司法試験 令和8年 商法
問題文
〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕から〔設問3〕までの配点の割合は、35:35:30〕)
次の文章を読んで、後記の〔設問1〕から〔設問3〕までに答えなさい。
1.甲株式会社(以下「甲社」という。)は、Aが創業した会社法上の公開会社でない取締役会設置会社かつ監査役設置会社であり、種類株式発行会社ではない。甲社の定款には、発行する全部の株式の内容として、譲渡による甲社の株式の取得について甲社の取締役会の承認を要する旨の定めがあるが、株券を発行する旨の定めはない。甲社の発行済株式総数は10万株、発行可能株式総数は30万株であり、資本金は1000万円である。
2.創業以来、甲社の代表取締役を務めていたAは、取締役を退任して経営の一線から退く際、従業員に甲社の株式の保有を認めることが甲社への帰属意識を高めることにつながり、かつ、剰余金の配当により勤労意欲の維持・向上も期待できると考え、次の①及び②を内容とする制度(以下「本件制度」という。)を設けることにした。
① 甲社の従業員は、1株100円で、Aから甲社の株式を譲り受けることができる。
② 甲社の従業員が退職する際には、①に基づき譲り受けた甲社の株式をAが1株100円で買い戻す。
甲社の取締役を退任したAから本件制度の構想を示された甲社の取締役会は、本件制度に賛同し、甲社は、社内報を通じて本件制度を甲社の従業員に周知すること、Aと甲社の従業員の間で行われる甲社の株式の譲渡及び買戻しに際して必要となる手続を迅速に行うことをAに約束した。
3.甲社の従業員であるBは、社内報で本件制度の存在を知り、Aに対して甲社の株式1000株を譲り受けたいと申し出た。 Aは、Bに次の①から⑥までの事項が記載された書面(以下「本件書面」という。)を交付し、甲社の株式を譲り受けるためには本件書面の内容についてAと合意し、本件書面の定める手続に従わなければならないと説明した。
① 本件制度の目的は、従業員の甲社への帰属意識を高め、かつ、その勤労意欲の維持・向上を図ることである。
② Bが本件制度に基づき1株100円で甲社の株式を譲り受けるためには、本件書面の内容に同意し、「本件書面の内容に同意します。」と自署して署名をした上で、本件書面をAに提出しなければならない。
③ Bは、甲社からの退職を停止条件として、本件制度に基づき譲り受けた甲社の株式をAに1株100円で譲り渡す。
④ Bは、本件制度に基づき譲り受けた甲社の株式の譲渡を希望する場合には、Aに1株100円で譲り渡し、A以外の者に譲り渡すことはしない。
⑤ Bは、本件書面に付属している様式を利用して、「Bは、Aと共同して、AがBから甲社の株式を譲り受けることを甲社は承認すること、AがBから譲渡により取得した甲社の株式について株主名簿の名義をBからAに書き換えることを甲社に請求する。」旨が記載された「譲渡承認・株主名簿名義書換請求書」(以下「本件請求書」という。)を作成し、署名を
した上で、本件書面と同時にAに提出しなければならない。
⑥ Bは、Aが、Bの署名済みの本件書面及び本件請求書を甲社に提示して、③又は④に基づきAがBから買い戻す甲社の株式について、甲社に譲渡承認請求及び株主名簿の名義書換請求をすることに同意する。
4.Bが、本件書面の内容についてAと合意(以下「本件合意」という。)をした上で、署名済みの本件書面及び本件請求書をAに提出したため、Aは、Bに甲社の株式1000株(以下「本件株式」という。)を譲り渡した。BがAからの譲渡により本件株式を取得することは甲社の取締役会により承認され、Bを株主として株主名簿の名義書換がされた。
5.5年後、Bは転職することにし、甲社を退職した直後、Cとの間で、本件株式を1株1000円でCに譲渡すること(以下「本件譲渡」という。)を合意した。Bは、令和2年8月3日、甲社に対し、本件譲渡を承認すること、及び本件譲渡を承認しない場合には甲社又は甲社の指定する買取人が本件株式を買い取ることを請求した。甲社の取締役会は、同月10日、本件譲渡を承認しないことを決議し、甲社は、同日、Bに対してその旨の通知をしたが、甲社又は甲社の指定する買取人が本件株式を買い取るかについては、Bに対して何らの通知もしなかった。
6.B及びCは、令和2年10月1日、甲社に対し、Cが本件譲渡により本件株式を取得したとして、株主名簿の名義書換請求(以下「本件請求」という。)をした。甲社は、同日、Aに対して本件請求があったことを連絡するとともに、Aが本件株式の買戻しを取りやめたのかを問い合わせた。これに対してAは、Bの退職を知らなかったことを伝えた上で、本件請求を拒絶することを甲社に要請した。甲社は、Aに対し、Aの要請に従うことを伝えるとともに、Bには本件請求に応じるか否かを同月6日に返答すると伝えてあるので、その前日までに、Aが本件株式をBから買い戻すことについての譲渡承認請求及び株主名簿の名義書換請求をしてほしいと回答した。
7.Aは、令和2年10月5日、甲社に対し、本件書面及び本件請求書を提示した上で、本件合意に基づくBからの譲渡により本件株式を取得したこと(以下「本件取得」という。)の承認を請求した。甲社の取締役会は、同日、本件取得を承認することを決議し、A及びBに対してその旨の通知をした。Aは、翌6日、甲社に対し、本件書面及び本件請求書を提示した上で株主名簿の名義書換請求をし、甲社は、本件取得を理由として株主名簿の名義書換をした。
8.甲社は、令和2年10月6日、Bからの名義書換手続の進捗についての問合せに対して、本件株式の株主はAであり、既に株主名簿の名義書換をしていることを理由に、本件請求に応じることはできないと回答した。その回答を知ったCは、甲社及びAを被告として、自らが本件株式の株主であることの確認を求める訴え(以下「本件訴え」という。)を提起した。
9.なお、Bが本件株式を取得した当時、甲社の株式の価値は、いずれの評価方法によっても、1株100円を超えることはなかった。その後、甲社の株式の価値がBによる本件株式の取得時の値を下回ることが明らかな時期もあったが、本件譲渡の3か月前に甲社が発表した新製品が業界で高く評価され、本件譲渡の直前の時期に、甲社は投資会社を引受人として1株1000円を払込金額とする募集株式の発行により資金調達を行っていた。また、甲社は、毎年、1株当たり10円の剰余金の配当をしていた。さらに、Aは、この間、甲社の従業員が本件制度に基づき譲り受けた甲社の株式の売却を希望する場合には、1株100円で買い戻していた。
〔設問1〕
下記の小問に答えなさい。
〔小問1〕
Cは、本件訴えにおいて、本件取得自体を争いたいと考えている。Cの立場において考えられる主張及びその主張の当否について、論じなさい。
〔小問2〕
本件訴えに係る請求は認められるか、本件取得が認められると仮定した上で、論じなさい。
下記 10 から 14 までにおいては、上記2から9までの事実は存在しないことを前提として、
〔設問2〕に答えなさい。
10.甲社は、令和6年 8 月頃、新たに乙株式会社(以下「乙社」という。)と取引を開始しようとしたが、乙社は最低でも資本金が5000万円ある会社とでないと新規の取引をしないとの噂があった。甲社の代表取締役であるDは、乙社に取引を申し込む前に甲社の増資をしようと考え、取引先である丙株式会社(以下「丙社」という。)に5000万円の増資を引き受けてくれるよう申し入れたが、丙社は、財務状況が芳しくなく、5000万円を用意することは難しいと回答した。
11.Dは、乙社との取引を開始するため、何としても増資が成功したことにしたいと考え、丙社及びDの友人が経営する丁株式会社(以下「丁社」という。)に懇請し、次の①から③までについて甲社、丙社及び丁社で合意した上で、甲社が丙社に対して第三者割当ての方法によって募集株式の発行(以下「本件募集株式発行」という。)をすることで5000万円の増資を行うことを計画した。
① 甲社は丁社に対して5000万円の融資(以下「本件融資①」という。)をし、丁社はこれによって得た5000万円を丙社に対して融資(以下「本件融資②」という。)をする。
② 丙社は、本件融資②によって得た5000万円で、本件募集株式発行における払込みを行う。
③ 丁社が丙社から本件融資②による貸付金の返済を受けない限り、甲社は丁社に対して本件融資①による貸付金の返済を求めない。
12.甲社は、本件融資①及び本件募集株式発行について取締役会で承認した上で、令和6年10月1日に開催された甲社の臨時株主総会において、募集株式の数を5万株、募集株式の払込金額を1株1000円、払込期日を同月15日、払込金額全額(5000万円)を資本金とすることなど、本件募集株式発行に係る募集事項を特別決議によって決議した。なお、1株当たりの払込金額1000円は、特に有利な金額ではない。
本件融資①及び本件融資②は、それぞれ上記 11 のスキームに沿って実行され、丙社は、払込期日である令和6年10月15日、甲社に5000万円を払い込んだ。
その後、丙社の財務状況には変化はなく、本件融資②の返済はされておらず、当面その見込みもない。また、丁社は、本件融資②についての返済を丙社に求めていない。
13.ところで、丙社と丁社の間には本件融資②以外にも取引があり、丙社は、丁社に対し、本件
融資②に基づく債務とは別に、5000万円の買掛金債務を負っていた。
丙社は、当該買掛金債務の弁済の見込みがないことから、令和7年3月、代物弁済として、本件募集株式発行によって取得した甲社の株式5万株を丁社に譲渡することについて、丁社と合意した。丙社及び丁社は、同月10日、丙社の保有する甲社の株式5万株を丁社に譲渡することの承認を甲社に請求し、甲社の取締役会は、同月19日、これを承認して株主名簿の名義書換をした。
14.令和7年6月30日、甲社の定時株主総会が開催された。この定時株主総会では、丁社を含む、基準日時点の甲社の株主名簿上の株主全員に招集通知が送付され、全員が出席の上、Dを含む甲社の現任の取締役全員を再任する議案が総議決権(15万議決権)の60%(9万議決権)の賛成により可決された(以下「本件定時株主総会決議」という。)。なお、本件定時株主総会決議においては丁社も賛成の議決権を行使していた。
〔設問2〕
令和元年から甲社の株式を保有する株主であるEは、令和7年7月1日、上記10から14までの事実を知った。
下記の小問に答えなさい。
〔小問1〕
Eは、丁社が甲社の株主としての地位を有していることに不満を持ち、本件募集株式発行の効力を否定したいと考えた。Eは、どのような訴えを提起し、どのような主張をすることが考えられるか。また、その主張の当否について、論じなさい。
〔小問2〕
Eは、本件定時株主総会決議の効力を否定するために、どのような訴えを提起し、どのような主張をすることが考えられるか。また、その主張の当否について、論じなさい。
下記 15 から 19 までにおいては、上記2から 14 までの事実は存在しないことを前提として、
〔設問3〕に答えなさい。
15.甲社の取締役は、F、G、H、I及びJ(以下、Fを除く4名を「Gら」という。)の5名であり、いずれも令和5年6月30日に開催された甲社の定時株主総会において取締役に再任された。なお、甲社の定款に取締役の員数及び任期に関する特段の定めはない。Fの取締役としての報酬は、月額100万円とされていた。
Gは、Aの長男であり、甲社の代表取締役を務めている。甲社の株式は、Aが3万株、Gが1万株を保有するほか、F、H、I及びJがそれぞれ4000株ずつを保有し、その余は甲社の従業員や取引先等の計15名が保有していた。
16.Fは、令和6年8月頃、病気により長期の療養が必要となったことから、出社することが難しくなり、取締役会にもほとんど出席できない状態になった。そのため、同年12月に開催された甲社の取締役会において、令和7年1月31日に甲社の臨時株主総会を開催してFを取締役から解任する旨の議案を提出することが適法に決議された。Gは、甲社の総務部の担当者に、
臨時株主総会を開催するので、招集手続など事務的な準備をするように指示した。
17.令和7年1月31日、甲社の臨時株主総会(以下「本件臨時株主総会①」という。)が開催された。本件臨時株主総会①では、A及びGらが出席し、その他の株主は出席しなかったが、定足数を満たしていることが確認された後、Fを取締役から解任する旨の議案が出席株主全員の賛成により可決された。甲社は、同日、Fに取締役を解任された旨を通知し、同年2月分以後、Fに対して取締役の報酬を支払っていない。
18.その後、本件臨時株主総会①については、甲社の総務部の担当者のミスにより、株主に対する招集通知が一切発出されていなかったことが判明した。Gらは、本件臨時株主総会①の開催を決定した取締役会に出席していたことから、Aは長男であるGから本件臨時株主総会①の開催を知らされていたことから、それぞれ招集通知が発出されずとも本件臨時株主総会①に出席することができたが、招集通知について意識しておらず、それが送付されていなかったことにも気付いていなかった。
19.甲社は、改めて臨時株主総会(以下「本件臨時株主総会②」という。)を開催し、Fの解任を追認する決議をすることとした。本件臨時株主総会②は、令和7年4月30日に適法に開催され、本件臨時株主総会①におけるFの取締役解任決議を追認する旨の議案が、定足数を満たした上で賛成多数により可決された。なお、その後、同年6月30日には甲社の定時株主総会が適法に開催されたが、Fを取締役に選任する決議はされていない。
〔設問3〕
Fは、令和7年7月になって上記 18 及び 19 の事実を知り、甲社に対し、同年2月分以後任期満了までの取締役報酬額に相当する500万円の支払を請求した。Fの立場において考えられる主張及びその主張の当否について、論じなさい。
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