司法試験 令和6年 民法
問題文
〔第1問〕(配点:100〔〔設問1〕及び〔設問2〕の配点は、50:50〕)
次の各文章を読んで、後記の〔設問1⑴・⑵〕及び〔設問2〕に答えなさい。
なお、解答に当たっては、文中において特定されている日時にかかわらず、令和6年1月1日現在において施行されている法令に基づいて答えなさい。
【事実】
1.Aは、遠方に、空き地である甲土地を所有しており、甲土地の所有権の登記名義人はAである。
2.令和2年4月1日、Aの子Bは、Aの了承を得ないまま、甲土地について、Cとの間で、賃料月額5万円、賃貸期間30年間、建物所有目的との約定による賃貸借契約(以下「契約①」
という。)をBの名において締結し、同日、甲土地をCに引き渡した。契約①の締結に当たり、Cが、Bに対し、甲土地の所有権の登記名義人がAである理由を尋ねたところ、Bは、「Aは父であり、甲土地は既にAから贈与してもらったものだから、心配はいらない。」と言い繕った。Cがなお不安がったことから、契約①には、甲土地の使用及び収益が不可能になった場合について、損害賠償額を300万円と予定する旨の特約が付された。
3.令和2年7月1日、Cは、甲土地上に居住用建物(以下「乙建物」という。)を築造し、乙建物について所有権保存登記を備えた。Cは、乙建物に居住している。
4.令和3年7月10日、Bが急死した。Bは、遺言をしておらず、また、Bの相続人は、Aのみである。Cは、Bの相続人が誰であるか分からなかったことから、Bの死亡後、甲土地の賃料を供託している。
5.令和4年4月15日、Aは、甲土地をCが利用していることに気付き、Cに対し、甲土地の所有権に基づき、乙建物を収去して甲土地を明け渡すよう請求した(以下「請求1」という。)。これに対して、Cは、「㋐私は、契約①に基づいて甲土地を占有する権利を有している。仮にそのような権利がないとしても、㋑300万円の損害賠償を受けるまでは甲土地を占有する権利がある。」と反論した。
〔設問1⑴〕
【事実】1から5までを前提として、次のア及びイの問いに答えなさい。
ア Cは、下線部㋐の反論に基づいて請求1を拒むことができるかどうかを論じなさい。
イ 下線部㋐の反論が認められない場合に、Cが下線部㋑の反論に基づいて請求1を拒むことができるかどうかを論じなさい。
【事実】
6.【事実】5の後、AとCとの間で交渉が持たれ、令和4年6月1日、Cは、乙建物を代金280万円でAに売却し、同日、乙建物をAに引き渡した。その後、乙建物について、CからAへの所有権移転登記がされた。
7.令和4年6月15日、Aは、乙建物について、Dとの間で、賃料月額12万円、賃料前月末日払、賃貸期間2年間との約定による賃貸借契約(以下「契約②」という。)を締結し、同年7月1日、乙建物をDに引き渡した。
Dは、令和4年7月分から9月分までの賃料を、それぞれ約定どおりAに支払った。
8.令和4年9月初めから雨が降り続く中、同月11日、乙建物の一室(以下「丙室」という。)で雨漏りが発生し、同日以後、丙室は使用することができなくなった。その後の調査によれば、丙室の雨漏りは、契約②が締結される前から存在した原因によるものであった。
9.令和4年9月13日、Dは、Aに何らの通知もしないまま、建設業者Eに丙室の雨漏りの修繕工事を依頼した。Eは、雨漏りの状態を確認した上で、同月20日、この依頼を報酬30万円で引き受け、同月24日から30日まで丙室の雨漏りの修繕工事(以下「本件工事」という。)を行った。Dは、Eに30万円の報酬を支払い、同年10月1日から丙室の使用を再開した。
令和4年9月30日、Dは、翌日から丙室の使用が可能となったため、Aに令和4年10月分の賃料を支払った。
10.令和4年10月10日、Dは、Aに対して、同年8月31日に支払った令和4年9月分の賃料の一部を返還するよう請求する(以下「請求2」という。)とともに、DがEに報酬として支払った30万円を直ちに償還するよう請求した(以下「請求3」という。)。Aは、この時に初めて、丙室に雨漏りが発生した事実とDがEに本件工事を行わせた事実とを知った。
Aは、請求2及び請求3を拒み、Dに対し、「特に修繕工事を急ぐべき事情はなかったのだから、Dは、そもそも、丙室の雨漏りを無断で修繕する権利を有していなかったはずだ。しかも、DがEに支払った報酬30万円は高すぎる。私が一般の建設業者に依頼していれば20万円で足りたはずだ。」と反論した。
〔設問1⑵〕
【事実】1から10までを前提として、次のア及びイの問いに答えなさい。
ア 請求2が認められるかどうかを論じなさい。
イ 請求3が認められるかどうかを論じなさい。なお、本件工事の実施について急迫の事情はなく、また、本件工事と同じ内容及び工期の工事に対する適正な報酬額は20万円であるものとする。
【事実】
11. 令和5年9月15日、Fは、Gに無断で、Gが所有する丁土地を駐車場として使用し始めた。
Gは、Fとは知らない仲ではなかったことや、G自身は丁土地を使用する予定がなかったことから、Fに対し、口頭で抗議をする以外のことをしなかった。
12. 令和5年12月5日、Gは、配偶者であるHと協議により離婚し、Hとの間で離婚に伴う財産分与について協議をした。Gは、丁土地以外の財産をほとんど持っておらず、また、失職中で収入がなかった。Gは、Hに対し、Gの財産及び収入の状況を伝えるとともに、丁土地はFが無断で使用しているだけなので、いつでもFから返してもらえるはずであると説明した。
13. 令和5年12月6日、GとHとの間で、離婚に伴う財産分与として、Gが丁土地をHに譲渡する契約(以下「契約③」という。)が締結された。その際、Gは、GではなくHに課税されることを心配して、そのことを気遣う発言をしたのに対し、Hは、「私に課税される税金は、何とかするから大丈夫。」と応じた。Hは、Hにのみ課税されるものと理解していた。同月11日、丁土地について、GからHへの所有権移転登記がされた。
14. 令和6年1月10日、HとIとの間で、Hが丁土地を代金2000万円でIに売る契約
(以下「契約④」という。)が締結された。Hは、Iに対し、丁土地の使用に係る事情について、HがGから受けた説明のとおりに説明した。同日、Iは、Hに対し、契約④の代金を支払った。丁土地について、HからIへの所有権移転登記は、されなかった。
15. 令和6年1月15日、Gは、税理士である友人から、課税されるのは財産分与をした側であるGであり、その額はおおよそ300万円であるとの指摘を受けた。Gは、契約③に係る課税についての誤解に基づきHとの間で契約③を締結したことに気付いたため、同日、Hに対し、契約③をなかったこととする旨を伝えた。Iは、Gが契約③に係る課税について誤解していたことを契約④の締結時に知らず、そのことについて過失がなかった。
16. 令和6年1月18日、Gは、丁土地を駐車場として使用しているFに対し、丁土地を買わないかと持ち掛けた。Gは、丁土地の所有権の登記名義人がHとなっていることについては、GとHとの間で契約③が締結されたものの、Gが契約③に係る課税について誤解していたため、契約③は既になかったこととなっているとFに説明した。同月25日、GとFとの間で、Gが丁土地を代金2000万円でFに売る契約(以下「契約⑤」という。)が締結された。同日、Fは、Gに対し、契約⑤の代金を支払った。
〔設問2〕
【事実】11から16までを前提として、次の問いに答えなさい。
令和6年1月30日、Iは、丁土地を占有するFに対し、丁土地を明け渡すよう請求した(以下「請求4」という。)。請求4が認められるかどうかを論じなさい。
出題の趣旨
法務省が公表した出題の趣旨です。
1 設問1について
⑴ 設問1⑴は、他人物の賃貸借契約において、賃貸人が死亡して目的物の所有者が賃貸人を単独で相続した事例に基づき、賃借人が、賃貸人の地位を相続した所有者に対し、占有権原として賃借権を主張することの可否についての検討とともに、賃借人が留置権を行使して賃借物の返還を拒むことの可否についての検討を求めるものである。
設問1⑵は、賃貸借の目的である建物に雨漏りが生じた事例に基づき、賃借物の一部の使用収益が不能であることを理由とする賃料減額についての検討とともに、賃借人が修繕権に基づかずに賃借建物の修繕工事を行い、通常の必要費を超える支出をした場合における必要費償還請求権の成否及び額についての検討を求めるものである。
⑵ 設問1⑴アでは、Cは、下線部㋐において契約①に基づく賃借権を主張しているものと解される。
ア 最初に、Bの死亡により相続が開始する前には、契約①による賃借権は甲土地の占有権原とならないことを、論じることが求められる。契約①は、Bが賃料の支払を受けてA所有の甲土地をCに使用収益させる契約であって、他人物賃貸借に当たる。そのため、Cは、Bに対して賃借権を主張することができても、甲土地の所有者Aに対しては、賃借権を占有権原として主張することができない。
イ 次に、相続の開始によりAがBの賃貸借契約上の地位や債務を承継した場合にも、この点に変わりがないかを、検討することが求められる。判例は、他人の権利の売主が死亡し、その権利者において売主を相続した場合につき、権利者は、相続によって売主の義務を承継しても、相続前と同様その権利の移転につき諾否の自由を有し、信義則に反すると認められるような特別の事情がない限り、売主としての履行義務を拒否することができるとする(最大判昭和49年9月4日民集28巻6号169頁)。本問についても、当該判例で示された考え方を踏まえた検討が期待されている。
まず、Aが、相続により、Bのどのような地位・債務を承継したかを分析することが必要である。Bは、契約①に基づき、他人物の賃貸人として、Cに対し、甲土地の所有者Aからその賃貸権限を取得し、賃貸権限に基づいて甲土地を使用収益させる債務を負う(民法第601条、第559条による第561条準用)ところ、Aは、このようなBの地位・債務を相続により承継した(民法第896条)。
次に問われるのは、Aの所有者としての地位との関係である。相続開始後も、Aにおいては、甲土地の所有者としての地位と(Bから承継した)賃貸人としての地位が、融合することなく併存する。また、相続開始前、Aは、甲土地の所有者として、Bに賃貸権限を与えるか否かを自由に決することができたところ、相続開始後も、Aは、所有者としての地位において、Bから承継した債務の履行(甲土地の使用収益を賃貸権限に基づくものとすること)を拒むことができると解される。相続という偶然の事由によってAが前記の自由を奪われるべき理由はなく、また、Aの拒否によってCが不測の損害を受けることもないからである。
結論として、相続の開始後も、Cは、契約①による賃借権を甲土地の占有権原として主張することができない。
⑶ 設問1⑴イでは、Cは、下線部㋑において300万円の損害賠償債権を被担保債権とする留置権(民法第295条)を主張しているものと考えられる。
ア まず、被担保債権については、AがCに甲土地の明渡しを請求したことにより、AがBから承継した賃貸人としての債務が履行不能になったこと、契約①には賠償額の予定
(民法第420条)があること、したがって、Cは、Aに対して、債務不履行による損害賠償(民法第415条第1項)として300万円の被担保債権を有することを、述べることが求められる。
イ 次に、物と債権との牽連関係の要件については、その重要性に応じた丁寧な検討が求められる。判例は、他人の物の売買における買主は、所有者の目的物返還請求に対し、所有権を移転すべき売主の債務の履行不能による損害賠償債権を被担保債権とする留置権を主張することは許されないとし、物と債権との牽連関係を否定する(最判昭和51年6月17日民集30巻6号616頁)。本問についても、当該判例を踏まえた検討が期待されている。
他人物の賃貸借における賃借人が、賃借物の所有者から返還請求を受けた場合に、賃貸人の債務の履行不能による損害賠償債権については、物と債権の牽連関係を否定すべきものと考えられる。例えば、前記の判例(前掲・最判昭和51年6月17日)を参照すれば、他人物の賃貸人は、自らの債務が履行不能となっても、目的物の返還を賃借人に請求し得る関係になく、そのため、賃借人が目的物の返還を拒絶することによって損害賠償債務の履行を間接に強制するという関係が生じないことをもって、牽連関係を否定する論拠となし得る。また、仮に牽連関係が肯定されるとすれば、賃貸権限のない第三者が目的物を賃貸した行為によって当該目的物の上に留置権が成立することになり、目的物の所有者の地位と衝突してしまう。
なお、設例では、相続により賃貸人Bと所有者Aの地位が同一人に帰した後における留置権の成否が問われている。しかし、相続の開始という事情は、Aにおいて所有者としての地位と賃貸人としての地位が併存するものと解する限り、留置権の成否(物と債権の牽連関係の存否)には影響しない。
⑷ 設問1⑵アでは、Dは、丙室の使用収益の不能により令和4年9月分の賃料債権が当然減額されたことを理由に、既に支払った同月分の賃料の一部について不当利得返還を請求しているものと考えられる。
まず、賃借物の一部の使用収益の不能による賃料減額(民法第611条第1項)の成否についての検討が必要である。Dは、Aから賃借した乙建物のうちの丙室につき、令和4年9月11日から同月30日までの20日間、雨漏りのために使用収益することができなかった。したがって、令和4年9月分の賃料は、民法第611条第1項により、丙室が乙建物の使用収益に占める割合及び使用収益を妨げられた日数に応じて当然に減額されることになる。
続いて、不当利得返還請求権の成立を論じることが求められる。令和4年9月分の賃料につき、Aは、賃料債権が当然減額されるにもかかわらず全額の支払を受けているのであるから、不当利得(給付利得)が成立する。したがって、Dは、Aに対し、減額分に対応する賃料の返還を請求することができる。
⑸ 設問1⑵イでは、Dは、必要費償還請求権(民法第608条第1項)に基づき、本件工事のために支出した報酬額30万円の償還を請求しているものと考えられる。
ア 本件工事は、雨漏りの修繕工事であるから、その報酬の支払は必要費の支出に該当する。もっとも、本件工事はAに無断でされたから、当該事情が何らかの意味を持ち得るかの検討が必要となる。本件工事には「急迫の事情」がなく、また、Aに対する事前の「通知」もないため、本件工事はDの修繕権(民法第607条の2)に基づくものとは言えない。しかし、民法第607条の2の規定は、同法第608条1項と接続されておらず、また、同条の趣旨は、専ら、賃借人による賃借物の修繕を賃貸人に対する債務不履行・不法行為でなくするところにある。したがって、修繕権に基づかない修繕である場合にも、そのことを理由に、必要費償還請求権が排除され、または償還額が制限されることにはならない。
イ また、本件では、Dが支出した費用が相当な報酬額よりも多額であるため、その全額の償還請求を認めてよいかも検討しなければならない。通常の額を超える部分は「賃貸人の負担に属する必要費」に当たらないと解されるので、Dの必要費償還請求権は、相当な報酬額20万円を限度とするという結論に至る。
ウ 民法第607条の2の趣旨については、上記アに述べた理解のほか、賃貸人が自ら修繕する利益の保護にあるとする理解も成り立つ。この立場からは、賃借人が修繕権に基づかないで修繕を行った場合には、賃借人の必要費償還請求権は賃貸人が自ら修繕を行ったと仮定した場合の支出額を限度とするものと解される。
2 設問2について
設問2は、不動産の所有権の取得をめぐる争いを素材として、基礎事情の錯誤(動機の錯誤、事実の錯誤ともいう。以下同じ。)による離婚に伴う財産分与の意思表示の取消しの可否や、錯誤による意思表示の取消しと第三者の保護といった基本的な問題について正確な理解をすることができているかどうかを問うとともに、錯誤による意思表示の取消し前の第三者が保護を受けるための要件としての登記の要否、その第三者と表意者から物権の取得をする原因を有する者との関係といった応用的な問題について相応の対処をすることができるかどうかを問い、あわせて、問題相互の関係を適切に把握する能力や具体的事実を法的な観点から適切に評価する能力等を確かめようとするものである。
⑴ 請求4は、Iが所有権に基づく返還請求権としての土地明渡請求権を行使するものである。したがって、請求4が認められるためには、Iが丁土地の所有者である必要がある。
もっとも、Gは、錯誤により丁土地の所有権移転原因である契約③の意思表示を取り消す
(民法第95条第1項)こととしている(【事実】15)。このことが認められれば、契約
③は、それにより遡って無効となる(民法第121条)。無権利者Hからの取得者Iは、原則として、丁土地の所有権を取得することができない。
そこで、Gの錯誤による契約③の意思表示の取消しが認められるかどうかが問題となる。
この問題に関連する判例として、最判平成元年9月14日家月41巻11号75頁がある。
ア 離婚に伴う財産分与を内容とする契約③の意思表示も、売買契約の意思表示等と同じように、民法第95条第1項の規定の適用を受ける。
イ 本問では、Gは、離婚に伴う財産分与として丁土地をHに譲渡することを内容とする契約③の意思表示を、これに対応する意思をもってしている。そのため、Gの錯誤は、民法第95条第1項第1号の定める錯誤に当たらない。
もっとも、Gは、真実に反して、Gに課税がされないと認識していた(【事実】13及び15)。さらに、Gは、財産及び収入の状況が悪かった(【事実】12)一方で、実際にGに課税される額は、300万円程度であった(【事実】15)。このことを踏まえれば、民法第95条第1項第2号の「表意者が法律行為の基礎とした事情」の意義については解釈の余地があるものの、いずれにせよ、Gの錯誤は、同号の定める錯誤、つまり基礎事情の錯誤に当たるものと考えられる。
ウ では、Gは、錯誤による契約③の意思表示の取消しをすることができるのか。
(ア) 基礎事情の錯誤による意思表示の取消しは、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたとき」(以下「基礎事情の表示の要件」という。)に限り、これをすることができる(民法第95条第2項)。平成29年法律第44号による改正前の民法の下での動機の錯誤に関する判例(最判平成28年1月12日民集70巻1号1頁等)の理解の仕方については、争いがあった。
基礎事情の表示の要件については、さまざまな考え方が示されている。例えば、基礎事情の錯誤による不利益は、本来は表意者が負担すべきであるという観点を基礎に据えつつ、同要件を満たすためには、表意者が動機となった事情を相手方に一方的に表示しただけでは足りず、その事情がなければその内容の意思表示の効力は否定されることについて相手方の了解があったことが必要であるとする見解がある。本問では、実際にGに課税される額は、300万円程度であったこと(【事実】15)を踏まえつつ、GがHに対し、Gの財産及び収入の状況が悪いことを伝えた(【事実】12)上で、Hに課税されることを気遣う発言をした(【事実】13)こと、これに対し、HがHに課税されるとの理解の下で「私に課税される税金は、何とかするから大丈夫。」と応じたこと(【事実】13)を考慮すれば、前記の意味でのHの了解まで黙示的にあったものと評価することができる。
解答に当たっては、首尾一貫した論述をしていれば、どの考え方を採ってもよい。
本問においては、いずれにせよ、基礎事情の表示の要件を満たすものと考えられる。
(イ) 本問では、①Gは、Gに課税がされるのであれば契約③の意思表示をしなかった(【事実】15)ため、「錯誤に基づ」(民法第95条第1項柱書)いて意思表示がされたことの要件(主観的因果関係)を満たす。また、②Gは、財産及び収入の状況が悪かった(【事実】12)一方で、実際にGに課税される額は、300万円程度であった(【事実】15)ことを考慮すれば、その錯誤が「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものである」(同柱書)ことの要件(客観的重要性)を満たすものと考えられる。
これらの要件について、基礎事情の表示の要件(前記(ア))を踏まえた検討がされているものについては、高い評価が与えられる。例えば、前記(ア)で示した考え方によれば、両要件は、実際には重なるところがあるようにみえるため、両要件の関係について検討を行うことが望まれる。
エ 本問では、GとHとの双方が、Gに課税がされないとの同一の錯誤に陥っていたものと考えられる(【事実】13及び15)。したがって、Gの錯誤がGの重大な過失によるものであったかどうかにかかわらず、Gは、錯誤により契約③の意思表示を取り消すことができる(民法第95条第3項第2号)。
⑵ 本問では、Gが錯誤による契約③の意思表示の取消しをしたことによって、Iは、丁土地の所有権を取得することができないのが原則である(前記⑴)。もっとも、Gは、民法
第95条第4項の規定により、その取消しをIに対抗することができないのではないか。
ア 民法第95条第4項の規定は、㋐取消しの遡及効(民法第121条)によって害される第三者、つまり取消し前の第三者についてしか適用されない(詐欺による意思表示の取消しに関する大判昭和17年9月30日民集21巻911頁を参照)。また、同項の「第三者」とは、㋑錯誤の当事者及びその包括承継人以外の者であって、錯誤による意思表示によって生じた法律関係について、新たに法律上の利害関係を有するに至ったものをいう(詐欺による意思表示の取消しに関する最判昭和49年9月26日民集28巻6号1213頁を参照)。さらに、同項の「第三者」は、㋒錯誤による意思表示であることについて、善意無過失でなければならない。
本問において、Iは、㋐取消し前に(【事実】14及び15)、㋑Hから丁土地の所有権を取得する原因を有するに至っていた(【事実】13)。また、Iは、㋒契約③の意思表示がGの錯誤によるものであることについて、善意無過失であった(【事実】15)。
イ もっとも、本問では、Iは、丁土地について、HからIへの所有権移転登記を備えていない(【事実】14及び16)。そこで、民法第95条第4項の「第三者」は、明文にはないものの、同項の規定により保護を受けるための要件としての登記、つまり権利保護資格要件としての登記を備える必要があるかどうかが問題となる。
(ア) 詐欺による意思表示の取消しに関する前掲最判昭和49年9月26日は、平成29年法律第44号による改正前の民法第96条第3項の規定について、同項の「第三者」
を「対抗要件を備えた者に限定しなければならない理由は、見出し難い。」としていた。もっとも、この判例が扱った事案は、特殊なものであったため、この判例が権利保護資格要件としての登記を不要としたものであると理解すべきかどうかについては、争いがある。
(イ) 錯誤による意思表示の取消しについては、まだ議論が十分にされていない。解答に当たっては、首尾一貫した論述をしていれば、不要説を採っても、必要説を採ってもよい。たとえば、錯誤に陥った表意者のほうが欺罔された表意者よりも帰責性が大きい点を考慮するならば、民法第96条第3項の「第三者」について不要説を採るときはもちろん、必要説を採るときであっても、民法第95条第4項の「第三者」については、不要説を採ることが考えられる。他方で、前記の点を考慮したとしても、この点は取消しの要件のレベルで考慮されていると捉えるならば、民法第96条第3項の「第三者」について必要説を採るときは、民法第95条第4項の「第三者」についても必要説を採ることが考えられる。
(ウ) 本問では、請求4の相手方は、表意者であるGではない。そのため、表意者との関係において対抗要件としての登記を備えるべきであるかどうかという問題は、本問では論ずる必要がない。
⑶ 民法第95条第4項の「第三者」について不要説を採るときは、Iは、同項の「第三者」
としての保護を受ける。本問では、丁土地についてGからHへの所有権移転登記がされている(【事実】13及び16)。この場合において、請求4が認められるのか。
ア この問題については、(1)Iが民法第95条第4項の「第三者」としての保護を受けるときは、錯誤による意思表示の取消しをIに対抗することができなくなる結果、丁土地の所有権は、G→H→Iと移転すると捉える見解と、(2)この場合であっても、GとHとの間で締結された契約③が有効になるわけではないとして、丁土地の所有権は、G→Iと直接に移転すると捉える見解とが考えられる。(1)のうち、(1-1)Hが登記を備えたことによって丁土地の所有権を確定的に取得するため、Fは、Gから丁土地の所有権を取得することができず、無権利になると理解するならば、請求4は、認められる。これに対し、(1)のうち、(1-2)H自身が登記を備えたことによって丁土地の所有権を確定的に取得したとFに主張することができない以上、IもそのことをFに主張することができないと理解するか、又は(2)を採るならば、Iは、登記を備えなければ、丁土地の所有権を取得したことを民法第177条の「第三者」であるFに対抗することができない。そのため、請求4は、同条の「第三者」であるFが、登記を備えるまで丁土地の所有権を取得したことを認めないと主張したときは、認められない。
(1-1)を採るときは、その根拠として、所有権の登記名義人でないGとの間で契約⑤を締結したFは、保護に値しないことを指摘することが考えられる。他方で、(1-2)又は(2)を採るときは、その根拠として、契約③はGにより取り消されている以上、Fが保護に値しないとはいえないことや、(1-1)によれば、Gから丁土地を買おうとする者が現れなくなり、不動産の流通が著しく阻害されることを指摘することが考えられる。
イ 前記アは、民法第94条第2項の「第三者」の解釈を参考として、考え方の方向性を示したものである。同項の規定に関する最判昭和42年10月31日民集21巻8号2232頁は、(2)に準ずる見解を採るものであるとされることがある。解答にあたっては、首尾一貫した論述をしていれば、どの考え方を採ってもよい。また、無効の対抗不能と取消しの対抗不能との違いを意識した上で、民法第94条第2項の解釈と民法第95条第4項の解釈との関係を検討しているものは、その検討が説得的なものであれば、高い評価が与えられる。
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