司法試験 令和6年 刑事訴訟法
問題文
〔第2問〕(配点:100)
次の【事例】を読んで、後記〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事 例】
1 H県警察I警察署の司法警察員Pは、同県I市内のアパート(以下「本件アパート」という。)2階の201号室を拠点として覚醒剤の密売が行われているとの情報を得たことから、令和5年9月16日午後8時頃、本件アパートに赴いたところ、本件アパート201号室から出てくる人物を目撃したため、同人を尾行した。すると、同人は、I市内の路上において、左手に手提げかばん(以下「本件かばん」という。)を持っていた男性(後に甲と判明した。以下「甲」という。)と接触し、封筒(以下「本件封筒」という。)を甲に手渡し、甲は、本件封筒を本件かばんに入れた。これを目撃したPは、本件封筒の中には覚醒剤が入っているのではないかと疑い、甲が本件アパートから出てきた人物と別れた後、甲に対する職務質問を開始した。
2 Pが「ちょっといいですか。名前を教えていただけますか。」と尋ねたところ、甲が氏名を名のったことから、Pは無線で甲の前科を照会した。その結果、甲には覚醒剤取締法違反(使用)の前科があることが判明した。引き続き、Pが「先ほど封筒を受け取ってかばんに入れましたよね。封筒の中身は何ですか。」と尋ねたところ、甲は、「貸していたお金を返してもらっただけです。」と答えた。しかし、甲が異常に汗をかき、目をきょろきょろさせ、落ち着きがないなど、覚醒剤常用者の特徴を示していたため、Pは、本件封筒の中に覚醒剤が入っているとの疑いを更に強め、甲に対し、「封筒の中を見せてもらえませんか。」と言った。
すると、甲がいきなりその場から走って逃げ出したので、Pは、これを追い掛け、すぐに追い付いて甲の前方に回り込んだ。甲は、立ち止まって、「何で追い掛けてくるんですか。任意じゃないんですか。」と言ったが、Pは、「何で逃げたんだ。そのかばんの中を見せろ。」と言いながら、いきなり本件かばんのチャックを開け、その中に手を差し入れ、その中をのぞき込みながらその在中物を手で探った。そして、Pが本件かばんの中に入っていた書類を手で持ち上げたところ、その下から注射器が発見された。Pが同注射器を取り出し、甲に対し、「これは何だ。一緒に署まで来てもらおうか。」と言ったところ、甲は警察署への同行に応じた。
そこで、Pは、同注射器を本件かばんに戻した上、同日午後8時30分頃、甲をI警察署まで任意同行した。
3 I警察署への任意同行後、甲が本件かばんやその在中物の任意提出に応じなかったことから、Pは、捜索差押許可状を取得して、本件かばんやその在中物を差し押さえる必要があると考えた。そこで、Pは、甲に職務質問を実施した経緯に関する捜査報告書(以下「捜査報告書①」
という。)及び注射器発見の経緯に関する捜査報告書(以下「捜査報告書②」という。)を作成した。
捜査報告書①には、覚醒剤の密売拠点と疑われる本件アパートから出てきた人物から甲が本件封筒を受け取って本件かばんに入れたこと、甲には覚醒剤取締法違反(使用)の前科があること、甲が覚醒剤常用者の特徴を示していたこと及び甲は本件封筒の中を見せるように言われると逃げ出したことが記載されていた。これに対して、捜査報告書②には、本件かばんのチャックを開けたところ注射器が入っていた旨記載されていたが、Pが本件かばんの中に手を入れて探り、書類の下から同注射器を発見して取り出したことは記載されていなかった。
4 Pは、同日午後9時30分頃、捜査報告書①及び捜査報告書②等を疎明資料として、H地方裁判所裁判官に対し、「捜索すべき場所、身体又は物」を甲の身体及び所持品、「差し押さえるべき物」を本件かばん及びその在中物並びに覚醒剤等とする捜索差押許可状の発付を請求し、その旨の捜索差押許可状の発付を受けた。
同日午後10時30分頃、Pが同許可状に基づき捜索を実施したところ、本件かばん内側のサイドポケットから本件封筒が発見された。Pがこれを取り出して中身を確認すると、覚醒剤様の白色結晶入りのチャック付きポリ袋が入っていたことから、Pは、同結晶の簡易検査を実施した。その結果、同結晶から覚醒剤の陽性反応が出たことから、Pは、同日午後11時頃、覚醒剤取締法違反(所持)の事実で甲を現行犯逮捕するとともに、同許可状に基づき、同結晶入りのチャック付きポリ袋を差し押さえた。
その後、同結晶の鑑定が実施され、同結晶が覚醒剤である旨の【鑑定書】が作成された。同月27日、甲は、覚醒剤取締法違反(所持)の事実で、H地方裁判所に起訴された。
検察官は、第1回公判期日において、前記【鑑定書】の証拠調べを請求したが、甲の弁護人は、前記【鑑定書】の取調べに異議がある旨の意見を述べた。
5 他方、Pが本件アパート201号室に関する捜査を実施したところ、同室の賃貸借契約の名義人が乙であること、乙には覚醒剤取締法違反(所持)の前科があり、その前科に係る事件記録の捜査報告書によれば、乙の首右側に小さな蛇のタトゥーがあることが判明した。
Pは、同年9月27日午後11時30分頃、本件アパート201号室の玄関ドアが見える公道上において、本件アパートの張り込みを開始した。Pは、同月28日午前1時30分頃に男性1名が、同日午前2時頃に別の男性2名がそれぞれ本件アパート201号室に入る様子を目撃した。Pは、これらの男性のうち、同日午前1時30分頃に本件アパート201号室に入った男性の顔が乙の顔と極めて酷似していたことから、同男性の首右側にタトゥーが入っているか否か及びその形状を確認できれば、同男性が乙であると特定できると考えた。
同日午前8時頃、Pが本件アパート201号室から出てきた同男性を尾行したところ、同男性は本件アパート付近の喫茶店に入店した。そこで、Pは、同男性が乙であることを特定する目的で、同喫茶店において、同店店長の承諾を得た上で、店内に着席していた同男性から少し離れた席から、ビデオカメラを用いて、同男性を撮影した【捜査①】。Pが撮影した映像は、全体で約20秒間のものであり、そこには、小さな蛇のタトゥーが入った同男性の首右側や同男性が椅子に座って飲食する様子のほか、その後方の客の様子が映っていた。
Pが同映像に映る男性の容貌及び首右側の小さな蛇のタトゥーの形状を乙のそれと突き合わせたところ、その特徴が一致したことから、同日午前1時30分頃に本件アパート201号室に入った男性は乙であると特定することができた。
6 さらに、Pは、乙とその他の男性らとの共犯関係、覚醒剤の搬入状況などの組織的な覚醒剤密売の実態を明らかにするため、本件アパート201号室への人の出入りの様子を監視する必要があると考えた。しかし、同室の玄関ドアは幅員約5メートルの公道側に向かって設置されていた上、同ドア横には公道上を見渡せる位置に腰高窓が設置されていたことから、同室に出入りする人物に気付かれることなく、同室の玄関ドアが見える公道上で張り込んで同室の様子を間断なく監視することは困難であった。
一方、その公道の反対側には3階建てのビルが建っており、同ビル2階の部屋の公道側の窓からは、本件アパート201号室の玄関ドアが見通せた。そこで、Pは、同年10月3日、同ビルの所有者及び管理会社の承諾を得て、同ビル2階の前記窓のそばにビデオカメラを設置し、同日から同年12月3日までの間、毎日24時間、本件アパート201号室の玄関ドアやその付近の共用通路を撮影し続けた【捜査②】。
撮影された映像には、同室玄関ドアが開けられるたびに、玄関内側や奥の部屋に通じる廊下が映り込んでいた。
7 その後、Pは、乙及び2名の男性が毎日おおむね決まった時間に同室に出入りする様子が記録されていた前記ビデオカメラの映像等を疎明資料として、本件アパート201号室の捜索差押許可状を取得し、同室の捜索を実施したところ、同室内から大量の覚醒剤等が発見されたことから、乙らを覚醒剤取締法違反(営利目的所持)の事実で現行犯逮捕した。
〔設問1〕
【鑑定書】の証拠能力について、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
〔設問2〕
下線部の【捜査①】及び【捜査②】のビデオ撮影の適法性について、具体的事実を摘示しつつ論じなさい。
(参照条文) 覚醒剤取締法
第19条 次に掲げる場合のほかは、何人も、覚醒剤を使用してはならない。
一 (以下略)
第41条の2 覚醒剤を、みだりに、所持し、譲り渡し、又は譲り受けた者(略)は、10年以下の懲役に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は、1年以上の有期懲役に処し、又は情状により1年以上の有期懲役及び500万円以下の罰金に処する。
3 (略)
第41条の3 次の各号の一に該当する者は、10年以下の懲役に処する。
一 第19条(使用の禁止)の規定に違反した者
二 (以下略)
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
本問は、覚醒剤取締法違反を素材として、捜査及び公判に関する具体的事例を示し、各局面で生じる刑事手続上の問題点、その解決に必要な法解釈、法適用に当たって重要な具体的事実の分析及び評価並びに具体的結論に至る思考過程を論述させることにより、刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)に関する基本的学識、法適用能力及び論理的思考力を試すものである。
〔設問1〕は、甲から押収した覚醒剤の鑑定書の証拠能力を論じさせることにより、所持品検査の限界及び違法収集証拠排除法則に対する理解と具体的事案への適用能力を試すものである。
本問では、鑑定の対象となった覚醒剤は、裁判官が発付した捜索差押許可状により差し押さえられたものであり、差押手続それ自体には違法性が認められないものの、これに先行する手続において、Pは甲の承諾を得ることなく、甲所持のかばん(以下「本件かばん」という。)
のチャックを開けた上、いきなり本件かばんの中に手を差し入れて探り、注射器を取り上げていることから、この点の違法性が覚醒剤の鑑定書の証拠能力に与える影響が問題となることを適切に把握した上で、その証拠能力の有無について論じる必要がある。
まず、Pが注射器を発見した手続については、その法的性質は警察官職務執行法(以下「警職法」という。)上の職務質問及びそれに付随する所持品検査であると考えられることから、所持品検査の限界が問題となるところ、所持品検査の適法性が争われた事案に関する最高裁判所の判例(最判昭和53年6月20日刑集32巻4号670頁)や関連する警職法の条文の解釈などを意識しつつ、具体的事情を挙げて、これに適切な法的評価を加えて論じる必要がある。
次に、Pが注射器を発見した手続が違法であるとした場合には、かかる手続の違法性が覚醒剤の鑑定書の証拠能力にどのような影響を及ぼすのかという点が問題となることから、違法収集証拠排除法則についての基本的な理解及び鑑定書という派生証拠の証拠能力に関する自説を示した上、本件事例の具体的事実を適切に評価して結論を出すことが求められる。
この点については、違法収集証拠排除法則に関する最高裁判所の判例(最判昭和53年9月7日刑集32巻6号1672頁)を踏まえて、違法収集証拠が排除される根拠(適正手続の保障、司法の廉潔性の保持、将来の違法捜査の抑止)、排除の判断基準、その際に考慮される要素等を論じる必要がある。また、派生証拠の証拠能力については、違法性の承継論、毒樹の果実論、派生証拠にも端的に違法収集証拠排除法則を適用する考え方など、様々な立場があるが、いずれの立場に立つにせよ、自説及びその論拠を説得的に論じる必要があろう。
そして、こうした解釈の枠組みの下で、所持品検査の違法性の判断から覚醒剤の鑑定書の証拠能力の判断に至る過程を論じることになるが、その際には、事例中に現れた具体的事実を的確に抽出し、分析して結論を導く必要がある。そして、証拠能力を認めるか、それとも認めないかという結論はともかく、具体的事実を事例中からただ書き写して羅列するのではなく、それぞれの事実が持つ意味を的確に評価して論じなければならない。例えば、本問では、捜索差押許可状の請求に当たって、捜査報告書①及び同②が疎明資料として提出されているところ、同①には、覚醒剤の密売拠点であると疑われるアパートから出てきた人物から甲が封筒を受け取っているなど、覚醒剤を所持している可能性が高いことをうかがわせる事情が記載されている一方で、同②には、Pが本件かばんの中に手を入れて探り、書類の下から注射器を発見したことが記載されていない点につき、これらの事実がどのような意味を有するのかを丁寧に検討することが求められる。また、派生証拠の証拠能力については、自説との論理的整合性が求められており、例えば、毒樹の果実論に立つ場合には、どの証拠が一次証拠と考えられるのかに留意しながら論述する必要がある。
〔設問2〕は、いずれもビデオ撮影の適法性を問うものである。すなわち、【捜査①】では、覚醒剤の密売所の疑いのあるアパートの一室に出入りする人物と乙の同一性を確認するために、同アパートから出てきた人物が入った喫茶店において、同人の容ぼうをビデオカメラで撮影しており、【捜査②】では、乙と同アパートに出入りする人物との共犯関係、覚醒剤の搬入状況などの組織的な覚醒剤密売の実態を明らかにするために、近隣のマンションの一室から同アパートの一室の玄関ドアやその周辺を継続撮影しているところ、こうした撮影行為の適法性を問うことにより、強制処分と任意処分を区別する基準、強制捜査又は任意捜査の適否の判断方法についての理解と、その具体的事実への適用能力を試すものである。
この点に関し、写真撮影やビデオカメラによる撮影の適否が問題となった事案に関する最高裁判所の判例は、それらの撮影が強制処分に該当するか否かを明示的に判断することなく、当該事案においては令状によらずに適法にこれらを実施することが許されるとしている(最大判昭和44年12月24日刑集23巻12号1625頁、最決平成20年4月15日刑集62巻5号1398頁)。他方、最高裁判所は、「強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する」
と判示している(最決昭和51年3月16日刑集30巻2号187頁、以下「昭和51年決定」
という。)。本問においても、これらの判例や関連する刑訴法の条文の解釈などを意識しつつ、強制処分に対する規律の趣旨・根拠を踏まえながら、強制処分と任意処分とを区別する基準を論述することが求められる。
その上で、まず、【捜査①】及び【捜査②】が強制処分か否かを検討することになるが、その際には、各ビデオ撮影により侵害される権利・利益の性質を踏まえた論述が求められる。そして、これらの捜査が強制処分に至っていると評価する場合には、法定された強制処分の類型に該当するか否か等を検討する必要があろう。
他方、任意処分にとどまると評価する場合であっても、各捜査活動により何らかの権利・利益を侵害し又は侵害するおそれがあるため、無制約に許容されるものではなく、任意捜査において許容される限界内のものか否かを検討することになる。この許容性については、昭和51年決定を踏まえれば、具体的事案において、特定の捜査手段により対象者に生じ得る権利・利益の侵害の内容・程度と、同目的を達成するために当該手段を採る必要性とを比較衡量し、具体的状況の下で相当と認められるか否かを検討することになる。
本問では、こうした解釈の枠組みを適切に示した上で、本件事例の具体的状況下におけるビデオ撮影の適法性を論述することになるが、その際には、〔設問1〕と同様、事例中に現れた具体的事実を的確に抽出し、分析して結論を導く必要がある。すなわち、各ビデオ撮影の適否の結論はともかく、具体的事実を事例中からただ書き写して羅列すればよいというものではなく、それぞれの事実が持つ意味を的確に評価して論じなければならない。
【捜査①】については、喫茶店における当該ビデオ撮影により制約を受ける権利・利益の内容や性質、その制約の程度がいかなるものであるのかを明示し、アパートに出入りする人物と乙の同一性を明らかにするという捜査目的を達成するための手段として、目視や写真撮影ではなくビデオ撮影という方法を用いることの意味を踏まえた論述が求められることになる。また、
【捜査②】については、【捜査①】において制約を受ける権利・利益の内容や性質との相違、捜査目的の相違、ビデオ撮影の期間や態様の相違を意識しつつ、【捜査①】の場合と同様、制約を受ける権利・利益の内容や性質、その制約の程度がいかなるものであるのかを明示し、アパートに出入りする人物と乙との共犯関係、覚醒剤の搬入状況などの組織的な覚醒剤密売の実態を明らかにするという捜査目的を達成するための手段として、約2か月間にわたって24時間継続撮影するという方法を用いることの意味や、その際に玄関内部や奥の部屋に通じる廊下が映り込んでいたことの意味などを踏まえた論述が求められることになる。
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