司法試験 令和7年 民法
問題文
〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕及び〔設問2〕の配点は、55:45〕)
次の各文章を読んで、後記の〔設問1⑴・⑵・⑶〕及び〔設問2〕に答えなさい。
なお、解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、令和7年1月1日現在において施行されている法令に基づいて答えなさい。
【事実Ⅰ-1】
1.Aは、設備工事業を営むBの従業員である。また、Bは、業務用トラック(以下「甲車」という。)を所有している。
2.令和5年2月10日、Aが、Bの業務として、甲車を運転して片側2車線の道路を走行していたところ、同一方向の隣の車線を走行していたCの運転する乗用車(以下「乙車」という。)が急に車線を変更して甲車の直前に割り込んできた。Aは、急ブレーキを踏み辛うじて追突を回避することができたが、クラクションを鳴らし続けてCに抗議した。
これに腹を立てたCが、信号待ちで両車が停止した際、乙車を降りて甲車に近づき、「何度も鳴らすな。しつこいぞ。」と怒鳴りつけたところ、Aも甲車を降りて口論となった。口論中にCから執拗に挑発を受けたAは、甲車の荷台から取り出した工具を振り回しながらCに向かって行った(以下「本件威嚇行為」という。)。
Aから逃れようとして慌てて乙車に乗り込んでこれを急発進させたCは、ハンドル操作を誤って勢いよく縁石に乗り上げ、乙車を横転させてしまった(以下「本件事故」という。)。本件事故により、Cに怪我はなかったが、乙車に同乗していたCの配偶者Dが重傷(以下「本件負傷」という。)を負って入院した。本件事故についてのAとCとの過失割合は、Aが2割で、Cが8割である。
3.Dは、令和5年3月末に退院した。
【事実Ⅰ-2】
前記【事実Ⅰ-1】(1から3まで)に続いて、以下の事実があった。
4.本件事故以前、CD夫婦は、同居して生計を一にしていた。しかし、Dの入院をきっかけに夫婦仲は険悪となり、令和5年8月以降、CとDとは、生計を分けて別居し、離婚に向けた協議を開始した。令和6年4月上旬には、CとDとは、離婚をすることに合意し、その条件の詳細を詰めている段階にあった。
5.令和6年4月10日、Dは、Bに対し、「㋐Bには本件負傷について損害賠償責任がある。」
と主張して、本件負傷についての損害賠償を請求した(以下「請求1」という。)。これに対して、Bは、「仮にDの主張が正当であるとしても、㋑乙車の側にも本件事故の責任があるので、賠償額が減額されるべきである。」と反論した。
〔設問1⑴〕
【事実Ⅰ-1】及び【事実Ⅰ-2】(1から5まで)を前提として、次のア及びイの問いに答えなさい。
ア 下線部㋐の主張について、その根拠を説明した上で、その当否を論じなさい。なお、Aは、本件威嚇行為による本件負傷について不法行為による損害賠償責任を負うものとする。また、自動車損害賠償保障法第3条の規定に基づく責任については、考慮しないものとする。
イ 下線部㋑の反論について、その根拠を説明した上で、その当否を論じなさい。
【事実Ⅰ-3】
前記【事実Ⅰ-1】及び【事実Ⅰ-2】(1から5まで)に続いて、以下の事実があった。
6.令和6年5月10日、Cは、本件事故以前からの持病である心疾患により死亡した。Cは、遺言をしておらず、また、Cの唯一の相続人であるDは、単純承認をした。
7.【事実Ⅰ-3】6の事実を知ったBは、請求1に対して、さらに、「仮にBがDに対し本件負傷についての損害賠償債務を負うとしても、㋒DがCについて相続をした結果、当該損害賠償債務は、消滅したはずである。」と反論した。
〔設問1⑵〕
【事実Ⅰ-1】から【事実Ⅰ-3】まで(1から7まで)を前提として、次のア及びイの問いに答えなさい。なお、下線部㋑の反論の当否にかかわらず、下線部㋑の反論による賠償額の減額はされないものとして考えなさい。
ア 下線部㋒の反論について、その根拠を説明した上で、その当否を論じなさい。
イ アにおける下線部㋒の反論の当否の結論を前提として、BとDとの間での求償を通して、本件負傷による損害をBとDとが両者の間で最終的にどのように負担することになるかを論じなさい。
【事実Ⅰ-4】
前記【事実Ⅰ-1】(1から3まで)に続いて、以下の事実があった。前記【事実Ⅰ-2】及び
【事実Ⅰ-3】(4から7まで)は存在しなかったものとする。
8.【事実Ⅰ-1】3のDの退院後、BとDとは、本件負傷についての和解交渉を始め、令和6年4月10日、Bは、Dに対し、本件負傷に係る損害賠償債務の額を150万円とする和解案を提示した。Dは、その案を拒み、Bに対し、本件負傷に係る損害賠償債務の額を250万円として、これを直ちに支払うよう請求した。同月14日、Dは、知人から「弁護士の資格はないが、和解交渉の経験が豊富で信頼することができる。」として紹介されたEに対し、Dを代理してBと和解をすることを報酬10万円で委任した。
9.令和6年7月10日、Eは、Dを代理して、Bとの間で、「Bは、Dに対し、令和7年1月10日までに、本件負傷に係る損害賠償金200万円を支払う。本件負傷についての損害に関し、DとBとの間には、これ以外に一切の債権債務がないことを確認する。」という内容の和解契約(以下「本件和解」という。)を締結した。
弁護士の資格を有していないEがDを代理して本件和解をしたことは、弁護士法第72条の規定に違反するものであった。
10.令和6年11月10日、Bは、Eが弁護士の資格を有しないことを知った。
11.令和7年1月10日、Dは、Bに対し、本件和解に基づき200万円を支払うよう請求した。
これに対し、Bは、「㋓EがDを代理して本件和解をしたことは弁護士法第72条に違反するので、Dの請求は認められない。」と反論した。
〔設問1⑶〕
【事実Ⅰ-1】及び【事実Ⅰ-4】(1から3まで及び8から11まで)を前提として、下線部㋓の反論について、その根拠を説明した上で、その当否を論じなさい。
なお、「弁護士法72条の趣旨は、弁護士の資格のない者が、自らの利益のため、みだりに他人の法律事件に介入することを業とすることを放置するときは、当事者その他の関係人らの利益を損ね、法律事務に係る社会生活の公正かつ円滑な営みを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、かかる行為を禁止するものと解されるところ」、「同条に違反する行為に対しては、これを処罰の対象とする(同法77条3号)ことによって、同法72条による禁止の実効性を保障することとされている。」と述べる最高裁判所第一小法廷平成29年7月24日判決(最高裁判所民事判例集71巻6号969頁)がある。
(参照条文)弁護士法(昭和8年法律第53号)
(非弁護士との提携等の罪)
第77条 次の各号のいずれかに該当する者は、2年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する。
一、二 (略)
三 第72条の規定に違反した者
四 (略)
【事実Ⅱ】
1.令和7年3月10日、婚姻中である父Aと母Bとの子C(17歳)は、A及びBに何ら相談することなく、B方の伯父Dとの間で、Cが所有する絵画甲とDが所有する絵画乙とを交換する旨の契約(以下「契約①」という。)を締結した。同日、Cは、Dの指示する場所へと甲を搬入し、Dは、Cの指示する場所へと乙を搬入した。
2.令和7年3月11日、A及びBは、【事実Ⅱ】1の事実を知った。Bは、Cが乙を手に入れているからBとしては契約①を取り消すつもりはない旨をAに伝えた。しかし、Aは、Cが甲を手放したことは問題であると考えていた。
3.令和7年3月13日、Aは、Bに無断で、A及びBの名義で、Dに対し、契約①を取り消す旨を伝え、Cにもそのことを伝えた。Dは、この取消しは、AがBの許諾を得てしたものであると考えた。また、同日、Aは、Dに対し、甲をCに返還するように伝えた。
4.令和7年3月15日、Cは、18歳となった。
5.令和7年3月17日、Dは、Cの指示する場所へと甲を搬入した。他方で、同日、Cは、Dとの間で、Cが乙を以後Dのために占有することを合意した。
6.令和7年3月21日、Cは、Eとの間で、乙がCの所有物であるとして、乙を代金25万円で売る旨の契約(以下「契約②」という。)を締結した。同日、契約②の代金25万円がEからCへと支払われた。同日、Cは、Eとの間で、Cが乙を以後Eのために占有することを合意した。Eは、Cが乙の所有者であると過失なく信じていた。
7.令和7年3月24日、Eは、Fとの間で、乙がEの所有物であるとして、乙を代金30万円で売る旨の契約(以下「契約③」という。)を締結した。同日、契約③の代金30万円がFからEへと支払われた。同日、Eは、Cに対して、以後Fのために乙を占有することを命じ、Fがこれを承諾した。Fは、Eが乙の所有者であると過失なく信じていた。
8.令和7年3月28日、Fは、Gとの間で、乙がFの所有物であるとして、乙を代金35万円で売る旨の契約(以下「契約④」という。)を締結した。同日、契約④の代金35万円がGからFへと支払われた。同日、Cは、Fからの依頼を受け、Gの指示する場所へと乙を搬入した。
F及びGは、Fが乙の所有者であると過失なく信じていた。
9.令和7年3月31日、Dは、Cのところに乙を引き取りに行ったものの、乙が見当たらなかった。同日、【事実Ⅱ】6から8までの経緯を知ったDは、Fに対し、35万円を支払うよう請求した(以下「請求2」という。)。
〔設問2〕
【事実Ⅱ】(1から9まで)を前提として、次のア及びイの問いに答えなさい。
ア 契約①の締結前にDに属していた乙の所有権は、どのような過程を経て、現在、誰に属するかを論じなさい。
イ 仮にDが令和7年3月28日に乙の所有権を再度失ったものとして、請求2の全部又は一部が認められるかを論じなさい。なお、乙の適正価額は30万円であって、その変動はなかったものとする。また、乙の使用利益の返還については、考慮しないものとする。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
1 設問1について
⑴ 設問1⑴は、事業執行に関連して行われた威嚇行為に起因する自動車事故によって同乗者が負傷した事例に基づき、使用者責任の成否とともに、自動車を運転していた配偶者の過失による過失相殺の可否についての検討を求めるものである。
設問1⑵は、同一の損害について複数の加害者が損害賠償債務を負い、そのうちの一人の賠償債務について混同が生じた事例に基づき、混同が他の賠償債務に及ぼす影響とともに、賠償債務者相互の間での求償関係についての検討を求めるものである。
設問1⑶は、無資格者が委任者を代理して和解契約を締結したことが弁護士法第72条の規定に違反する事例に基づき、取締規定(取締法規)違反の契約の効力についての検討を求めるものである。
⑵ 設問1⑴アでは、Dは、下線部㋐において、Aの本件威嚇行為による本件負傷についてBの使用者責任が成立することを主張している。使用者責任の要件(民法第715条第1項)を、順次、検討することが求められる。
ア まず、被用者の不法行為の要件については、設問上、Aは本件威嚇行為による本件負傷について不法行為による損害賠償責任を負うものとされている。また、AはBの従業員であるので、使用関係要件も満たす。
イ 問題となるのは、事業執行性要件である。本件威嚇行為は、職務の執行行為そのものに属するものではないが、「事業の執行について」 されたといえるのか。判例を踏まえた検討が求められる。
判例は、被用者による職務権限の逸脱・濫用行為が問題となる事件類型では、 「行為の外形から観察して、恰も被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合」
にも事業執行性が認められるとする(最判昭和36年6月9日民集15巻6号1546頁、最判昭和37年11月8日民集16巻11号2255頁ほか) 。他方、被用者による暴行が問題となった事件類型では、「事業の執行行為を契機とし、これと密接な関連を有すると認められる行為」に該当する場合に、事業執行性要件を満たすとする(最判昭和44年11月18日民集23巻11号2079頁、最判昭和46年6月22日民集25巻4号566頁)。
Aによる本件威嚇行為は、暴行に準ずるものであり、執行行為契機性・密接関連性の基準が妥当する後者の事件類型に該当する。Aは、業務のため自動車を運転中に他の自動車の運転者と口論となり、口論中に挑発されて本件威嚇行為に出たものであるから、上記基準を満たし、業務執行性が肯定される。
ウ 結論として、本件負傷についてはBの使用者責任が成立するものと考えられる。
⑶ 設問1⑴イでは、Bは、下線部㋑の反論において、本件事故の発生についてのCの過失による過失相殺を主張しているものと解される。
ア Cの過失は、被害者Dの過失ではないことから、まずは、第三者の過失によっても過失相殺が認められるかを検討しなければならない。
判例は、民法第722条第2項の「過失」は、「被害者側の過失」を包含する趣旨であり、「被害者と身分上ない しは生活関係上一体を なすとみられるような関係にある者の過失」がこれに該当するとする(最判昭和42年6月27日民集21巻6号1507頁)。「被害者側の過失」による過失相殺が認められる事件類型には、いくつかのものがあるが、配偶者が運転する自動車に同乗していた者が第三者の運転する自動車との衝突により負傷した場合に、配偶者の過失が「被害者側の過失」とされる類型も、その一つである(最判昭和51年3月25日民集30巻2号160頁) 。この類型での被害者側の過失による過失相殺の合理性については、求償関係の一挙解決及び紛争の一回的処理がいわれる(前掲・最判昭和51年3月25日)。
設例では、Dの配偶者Cにハンドル操作のミスがあったことから、上記の事件類型に該当し、Dの損害賠償請求につき、Cの過失による過失相殺が認められ得る。
イ もっとも、判例は、同乗被害者の配偶者の過失について、 「夫婦の婚姻関係が既に破錠にひんしているなど特段の事情」がある場合には過失相殺が認められないとする(前掲・最判昭和51年3月25日)。設例では、この例外 に該当しないかについても検討が求められる。
例外該当性の検討に当たっては、どの時点において「特段の事情」が存在すべきであるのかが問題となる。この点については、被害者側の過失が結果発生に競合する時点である不法行為時を基準とする立場と、求償関係の一挙解決の要請が現実化する時点である損害賠償請求時を基準とする立場とが、考えられる。CD間の婚姻関係は、本件事故の発生時には円満であったが、その後、請求時までに破綻しているから、いずれの立場をとるかによって、前記の例外に該当するか否かの判断が異なることになる。
⑷ 設問1⑵アでは、Bは、下線部㋒において、Cの損害賠償債務に生じた混同の効力によってBの損害賠償債務が消滅することを主張しており、また、設問1⑵イでは、賠償債務者BC(BD)の間での求償関係が問われている。
ア これらの点を検討する前提として、まずは、CとBの債務が連帯債務の関係にあり民法の連帯債務の規定が適用されるのかについて考察することが必要である。
本件負傷によりDに生じた損害については、Bが使用者責任に基づく損害賠償債務を負うとともに、Cも不法行為による損害賠償債務を負う。民法第719条第1項及び第436条の文言からは、共同不法行為の場合は連帯債務となり、同一の損害について複数の者が損害賠償債務を負う場合全般について同様のことがいえそうである。
しかし、平成29年法律第44号による改正(以下「平成29年改正」という。 )前の民法の下で、判例は、同一の損害について複数の者が損害賠償債務を負う場合を不真正連帯債務とし、民法の連帯債務の規定のいくつかにつき、その適用を排除していた(最判昭和45年4月21日集民99号89頁、最判昭和48年1月30日集民108号119頁、最判昭和57年3月4日集民135号269頁など)。
この点に関しては、現行法の下でもなお連帯債務の規定の適用が排除されるべきであるのかも、問われ得る。平成29年改正によって絶対的効力事由に関する規律が大幅な見直しを受けたことにより、連帯債務の規定は、これまで不真正連帯債務とされてきた場合への適用に支障がなくなったともいわれる。他方で、設問1⑵ア・イとの関係で問題となるのは、次述のとおり、平成29年改正において変更されなかった連帯債務の規定であって、同改正前における判例が不真正連帯債務への適用を排除していたものであることにも、留意しなければならない。
そのため、CとBの損害賠償債務が連帯債務の関係にあり連帯債務の当該規律が適用されるか否かについては、両論が成り立ち得る。いずれかの見解を、その根拠とともに述べることが望まれる。
イ 次に、賠償債務者の一人の賠償債務に生じた混同の影響や、賠償債務者相互の間での求償関係について、前記アでの検討を基礎においた検討が求められる。
(ア) CとBの損害賠償債務が連帯債務の関係にあり民法第440条及び第442条の規定が適用されるとみる立場からは、設例では、DがCについて単独相続をしたことにより、Cの損害賠償債務について混同が生ずる(民法第520条) 。連帯債務者Cの債務に生じた混同は、他の連帯債務者Bにも効力を及ぼし、Bの損害賠償債務が全部消滅する(民法第440条)。Bによる下線部㋒の主張は、このことを主張するものである。
この場合に、 BD間では、 DのBに対する求償権 (民法第442条) が問題となる。
混同が生じた連帯債務者C(D)は、その損害賠償債務を全額弁済したものとみなされる(民法第440条)から、他の連帯債務者Bに対し、Bの負担部分に応じた額の求償権を取得する。
本件事故についてのAとCの過失割合は2対8であるから、Aの使用者であるBとC(D)の間での責任割合も2対8となり、Dの求償権の額は、損害賠償債務の額の2割となる。
(イ) これと対極的な立場として、CとBの損害賠償債務を不真正連帯の関係にあると解して民法第440条の規定の適用を排除する見解も考えられる。平成29年改正前の民法の下で、判例は、不真正連帯債務には、混同の絶対的効力を定める民法の規定が適用されないとしていた(前掲・最判昭和48年1月30日)。これに従えば、Cの損害賠償債務に混同が生じた場合にも、Bの損害賠償債務は特に影響を受けず、そのまま存続することになる。
この場合に、BD間では、BがDに対しその損害賠償債務を履行したときに、BからDに対する求償が問題となる。平成29年改正前の民法の下で、判例は、不真正連帯債務においては、連帯債務におけると異なり、加害者が自己の負担部分を超えて被害者に損害を賠償したことが求償権の要件となるとしていた(最判昭和63年7月1日民集42巻6号451頁)。これに従えば、Bは、Dに対する損害賠償債務の額の2割を超えて弁済した場合に、その超える部分につき、Dに対する求償権を取得する。
⑸ 設問1⑶では、Bは、下線部㋓の反論において、弁護士法第72条の規定に違反してされた本件和解は無効であると主張している。同条はいわゆる非弁行為を禁じる取締規定に当たり、本件和解に関しては、取締規定違反の契約の効力についての検討が求められる。
ア 取締規定違反の契約が無効となるかは、①取締規定の目的に照らして契約の効力を否定することが要請されるか、また他方で、②契約の効力を否定することによって取引の安全や当事者間の信義・公平が害されないかを、総合的に考慮して判断される。無効とする場合の法律構成は、強行規定違反(民法第91条参照)又は公序良俗違反(民法第90条)による。
イ Eは、弁護士法第72条の規定に違反して、Dとの間で委任契約を締結し、また、Dを代理してBとの間で本件和解を締結している。同条による禁止の目的を達するためには、無資格者がした委任契約は無効とされるべきであるが(最判昭和38年6月13日民集17巻5号744頁参照)、委任者を代理して した和解契約の効力まで否定する必要はない。かえって、和解契約の効力を否定する場合には、紛争が解決されたものと理解している当事者の利益を害するおそれがある。設例におけるBが弁護士法違反を口実に本件和解の無効を主張することは、当事者間における信義・公平に反しよう。
設問に引用した判決も、認定司法書士が委任者を代理して和解契約を締結することが弁護士法第72条に違反する場合につき、当該和解契約は、その内容及び締結に至る経緯等に照らし、公序良俗違反の性質を帯びるに至るような特段の事情がない限り、無効とはならないとしている(最判平成29年7月24日民集71巻6号969頁)。
ウ 結論として、本件和解は無効とならず、Bは、反論㋓によりDの請求を拒むことができないと考えられる。
以上と異なり、前記判決(前掲・最判平成29年7月24日)の射程が及ぶ範囲についての検討に基づき、本件和解は無効であるとする立論も、考えられる。
2 設問2について
⑴ 設問2は、未成年者がした動産の交換契約が取り消された後に、当該動産が他に売却されて転売が重ねられた事例に基づき、問のアにおいて、父母の一方が共同の名義でした取消しの意思表示の効力並びに占有改定及び指図による占有移転に基づく即時取得の成否等に関する検討を求め、また、問のイにおいては、転売主に対する不当利得(侵害利得)返還請求について、当該転売主がした転売に係る適正価額を上回る代金相当額の請求の可否及び転売主が原売主に対して支払った代金額の控除の可否に関する検討を求めるものである。
⑵ 設問2のアでは、契約①とその取消し、契約②、契約③及び契約④の各段階において乙の所有権がどのように変動したかを順次、検討することが求められる。
ア もともとDに属していた乙の所有権は、契約①に基づき、DからCに移転した(民法
第176条)。
しかし、その後、Aが契約①を取り消す旨の意思表示をした。そのため、当該意思表示の効力いかんについて検討する必要がある。
Cは、契約①を締結した時点では未成年であり(民法第4条) 、かつ、契約①の締結に関して法定代理人であるA及びB(民法第818条第1項、第824条本文)の各同意(民法第5条第1項本文、第818条第3項本文)を得ていなかった。そのため、AとBとは、契約①を取り消すことができる(民法第5条第2項、第120条第1項) 。
契約①を取り消すには、A及びBは、共同して取消しの意思表示をしなければならない(民法第818条第3項本文)。しかし、Aは、Bに 無断で、契約①を取り消す旨の意思表示をしており、しかも、Bには契約①を取り消す意思はなかった( 【事実Ⅱ】2及び3)。もっとも、Aによる取消しの意 思表示(法律行為)は、Bとの共同の名義でされたものであり、かつ、Dは、当該法律行為がBの意思に反することを知らなかった
(【事実Ⅱ】3)。それゆえ、契約①の取消しは、その効力を妨げられない(民法第825条)。
したがって、契約①は、遡及的に無効となり(民法第121条) 、DからCへの乙の所有権の移転も遡ってその効力を失う。
イ その後、 令和7年3月21日に、 Eは、 Cとの間で、 乙を買う旨の契約②を締結した。
Eは、Dとの関係において、取消後の第三者に当たる。しかし、Dは、同月17日、Cから占有改定(民法第183条)の方法によって乙の引渡しを受け( 【事実Ⅱ】5)、取消しによる乙の所有権の回復(CからDへの復帰的物権変動)について対抗要件(民法第178条)を備えていた。その結果、Dによる乙の所有権の回復が確定し、Cは、乙に関して無権利者となった。そのため、Eは、契約②に基づき、乙の所有権をCから承継取得することができない。
ウ それゆえ、 Eによる乙の所有権の取得の可否については、 即時取得 (民法第192条)
の成否を検討しなければならない。特に、Eは、占有改定の方法によってCから乙の引渡しを受けた(【事実Ⅱ】6)にとどまるため 、占有改定に基づく即時取得の成否が問題となる。
この問題について、判例(最判昭和35年2月11日民集14巻2号168頁)は、「無権利者から動産の譲渡を受けた場合において、譲受人が民法192条によりその所有権を取得しうるためには、一般外観上従来の占有状態に変更を生ずるがごとき占有を取得することを要し、かかる状態に一般外観上変更を来たさないいわゆる占有改定の方法による取得をもつては足らない」と説示する。この判例によれば、Eは、乙の所有権を即時取得しないものと考えられる。
エ Eが乙の所有権を即時取得しないとすると、Eとの間で契約③を締結したFもまた、当該契約に基づき、乙の所有権をEから承継取得することができない。
それゆえ、Fによる乙の所有権の取得の可否についても、乙の所有権の即時取得の成否を検討しなければならない。特に、Fは、指図による占有移転(民法第184条)の方法によってEから乙の引渡しを受けた(【事実Ⅱ】7)にとどまるため、指図による占有移転に基づく即時取得の成否が問題となる。
判例には、指図による占有移転に基づく即時取得の成立を肯定するもの(最判昭和57年9月7日民集36巻8号1527頁)とこれを否定するもの(大判昭和8年2月13日新聞3520号11頁)とがあり、このような結論の相違は、各判例がそれぞれの判断の基礎とした事案の特徴の違いに由来するものと一般に理解されている。
とりわけ、即時取得の成立を否定した後者の判例は、Pが、Qから預かり現に占有しているQ所有の動産を、Qに無断でRに売り、占有改定の方法によって当該動産をRに引き渡した後、RがそれをSに転売した上で、Pに対して、以後、その動産をSのために占有することを命じ、 Sがこれを承諾した、 との事案に関するものである。 すなわち、この事案では、動産の占有はPの下から一度も動いておらず、その点において、当該事案は、占有改定による即時取得の成否が問題となる事案と特徴を同じくする。
そして、本問の事案(乙の占有をめぐるC、E及びFの関係)も、まさしく上述の事案と同じものである。したがって、判例の立場によれば、Fは、乙の所有権を即時取得しないものと考えられる。
オ Fが乙の所有権を即時取得しないとすると、Fとの間で契約④を締結したGもまた、当該契約に基づき、乙の所有権をFから承継取得することができない。
しかし、Gは、Fが乙の所有者であると過失なく信じた上で、契約④という取引行為に基づき、乙の現実の引渡し(民法第182条1項)を受けた( 【事実Ⅱ】8)。そのため、Gは、乙の所有権を即時取得する。
⑶ 設問2のイでは、Dは、請求2として、Fに対し、不当利得返還請求権に基づき、35万円の金銭の支払を求めているものと解される。
ア まず、DのFに対する不当利得返還請求権(いわゆる侵害利得返還請求権)の成否について論じなければならない。
前記⑵オのとおり、FのGに対する乙の処分は、即時取得の成立要件を全て充足する。
その結果、Fは、本来であれば乙の所有者であるDのみが享受することを許される「乙を処分すること」という利益を受け(Fによる受益)、その反面において、Dは、当該利益を失うという損失を被る(Dの損失及び受益と損失との因果関係) 。さらに、Fには乙の処分権限がないため、Fが当該利益を受けたことについて、法律上の原因も存在しない。
それゆえ、Dは、Fに対して、不当利得返還請求権を取得する。
イ 次に、DがFに対して不当利得としてその返還を請求し得る利益の内容及びその額について検討する必要がある。
(ア) 不当利得を受けた者(受益者)は、原則として、その者が受けた利益そのもの(原物)を返還すべきである(原物返還の原則)。
しかし、原物を返還することが不可能である場合には、上記利益の価値を金銭に見積もった上で、その額の金銭を支払うという方法(価額返還)によって当該利益を返還しなければならない。
本問では、Fは、「乙を処分すること」という自らが受けた利益そのもの(原物)
をDに返還することができない。したがって、Fは、Dに対して、価額返還の方法によって当該利益を返還すべきこととなる。
そして、この上記利益の価額の算定に関しては、大別して、㋐FがGに対して乙を処分した際にGからFに支払われた契約④の代金の額(35万円)と同じ額とすべきである、との見解と、㋑FがGに対して乙を処分した時点における乙の適正価額(客観的価値。30万円)と同じ額とすべきである、との見解の2つが対立している。
判例には、前記㋐の見解に立つかのように見られるものが多く存在する(大判明治38年11月30日民録11輯1730頁、大判大正4年3月13日民録21輯371頁、大判昭和11年6月30日判決全集3輯7号17頁、大判昭和12年7月3日民集16巻1089頁、最判平成19年3月8日民集61巻2号479頁)。
-1 0-
他方において、学説では、前記㋑の見解が有力である。
このような判例及び学説の議論状況を踏まえつつ、DがFに対して35万円と30万円のいずれの金額の金銭の支払を請求し得るか、について論ずることが期待される。
(イ) 以上とは異なる立場として、FがGから受け取った乙の代金(35万円)又はその一部(乙の適正価額である30万円相当分)を原物の代位物と捉える構成も考えられる。この立場からは、Dは、不当利得返還請求権に基づき、原物の代位物の引渡しとして、代金(35万円)相当額又はその一部(乙の適正価額である30万円相当分)
の金額の支払を請求することができるものと解される。
ウ 不当利得返還請求権の額については、さらに、対価控除の可否も問われる。Fは、乙をGに対して処分することによって一定の利益を受けた。他方において、乙をEから入手する際にその対価をEに支払った。そのため、Fが乙の処分によって現実に受けた利益の額、すなわちFがDに対して不当利得の返還として支払うべき金銭の額は、乙に関する契約④の代金の額又は乙の適正価額から上記対価の額(30万円)を控除した額とすべきではないか、が問題となる。
このような対価控除の主張の可否について判断した最高裁判所の判例は、現在のところ、存在しない。
また、学説においては、対価控除の問題の位置付けに関して議論があるものの、結論として、対価控除の主張を認めるべきではない、と唱える見解が有力である。本問で、もしFが乙をGに引き渡す前に、Dが所有権に基づく返還請求権を行使して、Fに対し、乙の引渡しを請求していたとすれば、Fは、Dに対して、対価控除の主張をすることなく乙を引き渡さなければならないはずだからである。物権的返還請求権が消滅し、不当利得返還請求権が発生した途端に、このようなDF間の利益状況が変化するものと考えるべき理由は、見当たらない。ただし、対価控除の主張を肯定する見解も学説上、主張されている。
本問においては、以上のような議論状況を踏まえて、Fによる対価控除の主張の可否について検討することが期待される。
参考答案はスタンダードプラン会員向けです。問題文と出題の趣旨は無料でご覧いただけます。
料金プランを見る