司法試験 令和元年 憲法
問題文
[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
近年,いわゆるソーシャル・ネットワーキング・サービス(以下「SNS」という。)の普及に伴って,各国において,事実に反する虚偽のニュースが広く伝播することにより,社会に負の影響を及ぼしているのではないかということが問題とされるようになっている。この種のニュースはフェイク・ニュースと呼ばれ,過去に外国の重要な選挙に際して,意図的なフェイク・ニュースの作成・配信が,選挙結果を左右したという研究や報道もなされている。
20XX年,我が国においても,甲県の化学工場の爆発事故の際に,「周囲の環境汚染により水源となる湖が汚染されて,近隣の県にも飲料水が供給できなくなる。」という虚偽のニュースがSNS上で流布され,複数の県において,飲料水を求めてスーパーマーケットその他の店舗に住民が殺到して大きな混乱を招くこととなった。また,乙県の知事選挙の際に,「県は独自の税を条例で定めて県民負担を増やすことを計画している。」という虚偽のニュースがSNS上で流布され,現職知事である候補者が落選したことから,選挙の公正が害されたのではないかとの議論が生じた。
このような状況に鑑み,我が国でも,A省において,虚偽の表現の流布を規制する「フェイク・ニュース規制法」の立法を検討することとなった。現在,A省においては,①虚偽の表現を流布することを一般的に禁止及び処罰するとともに,②選挙に際して,その公正を害するSNS上の虚偽の表現について,独立行政委員会がSNS事業者に削除を命令し,これに従わない者を処罰することなどを内容とする立法措置が検討されている(法律案の関連条文は【参考資料】のとおり。以下「法案」として引用する。)。
【立法措置①について】まず,上記①についての立法措置としては,虚偽表現を「虚偽の事実を,真実であるものとして摘示する表現」と定義し,「何人も,公共の利害に関する事実について,虚偽であることを知りながら,虚偽表現を流布してはならない。」として,公共の利害に関する虚偽の表現を流布することを一般的に禁止した上で,罰則で担保することが検討されている(法案第2条第1号,第6条,第25条)。
なお,虚偽の表現を流布することに関連する現行法の罰則として,例えば刑法には,名誉毀損罪(同法第230条),信用毀損及び業務妨害罪(同法第233条)の規定があるが,いずれも,特定の人の社会的評価や業務に関するものであり,虚偽の表現を流布することのみについて処罰するものではない。また,公職選挙法には,虚偽事項の公表罪(同法第235条),新聞紙・雑誌が選挙の公正を害する罪(同法第235条の2第1号,第148条第1項ただし書)といった規定があるが,虚偽事項の公表罪は,「当選を得又は得させる目的」や「当選を得させない目的」をもって,「公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者」に関する虚偽事項を公表することなどを処罰するものであり,新聞紙・雑誌が選挙の公正を害する罪は,新聞紙・雑誌が虚偽の事項を記載するなどして選挙の公正を害した場合に,その編集者・経営者等を処罰するものであって,虚偽の表現を流布することを一般的に禁止及び処罰するものではない。
以上のように,虚偽の表現を流布することに関連する現行法の規制には,一定の限定が付されているところ,①の立法措置は,虚偽の表現の対象について「公共の利害に関する事実」と限定するものの,それ以外には限定を付さずに,虚偽の表現を流布することを端的に処罰しようとするものである。これは,虚偽の表現が流布されることによる社会的混乱を防止するには,現行法の規制では十分ではなく,虚偽の表現を流布することそのものを禁止することが必要との理由によるものである。
【立法措置②について】次に,上記②についての立法措置は,インターネット上の虚偽の表現の中でも,取り分けSNS上のもの,その中でも選挙に際しての虚偽の表現が問題であり,緊急に対応措置が執られなければ選挙の公正が害されるおそれが大きいことを理由として検討されているものである。これによれば,「虚偽表現であることが明白」であり,かつ「選挙の公正が著しく害されるおそれがあることが明白」な表現を「特定虚偽表現」として定め,選挙運動の期間中及び選挙の当日に限り,日本国内で広く利用されているSNSを提供しているSNS事業者は,その提供するSNS上において,特定虚偽表現があることを知ったときは,速やかに当該表現を削除しなければならないとされる(法案第9条第1項。ここでいうSNS及びSNS事業者の定義については,法案第2条第2号及び第3号参照。)。なお,選挙に際して,虚偽の事項を記載する等の行為の処罰については,既に指摘したとおり,公職選挙法に規定がある。
さらに,SNS事業者が法案第9条第1項に従って特定虚偽表現を自ら削除しない場合,いわゆる独立行政委員会として新たに設置されるフェイク・ニュース規制委員会(法案第15条,以下「委員会」という。)は,SNS事業者に対し,当該表現を削除するように命令することができ,SNS事業者がこの命令に違反した場合には,処罰されることとなる(法案第9条第2項,第26条)。この委員会の命令については,公益上緊急に対応する必要があることが明らかであるとして,行政手続法の定める事前手続は不要であるとされる(法案第20条)。
なお,一定の場合を除いては,SNS事業者が表現を削除した場合に当該表現の発信者に生じた損害については,SNS事業者を免責することとされている(法案第13条)。
A省における法案の検討の過程で,SNSの利用者を含む一般市民やSNS事業者から意見を聴取する機会が設けられたところ,様々な意見が述べられ,その中には,憲法上の疑義を指摘するものもあった。
〔設問〕あなたは,A省から依頼を受けて,法律家として,この立法措置が合憲か違憲かという点について,意見を述べることになった。
その際,A省からは,参考とすべき判例があれば,それを踏まえて論じるように,そして,判例の立場に問題があると考える場合には,そのことについても論じるように求められている。また,当然ながら,この立法措置のどの部分が,いかなる憲法上の権利との関係で問題になり得るのかを明確にする必要があるし,自己の見解と異なる立場に対して反論する必要があると考える場合は,それについても論じる必要がある。
以上のことを前提として,あなた自身の意見を述べなさい。
なお,独立行政委員会制度の合憲性については論じなくてよい。また,本問の法案による規制は,国外に拠点を置くSNS事業者にも,日本国内の利用者に対してサービスを提供している限り適用され,そのために必要となる法整備は別途適切になされるものとする。
【参考資料】フェイク・ニュース規制法(案)(抜粋)
第1章 総則(目的)
第1条 この法律は,公共の利害に関する虚偽の表現について必要な規制を行うことによって,虚偽の表現により社会的混乱が生じることを防止するとともに,選挙運動の期間中及び選挙の当日における虚偽の表現について必要な削除義務等を定めることにより,選挙の公正を確保することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律において,次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 虚偽表現 虚偽の事実を,真実であるものとして摘示する表現をいう。
二 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(以下「SNS」という。) インターネット上の会員制サービスであって,利用者が,任意の情報を,他の利用者と共有し,又は公衆にアクセス可能とすることを目的とするものをいう。
三 SNS事業者 SNSを提供することを業とする者をいう。ただし,当該SNSの国内における利用登録者が200万人に満たないものを除く。
四 (略)
(基本理念)
第3条 (略)
(国の責務)
第4条 (略)
(SNS事業者の責務)
第5条 (略)
第2章 虚偽表現の規制(虚偽表現を流布することの禁止)
第6条 何人も,公共の利害に関する事実について,虚偽であることを知りながら,虚偽表現を流布してはならない。
(選挙運動の期間中及び選挙の当日の表現の留意事項)
第7条 (略)
(SNS事業者が執るべき措置)
第8条 (略)
(選挙運動の期間中及び選挙の当日の虚偽表現の削除義務及びフェイク・ニュース規制委員会による削除命令)
第9条 SNS事業者は,選挙運動の期間中及び選挙の当日に,自らが提供するSNS上に,次の各号のいずれにも該当する表現(以下「特定虚偽表現」という。)があることを知ったときは,速やかに当該表現を削除しなければならない。
一 当該表現が虚偽表現であることが明白であること。
二 当該表現により,選挙の公正が著しく害されるおそれがあることが明白であること。
2 フェイク・ニュース規制委員会は,特定虚偽表現があるにもかかわらず,SNS事業者によって前項の措置が執られないときは,当該SNS事業者に対し,速やかに当該表現を削除するように命令することができる。
(損害賠償責任の免除)
第13条 第9条第2項の規定による命令に基づき,SNS事業者が,特定虚偽表現を削除した場合において,これにより当該表現の発信者に生じた損害については,SNS事業者は賠償の責任を負わない。SNS事業者が,特定虚偽表現を削除した場合,又は特定虚偽表現でない表現を特定虚偽表現として削除したことについて故意又は重大な過失がなかった場合も同様とする。
第3章 フェイク・ニュース規制委員会(設置及び組織)
第15条 国家行政組織法(昭和23年法律第120号)第3条第2項の規定に基づいて,A大臣の所轄の下に,フェイク・ニュース規制委員会(以下「委員会」という。)を置く。
2 委員会は,5人の委員をもって組織する。
3 委員は,両議院の同意を得て,内閣総理大臣が任命する。
4 委員の任命については,2人以上が同一の政党に属することになってはならない。
5 委員の任期は,3年とする。
6 内閣総理大臣は,委員が心身の故障のために職務の執行ができないと認める場合又は委員に職務上の義務違反その他委員たるに適しない非行があると認める場合には,両議院の同意を得て,その委員を罷免することができる。
(委員会の所掌事務)
第16条 委員会は,次に掲げる事務をつかさどる。
一 (略)
二 (略)
三 第9条第2項の規定による命令を発すること。
四 公共の利害に関する虚偽表現の防止のための施策を立案すること。
第4章 雑則(行政手続法の適用除外)
第20条 第9条第2項の規定による命令については,行政手続法(平成5年法律第88号)第3章の規定は適用しない。
第5章 罰則第25条 第6条の規定に違反して虚偽表現を流布した者は,30万円以下の罰金に処する。
第26条 第9条第2項の規定による命令に違反した者は,6月以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
第27条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人,使用人その他の従業者が,その法人又は人の業務に関し,前条の違反行為をしたときは,行為者を罰するほか,その法人又は人に対しても,同条の罰金刑を科する。
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