司法試験 令和2年 行政法
問題文
[公法系科目]〔第2問〕(配点:100〔〔設問1〕⑴,〔設問1〕⑵,〔設問2〕の配点割合は45:30:25〕)
Xは,A県B市内の自宅脇に所有する農地において農業を営んでいたが,地域に医療施設が存在せず,その設置を望む声が近隣の農家に強いことから,医師である長男に医院を開設させることとし,所有する農地の一部(以下「本件農地」という。)を転用して,そこに長男のための医院を建築することを計画した。このため,農地法第4条第1項に基づく農地の転用許可の取得が必要となり,XがB市の担当課に相談したところ,農業振興地域の整備に関する法律(以下「農振法」という。)
第8条第1項に基づきB市が定めた農業振興地域整備計画の一環としての農用地利用計画(以下「本件計画」という。)により,本件農地が同条第2項第1号所定の農用地区域内の農地に指定されている旨を指摘された。そして,そのままでは同法第17条及び農地法第4条第6項第1号イにより転用は認められず,A県への転用許可申請の前提として,B市に対して,農振法第13条第1項に基づく本件計画の変更により本件農地を農用地区域から除外することを申し出なければならない旨を伝えられた。
Xの相談を受けて,B市の担当課が精査したところ,本件農地を含む区域においては,平成13年4月頃からA県により国の補助を受けて土地改良法に基づく土地改良事業として農業用の用排水施設の改修事業(以下「本件事業」という。)が実施されていたことが判明した。すなわち,本件事業は,従来の用排水施設の老朽化に伴い,大雨時の周辺農地の冠水や施設の維持管理労力の増加等の弊害が顕在化したために,施設の補修・改修を行うもので,本件農地を直接の受益地とする上流部分については,平成20年末頃には工事が終了していたものの,その後の計画変更による工事の中断もあって,全体としては,平成30年12月に完了している。そのため,同課においては,本件事業は,農振法第10条第3項第2号及び農業振興地域の整備に関する法律施行規則第4条の3第1号イの事業に該当し,農業振興地域の整備に関する法律施行令(以下「農振法施行令」という。)
第9条により,当該工事の完了した平成30年度の翌年度の初日から起算して8年を経過するまでは,本件農地は農振法第13条第2項第5号の要件を満たさないとの判断がなされた。そして,同課職員は,Xに対し,この期間が経過するまでは,本件農地についての本件計画の変更の申出は受け付けられない旨を回答した。
しかし,Xは,これに納得せず,B市長が定めた「農業振興地域整備計画の管理に関する運用指針」(以下「本件運用指針」という。)第4条第1項により,令和元年5月8日,B市長に対する本件計画の変更申出書(以下「本件申出書」という。)を所定の窓口に提出しようとしたものの,その受け取りを拒否されたため,即日,本件申出書を担当課に郵送した。本件申出書は,同月10日,同課に到達したが,同課は,これをXに返送した。これについてXが同課に電話で問い合わせたところ,同課職員は,所定の期間が経過するまでは,本件農地についての申出を受け付けることはできない旨を答えた。これに対して,Xは,申出をやめる意思がない旨を職員に伝えたものの,その後,翌令和2年5月中旬になっても,B市から本件計画の変更又はその拒絶についての本件運用指針第4条第4項による通知は受けていない。
Xは,本件計画の変更を実現するため,訴訟を提起すべく,同月13日,弁護士Cに相談した。
以下に示された【法律事務所の会議録】を読んだ上で,弁護士Cの指示に沿って,弁護士Dの立場に立って,B市の反論を想定しながら設問に答えなさい。
なお,関係法令の抜粋を【資料1 関係法令】に,本件運用指針の抜粋を【資料2 B市農業振興地域整備計画の管理に関する運用指針(抜粋)】に,それぞれ掲げてあるので,適宜参照しなさい。
〔設問1〕
⑴ Xは,B市を被告として,抗告訴訟を提起することを考えている。本件計画の変更及びその申出の拒絶は,抗告訴訟の対象となる処分に該当するかを検討しなさい。
⑵ 本件計画の変更及びその申出の拒絶が処分であることを前提として,本件申出書を返送されたXが提起すべき抗告訴訟について,その訴訟要件の充足性と本案においてすべき主張をそれぞれ検討しなさい。ただし,Xの申出に対する拒否処分はされていないものとし,義務付けの訴えについては検討を要しない。
〔設問2〕仮に,今後,B市によって,本件計画の変更の申出前にB市担当課職員がした回答どおりの理由により,同申出を拒絶する通知がなされ,Xがそれに対する取消訴訟を提起する場合,本案において,どのような違法事由を主張することが考えられるかを検討しなさい。ただし,当該訴訟が適法であることを前提とする。
【法律事務所の会議録】弁護士C:それでは,Xさんの案件について,検討しましょう。本件農地について,農用地区域から除外するための本件計画の変更の申出をB市が認めないことに関する争いですから,本件計画の変更,更にその申出の拒絶の処分性から検討しましょう。
弁護士D:農用地区域から除外するための計画変更については,その処分性を否定するB市による主張が予想されます。しかし,こうした計画変更やその申出の拒絶の処分性については,下級審の判断も分かれており,まだ,決着はついていないようですので,なお,検討の余地はありそうです。
弁護士C:そうですね。では,まず,農用地区域を定める計画自体の法的性格を検討してみてください。本件計画の設定が区域内の農地所有者の権利義務に及ぼす影響を整理した上,都市計画法上の用途地域指定についての判例(最高裁判所昭和57年4月22日第一小法廷判決,民集36巻4号705頁)も参考にして,計画としての性質や規制の程度などの違いも考えながら,本件計画の法的性格を考えてみましょう。さらに,それを踏まえて,本件農地のような個別の農地を農用地区域から除外するための計画変更の処分性を検討してください。
弁護士D:承知しました。
弁護士C:もっとも,本件計画の変更に処分性を認めることができたとしても,当然に,それについての申出の拒絶に処分性が認められることにはなりません。農振法上は,本件計画の設定と同様に市町村等の職権による計画変更が前提とされているように思えますが。
弁護士D:本件のような個別の農地についての計画変更を判断するためには,実務上,農地所有者等からの申出が不可欠で,こうした計画変更は,多くの市町村で広く行われています。特にB市においては,市長の策定した本件運用指針第4条によって計画変更の申出とそれに対する可否の通知の手続が定められています。
弁護士C:それでは本件運用指針の存在なども考慮に入れながら,その申出の性格と併せて,本件計画の変更及びその申出の拒絶の処分性を検討してください。ただし,Xさんは,本件農地についての別の処分を申請して,その拒否処分に対して取消訴訟を提起することもできるわけですので,本件計画の変更の段階での抗告訴訟による救済の必要性も,検討してください。
弁護士D:承知しました。
弁護士C:つぎに,Xさんは,本件計画の変更の申出をしたわけですが,本件計画の変更及びその申出の拒絶が処分であるとすれば,その申出に対する可否の通知をしないB市の担当課による処理については,行政手続法上も問題がありそうですね。
弁護士D:B市は,農用地区域からの除外に1年程度を要する旨を公表しており,Xさんと同時期にB市にその申出をした他の農地所有者らに対しては,既に先月中に通知がなされています。
弁護士C:それでは,本件計画の変更及びその申出の拒絶が処分であること,Xさんの申出への拒否処分がされていないことを前提として,その置かれている状態やB市による対応の法的な意味を検討した上で,どのような抗告訴訟を提起すべきかを検討してください。その訴訟要件の充足性に加えて,本案においてすべき主張についても検討をお願いします。義務付けの訴えの提起も考えられますが,これについては,今回の検討からは除外しておきます。
弁護士D:承知しました。
弁護士C:最後に,今後,B市により,本件計画の変更の申出前にB市担当課職員がした回答どおりの理由により,本件計画の変更の申出を拒絶する通知がなされる可能性もありますので,これに対してXさんが取消訴訟を提起する場合,当該訴訟が適法であることを前提として,本案においてどのような違法事由の主張が考えられるかも,検討しておいてください。今回は,手続上の違法は,検討から除外しておきましょう。
弁護士D:B市は,土地改良事業である本件事業との関係から,農振法第13条第2項第5号を満たさないとしていますが,Xさんは,本件農地については,この要件を充足していると考えています。Xさんによると,本件事業は,農地の冠水の防止を主たる目的とするもので,これによって関係する農地の生産性が向上するとは考えにくいそうです。とりわけ,本件農地は,高台にあるため,ほとんど本件事業の恩恵は受けないと言っています。
弁護士C:それでは,まず,その点にどのような違法が考えられるかについて,本件計画の目的も踏まえて,検討してください。
弁護士D:さらに,本件事業全体の完了は平成30年でしたが,本件農地と関連する部分の工事については,その10年も前に完了していたそうで,農振法施行令第9条の規定する8年という期間制限を一律に適用されることにも,Xさんは不満を感じています。
弁護士C:この政令自体が無効であるとまではいえず,その定める8年という期間も不適切とまではいえないとしても,例外を認めずに,この政令の定める期間制限を機械的に適用していることに問題がありそうですね。土地改良事業との関係で農用地区域からの除外を制限している農振法の趣旨目的を踏まえて,本件農地について,これに基づく政令所定の期間制限に例外を認める解釈を検討してください。
弁護士D:承知しました。
【資料1 関係法令】〇 農地法(昭和27年法律第229号)(抜粋)
(農地の転用の制限)
第4条 農地を農地以外のものにする者は,都道府県知事(中略)の許可を受けなければならない。(以下略)
一~九 (略)
2~5 (略)
6 第1項の許可は,次の各号のいずれかに該当する場合には,することができない。(以下略)
一 次に掲げる農地を農地以外のものにしようとする場合イ 農用地区域(中略)内にある農地ロ (略)
二~六 (略)
7~11 (略)
〇 農業振興地域の整備に関する法律(昭和44年法律第58号)(抜粋)
(農業振興地域の整備の原則)
第2条 この法律に基づく農業振興地域の指定及び農業振興地域整備計画の策定は,農業の健全な発展を図るため,土地の自然的条件,土地利用の動向,地域の人口及び産業の将来の見通し等を考慮し,かつ,国土資源の合理的な利用の見地からする土地の農業上の利用と他の利用との調整に留意して,農業の近代化のための必要な条件をそなえた農業地域を保全し及び形成すること並びに当該農業地域について農業に関する公共投資その他農業振興に関する施策を計画的に推進することを旨として行なうものとする。
(市町村の定める農業振興地域整備計画)
第8条 都道府県知事の指定した一の農業振興地域の区域の全部又は一部がその区域内にある市町村は(中略)その区域内にある農業振興地域について農業振興地域整備計画を定めなければならない。
2 農業振興地域整備計画においては,次に掲げる事項を定めるものとする。
一 農用地等として利用すべき土地の区域(以下「農用地区域」という。)及びその区域内にある土地の農業上の用途区分二~六 (略)
3 (略)
4 市町村は,第1項の規定により農業振興地域整備計画を定めようとするときは(中略)当該農業振興地域整備計画のうち第2項第1号に掲げる事項に係るもの(以下「農用地利用計画」という。)
について,都道府県知事に協議し,その同意を得なければならない。
(農業振興地域整備計画の基準)
第10条 (略)
2 (略)
3 市町村の定める農業振興地域整備計画のうち農用地利用計画は,当該農業振興地域内にある農用地等及び農用地等とすることが適当な土地であつて,次に掲げるものにつき,当該農業振興地域における農業生産の基盤の保全,整備及び開発の見地から必要な限度において農林水産省令で定める基準に従い区分する農業上の用途を指定して,定めるものでなければならない。
一 (略)
二 土地改良法(中略)に規定する土地改良事業又はこれに準ずる事業で,農業用用排水施設の新設又は変更,区画整理,農用地の造成その他の農林水産省令で定めるものの施行に係る区域内にある土地三~五 (略)
4,5 (略)
(農業振興地域整備計画の変更)
第13条 都道府県又は市町村は,農業振興地域整備基本方針の変更若しくは農業振興地域の区域の変更により(中略)又は経済事情の変動その他情勢の推移により必要が生じたときは(中略)遅滞なく,農業振興地域整備計画を変更しなければならない。(以下略)
2 前項の規定による農業振興地域整備計画の変更のうち,農用地等以外の用途に供することを目的として農用地区域内の土地を農用地区域から除外するために行う農用地区域の変更は,次に掲げる要件のすべてを満たす場合に限り,することができる。
一~四 (略)
五 当該変更に係る土地が第10条第3項第2号に掲げる土地に該当する場合にあつては,当該土地が,農業に関する公共投資により得られる効用の確保を図る観点から政令で定める基準に適合していること。
3,4 (略)
(土地利用についての勧告)
第14条 市町村長は,農用地区域内にある土地が農用地利用計画において指定した用途に供されていない場合において,農業振興地域整備計画の達成のため必要があるときは,その土地の所有者又はその土地について所有権以外の権原に基づき使用及び収益をする者に対し,その土地を当該農用地利用計画において指定した用途に供すべき旨を勧告することができる。
2 市町村長は,前項の規定による勧告をした場合において,その勧告を受けた者がこれに従わないとき,又は従う見込みがないと認めるときは,その者に対し,その土地を農用地利用計画において指定した用途に供するためその土地について所有権又は使用及び収益を目的とする権利を取得しようとする者で市町村長の指定を受けたものとその土地についての所有権の移転又は使用及び収益を目的とする権利の設定若しくは移転に関し協議すべき旨を勧告することができる。
(都道府県知事の調停)
第15条 市町村長が前条第2項の規定による勧告をした場合において,その勧告に係る協議が調わず,又は協議をすることができないときは,同項の指定を受けた者は,その勧告があつた日から起算して2箇月以内に(中略)都道府県知事に対し,その協議に係る所有権の移転又は使用及び収益を目的とする権利の設定若しくは移転につき必要な調停をなすべき旨を当該市町村長を経由して申請することができる。
2 都道府県知事は,前項の規定による申請があつたときは,すみやかに調停を行なうものとする。
3,4 (略)
(農用地区域内における開発行為の制限)
第15条の2 農用地区域内において開発行為(中略)をしようとする者は,あらかじめ(中略)都道府県知事(中略)の許可を受けなければならない。(以下略)
一~十二 (略)
2~10 (略)
(農地等の転用の制限)
第17条 都道府県知事(中略)は,農用地区域内にある(中略)農地及び採草放牧地についての同法〔(注)農地法〕第4条第1項(中略)の許可に関する処分を行うに当たつては,これらの土地が農用地利用計画において指定された用途以外の用途に供されないようにしなければならない。
〇 農業振興地域の整備に関する法律施行令(昭和44年政令第254号)(抜粋)
〔(注) 本政令中,「法」は農業振興地域の整備に関する法律を指す。〕(農用地区域の変更に係る基準)
第9条 法第13条第2項第5号の政令で定める基準は,当該変更に係る土地が法第10条第3項第2号に規定する事業の工事が完了した年度の翌年度の初日から起算して8年を経過した土地であることとする。
〇 農業振興地域の整備に関する法律施行規則(昭和44年農林省令第45号)(抜粋)
〔(注) 本規則中,「法」は農業振興地域の整備に関する法律を指す。〕(土地改良事業等)
第4条の3 法第10条第3項第2号の農林水産省令で定める事業は,次に掲げる要件を満たしているものとする。
一 次のいずれかに該当する事業(主として農用地の災害を防止することを目的とするものその他の農業の生産性を向上することを直接の目的としないものを除く。)であること。
イ 農業用用排水施設の新設又は変更(当該事業の施行により農業の生産性の向上が相当程度図られると見込まれない土地にあつては,当該事業を除く。)
ロ~ホ (略)
二 次のいずれかに該当する事業であること。
イ 国が行う事業ロ 国が直接又は間接に経費の全部又は一部につき補助を行う事業
【資料2 B市農業振興地域整備計画の管理に関する運用指針(抜粋)】(目的)
第1条 農用地区域は,今後おおむね10年以上にわたり農業上の利用を確保すべき土地について設定するものであり,農用地利用計画の変更については,十分慎重を期す必要があるため,その場合における運用基準を定めるものである。
(変更手続き)
第4条 農用地利用計画の変更を必要とする者(以下「申出人」という。)は,別に定める申出書と必要な関係書類を添えて,正副2部作成し,農業振興課窓口に提出しなければならない。
2 農用地利用計画の変更の申出が計画を変更すべき事由に該当する場合は,B市農業振興審議会に付議し,意見を求めるものとする。
3 農用地利用計画の変更をするときは,県(国)と事前に協議を行うこととする。
4 申出書による農用地利用計画の変更の可否については,申出人に通知するものとする。
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