司法試験 令和2年 憲法
問題文
[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
1.いわゆるバス事業は,主に乗合バス事業と貸切バス事業とに分けられる。ここでは,乗合バス事業とは,道路運送法上の一般旅客自動車運送事業の許可を受け,有償で,乗車定員11人以上の自動車を使用して乗合旅客を運送する事業をいい,貸切バス事業とは,同許可を受け,有償で,一個の契約により乗車定員11人以上の自動車を貸し切って旅客を運送する事業をいうものとする。
乗合バス事業者が路線を定めて定期に運行するバス(以下「路線バス」という。)のうち,高速道路を利用し,長距離の路線を定めて定期に運行するバスを,ここでは,高速路線バスと呼ぶこととする。また,高速路線バス以外の路線バスについては,地域住民の日常的な移動手段として利用されることが多く,ここでは,生活路線バスと呼ぶこととする。現在,高速路線バスを運行する乗合バス事業者には,生活路線バスとともに高速路線バスを運行する事業者と,高速路線バスのみを運行する事業者とがある。
高速路線バスの事業主体は乗合バス事業者に限定されているが,国土交通大臣の許可を受ければ,その運行を貸切バス事業者に委託することができる。
2.地方の深刻な人口減少が続く中,生活路線バス事業の大半が赤字であり,三大都市圏以外では,その傾向はより顕著となっている。その結果,全国の生活路線バスでは,近年,路線の廃止や減便が続いている。このことは,地域の生活路線バスに依存する高齢者や高校生等にとって,不可欠な移動手段を奪い,日常生活に極めて大きな支障をもたらすものである。さらに,公共交通の衰退の結果,高齢者にとって自家用車が唯一の移動手段となっていることが,高齢者の運転ミスによる人身事故の発生が続いている状況にもかかわらず,免許返納が進まない一因であるとの指摘もなされている。
3.そのような中,202X年,超党派の国会議員は,地域における住民の移動手段の確保を目的として,「持続可能な地域交通システム法(仮称)」の制定を目指す議員連盟(以下「議連」という。)を発足させた。議連では,この観点から,公共交通の維持・拡充の方策とともに,交通渋滞による通行障害の除去を目的とする規制についても検討している。これは,大都市の一部区域や一部の観光地における交通渋滞が,地域住民の自家用車やバスでの移動の妨げとなるほか,道幅の狭いところでは住民の歩行や緊急車両の通行を困難にするなど,住民生活に著しい支障を来す程度に達しており,住民の安全・安心な生活を脅かしていると考えられるためである。
4.議連で検討されているのは,次のような規制である。
規制① 高速路線バスの運行は,生活路線バスを運行する乗合バス事業者にのみ認めるものとする。生活路線バスへの新規参入は,既存の生活路線バスを運行する乗合バス事業者の経営の安定を害さない場合に限り,認めるものとする。
規制② 都道府県知事が定める特定の渋滞区域について,特定の時間帯における域外からの自家用車の乗り入れを原則として禁止するものとする。
5.【別添資料】は,規制①及び②の内容として議連で検討されている法律案の骨子である。議連の担当者Xは,同法律案について,法律家甲に相談した。その際の甲とXとのやり取りは,以下のとおりであった。
甲:規制①が検討された背景には,生活路線バスを運行する事業者の経営が悪化する中で,地方の高齢者や高校生等の移動手段をどう確保するかという問題があったということですね。
X:そうです。地方のバス事業者は,生活路線バスの慢性的赤字を,高速路線バスの収益と自治体からの補助金とで補填することにより,経営を維持している場合が少なくありません。過疎化が進み,地方のバス事業者の経営環境が著しく悪化している現在,新たな規制によるてこ入れが必要だと考えています。
そこで,地域の移動手段である生活路線バスを運行する事業者の収益を改善して,これ以上の路線廃止や減便が起こらないようにし,可能であれば,増便を促すなどして利便性が向上すればと思っております。
甲:つまり,生活路線バスを運行する乗合バス事業者の収益を改善するために,高速専業の乗合バス事業者を認めない,ということですね。
X:はい。また,規制①では,それまで高速専業だった乗合バス事業者も,生活路線バスに参入すれば,高速路線バスを運行できるようになります。これにより,生活路線バスへの新規参入を促す効果があると考えています。
甲:その点について確認ですが,多くの利用者が見込まれる高収益の路線,例えば県庁所在地の中心駅と繁華街を結ぶ生活路線バスに参入すれば,その事業者は,高速路線バスを運行することができるようになるということですか。
X:いいえ。法律案では,既存の事業者の経営の安定を害さないことを参入要件として定め,既存の生活路線バスが運行していない路線に限り新規参入を認めることにより,高収益の路線のみへの参入を排除したいと考えております。
甲:地域の移動手段に責任を持つ事業者に限る,ということですね。これも確認なのですが,生活路線バスに参入しなかった,あるいは,参入できなかった事業者は,どうなるのでしょうか。
X:高速路線バスを自ら運行することはできなくなりますが,貸切バス事業に転業すれば,生活路線バスを運行する乗合バス事業者から高速路線バスの運行を受託することはできます。
甲:ところで,法律案では,規制②として,都市部や観光地の交通規制も考えていますね。
X:はい。住民の日常生活に関わる地域交通の課題を洗い出してみたところ,渋滞によって住民の自家用車やバスによる移動が著しく困難になるという事例が各地から報告されました。歴史的な街並みが保存されている地区や住宅密集地では,道路の拡幅もできず,歩くのも危ないし緊急車両の通行もままならないということで,住民の不安も高まっています。曜日と時間帯を限ってということになりますが,規制②は,域外からの自家用車の乗り入れを禁止することによって,深刻な交通渋滞を解消するものです。
甲:どれくらいの広さ・時間の規制を考えているのですか。
X:広さは規制の対象となる区域によって様々でしょうが,最大でも混雑がひどい数平方キロメートルでしょうか。時間帯は,例えば観光地では週末や休日の午前9時から午後5時くらいを,住宅密集地では通勤・通学の時間帯を想定しています。
甲:例えば,規制の対象となる区域の住民が,域外に居住する人の運転する自家用車に乗せてもらって当該区域に入ろうとする場合にも,規制の対象となるのですか。
X:いいえ。当該区域の住民が乗車している場合には,規制の対象とはなりません。
甲:法律案の概要は分かりました。この法律案について,関係者の間で反対する意見はありませんでしたか。
X:ありました。まず,規制①ですが,これまで高速専業だった乗合バス事業者からは,生活路線バスに参入しないと高速路線バスの運行ができなくなることから,死活問題だという意見も寄せられています。また,生活路線バス用の車両の購入や,営業所の設置・維持,運転手の再教育に多くの費用が掛かることへの懸念に加え,そもそも既存の生活路線バスを運行する乗合バス事業者の経営を脅かさずに参入できる地域があるのか,という疑問も寄せられています。
規制②については,候補地の住民からはおおむね好意的な意見が寄せられています。他府県ナンバーの自家用車の運転手にも意見を聞いたのですが,やむを得ないという声がある一方,自家用車での移動が規制されることには批判の声もあります。また,ある観光地の住民からは,渋滞の原因は観光バス等にもあるから,自家用車のみを規制してもあまり意味がないといった声も聞かれます。
甲:そうですか。憲法上の問題点については検討しましたか。
X:いくつか憲法上の問題点があるとは認識していますが,具体的な検討はこれからです。そこで先生に,主要な論点を整理して検討をお願いしたいと考えております。
〔設問〕あなたが検討を依頼された法律家甲であるとして,規制①及び②の憲法適合性について論じなさい。なお,その際には,必要に応じて,参考とすべき判例や自己の見解と異なる立場に言及すること。
【別添資料】持続可能な地域交通システム法(仮称)の骨子第1 目的この法律は,公共交通の維持・拡充や交通渋滞の緩和を図ることにより,地域における住民の移動手段を確保することを目的とするものとする。
第2 定義1 「乗合バス事業」とは,道路運送法上の一般旅客自動車運送事業の許可を受け,有償で,乗車定員11人以上の自動車を使用して乗合旅客を運送する事業をいい,「乗合バス事業者」とは,乗合バス事業を経営する者をいうものとする。
2 「貸切バス事業」とは,道路運送法上の一般旅客自動車運送事業の許可を受け,有償で,一個の契約により乗車定員11人以上の自動車を貸し切って旅客を運送する事業をいい,「貸切バス事業者」とは,貸切バス事業を経営する者をいうものとする。
3 「高速路線バス」とは,乗合バス事業者が路線を定めて定期に運行するバスのうち,高速道路を利用し,50キロメートル以上の路線を定めて定期に運行するバスをいうものとする。
4 「生活路線バス」とは,乗合バス事業者が路線を定めて定期に運行するバスのうち,高速路線バス以外のものをいうものとする。
5 「特定区域」とは,域外からの自動車の乗り入れによって,地域住民の日常生活に著しい支障を来す程度の交通渋滞が生じている区域をいうものとする。
第3 高速路線バス1 高速路線バスは,生活路線バスを運行する乗合バス事業者のみが,国土交通大臣の許可を受けた上で運行することができるものとする。
2 生活路線バスを運行する乗合バス事業者は,国土交通大臣の許可を受けた上で,高速路線バスの運行を,貸切バス事業者に委託することができるものとする。
第4 生活路線バス国土交通大臣は,既に当該地域で生活路線バスを運行している乗合バス事業者の経営の安定を害することがないと認められる場合に限り,既存の生活路線バスが運行していない路線において,新たに生活路線バスの運行を許可することができるものとする。
第5 特定区域1 都道府県知事は,特定区域について,時間帯を定めて,当該区域の住民以外の者が乗車する自家用乗用自動車(当該区域の住民又は身体障害者が乗車する場合その他やむを得ない事由があると認められる場合を除く。)の通行を禁止することができるものとする。
2 前項の禁止に違反した者は,5000円以下の過料に処するものとする。
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