,上記実験によっても所望の医薬品の開発に至らなかったが,実験中,偶然にも化合物αを製法Bによって生産することに成功した。そこで,乙は,「製法Bによって生産される化合物αを有効成分とする認知症治療カプセル」(これを「Bカプセル」という。)を開発し,薬事法所定の承認を得た上で,甲に無断で,これを製造・販売している(以下「乙行為3」という。)。
甲は,乙に対し,上記乙行為1ないし3は,いずれも本件特許権を侵害するものであるとして,乙行為3の差止め及び乙行為1ないし3に基づく損害賠償を求める訴訟を提起した。
同訴訟において,甲及び乙は,それぞれどのような主張をすることができるか。
2.製薬会社丙は,本件特許権の存続期間が満了した後にAカプセルと同一の製法により同一の有効成分を有する後発医薬品(以下「Cカプセル」という。)を製造・販売する計画を立て,Cカプセルにつき薬事法所定の承認申請を行う際に必要な資料を揃えるために,甲に無断で,Cカプセルを実際に製造して承認申請に必要な試験を行い,その結果,Cカプセルにつき薬事法所定の承認を得た(以下「丙行為1」という。)。
そこで,丙は,Cカプセルの将来の販売に備え,化合物αを有効成分とする医薬品が今なお市場においてどの程度の需要があるかを調査するために,Cカプセルを少量製造してサンプルとして提供し,市場調査を実施した(以下「丙行為2」という。)。
丙は,上記調査で満足のいく結果を得たため,本件特許権の存続期間満了前に,Cカプセルを将来の販売に備えて大量に製造している(以下「丙行為3」という。)。
甲は,丙に対し,上記丙行為1ないし3は,いずれも本件特許権を侵害するものであるとして,丙行為3の差止め及び丙行為1ないし3に基づく損害賠償を求める訴訟を提起した。
同訴訟において,甲及び丙は,それぞれどのような主張をすることができるか。
3.製薬会社丁は,Aカプセルと同一の効能を有する錠剤の医薬品(以下「D錠」という。 )を開発し,薬事法所定の承認を得た上で,Aカプセルを市場において大量に購入した上,甲に無断で,Aカプセルから化合物αを含む薬剤を取り出し,化合物αに化学反応を生じさせないように,上記薬剤に精製水を加えて溶かし,化合物αを再精製し,これを固めて錠剤とし,この錠剤に特殊な皮膜を施すことによって,D錠を製造し,これを販売している。
甲は,丁に対し,D錠の製造・販売行為は,本件特許権を侵害するものであるとして,D錠の製造・販売の差止めを求める訴訟を提起した。
同訴訟において,甲及び丁は,それぞれどのような主張をすることができるか。
〔第2問〕(配点:50)
Aは,見た人が住居とは思えないような,奇抜な家に住みたいと考え,Bとの間で設計請負契約を締結し,Bは,同契約に基づいて,斬新なデザインを考えつき,これを記した設計図αを作成した。しかしながら,請負代金をめぐってAとBの関係がうまくいかなくなったため,当該契約は解除された。その際,Aは,Bから渡された設計図αをBに返却したが,返却前にBに無断でそのコピーを取っていた。また,Bは,設計図αに設計者としてBの氏名を記載していたが,設計図αはAとB以外には知られていなかったため,Aは,そのコピー上のBの氏名を抹消して自分の氏名を記載した。
その後,Aは,複数の建築業者に対して,Aがコピーした設計図αを,自分が作成したものと偽って見せた。その上で,Aは,それらの建築業者の中からCを選んでその建築を依頼し,Cは,これに従ってAの住居(以下「A住居」という。)を建築した。A住居は,そのデザインの斬新さが評判となって,路上から見物する人が絶えなかった。Aは,A住居に住み始めてから数年後に別の土地に転居しなければならなくなったため,不動産業者を介して,これをDに売却した。
Dは,自分の住居であるA住居が注目されることには満足していたが,その玄関が余りに派手過ぎると感じたため,これをやや地味な印象を与えるように改築した。
以上の事実関係を前提として,以下の設問に答えよ。
〔設 問〕1.Bは,Aに対してどのような請求をすることができるか。
2.Bは,Dに対してどのような請求をすることができるか。
3.Eは,A住居に興味を持ち,Dに無断で写真撮影した。そして,その写真に基づいて,A住居のミニチュアを多数製作し,これを販売している。
Bは,Eに対して,著作権に基づき,A住居のミニチュアの製作販売の差止めを請求するために,どのような主張をすることができるか。
これに対して,Eは,どのような主張をすることができるか。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
知的財産法〔第1問〕設問1の乙行為1及び2並びに設問2の丙行為1ないし3については,それらの行為が特許法(以下「法」という。)第69条第1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するか否かを問う問題であり,設問1の乙行為3については,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲等を問う問題であり,設問3は,消尽の成否を問う問題である。
設問1の乙行為1及び2並びに設問2の丙行為1ないし3については,まず,法第69条第1項の制度趣旨に言及し,それを踏まえて,「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するか否かの判断基準を示すことが求められる。この点については,試験・研究の対象を特許発明それ自体に限定し,試験・研究の目的を技術の進歩を目的とするものに限るとする説や,試験・研究の目的を「技術の次の段階への進歩」に限ることは相当でなく,実施行為が結果的に広く科学技術の進展に寄与していればよいとする説などの学説上の対立があるから,どのような立場でもよいが,答案としては,法第69条第1項の解釈論を展開し,乙及び丙の各行為について論述する必要がある。
まず,乙行為1は,実施可能要件(法第36条第4項第1号)等を充足するか否かを調査すること(いわゆる機能調査・特許性調査)を目的とした実施行為であり,このような行為に法第69条第1項が適用されるか否かを問うものである。このような調査は,対象が特許それ自体であり,目的も化合物αを有効成分とする医薬品が所定の効能を有するかを確認することであるから,そのような調査は技術の次の段階への進歩につながるものといえるか否かなどを踏まえ,自説を展開することが求められる。
また,乙行為2は,本件発明の改良発明のための実施行為であり,このような行為に法第69条第1項が適用されるかを問うものである。改良発明のための実験は,まさに, 「技術の次の段階への進歩」のためのものであると思われることなどを踏まえ,自説を展開することが求められる。
次に,乙行為3については,Bカプセルは,本件発明と対比して化合物αは同一であるもののその製法が異なるため,まず,このような場合,Bカプセルは本件発明の技術的範囲に属するかが問題となる。この点,本件特許の特許請求の範囲はいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で記載されている。そこで,ここでは,まず,プロダクト・バイ・プロセス・クレームの意義及び技術的範囲の判断基準を示すことが必要である。この点に関しては,従前,裁判例及び学説において,物同一説,製法限定説などの見解の対立があったが,近時,知財高判平成24年1月27日判例時報2144号51頁【プラバスタチンナトリウム事件(大合議)】 がプロダクト・バイ・プロセス・クレーム形式で記載された発明について, これを 「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」(物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っているとき)と「不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」(物をその構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき)に分け,プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおける技術的範囲の確定や発明の要旨認定につき,前者であれば,製造方法が異なっていても物として同一である以上発明としては同一であると解し,後者であれば,クレーム記載の製造方法により製造された物に限定されるとする見解を示していることから,この大合議判決を踏まえつつ,場合分けをするなどして,自説を展開することが求められる。この際,立証責任に言及していれば,積極的評価の対象となり得る。なお,仮に,Bカプセルが文言上本件発明の技術的範囲に含まれないと解するときは,均等侵害の成否も問題となり得るので,事案に即して適切に言及すれば,積極的評価の対象となり得よう。
また,本件発明は公知文献によって新規性又は進歩性を欠如する可能性があるので,無効の抗弁(法第104条の3)の成否も問題となろう。すなわち,公知文献には化合物αの構造が記載されているので(ただし,製法は不明),プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおける発明の要旨認定につき,物同一説に立つかあるいは真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームと認定する場合は,無効審判により無効にされるべきであると主張することが可能となる。この際,プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲の確定の場面と発明の要旨認定の場面において,判断基準が同一であるべきか否かについても言及すれば,積極的評価の対象となり得よう。
設問2の丙行為1については,特許権の存続期間中に後発医薬品の製造承認を受けるための実施行為に法第69条第1項が適用されるか否かが論点であり,最判平成11年4月16日民集53巻4号627頁【膵臓疾患治療剤事件】に対する理解を問う問題である。同判決は,進歩・改良目的があるとはいえない承認申請の添付資料用の製造及び使用行為にも法第69条第1項が適用されると判示していることから,同判決の判旨に言及しつつ,乙行為1及び2について論じる際に示した「試験又は研究のためにする特許発明の実施」の判断基準と整合するように自説を展開することが求められる。
また,丙行為2では,Cカプセルの市場調査目的のサンプルの製造・提供に法第69条第1項が適用されるかが問題となる。なお,このような市場調査目的の実施行為は,一般的にいって「技術の次の段階への進歩」とは無縁であることを踏まえ,自説を展開することが求められる。
さらに,丙行為3では,単なる製造承認を得る目的の添付資料のための製造及び使用行為を超えて,特許権の存続期間が満了した場合に即時販売できるようにするための保管目的の製造行為についても法第69条第1項が適用されるかが問題となるが,上記判決は,傍論ながらこのような製造行為への法第69条第1項の適用を否定していることなどを踏まえ,自説を展開することが求められる。
設問3は,消尽の意義,判断基準及びその成否を問う問題である。すなわち,丁は,D錠を製造・販売するに当たって,本件発明の技術的範囲に属するAカプセルを市場において購入しているから,本件特許権は既に消尽し,その効力はD錠には及ばないとの主張が考えられる。
消尽の成否については,最判平成19年11月8日民集61巻8号2989頁【インクタンク事件】が,特許製品の利用行為に特許権が及ぶのは,当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたと認められる場合であり,特許製品の新たな製造に当たるかどうかは,特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様,取引の実情等を総合考慮して判断するのが相当であると判示していることなどを踏まえ,判断基準を示した上,それを本問の事案に当てはめて論じることが求められる。
〔第2問〕本問は,建築設計図及び建築物を題材として,これらの著作物性,これらの著作物についての著作者人格権及び著作権の内容並びに制限に関する正確な理解を問うものである。設問1及び設問2では,これらの点について論じた上で,どのような請求ができるかについて述べなければならない。
設問1については,まず,Bが著作者人格権及び著作権を有する著作物であって,Aの行為により,その著作者人格権及び著作権の侵害が問題となるものとしては,Bが作成したA住居の建築設計図αと,Bが考えつき当該設計図に記したA住居が考えられる。建築設計図が著作物(著作権法(以下「法」という。)第10条第1項第6号)となり,また建築物が著作物(同項第5号)となるのはどのような場合であるかについて検討し,本問における設計図α及びA住居の著作物性について,A住居が斬新なデザインのものとされていることを踏まえて論述しなければならない。
その上で,Aの行為によって,Bが有する著作者人格権及び著作権のうちで,侵害が問題となる権利としていかなる権利があり,その権利の侵害が成立するかどうかを論述しなければならない。(1)Aが設計図αをコピーした行為については,設計図α及びA住居についての複製権(法第21条)の侵害が問題となる。 (2)Aが設計図αのコピー上のBの氏名を抹消して自分の氏名を記載し,そのコピーを複数の建築業者に見せた行為については,設計図α及びA住居についての公表権(法第18条)並びに氏名表示権(法第19条)の侵害が問題となる。この点に関しては,ここでの公表権及び氏名表示権の侵害行為として問題となるのは,著作物の公衆への提示であるから,Aが複数の建築業者に設計図αのコピーを見せた行為が公衆への提示に当たるのかについて論じることが求められる。(3)AがCにA住居を建築させた行為については,法第2条第1項第15号ロにより,A住居についての複製権の侵害が問題となる。この点に関し,実際にA住居を建築したのはCであったことから,Cに依頼したAが侵害責任を負うかどうかという問題に触れることが望ましい。また,当該行為については,A住居についての公表権,氏名表示権及び展示権(法第25条)の侵害という問題,さらにはA住居の建築が私的使用のための複製(法第30条第1項)として許容されるものかどうかという問題(同様の問題は,設計図αのコピーについても生ずる。)も考えられるところ,これらの点を論じていれば積極的評価の対象となり得る。 (4)AがA住居を売却した行為については,A住居についての譲渡権(法第26条の2)の侵害が問題となる。この点に関しては,Aの行為が譲渡権の対象である公衆への譲渡に当たるかどうかについて,Aが不動産業者を介してDに売却したことを踏まえて論じる必要がある。また,公衆への譲渡に当たるとしても,法第46条とどのような関係に立つかについても検討していれば積極的評価の対象となり得る。
設問2については,Bが有する,A住居についての著作権人格権及び著作権のうちで,主としてDがA住居を改築した行為との関係で,いかなる権利の侵害が問題となり,その権利の侵害が成立するかどうかを論述しなければならない。Dによる改築については,同一性保持権(法第20条)の侵害が問題となる。この点に関しては,DがA住居の玄関をやや地味な印象を与えるように改築した行為が,著作物の改変に当たるかどうか,また,改変に当たるとしても,法第20条第2項第2号によって許容されるかどうかについて論じなければならない。後者の点については,同号に関する裁判例(東京地決平成15年6月11日判例時報1840号106頁【ノグチ・ルーム事件】)を考慮しつつ,Dが改築したのがA住居の玄関が余りに派手過ぎると感じたためであることを踏まえて論じることが求められる。また,当該行為については,翻案権(法第27条)の侵害も問題となると考えられ,さらに,Aの行為がA住居についての公表権及び氏名表示権の侵害となるのであれば,Dも,同様に,A住居についての公表権及び氏名表示権を侵害することが問題となると考えられる。これらの点を論じていれば積極的評価の対象となり得る。
設問3は,建築の著作物と法第46条との関係に関する理解を問うものである。A住居が建築の著作物であるとすると,同条により,その利用は同条各号に掲げる場合を除き,許容されることになる。そのため,EがA住居のミニチュアを製作販売する行為が著作権侵害となるには,当該行為が同条各号のいずれかに該当するものでなければならない。文言上,同条第2号に該当するためには,Eの製作行為が「建築により複製」するものである必要があり,同条第4号に該当するためには,A住居が美術の著作物の原作品であり,Eの製作行為が「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製」するものである必要がある。これらの点に関し,Bの主張及びEの主張として,可能な限り説得的な論拠を探究し,それを提示することが求められる。
[ 労働法 ]〔第1問〕本問は,職種変更命令並びに変更解約告知及び留保付承諾に関する理解を問うものである。
いずれも,労働法における基本的な論点であり,関係条文・裁判例に対する知識を前提とし,これらを正確に示した上で自らの考えを述べ,問題文に示された具体的事実を摘示しつつ当てはめを行うことが求められる。
まず,本問の事例では,X1らに対してなされた職種変更命令の有効性について検討するに当たり,職種変更命令の法的根拠となる労働契約法(以下「労契法」という。 )第7条本文及びY社就業規則第8条第1項の一般的配転条項を摘示した上で,Y社とX1らとの間で職種を機械工に限定する旨の合意(労契法第7条ただし書き参照)が成立していたかを論じる必要がある。その際には,日産自動車村山工場事件判決(最判平元年12月7日)等の判例による判断の枠組みを踏まえて規範を定立し,問題文に示された事実を抽出して当てはめを行うことが求められる。その上で,かかる職種限定合意はないとの見解を採った場合には,Y社による職種変更命令が権利濫用(労契法第3条第5項参照)となるかを論じる必要がある。
次に,X2及びX3に対して行われたY社の提案が,いわゆる変更解約告知であることを踏まえ,X2による「後に裁判で争うことを伝えた上で,早期退職募集及び再雇用に応ずる旨」
の申し出が留保付承諾として有効かを検討する必要がある。その上で,X3及び(前記留保付承諾が認められないとの見解を採った場合の)X2に対するY社の解雇が有効かを検討する必要があるが,その際には,解雇権濫用法理(労契法第16条参照)の適用に当たって,変更解約告知が労働条件変更の手段として行われるという特殊性を考慮に入れて判断枠組みを構成すべきではないかとの問題意識を念頭に置いた上で,スカンジナビア航空事件判決(東京地決平7年4月13日)等の裁判例による判断の枠組みを踏まえて規範を定立し,問題文に示された事実を抽出して当てはめを行うことが求められる。
〔第2問〕本問は,労働組合法(以下「労組法」という。)上の「労働者」の意義に関する理解を問うものであり,労働法における最も基本的な論点の一つである。
本問においては,まず,労組法における「労働者」の概念につき,労働基準法(以下「労基法」という。)におけるそれとの異同に言及しつつ概説することが求められているところ,労組法第3条及び労基法第9条を摘示し,労働者概念の相対的性格を踏まえ,それぞれにおける労働者の考え方を,各法律の目的を説示しつつ論じた上で,労基法上の労働者性の判断基準と比較しつつ,労組法上の労働者性の判断基準を論ずる必要がある。その際には,INAXメンテナンス事件判決(最判平23年4月12日)等の判例による判断の枠組みを踏まえて規範を定立することが求められている(ただし,判例による判断枠組み以外の基準に基づく解答が排斥されるわけではない。)。
次に,本問の事例における甲が,労組法における「労働者」に該当するかを論じることが求められている。具体的には,自己が定立した規範に基づき,事例に示された事実を,例えば,契約形式及びその判断方法, 事業組織への組入れ, 契約内容の一方的決定, 報酬の労務対償性,使用従属性(指揮監督下の労働,時間的・場所的拘束性,仕事の依頼,業務従事の指示等に対する諾否の自由)等に類型化した上で摘示しつつ,丁寧な当てはめを行うことが求められている。
[ 環境法 ]〔第1問〕本問は,水質汚濁防止法の2011年改正により導入された有害物質貯蔵指定施設制度を素材として,これをめぐる同法の規制システムの基本的理解を問うものである。
〔設問1〕では,非意図的な漏出が地下水汚染をもたらすという有害物質貯蔵指定施設の規制の妥当性を, ①汚染者支払原則 (原因者負担原則), ②未然防止アプローチ (未然防止原則)
の観点から説明することが期待される。①に関しては,その内容を説明した上で,漏出による環境負荷がないようにするための費用負担責任は設置者にあることを指摘する。②に関しては,その内容を説明した上で,漏出の事実が一定程度確認された以上,既存施設については一層の拡大を防ぐために,また,新規施設については漏出がないことを確実にするために,事前的対応が必要であることを指摘する。
〔設問2〕では,設問に係る地下タンク(以下「本件地下タンク」という。)の設置に当たって適用される水質汚濁防止法上の届出制の仕組みが的確に理解されているかが試される。解答においては,以下の作業がされることが期待される。第1に,テトラクロロエチレンを液体状態で貯蔵する本件地下タンクが同法第5条第3項にいう有害物質貯蔵指定施設であることを,
【資料】として添付された関係法令の条文を引用しつつ説明する。第2に,同意書の添付は同施設の届出に当たって法的に必要とされておらず,必要な書類は提出されていることを指摘する。第3に,届出が適法にされているとしても,同法第9条第1項は,60日間の実施制限を課しており,それが2013年12月9日に制限期間終了となり,翌年1月以降であれば問題がないと指摘する。第4に,弁護士への相談は,刑事責任が問われることを懸念するものであることから,それは届出義務違反の罪(同法第5条第3項違反により第32条・第34条に基づく処罰)をいうものであると説明し,上述の整理に基づけば,届出は適法にされているために刑事責任が問われる余地はないと指摘する。
〔設問3〕では,有害物質貯蔵指定施設の操業に起因する地下水汚染への対応の仕組みの理解が問われる。①本件地下タンクの使用,②地下水の汚染の2つの対応についての解答が求められる。【資料】として添付された関係法令の条文を引用しつつ,①については,バルブ操作ミスは同法第12条の4(具体的内容は,水質汚濁防止法施行規則第8条の7第1項イ)違反であり,同法第13条の3第1項に基づく改善命令が可能と結論する。②については,地下水環境基準の大幅超過及び飲用井戸の存在によって,同法第14条の3第1項が規定する「人の健康に係る被害が生ずるおそれ」という要件が充たされることを指摘し,同条に基づく浄化命令が可能と結論する。
〔第2問〕本問は,自然公園法の近時の改正で導入された,自然の積極的・能動的管理のための制度を中心として,同法の規制システムの基本的理解を問うものである。
〔設問1〕 では, 眺望利益や営業権等の侵害を理由とするCに対する建設工事の差止め請求,及びサンゴの死滅に伴う売上げの減少を理由とするCに対する不法行為に基づく損害賠償請求について指摘することが求められる。差止めについては仮処分の申請についても記述することが期待される。景観利益の侵害を理由とする差止め請求に関して記述した場合についても一定の配慮をする。
甲県に対しては,Cの工事の施工が甲県知事の許可条件に反しているところから,甲県知事が行為の中止を命じ,又は原状回復若しくはそれに代わるべき必要な措置を命ずる(自然公園法第34条)よう義務付け訴訟を提起することが考えられる(行政事件訴訟法第3条第6項第1号,第37条の2)。自然公園法第34条の命令は,同法第32条に基づく許可条件に違反した場合に発出され得ること,本問ではこの許可は同法第20条第3項第1号によるものであることも指摘してほしい。また,Aに行政事件訴訟法上の原告適格があるか否か,非申請型義務付け訴訟の訴訟要件に該当するか否かが論じられるべきである。仮の義務付け訴訟(行政事件訴訟法第37条の5第1項)についても指摘することが期待される。
なお,Cの工事の施工が許可条件に違反していることを理由とする許可の取消(撤回)の義務付け訴訟を提起することも考えられる。
〔設問2〕では,Dにとっては,国定公園内の自己の所有する自然の風景地の管理が問題となるため,公園管理団体としての指定を受けている(自然公園法第49条第1項。なお,公園管理団体の業務については第50条第1号) Bが, Dと協定を締結する 「風景地保護協定制度」
(同法第43条以下)について解答することが求められる。
解答に当たっては,この制度の趣旨についても触れることが期待される。 「その制度が法律上規定されていることの意味」としては,協定の認可,公告があった後には,この協定には将来の土地所有者に対する承継効が発生すること(同法第48条)についても指摘してほしい。
〔設問3〕では,国立公園の海域公園地区内での過剰利用を積極的に管理するために,環境大臣が,海域公園地区内に,利用調整地区の指定をすることが考えられる(同法第23条) 。
利用調整地区制度では,指定された期間,環境省令で定める利用方法に適合すると環境大臣が認定した場合にのみ立入りを認め(同法第23条第3項,第24条),認定申請の際に手数料を徴収することとされており(同法第31条),この制度が,利用可能人数の設定等により自然生態系の保全と持続的利用を推進しようとするものであることについて説明してほしい。
また,海域公園地区では,動力船の使用については,環境大臣の指定する区域,期間における同大臣の許可が必要とされており(同法第22条第3項第7号),問題文との関係でこの点についても指摘することが求められる。
なお,国立公園に関する公園計画(同法第7条)では,利用規制計画や保護規制計画が定められるが,公園計画の決定について触れている場合には,一定の配慮をする。
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参考答案AI生成(出題の趣旨と論証集をもとに作成した目安です)
第1 第1問
1 設問1
⑴ 特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には及ばない(特許法69条1項)。その趣旨は、発明の保護と利用により技術の進歩を図るという特許法の目的(1条)に照らし、特許発明の内容を確認し、又はこれを改良・発展させるための実施を許すことが、かえって技術の累積的進歩に資する点にある。他方、同項の範囲を無限定に広げれば特許権者の独占的利益が害される。
そこで、同項の適用があるのは、試験又は研究の対象が特許発明それ自体であり、かつその目的が技術の次の段階への進歩に向けられている場合、すなわち特許性調査、機能調査、改良又は発展を目的とする試験に限られ、販売の準備その他専ら営業上の目的による実施はこれに当たらないと解する。
⑵ 乙行為1は、製法Aによって生産される化合物αを有効成分とする医薬品が所定の効能を有するか疑問を抱き、これを確かめる目的で行われた機能調査である。その対象は本件発明それ自体であり、明細書記載の効果が実際に得られるかの確認は、実施可能要件(36条4項1号)の充足や特許の有効性の検証につながるものであって、無効な特許の排除を通じて技術の進歩に資する。また、発明の内容を正確に把握することは次の段階の改良の前提となる。よって乙行為1には69条1項の適用があり、本件特許権の侵害とならない。
これに対し甲は、乙は競業する製薬会社であり、乙行為1は後発医薬品の市場参入の下調べとして行われたもので技術の進歩と無縁であると主張しよう。しかし、調査の対象が特許発明それ自体であり、その効能の有無という技術的事項の確認に向けられている以上、調査者が競業者であることは結論を左右しない。
⑶ 乙行為2は、有効成分が体内で徐々に放出されるようにしてより少ない服用回数で薬効を生ずる新たな医薬品を開発するための実験であり、まさに本件発明の改良発明を目的とするものである。これは技術の次の段階への進歩を目的とする実施にほかならないから、69条1項の適用がある。結果として所望の医薬品の開発に至らなかったことは、目的の評価を左右しない。よって侵害とならない。
⑷ 乙行為3について、まずBカプセルが本件発明の技術的範囲に属するかが問題となる。本件発明の特許請求の範囲は「製法Aによって生産される化合物αを有効成分とする認知症治療剤」であり、物の発明をその製造方法によって特定するプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形式で記載されている。
この場合の技術的範囲について、製法は物を特定する手段にすぎないから製法を異にしても物として同一であれば技術的範囲に属するとする見解(物同一説)と、クレームに記載された製法により生産された物に限られるとする見解(製法限定説)がある。
裁判例は、物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため製造方法によりこれを行っている場合(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)には、製造方法が異なっても物として同一であれば技術的範囲に属するとし、そのような事情が存在するとはいえない場合(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)には、クレーム記載の製造方法により製造された物に限定されるとする(知財高判平成24年1月27日)。特許請求の範囲の記載は第三者に対する公示機能を有するから、製法による限定を無視して権利範囲を拡張することは原則として許されず、物の構造・特性による特定が困難であるという例外的事情がある場合に限って物同一説的な解釈が許されると解すべきである。この立場が妥当である。
本件では、化合物αの構造は出願前に頒布された公知文献に記載されているのであるから、物をその構造により直接的に特定することが出願時に不可能又は困難であったとはいえない。むしろ甲は、構造による特定では拒絶理由を回避できないため補正により製法Aを付加したのである。したがって本件発明は不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであり、技術的範囲は製法Aにより生産された化合物αを有効成分とする治療剤に限られる。Bカプセルは製法Bにより生産された化合物αを有効成分とするものであるから、文言上その技術的範囲に属しない。
なお、物の構造・特性による特定が困難であったという事情は、権利範囲の拡張をもたらすものであるから、これを主張する特許権者甲が主張立証責任を負う。
⑸ 甲は均等侵害を主張しよう。均等が認められるには、①相違部分が特許発明の本質的部分でないこと、②置換しても特許発明の目的を達し同一の作用効果を奏すること、③侵害時に当業者が容易に想到できたこと、④対象物件が出願時の公知技術と同一又は容易推考でないこと、⑤対象物件が出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたなどの特段の事情がないこと、を要する(最判平成10年2月24日)。
本件では、製法Aは、化合物αの構造が公知であるために新規性を確保する目的で補正により付加された要素であり、これを除けば本件発明は公知技術と異ならない。したがって製法Aは本件発明の本質的部分であり、①の要件を欠く。また、甲は拒絶理由通知を受けて製法Aに限定する補正をしたのであるから、製法A以外の方法により生産される化合物αを有効成分とする治療剤を意識的に除外したものと評価され、⑤の特段の事情がある。よって均等侵害も成立しない。
⑹ 仮に本件発明を真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームと解し、又は物同一説に立ってBカプセルが技術的範囲に属するとする場合、乙は特許無効の抗弁(104条の3第1項)を主張できる。
技術的範囲の確定と発明の要旨認定とで判断基準を異にすれば、特許権者は広い権利範囲を主張しながら無効理由を免れることになり不合理であるから、両場面で同一の基準によるべきである。そうすると、本件発明の要旨も製法に限定されず化合物αを有効成分とする認知症治療剤そのものとなる。そして化合物αの構造は出願前に頒布された公知文献に記載されているから、本件発明は新規性(29条1項3号)を欠き、少なくとも進歩性(29条2項)を欠く。したがって本件特許は無効審判により無効にされるべきものであり、甲は権利行使できない。
⑺ 以上より、乙行為1ないし3はいずれも本件特許権を侵害せず、甲の差止請求及び損害賠償請求はいずれも認められない。
2 設問2
⑴ 丙行為1は、後発医薬品の薬事法所定の承認申請に必要な資料を揃えるためにCカプセルを製造して試験を行う行為である。
判例は、特許権の存続期間中に、薬事法所定の承認申請のために必要な試験を行うことは69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たるとした(最判平成11年4月16日)。その理由は、①特許権存続期間中に承認申請のための試験ができないとすれば、存続期間満了後もなお相当の期間、第三者が後発医薬品を製造販売できないことになり、特許権者に存続期間を超える利益を与え、存続期間終了後は何人もその発明を自由に利用できるという特許制度の根幹に反すること、②第三者が存続期間中に製造した医薬品を同期間中に販売することは許されず、特許権者の独占的利益は害されないことにある。
設問1で示した「技術の次の段階への進歩」という基準によれば、承認申請資料のための試験は改良目的を有しないため同項に当たらないことになりそうである。しかし、同項の趣旨には、存続期間満了後における第三者の自由な利用を実質的に確保することも含まれると解すべきである。承認に長期間を要する医薬品の分野では、この点を考慮しなければ特許権の保護期間が事実上延長されてしまう。したがって、承認申請のために必要な試験は同項の「試験」に含まれる。
よって丙行為1は侵害とならない。これに対し甲は、丙行為1は技術の進歩と無関係であり専ら将来の販売のための行為であると主張するが、採用できない。
⑵ 丙行為2は、化合物αを有効成分とする医薬品の市場需要を調査するためにCカプセルを少量製造してサンプルとして提供する行為である。
市場調査は、技術的知見の獲得を目的とするものではなく、専ら将来の販売に向けた営業活動にほかならないから、技術の次の段階への進歩とは無縁である。また、承認申請のための試験と異なり、これを許さなくても存続期間満了後の自由な利用が妨げられるわけではない。さらに、サンプルの提供は譲渡(2条3項1号)に当たり、特許権者の市場機会を直接に奪う。
よって丙行為2には69条1項の適用がなく、本件特許権の侵害となる。甲は損害賠償を請求できる(民法709条、特許法102条、103条)。
⑶ 丙行為3は、Cカプセルを将来の販売に備えて大量に製造する行為である。これは試験でも研究でもなく、専ら販売の準備としての生産(2条3項1号)であり、存続期間満了直後に大量の後発医薬品が供給されることにより特許権者の存続期間中の販売利益も現実に害される。前記判例も傍論ながらこのような製造には69条1項の適用を否定している。
丙は、存続期間満了後に販売するための製造にすぎず満了前に販売するものではないから特許権者の利益を害しない、承認申請のための試験と一体の準備行為であると主張しよう。しかし、大量の在庫を形成する行為は試験の遂行に必要な範囲を明らかに超えており、承認申請のための実施と同視できない。
よって丙行為3は侵害となり、甲は差止め(100条1項)及び製造された物の廃棄(100条2項)並びに損害賠償を請求できる。
3 設問3
⑴ 丁は、市場において大量に購入したAカプセルから化合物αを含む薬剤を取り出し、化学反応を生じさせないように精製水を加えて溶かして化合物αを再精製し、これを固めて錠剤とし特殊な皮膜を施してD錠を製造・販売している。D錠に含まれる化合物αは製法Aにより生産されたものであるから、D錠は本件発明の技術的範囲に属する。
⑵ 丁は消尽を主張する。すなわち、甲は我が国においてAカプセルを販売しており、当該Aカプセルについて本件特許権は目的を達成して消尽しているから、その後の加工・譲渡に特許権の効力は及ばない、と主張する。
これに対し甲は、丁の行為は特許製品の新たな製造に当たるから消尽は生じないと主張する。
判例は、特許権者が我が国において譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ、それが当該特許製品と同一性を欠く特許製品の新たな製造に当たるときは、特許権者はこれについて特許権を行使することが許されるとし、新たな製造に当たるかどうかは、当該特許製品の属性、特許発明の内容、加工及び部材の交換の態様、取引の実情等を総合考慮して判断するのが相当であるとした(最判平成19年11月8日)。特許製品の属性としては製品の機能、構造及び材質、用途、耐用期間、使用態様が、加工の態様としては加工等がされた際の当該特許製品の状態、加工の内容及び程度、交換された部材の耐用期間、当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮される。
⑶ 丁の主張としては、次の点を挙げることになる。本件発明の技術的特徴は、有効成分である化合物αが製法Aにより生産されたものであることに尽きる。丁は化合物αに化学反応を生じさせないようにして再精製しているのであり、本件発明の本質である化合物α自体は甲が生産したものがそのまま維持されている。すなわち新たに化合物αが生産されたわけではない。甲はAカプセルの販売によりその対価を既に回収しているのであるから、重ねて利得を得させる必要はない。
⑷ これに対し甲の主張としては、次の点を挙げることになる。第一に、本件発明は「認知症治療剤」という医薬品の発明であり、剤形は医薬品の同一性を基礎づける重要な要素である。カプセル剤と錠剤は服用の態様、製剤技術及び製品としての評価を異にする別個の医薬品であり、特殊な皮膜を施したD錠はAカプセルと同一性を欠く。第二に、丁の加工は、カプセルを解体して内容物を取り出し、精製水に溶解して再精製し、固形化して皮膜を施すという大規模かつ本質的なものであって、部材の交換や修理の範囲を遥かに超える。第三に、医薬品は患者に服用されて一回的に消費されることが予定された製品であり、耐用期間の経過に伴う部材交換などが想定される耐久品とは異なる。本来の用途に供されることなく解体・再製造されることは取引の実情に照らしても想定されていない。第四に、D錠はAカプセルと同一の効能を有する医薬品として市場で直接競合し、甲の販売機会を奪う。
⑸ 検討すると、丁の加工は、カプセルという製品形態を完全に解体し、有効成分を溶解・再精製した上で全く別の剤形の製品を作り出すものである。これは特許製品の寿命を回復させる修理や部材の交換とは本質的に異なり、Aカプセルという特許製品と同一性を欠く特許製品を新たに製造したものと評価すべきである。有効成分自体が化学的に同一であることは、原材料として既存の特許製品を利用したことを意味するにとどまり、新たな製造であることを否定する理由とならない。
よって本件特許権は消尽せず、甲は丁に対しD錠の製造・販売の差止めを請求できる(100条1項)。
第2 第2問
1 設問1
⑴ まず著作物性を検討する。建築設計図は建築物を表すための実用的な図面であり、その表現は技術的・機能的制約を受けるから、通常は作図上の工夫に創作性が認められるにとどまる。しかし設計図αは、Bが斬新なデザインを考えつきこれを記したものであり、建築物の創作的な形態が表現されている。よって図形の著作物(著作権法10条1項6号)に当たる。
次に、建築物は居住という実用目的に供されるものであるから、建築の著作物(10条1項5号)として保護されるのは、通常ありふれた建築物ではなく、建築芸術といえる美的創作性を備えるものに限られると解する。A住居は、見た人が住居とは思えないような奇抜な家という注文に応じてBが考えついた斬新なデザインのものであり、そのデザインの斬新さが評判となって路上から見物する人が絶えなかった。これは建築芸術としての美的創作性を備えるものであり、建築の著作物に当たる。そして設計図αには建築の著作物であるA住居が表現されている。
いずれの著作物もBが創作したものであるから、Bが著作者である(2条1項2号)。設計請負契約が解除されても著作者の地位及び著作権の帰属は変わらない。
⑵ Aが設計図αをコピーした行為は、設計図αの複製であり、同時に設計図αに表現された建築の著作物A住居の複製でもある(21条)。
これが私的使用のための複製(30条1項)に当たるかであるが、Aはコピーを複数の建築業者に見せており、仮に当初は自己の住居を建築する目的であったとしても、その後複製物を私的使用以外の目的で頒布・提示しているから、複製を行ったものとみなされる(49条1項1号)。また、自ら作成したと偽って第三者に提示することは私的使用の範囲を超える。よって複製権侵害が成立する。
⑶ Aが設計図αのコピー上のBの氏名を抹消して自分の氏名を記載し、これを複数の建築業者に見せた行為について検討する。
著作者は、まだ公表されていない著作物を公衆に提供し又は提示する権利を有し(18条1項)、また著作物の公衆への提供又は提示に際し著作者名を表示する権利を有する(19条1項)。設計図αはAとB以外には知られておらず未公表であった。
そこで「公衆」への提示に当たるかが問題となる。「公衆」には特定かつ多数の者を含む(2条5項)。本件でAが提示した相手は複数の建築業者であり、人数は多数とはいえないが、これらの業者はAと何ら特別の関係にない相互に無関係な第三者であって、建築の依頼先を選定するために広く選択の対象とされた者である。したがって不特定の者に対する提示として「公衆」への提示に当たると解する。
よってAの行為は公表権(18条1項)及び氏名表示権(19条1項)を侵害する。氏名表示権については、Bの氏名を抹消したのみならず自己の氏名を著作者名として表示している点で、侵害の程度は著しい。
⑷ AがCにA住居を建築させた行為について検討する。建築の著作物の複製には、建築に関する図面に従って建築物を完成することを含む(2条1項15号ロ)。したがってA住居の建築はA住居という建築の著作物の複製に当たる。
現実に建築したのはCであるが、Aは設計図αのコピーを示してCに建築を依頼し、自己の住居として完成させたのであって、建築の目的と内容を決定し費用を負担して複製を実現させた者である。したがって複製の主体はAと評価すべきである。少なくともAは、Cの複製行為を主導した者として共同不法行為責任を負う(民法719条)。
私的使用のための複製(30条1項)の適用についても、同項は「その使用する者が複製する」ことを要件とするから、第三者であるCに委託して建築させた本件には適用がない。また、建築物は公衆の目に触れる形で長期間存在し続けるものであり、同項の趣旨が及ぶ場面ではない。
さらに、A住居の建築はA住居の公衆への提示に当たるから公表権(18条1項)を侵害し、Bの氏名が表示されていないから氏名表示権(19条1項)を侵害する。なお展示権(25条)は美術の著作物及び未発行の写真の著作物についての権利であるから、建築の著作物には及ばず問題とならない。
⑸ AがA住居をDに売却した行為について検討する。譲渡権(26条の2第1項)は著作物をその原作品又は複製物の譲渡により公衆に提供する権利であり、A住居は建築の著作物の原作品に当たる。Aは不動産業者を介して売却しており、広く買主を募った上での譲渡であるから、公衆への提供に当たる余地がある。
もっとも、屋外の場所に恒常的に設置された建築の著作物は、46条各号に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず利用することができる(46条本文)。原作品の譲渡は同条各号のいずれにも該当しない。建築物は土地に定着した不動産であり、著作者がその譲渡を禁止できるとすれば所有権の行使が著しく制約される。46条はこれを前提に建築の著作物の自由な利用を認めた規定である。
よって、A住居の売却について譲渡権侵害は成立しない。
⑹ 以上より、Bは、Aに対し、設計図αのコピーの廃棄(112条2項)、公表権及び氏名表示権侵害に基づく差止め(112条1項)及び名誉・声望の回復等の措置(115条)、複製権・公表権・氏名表示権侵害に基づく損害賠償(民法709条、著作権法114条)を請求できる。A住居の除却も112条2項の問題となり得るが、既にDに売却されAの支配を離れており、また建物の除却は過大な負担を課すものとして相当でない。
2 設問2
⑴ 著作者は、その著作物の同一性を保持する権利を有し、その意に反して変更、切除その他の改変を受けないものとされる(20条1項)。DはA住居の玄関をやや地味な印象を与えるように改築しており、A住居の表現を変更するものであってBの意に反する改変に当たる。
⑵ もっとも、建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変については同一性保持権の規定は適用されない(20条2項2号)。建築物は居住・使用という実用目的に供されるものであり、所有者の必要に応じた改変を認めなければ所有権の行使が不当に制約されるからである。
他方、同号を無制限に適用すると建築の著作物に対する人格的利益の保護が失われるから、同号に当たるのは所有者の居住・使用上の必要に基づく合理的な範囲の改変に限られ、著作者の人格的利益を不当に害する改変はこれに含まれないと解すべきである(東京地決平成15年6月11日参照)。
本件では、Dの改築は玄関が余りに派手過ぎると感じたという美的な評価に基づくものであり、安全性や機能性の確保を目的とするものではない。しかし、建築物は所有者が長期にわたり現実に生活する場であり、その外観を自己の感性に適合させることも居住上の必要に含まれる。そして改変の対象はA住居の玄関部分にとどまり、A住居全体の斬新なデザインが失われるわけではなく、Dは注目されること自体には満足していたのであって著作物の価値を損なう意図もない。
よってDの改築は「模様替え」として20条2項2号により許容され、同一性保持権侵害は成立しないと解する。もっとも、改変が玄関にとどまるとはいえ、玄関はA住居の斬新さの中核をなす部分であり、専ら美感の変更を目的とする改変は同号の範囲を超えるとの評価も可能である。
⑶ 次に翻案権(27条)について検討する。Dの改築が、A住居の表現上の本質的特徴の同一性を維持しつつ具体的表現に変更を加え、新たな創作的表現を付加するものであれば翻案に当たる。
しかし、A住居は屋外の場所に恒常的に設置された建築の著作物であり、46条本文により各号に掲げる場合を除き自由に利用できる。同条2号は建築の著作物を建築により複製し又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合を除外するが、既存の建築物の改築は新たな建築物を建築するものではないから同号に当たらない。よって46条本文により翻案権侵害は成立しない。
⑷ 公表権については、A住居はAの建築によって既に公表されているから、Dの行為について侵害は問題とならない。氏名表示権については、建築物に著作者名を表示することは慣行として行われていないから、著作者名の表示を省略できる(19条3項)。
⑸ 以上より、BがDに対して請求できるものは原則としてない。もっとも、Dの改築が20条2項2号の許容範囲を超えると評価される場合には、Bは同一性保持権侵害を理由として、改築の中止及び原状回復(112条1項、2項)、損害賠償(民法709条)並びに名誉・声望の回復等の措置(115条)を請求できる。
3 設問3
⑴ Bがすべき主張。A住居は建築の著作物である。EはA住居を写真撮影し、その写真に基づいてA住居のミニチュアを多数製作し販売している。ミニチュアはA住居の立体的形状を縮尺して再現するものであるから、A住居の複製(21条)又は翻案(27条)に当たり、その販売は譲渡(26条の2第1項)に当たる。よってBは112条1項に基づき製作販売の差止めを請求すべきである。
⑵ Eの主張。A住居は屋外の場所に恒常的に設置された建築の著作物であるから、46条各号に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず利用することができる。ミニチュアの製作販売は同条各号のいずれにも該当しないから自由である、と主張する。
⑶ そこでまず46条2号の該当性を検討する。同号は建築の著作物を建築により複製し、又はその複製物の譲渡により公衆に提供する場合を除外する。
Bは、建築の著作物の価値はその立体的形状にあるから、立体的形状を再現するミニチュアの製作は実質的に「建築により複製」するものに当たり、縮尺を小さくしただけで自由利用を認めれば建築の著作物の保護が失われると主張することになる。
これに対しEは、「建築により複製」とは建築物として建築する行為、すなわち人の居住等の用に供される建造物を造る行為を指し、玩具・装飾品であるミニチュアの製作はこれに当たらないと主張することになる。
46条が建築の著作物の自由利用を広く認めた趣旨は、屋外に恒常的に設置された建築物が社会の共有財産として公衆の目に触れる存在であり、その写真・絵画・模型等による利用を自由にすることが社会的に有用である点にある。そして2号が除外するのは、建築の著作物の本来的な利用形態である建築による再現に限られると解すべきである。したがって2号には当たらず、Eの主張が妥当である。
⑷ 次に46条4号の該当性を検討する。同号は、専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合を除外する。
Bは、Eが専らミニチュアの販売を目的としてA住居を複製し多数販売していること、A住居は建築芸術としての美的創作性を備え実質的に美術の著作物の原作品と同視できることを主張し、4号に該当すると主張することになる。
これに対しEは、46条本文が美術の著作物でその原作品が屋外の場所に恒常的に設置されているものと建築の著作物とを並記して区別していること、4号が明文で「美術の著作物」に限っていることからすれば、建築の著作物に4号の適用はなく、これを拡張するのは文言に反し自由利用の範囲を不明確にすると主張することになる。
⑸ 検討すると、建築の著作物についても、専らその複製物の販売を目的とする複製を無償で許せば、著作者が本来享受すべき経済的利益が著しく害され、46条が社会的有用性を理由に自由利用を認めた趣旨を超える。そして4号が美術の著作物についてこのような利用を除外した趣旨は、建築芸術としての美的創作性を備えた建築の著作物にも等しく妥当する。
本件では、A住居は斬新なデザインで路上から見物する人が絶えないほどの建築芸術であり、Eはこれを専らミニチュアとして販売する目的で複製し、多数製作販売して経済的利益を得ている。これは46条が許容する社会的に有用な利用とはいえない。
よって、4号の趣旨により46条本文の適用は排除され、BのEに対する差止請求は認められると解する。
以上