司法試験 令和7年 刑事訴訟法
問題文
〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事 例】
1 H県I市内では、令和6年12月以降、複数人で民家に侵入して金品を窃取するという事件が連続して発生していたところ、令和7年1月5日、I市内のV方に男性3名が侵入して現金500万円を窃取するという住居侵入・窃盗事件(以下「本件住居侵入・窃盗事件」という。)が発生した。I警察署司法警察員P、Q及びRは、V方及びその周辺に設置された防犯カメラの映像や、V方に遺留された指紋などから、被疑者として、甲、乙及び丙の3名を特定し、本件住居侵入・窃盗事件について、甲ら3名に対する各逮捕状の発付を受けた。一方で、Pらは、甲ら3名の所在を特定できず、甲ら3名の現住居に対する捜索差押許可状を取得できずにいた。
なお、上記防犯カメラの映像には、甲及び乙が、本件住居侵入・窃盗事件の直前に、それぞれの携帯電話で、何者かと通話している様子が記録されていた。
2 甲は、知人の家を転々として寝泊まりしていたが、同月15日から、友人のXが住むI市内のアパート1階101号室(以下「X方」という。)に居候するようになった。X方内は、8畳のリビングに6畳洋室及び6畳和室が隣接しており、各部屋とリビングの間には扉が設置されていた。
Pは、甲がX方に潜伏しているらしいとの情報を得て、Q及びRと共に、同月20日午後2時頃からX方前の路上で張り込みをしていたところ、同日午後6時頃、甲とXが、X方から路上に出てきた。その際、Pは、甲が携帯電話を手に持っていることを確認した。
Pらは、甲を逮捕するため、同路上で甲に声を掛けたところ、甲は、いきなり走り出してX方に戻った。Pは、同路上にいたXに対して、「甲に逮捕状が出ている。甲を逮捕するために、あなたの自宅に入らせてほしい。」と伝えたところ、Xは、これを了承した。そして、Xは、PからX方の状況を尋ねられると、「甲は、5日前にスーツケースを持ってやって来て、その日から居候を始め、無償で和室に寝泊まりしている。甲には、食事や雑談をするときにはリビングを使用することを許可しているが、基本的に、甲は和室のみを使用している。」「今日の午前中から甲の交際相手であるYが甲に会うために来ているが、私の家にYが来たのは今日が初めてである。」などと説明した。
こうした説明を踏まえて、PらがX方に入ると、甲がYと共にリビングにいたため、Pは、同日午後6時5分頃、リビングにおいて、甲に逮捕状を呈示した上、甲に手錠を掛けることなく、甲を通常逮捕した。そして、Pは、リビングにおいて、甲の身体着衣について、逮捕に伴う捜索を実施したが、甲の携帯電話を発見できなかったため、甲に携帯電話の在りかを尋ねたところ、甲は何も答えなかった。
そこで、Pは、閉まっていたリビングと和室の間の扉を開け、甲及びYをリビングに残し、両名の動静を監視するようQに告げた上で、Rと共に和室に移動した。すると、家具や寝具のほか、甲のものと認められるスーツケースが存在したことから、Pは、和室内には、甲の携帯電話のほか本件住居侵入・窃盗事件に関係する証拠物が存在する可能性が高いと考え、同扉を開けたまま、①同日午後6時10分頃、和室内の捜索を実施し、机の上に置いてあった紙片
(Vを含めた合計30名の氏名、住所及び所有している財産が記載された一覧表)を差し押さえた。しかし、Pは、和室内において、甲の携帯電話を発見することができなかった。
Pは、Rと共にリビングに戻り、同日午後6時15分頃、リビング内の捜索を開始した。その捜索の実施中、Pは、甲のすぐ近くにいたYに対し、甲の携帯電話の在りかを知っているか尋ねた。すると、Yは、甲のことを一べつしてからうつむき、何も答えないまま、自身の上着のポケット内に手を入れ、中を探るような動きをした。Pは、Yの態度を見て、Yが同ポケット内に甲の携帯電話を隠していて、同携帯電話を操作してデータを消去する可能性があると考え、②同日午後6時20分頃、Yの上着のポケット内に手を入れ、中にあった携帯電話を取り出した。この携帯電話の所有者について尋ねられたYが「それは甲の携帯電話です。」と説明したことから、Pは、同携帯電話をその場で差し押さえた。その後、Pらは、捜索を終えて、甲に手錠を掛け、I警察署まで甲を引致した。
3 同月21日、Pらは、乙がI市内のL飲食店に出入りしているとの情報を得た。そこで、Pは、Q及びRと共に、同月22日午後6時頃から同店前の路上で張り込みをしていたところ、同日午後8時58分頃、乙が同店から出てきたため、現住居を特定するために乙の尾行を開始した。
乙は、同店を出た後、しばらくしてから振り返り、後方にいたPと目が合うと、いきなり前方に走り出した。Pらは、尾行を察知されたと考え、乙を逮捕することにし、走って乙を追跡して路上で乙に追い付き、同日午後9時頃、乙に逮捕状を呈示した上で、乙を通常逮捕した。
Pは、乙の着衣内に携帯電話が存在すると考え、これを差し押さえるため、同路上で、乙の身体着衣について、逮捕に伴う捜索を実施しようとした。すると、乙は、暴れて抵抗し、「俺は何もしていない。違法逮捕だ。」と叫んだ。同路上は、人通りが多い繁華街に位置し、周囲に複数の飲食店があったところ、合計5名の通行人が集まってきてPらを取り囲み、そのうち1名の通行人が携帯電話のカメラ機能を使ってPら及び乙の動向を録画し始めた。
Pは、同路上における捜索の実施は困難と判断し、最寄りの警察施設まで移動してから乙の身体着衣を捜索することにした。そこで、Pらは、暴れる乙の腕を押さえながら、警察車両を停めていた駐車場まで乙を連れて行った。上記通行人らがPらに付いてくることはなく、乙は、同日午後9時10分頃に同駐車場に着いたときには落ち着きを取り戻した。同駐車場には誰もおらず、同路上から同駐車場までの距離は約50メートルであった。
同駐車場から最も近い警察施設は、同駐車場から約1キロメートル離れたJ交番であったため、Pは、同交番まで乙を連れて行くことにし、同駐車場において、警察車両に乗るよう促すと、乙は、素直に同車両に乗り込んだ。Pは、同車両の後部座席に乙を乗せ、Q及びRと共に、同日午後9時11分頃、同駐車場を出発してJ交番に向かった。その車内において、乙は、無言のままうつむいており、抵抗する素振りを見せなかった。
その後、同車両がJ交番に到着し、Pは、③同日午後9時20分頃、J交番内で、乙の身体着衣について捜索を実施したところ、乙の上着のポケット内にあった携帯電話を発見し、これをその場で差し押さえた。
4 同月23日、Pは、丙を逮捕状に基づいて通常逮捕した。甲ら3名は、順次、本件住居侵入
・窃盗事件の被疑事実によりH地方検察庁検察官に送致され、勾留された。
取調べにおいて、甲は、一貫して黙秘し、乙は、一貫して「自分と丙の2人でV方に侵入して盗みをした。犯行を計画したのは丙であり、甲は事件に関係ない。」と供述した。丙は、逮捕直後は、「自分と乙の2人でV方に侵入して盗みをした。甲は事件に関係ない。」と供述して、甲の関与を否定していたが、その後の取調べにおいて、甲が使用するX方の前記和室から発見、押収された物として前記紙片を示されると「自分、甲、乙の3人でV方に侵入して盗みをした。犯行を計画したのは甲である。」と供述して甲の関与を認めるに至った。以上の過程で、【資料】記載の〔証拠1〕、〔証拠2〕及び〔証拠3〕が作成された。
H地方検察庁検察官Sは、甲ら3名について、共謀の上、V方に侵入して現金500万円を窃取したとの事実で、H地方裁判所に公判請求した。甲ら3名の弁論は、それぞれ分離されることになった。
5 甲に対する本件住居侵入・窃盗被告事件は、事件の争点及び証拠を整理する必要があるとして、公判前整理手続に付された。同手続において、検察官Sは、甲の弁護人Tに対し、〔証拠1〕、〔証拠2〕及び〔証拠3〕を含む甲ら3名の供述録取書などの証拠を開示し、このうち
〔証拠3〕について、立証趣旨を「本件犯行状況、共謀状況等」として、取調べを請求した。
これに対し、弁護人Tは、同手続において、「甲は、事件には一切関与しておらず、乙及び丙が住居侵入や窃盗をしたのかどうかも知らない。」旨の予定主張を明らかにして、共謀の事実等を否認し、〔証拠3〕について不同意との証拠意見を述べた。
そこで、検察官Sは、立証趣旨を「本件犯行状況、共謀状況等」として、丙の証人尋問を請求し、H地方裁判所は、これを実施する旨の決定をした。その後、H地方裁判所は、検察官S及び弁護人Tとの間で争点及び証拠の整理結果を確認した上で、公判前整理手続を終了した。
6 第1回公判期日において、甲は、「自分は事件には一切関係ない。」と述べて公訴事実を否認し、弁護人Tは、公判前整理手続でしたのと同様に共謀の事実等を争う旨の主張をした。
第2回公判期日において、丙の証人尋問が実施された。丙は、主尋問において、「甲が犯行を計画し、自分、甲、乙の3人で、V方に侵入して盗みを行った。」などと証言した。そして、丙は、反対尋問において、弁護人Tから、「甲は事件に関与していないのではないか。」との質問を受けると、これを否定し、主尋問でしたのと同様の証言をした。さらに、丙は、弁護人Tから、「捜査段階で、『自分と乙の2人でV方に侵入して盗みをした。甲は事件には関係ない。』と話したことがあったのではないか。」などと〔証拠2〕の内容やその作成過程に関する質問を繰り返し受けたが、「そのような供述をした記憶はない。覚えていない。」などとの証言に終始した(以下、第2回公判期日における丙の証言を「丙証言」という。)。
同期日における丙の証人尋問終了後、弁護人Tは、丙証言の証明力を争うため、〔証拠1〕
及び〔証拠2〕の各取調べを請求した。これに対し、④検察官Sは、同請求について、「取調べに異議あり。」との証拠意見を述べた。
〔設問1〕
下線部①、下線部②及び下線部③の各行為の適法性について、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕
下線部④の証拠意見について、検察官Sが、以下の1及び2の理由を付した。各理由の当否について、関連する条文の趣旨を踏まえて論じなさい。
1.〔証拠1〕は、証明力を争うための証拠として刑事訴訟法上許容される証拠には当たらない。
2.〔証拠2〕は、公判前整理手続において証拠調べ請求がされていない証拠であるから、公判期日において、証拠調べ請求をすることはできない証拠である。
【資料】
供述者 作成日付 証拠方法 作成者 供述要旨等
(令和7年)
証拠1 乙 1月24日 供述録取書 司法警察員P 自分と丙の2人でV方に侵入して盗みをした。犯行を計画したのは丙であり、甲は事件には関係ない。
(乙の署名・押印あり)
証拠2 丙 1月24日 供述録取書 司法警察員Q 自分と乙の2人でV方に侵入して盗みをした。甲は事件には関係ない。
(丙の署名・押印あり)
証拠3 丙 2月5日 供述録取書 検察官S 自分、甲、乙の3人でV方に侵入して盗みをした。犯行を計画したのは甲である。
(丙の署名・押印あり)
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、住居侵入・窃盗事件の捜査及び公判に関する具体的な事例を素材として、刑事手続上の問題点、その解決に必要な法解釈、法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並びに具体的結論に至る思考過程を論述させることにより、刑事訴訟法に関する基本的学識、法適用能力及び論理的思考力を試すものである。
〔設問1〕は、逮捕に伴う無令状捜索・差押えについて、基本的・応用的論点の検討を通じて、捜索・差押えに対する令状主義の規律とその例外についての正確な理解と具体的事実への適用能力を試すものである。すなわち、検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により捜索・差押えをすることができる (刑事訴訟法第218条第1項) ところ、 令状主義の例外として、 被疑者を 「逮捕する場合」
において必要があるときは、「逮捕の現場で」無令状で捜索・差押えをすることができる(同法第220条第1項柱書・同項第2号、第3項)とされている。この逮捕に伴う無令状捜索・差押えが認められる実質的根拠については、逮捕現場や被逮捕者の所持品・身体には、被疑事実に関連する証拠が存在する蓋然性が一般的・類型的に高いことそれ自体に着目し、実質的には「正当な理由」(憲法第35条)が存在するに等しく、裁判官による事前の司法審査を介在させるまでの必要性がないとする見解(相当説・合理性説)や、逮捕現場や被逮捕者の所持品
・身体には、被疑事実に関連する証拠が存在する蓋然性が一般的・類型的に高いと認められることを前提としつつ、それに加えて、そのような証拠が、逮捕の際に被逮捕者等によって隠滅や破壊されることを防止し、これを保全する緊急の必要性があるためとする見解(緊急処分説)
などが主張されているところ、どのような立場を採るかによって、逮捕に伴う無令状捜索・差押えが認められ得る時間的・場所的範囲が異なってくると思われる。そのため、本設問では、逮捕に伴う無令状捜索・差押えが認められる趣旨や実質的根拠について、自説を明らかにし、時間的・場所的範囲(限界)の解釈を示すことが求められる。
下線部①において、司法警察員Pは、甲の潜伏先であったX方内のリビングで甲を逮捕した後に、同方内の和室の捜索を実施しているため、その捜索の適法性を判断するに当たっては、捜索場所が被逮捕者の甲の自宅ではなく、第三者であるX方内であることなど、本設問の事情-2 3-を踏まえた検討をすることが求められる。具体的には、無令状捜索の場所的範囲に関しては、例えば、相当説・合理性説の立場からすると、逮捕地点を起点として同一の管理権が及ぶ範囲内の場所と説明することなどが考えられるが、そうした考え方に立った場合、甲の逮捕場所たるリビングと捜索実施場所たる和室の管理権が同一か否かについての検討が必要であろうし、緊急処分説の立場からすると、逮捕の際に被逮捕者が証拠を隠滅することが可能な範囲内の場所、すなわち、甲の直接支配下にある場所と説明することなどが考えられるが、そうした考え方に立った場合、甲を逮捕したリビングと捜索場所たる和室が別室であることや、捜索時に甲が和室には現在しないことなどの検討が必要になろう。また、本設問において無令状捜索をした場所は、前記のとおり、第三者であるX方内であるところ、逮捕に伴う無令状捜索においても、刑事訴訟法第222条第1項により、同法第102条が準用されるため、第三者に属する場所や物が捜索の対象である場合には、「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」 (同条
第2項)が必要であることについても、検討する必要があろう。いずれにせよ、本設問では、逮捕と捜索の時間的間隔に関する事情、逮捕の地点と捜索の場所に関する事情、捜索の必要性に関する事情など、様々な事情が存在するので、これらの事情を適切に抽出して評価し、自己の見解に当てはめ、その適法性を論じる必要がある。
下線部②において、司法警察員Pは、X方内のリビングで甲を逮捕した後、リビングの捜索を開始したが、その捜索の際、現場に居合わせた甲の交際相手であるYの上着のポケット内に手を入れて、同ポケット内の物を取り出しているため、その適法性の判断に当たっては、下線部②の行為の対象、すなわち無令状捜索の対象が、たまたま居合わせた第三者の身体であった点に着目した論述をすることが求められる。この点については、相当説・合理性説はもとより、緊急処分説であっても、逮捕に伴う無令状捜索・差押えが認められる実質的根拠を、逮捕現場や被逮捕者の所持品・身体には、被疑事実に関連する証拠が存在する蓋然性が一般的・類型的に高いことに求めている(あるいはそれを前提としている)ところ、逮捕の現場に居合わせた被逮捕者以外の第三者が、逮捕事実に関連する証拠を所持している可能性は一般的・類型的に高いとは言えないため、逮捕の現場に居合わせた第三者の身体は無令状捜索の対象にはならないとする考え方 (消極説)があり得よう。他方で、 刑事訴訟法第220条第1項第2号は、「逮捕の現場」で「逮捕する場合」においてする捜索を許容しつつ、その対象については文言上明示的に限定していないこと、同法第222条第1項は逮捕に伴う無令状捜索の場合にも同法第102条第1項に加え第2項についても (被疑者以外の者の「身体」 を特に除外することなく)
準用することを認めていることなどから、逮捕の現場に居合わせた第三者の身体の捜索も許され得るとする考え方(積極説)もあり得よう。ここでは、この点についての自身の立場を明らかにした上で、①消極説に立つのであれば、さらに、場所に対する無令状捜索に付随する措置
(必要な処分)の一環として、捜索場所に居合わせた第三者が捜索の実施中あるいはその開始直前に、隠匿・破壊しようとした捜索・差押えの目的物を取り戻すために、同人の身体に有形力を加えてその妨害を排除する、あるいは原状を回復する措置を講じることができないかを検討することが求められよう。また、②積極説に立つのであれば、同法第102条第2項が規定する「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」があるかどうかを検討することになろう。
いずれの見解に立つにせよ、逮捕に伴う捜索・差押えが認められる趣旨や実質的根拠を踏まえた上で、それと矛盾のない論理一貫した論述が求められる。そして、司法警察員Pの行為が適法になり得るという見解に立った場合には、本設問における様々な事情を抽出して評価し、Yが証拠物を身体に隠匿している高度の蓋然性が認められるか否かにつき、各見解が提示する枠組みの中に的確に位置付けた上で検討すべきことになろう。
下線部③の捜索は、乙の逮捕に伴う無令状捜索であるが、逮捕の地点から約1キロメートル離れたJ交番において実施されている点が、 「逮捕の現場」(刑事訴訟法第220条第1項第2号)との要件との関係で特に問題となる。この点に関しては、J交番自体は「逮捕の現場」
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には当たらないことを確認した上で、最高裁判例(最決平成8年1月29日刑集50巻1号1頁)の内容を念頭に置きつつ、同判例において示されている説明を法解釈に落とし込む形で自説を展開する必要があろう。同判例は、「逮捕の現場」で直ちに被逮捕者の身体を捜索し差押手続を実施することが適当でなかった場合に、できる限り速やかに被逮捕者を身体の捜索・差押えを実施するのに適当な最寄りの場所まで連行した上で行われた差押手続につき、 「刑訴法220条1項2号にいう『逮捕の現場』における差押えと同視することができる」としたものであるが、なぜそうした捜索・差押えと「同視することができる」のかや、 「同視することができる」ということの法解釈上の位置付けまでは説示しておらず、この点については各自が法解釈を展開することが求められる。また、設問の事例では、司法警察員Pは、乙を警察車両に乗せて最寄りの警察施設まで移動してから乙の身体着衣を捜索することにし、逮捕の地点から約50メートル離れた駐車場まで乙を連行し、その後、J交番で乙の身体着衣の捜索を実施しているところ、乙が同駐車場に着いたときには落ち着きを取り戻しており、同駐車場で乙の身体着衣の捜索を実施できたことがうかがえる事情が存在する。そのため、本設問における司法警察員Pの行為の適法性を判断するためには、同判例との事案の違いも意識しつつ、J交番が「身体の捜索・差押えを実施するのに適当な最寄りの場所」と評価できるかどうかに関し、様々な事情を抽出、評価して説得的な論述をすることが求められる。
〔設問2〕は、甲の弁護人が、丙証言の証明力を争うために、証拠1(司法警察員作成に係る乙の供述録取書)及び証拠2(司法警察員作成に係る丙の供述録取書)の取調べを請求したことに対し、検察官が、それぞれ理由を付して「取調べに異議あり。」とする証拠意見を述べているところ、それらの理由の当否を問うものである。
〔設問2-1〕 は、 刑事訴訟法第328条で許容される証拠の範囲を問うものである。 すなわち、証拠1は、乙の供述録取書であり、証明力を争う対象となる証言をした丙とは別人の供述を内容とする書面であることから、同条により許容される証拠は自己矛盾供述を内容とするものに限られるか否かを論述することが求められる。
この点については、「刑訴法328条は、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述が、別の機会にしたその者の供述と矛盾する場合に、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより、公判準備又は公判期日におけるその者の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨のものであり、別の機会に矛盾する供述をしたという事実の立証については、刑訴法が定める厳格な証明を要する趣旨であると解するのが相当である。そうすると、刑訴法328条により許容される証拠は、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る。)、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られるというべきである。」
と判示した判例(最判平成18年11月7日刑集60巻9号561頁)に留意しつつ論述することが求められる。同判例と同様の立場に立つのであれば、同条によって許容される証拠が自己矛盾供述を内容とする証拠に限定される理由につき、伝聞法則との関係を踏まえて説明する必要があろう。
そして、この事案においては、証拠1は乙の供述録取書であって丙の自己矛盾供述を内容とする証拠ではないため、同条によって許容される証拠には該当せず、「証明力を争うための証拠として刑事訴訟法上許容される証拠には当たらない。」とする検察官の証拠意見には理由があるということになる。一方、同判決の立場に依拠しない場合には、その結論がどのような道筋で導き出されるのかについて相応の説得力をもって説明することが求められよう。
〔設問2-2〕 は、 公判前整理手続後の証拠調べ請求の制限 (刑事訴訟法第316条の32)
について、具体的場面における適用の有無を検討させることを通じて、同条を含めた公判前整理手続の意義及び趣旨の理解や問題解決を導く思考力を試すものである。
公判前整理手続では、検察官と被告人・弁護人の双方が、争点及び証拠を整理して審理計画-2 5-を策定するために、証明予定事実やその他の主張を明示するとともに、それを証明するための証拠の取調べを請求することが義務付けられている。そうであるのに、公判で新たな主張や証拠調べの請求が無制限にできるということになれば、審理計画が崩れてしまい、公判前整理手続において争点と証拠を整理した意味が失われてしまう。そこで、同条第1項は、公判前整理手続等に付された事件について、「やむを得ない事由」によって公判前整理手続等において請求することができなかったものを除き、同手続終了後には証拠調べを請求することができないと定めており、本設問では、こうした同条の趣旨を十分踏まえた上で、 「やむを得ない事由」
が存在するか否かを論述することが求められる。
本設問では、公判前整理手続を経た公判における丙の証人尋問後に、刑事訴訟法第328条に基づき、証拠2の取調べ請求がなされているところ、検察官は、公判前整理手続において、立証趣旨を「本件犯行状況、共謀状況等」として証拠3(検察官作成に係る丙の供述録取書)
の取調べを請求し、同供述録取書が不同意となるや、同じ立証趣旨で丙の証人尋問を請求している。そうした経過に照らせば、公判前整理手続段階において、丙が公判廷において証拠3と同内容の証言をすることが想定されていたといえる。このような場合に「やむを得ない事由」
が認められるか否かについては、同条による弾劾証拠は条文上「公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うため」のものとされているから、証人尋問が終了しておらず、弾劾の対象となる公判供述が存在しない段階においては、同条の要件該当性を判断することはできないのであって、証人尋問終了以前の取調べ請求を当事者に要求することは相当でないため、同条による弾劾証拠の取調べ請求については、 「やむを得ない事由」があるものと解すべきとする考え方(下級審の裁判例として、名古屋高等裁判所金沢支部平成20年6月5日判決・判タ1275号342頁などがある)や、予想された内容の証言がなされた場合に同条の弾劾証拠としての取調べ請求を認めれば、公判前整理手続の趣旨を没却することになりかねず、同手続における主張及び証拠の整理の実効性を担保するため、 「やむを得ない事由」の有無に関しては、できるだけ厳格に考えるべきだとする考え方などがある。いかなる見解に立ったとしても、公判前整理手続の趣旨を十分に踏まえた上で、検察官が付した理由の当否について、結論を導くことが求められる。
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