司法試験 令和5年 行政法
問題文
(配点:100〔〔設問1〕⑴、〔設問1〕⑵、〔設問2〕⑴、〔設問2〕⑵の配点割合は、35:25:20:20〕)
Aは、B県において、特別養護老人ホーム及び老人デイサービスセンター等の複数の社会福祉事業を経営し、B県における社会福祉事業の中核を担ってきた社会福祉法人であり、Cがその理事長を務めている。Aの所轄庁であるB県知事は、社会福祉法(以下「法」という。)第56条第1項及びB県社会福祉法人指導監査実施要綱(以下「本件要綱」という。)に基づき、Aに対し、定期的に実施している一般監査を実施したところ、Aから、Aの業務執行理事(法第45条の16第2項第2号)であるDに対し、無利子・無担保でAの総流動資産の2分の1に当たる1億円もの金員(以下「本件貸付金」という。)が貸し付けられ、Aが法第27条(特別の利益供与の禁止)に違反している状況にあることが判明した。そこで、B県知事は、Aに対し、本件要綱第7条第1項及び第2項に基づき、期限を定めて、上記貸付けに至った経緯及び責任の所在について調査(以下「本件調査」という。)をした上、その結果を踏まえた改善状況報告書を提出するよう指示した。
Cは、理事会において、本件調査に協力するよう各理事に働き掛けたが、Cと対立するDの非協力的な態度により本件調査が滞ったため、Aは、やむを得ず、B県知事に対し、本件調査が終わればその結果を報告する旨を記載した改善状況報告書を提出した。しかし、B県知事は、社会福祉法人として高い公益性の確保が求められるAの運営を適正化する必要があると判断し、法第56条第4項に基づき、Aに対し、期限を定めて、本件調査を速やかに終えた上で、早急に本件貸付金の回収と理事会の機能強化を図る旨の改善措置を採るよう勧告した(以下「本件改善勧告」という。)。
これに対し、Aが上記期限内に本件調査を終えることができなかったため、B県知事は、同条第5項に基づき、本件改善勧告に関するAの不遵守を公表したが、Aがこの公表後にも具体的な改善措置を講じなかったことから、同条第6項に基づき、Aに対し、令和4年9月1日、期限を定めて、本件改善勧告と同じ内容の改善措置を採ることを命じた(以下「本件改善命令」という。)。
本件改善命令後、Cは、ようやく事実経緯の一部をDから聴取することができたが、なおもその詳細は不明であり、また、Dから本件貸付金の返済は直ちには困難であるとの説明を受けた。そこで、Aは、B県知事に対し、本件改善命令を上記期限内に履行することは困難であると申し出たところ、B県知事は、CをAの役員(「役員」とは、法所定の理事及び監事をいう。以下同じ。)から退任させるため、法第56条第7項に基づき、Aに対し、Cの役員解職勧告を行うことにした。
Aの代表者として同条第9項に基づく弁明手続に赴いたCは、同手続において、本件調査は徐々に進んでいることや、本件貸付金を回収した上で理事会の機能強化を図る意欲を有しているため、CをAの役員から解職する理由はないことを弁明したが、B県知事は、令和5年3月1日、Aに対し、本件改善命令により課された義務の不履行を理由として、Cをその対象とする役員解職勧告を行った(以下「本件解職勧告」という。)。これに対し、Aは、当該勧告に従うつもりがない旨をB県知事に表明したところ、B県知事は、Aに対し、行政手続法に基づく聴聞手続を履践した上で、同年4月20日、Aが法第27条及び本件改善命令に違反し、他の方法により監督の目的を達することができない旨を理由として、法第56条第8項に基づき、解散を命じた(以下「本件解散命令」
という。)。
Cは、本件解職勧告及び本件解散命令の取消訴訟を提起できないかを弁護士Eに相談したところ、Eからは、Aによる本件解散命令の取消訴訟(以下「本件取消訴訟」という。)の提起と執行停止の申立て(以下「本件申立て」という。)が提案される一方、Aが本件解職勧告の取消訴訟を適法に提起できるかどうかについては、引き続き、Eにおいて検討するとの回答を得た。そこで、Cは、理事会において、Eからの上記提案について説明したところ、Dは、自らも原告となり、本件解散命令の取消訴訟を提起することを検討したいと発言した。
以下に示された【法律事務所の会議録】を踏まえて、弁護士Eの指示に応じる弁護士Fの立場に立って、設問に答えなさい。
なお、法の抜粋を【資料1 社会福祉法(昭和26年法律第45号)(抜粋)】に、本件要綱の抜粋を【資料2 B県社会福祉法人指導監査実施要綱(抜粋)】に、それぞれ掲げてあるので、適宜参照しなさい。
〔設問1〕⑴ 本件解職勧告が取消訴訟の対象となる処分に該当するか否かについて、想定される反対の見解の論拠を踏まえて、検討しなさい。
⑵ Dが本件解散命令の取消訴訟を提起した場合を想定し、Dに当該取消訴訟の原告適格が認められるか、法の規定を踏まえて検討しなさい。ただし、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)
第9条第2項による検討を行う必要はない。
〔設問2〕Aが適法に本件取消訴訟を提起したことを前提に、以下の点を検討しなさい。
⑴ 本件申立てにおいて、Aは、行訴法第25条第2項の「重大な損害」について、どのような主張をすべきか、想定されるB県の反論を踏まえて、検討しなさい。
⑵ 本件取消訴訟において、Aはどのような違法事由を主張すべきか、想定されるB県の反論を踏まえて、検討しなさい。解答に当たっては、本件改善勧告及び本件改善命令が適法であること、並びに本件解散命令に手続的違法はないことを前提にしなさい。
【法律事務所の会議録】弁護士E:本日は、Aの案件について検討します。Aに対しては、本件取消訴訟の提起と本件申立てを提案したところですが、本件解職勧告についても取消訴訟を適法に提起できるかについては我々の宿題事項となりました。Fさんには、医療法上の病院開設中止の勧告について処分性を認めた最高裁判決(最高裁判所平成17年7月15日第二小法廷判決・民集59巻6号1661頁)も参考にしながら、本件解職勧告が処分に当たるかどうかの検討をお願いしていましたが、この点はいかがですか。
弁護士F:はい。本件では、処分性を肯定できる根拠もあるかもしれませんが、当該最高裁判決の事案との違いや勧告の不遵守に対する罰則規定がないことなどもあり、悩ましいところです。
弁護士E:そうですか。ただ、本件解職勧告に関しては、法第56条第9項により、「弁明の機会」
が設けられています。弁明手続は、処分に関して設けられることが多いようにも思うのですが。
弁護士F:しかし、行政手続法第13条第1項第1号の聴聞手続の対象を見ると、本件解職勧告が処分として法定されているとは一概には言えないかもしれません。
弁護士E:確かにそうですね。それでは、本件解職勧告の処分性の有無については、否定・肯定いずれの見解もあり得るかもしれませんので、当該最高裁判決を参考にしつつ、想定される反対の見解の論拠も踏まえて、引き続き検討をお願いします。
弁護士F:承知しました。
弁護士E:では、次に本件解散命令の取消訴訟について検討しましょう。Cによれば、Dは自らも原告となって本件解散命令の取消訴訟を提起することを検討したいと発言していたようです。
Dも本件解散命令の取消訴訟を提起するのであれば、私たちの訴訟戦略に影響があるかもしれませんから、念のため、まずはDの原告適格についても検討しておきましょう。本件解散命令はAを相手方とする処分ですから、Dは処分の相手方以外の第三者に当たります。Dの原告適格については、行訴法第9条第2項によって検討することになりそうですね。
弁護士F:しかし、行訴法第9条第2項による検討を経ることなく、Dの原告適格を認める余地がないのかが気になります。事案を異にするとは思いますが、例えば、形式的には処分の相手方以外の第三者に当たるけれども、処分の相手方に準ずる者として不服申立適格又は原告適格を認めた複数の最高裁判決(第二次納税義務者に不服申立適格を認めた最高裁判所平成18年1月19日第一小法廷判決・民集60巻1号65頁、滞納者の財産が差し押さえられた場合の当該財産の共有者に原告適格を認めた最高裁判所平成25年7月12日第二小法廷判決・裁判集民事244号43頁)もあるところですから、本件でも、Dを本件解散命令の相手方に準ずる者として捉えられるかどうかを検討しておく必要があるように思います。
弁護士E:そうですね。では、行訴法第9条第2項による検討を行うことなく、法の規定を踏まえて、Dに本件解散命令の取消訴訟の原告適格が認められることになるのか、検討してください。
弁護士F:承知しました。
弁護士E:次に、Aによる本件申立てについて、今日は、行訴法第25条第2項の「重大な損害」の要件を満たすかどうかに絞って検討しましょう。「重大な損害」の有無を判断する上での必要な情報は収集しましたか。
弁護士F:はい。本件解散命令によりAは経営している社会福祉事業を継続することができなくなるという不利益を被ることになります。特に、Aは複数の社会福祉事業を経営している法人ですから、それらの事業を継続できなくなると、Aだけではなく、多数のAの福祉サービス利用者やAの従業員にも不利益が生ずることになります。もっとも、B県としては、本件改善勧告、本件改善命令を経ても、Aから依然として具体的な改善策が示されていない現状では、Aの経営基盤は不安定であると言わざるを得ず、これを放置すれば、Aの福祉サービス利用者の待遇が悪化し、B県におけるAの多数の利用者にも福祉サービス利用上の被害が及ぶことを問題視しているようなのです。
弁護士E:分かりました。そういえば、「重大な損害」については、弁護士に対する業務停止3か月の懲戒処分について執行停止を認めた最高裁決定(最高裁判所平成19年12月18日第三小法廷決定・裁判集民事226号603頁)がありましたね。この決定と今回のAの案件とでは、損害の回復の困難の程度、損害の性質や程度等は異なるかもしれませんが、この決定も参考にしながら、「重大な損害」の有無について検討してください。
弁護士F:承知しました。
弁護士E:次に、本件取消訴訟の本案部分を検討しましょう。B県は、本件解散命令に関して法第56条第8項が定める解散命令の要件を満たす旨の理由を提示しています。Aは、AのDへの貸付けが法第27条で禁止されている行為に該当することを認めており、また、本件改善勧告及び本件改善命令の適法性を争うつもりもありません。以上を踏まえて、Aとしては、本件解散命令の違法事由として何を主張することになりますか。
弁護士F:はい。本件解散命令は、法第27条違反及び本件改善命令違反を理由とするものですが、Cが退任しないならばAには適正な法人運営が期待できず、「他の方法により監督の目的を達することができない」として、直ちに本件解散命令を選択したB県知事の判断には問題があると主張することができると考えます。C自身はAの運営改善に向けて努力はしており、今回の貸付けの事実経緯も一部判明してきたようです。また、B県知事は、今回の不正がDに起因することを認識しているにもかかわらず、本件解職勧告の拒否を本件解散命令において重視しているようなので、Cがこれに反発するのは無理もありません。
弁護士E:御指摘の点は、本件解散命令を選択したB県知事の判断が正しかったのかどうかに影響しそうですね。ところで、法第56条の監督措置に関して処分基準はあるのでしょうか。
弁護士F:処分基準に当たるものはありません。B県では、法第56条に基づく監督措置に関し、個別事案ごとに判断しているようです。ただ、B県が公表している実績資料を基に本件に類似すると考えられる事案を確認してみると、Aと同等の資産規模の法人が理事に対して無利子・無担保で1億5000万円を貸し付けたことを理由として改善命令が出されたが、当該貸付金が回収されるなど、改善措置が採られた事案では、解散までは命じられていませんでした。他方で、Aよりもはるかに資産規模の小さい法人において、1億円が使途不明金として理事長個人に流出した結果、破産の危機にまで陥り、改善命令が出された後も、理事長自身が事案の解明にも全く協力せず、当該使途不明金の回収の見込みも立たずに、当該改善命令に係る措置が採られなかった事案では、解散が命じられていました。これに対して、Aは今回の貸付けにより、そこまで経営が破綻している状況にあるわけでもありません。
弁護士E:分かりました。では、これらの実績資料で挙げられている事例をも参考にしながら、本件解散命令を選択したB県知事の判断が正しかったのかについて検討してください。
弁護士F:承知しました。
【資料1 社会福祉法(昭和26年法律第45号)(抜粋)】(目的)
第1条 この法律は、社会福祉を目的とする事業の全分野における共通的基本事項を定め、社会福祉を目的とする他の法律と相まつて、福祉サービスの利用者の利益の保護及び地域における社会福祉(中略)の推進を図るとともに、社会福祉事業の公明かつ適正な実施の確保及び社会福祉を目的とする事業の健全な発達を図り、もつて社会福祉の増進に資することを目的とする。
(定義)
第22条 この法律において「社会福祉法人」とは、社会福祉事業を行うことを目的として、この法律の定めるところにより設立された法人をいう。
(経営の原則等)
第24条 社会福祉法人は、社会福祉事業の主たる担い手としてふさわしい事業を確実、効果的かつ適正に行うため、自主的にその経営基盤の強化を図るとともに、その提供する福祉サービスの質の向上及び事業経営の透明性の確保を図らなければならない。
2 (略)
(要件)
第25条 社会福祉法人は、社会福祉事業を行うに必要な資産を備えなければならない。
(特別の利益供与の禁止)
第27条 社会福祉法人は、その事業を行うに当たり、その評議員、理事、監事、職員その他の政令で定める社会福祉法人の関係者に対し特別の利益を与えてはならない。
(機関の設置)
第36条 社会福祉法人は、評議員、評議員会、理事、理事会及び監事を置かなければならない。
2 (略)
(評議員の資格等)
第40条 次に掲げる者は、評議員となることができない。
一~四 (略)
五 第56条第8項の規定による所轄庁の解散命令により解散を命ぜられた社会福祉法人の解散当時の役員六 (略)
2~5 (略)
(役員等の選任)
第43条 役員及び会計監査人は、評議員会の決議によつて選任する。
2、3 (略)
(役員の資格等)
第44条 第40条第1項の規定は、役員について準用する。
2~7 (略)
(理事会の権限等)
第45条の13 理事会は、全ての理事で組織する。
2 理事会は、次に掲げる職務を行う。
一 社会福祉法人の業務執行の決定二 理事の職務の執行の監督三 理事長の選定及び解職3 理事会は、理事の中から理事長一人を選定しなければならない。
4、5 (略)
(理事の職務及び権限等)
第45条の16 理事は、法令及び定款を遵守し、社会福祉法人のため忠実にその職務を行わなければならない。
2 次に掲げる理事は、社会福祉法人の業務を執行する。
一 理事長二 理事長以外の理事であつて、理事会の決議によつて社会福祉法人の業務を執行する理事として選定されたもの3 前項各号に掲げる理事は、3月に1回以上、自己の職務の執行の状況を理事会に報告しなければならない。(以下略)
4 (略)
(解散事由)
第46条 社会福祉法人は、次の事由によつて解散する。
一~五 (略)
六 所轄庁の解散命令2、3 (略)
(監督)
第56条 所轄庁は、この法律の施行に必要な限度において、社会福祉法人に対し、その業務若しくは財産の状況に関し報告をさせ、又は当該職員に、社会福祉法人の事務所その他の施設に立ち入り、その業務若しくは財産の状況若しくは帳簿、書類その他の物件を検査させることができる。
2、3 (略)
4 所轄庁は、社会福祉法人が、法令、法令に基づいてする行政庁の処分若しくは定款に違反し、又はその運営が著しく適正を欠くと認めるときは、当該社会福祉法人に対し、期限を定めて、その改善のために必要な措置(役員の解職を除く。)をとるべき旨を勧告することができる。
5 所轄庁は、前項の規定による勧告をした場合において、当該勧告を受けた社会福祉法人が同項の期限内にこれに従わなかつたときは、その旨を公表することができる。
6 所轄庁は、第4項の規定による勧告を受けた社会福祉法人が、正当な理由がないのに当該勧告に係る措置をとらなかつたときは、当該社会福祉法人に対し、期限を定めて、当該勧告に係る措置をとるべき旨を命ずることができる。
7 社会福祉法人が前項の命令に従わないときは、所轄庁は、当該社会福祉法人に対し、期間を定めて業務の全部若しくは一部の停止を命じ、又は役員の解職を勧告することができる。
8 所轄庁は、社会福祉法人が、法令、法令に基づいてする行政庁の処分若しくは定款に違反した場合であつて他の方法により監督の目的を達することができないとき、又は正当の事由がないのに1年以上にわたつてその目的とする事業を行わないときは、解散を命ずることができる。
9 所轄庁は、第7項の規定により役員の解職を勧告しようとする場合には、当該社会福祉法人に、所轄庁の指定した職員に対して弁明する機会を与えなければならない。この場合においては、当該社会福祉法人に対し、あらかじめ、書面をもつて、弁明をなすべき日時、場所及びその勧告をなすべき理由を通知しなければならない。
10、11 (略)
(事業経営の準則)
第61条 国、地方公共団体、社会福祉法人その他社会福祉事業を経営する者は、次に掲げるところに従い、それぞれの責任を明確にしなければならない。
一 (略)
二 国及び地方公共団体は、他の社会福祉事業を経営する者に対し、その自主性を重んじ、不当な関与を行わないこと。
三 (略)
2 (略)
【資料2 B県社会福祉法人指導監査実施要綱(抜粋)】(趣旨)
第1条 この要綱は、B県知事が社会福祉法第56条第1項の規定に基づき同法第22条に規定する社会福祉法人(以下「法人」という。)に対して実施する法人指導監査(以下「指導監査」という。)
に関し、基本事項を定めるものとする。
(類型)
第3条 指導監査は、一般監査及び特別監査とし、いずれも実地において行う。(以下略)
(実施後の措置)
第7条 県は、指導監査を実施後、法令又は通知等の違反が認められる事項を文書指摘事項に、違反の程度が軽微又は改善が見込まれる事項を口頭指摘事項に、また、違反が認められない場合で法人運営に資するものと考えられる事項を助言事項として整理し、文書により通知を行うものとする。
2 前項の規定による文書により通知した事項のうち、文書指摘事項については、期限を付して改善状況報告書の提出を求め、必要に応じて、確認のための再調査を行うものとする。(以下略)
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