司法試験 平成30年 憲法
問題文
[公法系科目]
〔第1問〕(配点:100)
20**年,A市では,性的な画像を含む書籍の販売等の在り方に対し,市民から様々な意見や要望があることを踏まえ,新たな条例の制定が検討されることとなった。この条例の検討に関わっている市の担当者Xは,憲法上の問題についての意見を求めるため,条例案を持参して法律家甲のところを訪れた。【別添資料】は,その条例案の抜粋である。法律家甲と担当者Xとの間でのやり取りは以下のとおりであった。
甲:新しい条例が検討されているのはどのような理由からですか。
X:いわゆる「成人向け」「アダルトもの」と呼ばれる雑誌だけでなく,最近では一般の週刊誌として販売される雑誌を含む様々な出版物等に,裸の女性の写真など性的な画像が掲載され,それらがスーパーマーケットやコンビニエンスストアなど市民が食料品や生活用品を購入するために日常的に利用する店舗で販売されています。近年,一部のコンビニエンスストアでは,そのような雑誌類の取扱いをやめる動きも出てきていますが,飽くまでも一部の店舗による自主的なものにとどまっています。この状況に対して,市民からは,青少年の健全な育成に悪影響を及ぼす,安心して子供と買い物に行けないという意見が寄せられているほか,特に女性を中心として,見たくもないものが目に入って不快であるとか,思わぬところで性的なものに触れないようにしてほしいという意見が最近多く寄せられるようになりました。市内には,マンションや団地,住宅地が多く,子供がいる世帯が多数居住していますが,そのような地区の自治会からも性的な画像を掲載した出版物等の販売や貸与について規制を求める要望が出ています。
甲:すると,青少年の健全な育成を図ることだけが目的となるわけではないのですね。
X:そうです。青少年の健全な育成とともに,羞恥心や不快感を覚えるような卑わいな書籍等が,それらをおよそ買うつもりのない人たちの目に,むやみに触れることがないようにすることもねらいです。
甲:具体的にはどのようなものを規制の対象とするのですか。
X:規制の対象となる図書類は,この条例案の第7条に記載しています。日々発行される様々な出版物等を適切に規制の対象とするため,市長等が規制の対象となる図書類を個別に指定することとはせず,要件に該当する図書類が自動的に規制の対象となるようにしました。「性交」,「性交類似行為」や「衣服の全部又は一部を着けない者の卑わいな姿態」を撮影した写真や動画などの画像とこれらを描写した図画を対象とし,かつ,「殊更に性的感情を刺激する」ものであることが要件となります。このような画像や図画が含まれる書籍や雑誌などを「規制図書類」としました。
甲:刑法第175条で処罰の対象となっている「わいせつ」な文書等には当たらないものもこの条例では規制の対象となるのですね。
X:そうです。刑法上の「わいせつ」な文書等に当たらないものも,もちろん対象になります。刑法上の「わいせつ」な文書等に該当すれば,頒布や陳列自体が犯罪行為となるわけですから,むしろ,この条例では刑法で処罰対象とならないものを規制することに意味があると考えています。
甲:規制の対象には,写真や動画などの画像だけでなく,漫画やアニメなど絵による描写も含むのですか。
X:含みます。絵による描写でも,殊更に性的感情を刺激する類のものがありますし,普通の漫画と同じように書店などで陳列され,子供が普通の漫画だと思って手に取って見てしまうので困るという意見も寄せられています。
甲:いわゆる性的玩具類の販売や映画館での成人向け映画の上映などの規制はどうするのですか。
X:これらは専門の店舗で販売等されるのが通常で,既に別の法律や条例の規制対象になっているので,本条例の対象とは考えていません。
甲:規制の内容,方法はどのようなものですか。
X:第8条に4種類の規制を定めています。まず,通常のスーパーマーケットやコンビニエンスストアなど,市民が食料品などの日用品を購入するために日常的に利用する店舗に規制図書類が置かれていると,青少年の健全な育成にとっても,市民が性的なものに触れることなく安心して生活できる環境の保持という点でも,望ましくありませんので,そのような店舗に規制図書類が並ばないようにする必要があります。そのため,第8条第1項で,主に日用品等を販売する店舗における規制図書類の販売や貸与を禁止しています。次に,第8条第2項で,小学校,中学校,高等学校などの敷地から200メートルの範囲を規制区域とし,事業者が,その区域内において規制図書類の販売や貸与をすることを禁止します。規制区域では,事業者は,青少年に限らず,誰に対しても,店舗で規制図書類の販売や貸与をすることができないこととなります。児童・生徒らが頻繁に行き来する範囲にそのような店舗が存在することは望ましくないという市民の声に応えるためです。これらの規制の下でも,第8条第1項に当たらない事業者の店舗,つまり,日用品等の販売を主たる業務としていない事業者の店舗については,第8条第2項の規制区域の外であれば,規制図書類の販売や貸与ができます。そこで,第8条第3項で,青少年に対する規制図書類の販売や貸与を禁止し,さらに,第8条第4項で,規制図書類の販売や貸与をする店舗内では,規制図書類を壁と扉で隔てた専用の区画に陳列することなどを義務付けます。
甲:第8条第1項各号には,書籍やDVDなど「図書類」が挙げられていませんが,書店やレンタルビデオ店は,第8条第1項で規制図書類の販売や貸与が禁止される店舗には当たらないということですか。
X:そのとおりです。確かに,書店やレンタルビデオ店にも青少年や規制図書類を購入等するつもりのない人が出入りするのですが,他方で,書店など図書類を専ら扱う店舗で規制図書類を全く扱えないとなると,その営業に与える影響が大きく,これらの店舗に酷なことになります。また,通常,書店やレンタルビデオ店に,規制図書類に当たるような書籍等が置かれていることは一般の方も理解されているはずですので,そういった店舗では,第8条第4項に規定した規制図書類を隔離して陳列するなどの義務を履行してもらえば足りるのではないかと考えています。
甲:この条例によって,これまで規制図書類の販売や貸与をしていた事業者には,どの程度の影響が及ぶことになるのでしょうか。
X:市内には,小売店が約3000店舗あるのですが,そのうち,第8条第1項に該当する日用品等の販売を主たる業務とする店舗は約2400店舗あります。この第8条第1項に該当する店舗のうち,約600店舗が規制図書類を販売しています。もっとも,これらの店舗は,主に日用品等を扱っていますから,規制図書類の売上げが売上げ全体に占める割合は微々たるものです。また,第8条第2項によって規制図書類の販売や貸与をする事業が禁止される規制区域が市全体の面積に占める割合は20パーセント程度で,市内の商業地域に限っても,規制区域が占める割合は30パーセント程度です。市内の規制区域にある店舗は約700店舗で,そのうち規制図書類の販売や貸与をする店舗は約150店舗あります。しかし,その約150店舗のうち,規制図書類の売上げが売上げ全体の20パーセントを超えるのは,僅か10店舗に過ぎません。
甲:この条例案による規制に反対する意見はないのですか。
X:規制対象が広過ぎるのではないかという意見があります。また,日用品等の販売を主たる業務とする店舗の一部は,規制図書類の売上げが売上げ全体のごく一部であっても,これを販売していること自体に集客力があると考えているようで,販売の全面的な禁止に反対しています。そのほか,第8条第2項の規制区域で規制図書類を販売してきた店舗の中からも,この条例案に反対する意見が寄せられています。しかし,これまでどおりの営業ができなくなっても,正にそれを市民が求めている以上は,やむを得ないのではないかと考えています。規制区域の店舗には,規制図書類の販売と貸与さえやめてもらえればいいわけで,販売等を継続したいのであれば,市内にも店舗を移転できる場所はあるはずです。条例の施行までには6か月という期間を設けてもいます。
甲:事業者の側からは,ほかにどのような意見があるのですか。
X:スーパーマーケットやコンビニエンスストアの事業者や業界団体の中には,既にいわゆる「成人向け」の書籍等について自主規制を行っているところもあり,反対はそれほど多くありません。
しかし,例えば,書店やレンタルビデオ店など規制図書類とそれ以外の図書類とを取り扱っている店舗では,今後,第8条第4項に従って規制図書類を隔離して陳列しなければならないため,その要件を満たすための内装工事等が必要で,そこまでの必要があるのかと疑問視する声があります。
甲:規制図書類を購入する側である18歳以上の人,あるいは,青少年への影響についてはどのように考えていますか。
X:18歳以上の人にとっては,これまで規制図書類を購入していた店舗で購入できなくなる場合があるなど,不便になるということはあると思いますが,市内で規制図書類を一切買えなくなるわけではありません。青少年については,成長途上であり,規制図書類が全く購入できなくなっても,社会的に許容されると考えています。
甲:この条例に違反した場合の制裁はどうなっていますか。
X:第9条に規定しているとおり,第8条に違反した事業者に対し,市長が,改善命令又は業務停止命令を発することができます。そして,第15条で,第8条第1項から第3項までに違反した者や,市長の改善命令や業務停止命令に違反した者に対する刑事罰を定めており,その法定刑は,6月以下の懲役又は50万円以下の罰金としています。
甲:条例案の内容は分かりました。
X:いろいろな意見がありますし,規制は必要な範囲にしたいと考えて検討しているのですが,条例でこのような規制をすることは,憲法上,問題があるでしょうか。
甲:規制の対象となる図書類の範囲や,規制の手段,内容について,議論があり得ると思います。
図書類を購入する側と販売等をする店舗の双方の立場でそれぞれの権利を検討しておく必要がありそうですね。図書類を購入する側としては,規制図書類の購入等ができない青少年と18歳以上の人を想定しておく必要があります。また,販売等をする店舗としては,条例の規制による影響が想定される3つのタイプの店舗,すなわち,第一に,これまで日用品と並んで規制図書類を一部販売してきたスーパーマーケットやコンビニエンスストアなどの店舗,第二に,学校周辺の規制区域となる場所で規制図書類を扱ってきた店舗,第三に,規制図書類とそれ以外の図書類を扱っている書店やレンタルビデオ店を考えておく必要があるでしょう。
〔設問〕あなたがこの相談を受けた法律家甲であるとした場合,本条例案の憲法上の問題点について,どのような意見を述べるか。本条例案のどの部分が,いかなる憲法上の権利との関係で問題になり得るのかを明確にした上で,参考とすべき判例や想定される反論を踏まえて論じなさい。
【別添資料】善良かつ健全な市民生活を守るA市環境保持条例(案)
(目的)
第1条 この条例は,性風俗に係る善良な市民の価値観を尊重するとともに青少年の健全な育成のために必要な環境の整備を図り,もって善良かつ健全な市民生活を守り,A市の健全で文化的な環境を保持することを目的とする。
(定義)
第2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号に定めるところによる。
⑴ 青少年 18歳未満の者をいう。
⑵ 図書類 書籍,雑誌,文書,絵画,写真,ビデオテープ,ビデオディスク,コンピュータ用のプログラム又はデータを記録した電磁的記録媒体並びに映写用の映画フィルム及びスライドフィルムをいう。
⑶ (略)
(規制図書類)
第7条 次の各号に掲げるものを撮影した画像又は描写した図画(殊更に性的感情を刺激する画像又は図画に限る。)を含む図書類を規制図書類とする。
⑴ 性交又は性交類似行為
⑵ 衣服の全部又は一部を着けない者の卑わいな姿態(規制図書類の販売等の制限)
第8条 次の各号に掲げる物品(以下「日用品等」という。)の販売を主たる業務とする事業者は,その営業を行う店舗において規制図書類を販売し又は貸与してはならない。
⑴ 飲食料品
⑵ 衣料品・日用雑貨
⑶ 医薬品・化粧品
⑷ 文房具
⑸ スポーツ用品
⑹ 玩具・娯楽用品
⑺ 楽器2 事業者は,学校教育法(昭和22年法律第26号)第1条に規定する学校(幼稚園及び大学を除く。)の敷地の周囲200メートル以内の区域(以下「規制区域」という。)の店舗において,規制図書類を販売し又は貸与してはならない。
3 規制図書類を店舗において販売し又は貸与する事業者は,青少年に対して規制図書類を販売し又は貸与してはならない。
4 規制図書類を店舗において販売し又は貸与する事業者は,規制図書類の陳列に当たり,次の各号に掲げる措置を講じなければならない。
⑴ 規制図書類を隔壁及び扉により他の商品の陳列場所と区分された場所に陳列すること。
⑵ 規制図書類の陳列場所の出入口付近の見やすい場所に,規制図書類の陳列場所であることを掲示すること。
(改善命令等)
第9条 市長は,事業者が,前条各項の規定に違反して規制図書類の販売又は貸与を行っていると認めるときは,当該事業者に対し,期限を定めて業務の方法の改善に関し必要な措置を採るべきことを命ずることができる。
2 市長は,事業者が,前項の規定による命令に従わないときは,当該事業者に対し,3月以内の期間を定めて,その業務の全部又は一部の停止を命ずることができる。
(罰則)
第15条 次の各号のいずれかに該当する者は,6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
⑴ 第8条第1項,第2項又は第3項の規定に違反した者
⑵ 第9条第1項又は第2項の規定による命令に違反した者(両罰規定)
第16条 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人,使用人その他の従業者が,その法人又は人の業務に関し,前条の違反行為をしたときは,その行為者を罰するほか,その法人又は人に対して,同条の罰金刑を科する。
附則(抄)
第1条 本条例は,公布の日から起算して6月を経過した日から施行する。
(参照条文)学校教育法(昭和22年法律第26号)
第1条 この法律で,学校とは,幼稚園,小学校,中学校,義務教育学校,高等学校,中等教育学校,特別支援学校,大学及び高等専門学校とする。
出題の趣旨・AI採点はスタンダードプラン会員向けです。
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